(前回からの続き)
「アベノミクス」の金融政策や世界市場の「リスクオン」にともない、今後しばらく続きそうな円安がもたらす輸入品の価格上昇が与える悪影響は、「円高悪者論」の立場からすれば「不都合な真実」といえるかもしれません。
なぜならば、「円高は悪である(≒円安は善である)」と喧伝し続けてきた手前、円安になったら外需が伸びて「やっぱり円安は良いでしょ!」と胸を張りたいのに、都合が悪いことに、その真逆の円安デメリットであるインフレのほうが先に目立ってきてしまいそうだからです。これでは多くの国民が、たとえば電気の検針票に記載される「燃料費調整額」の増額幅の大きさに驚きながら、「円高は悪いものと思ってきたけれど、じつはインフレという災厄をもたらす円安のほうが『悪』なのでは・・・」というように感じ始めるのではないでしょうか。
そしてそれは、ややうがった見方をすれば、わが国の為替政策(円売りドル買い為替介入など)の妥当性に対する国民の疑念を深めることにもつながりかねません。
日本政府・日銀は公的資金(外国為替資金特別会計:外為特会)でこれまでドル、つまり米国債を買い続けています。その大きな(表向きの?)理由のひとつが「円を売ってドルを買うことで日本経済にダメージを与える円高を抑制する」といったことであったはず。
ところが現在の円安トレンドが長引けば、インフレ激化などの円安デメリットがあらわになってしまいます。その逆に、石油などの円建て価格が安くなるなどの円高メリットが広く国民に知れ渡ってしまうと、このドル買い為替政策の口実としての「円高悪者論」の根拠が薄弱となってしまう・・・。じつはこれ、同政策の妥当性、そして日米関係の観点からは、あまり都合がよろしくない・・・。
以前「『財政の崖』回避でアメリカを支える日本① ② ③ ④ ⑤」で書いたように、日本のドル・米国債購入は、実質的なアメリカの「財政ファイナンス」としての面があると考えています。そして、国家の安全保障をアメリカに全面依存する代わりに、わが国は米国債を買ってアメリカに資金提供するとともに金利上昇を防ぐことで、アメリカのドル覇権を支える役割を担ってきたと思っています。
一方で長年にわたってドルが円に対して減価し続けた結果、外為特会は膨大な為替差損を抱えているといわれます。その額は財務省によると2011年時点で40兆円ほどになっているもようです。この日本にとっての差損はアメリカ側から見ればそれだけ借金負担が軽減されることを意味します(もっとも、現状の日中関係が緊張状態にあるために、これを上記の「安保代」[≒「尖閣カード」代]とみなすという割り切り方もあるとは思いますが・・・)。
「それほどの国富喪失リスクがあっても、それを上回る円安効果が期待できると思って政府・日銀の為替介入等はやむをえない、とこれまでは考えていたけれど、実際に円安になってみたらインフレに苦しめられるばかり・・・。一方で円安メリットなんて大して感じられないではないか!」「円安のプラス効果がそれほどではないのなら、為替差損を拡大させるおそれがある円安誘導目的のドル買い円売りは手控えるべきだ!」
―――今後、円安インフレが蔓延したら、そんな声が高まって「円高阻止=円安誘導」を大義名分とした日本政府のドル・米国債買いによるアメリカ支援がやりづらくなるのではないでしょうか。そして日本政府は、上記のドル買い支えについて「円高悪者論」以外の論拠を国民に提示しなければならなくなるかもしれない、などと想像しています。
(続く)