あの「ローマの休日」を、偽名で書いていた脚本家の話、とすごく宣伝されてるので
なんとなく物書きの悩み多き人生みたいな話かなぁと思ってたら、
赤狩り時代の、けっこう骨太な話でした。とても面白かった。
少し前に見た、コーエン兄弟監督の「ヘイル・シーザー」を思い出しますね。
なにしろ重なっている部分がすごく多いのですよ。
映画脚本家である共産主義者たちが、リッチな仲間の家に集まって、
話し合いをしているシーンは、既視感があると思ったら同じ場面なんですね。
ハリウッド・テンと呼ばれる脚本家たちです。
他にも、同じ登場人物人物や同じような出来事が出てきます。
「ヘイルシーザー」でのしつこい女性記者は「トランボ」でヘッダ・ホッパー、
「ヘイルシーザー」で撮影中の映画は「ベン・ハー」がモデルだけど
「トランボ」で撮影している映画は「スパルタカス」で、これもまあ似たような。
でも、「ヘイル・シーザー」は赤狩りを直接的に描いた映画ではなく、
ユーモアと少々の皮肉な笑いでこの時代の映画業界の内側が描かれていて、
わたしはとても楽しく観た映画です。なにしろ映画愛があふれてました。
幾つかの映画の撮影シーンが、とても楽しいんですよ。
マッチョなチャニング・テイタムが水兵さんの服で踊るミュージカルシーンや
セクシーなスカーレットヨハンソンの、水着の女王みたいなプールのシーン、
大スペクタクル歴史大作映画のヒーロー役のジョージ・クルーニー。
50年代の華やかな映画が好きな人なら、どれも心踊るシーンなのです。
おっと、トランボの感想書いてるんだった。笑
映画の都ハリウッド。
戦争中はイタリアドイツへの敵対心と同盟国だったソ連の影響で、
共産党へ入党する人が、映画界にも多くいたというテロップから始まります。
ところが戦後、米ソ冷戦時代になると、共産化やソ連のスパイを恐れた当局は
彼らを激しく弾圧するようになります。
疑いのあるものを呼び立てては、共産主義者でないことを誓わせ
共産主義者の名前をあげさせるという魔女狩りのような裁判がくりかえされます。
すでに売れっ子脚本家だったトランボもそこに呼ばれるけど
決して仲間を売らず証言もしなかったため、侮辱罪で逮捕、禁固11ヶ月。
刑務所を出た後、書くことしか知らない彼は偽名で書くことを思いつき
B級映画のシナリオをすごい勢いで書き飛ばします。
しかし同時に、その間に後世に残る映画の脚本も書くことになり・・・
トランボは最初、アメリカの憲法の保障する表現の自由を信じてたんですよ。
でも甘かった。
自由の国、のはずのアメリカですが、
思想の自由や表現の自由が保障されているというのは建前だけで
この時代、怪しいと思う人をかたっぱしから捕まえ、糾弾し、
スパイである、国家にとって危険であると、弾圧したのですね。
現代の日本でも、共産党ときくだけで、怖い怖いという人は多いけど
この頃のアメリカの共産主義への恐怖や憎悪はすごかったようです。
いやぁ、ヒステリックになる程ソ連が怖かったんだなぁって思うけど、
それとは別に、とにかく国粋的に美しく正しくヒロイックな愛国に走り、
権力側から人々を一方的に裁くのを楽しんだ人たちもたくさんいました。
その一人が、絶大な影響力を持つゴシップ記者のヘッダ・ホッパーで
ヘレン・ミレンが、見てると腹の立つ、権力を持った嫌な女を
すごくうまく演じています。権力者じゃなくてもこういう人っているなぁと思う。
息子が軍隊にいることもあるのか、心の底から共産主義者を憎んでいるんですね。
もうひとりが、ジョン・ウェイン。悪い意味でマッチョな、いやなやつです。
こういうのが権力を持つと、勝手な正義感でロクでもないことをするのよね。
町山智浩さんの評を読んだら、この映画はアメリカでは特に保守の人たちに
酷評されたそうです。
今更、赤狩りはなかったとか必然だったとか言う人はいなさそうなんですけど
(苛烈な赤狩りの数年間、結局スパイは見つからず、人々を疑心暗鬼にし、
幾人もの人々の才能を潰し、人生を壊しただけでしたから)
この映画でトランボや共産主義の描かれ方が、理想化されすぎているというもの。
確かに、当時スターリンのソ連共産党がしていた独裁や虐殺は
トランボの言う共産主義とは全く別のもののようです。
そこを甘い、あるいはずるい描き方だと言われたら、反論できないと思いますが、
この時点でトランボの信じていた理想的な共産主義は、
まだハリウッド・テンの人たちの中には生きていたのだろうとわたしは考えたい。
まあ、そこをじっくり検証する映画ではないですね。
トランボが、弾圧の始まった頃、小さな娘に聞かれるんですよ。
「パパは共産主義者なの?」ーそうだよ。「ママは?」ー違うよ。
「じゃあ私は共産主義者?」と聞かれて、娘に聞き返すんです。
お前は好物のママのサンドイッチをランチに持って行って、もしも
ランチを持っていない子がいたらどうする?
「シェアする」と、娘。
怠け者と罵らない?出て行って働けと言わない?無視しない?
それなら、お前も小さな共産主義者だよ。とにっこりするトランボ。
(うろ覚えなので違ってたらごめん)
このシーン、とても暖かくて優しくていいんですよねぇ。
共産主義に限らず、こんな風にシンプルで優しいままではいられないのが
世の中ですけどね。
そしてこのシーンで→米原万里さんのエッセイに書かれてたお父様の話を思い出した。
まるで、トランボとその娘の会話のようだわ、この父娘の間の空気は、と思って
ますます温かい気持ちになりました。
主演のトランボはなんだか飄々として、他人からの情報にも情にも流されることなく
自分の信じたことへ向かう、やや偏屈で、複雑な性格の男ですが
演じているブライアン・クランストンはとてもうまいです。
にっこりと嬉しそうに笑った顔は、すごくチャーミングでかわいい。
お風呂で飲みながらタイプを打つ姿が、ものすごくしっくりくる。
家族に対して傲慢で支配的になる時期があるのだけど、そういうときの
男の勝手さもうまいし、染み入るようなやさしさもうまく演じています。
その聡明な妻役のダイアン・レインは、好きな女優。
きれいに年を取れる顔顔立ちですね。とても素敵で役に合ってる。
ラストにトランボが賞賛を受けながら演説をするシーンがあるのですが
そこでのトランボのセリフがまたいいのです。
このつらかった時代には、被害者しかいなかったのだと。
裏切った者や仲間を売ったものを探し出して粛清してはいけない、
責め合うのではなく癒しあおうというような内容(これもうろ覚えですけど)
彼の信じた共産主義を体現するような寛容に満ちた演説でした。
「ヘイル、シーザー!」予告編
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