宝塚映画祭のやってるイベントで
シネトークパーティというのがあって
隔月くらいで月末の週末の午後
宝塚の映画館で映画を見て、そのあと映画館のカフェで
ゲストを迎えておしゃべりするというのがあります。
そういえば、わたしが映画祭に関わり始めたのは
このイベントがきっかけだった気がする。
それの第9回目で見た映画がこれ。
制作はイギリス、フランス、イタリア、ベルギー合作となってるけど
スコットランドの映画、なのかな。
そういう英語は、ほぼ聞き取れませんでした。(笑)
貧しい育ちで、ドラッグやお酒で暴力事件を起こし
服役したこともある子が主人公。
でも彼女が妊娠し出産することで、いい父親になろうと決意する。
暴行事件で、労働何時間かを義務づけられたときに
その監督者だったハリーと出会い
ウィスキー愛好家の彼との付き合うことで
ウィスキーのテイスティングの才能を開花させ
あるお金儲けの計画をたてて・・・
以下、ちょびっとネタバレになりますが
その計画というのが、まあ泥棒なわけです。
まあ、誰も傷つかないし困らない犯罪と言えるけど
それが成功してお金と仕事が手に入って、
それでハッピーエンドっていいのか、それ?という意見をよく見かけました。
まあ、ルパン三世を見るように見ればいい映画だと思えば
そこは構わないのかも。
それよりわたしは、彼の犯してきた罪について
忘れられない場面があります。
被害者と加害者が会話すると言うプログラムで
彼は以前暴力をふるった相手の家族にあって、その声を聞きます。
最初、もう服役したんだしと終わった事件のように言って渋っていた彼ですが
恋人の、是非行かなきゃ、というう声に従って出かけるのです。
そこで被害者の人生を、自分がどんなに損ねてしまったか
自分の罪に初めて気づきます。
たいした理由もなく落ち度もなかった被害者男性を半殺しの目にあわせ
被害者は片目失明の斜視になり、骨折や頭の傷など
死なないで運が良かったと主治医に言われるほどのひどい傷を負ったのです。
被害者は身体と心の傷がひどくて、大学も続けられなくなり
恋人とも別れて家にこもる日々になってしまったと語ります。
それを聞いて主人公は涙を流し、帰り道のカフェで
恋人と赤ん坊に、もう誰も傷つけないと誓うのですが、
わたしは、そこの方が、泥棒云々より大きな問題やろ!と思ってしまう。
それまで、相手の気持ち、相手の立場、相手の人生について
考えたこともなかった彼が、やっと目が覚めて、
もしも自分の子どもに同じことをされたら死刑にしたいだろうな、と呟いて
心を入れ替えるという、美しい話にしちゃうのが、納得いかない。
だってこの被害者は一生苦しんで生きていくのです。
加害者として、それを終わったことにしてはいけないと思ってしまう。
この点で、いくらこの主人公が根は気のいい若者で
罪を犯したのは育ちや環境のせいで、もう悔い改めたのだとしても
被害者のことを考えてしまう。
一度罪を犯した人は一生幸せになってはいけないとは思わないけど
罪を忘れてあっけらかんと幸せになるのは、なんだかなぁ。
映画としては、まあまあという感じで
特に心に残るものでもないのに、あれこれ考える部分はある映画でした。
もう一つ考えたことがあったんだけど、長くなったのでそれは明日書きます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます