ウィーンで研究留学!

以前はウィーンでの留学生活を綴っておりました。今後はクラッシック音楽を中心に細く長く続けていけたらと思っています。

「大山康晴の晩節」を読み返してふくらむ渡辺竜王への期待

2009年04月13日 07時38分54秒 | 将棋
なんだか将棋の話、しかもネガティブな話が続いてしまいましたが、これで一段落にしたいと思います。最後はポジティブな話で。

例のA級順位戦最終日のごたごたですっかり中継を見る気がなくなってしまったもののやはり個人的には何らかの気分転換が必要なもの。やっぱり私にとっては将棋が一番なんですね。それで2年前に読んだ河口俊彦氏の「大山康晴の晩節」を読み返していました。この河口氏自身もともと将棋の棋士な訳ですがその筆致は強く心をとらえるもので、やや人生に疲れていたころにたまたま古本屋で「一局の将棋 一回の人生」を見つけて読み始めて以来ファンになってしまいました。留学してからやはり活字が恋しくなることがあり、そういうときにこと足らないようにと、「新・対局日誌」の全八巻をそろえたのですが(といってもやはり古本で買ったのでそんなに高く無かった)これは期待を遙かに下回るものでした。というかこれは編集者の問題でしょうけど、いかにもその当時の将棋界の話題について語っているようなタイトルがついているのに実際には全く違う。第七巻・八巻は「七冠狂騒曲」という魅力的なタイトルが付いていますが、実際の七冠に関わった対局には全く触れられていない。なぜかというと月刊誌の将棋世界の連載の性格上そういった別記事で特集されるような対局の記事は含まれないからです。だからどちらかというと地味なあまり脚光を浴びない対局に関する記事が多く、それはそれで面白いのですが、タイトルから期待されるものとは全く違うのです。ということで初めて読まれる方はほかには「人生の棋譜この一局」がお勧めです。

話がそれましたがこの大山十五世名人についての著作は相当に力の入ったものでしかも将棋そのものを語るよりも大山という20世紀の大人物を語っているので将棋に興味の無い人にも分かる内容になっています。将棋界の話というのは極めて日本的なので留学一年目の私にはなんだか今自分が生きている世界とは全然違う世界に思えていましたが、今読んでみるとなんだか感じるものが多く不思議なものです。

中で印象的なのは大山ー丸田の将棋を語ったところで「一局の将棋にも、いってみれば出自の運不運みたいなものがある。もし、これが、タイトル獲得の一局とか、挑戦者決定戦とかの、節目の一戦だったら、丸田の傑作として長く記憶されただろう。一方的に敗れた名人戦のなのでの一勝だったために、死票みたいにあつかわれ、忘れ去られてしまっている。」というくだりがあります。実際丸田九段といえばA級まで行ったことは知っているものの名人に挑戦したことがあるのも知らなかったし、ましてや大山相手にそんなすばらしい将棋を残しているとは知るよしも有りませんでした。そういう将棋をピックアップ出来るのは棋士ならではだと思います。そしてこれに続いて「反対に升田の傑作のほとんどは、三冠王になった課程であらわれた。名局がみんあ名人位やタイトルにつながって生きたのである。だから華のある将棋指しだったのだ。」とあります。さもありなん、と思って読み流していましたがあとがきまで読んでここに戻ってきました。この本の文庫版になったときのあとがきで渡辺竜王について触れています。ずいぶんよく書いてあるものですが、最後に「渡辺もトップクラスに在って、これから数年が勝負である。羽生とタイトル戦で戦い、破らないと、単なる早熟の棋士で終わってしまう。私は、きっと渡辺が羽生を破るときが来ると信じている。」このあとがきは平成十八年初春とあるので三年前ですが、渡辺はまさに昨年末の竜王戦で羽生の挑戦を受けて歴史的な三連敗四連勝で防衛しました。河口氏の「タイトル戦で戦い、破らないと」の破るはタイトルを奪取する意味なのかもしれないのですが、しかし私はまさにこれが実現したんだと思います。竜王戦での強さは本当に凄いもので羽生世代の代表、森内・佐藤・羽生と七番勝負を戦いすべて勝っているのだから文句のつけようがありません。一方で、よく言われるように他のタイトル戦での成績が寂しすぎるのも事実。しかし考えようによっては彼が本当の力を発揮するのはいつももっとも注目される竜王戦の七番勝負な訳でそういう意味ではものすごく「華のある棋士」なのでしょう。大山が名人になったのは29歳。そして69歳で死を迎えるまでA級を維持しました。それを考えればこれから25歳になる竜王はまだまだです。今期こそタイトルを増やし、A級に昇り、じわりじわりと羽生世代を追いやってほしいものです。