ウィーンで研究留学!

以前はウィーンでの留学生活を綴っておりました。今後はクラッシック音楽を中心に細く長く続けていけたらと思っています。

バーンスタインの「運命」(続き)

2006年03月04日 06時01分34秒 | 音楽(クラシック)
昨日の続きです。

学生時代は「運命」といえばクライバー。もちろんかなり個性的な演奏で、他にもいいものは沢山あるのですが、それを超えるものはありませんでした。バーンスタインのベートーベンはやはりなにか重たくて妙に引っかかるような印象でした。

そして最近になって一通り聴きなおしたのがブラームス全集。特に私が大好きな3番はあまりにすばらしいものに感じました。彼の音楽は、彼の人生が凝縮されているかのように感じられます。恐らくそれは深すぎて10年前の私には共有できなかったのでしょう。今になって聴いてみると、劇的ともいえる内容に心を打たれます。3番の4楽章はどちらかと言うと円満に穏やかに終わるものだと思っていましたが、バーンスタインの場合、同じ曲なのにはかなく、さびしいけれどもそれが人の道と思って受け入れるような気持ちを感じました。私は3番は沢山の生演奏と録音とを聴いてきましたが、こんな思いになったことはありませんでした。

この10年間と言うのは私にとっては激動の時期で、初めて挫折というものを知ったと思いますし、弱い立場に立たされたものの気持ちを知ることが出来た期間でした。そんな経験が少しは私の許容能力を上げてくれたのだと思います。

更に十年後にはまた全然違う音楽を感じられるようになりたい、辛いことが沢山あってもそういう人生を送れる素敵なことだと思います。

タイトルにしておきながらほとんど触れていなかった「運命」ですが、これこそ本当に違って聴こえるようになった演奏です。これを聴くとバーンスタインはどんな細かなフレーズでも決して流れてしまうことがないことが良く分かります。どんな演奏家でもそうなのかもしれないですが、しかし、多くの演奏では先を急いで見逃しているような聴いたことがなかった表情がそこここにあります。これはDVDですが、カップリングされているレオノーレ3番もすばらしい名演でした。私はこの曲はクーベリックのちょっと凝った映像が好きで良く楽しんでいるのですが、それとはまた違った味わい深い演奏でした。

バーンスタインの「運命」

2006年03月03日 02時10分13秒 | 音楽(クラシック)
バーンスタインの音楽とのはじめの出会いは全然印象がよくなかった。

祖父の遺品のクラシックのCDを受け継いでクラシックを休息に聴くようになったのは高校2年生のころ。受験勉強の本格化とともに買うCDの枚数も増えたと思う。今も大好きなベーム・ウィーンフィルの40番からモーツァルトの交響曲にはまり、集め始め、はじめに買ったのがレヴァインの35・36番。92年の「モーツァルトイヤーに向けて作られた全集ですが、今から考えるとなぜレヴァインが起用されたのか。当時のはやりでオリジナル楽器のホグウッドの35・36も聴いていました。そして38番(「プラハ」です)が欲しくなり買ったのがバーンスタイン・ウィーンフィルの38・35のカップリング。
ホグウッドやレヴァイン、それにベームと比べても濃厚すぎる音楽、テンポの重さなどものすごく違和感あり、こりゃやりすぎだろ。べたべたしすぎ。と、すぐにはずれCDに分類してしまいました。
バーンスタインの定番の録音は沢山ありますから、当時から聴かないはずはなく、ブラームスの1番、エロイカ、他にも数枚持っていたと思いますが、お気に入りになるようなものはありませんでした。

それから後になって鮮烈に印象に残る録音に沢山出会いました。マーラーの復活。小澤ボストンを聴き慣れていた当時、余りのスケールの大きさに唖然としたのを覚えています。そしてショスタコービッチ。ヨーヨーマとの協奏曲は有名な録音ですが、確かバーンスタイン自身が弾いたピアノ協奏曲(思い違いかもしれません)は痛烈でした。

そして10年以上たった今、バーンスタインのベートーベン、ブラームスが心に染み入るように感じるようになりました。やっと題名までたどり着いたのですが、昨晩は1時間半しか寝ていなくて早く寝ないと明日も使い物にならなくなってしまうのでそろそろ寝ます。また。


クラシックねたは書き始めるときりがなさそうですが、気分転換にたまに書こうと思っています。