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ヨーロッパ中欧4カ国周遊旅行記 6日目 ~オーストリア ウイーン歴史地区編~

2018年05月23日 23時43分15秒 | ヨーロッパ中央4カ国周遊旅行記(2018)
今日はウイーンを まくる1日。
チェコ プラハを した時位、歩き回りそうな予感。

昨日から宿泊しているホテルの窓から見える教会

モスクのような・・・・で結局、今でも ざます

早速、歴史地区内へ
カラフルで楽しくなりそうな建物



到着しますた シェーンブルン宮殿

巧みな婚姻政策によってヨーロッパに君臨し続けたハプスブルク家が
かのヴェルサイユ宮殿を凌駕せんとして建てた夏の離宮
18世紀、女帝マリア・テレジアによって現在の姿に改築されました。
そして黄色い壁面は「マリア・テレジア・イエロー」と呼ばれ
外観はバロック様式、内部はロココ様式で1441室もの部屋があるんだって

宮殿の門から外には1本の道路がのびてますた


そして、シェーンブルンとは「美しい泉」という意味

確かに、噴水がありますた

ここから、いよいよ宮殿内の見学 スタート
ただ、残念なことに、内部の写真撮影は不可
モーツァルトが5才の時に演奏した「鏡の間」や、「カール1世の書斎」「マリーアントワネットが過ごした子供部屋」など
ため息ばかりが出る時間ですた
あぁ~~~ 皆さんにも、お見せしたい

という事で、購入したガイドブック


の中の1枚「漆の間」

皇帝フランツⅠ世の急逝後、マリアテレジアによって夫君の思い出の間へと改装された部屋

そんな の宮殿だけれど 宮殿内でも現代出来た建物は 大丈夫かな
宮殿内のトイレは ある意味で緑が多かった


宮殿の外に出て 建物の脇を通っていくと


横の花壇のところでは、もうチラホラ花が咲き始めておりますた
で、ジョギングをする方も多数

こういう所をジョギングコースにすると、長く続けられそう

宮殿の中庭の方に回り 宮殿を


宮殿の後ろには 想像もしていなかった広いフランス式庭園
脇には数々の銅像


そして向かい合う丘の上に何か立っているけど・・・・遠すぎる


それは グロリエッテ と言い
対プロイセン戦の勝利と戦没者の慰霊の為に立てたギリシャ建築の記念碑(未完成)


その建物の上には、単頭の鷲が置かれてますた

ラテン語で「皇帝ヨーゼフ2世とマリアテレジアの治世の下で」という意味が記されているらしい

そして建物の下には 「ネプチューン」の噴水

彫刻の中心は海神・ネプチューンに祈る女神テティスらの姿
あまりにも遠すぎて、近くで 出来なかったのが残念

少しだけその丘に近づいて 逆に宮殿全体を しようと・・・

おいら、ちいさっ

時間を追うごとに観光客も増えてきて、こんな方々もお目見えしますた
宮殿内の観光タクシーかしら???


ちなみに宮殿の全体像は

本当、半日無いと、回り切れない宮殿を、駆け足よりも早い1時間ちょっとで見学終了。
そうそう、シェーンブルン宮殿内部を案内する場合はオーストリア国家公認ガイドであるだけではなく
シェーンブルン宮殿が発行しているシェーンブルン宮殿独自のライセンスも必要となっているらしい。
今回、オーストリア観光の2日間、ガイドをして下さる方は(日本人で、こちらの方と結婚した方)
ガイドのライセンスを取る為、けっこうお金がかかったと言っていますた・・・・。


そして、お次は ベルベデーレ宮殿
上宮側の入口の門では 王冠とライオン がお出迎えをしてくれますた





ラテン語で「美しい景色」という名の 上宮と下宮の2つのバロック様式の豪華な宮殿と庭園、厩舎から成るかつての離宮
現在は中世から現代にいたるオーストリアの美術品を展示している、オーストリアで2番目に大きな美術館
そして、第2次世界大戦後、完全な独立を取り戻すオーストリア国家条約は
1955年、このベルベデーレ宮殿で、締結されますた

宮殿上の彫刻


入場の為に建物の裏に行くと

美しいスフィンクス像がお出迎え

館内は宮殿らしい真っ白の階段が美しい 


大理石の間 の天井  
天井のフレスコ画は見ごたえがありますた

ベルベデーレ宮殿は、オーストリア国内で2番目に大きな美術館という事もあり、多くの名画も
中でも世界最大のコレクションを誇る、天才画家グスタフ・クリムトの名高い絵画の数々は必見
しかも、昨年の6月1日から、全てではないけれど、絵画の 撮影が となり
おいらも、 に焼き付けてまいりますた   ラッキー

もっとも有名な グスタフ・クリムト『接吻』

これは1907年から1908年にかけて制作された油彩作品で金箔が使われとります
クリムトは1862年、ウィーン郊外バウムガルテンに生まれ
その時代はーストリア・ハンガリー帝国、ハプスブルク帝国の最後の時代

同じく『ユディット』

ユディトはベツリアの町に住む、裕福な未亡人だったよう

カール・ヴィトゲンシュタインがかつて所持していた セガンティーニ「悪しき母たち」

本作は、イリカの「涅槃」という詩をもとに描かれた作品。
罪を犯した女性の魂が雪原をさまよい、母親としての役割に目覚めることでその魂は救済される、というもの。

おいらは、この画に心惹かれますた

右下にある説明を しなかった為、今となっては どなたのなんて言う作品か
ちょっこし 失敗したぁ~~

建物内から宮殿の北側の中庭を

美しい幾何学模様の庭園、手入れも大半だろうなぁ。

その後、街の中心部にあたる旧市街地へ
ウィーンの街のシンボルで、市民から「シュテッフル」の愛称で親しまれているのが シュテファン大聖堂

オーストリア公ルドルフ4世の命によって、完成まで300年という長い歳月がかかり
ヨーロッパの教会で三番目の高さを誇る南塔は、高さ136メートル
実は本来は左右対称に建てられる計画だったらしいが、財政難の為に断念し、こんな姿になったとの事。
でも、そんな事を思わせないのが、モザイク模様が美しい瓦屋根
1枚が2.5キロもあり、大聖堂の南側、北側と全部で23万枚も使われているって事は・・・
屋根だけでも575トン  

【出典:ウイーン市のオンライン旅行ガイド】
これはオーストリアの国章と、ウィーン市の紋章らしい
重さもさることながら、ここにずっしり がかかっていたりして

そして、財政難の為に南塔と揃いの高さまで造られなかった高さ68.3メートルの北塔


西側正面のファサード

西入り口と、その左右に立つロマネスク様式の塔が、13世紀に造られた最古のものだそう
見る側面によって、全く違う顔をしている大聖堂


内部は大聖堂らしく、天井が高く、奥行きもあり、そして厳かな雰囲気が漂っとりますた

モーツァルトの結婚式と葬儀も行われたんだって


カプツィーナー教会へ
教会内では、ミサのリハーサルなのか、ずっと素晴らしいパイプオルガンの生演奏が響いとりますた
キリスト教徒ではないおいらでも、心が洗われるような宗教音楽
こちらは中央祭壇


内部空間の左と右には対照的に礼拝堂が作られていて、こちらは主祭壇に向かって右側のピエタ礼拝堂
  
象牙色的な大理石の素晴らしいピエタのシーンを表す彫刻が印象的

そして、教会の両側の壁にはキリストの画が物語形式で飾られとりますた


街を歩いていると、17世紀後半 ペスト流行の終焉を神に感謝して皇帝レオポルト1世が建設した ペスト祈念柱
上には三位一体像が輝いとりますた

晴ちゃんとおいらは、この柱もさることながら、その前にいた男女に
女性の足の長さに
さすがのおいらも、男女の横に立って 柱の写真とのコラボレーション は 諦めますた

そして 「オペラの殿堂」ウィーン国立歌劇場
パリ、ミラノと並ぶヨーロッパ三大オペラ劇場のひとつざます

屋根には馬に乗ったミューズ象を左右の肩に載せ、頭上にはハプスブルグ家の紋章と王冠が飾られとります
  

  
2002年から2010年までは、小澤征爾さんが音楽監督を務め
毎日のようにオペラやバレエ公演が行われていてるらしい。
確かに、街中にはこんな方々がいてコンサートの空席の呼び込みをしとりますた。
空席があるなら、聴きたぁ~~~い
でも、晴ちゃんとおいらは、夜にクラシックコンサート観賞のオプションを申し込んでいるので
ここは我慢 ガマン
(オプションを申し込んだ時、ドレスコードを聞いたら“ない”との旅行会社の回答に少し、不安がありますが・・・)

ここで、みんなで るのは終了。
ここから各自で昼食を取りながら、午後のフリータイムへ。
のオプショナルツアー 観賞までの数時間、たっぷりあるようで時間が少なかった
そんな昼食からはまた次回 ご報告いたします
コメント
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