Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月29日) 

2020年08月29日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ソーシャル・ディスタンス=2メートルは間違い,2度目の感染症例,弱毒化を呈するウイルス変異体,中国におけるアウトブレイク封じ込め成功,男性が重症化する理由,高齢者が重症化する理由,神経合併症(致死性壊死性脳炎,上肢の多発神経障害,脳波モニタリング,ミクログリア活性化),重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬です.
「男性が重症化する理由」では,男女のウイルス感染に対する免疫反応の違いが提唱され,また「高齢者が重症化する理由」では,気道を支配する迷走神経が,神経伝達物質の放出を介してマクロファージと連絡するという「神経免疫ユニット」の概念が提唱されています(肺脳免疫連関とも言えるかもしれません).これらはCOVID-19によりもたらされた新しい学問領域と言えると思います.

◆ソーシャル・ディスタンスの距離は状況で変わる.
「ソーシャル・ディスタンスは2メートル」とよく言われるが,このルールは,時代遅れの科学に基づくものだと指摘する論文が英国から報告された.実際にウイルス粒子は咳や叫び声などにより,7~8mも届いてしまう.「ソーシャル・ディスタンス」の距離は,マスク着用,屋内外,換気や密の具合,接触時間など,複数の要因を考慮すべきである.図1は,これらの要因により感染リスクがどのように変化するかの目安を示している(緑:リスク低,黄:リスク中,赤:リスク高).改めてマスク着用,換気,大声出したり歌わないことの大切さが分かる.また混雑したバーなどの屋内環境では感染リスクが高く,2m以上の距離をとることや,滞在時間を最小限にする必要があることも分かる.
BMJ. Aug 25, 2020(doi.org/10.1136/bmj.m3223)



◆初回感染から4.5ヶ月後の2度目の感染例.
話題となった香港大学からの報告.患者は生来健康な33歳男性,軽症の呼吸器症状にて発症し,3月26日,PCR陽性にて診断された.29日に入院したが,軽症で症状消失し,2度,PCR陰性を確認したのち4月11日に退院した.その後,欧州に出かけたが,8月15日(初回感染から142日後)の帰国時,空港で再度PCR陽性となった .2回の感染時の検体を用いて,ウイルスの全ゲノム解析を行い比較したところ,B細胞やT細胞のエピトープを含む9種類のタンパク質に23ヌクレオチド,13アミノ酸の相違を認め,感染の持続ではなく再感染であることが確認された.ゲノム配列情報をデータベースを用いて確認したところ,1回目のウイルスゲノムは,2020年3月/4月に登録された株に近く,2回目のものは7月/8月に登録された株に近かった.著者は「自然感染やワクチン接種による集団免疫を目指しても,ウイルスがヒト集団間で循環し続ける可能性がある」と述べている.しかし2回目の感染は,1回目と異なるウイルス株であったにも関わらず無症状であったため,本例の意義については多数例での検証が必要であろう.
Clin Infect Dis. August 25, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1275)

◆弱毒化を呈するウイルス変異体の発見.
シンガポールからの報告.SARS-CoV-2ウイルスのORF8領域に382ヌクレオチド欠失(∆382)を有する変異体が報告されていた(この領域はコロナウイルス変異のホットスポット).この欠失が臨床的特徴に及ぼす影響が検討された.1月22日から3月21日までの間に,感染が確認された278名のうち131名が対象となった.野生型ウイルスのみに感染したのは92名(70%),野生型ウイルスと∆382変異型の混在感染が10名(8%),∆382変異型ウイルスのみに感染したのは29名(22%)であった.酸素吸入を要する低酸素血症の頻度は,野生型群では92人中26名(28%)であったのに対し,∆382変異型群では29名中0名(0%)であった.年齢および併存疾患の存在を考慮した調整後オッズ比は0.07で,∆382変異型群の良好な経過が示された.またΔ382変異型群では炎症性サイトカイン,ケモカイン,成長因子の濃度が低値であった.この変異体が,ウイルスの弱毒化に関わる可能性が示唆される.
Lancet. August 18, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31757-8)

◆中国における2回目のアウトブレイクに対する封じ込めの成功.
本年6月,中国2回目のアウトブレイクが北京で発生した.56日間連続して感染がなかったものの,6月11日に海産物市場(!)に勤務する50歳代男性の発症が確認された.同日にアウトブレイクアラートが発令され,市場は翌日から閉鎖された.13日から対応策が強化され,PCRによる症例の発見と隔離,濃厚接触者の追跡と隔離が行われた.近隣地域でも積極的なPCRや疫学調査の拡大,移動制限も行われた.結果として93名(27.8%)の無症状感染者を含む335名の感染が確認されたが,7月5日以降は感染者がなくなり,封じ込めに成功した.最初の患者の発症からアウトブレイクアラートまでの期間は7日間と短く,かつ24時間以内に地域住民を対象とした感度の高いサーベイランス,迅速な調査と封じ込め対策を実施し,大規模な流行を回避した. → 図2の患者数と期間を見ると,第2波の封じ込めがうまく行かなかった東京と対照的と感じてしまう.
JAMA. August 24, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15894)



◆男性が重症化する理由は,ウイルスに対する免疫反応の性差で説明できる?
COVID-19の予後に性差が影響するという報告が増えている.米国からの報告で,軽~中等症の入院患者39名(男:女=17名:22名)においてウイルス特異的抗体価,血漿サイトカイン,血球タイプなどの性差を検討した.男性患者では,IL-8,IL-18などの炎症性サイトカインの血漿中濃度が高く,非古典的単球の誘導がより強固であった.一方,女性患者では,ウイルス感染時に男性患者と比べ,T細胞活性化(とくにCD8+T細胞)が有意に高く,かつ高齢であっても持続していた.T細胞応答は患者の年齢と負の相関があり,男性では高齢であるほど劣り,病状悪化と関連した.これに対し女性患者の病状悪化は自然免疫系の炎症性サイトカインの増加と関連していた(男性では認めなかった).これらの免疫反応の性差が予後の性差に関与している可能性がある.
Nature. August 26, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2700-3)

◆高齢者が重症化する理由は「神経免疫ユニット」の機能低下で説明できる?
高齢者で重症化する機序についての仮説が英国から提唱された.図3は「神経免疫ユニット(neuroimmune unit;NIU)」の構成要素とその年齢依存性の機能不全を示す.気道を支配する迷走神経線維は,神経および気道関連マクロファージと密接に関与し,アセチルコリンや神経ペプチドなどの神経伝達物質の放出を介して常駐するマクロファージと連絡する.このマクロファージは,自然免疫応答を調節し,SARS-CoV-2感染などの後の炎症を抑える.しかし加齢により,迷走神経活動と免疫監視機能が低下すると,炎症性サイトカインの産生が増加する.またウイルス感染後,免疫細胞により炎症性サイトカインはさらに局所的に産生されるが,迷走神経活動はその産生を抑制し,炎症の解消に作用する可能性がある.つまり加齢に伴う迷走神経免疫調節機能の低下と病原体に対する免疫細胞反応がサイトカイン・ストームを誘発し,呼吸不全および死に至る可能性がある.NIUは新たな治療標的である.
Nat Rev Neurol. August 25, 2020(doi.org/10.1038/s41582-020-0402-y)



◆神経合併症(1)致死性壊死性脳炎.
フランスからの症例報告.低栄養を認めた56歳男性が意識障害にて発見され,急速に増悪し,受診36時間後に死亡した.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液PCRは陰性.画像所見では脳浮腫,両側視床病変による第3脳室圧迫,および造影所見を認める小脳病変による第4脳室圧迫があり,これらによる急性水頭症を認めた(図4).考察ではCOVID-19による脳炎の診断は,現状では除外診断になること,ならびに急速進行性に悪化しうることを強調している.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000945)



◆神経合併症(2)長期腹臥位換気後の上肢の多発神経障害.
ニュージーランドからの症例報告.肥満(BMI 42.6)を認める55歳女性が,7日間の呼吸器症状を認め,PCR検査にてCOVID-19と診断された.人工呼吸器が装着されたが,低酸素血症が持続し,1日16~18.5時間の腹臥位換気が行われた.11日後に抜管されたが,両肩(外転,回外)の高度脱力,指(外転)の軽度脱力,両側腋窩神経領域のしびれを認めた.頸部と上腕神経叢のMRIは正常であったが,両側の棘上筋,棘下筋,三角筋に対称的なMRI信号異常が認められた.臨床,画像所見,電気生理学的所見を総合すると,両側肩甲上神経,腋窩神経,尺骨神経の多発神経障害と考えられた.著者らは長時間の腹臥位換気が,上腕神経叢の血液神経関門の損傷を引き起こし,これらの多発神経障害を発症する素因になったと考えている.頻回の体位変換が防止に有効な可能性がある.
Neurol Clin Pract. August 18, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000944)

◆神経合併症(3)脳波モニタリング.
米国からの報告.対象は脳症を呈した重症患者5名で,うち3名で痙攣様異常運動を認めた.脳波はびまん性緩徐化や全般的,律動的デルタ活動を呈していた.また,2名では2~3Hzに達するてんかん様放電が認められ,うち1名は非痙攣性てんかん重積発作,もう1名はミオクロニー運動を伴うてんかん重積発作を呈していた.臨床症状および脳波異常は抗てんかん薬により改善した.COVID-19脳症に対し,脳波モニタリングは抗てんかん薬による治療開始の決定に有用である.
Eur J Epilepsy August 21, 2020(doi.org/10.1016/j.seizure.2020.08.022)

◆神経合併症(4)COVID-19患者脳幹におけるミクログリア活性化.
スイスからの報告.COVID-19患者7名の神経病理学的所見を,他の疾患対照群(非敗血症性患者5名と敗血症性患者8名)と比較した.COVID-19患者のうち,3名が神経症状(昏睡,見当識障害,めまい)を呈した.脳内ミクログリアの活性化がCOVID-19の神経症状に関与しているという仮説を立て,ミクログリア活性化のマーカーである抗HLA-DR抗体を用いた免疫染色を行ったところ,橋,延髄,嗅球などにミクログリアの活性化が認められた.COVID-19患者の脳幹におけるミクログリア活性化は,非敗血症性対照群に比べて有意に高かったが,敗血症性対照群とは差はなかった.以上より,COVID-19患者で観察された脳幹のミクログリア活性化は疾患特異的な所見ではないと考えられた.またCOVID-19患者における脳へのリンパ球浸潤や,ACE2発現の増加も認められなかった.
Acta Neuropathol. August 6, 2020(doi.org/10.1007/s00401-020-02213-y)

◆新規治療:重症例の死亡を顕著に抑制するヤヌスキナーゼ阻害薬.
COVID-19では,サイトカイン放出に由来するリンパ球減少や高度の炎症反応を伴う肺炎を呈する.これらのメディエーターはJAK(ヤヌスキナーゼ)-STATシグナル伝達経路によって転写制御される(図5).このためJAK阻害薬で,関節リウマチに対して本邦でも保険適応のあるバリシチニブを重症例20名に用いた観察縦断試験がイタリアから報告された.バリシチニブ 4 mg を 1 日 2 回 2 日間使用し,その後残りの 7 日間は 1 日 4 mg 使用した.バリシチニブ群では,治療終了後に死亡した患者は20名中1名(5%)であったが,非バリシチニブ群では56名中25名(45%)が死亡した(p<0.001).またバリシチニブ群では,IL-6,IL-1β,TNF-αの血清レベルが著しく低下し,T細胞とB細胞の循環頻度が急速に回復し,ウイルススパイク蛋白に対する抗体産生が増加した.これらは酸素吸入量の減少や,P/F比(酸素化)の改善と相関した.重症例に対する有効治療がなかなか確立できないでいるが,観察研究とは言え,生存率とサイトカインの双方に著効を示したバリシチニブは期待が持てる.
J Clin Invest. Aug 18, 2020(doi.org/10.1172/JCI141772)



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回復期リハビリテーションのバイブル:医療者から患者さん・家族まで

2020年08月28日 | 医学と医療
マニュアル人間(思考)というと,指示通りに従い,自分で考えることができないネガティブな意味を持ちますが,逆にマニュアルを作るないし遵守するというと,ポジティブな意味を持ちます.つまり深く考えて突き詰め,初学者に教えられるよう標準化・体系化するマニュアルの作成は極めてレベルの高い行為であり,またそれを遵守することも,質の保証やさらなる発展につながります.

ご紹介したい書籍は角田亘先生(国際医療福祉大学医学部リハビリテーション医学主任教授)が編集した「回復期リハビリテーションマニュアル(医学書院)」です.一読して,角田先生を中心とする回復期リハビリ・チームの結束の固さ,レベルの高さを感じました.リハビリ病棟に関わるさまざまな立場の総勢48名の執筆者が,他書で目にしたことのない「プライスレスな診療のコツ」を惜しげもなく披露されています.各項目が「・・・のキホン」「・・・の実際」「ここをオサえる!」の3つの視点から述べられ(図),わかりやすいため,医療者はもちろんリハビリを要する患者さん,家族も読むことができます.

項目は回復期リハビリテーション病棟の現状やチーム医療の意味から始まり,入院時評価,リハ処方とカンファレンスの進め方,リハ訓練の実際,看護とケア,栄養や薬剤,合併症の管理,そして退院準備と実例紹介まで,回復期リハビリテーション病棟のすべてが凝縮されています.例えば「リハビリテーションの処方」や「自動車運転再開のための訓練」などは早く知っていれば良かったと思いました.ぜひ手にとっていただければと思います.

回復期リハビリテーションマニュアル(医学書院)
 



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月22日) ー抗体陽性でも安心はできないー 

2020年08月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,飛沫を増やしてしまうマスク,フェイスシールドの威力,母乳は感染源とならなそう,糖尿病と肥満の死亡に対する相対リスク,パンデミックによるてんかん発作の頻度増加,COVID-19脳症の特徴的FDG-PET所見,抗体は存在すればよいわけでない,ヒトにおける中和抗体の感染予防効果の初めての証明,抗体反応が長期に持続しない理由,微妙な抗ウイルス薬レムデシベルの効果です.
主に米国からの研究により,着実に病態機序が明らかになってきた印象があります.とくに抗体の効果と限界については理解する必要があります.

◆感染防御(1)飛沫を増やしてしまうマスクがある.
会話中の飛沫の程度を可視化できる光学測定法を開発し,入手可能なマスクの種類により,飛沫の抑制効果に違いがあるかを調べた米国からの報告.結果として,二層の綿製マスクは標準的なサージカルマスクとほぼ同程度に飛沫を抑制した(→アベノマスクもおそらく大丈夫).しかし綿製バンダナはだいぶ抑制効果が劣り,いわゆるバフ(Buff)型と呼ばれるネックフリース(山中教授がジョギングに推奨していたもの)はマスクなしに比べ,むしろ飛沫を増やすという結果となった(図1).感染予防に適切なマスクを使用する必要がある.
Science Advances. Aug 7, 2020(doi.org/10.1126/sciadv.abd3083)



◆感染防御(2)フェイスシールドの威力.
インドからの報告で,フェイスシールドの導入前(5月3日~15日)と導入後(5月20日~6月30日)で,COVID-19感染者のカウンセリング目的に家庭訪問をする保健師の感染者数を比較した研究.導入前では62名の保健師が5880箇所(このなかには222名の感染者がいた)を訪問し,12名が感染した.フェイスシールド導入後,感染しなかった残りの50名の保健師は勤務を続け,18228箇所(このなかには2682 名の感染者がいた)を訪問したが,この間,感染した人はいなかった.フェイスシールドは,眼から感染を減らしたか,マスクや手の汚染を減らしたか,もしくは顔の周りの空気の動きを迂回させた可能性がある.→ 自分も外来,回診でフェイスシールドをしている.曇って使いにくかったが,メガネ式にしたら快適になったのでおすすめです.
JAMA. Aug 17, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15586)

◆感染防御(3)母乳からの感染は心配なさそう.
COVID-19に感染した女性が母乳による育児を希望する場合,母乳を介した感染が生じるかは重要な問題である.これまで24例の症例報告があり,4名の母乳からウイルス RNA が検出されている.しかし,RNAの検出=感染性を意味するとは限らない.米国から研究で,感染した18名の母乳(合計64検体)を調べたところ,1検体からウイルスRNAが検出されたものの,培養しても複製されなかった.また残りの検体からも複製可能なウイルスは検出されなかった.検体数が少ないものの,母乳が赤ちゃんへの感染源となる可能性は低いものと考えられる.
JAMA. August 19, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15580)

◆危険因子(1)1型と2型糖尿病の死亡における相対リスク.
英国イングランドからの報告.糖尿病はCOVID-19による死亡の危険因子であるが,1型糖尿病と2型糖尿病の相対リスクは不明であった. 3月1日からの72日間において,COVID-19に関連する院内死亡は23698例で,うち3分の1は糖尿病患者であった.内訳は2型糖尿病が7434名(31.4%),1型糖尿病患者が364名(1.5%)であった.72日間の10万人当たりの未調整死亡率は,糖尿病なし27,1型糖尿病138,2型糖尿病260であった.COVID-19関連の院内死亡の調整オッズ比は,1型糖尿病では3.51,2型糖尿病で2.03であった.
Lancet Diabetes Endocrinol. August 13, 2020(doi.org/10.1016/S2213-8587(20)30272-2)

◆危険因子(2)肥満の死亡における相対リスク.
COVID-19の診断から21日後において,肥満と死亡との関連を検討した米国からの報告.COVID-19患者6916名のうち,BMIと死亡リスクの間には,肥満に関連した併存因子を調整した後でもJ字型の関連が認められた.BMIが標準(18.5~24 kg/m2)の患者と比較して,BMIが40~44 kg/m2,および45 kg/m2以上の肥満者の相対リスクはそれぞれ2.68,4.18であった.このリスクは,60歳以下,および男性で最も顕著であった.重度の肥満は重要な危険因子であり,早期に是正すべきである.
Ann Intern Med. Aug 12, 2020(doi.org/10.7326/M20-3742)

◆神経疾患(1)てんかんの発作頻度の増加と危険因子.
パンデミックがてんかん患者に与える影響を検討したスペインからの報告.対象は255名で,外出禁止の1ヶ月間に電話連絡により質問票を用いて評価した.発作頻度の増加を25名(9.8%)で認めた.外出禁止に関連した不安は68名(26.7%),抑うつは22名(8.6%),不安+抑うつ31名(12.2%),不眠は72名(28.2%)で認めた.73名(28.6%)で収入が減少した.発作増加の危険因子は,脳腫瘍関連てんかん[オッズ比7.36],薬剤耐性てんかん[3.44],不眠症[3.25],発作に対する恐怖心[3.26],収入減少[3.65]であった.5名でCOVID-19に感染したが,発作頻度に変化はなかった.脳腫瘍関連ないし薬剤耐性てんかんのようなコントロール困難な発作は,パンデミックにより増悪しやすく,また精神的ストレスも発作頻度を増加することが分かった.遠隔医療に対して214名(83.9%)が満足しており,パンデミック時に適した診療と考えられた.
Acta Neurol Scand. Aug 16, 2020(doi.org/10.1111/ane.13335)

◆神経疾患(2)COVID-19関連脳症のFDG-PET.
フランスからの4症例の症例集積研究.全例60歳以上で,認知障害を呈し,前頭葉症状を認めた.その他,小脳症候群を2名,ミオクローヌスを1名,精神症状を1名,てんかん重積発作を1名で認めた.COVID-19の初発から神経症状が出現するまでの期間は0~12日であった.全例,頭部MRIでは明らかな異常を認めず,髄液検査もほぼ正常,オリゴクローナルバンド陰性,PCR陰性であった.しかし全例で,脳FDG-PET/CTの共通する異常パターン,すなわち前頭部代謝低下と小脳代謝亢進を認めた(図2).免疫療法により全例が改善した.臨床症候は異なるものの,一貫したFDG-PET所見を認めたことから,COVID-19関連脳症の病態を反映している可能性がある.
Eur J Neurol. Aug 15, 2020(doi.org/10.1111/ene.14478)



◆抗体の効果と限界(1)COVID-19で回復した患者はスパイク蛋白質への抗体反応が強い.
回復患者と,急速に進行し死亡する患者の違いがなぜ生じるかは依然として不明である.入院患者22名の感染初期の抗体プロファイリングを調べた米国からの報告.回復した12名と死亡した10名を比較すると,ウイルス特異的IgGレベルに差は認めなかったが,回復群ではウイルス・スパイク蛋白質への抗体反応が強く,死亡群ではヌクレオカプシド蛋白質への抗体反応が強かった(図3).別の40名のコホートで検証を行ったが,同様の傾向が確認できた.抗体は存在すればよいわけでなく,どの抗原を認識しているかが予後に影響する.また開発中のワクチンのほとんどがスパイク蛋白質を標的としていることは合理的と言える.
Immunity. July 30, 2020(doi.org/10.1016/j.immuni.2020.07.020)



◆抗体の効果と限界(2)中和抗体はCOVID-19に対する予防効果をもつ.
中和抗体が感染予防効果を持つことは動物モデルでしか証明されていない.未査読論文であるが,米国から漁船におけるアウトブレイクにおいて,中和抗体の感染予防効果を示す事例が報告された.乗員122 名のうち120名を対象に,出航前と上陸後に,抗体およびPCR検査を行った.追跡期間の中央値は32.5 日(18.8~50.5日)であったが,この期間中に抗体陽性ないしPCR陽性になった者は104名もおり,船上で85.2%!の乗員(104/122名)が感染した.しかし出航前の検査で,中和抗体とウイルス・スパイク蛋白質反応性抗体を有していた3名は感染を免れており,中和抗体と再感染予防効果の関連が裏付けられた(p=0.002).著者は中和抗体がヒトにおいて感染予防効果をもつことが初めて示されたと述べている.
medRxiv. August 14, 2020(doi.org/10.1101/2020.08.13.20173161)

◆抗体の効果と限界(3)COVID-19で抗体反応が長期に持続しないメカニズム.
COVID-19では,回復早期にウイルス特異的 IgG および中和抗体レベルが低下してしまい,集団免疫の獲得が難しい可能性が,Nat Med誌などに指摘されてきた(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6).米国からの研究で,この機序を解明する目的で,死亡患者の胸部リンパ節や脾臓を調べたところ,抗体を産生するB細胞が病原体の記憶を形成する場である胚中心がないこと,その胚中心を形成する転写因子Bcl-6を発現するB細胞が顕著に減少していることを発見した(この現症はSARSやエボラでも報告されている).また胚中心の欠損は,Bcl-6陽性濾胞性ヘルパーT細胞(TFH細胞)の分化を阻害すること,サイトカインTNFαの蓄積と相関することも見出した.重症患者の末梢血では,移行期および濾胞性B細胞が消失し,胚中心由来でないSARS-CoV-2特異的なB細胞集団が認められた.以上より,COVID-19のサイトカインストーム(TNFα)が胚中心の形成をブロックし,このためウイルス抗原に対する長期的記憶がB細胞に備わらないことが示された(図4).著者は同じ年に3,4 回感染することもありうるので注意が必要と述べている(ただしT細胞による感染予防効果はありうる).
Cell. August 19, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.025)



◆新規治療.米国ギリアド社による抗ウイルス薬レムデシベルの効果は微妙.
米国,欧州,アジアの105病院で,3月15日から4月18日までに登録された中等症患者584名を対象とした無作為化非盲検第3相試験の結果が報告された.レムデシビル10日コース(197名),レムデシビル5日コース(199名),標準治療(200名)のいずれかに1:1:1に割り付けられた.レムデシビルは1日目に200 mgを静脈内投与し,その後100 mg/日を投与した.主要評価項目は,11日目の臨床状態で,死亡(カテゴリー1)から退院(カテゴリー7)までの7段階の序列尺度で評価した.結果であるが,治療期間の中央値は,レムデシビル5日投与群で5日,レムデシビル10日投与群で6日であった.レムデシビル5日コース群では,標準治療群と比較して有意に良好であったが(オッズ比,1.65;P = 0.02),その差の臨床上の重要性は不明であった(図5).10日間コース群と標準治療群との間に有意差は認めなかった(P = 0.18).死亡患者の頻度は3群で不変.副作用は吐き気,低カリウム血症,頭痛はレムデシビル群で高頻度であった.残念ながら著効するとは言い難い.
JAMA. August 21, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.16349)



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安楽死と医師介助自殺の問題を正しく議論するために

2020年08月18日 | 医学と医療
先日,教室の先生方と,ALS患者の嘱託殺人事件をきっかけとして俄に議論されている「神経疾患における安楽死と医師介助自殺(physician-assisted suicide;PAS)」について議論しました.

まず伝えたかったことは,安楽死やPASが行われてきたオランダ,スイスのいずれもが倫理的に難しい問題に直面しているという現状です.例えばオランダでは認知症が安楽死の原因の第3位になるまで増加していますが,「かつて安楽死を希望しても,現在は自分がその状況をまったく理解できないひとを安楽死できるものなのか」という問題が生じています.またスイスにおけるPASのうち,神経変性疾患は14%にまで増加していますが,①自殺願望に取り憑かれ,明晰な考えができない可能性をどう判断するか?②治療やQOLを高める処置が十分に行われたか?またそれをどう判断するか?③たとえ自殺が認められたとしても,その時期はどのように決定するのか?という問題が生じています.

議論を通じて伝えたかったことは2点です.①安楽死やPASは「自己決定権」を根拠として行われるものの,それらは無条件で正当化され優先されるものではないこと,②私たち医療者は患者さんに,難病を患っても生き生きと暮らす患者さんがいること,そしてそのための医療やテクノロジー,支援制度があることを的確に伝える必要があるということです.スライドをご覧ください.




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月15日)  ―Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症― 

2020年08月15日 | 医学と医療
今回のキーワードは,第2波における予後の改善の理由,個人防護具使用と抗体陽性率,N95マスクが枯渇したときの対処法,後遺症としてのLong-Haul(長期間)COVID,パンデミック期間中のパーキンソン病患者,多彩な神経合併症,頭痛外来に紛れ込むCOVID-19,ロシアでのアビガン臨床試験成功,ロシアでのワクチン開始が避難される理由です.

8月2日に「若者であっても感染すべきではない」と記載しましたが,さらにそれを肯定する論文が多数報告されています.今回紹介するのは「Long-HaulないしLong-tail COVID」と呼ばれている筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)様の後遺症と,感染後・免疫介在性に生じる神経合併症(重症筋無力症,遅発性運動異常症,ギラン・バレー症候群)です.脳神経内科的には極めて多彩な病態を来すため,感染者が急増する現状では,日常診療の場においてCOVID-19の可能性を常に考えて診療を行う必要があるように思います.

◆ヒューストンにおける第2波における予後の改善は,患者集団の変化と医療の改善で説明できる.
米国ヒューストンにおける第1波(3月13日~5月15日;774名)と第2波(5月16日~7月7日;2130名)の患者集団の変化と予後の違いに関する報告.第2波は,テキサス州全体の段階的な社会活動再開の2週間後に始まった(図1).第2波ではPCR検査数が増え,若年層,ヒスパニック系,社会経済的に低い患者層へと移行しており,糖尿病,高血圧,肥満などの併存疾患の合併は減少した.また第2波では,レムデシビルとエノキサパリン(抗凝固薬)の使用頻度が増加した.第2波での患者のICU入院の割合は少なく(20.1%対38.1%),入院期間は短縮した(4.8日 vs 7.1日).院内死亡率も低下したが(5.1%対12.1%),ICU入室患者の死亡率は有意に低下しなかった(22.9%対27.5%).第2波で予後が良好であることは,患者集団の特徴が変化した結果,併存疾患の合併が減少し,疾患の重症度が低くなったこと,ならびに治療薬を含めた医療が改善したことの組み合わせによって説明できる.→ 日本でも同様の科学的な分析が必要である. 
JAMA. August 13, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15301)



◆三次医療センターの病院職員の抗体陽性率は,周辺地域の一般住民よりも低い.
ニューヨーク州ロスリンにある三次医療センターにおいて,3月1日から4月30日までの間,無症状の病院職員に対して任意で抗体検査を行った.N95マスク,ガウン,手袋などの個人防護具(PPE)は,米国疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインに基づいて使用された.病院職員3046名において,抗体検査を1699名(56%)に行ったところ,抗体陽性者は167名(9.8%)であった.病院職員と,ニューヨーク州が報告したロングアイランドの一般市民の抗体陽性率を比較すると,病院職員の方が有意に低かった(9.9%対16.7%, P < 0.001).病院職員がより高い頻度でウイルスにさらされていることを考えると,PPEは適切に使用されれば有効であることが分かる.この結果は医療従事者の不安や心理的苦痛を緩和するものと言える.
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4214)

◆新品のN95マスクが入手できない場合,使用期限を過ぎたものや滅菌済みのもので代用可能.
パンデミック時,マスク不足は大きな問題となった.医療現場ではこれに対応するため,期限切れのマスクを使用したり,滅菌を行ったり,通常とは異なる使用法を行った.また認可外のマスクが代替品として輸入され,病院に寄贈されたりもした.このため,これら代替マスクの,エアロゾル粒子に対する適合濾過効率(fitted filtration efficiencies;FFE)について評価した研究が米国から報告された.使用期限切れのN95マスクと,エチレンオキサイドと過酸化水素滅菌を施したマスクでは,FFEに変化はなかった(95%以上).誤ったサイズのN95マスクでは,性能がわずかに低下した(90〜95%).また認可されていない6種類のマスクはすべて95%を達成できなかった.ちなみにサージカルマスクのFFEは71.5%,よく使用される耳ひも付きマスクは最も低い38.1%であった(図2).
JAMA Intern Med. August 11, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.4221)



◆Long-Haul(長期間)COVID と名付けられたCOVID-19の後遺症.
急性期から回復した患者の多くが,後遺症を呈することが明らかになりつつある.これには精神症状,睡眠障害,運動不耐性,自律神経症状(軽度の運動や起立時の頻脈,寝汗,温度調節異常,胃運動障害,便秘・軟便,末梢血管収縮),持続的な微熱,リンパ節腫脹などが含まれる.この病態に関する査読付き論文はまだ報告されていないが,ウェブ上では多くの記事で取り上げられており,「Long-Haul(長期間)COVID」もしくは「Long-tail(長い尾)COVID」と呼ばれている(図3:doi.org/ 10.1126/science.369.6504.614).
例えば26歳の高校教師は,自身の症状を以下のように説明している.「胸が痛くて,頭が痛くなる.体が痛くて心臓がドキドキする.ほとんど動けない極度の疲労状態だ.脳は霧の中で,ペットの犬の名前さえ覚えていない.睡眠と食欲を失う.足がしびれ,耳鳴りがする」
医師による検査では,症状を説明できる異常は見つからない.症状の多くは,筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)に似ている.ME/CFSの原因は不明だが,ウイルス感染を引き金として発症する可能性が指摘されてきた.Long-Haul COVIDは,ME/CFSの病態生理を研究する絶好の機会となるかもしれない.
Neurology. Aug 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010640)



◆パンデミック中,パーキンソン病患者の2/3が症状の増悪を実感した.
スペインからの報告.パーキンソン病(PD)患者に対して,パンデミックの影響を調査する目的で,95の質問を含むオンライン調査を行った.568件の有効な回答が得られた(年齢63.5±12.5歳,女性53%). 553名(97.4%)はパンデミックを認識し,68.8%は憂慮していた.95.6%が予防措置を講じていた(手洗い励行86.8%,マスク着用86.8%など).484名(85.2%)の患者はCOVID-19患者との接触はなく,またCOVID-19に感染したのは15名のみ(2.6%)であった(5名が入院したが,死亡はなかった).外出自粛中も72.7%の患者は活動的な生活を送っていたが,65.7%の患者は症状の増悪を感じていた(運動緩慢47.7%,睡眠障害41.4%,筋強剛40.7%,歩行障害34.5%,不安31.3%,疼痛28.5%,疲労28.3%,うつ27.6%など).
Mov Disord. Aug 10, 2020(doi.org/10.1002/mds.28261)

◆神経合併症(1)COVID-19感染後に重症筋無力症を発症しうる.
重症筋無力症(MG)は,アセチルコリン受容体(AChR)や神経筋接合部のシナプス後膜の分子に抗体が結合して発症する自己免疫疾患である.COVID-19発症後にMGを発症した3名(64~71歳,男性2名)がイタリアから報告された.発熱の出現後,5~7日以内にAChR抗体陽性の全身型MGを呈した.抗体価は22.8~35.6 pmol/L(正常値0.4pmol/L未満)であった.全例胸腺腫は認めなかった.治療は臭化ピリドスチグミン,プレドニゾン,IVIGに対し,通常のMGに典型的な反応を示した.病態機序として感染後・免疫介在性の障害,すなわちウイルスタンパク質に対する抗体がAChRサブユニットと交差反応した可能性が考えられる.
Ann Intern Med. Aug 10, 2020(doi.org/10.7326/L20-0845)

◆神経合併症(2)重症例において遅発性に出現する運動異常症.
フランスからの報告.ICUに入院し,人工呼吸器管理をされたのち,抜管後23±7日後(14~31日)に遅発性運動異常症を呈した5症例の症例集積研究.4名に上肢の姿勢時・動作時の振戦が認められ,そのうち1名(患者2)には不規則な起立性振戦が,1名(患者4;腎不全を合併)には両側上肢に安静時および姿勢時・動作時にjerky/myoclonicな異常運動が認められた.残り1名は右半身優位の動作時振戦であった.電気生理学的検討は患者2と4で行われ,大脳皮質ミオクローヌス(異常な長ループC反射)と皮質下ミオクローヌス(持続時間の長いバースト)が示唆された.病態機序として,(1)ウイルスによる直接的な中枢神経系の障害,または感染後・免疫介在性の障害,(2)(とくに症例4では)代謝性(腎不全),低酸素血症後ミオクローヌスの可能性が考察された.
Eur J Neurol. 2020;10.1111/ene.14474. doi:10.1111/ene.14474

◆神経合併症(3)COVID-19関連ギラン・バレー症候群(GBS)のsystematic review.
14編の論文で,合計18名の患者を対照としたsystematic reviewが報告された.全例, COVID-19の症状を認め,咳と発熱が最も多く認められた症状であった.COVID-19を発症してからGBSを発症するまでの期間は-8日(8日前)~24日(平均9日,中央値10日)であった.ほとんどの患者は,電気生理学的に脱髄型を呈する典型的なGBSの臨床像を呈していた.8例(44%)で人工呼吸器を要した.2例(11%)が死亡した.
Eur J Neurol. Aug 5, 2020(doi.org/10.1111/ene.14462)

◆神経合併症(4)COVID-19は頭痛のみ呈しうる.
トルコからの報告.頭痛が原因で頭痛外来を受診し,COVID-19と診断された患者を対象とした観察研究である.軽度の症状を有する PCR で診断されたCOVID-19 患者 13 名(女性9名)の頭痛の特徴が報告された.頭痛は全例で経過中の初期症状として出現したが,3名の患者は頭痛のみを呈していた.片頭痛に似た特徴を持つ重度の急激な発症,弱まることにない頭痛に加え,嗅覚・味覚障害や消化器症状(下痢,食欲不振,体重減少)を呈していた.頭痛は70%の患者で3日間持続し,全例で2週間以内に消失した.頭痛はCOVID-19の単独症状となる可能性があり,その他の症状を認めない患者では見逃される可能性がある.片頭痛の既往のない急性発症の持続性の頭痛を呈する症例,および嗅覚・味覚障害や消化器症状を合併する症例では,COVID-19に伴う頭痛を鑑別する必要がある.また考察では,アンギオテンシン系,CGRP,炎症性サイトカイン,三叉神経血管系が頭痛に関与する可能性について議論している.
Headache. Aug 13, 2020(doi.org/10.1111/head.13940)

◆神経合併症(5)動脈硬化性病変や危険因子を有する症例では大血管閉塞に注意する.
CPVID-19における脳梗塞と動脈硬化性病変の関連について検討を行ったフランスからの報告. COVID-19患者で,大血管閉塞(large vessel stroke)を呈した6症例(年齢中央値は52歳)について後方視的な解析を行った.全例,高血圧,糖尿病,脂質異常症,BMI>25などの危険因子を有していた.COVID-19の呼吸器症状の出現から,脳卒中発症まで11.5日であった.ベースラインにおいて,全例,CTまたはMR画像で脳内および脳外の血栓を有していた.頸部頸動脈に大きな血栓を認めた症例は,画像検査では,基礎となる軽度の非狭窄性アテローム腫を有していた(図4).血管リスク因子や基礎となる動脈硬化性病変を有する患者において,COVID-19感染した場合,脳梗塞の発症の有無を注意深く確認する必要がある.
Eur J Neurol. August 6, 2020(doi.org/10.1111/ene.14466)



◆治療(1)アビガンの成分であるファビピラビルがロシアの第II/III相臨床試験で有効性を示した.
RNAポリメラーゼ阻害剤であるファビピラビル(日本のアビガン)のロシア製品であるAVIFAVIRの第II/III相臨床試験のパイロットステージの結果が報告された.患者60名を低用量群(1日目に1600 mgを2回,翌日からは600 mgを1日2回),高用量群(1日目に1800 mgを2回,翌日からは800 mgを1日2回),非投与群の3群に20名ずつ割り付けた.投与開始5日の時点で,ウイルス除去率はAVIFAVIR群では62.5%(25/40名),非投与群では30.0%(6/20人)であった(p=0.018)(図5).また発熱もAVIFAVIR群の方が2日で正常化した(非投与群では4日かかった:p =0.007).また副作用はAVIFAVIR群の7/40名にみられ,下痢,悪心・嘔吐,胸痛,肝障害を認めたが,安全性と忍容性に優れていた.ロシア保健省はこの結果に基づいて,AVIFAVIRに対し,COVID-19患者に対する迅速販売を承認した.
Clin Infect Dis. Aug 9, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa1176)



◆治療(2)ロシアによるワクチン「スプートニクV」の2つの重大な問題.
Nature誌のNews欄.ロシアのプーチン大統領は8月11日,同国の保健当局が世界で初めてコロナウイルスワクチンを承認したと発表した.ClinicalTrials.govの登録データによると,このワクチンは,コロナウイルスのスパイク蛋白を発現する2種類のアデノウイルスベクターで作られている.旧ソ連時代に打ち上げた世界初の人工衛星の名前を取って「スプートニクV」と名付けられた.しかしワクチンの安全性と有効性をテストするための第3相試験(何千人もの人々にワクチンと偽薬を注射して行う追跡調査)をまだ完了していない.この十分な検証がなされていないワクチンの接種を開始することは,まずワクチン接種される医療従事者を含む人々を危険にさらす可能性があり,倫理に反すると多くの科学者は避難している.またこのワクチンは76名のボランティアに投与されているが,第1相と第2相臨床試験の結果は公表されていない.さらにもし健康被害が生じた場合,多くの人がワクチンの副作用を恐れ,受け入れを後退させることにつながるため,ワクチンによる感染拡大防止を目指す世界的な取り組み全体を台無しにしかねないと指摘している.
Nature. Aug 11, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02386-2)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月9日)   ―COVID-19による医療従事者のバーンアウト―

2020年08月09日 | 医学と医療
今回のキーワードは,無症状感染者のウイルス量は発症者と同等,遅れる新規がん患者の発見,遠隔医療導入の必要性とその限界(デジタルデバイド問題),COVID-19と医療従事者のバーンアウト,神経合併症(回復患者の脳微細構造と機能の異常,思春期患者の脳症,多発microbleeds),正常肺にウイルス受容体はない,ウイルス反応性CD4+ T細胞続報です.

今週は2つの問題を考えさせられました.1つ目は「COVID-19に関連した医療従事者のバーンアウト(燃え尽き症候群)の顕在化」です.医療従事者はこの問題に苦しんできましたが,聖路加国際病院からの論文はCOVID-19がこの問題にさらなる拍車をかけている状況を如実に示しました.2つ目は「データ公表に関する科学者の道義的責任」です.コロナ前は査読を経て論文化したデータのみプレスリリースし,社会に周知していました.しかしコロナ後は迅速なデータ共有を目的として査読前プレプリント論文が普及し,さらに今回,論文にすらなっていないデータが社会に大きな影響を与える事態を経験しました.科学者のデータ公表に関する正しい姿勢が問われていると思います.

◆無症状感染者であってもウイルス量は発症者と同等,隔離は厳密に行うべき.
韓国からの報告.PCR陽性感染者303名を対象としたコホート研究.このうち110名(36.3%)が無症状であった.無症状感染者のRT-PCRのサイクル閾値(Ct値)=ウイルス排出量は,症状ありの感染者とほぼ同等であった.つまり感染拡大を防止するためには,症状の有無にかかわらず,PCR陽性者の隔離を厳密に行うべきである(家庭内感染を防ぐための施設は不可欠).また無症状感染者のうち21 名が後日,発症した.PCR陽性から症状発現までの期間は15 日(四分位範囲:13~20 日)であった.症状の有無に関わらず,PCR陰性化までの期間は同程度であった.
JAMA Intern Med. August 6, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3862)

◆パンデミック後,新たに発見されるがん患者数が減少している.
米国からパンデミック前後で,6種類のがん(乳がん,大腸がん,肺がん,膵臓がん,胃がん,食道がん)の新規患者数の変化が報告された.パンデミック期間中,6つのがんを合わせると新規患者数は46.4%も減少した(4310名→2310名).乳がんの51.8%(2208名→1064名,P<0.001)を筆頭に,すべてのがんで有意な減少がみられた(図1).つまりパンデミックは受診控えに伴うがんの診断の遅れをもたらし,進行したステージでの受診や予後不良につながる可能性が高い.受診による感染を恐れる中高年齢者に対する「遠隔医療」の提供が求められている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017267(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17267)



◆遠隔医療の導入が困難な高齢者の原因と頻度(デジタルデバイド).
遠隔医療の導入で問題となるのは,どれだけの高齢者が取り残されてしまうかである.原因として(1)十分な聴力がない,(2)十分な視力がない,(3)話すことに問題がある,(4)認知症,またはその可能性がある,(5)インターネットに対応した機器を持っていない,(6)電子メールやインターネットを使ったことがないが挙げられる.(5) (6)はいわゆるデジタルデバイド(IT技術を利用できる人と,できない人の間に生じる格差)の問題である.
米国カルフォルニア州の65歳以上の住人を対象とした横断的研究が報告された.2018年において1300万人(38%)が遠隔診療の準備ができてないと推測された.家族などが遠隔診療を設定できたとしても,それでもできない高齢者は1080万人(32%)と推測された.電話診療のほうが多くの患者が使用できるが,聴覚障害,コミュニケーション困難,認知症などでできない高齢者は20%に上った(電話診療はさらに視覚的評価を必要とする医療には向いていないという欠点がある).政治はこのデジタルデバイド問題を認識し,医療と患者の橋渡しを行う必要がある.
JAMA Intern Med. August 3, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.2671)

◆バーンアウト(1).COVID-19が神経疾患領域にもたらした4つの変化
カリフォルニア大学サンディエゴ校のChenらは総説の中で,COVID-19が神経疾患領域にもたらした大きな変化を,入院診療,外来診療,研究,倫理の4つに分けて議論した.入院診療では,医療資源(個人防護具,人工呼吸器,ベッド,スタッフ)の枯渇や入院患者を院内感染から守るストレス,自身やスタッフ,家族が感染しうることへのストレス,人との接触を減らすことにより生じる医師-患者関係や教育の難しさといった医師のプロフェッショナリズムに関わる問題がある.外来診療においては重症化リスクの高い患者を感染から守るストレス,COVID-19を合併ないし関連する神経症状を呈する患者に遭遇しうるストレス,遠隔診療導入による負担増加などが考えられる.また研究でも進行中の臨床試験や基礎研究が予定通りに実施できないこと,倫理では不足する医療資源の配分や,ハイリスク患者のアドバンス・ケア・プランニングの問題がある.
Front Neurol. 2020;11:578(doi.org/10.3389/fneur.2020.00578)

◆バーンアウト(2).COVID-19患者と直接接触する医療従事者のバーンアウトと危険因子
聖路加国際病院において4 月に行われた調査結果が報告された.評価にはMaslach Burnout Inventory-General Survey日本語版が使用された.回答率75.6%,対象は312名で,バーンアウトの頻度は31.4%であった.バーンアウト群は,していない群と比較し,女性の割合が高く(80.6%対67.0%;P = 0.02),月当たりの休日日数が少なく(8日対9日;P = 0.03),中途退職の意思がある者が多く(74.5%対24.3%;P = 0.01),さらに年齢が若く(28歳対32歳;P = 0.001),経験年数が短かった(5年対8 年;P = 0.001).医師を基準とした場合,看護師(オッズ比4.9;P = 0.001),臨床検査技師(6.1;P = 0.002),放射線技師(16.4;P = 0.001),薬剤師(4.9;P = 0.02)でバーンアウトが多かった(図2).また経験年数(0.93;P = 0.001),個人用保護具に不慣れ(2.8;P = 0.002),睡眠時間の減少(2.0;P = 0.03),仕事量減少の希望(3.6;P = 0.002),感謝や尊敬の期待(2.2;P = 0.03)も影響因子であった.医師以外の職種におけるバーンアウト頻度が高いことの説明として,医師と比べて,これらの職種は裁量権と意思決定権が低いためではないかと考察されている.
JAMA Netw Open. 2020;3(8):e2017271(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2020.17271)



◆バーンアウト(3).医療従事者を守るために組織や国家が行うべきこと
全米医学アカデミーが,パンデミック下の医療従事者を守るために組織や国家が行うべきことについての提言を行った.医療従事者の不安の根底にあるのは,患者や同僚の間で感染が広まったり,家族に感染を持ち帰ったりすることへの恐怖である.また2003年にトロントでSARSが発生した際には,社会的孤立感,病気で同僚を失った痛み,感染したことに伴う社会的汚名などが原因で,強い精神的苦痛が生じたことが分かっている.これらを踏まえ,対策として組織は第1にCWO(チーフ・ウェルネス・オフィサー)の役職を設けて強力な権限を与え,医療従事者を守る仕組みを作るべきと述べている.第2に医療従事者がストレス因子について不利益を受けることなく自由に話し,上司は積極的にフィードバックする仕組みを作る必要があると述べている.一方,国家には身体的,精神的苦痛が生じた医療従事者のケアを行う予算を組むこと,苦痛を評価し,ケアの効果を検討するための疫学的追跡プログラムを実行することを求めている.
N Engl J Med 2020; 383:513-515(doi.org/10.1056/NEJMp2011027)

◆神経合併症(1)COVID-19の回復段階では脳の微細構造や機能の障害が生じ,記憶障害や嗅覚障害に関連する
中国からの前方視的研究.COVID-19から回復し,感染から3か月が経過した60名と対照39名に対し,神経症状の有無を評価し,さらに拡散テンソルイメージング(DTI)と3次元高分解能T1WIシーケンスを行った.結果として,55%(33/60名)が神経症状を呈しており,かつ嗅覚皮質,海馬,島皮質,左ローランド海綿体,左Heschl回,右帯状回の灰白質増加等の対照群にはない広範囲に及ぶ脳微小構造異常などが見出され(図3),それらの異常所見の一部は記憶障害や嗅覚消失と相関していた.以上より,COVID-19の回復段階での評価で,脳の微細構造および機能障害を認めること,つまり脳への長期的影響が生じうることが示唆された.
EClinicalMedicine. August 03, 2020(doi.org/10.1016/j.eclinm.2020.100484)



◆神経合併症(2)思春期のCOVID-19脳症を見逃してはならない
米国から,9日間の発熱後,脳症を呈し入院した従来健康な16歳男子が報告された.重度の倦怠感,錯乱を伴う進行性の傾眠,支離滅裂な発話を呈した.全身性の脱力を認め,介助なしでは歩けなかった.腱反射は正常.頭部CT(造影剤なし)も正常.CKは1200 U/Lまで増加,またSIADHを合併した.頭部MRIは実施しなかった.髄液細胞数は122/mL(単核球優位),蛋白は173 mg/dL,小児ICUに入室後,鼻咽頭拭い液PCRが陽性になったが,髄液は陰性だった.レムデシビルが使用された.神経症状は入院4日目に改善しはじめ,15日目に退院し,外来経過観察となった.若年者の脳症であっても,COVID-19は鑑別診断に加えるべきである.
Neurol Clin Pract. July 28, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000911)

◆神経合併症(3)critical illness-associated cerebral microbleeds
COVID-19により急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈した63歳男性に対してECMO治療を行ったところ,せん妄をきたし,頭部MRIでは脳梁と大脳皮質近傍の血腫と,無数のmicrobleedsを来した症例が報告された(図4).画像所見はcritical illness-associated cerebral microbleeds(CI-aCMB)と呼ばれるもので,人工呼吸器(とくにECMO)治療を要するARDSにおいて報告されている.原因は不明だが,インフルエンザにおいて報告があり,ウイルス感染に伴う内皮障害の関与が推測される.
Neurology. 2020;10.1212/WNL.0000000000010537(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010537)



◆正常な肺組織にはウイルス受容体ACE2はほとんど発現していない
ヒトのすべての主要な組織や臓器に対応する150種類以上の異なる細胞におけるACE2の発現パターンを,免疫組織化学的に検討した研究がスウェーデンから報告された.360名の肺組織を含むヒト組織を調べた.ACE2の発現は,主に腸,腎尿細管,胆嚢,心筋細胞,男性生殖細胞,胎盤上皮細胞,管細胞,眼,血管系で観察されたが,驚くべきことに,従来の報告と異なり,正常な呼吸器ではほとんど発現していなかった(図5).mRNA レベルでも同様であった.SARS-CoV-2はまず上気道の線毛上皮細胞や眼の結膜上皮に感染し,その感染が何らかの機序(インターフェロン?)による肺組織におけるACE2発現を誘導し,肺で感染するのかもしれない.
Mol Syst Biol. July 26, 2020(doi.org/10.15252/msb.20209610)



◆未感染健常者にみられるSARS-CoV-2反応性CD4+ T細胞は,4種類の風邪コロナウイルスと交差反応性をもつ
SARS-CoV-2の反応性CD4+ T細胞が感染していない健常者で報告されており,20~50%の人に交差反応性T細胞の記憶が存在することが示唆されている.米国からの研究で,COVID-19パンデミック前の25人のヒト血液サンプルを用いた検討を行ったところ,すでに報告されているようにSARS-CoV-2反応T細胞が見つかった.さらにSARS-CoV-2の142の領域(抗原決定基)がT細胞への反応と関連することを示した.またこのT細胞は,4種類の風邪コロナウイルスHCoV-OC43,HCoV-229E,HCoV-NL63,HCoV-HKU1にも交差反応性をもつことを示した.つまり風邪の原因となるコロナウイルスに対する多様なT細胞の記憶は,SARS-CoV-2にも作用することで,COVID-19で認められる症状の多様性の一部を説明できる可能性がある.しかし実際にこのT細胞がCOVID-19に対して防御効果を示しているのかは不明である.
Science. Aug 04, 2020(doi.org/ 10.1126/science.abd3871)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月2日)―若者であっても感染すべきではない― 

2020年08月02日 | 医学と医療
今回のキーワードは,COVID-19感染の影響は長期間持続する(心筋障害および呼吸障害),成人の10~100倍高い小児のウイルス量,脳神経内科医による患者100名の診察,IVIG反応性急性炎症性多発神経根炎,過去の風邪コロナウイルスへの感染が防御因子になる可能性,2つのワクチンのアカゲザルでの効果です.

前回,COVID-19では遅発性ないし長期潜伏性の神経障害を引き起こす可能性があることを紹介しました(doi.org/10.1111/ene.14442).今週は①持病のない若年成人でも,症状が長期化する可能性があること,②診断後2~3か月経過しても高率に心筋損傷がみられ,将来,心不全や心疾患が生じる可能性があること,③退院時においても肺の拡散能障害や拘束性障害が認められることが報告されました.やはりこの感染症は急性期が過ぎればそれで終わりという疾患ではないようです.若者であっても感染すべきではないことを周知する必要性があります.

◆症状の長期持続(1)基礎疾患のない若年成人でも症状は長期化しうる
米国からの報告.外来PCRで感染が確認され,症状を認めるものの入院を要しなかった274名に対し,検査から 2~3 週間後の電話調査で症状の有無を確認した研究が報告された.35%の症例で咳や疲労などの症状が持続し,もとの健康状態に戻っていなかった.また持病のない18~34歳の患者に限っても,19%の症例はもとに戻っていなかった(図1).COVID-19は,基礎疾患のない若年成人でも,症状が長期化する可能性があることを周知する必要がある.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep. July 24, 2020 (doi.org/10.15585/mmwr.mm6930e1)



◆症状の長期持続(2)診断2~3か月後に高率に認められた心筋損傷
ドイツ,フランクフルト大学からの研究.呼吸器症状から回復し,PCR陰性となった100名に対し,感染後64~92日目に実施した前方視的観察研究.対照群と比較して,COVID-19回復患者は,心機能低下(左室駆出率の低下や左室容積の増加など)を認めた.心臓MRI検査で78名(78%)にネイティブT1/T2の上昇,心筋後期ガドリニウム造影効果,心膜造影効果などの異常所見を認めた.60名は進行性の心筋炎を呈していた!また一部の患者の心筋内膜生検では,活動性のリンパ球性炎症が認められた.JAMA Cardiol. July 27, 2020(doi.org/10.1001/jamacardio.2020.3557)

またドイツからの別の研究で,COVID-19で死亡した39名の心筋を病理学的に調べたところ,24名(61.5%)にウイルスRNAが同定され(図2),炎症性サイトカインをコードする遺伝子発現も亢進していた.JAMA Cardiol. July 27, 2020(doi.org/10.1001/jamacardio.2020.3551)



以上より,COVID-19は急性期が過ぎればすべて良くなるわけではなく,将来,心不全やその他の心血管疾患に移行する可能性があり,継続的な心機能の評価が必要である.

◆症状の長期持続(3)退院時に肺拡散能の低下がみられる
COVID-19を罹患した110名(軽症24名,肺炎67名,重症肺炎19名)の退院時における呼吸機能検査を評価した中国からの報告.最も多い異常所見は拡散能の障害であり,次いで拘束性障害があった.いずれの障害も,疾患の重症度と相関していた.以上より,肺機能検査として拡散能検査も行うべきで,特に重篤な状態から回復した患者に対しては,定期的なフォローアップが必要である.また呼吸リハビリについても検討すべきであろう.これらの障害が持続するかどうかについては,長期的な研究が必要である.
Eur Respir J 2020 56: 2001832(doi.org/10.1183/13993003.01832-2020)

◆5 歳未満の小児では成人の10~100倍高い量のウイルスRNAが検出される
米国シカゴからの報告.小児は成人と比べて症状は一般に軽症であるが,ウイルス量について比較した報告はほとんどない.発症から1週間以内の軽~中等度の患者145名の鼻咽頭拭い液のウイルスRNA量を年齢別に3群に分けて比較した.患者の内訳は5歳未満(46名),5~17歳(51名),18~65歳(48名)であった.CT値(PCR増幅サイクル閾値のことで,低値ほどウイルスRNA量が多い)の中央値(四分位間距離)は,順に6.5(4.8~12.0),11.1(6.3~15.7),11.0(6.9~17.5)であった(図3).これは5歳未満の小児のウイルスRNA量は成人の10~100倍も多いことを意味する.つまり小児は,一般集団において感染の促進因子となる可能性があり,警戒を要する.また将来のワクチン摂取のターゲットとしても重要と考えられる.
JAMA Pediatr. July 30, 2020(doi.org10.1001/jamapediatrics.2020.3651)



◆神経合併症(1)脳神経内科医が診察した患者における神経筋症状は88%
COVID-19における神経筋合併症への注目度が増しているが,その頻度やタイプは十分に明らかにされていない.スペインの単一施設による研究で,内科病棟に入院し,脳神経内科医チームによる診察を受けた患者を対象に,神経筋症状の頻度や種類を検討することを目的とした.8人の神経内科医が連続100名の入院患者を対象に評価を行なった.88%が入院中にCOVID-19に関連した神経筋症状を少なくとも1つ有していた(2症候が58%,3症候が29%).最も多かったのは,嗅覚障害・味覚障害および頭痛(各44%),筋痛(43%),めまい(36%)で,次いで脳症(8%),失神(7%),痙攣発作(2%),入院期間中の虚血性脳卒中(2%)であった.嗅覚障害と頭痛は重症度の低い若年患者に関連しており,血清炎症マーカーとも関連していた.脳症は発熱や失神,炎症マーカーと関連していた.以上より,神経合併症は稀でなく,特に脳神経内科医による評価を受けた患者では高率に認められる.
Neurol Clin Pract. July 23, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000913)

◆神経合併症(2)IVIgに反応する急性炎症性有痛性多発神経根炎
ブラジルからの38歳男性の症例報告.5日間の発熱,咳嗽,疲労感,呼吸困難を呈し,ICUに入室,人工呼吸器を要した.ICU入院から15日後に両下肢近位部に耐え難い痛みを訴え始め,critical illness neuropathyの診断で,モルヒネ,デュロキセチン,プレガバリンが開始された.20日目にPCR陰性となり,疼痛が持続した状態で退院した.退院後5日目の脳神経内科医の診察では,疼痛VASは10/10と極めて強い痛みであった.治療薬の調整後(デュロキセチン,プレガバリン,アミトリプチリン,モルヒネ,ビタミン補給),数日でVASは0/10になった.しかし1週間後,灼熱感を伴う疼痛が再度出現し,両側のL5支配筋の筋力低下,両下肢の痛覚低下,強いアロディニアを伴っていた.脊髄MRIでは両側L5の造影効果が認められた(図4).髄液は蛋白細胞解離を認めた.急性炎症性有痛性多発神経根炎を疑い,IVIGを行なったところ,徐々に改善し,治療3週間後には臨床的に有意な改善が得られた.
Neurol Clin Pract. July 28, 2020(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000000910)



◆過去の風邪コロナウイルスへの感染時に生じたT細胞が健常者の防御因子になる可能性
COVID-19感染者の臨床像は,無症状から重症までさまざまである.このような予後を決定する機序は未だ解明されていない.シャリテ・ベルリン医科大学等からの研究で,COVID-19患者18名および未感染の健常者68名において,末梢血のCD4+ T細胞のウイルス・スパイク蛋白質への反応を調べたところ,COVID-19患者では83%にスパイク蛋白質に反応するCD4+ T細胞を認めた一方,なんと健常者でも35%に認められた.未感染健常者から作製したスパイク蛋白質反応性T細胞株は,ヒト固有のコロナウイルスである229E,OC43,そしてSARS-CoV-2のC末端スパイク蛋白質に対して同様の反応を示した.このことは,おそらく風邪を引き起こす一般的なコロナウイルスに過去に感染した際に,このスパイク蛋白質交差反応性T細胞が生じた可能性が考えられた.一般集団の35%にも認められるスパイク蛋白質交差反応性T細胞の存在の意義は重要で,パンデミックに対し防御的に作用している可能性や,今後のワクチン治験のデザインおよび解析に考慮が必要である.研究チームはこのT細胞を有する場合,症状が軽症で済むかの検討を行う予定とのこと.
Nature. July 29, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2598-9)

◆ワクチン(1)Moderna社のmRNA-1273ワクチンがサルでの感染を阻止
非ヒト霊長類であるアカゲザルに,mRNA-1273ワクチンを10ないし100μg接種したところ,ヒト患者の回復期血清中の抗体レベルを上回る強力な中和活性が誘導された(図5).またワクチン接種は,スパイク蛋白質への1型ヘルパーT細胞(IFNγ, IL-2, TNFα)反応を誘導し,2型(IL-4, IL-5, IL-13)反応の誘導は認めないかわずかであった.この状況はワクチンの副作用として懸念されるワクチン関連増強呼吸器疾患(VAERD; vaccine-associated enhanced respiratory disease)は通常,引き起こさない.またワクチン接種群の8匹中7匹のアカゲザルでは,チャレンジ後2日目までに肺胞洗浄液中のウイルス複製は検出されなかった.さらに100μg投与群の8匹のサルの鼻腔拭い液検体でも,ウイルス投与後2日目までにウイルス複製は認められず,いずれのワクチン群の肺でも炎症や検出可能なウイルスゲノム,抗原は限定的であった.
NEJM. July 28, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2024671)



◆ワクチン(2)Ad26ベクターによるワクチン単回接種がサルでの感染を阻止
米国ハーバード大学などからなる研究チームの報告.スパイク蛋白質を発現するアデノウイルス血清型26(Ad26)ベクターによるワクチンの単回接種の免疫原性と保護効果についての研究が報告された.単回接種にしたのは,1回の接種だけで済むワクチンが理想的であるためだ.アカゲザル52匹を,ワクチンまたは偽薬で免疫し,鼻腔内および気管内ルートからウイルス感染を行ない,効果を確認した.Ad26 ワクチン群では強力な中和抗体反応が誘導され,ウイルス投与後の肺胞洗浄液および鼻腔拭い液において完全,もしくはほぼ完全に保護効果を示した.またその保護効果はワクチンにより誘発された中和抗体価と正の相関を示した.現在,臨床試験が開始されている.
Nature. July 24, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2607-z)

★下図はアメリカ疾病予防管理センター(CDC)から出された啓発用ポスターである.持病のない若者であっても診断の2-3週後の時点で,元の健康の状態に戻らないことを強調している.現在,第2波が訪れ,有効な対策が取られていない状況で,さらに感染者の増加が進むと思われる.最新の研究では,たとえ若者であっても感染しないことが望ましいことを多くの人に知って頂く必要がある.



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