Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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西城秀樹さんと多系統萎縮症

2019年11月27日 | 脊髄小脳変性症
敬愛する先輩脳神経内科医から読むように勧められた本がある.「蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)」だ.2018年5月,63歳という早すぎる人生の幕を下ろした西城秀樹さんの妻,美紀さんが語った18年にも及ぶ壮絶な闘病,そして最後までステージをあきらめなかった西城秀樹さんの様子を記した本であった.読むように勧められた理由は,私が多系統萎縮症の臨床,とくに突然死の問題を専門としてきたためだ.

この本には「18年間,一切,表に出ないよう守られてきたこと」がたくさん書かれていた.結婚前より糖尿病を患い,インスリン治療をしていたこと,ヘビースモーカーであった上,サウナ入浴による脱水で脳梗塞を来したこと,脳梗塞の入院を実は8度も繰り返していたこと,そして何より驚いたことは,亡くなる4年ほど前から多系統萎縮症を罹患し,最終的に心拍停止の状況で発見され,蘇生したものの脳死状態となり,3週間ほど経て亡くなられたことである.つまり多系統萎縮症に伴う突然死が死因だった.私達は多系統萎縮症の突然死のメカニズムとして,中枢性呼吸障害や窒息(食物の逆流性誤嚥やCPAPによる喉頭蓋の押し込み),心臓自律神経障害などがあることを示したが(総説:Parkinsonism Relat Disord 2016;30:1-6),そのいずれが原因であったかは文章を読んだだけでは分からなかった.

この本は西城秀樹さんの死の真相を公にすることが目的ではなく,脳梗塞や多系統萎縮症という神経難病を世の中に知っていただき,「今も病気で戦ったり,リハビリを続けていらっしゃる方とそのご家族に,少しでも参考になることを伝えたい」という美紀さんの意図がある(このため主治医である鈴木則宏湘南慶育病院院長による脳梗塞や多系統萎縮症についての解説がある).とくに多系統萎縮症は,テレビやマスコミで取り上げられ注目されてきた筋萎縮性側索硬化症(ALS)より患者数が多いにも関わらず,世間の認知度は低く,かつ臨床倫理的問題が山積しているにも関わらず,ほとんど議論がなされてこなかった疾患である.この書籍がきっかけになり,多系統萎縮症への関心が高まり,多くの人からの理解や支援が得られ,治療,緩和ケアの取り組みがより向上することにつながれば本書の意義はより大きなものとなる.

子供の頃からファンであった西城秀樹さんが,幾度もの病魔に襲われる様子は,読んでいて辛かったが,その一方でほっとする場面もたくさんあった.意外な形で設定されたお見合いから始まった2人の爽やかな交際や,大スターの常人から少しずれた微笑ましい生活,47歳で子供を授かってからの秀樹さんの子煩悩ぶりなど,とても楽しかった.冒頭のページにある家族のアルバムや家族同士の手紙のやり取りも素敵だった.ただ1番印象的であったのは,病と闘いながらも,ステージに立ち続け,それが叶わなくなった後も,再び1人でステージに立つことを目標に,懸命にリハビリに励んだ秀樹さんの姿であろう.決して引退は口にしなかった.最後まで西城秀樹はスターだったのだ.

蒼い空へ 夫・西城との18年(小学館)







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脳梗塞に対する低酸素・低糖刺激末梢血単核球療法の開発

2019年11月25日 | 脳血管障害
脳梗塞後遺症に対する機能回復を目指したさまざまな細胞療法が検討されてきた.今回,新潟大学(金澤雅人先生,畠山公大先生ら),岐阜大学,医療イノベーション推進センター(TRI)のチームは,低酸素・低糖(oxygen glucose deprivation;OGD)刺激で,脳保護的作用を獲得した末梢血単核球による細胞療法を開発し,Scientific Reports誌に発表した.本研究の意義は大きく3つ挙げることができる.
1.薬剤を使用しない簡単な刺激により,末梢血単核球が組織を修復する能力を獲得することを初めて明らかにしたこと.
2.脳梗塞の発症早期からの治療ができ,がん化のリスクもなく,有効で安全な臨床応用が可能となること.
3.専門の細胞培養施設を必要としないため,一般病院においても治療を普及できる可能性があり,かつ再生医療を格段に低コスト化できること.

以下,本研究について解説したい.

【脳梗塞に対する骨髄由来間葉系幹細胞療法の問題点】

脳梗塞に対して期待される細胞療法の代表が骨髄由来間葉系幹細胞である.本邦では条件付きであるが,脊髄損傷に対して再生医療等製品「ステミラック注」が2018年末に保険収載された.同細胞は,脳梗塞病変において,血管内皮増殖因子(VEGF)などの成長因子を分泌し,血管新生や神経軸索の進展を促すことで機能回復を促進すると考えられている.
問題点としては,脳梗塞再発予防のための抗血小板療法,抗凝固療法下での骨髄液採取に危険が伴うこと,十分な細胞数を得るために専用の細胞調整センターを要すること,一症例当たり数千万円以上の費用がかかることが挙げられる.

【本研究のきっかけとしての低酸素・低糖刺激ミクログリア療法】
私たちは従来のアプローチとは異なる細胞療法の確立を目指し,脳内の炎症性細胞であるミクログリアに注目した(Kanazawa et al. Sci Rep 2017).ミクログリアには,マクロファージと同様,活性化の様式からM1型とM2型が存在すると推測されるが,後者は抗炎症性因子の産生や血管新生等を介して,脳梗塞に対して脳保護的に作用する可能性がある.問題はどのような刺激でM2様ミクログリアへ極性変化をさせるかであるが,種々の刺激を検討した結果, 適切な条件のOGD刺激は,ミクログリアの性質をM2様に変化させ,かつその細胞の静注により動物モデルの脳梗塞後の機能回復を促進できることを確認した. OGD刺激によりVEGFやトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)などが分泌され,血管新生や神経軸索の進展が促進し,機能回復を来したのである.しかしミクログリアは生体から採取は容易ではないことから,つぎに末梢血から簡便に取得可能で,ミクログリアに性質が類似した末梢血単核球の検討を開始した.

【末梢血単核球もOGD刺激で,脳保護的な性質を獲得する】

末梢血から単核球を分離し,OGD刺激を行ったところ,転写因子PPARγの発現亢進により,ミクログリアと同様にVEGFやTGF-βの分泌が増加することを確認した.ただし単核球から単球・マクロファージを分離して検討を行ったが,これらの細胞単独よりも,それらを含む単核球成分の方がVEGFやTGF-βの分泌増加は明らかであり,血球同士の何らかの相乗効果があるものと考えた.またOGD刺激をした末梢血単核球では,炎症性マクロファージが発現するiNOSが減少し,抗炎症性マクロファージが発現するCD206が増加することを確認し,脳保護的に変化していた.

【OGD刺激末梢血単核球は,MCP-1分泌を介して脳内に移行する】
には外部からの物質,細胞の移行をブロックする強力なバリアー機能,血液脳関門が存在する.私たちはOGD刺激末梢血単核球が,血液脳関門を越えて脳内に移行するかを検討した.自家蛍光を発するGFPマウス由来の末梢血単核球にOGD刺激を行い,脳梗塞後1週間経過したラットの頸動脈から投与し,3日後に観察したところ,脳梗塞病変周囲に細胞を認め,脳内移行が確認された.一方,OGD刺激を行わない末梢血単核球は脳内に移行しなかった.OGD刺激により末梢血単核球が脳内移行性を獲得するメカニズムとして,単球の遊走促進因子として発見され,幹細胞においても血液脳関門の透過に関与するMCP-1の分泌亢進が生じていることを確認した.

【OGD刺激末梢血単核球は,脳内での組織修復因子の増加をもたらす】

免疫染色を用いた検証で,脳内に移行したOGD刺激末梢血単核球は,実際に脳梗塞周囲でのVEGF,TGF-βの発現を亢進させることを確認した.

【OGD刺激はin vitro/in vivoで,SSEA-3陽性細胞(MUSE細胞)増加をもたらす】
多能性幹細胞マーカーであるstage-specific embryonic antigen-3(SSEA-3)陽性細胞(いわゆるMuse細胞:Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)を用いた細胞療法が,脳梗塞モデルに対し有効であることが報告されている.そこでOGD刺激を行った末梢血単核球中のSSEA-3陽性細胞の数をFACSで測定したところ,通常培養を行った場合と比較して増加していることを確認した.またOGD刺激末梢血単核球を脳梗塞ラットに動注すると,対照群と比較して,脳中のSSEA-3陽性細胞が増加することも確認した.これは非常に驚くべき結果であった.

【OGD刺激末梢血単核球は,血管新生を介して,神経再生をもたらす】
近年,神経再生の前段階で血管新生が必要であることを示唆する研究が報告されている.脳梗塞ラットに,OGD刺激末梢血単核球を動注すると,OGD刺激を行わない細胞の場合と比較して,脳梗塞巣の辺縁で血管新生が促進され(下図上段),さらに神経軸索の進展も促進されていることを確認した(下図下段).




【OGD刺激末梢血単核球は,脳梗塞後遺症を改善する】

実際に脳梗塞ラットの後遺症が改善するか,コーナーテストという方法で評価した.無治療の場合,脳梗塞28日後でも症状はほとんど改善せず,またOGD刺激を行わない末梢血単核球を,脳梗塞後7日目に投与した場合も症状は改善しない.しかし,OGD刺激末梢血単核球は動注すると,症状は有意に改善した(下図).



【まとめ】
OGD刺激末梢血単核球の作用機序としては,図に示す3つが考えられた.
1)組織修復因子(VEGF, TGF-β)の分泌
2)MCP-1を介した血液脳関門通過能の獲得
3)多能性幹細胞SSEA-3陽性細胞(Muse細胞)数の増加

これらの作用を介してOGD刺激末梢血単核球は脳内移行し,血管新生,神経軸索進展を促進し,脳梗塞後遺症を改善させる.



本技術は,簡単な操作で細胞療法が可能となるため,実用化されれば,一般病院にも普及できる可能性がある.現在,採血から細胞の分離,OGD刺激までを一貫して行える装置を,産学官共同で開発中であり,早期の臨床応用を目指している.

Hatakeyama M, Kanazawa M, Ninomiya I, Omae K, Kimura Y, Takahashi T, Onodera O, Fukushima M, Shimohata T. A novel therapeutic approach using peripheral blood mononuclear cells preconditioned by oxygen-glucose deprivation. Sci Rep. 2019 Nov 14;9(1):16819. doi: 10.1038/s41598-019-53418-5.

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進行性核上性麻痺の診断アプリ(PSP Dx Assist)を開発しました!

2019年11月24日 | その他の変性疾患
2017年,進行性核上性麻痺(PSP)の新しい診断基準としてMDS PSP diagnostic criteriaが提唱され,2019年には,感度,特異度とも良好であることが報告されました.この診断基準は8種類の病型と,診断の確実性を決定するものですが,非常に複雑で,かつ複数の病型を満たす場合も少なからずあり,使用しにくい現状です.このため私どもは本診断基準をより使用しやすくするアプリケーションを開発しました.webアプリケーションPSP Dx Assistは,説明付きの項目をチェックしていくだけで,PSPの診断およびMAXルールに基づく病型の絞り込みができます.加藤新英先生(岐阜県総合医療センター)とともに開発しました.お役立ていただければ幸いです.岐阜大学脳神経内科HPトップページからも入れます.またお気づきの点がありましたらご連絡ください.

PSP Dx Assist




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進行性核上性麻痺の臨床診断:MDS clinical diagnostic criteria for PSP (MDS-PSP criteria)日本語版を公開しました

2019年11月21日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準として,標題の診断基準が2017年に報告されました(Mov Disord 2017;32:853-864).ただし非常に煩雑で,日本語版もなく,日常診療で使用しにくい状況でした.このため,神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(研究代表者 中島健二先生)では日本語訳の作成に取り組みました.日本神経学会運動セクション小委員会に相談の上,Movement Disorder Societyの許諾と著者によるback translationの確認を完了し,班会議HPに日本語版を公開しました.日常診療でご使用いただければ幸いです(下記に使用方法に関するスライドのリンクを用意しました).

なお日本語訳は以下のメンバーで作成しました.
下畑享良,饗場郁子,古和久典,服部信孝,中島健二(敬称略)

日本語訳ダウンロード

診断基準使用法のスライド 

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プライマリーケア医が知っておくべき“治療可能な”2次性頭痛@第47回日本頭痛学会

2019年11月17日 | 頭痛や痛み
第47回日本頭痛学会(浦和)にて標題のシンポジウムを北海道大学矢部一郎先生とともに企画した.企画の理由は「もっと早く診断・治療ができたら良かったのに・・・」と思う二次性頭痛症例が少なからず存在するためだ.テーマとした疾患は,肥厚性硬膜炎,MELAS,脳アミロイドアンギオパチー関連炎症,自己免疫性脳炎,てんかん,慢性骨髄増殖性腫瘍と本学会のシンポジウムではほとんど議論がなされたことのないものだ.以下の点を認識する必要がある.

【認識すべき点】
① 肥厚性硬膜炎,MELAS,NMDA受容体抗体脳炎,真性多血症・本態性血小板血症は片頭痛様頭痛を呈しうる.
② MELASでは誤診によるトリプタンの使用で,脳卒中を来しうる.
③ 慢性骨髄増殖性腫瘍である真性多血症・本態性血小板血症に伴う頭痛は正しく診断し,アスピリンを使用すると著効する.


【各疾患のポイント】
A.肥厚性硬膜炎の頭痛:
慢性の強い連日性頭痛が主体だが,一部は前兆を伴う片頭痛に類似した頭痛を呈する.日本人に多いMPO-ANCA陽性例は硬膜に限局するのに対し,PR3-ANCA陽性例は軟膜にも及び,頭痛が重篤となるほか,脳神経麻痺等,多彩な症状を呈する.

B. MELASの頭痛:
片頭痛様の頭痛を呈する.診断を誤ってトリプタンが使用され,脳梗塞を来たした症例が報告されている(トリプタンは禁忌である).片頭痛患者で,既往歴,家族歴に糖尿病,難聴,卒中様発作,低身長,筋力低下があれば,(半年以内に保険収載され測定が可能となる)ミトコンドリア病診断マーカーGDF15(感度,特異度98%)を測定し,MELASを除外する.治療としてL-アルギニン療法が有効である.急性期ステロイドパルス療法は増悪を招くため行わない.

C.アミロイドアンギオパチー関連炎症の頭痛:
56%で頭痛を合併する.そのほか,認知機能障害,異常行動,痙攣を呈する.頭部MRIで大脳白質の異常信号,造影病変,髄液細胞数増多,蛋白上昇を認める.微小なクモ膜下出血ないし血管炎症が頭痛の原因と議論されている.

D.自己免疫性脳炎の頭痛:
自己免疫性脳炎のなかで頭痛を呈するのはNMDA受容体抗体脳炎である.前駆期に片頭痛様の頭痛を合併し,頭痛単独でも発症する.NMDA受容体は皮質拡延性抑制(CSD)に関わることから,抗体はおそらく頭痛を抑制する方向に作用している!頭痛の機序には無菌性髄膜炎が関与するという説がある.

E.てんかんの頭痛:
3つのタイプがあり,片頭痛前兆により誘発される痙攣発作(いわゆるICHD-2のmigralepsy),てんかん性片側頭痛(hemicrania epileptica),てんかん発作後頭痛(post-ictal headache)に分類できる.てんかんと頭痛には類似した特徴があり,視覚性前兆(ただし様式は異なる),抗てんかん薬(VPA,TPM,LEV,GBP)が有効であるといった点は共通する.

F.慢性骨髄増殖性腫瘍の頭痛:
JAK2V617F遺伝子変異に伴う真性多血症(PV)や本態性血小板血症(ET)は,約半数に片頭痛様頭痛を合併する.閃輝暗点も合併し,片頭痛との鑑別が難しい.病態としては血小板の活性化・凝集が指摘されており,治療もアスピリンが著効する.

多くの学会員が参加してくださり,有意義なシンポジウムだったとの感想をいただき,とても嬉しく思った.講師の先生方,どうもありがとうございました.

【講師の先生方】
血管炎・肥厚性硬膜炎 河内泉先生(新潟大学脳神経内科,総合医学研究センター)
MELAS 古賀靖敏先生(久留米大学医学部小児科)
脳アミロイドアンギオパチー関連炎症 坂井健二先生(金沢大学脳神経内科)
自己免疫性髄膜・脳炎 木村暁夫先生(岐阜大学脳神経内科)
てんかん発作による頭痛 高橋牧郎先生(大阪赤十字病院脳神経内科)
慢性骨髄性腫瘍と頭痛 長井弘一郎先生(日本医科大学脳神経内科)











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マギル大学臨床教育研修 “Teaching in the clinical setting”(下)

2019年11月09日 | 医学と医療
後半では,印象に残った講義・ワークショップからキーワードを4つ(Feedback,女性のリーダーシップ,Role modelling,全人的ケア)説明したい.

① Feedback
指導医が学習者に対して行うFeedbackに関する講義では,まず自分の成長に関心があるgrowth mindsetをもつ学習者は,feedbackがしやすいことを学んだ.そして重要なこととして,feedbackは「単なる成績評価ではだめであって,学びを支援するための評価である」ことを認識する必要があることを学んだ.学生に評価=テストという印象をもたせるとストレスを招くので良くないという点は納得がいく.また学習者を直接,観察して信頼できるfeedbackを行う必要性も強調されたが,臨床や研究等で忙しく,限られた時間の中で,提出物等による間接的な評価も仕方がないように思われた(ただし適切に評価する必要がある).feedbackの方法として上述のone minute teachingが有効であるが,さらにfeedbackは「適切なタイミングで行う.自己評価や振り返りを促す.学習者が実行できるものにする.Negative feedback(否定的なコメント)が引き起こす負の感情に注意する」といった注意点も参考になった.



② Woman in medical leadership
まず上位のポジションになるほど女性の割合が低くなるというマギル大学小児科の現状が示された.女性リーダーの育成,採用はさまざまな利点がある.具体的には,「性別ではなく能力をもつ人が重用されること,さまざまな観点・視点を持てること,より生産的,創造的になること,多くの医師(特に女性医師)のrole modelになれること,さまざまな患者ニーズに対応できること」といった点が挙げられる.つまり,女性医師リーダーを増やす意義は大きい.



しかし女性リーダーに関する様々な誤解がある.(1)女性医師が増えれば自ずと女性リーダーが増える.(2)女性はリーダーになろうとはしていない.(3)機会は男女均等に与えられている.(4) 平等な機会が与えられれば,リーダーシップをとるのも均等になる,という4点である.これらはいずれも間違いである.

なぜ女性リーダーが増えないかという分析も正鵠を射るもので,(1)病院で求められるリーダー像は「決断できる,強い,独立した」といった男性的特徴(ステレオタイプ)が依然として求められること,(2)女性のメンターや,ネットワークが不足していること,(3)家事,家族ケアが主に女性に求められること,(4)協働者,支援者としての役目が女性に期待されていること,などが挙がられていた.これらの女性リーダー育成の障壁を理解し,取り除くことが必要となる.

③ Role modelling
半日をかけてワークショップに参加した.医学教育おけるrole modellingという概念にあまり馴染みがなく,当初戸惑ったが,role modelが「人」を意味するのに対し,role modellingはその「プロセス」であることが分かってから理解できるようになった.つまり後進にとって自分は「手本」である必要があるが,その行程が重要ということである.良いrole modelになるために,その障害となりうる「多忙さ・イライラ・独断・敵対的態度・熱意不足・人間関係スキルの不足」に気をつける必要がある.自分が「手本」となることを意識し,プロフェッショナルとしての行動をとり,後進の学習者に学ばせ,実行させることが重要だと分かった(ただしここまで求められるのは大変なことだとも思った).



④ 全人的ケア(whole person care)
「全人的ケア」とは患者のすべての側面を知り,全てについて心を配り,責任を負うという意味ではない.患者は「満足のいく医療が提供され,自分自身を一人の人間として真剣に対応してくれることを望んでいる」が,その実践が「全人的ケア」と言える(新たな全人的ケア (―医療と教育のパラダイムシフトー).2016を参照).これを実践する医師が行う2つの行為が,治療(cure)と癒やし(heal)である.治療において患者の目的は生存で,変化を取り除くことであり,サイエンスや意識的,デジタルなコミュニケーションが求められるのに対し,癒やしでは患者の目的は成長で,変化を受け入れることであり,アートや無意識的,アナログなコミュニケーションが求められる.とくにアナログ・コミュニケーションに関して,「無意識の教育は,概念として教えられるわけではなく,経験を積み重ねさせるしかない.Role modelから学んでもらうことになる」というTom Hutchinson先生の言葉は印象的であった.ちなみにHutchinson先生の新たな全人的ケア (―医療と教育のパラダイムシフトー)はご一読をおすすめしたい.



5)まとめと今後に向けて
マギル大学における医学教育研修は非常に有意義であった.指導医のゆとりある外来や教育は大変羨ましいが,それは患者が専門医へアクセスしにくいため,実現できている面がある(多くの患者は4ヶ月から半年に1回の受診で,多くは家庭医がフォローしていた).逆に日本では指導医に時間のゆとりはないものの,患者さんは専門医療に比較的容易にアクセスしやすいという利点につながっていることを認識した.一長一短である.

今後に関しては,まずアウトプットを行い,医局内,院内,そして多くの人とこれらの貴重な経験を共有したい.とくに自身は外来でのレジデント教育に挑戦したい.Role modellingやfeedbackを実践し,女性のリーダーシップについても障壁を検証・除去し,いつか女性リーダーを育成したいと思った.


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マギル大学臨床教育研修 “Teaching in the clinical setting”(上)

2019年11月09日 | 医学と医療
岐阜大学医学教育開発研究センター(MEDC)が企画した,臨床教育を重視したカリキュラムで定評のあるマギル大学医学部の海外教員養成プログラムに参加したので,2回に分けて記載したい.前半ではマギル大学での医学教育,そしてNeurology部門での医学教育の見学結果について記載する.次回,後半では重要な4つのキーワードについて説明したい.

1)臨床教育研修に参加した理由
参加を希望した理由は,当科は医学教育への取り組むことを目標の1つに掲げていることが挙がられる.医局員の教育への熱意も高い.しかし2点,懸案事項がある.(1)学生には病棟においてチームの一員として神経内科学を学んでほしいが,知識量が十分とはいえず,一方向性の講義主体の教育にならざる得ないこと.(2)レジデントの外来診療の教育システムがなく,学ぶ機会を与えられていないこと,である.とくにこの2点を視察したいと考えた.ちなみに(1)に関して,学生はかなり優秀であるという意見を少なからず聞いた.日本と異なり,成績順に専攻診療科目を選ぶことができるため,どの診療科も手を抜けないということが背景にあるようだ.

2)印象深いマギル大学における「アウトカム基盤型」教育システム
まずマギル大学における医学教育システムについて説明を拝聴した.従来型の「プロセス基盤型」教育ではなく,「アウトカム基盤型」教育が行われていた.前者は教員が教えたいものを,教育プロセスを用いて身に付けさせるもので,教員に依存し,場合によっては押し付けになる可能性がある.これに対し,後者はは最初から望ましい医療者像(アウトカム)を目標として掲げ,そのゴールに至る各段階のロードマップを設定して,教育を進めるというものである.この場合,到達度を確実に評価する必要がある.自分の行っている教育の多くは「プロセス基盤型」であり,場合によっては,自身の教えたいものを押し付けてしまっている恐れがあると反省した.

「アウトカム基盤型」教育において重要となるのは「コア・コンピテンシー」という医師の日々の活動や役割に関わる,基本となる能力,知識,スキル,行動の組み合わせだ.これは測定可能な能力であり,カナダにおけるCanMEDが有名である(図).CanMEDでは,医療者として目標とすべき6つの資質を意識し,かつそのバランスの良さを求め,さらに卒前,卒後,一貫してこのアウトカムの達成を目指すのである.このような目標の設定と評価が今後求められることを認識した.



またマギル大学の医学部の教育プログラムは4年制で,教える項目を4つのブロックに分けて行っている.これについては下記のスライドにまとめた.



もう1点,印象に残ったのはマギル大学の医学教育システムを説明してくださったPickering先生の言葉で「医師は生涯,学び続けなければならないことを教える必要がある」というものだった.当然のことではあるのだが,学生のうちから自分はしっかり伝えられていたかなと考え込んでしまった.

3)レジデントとフェローに対する医学教育の見学
本研修の特徴のひとつに,自身の専門科目にマッチした医学教育の見学ができることが挙げられる.つまり,マギル大学には3つの関連病院があるが,私はそのうちMontreal General HospitalおよびMontreal Neurological Institute(通称Neuro)において,Movement Disorder(運動異常症=パーキンソン病)専門外来と,脳卒中の予防外来と救急入院における医学教育の見学ができた.

前者では指導医が,Neurologyのレジデントとフェローの教育を行っていたが,印象深いものであった.レジデントとフェローはまず新患の予診と診察を行い(60分程度),その結果を指導医に要領よくプレゼンすると,先生からいくつかの有意義な質問とfeedbackによる指導が行われ(合計で20分程度),最後に指導医の診療を見学し学ぶ(20分程度:神経診察は重要点のみ,説明中心)という効果的な方式であった.昔,研修医のとき,何回か経験したことがある「ベシュライバー(Beschreiber.独)」,つまり教授外来について,患者さんとのやり取りをカルテに書く係も担当していた.レジデントはNeurologyの2年目としてはとても優秀で,かなり鍛えられている感じを持った.一方,指導医はOne minute teaching(5 step microskills:図)にほぼ近い質問とフィードバックを行っていた.たとえ5つのステップが行われていなくても,例えば質問とpositive feedbackだけでもかなり有用と思われた.



自身の外来と異なっていると感じた点は,(1)レジデントに対する外来教育システムが確立されていること,(2)外来でのチーム医療を行っていること(いわゆるPDナースによる診療を初めて見学した),(3)家庭医との連携により,受診患者が少なく,指導医はゆとりがある外来ができること,(4)(3)の結果,教育にかける時間の余裕を持ち,さらに電子カルテではなく患者さんに向き合うことができることが挙がられた.

脳卒中予防外来では教授の外来診療を見学したが,学生やレジデントはいなかったため,見学の目的をご説明し,医学教育に関する議論を行った.知識に応じた目標の設定をすることを強調されていた.医学部生では神経診察を多く見せること,内科レジデントでは基本的な検査と治療の習得,脳神経内科レジデントではより複雑な検査と治療 • 神経診察を重視するとのことであった.最後にNeuroにおいて,脳卒中の救急診療を見学した.レジデントと指導医1対1の体制で,指導医は5年目(最終学年)のレジデントの指導を行っていた.レジデントの能力は高く,血栓回収術を含む3人の緊急入院に適切に対応していた.指導医は別行動のうえ,忙しすぎて教育について議論はできなかった.

まとめとして,外来教育が見事に行われていること,指導医に時間的余裕があり,質問やfeedbackが適切に行うことができる指導医が存在することが挙がられた.レジデントの外来診療の教育はずっと課題と考えてきたが,彼らが入院診療の担い手の主戦力となっている現状,なかなか難しく,手を付けられなかった.今後,何とか取り組むべきと考えた.


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