Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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英国の伝統菓子パンhot cross bunと神経疾患

2022年10月27日 | 脊髄小脳変性症
朝のカンファレンスで,YouTubeでマザーグースの「hot cross bunの歌」を紹介しました.Hot cross bun はキリストの復活を祝う復活祭(イースター)に欠かせない,12世紀に誕生した伝統ある英国の菓子パンです.キリストの受難を象徴する十字架(クロス)状のシロップが特徴で,魔よけや幸せをもたらす力があるともいわれています.しかしこのパンを命名した人は,まさか何百年も後の世に,その名前を冠するMRI所見が脳神経内科医によって議論されることになるとは夢にも思わなかったと思います.

「Hot cross bun sign(HCBS)」は多系統萎縮症(MSA-C)のMRI所見として,医師国家試験でも頻出する有名なものです.しかし最新のMSAの診断基準(MDS MSA診断基準)では「HCBS は疾患特異的な所見ではないため注意を要する」と明記されています.最新のMov Disord Clin Pract誌に面白く,中身の詰まったEditorialが発表されましたので箇条書きにしてご紹介します.

◆1998年にSchragらにより初めて報告された(JNNP 1998;65:65–71.).
◆HCBSの原因となる病態は多岐に及び,変性,遺伝,自己免疫,感染,炎症,腫瘍・腫瘍随伴性,血管性,その他の原因による二次性がある.
◆HCBSはMSA-Cに対して98~99%の高い特異性,94~99%の高い陽性的中率を示す一方,感度は45~68%に過ぎない(J Neurol Sci 2018;387:187–195; Sci Rep 2019;9:1–7.).ただしMSA-CにおけるHCBSの形成は早く,grade 2のHCBSは,発症から3年以内のMSA-C患者の66.7%で観察されたが,SCA3では観察されない(BMC Neurol 2020;20:157.).
HCBSの鑑別診断は過去10年間で著しく増加している.これはとくに自己抗体や腫瘍随伴抗体に関する進歩の影響である.



◆HCBをみとめる鑑別診断の大半は稀で,少数の症例報告に過ぎないため「when you hear hoofbeats, think of horses, not zebras(蹄の音が聞こえたら,シマウマではなく馬を思い浮かべよ)」ということわざを思い出す必要がある.いわゆる「シマウマ探し」に陥らないことが重要.しかしMSA-Cの臨床診断において症候学的もしくは検査所見において違和感がある場合,treatableな疾患を見逃さないことが肝要である.
◆MSAで形成される機序は,橋ニューロンと橋横走線維の萎縮と橋被蓋と皮質脊髄路の温存と考えられ,grade0(変化なし),grade1(出現し始めた横線に比して高信号の縦線),grade2(明確な縦線),grade3(縦線の出現に続いて横線が出現し始める),grade4(完全なHCBS)の4段階が報告されている(J Neurol 2002;249:847–854).
◆血管性や感染性(vCJDやPML)のHCBでは,HCBSの形成機序は異なるものと考えられている.また炎症性では可逆的であることからやはりその機序は異なると推測される.
◆HCBSと関連する画像所見として,横線が目立つナタリズマブ関連多巣性白質脳症の「across the pons sign(J Neurol Sci 2017;375:304–306)」や,橋の高信号を四等分する十字形の低信号が観察され「reverse HCBS」が橋梗塞,ウィルソン病等で報告されている(BMJ Case Rep 2014;2014:bcr2013203447; J Neurol Neurophysiol 2017;8:1–2).



Mov Disord Clin Pract. Oct 12 2022

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新しい時代の運動異常症の診療@MDS Video Challenge 2022

2022年10月24日 | 運動異常症
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の動画を持ち寄り,症候や診断を議論するVideo Challengeです.16症例の提示があり,オンデマンドでの参加でしたが,2時間30分の楽しいカンファレンスでした.恥ずかしながら16症例中,私が診断を即答できたものは2症例だけでした!ただ解答を見るとその理由がわかると思います.いずれにしても診断にたどり着くための新しいアプローチを学ぶことがこの企画の目的だと思います.それは『適切に評価した症候からkey word searchで疾患を絞りつつ,孤発例であっても遺伝性疾患の可能性,変性疾患様であっても自己免疫疾患の可能性を残しつつ,エクソーム解析・全ゲノム解析とcell-based assayを用いて,治療可能な常染色体潜性遺伝性疾患と自己免疫疾患を見逃さずに診断する』というものです.出発点は症候を適切に評価できる臨床力(phenomenology)を磨くことです.近道はたくさんの運動異常症の動画を見ることに尽きます.そして日本の課題は,これから紹介するオーストラリア,中国,マレーシア,イタリアの症例で出てきたようなエクソーム解析・全ゲノム解析や,商業ベースで測定できない自己抗体をどうするかだと思います.

◆Case 1 – USA
【症例】11ヶ月の男児.睡眠中に舌を噛むことを主訴に受診.生後9ヶ月から舌からの出血を認めた.夜間,舌を噛む頻度は増え,20分おきに目を覚ますようになった.また両親は舌の先端が噛み切れて欠損していることに気づいた.食欲低下,体重減少,発語減少,易怒性を認めた.神経診察では睡眠中の下顎の細かい振戦様運動.脳波,頭部MRI異常なし.常染色体顕性遺伝の家族歴.
【解答】Hereditary geniospasm with associated recurrent nocturnal tongue biting (RNTB). Geniospasmのgenioはオトガイの意味で,chin trembling とも呼ばれる.Geniospasmの9%でRNTBが報告されている.生後9-18ヶ月で生じ,発育とともに減少する.機序不明.治療としてクロナゼパム内服やボツリヌス注射が行われ,舌咬傷,体重,発語は改善した.

◆Case 2 –Australia(銀メダル受賞)🥈
【症例】16歳男性.血族婚なし.両親無症状.14歳から転倒,服のボタンがとめにくい,学業成績低下,球技や水泳困難.祖父DLB.神経学的に眼球運動失行(注視の際にhead thrustを伴う),運動緩慢,構音障害,上下肢軽度の筋強剛,書字困難,軽度の失調歩行.脳脊髄液正常.頭部MRIでは尾状核>被殻のT2高信号・萎縮.全エクソーム解析異常なし.
【解答】若年性ハンチントン病(74リピート).若年性(21歳未満)はHDの5%未満.若年発症齢は舞踏運動よりもジストニア,筋強剛,小脳性運動失調,認知機能障害,精神症状を呈する.眼球運動はサッケード開始の障害を認め,緩徐,hypometriaで,固視や眼球運動制限を認める(本例も2年後に眼球運動障害,球麻痺,痙性が出現した).画像では尾状核,被殻に加え,小脳,淡蒼球に異常を呈しうる.

◆Case 3 - Australia
【症例】姉妹例.小児期より低トーヌス,運動発達遅延,軽度認知機能障害,上肢振戦,構音障害,下肢痙性.青年期より車いす,振戦の増悪(開口したままの頸部振戦;No-no type,上肢の振戦),全身性ジストニア,小脳性運動失調,アナルトリー,嚥下障害.頭部MRIでは髄鞘の低形成,顕著な萎縮.
【解答】H-ABC症候群(Hypomyelination with atrophy of the basal ganglia and cerebellum).2002年に提唱された,基底核と小脳の進行性萎縮と著明な髄鞘化不全を呈する稀な白質脳症.本例はTUBB4A遺伝子変異(Ala314Thr)を認めた.TUBB4A遺伝子関連疾患としてはH-ABC症候群,髄鞘化不全,ジストニア単独が知られている.髄鞘化不全を呈する白質脳症にはPelizaeus-Merzbacher病,18q-症候群等がある.

◆Case 4 – 中国
【症例】58歳男性.46歳からの失調歩行,構音・嚥下障害,下肢の筋強剛.54歳;車椅子,自律神経障害(OH,勃起障害,尿閉).56歳;疲労,アパシー,体重減少.57歳;下肢の進行性クランプ.家族歴なし.既往歴:46歳鼻咽頭腫瘍,57歳繰り返す尿路感染症による敗血症.小脳性運動失調+自律神経障害+錐体路徴候.認知機能正常.頭部MRIで小脳萎縮(左に強い),hot cross bun sign.FDG-PETで左小脳半球低代謝.
【解答】オリーブ橋小脳(OPC)型X連鎖性副腎白質ジストロフィー(X-ALD).疲労,アパシー,体重減少,敗血症からアジソン病を,神経症候の合併からX-ALDを疑った.極長鎖脂肪酸の増加と全ゲノム解析からABCD遺伝子変異(Gly512Ser)を認めた.OPC型X-ALDはX-ALDの1-2%程度.MSA-Cの新しい鑑別診断として,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害,Homer-3抗体関連疾患に加えOPC型X-ALDも認識する.

◆Case 5 – India(銅メダル)🥉
【症例】16歳女性.14歳から背中を後屈させるような歩行(ジストニア;リンボーダンス様),姿勢保持障害と後方への転倒.以後,書字障害,発語障害も出現.右運動緩慢,腱反射亢進.頭部MRI(SWI)にて淡蒼球における鉄の沈着.
【解答】Childhood striatonigral degeneration(VAC14遺伝子Val66Met, Ala582Ser).常染色体潜性遺伝.VAC14遺伝子関連神経変性症は,小児・若年発症ジストニア-パーキンソニズム,全身性ジストニアなどを呈し,進行性で,発熱性疾患で増悪する.頭部MRIではT2で線条体の高信号,SWIで淡蒼球,黒質の異常を認める.L-DOPAや抗コリン薬がある程度有効.若年のジストニア-パーキンソニズムで,特徴的な歩行とSWIでの異常を認めたらVAC14遺伝子変異を確認する.

◆Case 6 – Malaysia
【症例】21歳女性.11歳時に全般てんかん.15歳時に顕著な高血圧(PRESも経験.2次性高血圧の原因検索で腎障害を認める以外異常なし),軽度の認知機能障害.12-13歳からの肩,頸部,両上下肢,体幹のミオクローヌス(皮質性ミオクローヌス?),軽度の歩行障害.同胞にもミオクローヌスあり.脳波で間欠的なdiffuse generalized spikesを認める.血漿アミノ酸分析:プロリン1274 micro-m/L(88-290).
【解答】高プロリン血症1型(HP1).全エクソーム解析でPRODH遺伝子変異(Leu441Proホモ接合).HP1は常染色体潜性遺伝形式のプロリン代謝異常症で,HP1はproline dehydrogenase欠損により生じる.腎障害,難治てんかん,精神発育不全,統合失調症に加え,hyperkinetic movement disorderも呈する.プロリン制限食による食事療法を行う.

◆Case 7 – Thailand(金メダル)🥇
【症例】58歳男性.2ヶ月の経過で急速進行性の小刻み歩行,すくみ足,突進現象.上肢運動緩慢.振戦やRBD,嗅覚障害,認知機能障害なし.既往歴として脳転移(1箇所)を伴う膀胱がん(Atezolizumabにて治療中).頭部MRIにて両側基底核から皮質下白質にかけて辺縁不明瞭なT2高信号病変(造影効果なし).
【解答】免疫チェックポイント阻害剤(ICI)による亜急性進行性パーキンソニズムを伴う線状体脳炎.Atezolizumabの中止,ステロイドパルス療法,L-DOPA開始により徐々に改善した.AtezolizumabはPDL1を標的とするICI.日本ではテセントリクの商品名で使用されている. ICIの神経合併症(脳炎,無菌性髄膜炎,MG,感覚運動ニューロパチー,下垂体炎など)は2~12.6%.脳炎では限局性脳炎(辺縁系脳炎ないし辺縁系以外の脳炎)と髄膜脳炎症候群が知られる.初回ないし2回めの治療で生じやすい.Atezolizumabによる脳炎は5例とまれで,運動異常症は初の報告.

◆Case 8 – USA
【症例】36歳女性.全身性ジストニアを呈した.小児期に奇形症候群の一つ,Russel Silver症候群と診断されていた(子宮内発育遅延,身体左右非対称,低身長,性腺発育不全,逆三角形の顔貌).小児期に頸部の右ないし前方への屈曲,10代で右手足の不随意運動(ミオクローヌス,下肢ジストニア)が出現し,進行性に増悪.
【解答】KMT2B遺伝子変異(Glu1403Gly).下肢から始まる全身性ジストニア(頭頸部,喉頭を含む)を呈する.しばしば精神発達遅延,低身長,microcephalyを伴う.Russel Silver症候群と診断されてきた症例の中に含まれている可能性がある.

◆Case 9 – Switzerland
【症例】30歳男性.気晴らしで使用する麻薬歴(レクリエーショナルドラッグ)あり.1ヶ月前から行動変容,尿意切迫,2週前から右上肢の舞踏運動~バリズム.さらに複視,左片麻痺,アパシー,意識障害.頭部MRI脳幹や尾状核の異常信号(造影効果あり).脳生検:マクロファージ浸潤を伴う脱髄が特徴的(CD3リンパ球を少量伴う).
【解答】レバミゾール(levamisole)による白質脳症.レバミゾールは線虫駆虫薬の1種だが,ストリートドラッグのコカインには,コストを減らしたり薬物を使いやすくする目的で添加されている.ヒトでも過去に化学療法補助薬として認可されたことがあるが,血管炎などの重篤な副作用で取り下げになった.多発炎症性白質脳症もきたし,MSやADEMと誤診される.

【Phenomenology】
◆Case 1 – Switzerland
【症例】58歳女性.体重減少,夜間のいびきと日中過眠,うつ,舌のリズミカルで緩徐な不随意運動,舌の機能障害はなし.
【解答】IgLON5抗体関連疾患に伴う舌のミオリズミア

◆Case 2 – 英国
【症例】58歳女性.急性発症した舌と咽頭の痛み.舌のジストニアと運動障害,流涎,構音・嚥下障害.
【解答】右舌基底部の扁平上皮癌.舌の運動異常症が,錐体外路障害によるものとは限らないという教訓的な症例.

◆Case 3 -?
【症例】6歳女児.2ヶ月半前から認知機能障害と周期性に口を開くような動き(ミオクローヌス)を呈した.脳波では周期性同期性高振幅徐波結合を認める. 
【解答】亜急性硬化性全脳炎(SSPE)Jabbour Ⅳ期.日本では患者数は150人程度,年間の新規発症者数は5~10例と非常にまれだが,認識しておくべき疾患.Jabbour stageは4期に分かれ,Ⅳ期が最重症.

◆Case 4 –?
【症例】15歳男性.遺伝性感覚自律神経ニューロパチー.COVID-19罹患に伴いautonomic crisisをきたし,食道損傷を生じた.食道ステント,メロペネムを含む抗生剤にて治療.その後,顔面のミオクローヌスが出現.
【解答】カルバペネム系抗生剤によるミオクローヌス.抗生剤の中止後2日目には完全に消失した.

◆Case 5 –Netherland
【症例】39歳女性.16歳発症,26歳から車椅子.35歳oscillopsia(動揺視).ジストニアによる頸部後屈,構音障害,上肢のspastic ataxia,振戦,舞踏運動,下肢の高度の痙性対麻痺,振動覚障害.眼球運動ではmacro-saccadic oscillationsを認める.
【解答】macro-saccadic oscillationsを伴う常染色体潜性遺伝複合型痙性対麻痺(VPS13D遺伝子変異)

◆Case 6 – Italy
【症例】50歳男性.両親は血族婚.34歳全般発作.その後,認知機能低下.歩行障害(パーキンソニズム,トーヌス低下による膝折れ),全介助.頭部MRIでは尾状核萎縮.
【解答】VPS13A遺伝子変異の新規ホモ接合.全エクソーム解析.舞踏運動を伴わずにパーキンソニズムを主徴とした有棘赤血球舞踏病.病理学的には黒質は保たれていることが報告されている.

◆Case 7 – France
【症例】70歳男性.67歳から30分から1時間来る返す間欠的な激しい上下肢の不随意運動(一見すると機能性運動異常症のように奇妙).空腹時に生じる.発汗や混迷を伴う.
【解答】インスリノーマ.




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とてもワクワクしたAQP4Xの翻訳リードスルーを標的とするアルツハイマー病の新しい治療戦略論文

2022年10月22日 | 認知症
アミロイドβはアルツハイマー病(AD)治療の重要な標的分子です.脳では,アストロサイトの足突起に存在する水チャネル,アクアポリン4(AQP4)がアミロイドβのクリアランスに関与しており,ADでは血管周囲に存在するAQP4の割合が減少していることが分かっています.近年,ストップコドンリードスルーイベント,つまり終止コドンを読み飛ばしてペプチド鎖が長くなる変異によりAQP4のC末端が伸長した変異体(AQP4X)が生じること,そしてこのAQPXは血管周囲にのみ存在することが明らかになっています.これは「翻訳リードスルー」と呼ばれる現象で,リボソームが停止コドンをセンスコドンに変換することにより,同じmRNAから2種類のタンパク質が合成される現象を指します.しかしこのAQP4Xがアミロイドβのクリアランスに特異的に関与しているかどうかは不明でした.

Brain誌に非常に興味深い論文が発表されました.ワシントン大学のSapkotaらはこのAQP4Xを欠損するマウス(AQP4No_X)を作製し,ADを発症するAPP/PS1マウスモデルと交配すると,間質液中のアミロイドβレベルが,AQP4Xを発現しているマウスと比較して2倍に増加していることを明らかにしました.またヘテロ接合体でもアミロイドβのクリアランス障害が認められ,AQP4Xの比率がアミロイドβのクリアランスに重要であることが示されました.

さらに著者らはハイスループット薬物スクリーニングを用い,2560化合物の中からAQP4Xの翻訳リードスルーを促進する(すなわちAQPX発現を増加させる)2つの化合物として,ヒトにも使用されるアピゲニンとサルファキノキサリンを特定しました.そしてマウスを用いたin vivoの実験で,これらの化合物が8時間以内に間質液のアミロイドβレベルを低下させることを示しました.つまりAQP4Xの調節により,脳疾患におけるglymphatic systemを制御できる可能性を示したわけです.これらの薬剤は,アミロイドβのクリアランス促進のみならず,αシヌクレイン,タウ,TDP43など他の凝集タンパク質のクリアランスも促進する可能性があります.翻訳リードスルーを標的とした治療は神経変性疾患において新しい概念であり,低分子薬であり今後の臨床応用が進められる可能性も高く,とてもワクワクした論文でした.

Sapkota D, et al. Aqp4 stop codon readthrough facilitates amyloid-β clearance from the brain. Brain. 2022 Sep 14;145(9):2982-2990.(doi.org/10.1093/brain/awac199)





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パンデミック下における医療従事者のバーンアウトを防ぐ@医学のあゆみ

2022年10月18日 | 医学と医療
最新号の「医学のあゆみ」誌において標題の企画をさせていただきました.本特集では,パンデミック下で医療従事者のバーンアウトをいかに防ぐかをテーマとし,国内で行われた複数の調査研究によるエビデンスに基づいた議論を行い,精神医学の観点から医療従事者を守るためのヒントを共有することを目的としました.多くの医療従事者にお読みいただき,バーンアウトの危険因子や対策を正しく理解し,レジリエンスを高めることにつながればとても嬉しいです.

また日本神経学会が開催するキャリア形成促進委員会ウェブセミナー(右ポスター)も11月5日開催予定です.ぜひご参加いただきたく存じます.参加資格や参加費はありません.どうぞ宜しくお願いいたします!

Amazonへのリンク
ウェブセミナー参加申し込み

【特集目次(敬称略)】
■パンデミック前の医師のバーンアウトの状況と対策……下畑享良
〔key word〕バーンアウト、レジリエンス、仕事の有意義性、働き方改革、上司

■新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下の聖路加国際病院における多職種バーンアウト調査から考える対策――研修医のサポートも含めて……松尾貴公
〔key word〕バーンアウト、職種別、研修医

■パンデミック下の国内外の主要研究から考える対策……西村義人
〔key word〕ワークエンゲージメント、リーダーシップ

■東京都コロナ専門病院の実態調査から考える医師のバーンアウト対策……木村百合香・小寺志保
〔key word〕バーンアウト、専門診療、離職、医療の質

■COVID-19対応スタッフへのメンタルヘルス・ケア――クラスター発生対応に焦点を当て……前田正治
〔key word〕クラスター発生、職業モラルの傷つき、睡眠障害、メンタルヘルス・ケア

■COVID-19によるパンデミックが医療従事者に及ぼした影響と今後の対策――国外,国内の文献レビューを通じて……久保真人
〔key word〕バーンアウト、パンデミック、医療従事者




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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月17日)★ウイルスは嗅球から感染し,嗅覚伝導路を通って眼窩前頭皮質まで到達しうる!

2022年10月17日 | COVID-19
今回のキーワードは,成人の急性期神経筋合併症では脳卒中が多く,小児では中枢神経感染症とけいれん発作が多い,COVID-19に罹患した人は感染1年後の神経学的後遺症およびアルツハイマー病のリスクはハザード比1.42および2.03と高い,健康の回復と労働能力の低下に最も影響した後遺症は疲労と神経認知障害である,感染から1年後に不調の人のほとんどは18ヶ月後でも回復しない,ウイルスは嗅覚伝導路を伝播し,高齢者では眼窩前頭皮質まで進展して認知機能障害をきたす,です.

ひとつめの論文は急性期の神経筋合併症についてですが,それ以外はlong COVIDです.COVID-19は認知機能障害(とくにアルツハイマー病)の危険因子になるという根拠がさらに蓄積されています.疲労と認知機能障害はその後の人生に大きな影響を及ぼすこと,さらに18ヶ月後まで経過を追っても回復が難しく不可逆的であることが示されました.また軽症患者でも眼窩前頭皮質の萎縮がみられ,さらに同部位にSARS-CoV-2ウイルスが到達しアストロサイトに感染することが8月に報告されていましたが(https://bit.ly/3TrYNkg),今回,マカクザルを用いた感染実験で高解像度顕微鏡を使用すると,嗅球からウイルスが感染し,嗅覚伝導路を通って,老齢サルの場合は眼窩前頭皮質まで到達してしまうことが示されました.一時,中枢神経へのウイルス感染は稀と考えられてきましたが,ここに来て形勢逆転,やはり一部の患者では,嗅球を介する経路で感染が脳に生じ認知症を来しているようです.パンデミック当初に報告されていた嗅覚伝導路に見事に異常信号を呈した脳炎症例は重要な意味があったのだと思いました(Neurology 2021, 96; e645-e646).



◆成人の急性期神経筋合併症では脳卒中が多く,小児では中枢神経感染症とけいれん発作が多い
COVID-19入院患者における神経筋合併症の有病率・合併症を明らかにし,成人と小児の間の違いを確認することを目的とした多施設国際研究が報告された.2020年1月30日から2021年5月25日まで,世界1507施設のコホートを用いて前向き観察研究を実施した.対象はCOVID-19で入院し,神経筋症状および合併症について評価された成人15万8267人,小児2972人である.成人および小児において,最も頻度の高かったものは,疲労(成人:37.4%,小児:20.4%),意識障害(20.9%,6.8%),筋痛(16.9%,7.6%),味覚障害(7.4%,1.9%),嗅覚障害(6.0%,2.2%),けいれん(1.1%,5.2%)であった.成人の場合,最も頻度の高い院内神経筋合併症は,脳卒中(1.5%),けいれん発作(1%),中枢神経感染症=脳炎・脳症(0.2%)であった.小児では,けいれん発作は ICU でより高頻度に認められた(7.1% 対 2.3%,P<0.001).特徴的な所見として,脳卒中の有病率は年齢が上がるにつれて増加し,中枢神経感染症とけいれん発作は減少した(図1).脳卒中は,パンデミック期間中,経時的に劇的に減少した.意識障害は,中枢神経感染症,けいれん発作,脳卒中と関連していた.すべての院内神経筋合併症は死亡のオッズの上昇と関連していた.死亡の可能性は年齢が上がるにつれて上昇し,25歳以降で顕著であった.
Brain. 2022 Sep 10:awac332.(doi.org/10.1093/brain/awac332)



◆COVID-19に罹患した人は感染1年後の神経学的後遺症およびアルツハイマー病のリスクはハザード比1.42および2.03と高い
米国から,急性期から1年後の神経学的後遺症の包括的評価を行なった研究が報告された.米国退役軍人省の全国医療データベースを用いて,COVID-19患者15万4068人,健常対照563万8795人,歴史的対照585万9621人のコホートを構築し,急性感染後12カ月時点での神経学的後遺症の発生リスクと疾病負担(burden)の推定を行っている.その結果,急性期以降では,虚血性・出血性脳卒中,認知・記憶障害,末梢神経障害,頭痛やけいれん発作,運動異常症,精神障害,筋骨格系障害,感覚障害,ギランバレー症候群,脳炎・脳症などの一連の神経学的後遺症のリスクが増加していた.12ヵ月後におけるすべての神経学的後遺症のハザード比は1.42(95%信頼区間1.38~1.47),疾病負担は1000人あたり70.69(63.54~78.01)と推定された(図2).記憶障害はハザード比1.77,アルツハイマー病は2.03であった.また急性期に入院を必要としなかった人においても,リスクと疾病負担は増加していた.研究の限界としては,ほとんどが白人男性からなるコホートであることが挙げられる.
Nat Med. 2022 Sep 22.(doi.org/10.1038/s41591-022-02001-z)



◆健康の回復と労働能力の低下に最も影響した後遺症は疲労と神経認知障害である
南ドイツから,感染から6~12ヵ月後の後遺症とその危険因子を検討した横断的研究が報告された.対象は2020年10月から2021年3月までに感染した18~65歳の成人1万1710 名(女性58.8%,44.1 歳,入院3.6%,追跡期間 8.5ヶ月)とした.結果は,疲労(頻度37.2%)と神経認知障害(31.3%)は,健康回復と労働能力の低下に最も影響した(図3).胸部症状,不安・うつ,頭痛・めまいおよび疼痛症候群も労働能力に影響した.PASC (post-acute sequelae of SARS-CoV-2)を呈したのは少なくとも対象の28.5%,感染者の6.5%であった.以上より,感染から6~12ヵ月後に,軽度感染後の若年・中年成人においても,自己申告による後遺症,特に疲労と神経認知障害がかなりの負担となっており,健康および労働能力に大きな影響があることが示唆される.
BMJ 2022;379:e071050. Oct 13, 2022(doi.org/10.1136/bmj-2022-071050)



◆感染から1年後に不調の人のほとんどは18ヶ月後でも回復しない
スコットランドから,感染者3万3281人と未感染者6万2957人の集団コホートを,6,12,18カ月間,追跡調査した研究が報告された.3万1486人の有症状者のうち,1856人(6%)は回復せず,1万3350人(42%)は部分的に回復したのみであった.感染後6か月と12か月時点での記録がある3744人に限定すると,回復なし,部分回復,完全下腹は6か月時点ではそれぞれ8%,47%,45%,12か月時点では8%,46%,46%でほとんど変化がなかった.同様に感染後12か月と18か月時点での記録がある197人に限定すると,回復なし,部分回復,完全下腹は12か月時点ではそれぞれ11%,51%,39%,18か月時点では11%,51%,38%でほとんど変化がなかった.回復しないことの危険因子は,入院(=重症度),高齢,女性,貧困,既往症(呼吸器疾患,うつ病,複数疾病)と関連していた.また感染前のワクチン接種は,7 つの症状のリスク低減と関連していた.過去の症候性感染は,QOLの低下,日常生活全般にわたる障害,24種類の持続的症状(息切れ:オッズ比 3.43,動悸2.51,胸痛2.09,混迷2.92など)と関連があった.無症候性感染は転帰不良と関連していなかった.一方,無症候性感染と後遺症やその他の転帰不良(生活の支障,入院,救急受診,死亡)の関連は認められなかった.
Nat Commun 13, 5663 (2022).(doi.org/10.1038/s41467-022-33415-5)

◆ウイルスは嗅覚伝導路を伝播し,高齢者では眼窩前頭皮質まで進展して認知機能障害をきたす
SARS-CoV-2ウイルスが脳に直接感染するのか,それとも末梢で引き起こされる全身性の炎症反応からCNSの後遺症が生じるのかについてはよく分かっていない.米国から高解像度顕微鏡を用いて,SARS-CoV-2ウイルスが脳に到達するかどうか,また,ウイルスの神経向性(neurotropism)が加齢によってどのように影響されるかを,非ヒト霊長類モデル(マカクザル)にて検討した研究が報告された.
結果としては,感染後7日目にSARS-CoV-2ウイルスが嗅覚皮質および相互接続領域に検出された. Spike (Spk) タンパク質と,SARS-CoV-2ウイルスの複製サイクルの中間分子で生産的感染のマーカーであるdsRNA)を検出した(図4).これらは嗅球,梨状皮質,内嗅野を含む一次嗅覚皮質の複数の領域で認められた.しかし老化した動物では,これらに加えて,二次嗅覚皮質の一部である眼窩前頭皮質でも確認された.この分布パターンは,他のコロナウイルスで以前報告された侵入メカニズムである,嗅覚上皮からのウイルスの軸索拡散と一致する.そして,ウイルス感染の最初の標的は神経細胞で,強固な神経炎症と血管の破綻を伴っていた.またこれらの病理変化は老齢の糖尿病動物で顕著となった.
以上より,非ヒト霊長類モデルの検討で,SARS-CoV-2ウイルスの伝播経路として嗅覚伝導路が考えられ,高齢者では二次嗅覚領域の眼窩前頭皮質まで進展し,認知機能障害をきたす可能性がある.
Cell Reports. Oct 12, 2022(doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111573)




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COVID-19 罹患後症状のマネジメント第2版

2022年10月16日 | COVID-19
厚労省より「新型コロナウイルス感染症診療の手引き.別冊 罹患後症状のマネジメント第2版」が公開されました.渡辺宏久先生(藤田医科大学医学部),高尾昌樹先生(国立精神・神経医療研究センター病院)とともに神経領域を執筆しました.6月の1.1版後に報告された知見を踏まえてアップデートいたしました.

long COVIDについて講演をさせていただくと,しばしば「単なるメンタルの病気ではないことが分かりました」との感想を頂きます.まさにその通りで,原因として持続性抗原の存在(持続感染),潜在性ウイルスの再活性化,慢性の神経炎症の関与が示唆されています.将来的にはそれらを検出するバイオマーカーにより診断・分類がなされ,病態に合った治療が決められるものと思います.それが実現するまでは,少なくとも侵襲がなく副作用が少ない,現時点でのエビデンスを踏まえた対症療法を行い,患者さんを支援することになります.そのための手引きとしてご活用いただければ幸いです.

PDFのダウンロード


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機能性振戦の新しい徴候?アルキメデスの螺旋にみられるループ

2022年10月13日 | 医学と医療
機能性振戦は,機能性運動異常症のなかで最も頻度が高いと言われています.パンデミック禍で増加し,やはり機能性振戦がもっとも高頻度であることが報告されています(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001082).しかし診断は必ずしも容易ではありません.その診断に有益な診察所見として「アルキメデスの螺旋」を用いる方法がNeurol Clin Pract誌に報告されています.

まず「アルキメデスの螺旋」とは,中心からの距離が回転角に比例して大きくなっていくような渦巻線です.数式で表すと,極座標の方程式 r=aθ で表されます.3世紀にギリシアの数学者サモスのコノンが最初に研究し,その後アルキメデスによって研究されました.神経診察でもこの螺旋が使われます.内側なら曲線をなぞり,ふるえでどれだけ線からズレるかを調べます.ズレの軸が一方向か,多方向か,過剰な圧がかからないかなどを確認します.



著者らは機能性振戦3名における診察で,ところどころ線がループ状になり,まるで昔,流行したおもちゃのスリンキー(階段から勝手におりていくやつです)が伸びたような独特の外観(streched slinky sign)を示すことに気が付きました.小さい螺旋をなぞってもらうとループは大きくなりました.この特徴的なループは,長期間にわたって認められたことから,診断の手がかりとなる可能性があると著者は述べています.今後,多数例での検証が必要ですが,今後,注意してみていきたいと思います.
Wilson K.W. Fung, et al. “Stretched Slinky” Sign - Another Clue to Functional Tremor. Neurol Clin Pract. August 31, 2022,(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200075)

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当科のIgLON5抗体関連疾患症例がStanley Fahn Lectureship Award講演で紹介されました!

2022年10月08日 | 自己免疫性脳炎
マドリードで開催されたMDSコングレス(パーキンソン病・運動障害疾患コングレス)にて,Stanley Fahn Lectureship Awardを受賞されたK. Bhatia教授(Queen Square, London)による講演で,私どもが報告したIgLON5抗体関連疾患症例が詳細に紹介されました.私はあとからオンデマンドで視聴しましたが,現地で聴講された京都大学高橋良輔教授よりご連絡をいただいたときには,多くの世界のエキスパートにご紹介いただき「夢ではないか?」と思いました.



Bhatia教授の講義はじつに示唆に富むものでした.運動異常症の原因遺伝子や自己抗体が続々と明らかになる現代において「神経症候学を大切にする臨床家は時代遅れか?(Is the Clinical Phenomenologist Obsolete?)」というタイトルのご講演でした.答えはNOで,むしろその役割は益々重要になるという含蓄深い講演でした.以下がその根拠です.

◆希少疾患のなかに治療可能な因遺伝子を見い出せるかは臨床家にかかっていること
◆1つの表現型もさまざまな遺伝子により生じるが,症候を適切に評価しないと正しい遺伝子にたどり着けない恐れがあること
◆遺伝子変異を認めた場合,臨床家に本当に意味があるものかの判断が求められること
◆同じ表現型でも,各症例の原因にあった治療を行う精密・緻密な治療「precision medicine」がすでに始まっており,遺伝子変異,自己抗体を認めたときに,最新の正しい治療ステップを理解していることが求められること

私どもの症例はその「precision medicine」がうまく行った事例として,講演のラスト近くで紹介されました.治療不可能と考えられた大脳皮質基底核症候群のなかに,IgLON5抗体を見出し,適切に免疫療法で治療したことが評価されました.私たちは現在,治療できないと考えられている脊髄小脳変性症や進行性核上性麻痺のなかにも自己抗体が存在することを報告し,前者に対しては医師主導治験を開始しています.治療できる神経疾患を見いだせるよう頑張っていこうと思います!

Fuseya K, et al. Corticobasal Syndrome in a Patient with Anti-IgLON5 Antibodies. Mov Disord Clin Pract. 2020 May 5;7(5):557-559. (doi.org/10.1002/mdc3.12957)
Takekoshi A, et al. Clinical Features and Neuroimaging Findings of Neuropil Antibody-Positive Idiopathic Sporadic Ataxia of Unknown Etiology. Cerebellum. 2022 Sep 3. (doi.org/10.1007/s12311-022-01468-3)
特発性小脳失調症を対象とした多施設医師主導臨床試験のご紹介(http://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/research/idca.html)

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コロナ後遺症,認知症の早期発症リスク 「脳に影響,インフルと異なる」岐阜大教授が警鐘@岐阜新聞

2022年10月04日 | COVID-19
昨日の岐阜新聞の1面に,標題のインタビュー記事を掲載いただきました.学術的にはSARS-CoV-2ウイルスの脳への影響が明らかになってきましたが,行政や一般の方々には伝わっていないように感じておりました.オミクロン株は,死亡率は低下したものの,神経系への影響はデルタ株とあまり変わらないというデータも報告されています(https://bit.ly/3M2yjTP).コロナは「インフルエンザと同じ」ということは決してなく,極力,感染を避ける必要があります.リンクより全文をご覧いただけます.ご一読いただければと思います.



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