Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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PSP-Fの臨床像の経時変化と交叉性失語

2022年04月20日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)にはさまざまな亜型(異型症候群)があります.前頭葉徴候を主体とするものとして,PSP-F(frontal presentation)やPSP-SL(speech/language disorder)があります.しかし病理学的に診断された症例の検討は極めて稀で,臨床像の経的変化についてはほとんど分かっていません.今回,当科の大野陽哉先生,東田和博先生らが中心となり,PSP-Fの臨床像を報告しました.以下のようなサマリーです.

77歳の右利きの男性.69歳から進行性非流暢性失語(PNFA)にて発症.75歳から加速歩行と左上肢の拙劣さ,76歳から脱抑制,77歳で転倒を認めた.77歳時,左上下肢の肢節運動失行,筋強剛,皮質性感覚障害,垂直性核上性注視麻痺を認めた.MDS-PSP基準では,9年をかけてsuggestive of PSP-SLからprobable PSP-Fに移行した(図).頭部MRIでは第3脳室拡大,中脳被蓋萎縮に加え右優位の大脳萎縮を,脳血流シンチでも右前頭・頭頂・側頭葉の集積低下を認めた.病理学的には,前頭葉を中心に4リピート・タウ陽性神経原線維変化,coiled body,tufted astrocyte等を認めた.黒質,青斑核,視床下核のタウ病理は軽度であった.以上より,タウ病理の局在は右弁蓋部から,中心前回,前頭前野,脳幹に波及したものと考えられた.またPSP-Fは交差性失語を呈しうることを示した.



少し解説が必要なのは「交叉性失語」です.つまり右利きの右大脳病変で失語を呈したことを意味します.利き手と反対側が優位脳で言語中枢があるという定説がありますが,第二次世界大戦時,左利きで左脳の戦傷者の失語症が報告され,優位脳と利き手の原則は崩れ,以後,同様の症例が相次ぎました.これら原則に反する失語を「交叉性失語」と呼ぶわけです(また脳に優劣はないので,最近は言語脳と視空間脳のような表現をします).

本論文の強みは,PSP-Fにおけるタウ病理の進展様式を,詳細な症候の観察から考察した点です.CPCの際,大野先生は愛知医大吉田眞理教授にとても褒められていました.専攻医ながら立派な症例報告を書けるようになりつつあり嬉しいです.岐阜は人口当たりの専門医数では最下位ですが,これからどんどん実力のある専門医が育つものと期待しております.
Ono Y, Higashida K, Yoshikura N, Hayashi Y, Kimura A, Iwasaki Y, Yoshida M, Shimohata T. Progressive supranuclear palsy with predominant frontal presentation exhibiting progressive nonfluent aphasia due to crossed aphasia. Neuropathology. 2022 Apr 17.

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近未来の脳神経内科 ―神経疾患を発症前から治療する―

2022年04月18日 | パーキンソン病
今朝のカンファレンスで「ニューロフィラメント軽鎖(Nf-L)は近い将来,血液検査の炎症の指標であるC反応性タンパク(CRP)のように使用されるだろう」という最新のNeurology誌に掲載されたコメントを紹介しました.ニューロフィラメントは神経細胞に特異的なタンパク質で,軸索や樹状突起の主要な細胞骨格成分として中枢神経系(脊髄を含む)の神経細胞,末梢神経系の神経節に広く分布しています.4種類のサブユニット,すなわちNf-H,Nf-M,Nf-L,α-interenexinから構成されています.神経細胞が軸索の変性や炎症により破壊されると,Nf-Lは軸索から放出され,血液中にも移行します.超高感度免疫測定法(従来のELISAの約1000倍の感度)を用いることでこれを測定できます.つまり神経変性や炎症,脱髄の程度を客観的に血液検査で評価できることになります(血液バイオマーカーと呼びます).神経変性疾患の発症前から検診などで測定していれば症状が出現する前に,予防療法を開始することができます.

論文を紹介します.米国シカゴから高齢者1254人を16年間追跡して,血清Nf-L濃度とパーキンソン病(PD)の発症の関連を検討した研究です.77人(6.1%)がPDを発症しました.血清Nf-L濃度が2倍高いと,PD発症のオッズ比は2.54倍となり,その相関は診断前の5年間において有意でした.また血清Nf-L濃度が高いほど,身体機能の低下速度が速いことが分かりました.つまり血清Nf-L値は,PDの発症および身体機能の低下と関連していました.

図はこのNf-Lが近未来の脳神経内科の臨床においてどのように使用されるか示したものです.健康診断などで発症前の段階から,血清Nf-L濃度を測定します.この結果,異常な濃度上昇を認めた場合,疾患ごとに特異的な脳脊髄液ないし血液バイオマーカーを用いて早期診断を行います.そして疾患のもっとも初期の段階で疾患修飾薬による治療を開始し,その発症や進行を遅らせます.治療効果の判定は血清Nf-L値を定期的に測定することでモニターできます.つまりNf-Lは神経疾患におけるCRPのような指標になるわけです.



これからの神経疾患はこのような治療が可能になるわけです.カンファレンスで指摘があったように解決すべき倫理的問題も生じはしますが,いずれにしても治療研究は加速し,ますます脳神経内科の領域はエキサイティングなものになると思います.ぜひ多くの若い人にこの領域に参入していただきたいと思います.
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200752)
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200338)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月16日)  

2022年04月16日 | COVID-19
今回のキーワードは,ワクチン接種と自然感染では長期的な感染予防ができないことを受け入れなければならない,COVID-19は嗅覚組織における神経軸索損傷と微小血管障害をきたす,です.

◆ワクチン接種と自然感染では長期的な感染予防ができないことを受け入れなければならない.
最新号のN Eng J Med誌でワクチン4回接種の重症化予防効果についての論文が報告されたが,この論文に関するeditorialが掲載されている.その一部を紹介する.

「現在,人々は完全ワクチン接種(fully vaccinated)の意味について混乱している.この理由は容易に理解できる.COVID-19ワクチンにまつわる最も残念なことは,ワクチン接種後の軽症ないし無症状感染を『ブレークスルー感染』と名付けたことであることは間違いない.従来,すべての粘膜ワクチンの目標は重篤な疾患から人々を守ること,つまり入院,ICU入室,死亡から人々を遠ざけることであった.しかし『ブレークスルー』という失敗を意味する用語は,ワクチンによる完全な感染の防止という非現実的な期待,すなわちゼロ・トレランス戦略を生んでしまった.もし私たちがパンデミック(世界的な感染大流行)からエンデミック(一定の地域や季節に繰り返す疾患)への移行を目指すのであれば,ある時点でワクチン接種や自然感染,あるいはその組み合わせでは軽症感染に対する長期的な予防ができないことを受け入れなければならないだろう.米国のファウチ首席医療顧問も,『ワクチンなどの対策を採った上で,コロナと共存を考える新たな段階に近づいている』と話している.よってCDCはワクチンの限界について一般市民に啓発する必要がある」

→ 納得できる意見である.実際,第6波も収束しない状況で,社会活動を再開し第7波に突入した日本の現状は「ワクチンを打ちつつコロナと共存する状況」を目指していると言えるだろう.ただコロナとの共存は,従来よりも施設や病院におけるクラスターを防ぐことが困難となり,ハイリスク患者の感染や通常診療への悪影響が生じるだろう.さらにより多くの認知機能障害などの後遺症を呈するlong COVID患者の発生を招くことにもなるだろう.つまりwith coronaには覚悟と準備が必要ということになる.後者では,最近,米国でバイデン大統領が打ち出したような政府による本格的な対策(long COVID患者のケアサービス・支援の改善,官民セクターや医療界における教育やアウトリーチの強化,研究の推進)が日本でも必要と考えられる.
N Eng J Med. April 13, 2022(doi.org/10.1056/NEJMe2203329)
JAMA Health Forum. 2022;3(4):e221280.(doi.org/10.1001/jamahealthforum.2022.1280)

◆COVID-19は嗅覚組織における神経軸索損傷と微小血管障害をきたす.
COVID-19における嗅覚障害は,嗅覚ニューロンへのウイルス感染が原因であると推測されている.しかしウイルス感染が嗅覚組織の損傷を引き起こすかは不明であった.米国から,剖検組織を病理学的に検索した研究が報告された.COVID-19による死亡患者23人および対照14人を対照とした.嗅覚組織の変性の重症度,神経軸索の喪失,微小血管内皮障害の重症度について評価した.軸索病理スコア(範囲,1~3)は,COVID-19 患者で1.921,対照で1.198(P<.001),軸索密度はCOVID-19患者で 2.973×104/mm2,対照で3.867× 104/mm2(P = .002)であった(図1).



微小血管障害スコア(範囲,1~3)は,COVID-19患者で1.907,対照群で1.405であった(P < 0.001).嗅覚神経軸索と微小血管の病理変化は,COVID-19患者でも嗅覚障害を認める場合により高度であった(軸索病理スコア,2.260対1.63;P = .002;微小血管障害スコア,2.154対1.694;P = .02)(図2).しかし臨床重症度やおよび感染のタイミング,ウイルスの存在とは関連がなかった.



以上より,SARS-CoV-2感染が嗅覚組織における神経軸索損傷や微小血管障害をきたすことが示された.一部の症例では顕著な軸索病変を認めたことから,嗅覚障害が重篤かつ永続的となる可能性が示唆された.また嗅覚病理はウイルスによる直接傷害ではなく,局所炎症と関連している可能性が考えられた.
JAMA Neurol. April 11, 2022.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2022.0154)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月9日)  

2022年04月09日 | COVID-19
今回のキーワードは,4回接種の方が3回接種より感染率,重症化率とも低下し,重症化予防は少なくとも6週持続する,COVID-19における持続性吃逆のシステマティックレビュー,COVID-19非ヒト霊長類モデルの開発と神経病理所見,COVID-19の重症化にACE2受容体を介さない単球へのSARS-CoV-2ウイルス感染が関与している,です.

最後に紹介するNature誌の論文にはかなり驚きました.単球は白血球の一つで,感染した病原体の除去の最初の段階で重要な役割を果たす細胞です.ACE2受容体の発現に乏しいため,単球にウイルスは感染はしないものと考えられてました.しかし本研究はSARS-CoV-2ウイルスに何らかの抗体が結合し,Fcγレセプターを介して単球に感染することを示しました.単球内では炎症反応を惹起するインフラマソームの働きでウイルスの増殖は阻止されますが,単球は細胞死(ピロトーシス)に至り,またインフラマソームの過剰な作用により,全身炎症のスイッチを入れてしまうようです.検討はされていませんが,末梢の単球は脳血管関門をすり抜けて脳内に移行しうるため,機序がよく分からなかったCOVID-19の中枢神経症状ともつながるかもしれません.

◆4回接種の方が3回接種より感染率,重症化率とも低下し,重症化予防は少なくとも6週持続する.
イスラエルでは2022年1月2日,60歳以上の方にファイザーワクチンの4回目の接種が開始された.オミクロン株が優勢である状況において,4回目接種が,感染率および重症化率に及ぼす影響について検討した.対象者は125万2331人で,4回目接種後8日目からの感染率および重症化率を,3回接種のみの群,および3〜7日前に4回目接種をした群(内部コントロール群)と比較した.4 回目接種を受けてから 4 週目に重症化する調整確率は,3回接種群よりも 3.5 倍低く,内部コントロール群よりも 2.3 倍低かった.4回目の接種後6週間は,重症化に対する予防効果は低下していなかった(図1).一方,4回接種後4週目の感染率は,3回接種群より2.0倍低く,内部コントロール群より1.8倍低かった.しかし,この感染予防効果はその後数週で減弱した.以上より,感染率,重症化率とも4回接種群の方が3回接種群より低くなる.感染防御効果は短期間であるが,重症化予防は少なくとも6週持続する.→ 高齢者や施設入所などハイリスクの人の重症化予防に4回目接種は推奨できる.
New Engl J Med. April 5, 2022(doi.org/10.1056/NEJMoa2201570)



◆COVID-19における持続性吃逆のシステマティックレビュー.
最近,COVID-19患者における持続性吃逆(しゃっくり)が報告されている.持続性吃逆を呈する症例についてのシステマティックレビューが報告された.持続的な吃逆を呈した入院患者16人を対象とした13件の研究が検討された.吃逆の平均期間は4.6日であった.合併症は高血圧が最も多く,次いで糖尿病であった.44%(7/16)の患者が治療のために1種類の薬剤しか使用されておらず,メトクロプラミド(5/16),クロルプロマジンとバクロフェン(4/16)が使用されていた.COVID-19に対して,デキサメタゾンとアジスロマイシン,イベルメクチン,セフトリアキソンも使用されていた.治療開始後,14/16名が改善した.COVID-19と吃逆の因果関係を示す十分な証拠はないが,持続性吃逆がCOVID-19患者で認めるうることは本症の診断に有用かもしれないと著者は述べている.→ 頭部MRIの記載がないが,もしかしたら最後野の延髄脊髄炎等,中枢神経病変があるのかもしれない.
Front. Neurol., 04 April 2022(doi.org/10.3389/fneur.2022.819624)

◆COVID-19非ヒト霊長類モデルの開発と神経病理所見.
米国からSARS-CoV-2感染非ヒト霊長類(アカゲザル,アフリカミドリザル)モデルが開発され,その神経病理所見が報告された.結果としてはミクログリアの活性化に代表される神経炎症(図2),微小出血,低酸素性障害が認められ,低酸素性虚血性脳障害に一致する病理所見であった.神経細胞の変性とアポトーシスも認めた.強調すべきはこれらの所見が重度の呼吸器病変を認めない感染動物に認められたことである.著者らはlong COVIDで認められる神経症状の機序の解明にも役に立つかもしれないと述べている.一方,ウイルスは脳血管の内皮細胞でわずかに検出されるものの,中枢神経障害の重症度とは相関しなかった.SARS-CoV-2感染非ヒト霊長類モデルは,ヒトneuro COVID-19の病態を調べるために有用と考えられる.
Nat Commun 13, 1745 (2022).(doi.org/10.1038/s41467-022-29440-z)



◆COVID-19の重症化にACE2受容体を介さない単球へのSARS-CoV-2ウイルス感染が関与している.
COVID-19の重症化は,過剰な全身炎症に伴い生じるが,SARS-CoV-2ウイルスがどのように全身炎症を誘発するのかは不明であった.米国からウイルスの意外な細胞への感染が報告された.なんとCOVID-19患者の血中の単球(感染に対する防衛の開始に重要な血液細胞)の約6%がSARS-CoV-2に感染していた.ACE2受容体の発現が少ない単球への感染は,ウイルスにある種の抗体が結合し,Fcγレセプター(免疫グロブリンIgGのFc部位に対する受容体)を介して行われていた.そうなるとワクチンでできた抗体で単球への感染が促進されるのではないかと心配になるが,ワクチンにより誘導された抗体では単球の感染は生じなかった.感染したSARS-CoV-2ウイルスは単球内で複製を開始するが,感染は中断し,感染単球の培養上清からはウイルスは検出されなかった.しかしインフラマソーム(炎症反応を惹起するための細胞内タンパク質複合体;図3)を阻害すると,感染性のウイルス粒子を生産し始めた.つまりインフラマソームの活性化はウイルスの増殖を抑制していることが分かる.その代わり,感染した単球はNLRP3およびAIM2インフラムソーム,カスパーゼ-1,ガスダミンDの活性化を介した炎症性細胞死(ピロトーシス)をきたす.また肺剖検で得られた組織常在マクロファージもインフラマソームが活性化されていた.以上より,抗体を介した単球/マクロファージへのウイルスの取り込みは,感染性ウイルスの産生を中止させる炎症性細胞死を引き起こすが,その過程で炎症性サイトカインを放出し重症化を招く全身炎症を引き起こすことが示唆された.どの種類の抗体が単球によるウイルスの取り込みを促進しているのかは今後の課題である.→ 末梢血単球は脳内にも移行するので,中枢神経症状にも関わってくるのではないだろうか?中枢神経内の外来性の単球,ミクログリアもインフラマソームが活性化しているかもしれない.
Nature (2022).(doi.org/10.1038/s41586-022-04702-4)



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前頭側頭型認知症(FTLD-TDP)の凝集体は,驚くべきことにTDP-43ではなくTMEM106Bで構成されている!

2022年04月08日 | 認知症
神経変性疾患では,脳内にフィブリルと呼ばれる不溶性タンパク質の凝集体が形成されます.具体的にはアルツハイマー病やパーキンソン病,ALSなどでタウ,アミロイドβ,αシヌクレイン,TDP-43といったタンパク質がその供給源となります.従来の研究は,剖検脳から凝集体を発見し,構成する異常タンパクを生化学的に解析し,そのタンパク質に関連した遺伝子変異を見出し,変異タンパクの機能研究,最後にタンパク質線維の構造生物学を行うといった過程を経ました.しかし最新のNature誌,Cell誌に報告された3論文は従来とまったく異なり,ゴールであったクライオ電子顕微鏡を用いた凝集体の構造解析を出発点として,これまで注目されてなかったタンパク質にたどり着いています.

TDP-43の構造を解明しようとした3チームは,前頭側頭型認知症(FTLD)患者脳からTDP-43とは異なるフィブリルを発見しました.それはβストランドが豊富で,17~19本のセグメントから構成されていました.その正体は,3つの研究ともTMEM106B(Transmembrane protein 106B)というタンパク質のC末端であり,具体的にはエンドリソソーム内にあるはずのアミノ酸残基120-254番に一致していました(図).このC末端断片(29kDa)は長さと曲率が異なる複数のβシートからなるフィブリルを形成し,互いに積み重なり,プロトフィラメントを形成します.また119番と120番の間の切断がフィブリル形成に必須と考えられました.これまでTMEM106BはこのC末端以外を認識する抗体を用いて研究されており,このフィブリルが報告されてこなかったものと考えられます.実はこのTMEM106Bをコードする遺伝子は,FTLD-TDPのリスク因子と報告されたことがあります.注目すべきその機能は,エンドリソソーム経路に関与する膜貫通タンパク質で,液胞型ATPaseと相互作用してその活性を調節し,エンドリソソームのpHを変化することができます.



ただし3論文は同じTMEM106Bにたどり着いたものの内容は異なります.Schweighauserらは,神経変性疾患の有無にかかわらず,これらのフィブリルが加齢により認められるとしています.Changらが複数の疾患(FTLD-TDP,PSP,DLB)で同じフィブリルを観察しています.一方,JiangらはFTLD患者ではこのフィブリルを観察したものの,年齢をマッチした健常対照では認めませんでした.今後,多数例での検討が必要です.

TMEM106Bフィブリルの意義はまだ不明です.それ自体が疾患を引き起こす可能性のほか,リポフスチンのように加齢による脳の生理変化を見ている可能性もあります.加齢とともに蓄積し,神経変性を増強している可能性もあります.今後,疾患ごとのフィブリルの頻度やエンドリソソームへの影響などが明らかになるものと思われます.またこれらの研究で観察されなかったTDP-43については,その凝集体の大部分が,最近報告された規則正しい構造をとらないことを意味している可能性があります.まだ分からないことばかりですが,TMEM106Bという新たなキープレイヤーが出現し,神経変性疾患研究が大きく動く予感がします.
Nature NEWS(doi.org/10.1038/d41586-022-00873-2)
Nature (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-04650-z
Nature (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-04670-9
Cell https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.02.026 (2022)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月2日)  

2022年04月02日 | COVID-19
今回のキーワードは,退院から1年経ったCOVID-19入院患者の87%で,機能的,認知的,QoL的障害が持続している,退院から1年経った入院患者で最も影響を受ける認知機能は,処理速度,長期視空間記憶,言語記憶である,2回のワクチン接種でlong COVIDのリスクは約41%低下する,COVID-19ワクチン接種はMOG抗体関連疾患の誘因となる??です.

米国とイタリアからCOVID-19で入院患者の1年後の評価で,認知知能障害が少なからず見られ,6ヶ月後との比較で,回復も思わしくないことが示されています.イタリアの研究では,低酸素血症がその一因である可能性を明らかにするとともに,嗅覚・味覚障害が空間長期記憶の悪化と関連することを示しており,ウイルスによる直接的・間接的な脳障害の可能性が示唆されます.また2回のワクチン接種によってlong COVIDを発症する確率が約41%減少することがプレプリント論文で報告されました.long COVID予防を目指した治療研究が複数始まっていますが,現状,ワクチンが最も有効と言えます.しかし抑制されるといってもその効果は限られており,感染後多くの人がlong COVIDを経験する危険があります.極力感染を防止することが重要です.

◆退院から1年経ったCOVID-19入院患者の87%で,機能的,認知的,QoL的障害が持続している.
米国からCOVID-19入院患者242名(中央値65歳,男性64%,気管内挿管患者34%)の12ヵ月後の予後について検討した研究が報告された.評価は退院後6および12ヶ月に行った.主要評価項目は,修正Rankinスケール(mRS),副次的評価項目は,日常生活動作(Barthel Index),モントリオール認知機能評価(t-MoCA),不安,うつ,疲労,睡眠に関するNeuro-QoLバッテリーとした.入院12ヵ月後では,87%の患者で機能的,認知的,Neuro-QoL指標の障害が持続していた.6ヵ月から12ヵ月での変化では,t-MoCAスコアで56%,不安スコアで45%の有意な改善がみられた(図1).一方,疲労,睡眠,うつ病のスコアは,それぞれ48%,48%,38%で改善がみられたが有意ではなかった.BarthelスコアとmRSスコアは,50%以上の患者で変化がなかった.退院後1年が経過しても神経学的後遺症は改善しにくいことが示唆される.
Neurology. 2022 Mar 21:10.1212/WNL.0000000000200356.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200356)



◆退院から1年経った入院患者で最も影響を受ける認知機能は,処理速度,長期視空間記憶,言語記憶である.
イタリアからもCOVID-19入院患者76名(22~74歳)の1年後の認知機能を評価した研究が報告された.5ヶ月後(76名)および12ヶ月後(53名)に神経心理学的評価を行った.63.2%の患者が,5ヶ月の時点で少なくとも1つのテストに異常を認めた.5ヶ月と比較して,言語記憶,注意,処理速度は1年後に有意に改善したが,視空間記憶は改善しなかった.1年後に最も影響を受けた領域は,処理速度(28.3%),長期視空間記憶(18.1%)と言語記憶(15.1%)であった.急性期におけるPaO2/FiO2比の低下は,5ヵ月後の言語性長期記憶(P=0.029)および視空間学習(P=0.041)の悪化と関連していた.5か月後の視空間長期記憶の悪化は,嗅覚障害(P=0.020)および味覚障害(P=0.037)と関連していた.以上より1年後にも認知機能障害が認められることが示された.COVID-19入院患者は定期的に認知機能の評価を受ける必要がある.
Eur J Neurol. 2022 Mar 14.(doi.org/10.1111/ene.15324)

◆2回のワクチン接種でlong COVIDのリスクは約41%低下する.
COVID-19感染前にワクチン接種を2回受けると,long Covidの発症リスクが低下するかどうかを検討した研究(プレプリント論文)が英国から報告されている.ワクチン2回接種者と非接種者を比較し,感染後12週間以上のlong Covidの調整オッズ比を推定した.経過観察期間は中央値で96日であった.この結果,long COVIDは2回ワクチン接種者3090人のうち294人(9.5%),非接種者では452人(14.6%)に認め,調整オッズ比は0.59(95%信頼区間0.50~0.69)であった.つまり,2回のワクチン接種を受けたひとが,その後,感染した場合,ワクチン接種によってlong COVIDを発症する確率が約41%減少することになる.アデノウイルスベクターとmRNAワクチンによる差は認めなかった.ワクチン接種はlong COVIDのリスクを低下させる.
→ ワクチンでlong COVIDは抑制されるものの,それでもまだ多くの人がlong COVIDの危険にさらされている.
medRxiv 2022.02.23.22271388; doi: https://doi.org/10.1101/2022.02.23.22271388

◆COVID-19ワクチン接種はMOG抗体関連疾患の誘因となる??
東北大学からCOVID-19ワクチン2回め接種の14日後にMOG抗体関連疾患(MOGAD)を発症した1例が報告されている.68歳女性で,2回目のモデルナワクチン接種後14日目から徐々に右顔面(V2,V3領域)のしびれが悪化し受診した.頭部MRIでは右小脳脚の造影病変を認めた(図2).血清MOG-IgG陽性,脳脊髄液中オリゴクローナルバンド陽性,その他の自己抗体は陰性であった.ステロイドパルス療法を2クール施行し,症状は改善し,小脳脚部病変も若干縮小した.既報ではCOVID-19ワクチン接種後の単相性MOGADは,アストラゼネカワクチンとモデルナワクチンで1例ずつのみで,予後は典型的なMOGADと概ね同様であった.



また欧州からSARS-CoV-2 IgG抗体陽性は,MOGAD患者では対照群よりも有意差はつかないまでも多いこと(12/30;40%対6/30; 20%,p = 0.16),診断例数は過去3年間で増加していること(10.6%→12.3%→14.7%)を示し,COVID-19とMOGADの関連が議論されている.
→ワクチンが直接引き起こす可能性と,もともと素因があってワクチンが発症の引き金となった可能性があるように思われる.
Front Neurol. 2022 Mar 1;13:845755. doi: 10.3389/fneur.2022.845755.
Eur J Neurol. 2022 Feb 27. doi: 10.1111/ene.15304.

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