Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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常同運動症(stereotypy)とは何か?

2018年12月27日 | 医学と医療
この数ヶ月で2回ほど,同じ運動を繰り返す患者さんを診察した.抗NMDAR抗体脳炎と小児期の髄膜脳炎後遺症の成人であった.てんかんとも不随意運動とも異なり,「うーん,これはstereotypyと呼ぶべきだろう」と所見を述べた.これは一見正常な無目的な運動を何度も繰り返すもので,脳神経内科領域では前頭側頭葉認知症や薬剤性のものが多いが,概念を正しく説明することができなかったため,文献を渉猟してみた.

【常同症(stereotypy)とは】
同じ運動や行動,言葉を何度も繰り返す状態を指す.同じ運動や行動を繰り返すのが常同運動症(stereotypic movement disorder),あるいは常同行動(stereotyped behavior)であり,それが言葉であれば常同言語(stereotyped speech)となる.同じ姿勢をとり続けるのは常同姿勢(stereotyped attitude)である.

【常同運動症の具体的な例】
顔:口を開く,歯ぎしりする,自分の身体を噛む,うなづく,頭を振る,頭を打ちつける.
上肢:腕を振る,はばたき動作をする,自分の身体を叩く,手を震わせる,拍手する,手を揉む,掌を開閉する,指をくねくね動かす,両手の指をからませる,親指をしゃぶる,爪をかむ.
下肢・体幹:脚を揺らす,身体を揺する,身震いする.
複雑な運動:ドアの開閉をする,立ったり座ったりする,周囲を行き来する,物を集めたり並べたりする.

パーキンソン病でドパミンアゴニストにより惹起される行動制御障害のうち,動作を反復するpundingもstereotypyである.衣服の表面を探ったり,テーブルの同じ所を布巾で拭くなどの単純で無目的な動作の反復から,タンスの衣類を出し入れしたり,時計や懐中電灯を分解するなどの複雑な動作まで様々である.

【常同運動症の分類】
1)生理的:成長過程で認められる無目的で反復する運動行動で,多くは時間とともに消退する.

2)原発性:常同運動症のみを呈し,下記に示す原因を認めない.合併する病態として,注意欠如・多動症(ADHD),不安症,チック,発達性協調運動症,学習障害が知られている.

3)症候性:発育遅延,精神疾患(統合失調症,カタトニア,強迫症,Tourette症候群),自閉症スペクトラム症(とくにいわゆるアスペルガー症候群),薬剤性(L-DOPA,ドパミンアゴニスト,コカイン,アンフェタミン),神経変性疾患(前頭側頭型認知症,PSP,PDD ,Wilson病,神経有棘赤血球症,脳内鉄沈着を伴う神経変性症,Lesch-Nyhan症候群,Rett症候群,脆弱X症候群,Angelman症候群),脳血管障害等による基底核病変,傍腫瘍性,感染後,嗜眠性脳炎,抗NMDAR抗体脳炎,感覚遮断(失明).

【鑑別すべき病態】
チック,遅発性ジスキネジア,アカシジア,マネリズム(個人的な運動の癖やジェスチャー,必ずしも異常運動ではない),統合失調症や強迫症のような精神疾患に伴う反復行為(強迫行為),てんかんに伴う自動症,レストレスレッグス症候群,頭部の頷き運動(head nodding)を起こす疾患(小脳疾患,第3脳室のう疱,先天性眼振,点頭痙縮),motor habits(スポーツマンなどで特定の随意運動を行う準備の際に出現する),

常同運動症の間隔は数十分から秒単位までいろいろな場合があるが,チックやマネリズムと比べて不規則である.チックと比べて,腕,手,全身に生じやすく,持続時間が長い.またその運動はより複雑で「行為」と言ってよい.遅発性ジスキネジアではdistraction(ほかに注意を引くタスク)を行っても不変もしくは増悪するが,常同運動症では軽減しうる.強迫行為と比べると,無目的である.

【動画】Edwards MJ et al. Mov Disord. 2012;27(2):179-85.(動画はフリーアクセスです)
1.Rett症候群に見られるstereotypy(手もみ動作)
2.健常児に見られる生理的stereotypy(腕の上げ下げ,指の伸展・屈曲)
3.症候性stereotypy(脳炎後).認知障害と形成とともに,頭の頷き運動(head nodding)を呈した.
4.症候性stereotypy(左被殻の脳血管障害後).歩行すると回転してしまう!かつ繰り返す.
5.鑑別診断としての遅発性ジスキネジア2名.口舌部に注意.Distractionを行うと出現するが,stereotypyでは逆に減弱する点で異なる.

Stereotypy


【DSM‒5における定義】
DSM‒5病名・用語翻訳ガイドラインでは,stereotypic movement disorderは「常同運動症/常同運動障害」と訳され,以下が記載されている.
A. 反復し,駆り立てられるように見え,かつ外見上無目的な運動行動(例:手を震わせるまたは振って合図する,身体を揺する,頭を打ちつける,自分の身体を噛む,自分の身体を叩く)
B. この反復性の運動行動によって,社会的,学業的,または他の活動が障害され,自傷を起こすこともある.
C. 発症は発達期早期である.
D. この反復性の運動行動は,物質や神経疾患の生理学的作用によるものではなく,他の神経発達症や精神疾患[例:抜毛症,強迫症]ではうまく説明されない.

※該当すれば特定せよ
自傷行動を伴う (予防手段を講じなければ自傷に結び付くであろう行動を含む)
自傷行動を伴わない.
※該当すれば特定せよ
関連する既知の医学的または遺伝学的疾患,神経発達症,または環境要因[例:レッシュ-ナイハン症候群,知的能力障害(知的発達症),子宮内でのアルコール曝露]
※現在の重症度を特定せよ
軽度:症状は,感覚的な刺激や気晴らしによって容易に抑制される.
中等度:症状は,明確な保護的手段や行動の修正を要する.
重度:重大な自傷を防ぐために,持続的な監視と保護的手段が必要となる.

文献:『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

【常同運動症の重症度】
Motor Stereotypy Severity Scale (SSS)が使用される.評価する4項目としては,認められるstereotypyの数,頻度,程度,全般的機能障害度であり,点数化する.

【病態機序】
十分明らかにされていないが,prefronto-corticobasal ganglia circuitないしcortico-striatal-thalamo-cortical circuitにおけるドパミン系が重要であり,GABA系,アセチルコリン系も一部関与すると言われている.原発性stereotypyの家族内発症の報告はなく,原因遺伝子については知られていない.

【治療】
原発性の場合,治療を要することはほとんどないが,治療を希望する小児においては習慣逆転トレーニング(habit reversal training)が有効と言われている.しかし症候性や怪我を引き起こすようなstereotypyの場合,治療介入が必要となりうる.自閉症に伴うstereotypyに対し,クロミプラミン,リスペリドン,フルオキセチンが有効であったとする報告はあるが,その他はほとんど報告がなされていない.Johns Hopkins大学の小児科では原発性常同運動症の治療に取り組んでおり,YouTube動画で,stereotypyの実例と治療について見ることができる.

The Johns Hopkins Motor Stereotypy Behavioral Therapy Program


Mov Disord 27;179-185, 2012
J Neurol 259;2452-2459, 2012
Semin Pediatr Neurol 25;19-24, 2018

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国際頭痛分類 第3版(ICHD-3)日本語版の書評

2018年12月18日 | 頭痛や痛み
日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会 竹島多賀夫委員長よりご依頼をいただき,標題の書評を執筆させていただいた.私は,病棟の若い医師に,頭痛の診断をする際には『国際頭痛分類 第3版』に則って診断をするように強く勧めている.書評には「その理由」や「頭痛診療の上達法」について記載した.ご一読いただければ幸いである.

頭痛専門医にとどまらず,全臨床医必携の書
書評者:下畑 享良(岐阜大大学院教授・神経内科・老年学)


 頭痛はさまざまな診療科の医師がかかわるコモン・ディジーズである。脳神経内科,脳神経外科,内科,小児科医,総合診療医のみならず,耳鼻咽喉科や眼科,ペインクリニックなどにも患者が訪れる。また救急外来においても多くの頭痛患者が来院する。よってこれらの医師は頭痛診療をマスターする必要があるが,頭痛の診断や治療は必ずしも容易ではない。それは,頭痛は非常に多彩な原因があるため,正しい診断にたどり着かず,その結果,正しい治療が行われないことがあるためである。頭痛は患者のQOLに直結し,かつ生命にもかかわることがあるため,正しい診療がなされない場合,患者への影響は大きい。また医師の立場からすると,自らの診断や治療による頭痛の改善の有無が明瞭にわかるため,改善が乏しい患者を複数経験した結果,頭痛診療を苦手と感じてしまう。その一方で,正しく診断,治療し,患者から「頭痛が良くなった」という報告を聞くときは非常に嬉しく,やりがいを感じる。

 私は,病棟の若い医師に,頭痛の診断をする際には『国際頭痛分類 第3版』に則って診断をするように強く勧めている。分類を暗記する必要はなく,病棟や外来に一冊置いて,必要に応じてその都度,辞書のように使用する。初めは億劫で,内容も複雑に思えるかもしれないが,継続して丹念に頭痛を分類に当てはめることにより,徐々に頭痛診療において重要なポイントがわかってくる。明白な片頭痛や緊張型頭痛であればこの分類は必ずしも必要はないが,診断がはっきりしないときや,その他の特殊な頭痛が疑われる場合には非常に有用である。治療については併せて『慢性頭痛の診療ガイドライン〈2013〉』を読み実践することで,頭痛診療の能力は飛躍的に向上する。そこまで到達したらぜひ日本頭痛学会の定める認定頭痛専門医にも挑戦していただきたい。

 本書は2013年以来の5年ぶりの改訂で,beta版が取れて正式な第3版になった。beta版を作成した目的の一つである実地試験の結果が盛り込まれ,エビデンスの精度が向上している。またもう一つの目的であったICD-11のコードの収録は,ICD-11の公表が先延ばしになったことで見送られたが,「全般的コメント」が整理されて箇条書きに変更された結果,とても読みやすくなった。さらに診断基準後に「注」が付されて,診断基準を補足する記述が追加され,日々の診療により役に立つものとなった。本書は頭痛専門医のみが必要とするものではなく,あらゆる臨床医の必携の書籍として強く推奨したい。また頭痛患者を対象とした症例報告,臨床試験,その他の研究においては,この診断基準を満たすことが不可欠となる。その意味でも本書は重要である。

国際頭痛分類 第3版(医学書院)





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アキレスケンタウルスから医の倫理へ

2018年12月09日 | 医学と医療
親しくさせていただいている脳神経内科医が忘年会のため,話題の「アキレスケンタウルス体操」の練習をして,見事優勝したという.調べてみるとケンタウルスに扮するお兄さんが「足を伸ばして,アキレスケンタウルス♪」と歌いながら,アキレス腱のストレッチをする体操だった.でもなぜケンタウルスがアキレス腱を伸ばしているのか,不思議に思われたのではないだろうか?実は私は病棟実習で「医の倫理」の講義をしているが,このアキレス,ケンタウルスの話から講義をスタートしている.

【アキレウスの先生はケンタウルス族ケイロン】

実はケンタウルスとアキレスは師弟である.ケンタウルス族は半人半獣の,粗暴で野蛮な一族なのだが,その中にケイロンという音楽,医学,予言に優れた賢者がいた.ケイロンは太陽神アポロンと双子のアルテミスに育てられ,アポロンから医術を学んだ.ケイロンは薬草を栽培しながら,病人を助けて暮らしていたが,同時にすぐれた家庭教師であった.英雄ヘラクレス,アキレウス,そして後述するアスクレピオスなどを育てた.お察しの通り,このアキレウスこそアキレス腱の由来である.アキレウスは,幼い頃,母親によって黄泉の国の川に浸されたため不死身になった.しかしその際,母親が踵を持って川に浸したため,その部分だけが不死身にならず,唯一の弱点となったのである.図1Aはルーヴル美術館に展示される,ジャン=バプティスト・ルニョーによる「ケイロンとアキレウス」である.


【ケイロンからアスクレピオス,ヒポクラテスへ】

ケイロンの育てたアスクレピオスは医学の才能を開花させ,師をも凌ぐまでになった.そればかりか,死者を蘇生し,生き返らすようになった.これを知った死者の国の支配者,冥界の神ハーデスは秩序が乱されたと怒り,全知全能の神ゼウスに訴え,ゼウスもこのままでは人間が増えてしまうと,アスクレピオスに雷槌を落として殺してしまう.しかし死後,へびつかい座として天に召され,神様の仲間入りをした.地上でもアスクレピオスは医学の神として崇め奉られ,アスクレピオス神殿が建てられ,人々が医術を学ぶ場となる.このギリシアのコス島にある神殿で医学を学んだのがヒポクラテスである.

【アスクレピオスの杖】

上述のようにアスクレピオスはギリシア神話における医神となり,現在も医学の象徴的存在である.アスクレピオスのもつ杖には「1匹の蛇」が巻きついているが(図1B),杖は命,蛇は脱皮することから「再生・不滅」の象徴とされている.この杖と蛇は多くの医学に関わるロゴマークに使用され,医の倫理を記したジュネーブ宣言にも見ることができる(図1C).有名なものは図2上段の世界保健機関(WHO)やアメリカ医師会(AMA)があるが,「2匹の蛇」が巻き付く図もあって勘違いされることがある.図2下段のものは「ケーリュケイオンの杖」と呼ばれ,伝令の神ヘルメスの持ち物でまったくの別物(ヘルメスの杖とも呼ばれる).伝令から派生して商業の紋章として用いられ,日本においても一橋大学や商業高校などで校章として用いられている.
 

【アスクレピオスの子供たち】

アスクレピオスの子供たちはみな医学の道に進んだ(図3).長女のヒュギエイアは美しい健康の女神,パラケイアは薬学の神,マカオンは外科の守護神,ボダレイリオスは内科の守護神となった.ヒュギエイアは英語のHygiene(衛生,衛生学)の語源となった.「アルプスの少女ハイジ」の由来にもなっている.足が不自由であったクララも,アルプスの環境とハイジの友情により回復し,自分で歩けるようになった.ハイジは現代のヒュギエイアの姿を示したものと言われている.これらの神々は以下に示す「ヒポクラテスの誓い」の冒頭の文章に出てくる神々である.
「医神 アポロン,アスクレピオス,ヒギエイア,パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う,私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを」


【ギリシア神話の医学に端を発するジュネーブ宣言】

ここまで,医術がアポロン→ケイロン→アスクレピオス→ヒポクラテスと伝えられてきたことを示した.講義ではここまできていよいよ「医の倫理」の話につながる.「ヒポクラテスの誓い」に記載された9項目を読んでもらい,実際に現代医療にも当てはまるかを学生のみんなに考えてもらう.そのあと,医の倫理に関する現代の規定である「ジュネーブ宣言」を読んでもらい,「ヒポクラテスの誓い」の倫理的精神を現代化・公式化したものが「ジュネーブ宣言」であるという種明かしをする.つまり単に「ジュネーブ宣言」の6項目を覚えてもらうのではなく,どのようにして成立したのかを知ってもらうことが大切だと考えたのだ.

またもう1点,死者を蘇らせ秩序を乱し,神ゼウスから罰を受けたアスクレピオスの逸話は,ヒト受精卵にCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を適用して赤ちゃんを誕生させる能力を持った私たちの未来を連想させはしないだろうか.きわめて重要な研究倫理を考えるきっかけにもなると思われる.

実際の講義ではさらに脱線して,コス島から日本に運ばれた「ヒポクラテスの木」とポケモンgoの話や,日本における医の倫理の出発点「扶氏医戒之略」についても紹介している.これらは過去にブログで記載したのでご参照いただきたい.

ポケモンGOと「ヒポクラテスの木」に現れた蛇

扶氏医戒之略

参考図書:現代医療とギリシャ神話 「あぁ,そうだったんだ」と膝を打つとても面白い本です.ご一読をおすすめします.





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