Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

てんかん様活動はアルツハイマー病の治療標的となるかもしれない!

2024年03月27日 | 認知症
「高齢者てんかんの原因としてアルツハイマー病(AD)を考える」ことは有名ですが,それ以上,深く考えたことはありませんでした.最新号のNature Reviews Neurology誌に「そう考えるのか!」と唸ってしまった総説が出ています.以下,ポイントを箇条書きにします.

◆AD患者における神経細胞の過興奮性は健常者の2〜3倍高い.
◆高齢者てんかんやてんかん様活動は,ADに認められる認知機能障害の数年前から先行して出現しうる.
高齢者てんかんはADの非認知的前駆徴候かもしれない.
◆さらにこの興奮性亢進はADの進行を促進する可能性がある.
◆AD動物モデルでも,認知機能障害に先行して,皮質ネットワークの神経細胞の興奮性亢進が生じ,てんかん様活動はAβやリン酸化タウの沈着を引き起こす.
◆老化したApoE4ノックインマウスでは,自発的痙攣発作を認めるが,ApoE3ノックインマウスでは認めない.
◆てんかんは新たな危険因子である可能性がある.しかし治療介入可能で,抗認知症薬や抗てんかん薬が候補となる.
◆治療介入を逃さないために,高齢者てんかん患者における神経心理学的検査と,早期AD患者における長時間脳波検査が必要である.



図は病態の全体像を示していますが,まずタンパク質レベルでは,Aβとリン酸化タウの凝集が生じ,この結果,細胞レベルでは興奮と抑制の不均衡が生じ,病的な興奮性亢進が引き起こされます.この興奮性亢進は病的タンパクの蓄積をさらに促進し,さらに睡眠や記憶機能を含む神経細胞ネットワークの正常な機能が阻害されます.この結果,認知機能障害がより早期に出現したり,進行が加速したりします.

以上より,ADにおけるてんかん様活動の検出は,治療介入可能な新たな危険因子として臨床的に今後,重要となる可能性があります.
Kamondi A, et al. Epilepsy and epileptiform activity in late-onset Alzheimer disease: clinical and pathophysiological advances, gaps and conundrums. Nat Rev Neurol. 2024 Mar;20(3):162-182.(doi.org/10.1038/s41582-024-00932-4

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

機能性神経障害(FND)について知ろう!学ぼう!

2024年03月26日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(functional neurological disorders;FND)はかつて心因性疾患,変換症,解離性障害,転換性障害,ヒステリーなどと呼ばれた疾患ですが,この20年間でとくに海外の脳神経内科領域において,FNDを巡る状況に革命的な変化が生じています.それを主導したのが英国のJon Stone教授です.日本では帝京大学の園生雅弘教授らが中心になって啓発活動をなさってこられました.日本神経学会でも2023年,FNDをメインに扱う「機能性疾患/精神科領域疾患セクション」が設立され,私がチーフを仰せつかり,20名のメンバーとともに脳神経内科医への教育を目標として掲げました(2024年度中のウェブセミナー開催と教科書刊行を予定しています.乞うご期待).

機能性疾患/精神科領域疾患セクション コア・メンバー
下畑 享良、赤松 直樹、大平 雅之、神林 隆道、柴山 秀博、関口 兼司、関口 輝彦、仙石 錬平、園生 雅弘、田代 淳、立花 直子、冨山 誠彦、西尾 慶之、福武 敏夫、藤岡 伸助、堀 有行、宮本 亮介、村田 佳子、山本 晴子、渡辺 宏久(敬称略)

ちょうど4月からFND awareness month(#FND2024)が始まりますが,ちょうどよいタイミングで園生雅弘先生が脊椎脊髄ジャーナル誌に「機能性神経障害(FND:ヒステリー)診断の革命」と題した特集号を企画されました.以下に目次を示しますが,Stone教授による講演を神林隆道先生がまとめた総説は必読ですし,FNDの歴史から診断,治療,リハビリにいたるまで全体像がよく分かります.脳神経内科医,整形外科医,精神科医,リハビリテーション科医,総合診療医からメディカルスタッフの方々まで,とても役に立つ内容になっております.ぜひご一読いただければ幸いです.

特集:機能性神経障害(FND:ヒステリー)診断の革命

◆FND診療の歴史と最新動向・・・園生雅弘
◆日本神経学会の機能性神経障害への新たな取り組み・・・下畑享良
◆Stone博士の講演から・・・神林隆道,Jon Stone,園生雅弘
◆陽性徴候によるFND診断・・・園生雅弘
◆FNDの精神科的側面と内受容感覚自己感への学術的発展・・・是木明宏
◆整形外科・脊椎外科におけるFND―心因性痛みと術後麻痺・・・竹下克志
◆機能性神経障害に対する内科的治療・・・渡辺宏久
◆FNDのリハビリテーション治療・・・関根 徹



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ついに繋がった,アミロイドβとタウとApoE ―鍵はミクログリアの脂肪滴にあった―

2024年03月24日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)における遺伝的危険因子として,ApoEをはじめとする脂質代謝に関わる遺伝子が知られています.これらの遺伝子の多くはグリア細胞で高発現しています.しかしグリア細胞における脂質代謝がADにはたす役割は十分に解明されていません.Nature誌にこの問題をほぼ解明したように思われる論文がスタンフォード大学から発表されました.

まずAD患者(ApoE4/E4ないしE3/E3のいずれか)の脳組織を用いてsingle cell RNA sequencingを行い,単一の細胞でどのタンパク質が作られているかを検討しました.この結果,ApoE4/4を持つ患者のミクログリアにおいて,ACSL1 (Acyl-CoA Synthetase Long Chain Family Member 1)の発現が高いことが分かりました(図1cd,図2).このACSL1は遊離脂肪酸からAcyl-CoAを介して脂質滴を生成する酵素です(図1e).





この脂肪滴は,20世紀初頭,ドイツのアロイス・アルツハイマー博士によって初めて指摘されたものですが,その後,あまり議論されることはありませんでした.興味深いことにこの脂肪滴はApoE4/E4患者で増加していました(図3)



つぎにApoE4/E4患者のiPS細胞由来のミクログリアを培養しました.ここに線維性Aβを添加するとACSL1が発現し,トリグリセリドが合成され,脂質滴の蓄積が誘導されました(ACSL1以外の脂肪代謝に関わる分子や炎症に関わる分子も発現).つまりADで指摘されてきた脂肪滴を有する細胞は,ACSL1 陽性ミクログリアでした.さらにこの細胞の培養上清を培養神経細胞に加えるとタウのリン酸化が生じ(図4),細胞死を引き起こしました.また,脂肪滴をもつミクログリアの数と AD の症状とが比例することから,ミクログリアでの脂肪滴生成が AD の進行を決めると著者等は結論づけました.



以上より「ApoE4→ミクログリアACSL1→脂肪滴形成→LDL粒子の分泌→神経細胞への取り込み→タウリン酸化→神経変性」という分子経路があり,これに治療介入できれば,ADの発症を抑制できる可能性が出てきました.現在のレカネマブのようなAβ抗体が,脳アミロイドアンギオパチーを来たして,すでに老廃物除去システムが破綻している脳血管にさらなる負担をかける,もしくは血管壁Aβを引き剥がすリスクがあることを考えると,別の治療アプリーチも模索すべきと思われます.その一つとしてより早期の「ApoE4→ミクログリアACSL1→脂肪滴形成」を標的にした治療を検討すべきと思います.例えば脂肪滴形成に関与することが知られるPI3K(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)の阻害剤が創薬標的になる可能性があります.
Haney MS, et al. APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer’s disease microglia. Nature (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07185-7

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

難分解性有機汚染物質はALSの発症リスクを増大させ,生存期間を短縮する!

2024年03月21日 | 運動ニューロン疾患
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,遺伝要因と環境要因の双方によって引き起こされると考えられています.ALSのみならずアルツハイマー病,パーキンソン病,多発性硬化症,自閉症などの神経疾患でも環境要因との強い関連が報告されています.しかし環境要因の研究は,農薬を曝露したといった申告や職業環境から推測される曝露に頼るもので,想起バイアスの影響を受けやすいという限界がありました.しかし今回紹介するミシガン大学の研究は,血漿中の難分解性有機汚染物質(persistent organic pollutants;POPs)の濃度を直接定量することで,より正確に曝露を直接評価し,想起バイアスを克服しています.著者らは過去にALSとPSPsの関連を報告しており,今回は別のコホートを用いて結果を再確認するという研究です.

対象はミシガン州のALS患者164人と対照105人です,血漿サンプルを用いてPOPs濃度を測定しました.この結果,22種類のポリ塩化ビフェニル(poly chlorinated biphenyl;PCB)のうち8種類,10種類の有機塩素系殺虫剤(organochlorine pesticide;OCP)のうち7種類など,複数のPOPsがALSと有意に関連していました(図).ちなみにポリ塩化ビフェニルは電気機器の絶縁油として,変圧器やコンデンサー,カーボンレスカーボン紙,ポリマーやコーティング剤,接着剤の添加剤などで使用されたもので,人体に蓄積し有毒です.現在は製造・輸入ともに禁止されています.歴史的にはカネミ油症事件が有名です.



また発症リスクは有機塩素系殺虫剤のうち,α-ヘキサクロロシクロヘキサン,ヘキサクロロベンゼン,トランス-ノナクロール,シス-ノナクロールの混合効果によって最も強くなり,環境リスクスコア(ERS)の四分位数間の増加によってALSのリスクは2.58倍高まりました(p<0.001).生存率にも影響があり,POPsの混合物は死亡率を1.65倍増加させました.上記有機塩素系殺虫剤の作用機序はまだ十分解明されていませんが,すべて神経毒であり,電位依存性ナトリウムチャネルやGABA受容体依存性クロライドチャネルなどのイオンチャネルを標的とするものもあるそうです.今後,ミシガン州以外のコホートで再現することや,POPsによるALS発症の機序を明らかにする必要があります.いずれにしてもPOPsや有機塩素系殺虫剤の削減計画を行なっていく必要があります.
Goutman SA, et al. Environmental risk scores of persistent organic pollutants associate with higher ALS risk and shorter survival in a new Michigan case/control cohort. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2024 Feb 14;95(3):241-248.(doi.org/10.1136/jnnp-2023-332121

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

機能性運動失調の診かた

2024年03月20日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)の症候学の理解は非常に重要です.その理由として,①パンデミック以降,ワクチン接種後や感染後にFNDを呈する症例が顕著に増加したこと,②器質性神経疾患でもしばしばFNDを合併し,臨床像を複雑にしていることが少なからずあることが挙げられます.FNDは運動麻痺や感覚障害,運動異常症などさまざまな症候を呈します.器質性疾患の症候と異なる特徴的なパターンを示すため,その知識さえあれば,診察だけでかなりFNDの診断に迫ることができるようになります.

FNDのひとつ,機能性運動失調の頻度・特徴について検討した研究がParkinsonism Relat Disord誌に報告されました.FNDについてはいろいろ勉強しましたが,機能性運動失調の文献はほとんど眼にしたことがなく,興味深く読みました.サンパウロ連邦大学の運動失調症部門に,2008年から2022年まで入院した1350人のうち,機能性運動失調と診断された患者を検討しました.頻度は13名(1%)と少なく,全例女性,年齢は34.8歳でした.6名(46.2%)が精神疾患を合併し,7名(53.8%)に誘因を認めました.症候学的には,歩行におけるstride(連続する二歩の合計の長さ)とbase(歩行時の足の配置の幅)がばらばら(100%),"ハァハァ息を切らして歩く(huffing and puffing)"(30.7%),膝がガクッとなる歩行(knee buckling)(30.7%),ムダな動きの多い非効率的な姿勢(uneconomic posture)(38.5%),綱渡り歩行(23%),震える歩行(trembling gait)(15.4%)を認めました.さらに引きずり歩行(dragging gait)やUターン時のすくみ足,過剰な遅い動き(excessive slowness),動きの漸増・漸減(waxing and waning)もみられました.驚くべきことに,転倒は1例も認めませんでした.予後はさまざまでしたが,53.8%は治療を受けていないにもかかわらず,完全または部分的に回復しました.

以上,機能性運動失調はまれであること,そしてその特徴的な症候が分かりました.診断については他のFNDと同様,どれか1つの症候から診断するのではなく,複数の所見を見出す努力をし,問診も含めて総合的に判断することが大切です.
Corazza LA, et al. Functional ataxia in a specialized ataxia center. Parkinsonism Relat Disord. 2024 Mar;120:106006.(doi.org/10.1016/j.parkreldis.2024.106006)



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルツハイマー病脳の血管で生じている変化を初めて見て驚く!

2024年03月18日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)に合併する脳アミロイド血管症(CAA)は,脳血管にアミロイドβ(Aβ)が沈着して亀裂が入り,double barrel appearanceを生じます.このあとCAAはしばしば出血を合併しますが,出血する機序は必ずしも明らかではありません.



その理由はこれまで標本という二次元データで検討するしかなかったため,脳血管の変化と出血の位置関係を明らかにするには限界があったためです.米国バンダービルド大学からの報告は,立体構造を保ちつつ透明化技術を使用して,3次元顕微鏡で脳血管を観察したものです.



論文ではフリーで動画を見ることができますが,かなり衝撃的です.対象は軽症・中等症CAA 7名,重症CAA 11名,そして疾患対照8名で,採取した死後脳組織を検討しました.三次元光シート顕微鏡用を用いて,光学的に透明化したヒト脳を,Aβ,血管平滑筋,lysyl oxidase,血管マーカーにて染色しました.
図1:上段は血管内皮細胞の糖鎖に結合するレクチンを用いて血管を可視化したもので,順に対照,CAA,重症CAAのものですが,CAAでは脳内の健康な血管網が著しく破壊され,細動脈は拡張・狭窄し,歪んでいます! 下段は血管内皮がcollagen IV(緑),血管平滑筋(赤)で示されmGrade 1から5までの変化を示します.



図2:血管内皮がcollagen IV(緑),血管平滑筋(赤),Aβ(青).血管平滑筋がAβの沈着で,置換され喪失し,このため血管径が増大します.



図3:血管内皮がcollagen IV(緑),Aβ(青).さらに血管の変性が進み,Aβリングは壊れ「破片」となります.



細動脈の血管平滑筋の体積は,重症CAAの細動脈では約80%,軽症・中等症CAAでは約60%減少していました.血管平滑筋の減少は,細動脈の直径の増大とばらつきと相関していました.さらにAβ沈着と強い相関がありました.微量出血を認める部位ではAβは一貫して存在していましたが,典型的なリング状(double barrel appearance)から「破片」へと変化していました.またCAAの動脈壁は,CAAのない動脈壁と比較して約4倍硬いことが分かりました.最後に,血管平滑筋の欠損とlysyl oxidaseの関連する血管変性に強い相関を認めました.lysyl oxidaseはLys残基を酸化し,反応性の高いアルデヒド基に置換して,細胞外マトリックスが架橋します.これがおそらく線維化を招き,血管を固い「土管状」のものにするようです.

以上より,CAAの脳血管では血管の硬化,狭窄と血管腔拡張・動脈瘤化,Aβリングの崩壊と破片の拡散,破裂が生じていました.その機序として,Aβによる血管平滑筋の喪失,lysyl oxidaseによる細胞外マトリックスの架橋が影響しているものと考えられ,Aβ沈着と血管脆弱性の関連が明らかになりました.著者らは細胞外マトリックスの架橋を標的とした治療が,新しい治療戦略につながると指摘しています.個人的に思ったことの1番めは,ADでは想像以上に,血管性認知症の要素があるかもしれないということです.2番目はこのような状態の血管にAβ抗体(レカネマブ・ドナネマブ)を使用して病理学的に何が生ずるか非常に気になるということです.しかし2番目の問いは,実臨床でレカネマブの使用例が増えてくると答えが出るものと思われます.
Ventura-Antunes L, et al. Arteriolar degeneration and stiffness in cerebral amyloid angiopathy are linked to β-amyloid deposition and lysyl oxidase. bioRxiv 2024.03.08.583563; doi: https://doi.org/10.1101/2024.03.08.583563
★ぜひリンクから入っていただき,動画をご覧ください.非常に衝撃的です.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「認知症の現在と未来」 VOOXにて本日配信開始!(2週間無料です)

2024年03月15日 | 認知症
VOOX(ブックス)という音声教養メディアがあります.1話10分の全6話で,ベストセラー本やビジネス書の著者が生の声で本一冊分の知識を届ける新しいオーディブックサービスです(山口周さん,為末大さん,福岡伸一さん,永田和宏さん等・・・).そのVOOXより,一般のひと向けに,認知症に関する話をしてほしいというご依頼をいただきました.他のオーディオブックと違い,本人が音声を録音する必要があり,緊張してうまく喋れるかなと心配しましたが,なんとか無事収録できました.

本編では「認知症とはそもそも何か?」「アルツハイマー病発見の歴史」「物忘れ外来での認知症か否かの見分け方」「癌よりも脳神経が注目を浴びる時代」「認知症の種類」「認知症の12の危険因子と予防」「アミロイドβが起こすこと」「認知症に対する薬物治療」「レカネマブのメリット・デメリット」「COVID-19と認知症」「認知症の方の周囲はどう接するべきか」などを話しました.以下,6回分の講演タイトルになります.月々1000円のサービスですが,本日の公開(3月15日)から2週間以内は無料でご利用いただけます.よろしければお聴きください.
サービスはこちらから(https://www.voox.me/speaker/takayoshi-shimohata
Audible(https://www.audible.co.jp/podcast/B0C83S54PK
プレスリリース(https://tinyurl.com/2b4hqdp8

『認知症の現在と未来』全6話60分
第1話. 認知症とはなにか
第2話. アルツハイマー型認知症とはなにか
第3話. 新薬レカネマブについて
第4話. 認知症に対してできる予防
第5話. 認知症の新たな危険因子
第6話. 認知症とつきあうには



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アミロイドβ抗体療法に関連して知っておくべき2論文

2024年03月13日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)に対するアミロイドβ抗体療法を開始した施設は徐々に増えているようです.ARIAという副作用の出現リスクを推定できるApoE遺伝子検査については,研究レベルで施行している施設が少なくないという話も耳にします.一刻も早い保険適応が望まれますが,検査ができるようになった場合も,さまざまな臨床倫理的問題が生じます.そのなかには,親の診断結果から,その子がε4キャリアであり,将来,ADを発症するリスク推測できてしまうという問題があります.1つめの論文はそのようなケースにおいて有用な情報です. 

【スタチンはε4アレルを有する人においてAD発症リスクを低下させる】
米国からの報告で,ApoE遺伝子とスタチンによる認知症発症の抑制効果の関連を検討した研究です.参加者は4807人(年齢は72歳,女性63%)で,研究期間中1,470人(31%)がスタチン(コレステロール値を低下させる薬物の総称)内服を開始しました.スタチン開始群では非使用群と比較してAD発症リスクは低下しました[HR 0.81].そしてこの関連は,ε4アレルをもつ群[HR 0.60]では,もたない群[HR 0.96]と比較して有意に低いことが分かりました.ε4アレルを持つ群において,全般的な認知機能およびエピソード記憶の低下も,スタチン開始群では大幅に遅いことが分かりました.しかしこれらのスタチンの効果はε4アレルを持たない患者群では有意ではありませんでした.



以上より,65歳以上の高齢者で,ε4アレルを有する人において,スタチン開始がAD発症リスクを低下させるというクラスIIエビデンス(ランダム化されていない比較的大規模なコホート研究)が示されました.今後,ランダム化した臨床試験でさらに検討する必要がありますが,ε4アレルを有することで落胆する人にとって朗報と思います.
Rajan KB, et al. Statin Initiation and Risk of Incident Alzheimer Disease and Cognitive Decline in Genetically Susceptible Older Adults. Neurology. 2024 Apr 9;102(7):e209168. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000209168

【診断バイオマーカーAβ42/40に影響を及ぼす心不全治療薬がある】
もう一つの論文は,ADの診断に行うAβ42/40比を検討する際の注意点です.それは2020年8月に新規心不全治療薬として発売されたサクビトリル/バルサルタン(商品名エンレスト)の使用歴です.これはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)です.ネプリライシン阻害により,ナトリウム利尿ペプチド(ANPやBNP)などの有益なペプチドの分解を減少させ,これらのペプチドの心血管に対する有益な効果を強化することが可能な薬剤です.しかしネプリライシンは同時にアミロイドβを分解する主要な酵素の一つでもあります.サクビトリル/バルサルタンはバルサルタン(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)単独と比較して,血漿中のAβ42とAβ40濃度を増加させ,Aβ42/Aβ40を約30%減少させました.



他のAD血漿バイオマーカーは影響を受けませんでした.脳脊髄液に関するデータの記載はありませんでしたが(先行研究では影響なしの記載もある),早晩,ADのバイオマーカーはPET,脳脊髄液から血漿に移行すると思われますので,この薬剤を内服している患者では注意が必要と思われます.
Brum WS, et al. Effect of Neprilysin Inhibition on Alzheimer Disease Plasma Biomarkers: A Secondary Analysis of a Randomized Clinical Trial. JAMA Neurol. 2024 Feb 1;81(2):197-200.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.4719

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頸動脈の動脈硬化性病変の58%からプラスチックが検出され,炎症を増強し,死亡リスクを増加させていた!!

2024年03月08日 | 脳血管障害
学会で横浜のホテルに滞在中ですが,部屋にペットボトルの水がありません.環境に配慮し,プラスチック使用量減少を目指しているとのことです.ちょうど今週号のNEJM誌を読んで,この取り組みは今後極めて重要になると思いました.

プラスチック(ポリエチレン,ポリ塩化ビニルなど)は化石燃料が主原料で,多くの有毒な化学添加剤を含んでいます.例として発がん性物質,神経毒性物質,内分泌かく乱物質であるビスフェノール類などがあります.プラスチック廃棄物は環境中に存在し,分解されてマイクロプラスチックやナノプラスチック粒子になります.前者は粒径1 µm~5 mm,後者は粒径1μm未満です.今年1月にPNSA誌に出た論文は,両者をあわせたマイクロ/ナノプラスチック(MNPs)を正確に測定できるようになったという報告で,ペットボトル1本に約2.4±1.3×105粒子(24万個!!)と推定され,その約90%がナノプラスチックであったそうです.ナノプラスチックはサイズが小さいため,人体に入りやすく,毒性が強いと考えられています.既報では大腸,胎盤,肝臓,脾臓,リンパ節組織など複数の組織で検出され,米国のデータから,プラスチック添加化学物質がほぼすべての米国人の体内に存在することも示唆されています.またその健康リスクは生産に携わる労働者の間で指摘されていました.

さて今回のNEJM論文はイタリア3施設からのもので,前方視的研究です.頸動脈の動脈硬化病変(プラーク)を外科的に切除する頸動脈内膜切除術を受けた312人のなんと150人(58%)の切除プラークからポリエチレンが検出され,プラーク1mg当たり21.7±24.5μgでした.31人の患者(12.1%)にはポリ塩化ビニルが検出されました.電子顕微鏡検査では,プラークのマクロファージ中に,ギザギザした異物が確認されました(図1).



X線検査では,これらの粒子の一部に塩素が含まれていることが示されました.プラークにMNPsが検出された患者では,検出されなかった患者よりも,34ヵ月の追跡期間において一次エンドポイントイベント(心筋梗塞,脳卒中,または何らかの原因による死亡の心筋梗塞,脳卒中,または何らかの原因による死亡)の複合リスクが高いことが分かりました(ハザード比,4.53;P<0.001;図2).MNPsはプラーク中の炎症反応を著しく増加させ,TNF-α,IL-6,IL-18,IL1-β,CD3,CD68のレベルやコラーゲン含量を増加させました.



以上より,心血管系疾患の新たな危険因子としてMNPsへの暴露を考える必要が考えられます.また他の臓器へのリスクはないかも問題ですし,なによりどうすれば曝露を減らすことができるのかが今後の重要な問題と考えられます.冒頭で述べたようなプラスチックの使い捨てを減らすことが重要で,論文の論評には化石燃料からの脱却が不可欠と述べられています.個人的にはペットボトルの飲料は極力避けようかと思いました.
Qian N, et al. Rapid single-particle chemical imaging of nanoplastics by SRS microscopy. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Jan 16;121(3):e2300582121.(doi.org/10.1073/pnas.2300582121

Marfella R, et al. Microplastics and Nanoplastics in Atheromas and Cardiovascular Events. N Engl J Med. 2024 Mar 7;390(10):900-910.(doi.org/10.1056/NEJMoa2309822)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

IgLON5抗体関連疾患のゲノムワイド関連解析とHLA関連解析から迫る病態機序

2024年03月06日 | 自己免疫性脳炎
私どもも協力したIgLON5抗体関連疾患に関する研究がBrain誌に報告されました.本症のHLA関連解析としては最大規模の報告で,研究の強みは複数の異なる民族の患者を組み入れたことです.研究を主導したスタンフォード睡眠医学センターEmmanuel Mignot教授には,留学中,ラボを見せていただいたり,ランチをご馳走になったことがあります.20年後に共同研究をさせていただくとは不思議なご縁だと思いました.

さてIgLON5抗体関連疾患ですが,慢性の経過で睡眠障害,運動異常症,球麻痺などの多彩な表現型を呈し,神経変性疾患との鑑別を要する自己免疫性脳炎です.HLA-DRB1*10:01やDQB1*05:01との関連が報告され,IgLON5抗体の存在とあわせて自己免疫学的機序が示唆されます.本研究の目的は,87人の患者サンプルを用いてGWASとHLA関連解析を行い,HLAペプチド結合候補を調べ,CD4+ T細胞への影響を調べることです.ゲノムワイドな関連を同定するのに87人では力不足に見えますが,HLA遺伝子は多型性が高く,遺伝子内および遺伝子間で強い連鎖不平衡を示すため,サンプルサイズが小さくても強力なマーカーとなります.事実,結果として,HLA-DRよりもHLA-DQとの強い関連が示されました.具体的には3つのHLA-DQ5ハプロタイプ(HLA-DQA1*01:05-05:01,HLA-DQA1*01:01-05:01,HLA-DQA1*01:04-05:03)との関連が,リスクの高い順に全患者の85%(74/87)で認められ,発症年齢に影響していました(図).



つぎにHLA-DQ分子の機能的関連性を,競合結合アッセイで検討しました.IgLON5が3つのリスク関連HLA-DQレセプターすべてに,ネイティブな状態ではなく,いくつかの部位にアスパラギン酸残基が翻訳後修飾(脱アミド化)されたIgLON5ペプチドが結合することが判明しました.この修飾の生理的意味は不明ですが,自己抗原はしばしば翻訳後修飾されることが報告されています(例:関節リウマチでのシトルリン化).HLA-DQ5結合物質として同定された3つの脱アミド化ペプチドは,すべてIgLON5のIg2ドメイン内に認められました.さらにこのIg2ドメインの脱アミド化ペプチドはT細胞を活性化しました.つまり特定のHLA-DQ分子がIgLON5タンパク質の特定のペプチドと結合し,T細胞に提示することが示唆されました.このプロセスが,IgLON5に対する自己免疫反応を引き起こし,病気の発症につながる可能性があります.このような現象の引き金は不明ですが,多発性硬化症におけるEBウイルスや,ナルコレプシーにおけるインフルエンザウイルスなど,いくつかの疾患では外来抗原による分子模倣(molecular mimicry)が強く示唆されています.同様のことがこの疾患でも生じているのかもしれません.

以上,IgLON5抗体関連疾患は主にHLA-DQに関連し,これらの分子により提示される脱アミド化IgLON5配列に向けられたT細胞自己免疫が関与する可能性が初めて示されました.この疾患は表現型が多彩ですが,HLAと表現型の関連をより詳細に検討する必要があると思いました.
Yogeshwar SM, et al. HLA-DQB1*05 subtypes and not DRB1*10:01 mediates risk in anti-IgLON5 disease. Brain. 2024 Mar 1:awae048.(doi.org/10.1093/brain/awae048

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする