Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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機能性神経障害「La Lésion Dynamique(動的病変)とは何か?」Mark Hallett教授の講義より

2024年04月15日 | 機能性神経障害
いつもより早起きして,開催中の米国神経学会年次総会2024のPresidential plenary lectureを拝聴しました.圧巻はGlymphatic Systemを提唱したMaiken Nedergaard教授の講義と,運動異常症のオーソリティである米国NIHのMark Hallett教授の機能性神経障害(FND)の講義でした.ここでは後者についてご紹介します.

タイトルは「Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique」でした.「La Lésion Dynamique(動的病変)」は,Jean-Martin Charcotがヒステリーの病態として唱えた概念で,この言葉が彼の著作や講義でしばしば使われました.Charcotは催眠療法で改善するヒステリーを生理的・動的な疾患と考え,「La Lésion Dynamique(動的病変)」という概念を唱えました.しかしそれが具体的に何を意味するのかは不明でした.

Hallett教授は2006年,FNDの病態・診断・治療は不明で,患者数が多いにも関わらず何もできず,患者はあちこちの病院をdoctor shoppingせざるを得ない状況について「a crisis of neurology」,つまり神経学は危機に瀕していると述べました.その後,Hallett教授のチームは,「動的病変」の解明,つまり心理的な要因が脳のどのような部位にどんな影響を及ぼすのかを検討しました.その結果,種々のMRIや機能画像を用いて,①扁桃体の解剖学的異常,②辺縁系の結合性の異常,③辺縁系の過活動が生じていることを見出しました.そしてFNDは実際に存在するリアルな疾患であること,Charcotが考えたように,神経変性や神経炎症などと並らぶ1つの病態と考えるべきと強調しています.そしてもっと責任病変や病態生理を学ぶ必要があり,それこそが治療法の改善につながると述べています.さらなるFND研究が「神経学の危機」に終止符を打ち,多くの患者を救うとも述べています.日本はFNDの臨床や研究が海外より遅れていますが,さらに取り組む必要性を感じました.
AAN Annual meeting 2024. Presidential plenary lecture
Robert Wartenberg Lecture: Functional Neurological Disorder: La Lésion Dynamique. Mark Hallett, MD, FAAN



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パンデミック後 急増した機能性チック様行動を症候で原発性チックと見分ける

2024年04月05日 | 機能性神経障害
機能性チック様行動(functional tic-like behaviors;FTLB)は機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)のひとつです.パンデミック以降,世界中の運動障害クリニックでFTLBが劇的に増加したことが報告されました.原発性チックに似た動作や発声を呈します.すなわち,FTLBをトゥレット症候群と区別する必要があります.今回,カナダから両者の症候の違いについて検討した横断研究が報告されました.

対象は236名(20歳未満)で,原発性チック195名(75%男性;平均年齢10.8歳)とFTLB 41名(98%女性;16.1歳)です.二変量モデルでは,FTLBはcopropraxia;下品な動作をする(オッズ比15.5),単語を言う(14.5),coprolalia;下品な言葉を言う(13.1),popping;ぽんと音を立てる(11.0),whistling:口笛を鳴らす(9.8),単純な頭部の動き(8.6),自傷行為(6.9)と最も関連していました.つぎに多変量モデルでは,FTLBは依然として,単語を言う(13.5)および単純な頭部の動き(6.3),そして年齢と関連していました.逆に原発性チックでしばしば認めるthroat clearing tics(咳払いする動作)はFTLBの12.2%のみと少ないことが分かりました(0.2)(図).



以上より,単純な頭の動きと言葉の発音を認め,咳払いする動作を認めない場合,症候学的にはFTLBを考えるということになります.逆に3つの音韻チック(popping noises, whistling,clicking)はトゥレット症候群ではまれということも分かりました(それぞれ2%,4%,6%).以上より,発症年齢が遅く,症状が急速に進展し,上述の症候を認める場合,FTLBを考え,誤った診断をしないことが重要ということになります.
Nilles C, et al. What are the Key Phenomenological Clues to Diagnose Functional Tic-Like Behaviors in the Pandemic Era? Mov Disord Clin Pract. 2024 Jan 25.(doi.org/10.1002/mdc3.13977

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機能性神経障害(FND)について知ろう!学ぼう!

2024年03月26日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(functional neurological disorders;FND)はかつて心因性疾患,変換症,解離性障害,転換性障害,ヒステリーなどと呼ばれた疾患ですが,この20年間でとくに海外の脳神経内科領域において,FNDを巡る状況に革命的な変化が生じています.それを主導したのが英国のJon Stone教授です.日本では帝京大学の園生雅弘教授らが中心になって啓発活動をなさってこられました.日本神経学会でも2023年,FNDをメインに扱う「機能性疾患/精神科領域疾患セクション」が設立され,私がチーフを仰せつかり,20名のメンバーとともに脳神経内科医への教育を目標として掲げました(2024年度中のウェブセミナー開催と教科書刊行を予定しています.乞うご期待).

機能性疾患/精神科領域疾患セクション コア・メンバー
下畑 享良、赤松 直樹、大平 雅之、神林 隆道、柴山 秀博、関口 兼司、関口 輝彦、仙石 錬平、園生 雅弘、田代 淳、立花 直子、冨山 誠彦、西尾 慶之、福武 敏夫、藤岡 伸助、堀 有行、宮本 亮介、村田 佳子、山本 晴子、渡辺 宏久(敬称略)

ちょうど4月からFND awareness month(#FND2024)が始まりますが,ちょうどよいタイミングで園生雅弘先生が脊椎脊髄ジャーナル誌に「機能性神経障害(FND:ヒステリー)診断の革命」と題した特集号を企画されました.以下に目次を示しますが,Stone教授による講演を神林隆道先生がまとめた総説は必読ですし,FNDの歴史から診断,治療,リハビリにいたるまで全体像がよく分かります.脳神経内科医,整形外科医,精神科医,リハビリテーション科医,総合診療医からメディカルスタッフの方々まで,とても役に立つ内容になっております.ぜひご一読いただければ幸いです.

特集:機能性神経障害(FND:ヒステリー)診断の革命

◆FND診療の歴史と最新動向・・・園生雅弘
◆日本神経学会の機能性神経障害への新たな取り組み・・・下畑享良
◆Stone博士の講演から・・・神林隆道,Jon Stone,園生雅弘
◆陽性徴候によるFND診断・・・園生雅弘
◆FNDの精神科的側面と内受容感覚自己感への学術的発展・・・是木明宏
◆整形外科・脊椎外科におけるFND―心因性痛みと術後麻痺・・・竹下克志
◆機能性神経障害に対する内科的治療・・・渡辺宏久
◆FNDのリハビリテーション治療・・・関根 徹



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機能性運動失調の診かた

2024年03月20日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)の症候学の理解は非常に重要です.その理由として,①パンデミック以降,ワクチン接種後や感染後にFNDを呈する症例が顕著に増加したこと,②器質性神経疾患でもしばしばFNDを合併し,臨床像を複雑にしていることが少なからずあることが挙げられます.FNDは運動麻痺や感覚障害,運動異常症などさまざまな症候を呈します.器質性疾患の症候と異なる特徴的なパターンを示すため,その知識さえあれば,診察だけでかなりFNDの診断に迫ることができるようになります.

FNDのひとつ,機能性運動失調の頻度・特徴について検討した研究がParkinsonism Relat Disord誌に報告されました.FNDについてはいろいろ勉強しましたが,機能性運動失調の文献はほとんど眼にしたことがなく,興味深く読みました.サンパウロ連邦大学の運動失調症部門に,2008年から2022年まで入院した1350人のうち,機能性運動失調と診断された患者を検討しました.頻度は13名(1%)と少なく,全例女性,年齢は34.8歳でした.6名(46.2%)が精神疾患を合併し,7名(53.8%)に誘因を認めました.症候学的には,歩行におけるstride(連続する二歩の合計の長さ)とbase(歩行時の足の配置の幅)がばらばら(100%),"ハァハァ息を切らして歩く(huffing and puffing)"(30.7%),膝がガクッとなる歩行(knee buckling)(30.7%),ムダな動きの多い非効率的な姿勢(uneconomic posture)(38.5%),綱渡り歩行(23%),震える歩行(trembling gait)(15.4%)を認めました.さらに引きずり歩行(dragging gait)やUターン時のすくみ足,過剰な遅い動き(excessive slowness),動きの漸増・漸減(waxing and waning)もみられました.驚くべきことに,転倒は1例も認めませんでした.予後はさまざまでしたが,53.8%は治療を受けていないにもかかわらず,完全または部分的に回復しました.

以上,機能性運動失調はまれであること,そしてその特徴的な症候が分かりました.診断については他のFNDと同様,どれか1つの症候から診断するのではなく,複数の所見を見出す努力をし,問診も含めて総合的に判断することが大切です.
Corazza LA, et al. Functional ataxia in a specialized ataxia center. Parkinsonism Relat Disord. 2024 Mar;120:106006.(doi.org/10.1016/j.parkreldis.2024.106006)



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機能性神経障害は高率に慢性疼痛を伴い,複合性局所疼痛症候群(CRPS)まで呈しうる

2024年03月01日 | 機能性神経障害
機能性神経障害(functional neurological disorders; FND)では痛みをしばしば合併することが知られています.しかし,その特徴を調べた研究はほとんどありません.英国から,成人のFND患者における慢性疼痛,もしくは慢性疼痛患者におけるFNDについての検討した系統的レビュー/メタ解析が報告されました.

715件の論文がスクリーニングされ,64件が解析されました.8件の症例対照研究(計3476人の患者を含む)では,FND群では,他の神経疾患(てんかんや多発性硬化症など)による対照群と比較して,疼痛の合併頻度が高いことが分かりました.30のコホートのランダム効果モデルにより,FND患者4272人の推定55%が疼痛を合併していました.さらに患者の22%が複合性局所疼痛症候群(CRPS),16%が過敏性腸症候群,10%が線維筋痛症と診断されたと推定されました.

一方,慢性疼痛患者361人におけるFNDの合併に関して検討した研究が5件同定されました.地域の慢性疼痛サービスに通う190人の患者の17%にFNDを認めたとの報告もありました.注目すべきは,疼痛を合併する場合,FNDNの予後は不良で,かつ精神療法や理学療法などのFNDに対するほとんどの介入は他の症状を改善しても,痛みを改善しなかったことです.以上の結果は,FND患者のメカニズム,分類基準,治療や臨床試験において,疼痛を考慮すべきであることを示唆しています.

本研究で最も驚いたのは「FNDはCRPSと診断されうる」ということではないかと思います.論文の共著者で,FND研究のリーダーであるJon Stone先生はTwitterで「CRPSとFNDは和解の時だ.これは,CRPS(またはFND)がすべて「精神的」なものだと言っているのではない.FNDとCRPSの生物学的特徴は重なり合っている.一方を理解することは,他方を理解することにつながる」と述べています.
Steinruecke M, et al. Pain and functional neurological disorder: a systematic review and meta-analysis. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2024 Feb 21:jnnp-2023-332810. doi: 10.1136/jnnp-2023-332810.




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