Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ハンチントンが150年前に記載した舞踏病論文を読み感動する

2022年07月31日 | 舞踏病
George Huntington(1850–1916)は,彼の名前を冠した疾患,すなわちハンチントン病の臨床像を論文に記載したアメリカの医師です(Huntington G. On chorea. Med Surg Rep 1872;26:317-321).その論文が執筆されて今年はちょうど150年になります.初めて読んでみました.



内容を要約すると,まず舞踏運動の症候について詳細に,また見事に記載しています.つぎに小児における舞踏運動(シデナム舞踏病)の特徴と原因,舞踏病の剖検所見と責任病巣(小脳が指摘されているが機序は不明と記載),舞踏運動を起こすさまざまな原因,そして治療(瀉下薬,強壮剤,鍼灸,原因の除去等)について記載しています.最後にロングアイランドにのみ存在する遺伝性舞踏病に関して述べています.3つの特徴として,①遺伝性であること,②心神喪失と自殺の傾向があること,③成人してから重大な病気として現れることが記載されています.印象深いのは「この病気の種が存在することが知られている人々の間では,この病気は一種の恐怖とともに語られ,『あの病気』として言及されるときには,切実な必要性以外にまったく触れられない」と記載していることです.150年前から家族の負担の大きさを理解し,重要視していたことが窺えます.

Mov Disord誌にこの論文の解説とハンチントン病研究の歴史を紹介する論文が発表されています.これによるとHuntingtonはハンチントン病の患者を8歳の頃から,医師である父親の回診に同行して観察していたそうです.そして「それ以来,この病気に対する私の興味は完全に絶えることがなかった」というHuntingtonの言葉が紹介されています.私も初めてこの疾患の患者さんの主治医になったときのことは忘れられませんので,子供であったHuntingtonの受けた衝撃は想像に難くありません.

またこの解説論文で初めて知りましたが,Huntingtonがハンチントン病を最初に記載したわけではなく,すでに複数の論文報告があったのだそうです.しかしなぜ彼の名を冠した病名がついたかというと,19世紀末になり専門医の間で舞踏病について多くの議論がなされ,そのなかで私の敬愛するウィリアム・オスラー卿が論文「On Chorea and Choreiform Affections」を1894年に発表し,そのなかで用いた「ハンチントン舞踏病」という病名が急速に広まったそうです.神経学の大家であるオスラー卿は「医学の歴史において,ある病気がこれほど正確に,これほど図式的に,これほど簡潔に説明された例はほとんどない」とHuntingtonの業績を称えています.最後にもう一つの驚きは,この論文はHuntingtonが生涯に発表したわずか3本の論文のうちの1本だったそうです.「On chorea」は以下に全文が掲載されています.ぜひご一読ください.

Huntington G. On chorea. George Huntington, M.D. J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 2003 Winter;15(1):109-12. (doi.org/10.1176/jnp.15.1.109)
Franklin GL, et al. "On Chorea": 150 Years of the Beginning of Hope. Mov Disord. 2022 Jun 10.(doi.org/10.1002/mds.29121)

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月30日)  

2022年07月30日 | COVID-19
今回のキーワードは,4回目のワクチン接種は3回接種と比較して症候性感染のリスクを37%減少させる,神経後遺症(neuro-PASC)は感染6ヶ月後の評価で記憶障害と集中力低下が多く,振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群も存在する,long COVIDの症状として脱毛と性機能障害も多い,嗅覚障害および味覚障害の回復の中央値は14.86日および12.37日である,SARS-CoV-2ウイルスは細胞膜ナノチューブを使って神経細胞間を拡散する,です.

米国神経学会のプレジデントOrly Avitzur先生がブログで「コロナ後遺症(PASC)は緊張型頭痛,片頭痛に次いで3番目に多い神経疾患(2475万人)となった」と述べており印象的でした.たしかにその通りで,日本でも神経症状を呈するlong COVID患者は急増すると思われます.COVID-19が重症者では高頻度に,軽症者でも一部に認知機能障害をもたらすことはほぼ確実です.今後,じわじわと社会への影響が現れてくるものと思います.世の中には「ウィズコロナ=共存やむなし」という考えもありますが,脳神経内科医の立場から見ると,神経向性(neurotropism)をもつこのウイルスはとても共存可能なものではないです.感染を減らす努力が必要だと思います.

◆4回目のワクチン接種は,3回接種と比較して症候性感染のリスクを37%減少させる.
イスラエルでは2021年8月にmRNAワクチンの3回目接種が開始された.その後急激に増加したオミクロン株に対抗するため,2022年1月に4回目のワクチン接種が開始された(免疫不全患者,医療従事者,60歳以上の高齢者に優先的に投与された).医療従事者608人を対象とする多施設共同前向き研究が行われ,ファイザーワクチンを3回ないし4回接種した人の比較が行われた.365人が3回,243人が4回の接種を受けた.90日の追跡期間において239人(39%)が感染し,そのうち165/365人(45%)が3回接種,74/243人(30%)が4回接種を受けていた.つまり4回接種は,3回接種と比較して,30日目で45%(ハザード比0.55,p=0.002)およびすべての追跡期間で37%(HR=0.63,p=0.003)感染率を有意に減少させた(図1).抗体価に関しては以下のことが分かった.
1) 3回目接種後の抗体価が低い者は有意に感染率が高くなる.
2) 4回目接種で,複数の変異株に対する抗体結合価と中和価が有意に上昇する.
3) 武漢株および変異株に対するベースラインのIgA値は,4回接種者の30日目の感染リスクと最も高い相関を示す.
4) 3回目接種後の抗体価が低い人は,4回目接種を受けても,症候性感染のリスクは高い.
medRxiv. July 17, 2022(doi.org/10.1101/2022.07.16.22277626)



◆neuro-PASCは感染6ヶ月後の評価で記憶障害と集中力低下が多く,振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群も存在する.
神経学的なCIVID-19後遺症(neuro-PASC)の特徴と経過を検討した研究が米国から報告された.2020年10月から2021年10月にかけて,感染後に神経症状を有する56名(女性69%,年齢50歳,29%は多発性硬化症などの神経疾患の既往あり)が登録され,うち27名が6ヶ月のフォローアップを完了した.感染の重症度は軽度(39.3%)または中等度(42.9%)が多かった.急性感染後の多い神経症状は,疲労(89.3%)と頭痛(80.4%)であった.6ヵ月後では,記憶障害(68.8%)と集中力低下(61.5%)が最も多くみられた(図2).6ヵ月後にneuro-PASCが消失したのは3分の1に過ぎなかったが,持続する症状は期間中に改善する傾向がみられた.モントリオール認知評価(MoCA)も6ヵ月後までには全体的に改善したが,26.3%の参加者のスコアは低下した.振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群(PASC-TAC)が7.1%の患者に認められた.
Ann Clin Transl Neurol. 2022 Jul;9(7):995-1010.(doi.org/10.1002/acn3.51578)



◆long COVIDの症状として脱毛と性機能障害も多い.
非入院感染患者(成人)におけるlong COVIDの症状と危険因子を検討した研究が,英国を拠点とするプライマリーケアデータベースを用いた後方視的コホート研究として報告された.感染が確認された成人48万6149人と,感染歴がない194万4580人が比較された.62の症状が12週間後の時点のlong COVID症状として認められた.最も大きな修正ハザード比(aHR),すなわち生じやすい症状は,嗅覚障害(6.49),脱毛(3.99),くしゃみ(2.77),射精障害(2.63),性欲低下(2.36)であった.危険因子には,女性,少数民族,社会経済的困窮,喫煙,肥満,さまざまな併存症が含まれていた.またリスクは,年齢が下がるにつれて増加した.
Nat Med. July 25, 2022.(doi.org/10.1038/s41591-022-01909-w)

◆嗅覚障害および味覚障害の回復の中央値は14.86日および12.37日である
COVID-19において嗅覚・味覚障害が持続する頻度,回復率,回復に関連する予後因子を明らかにすることを目的としたメタ解析が報告された.18件の研究(3699人の患者)が対象となった.持続性の自己報告による嗅覚障害および味覚障害は,それぞれ推定5.6%および4.4%の患者で生じていた.回復の中央値は嗅覚障害で14.86日,味覚障害で12.37日であった.嗅覚の回復は30日,60日,90日,180日の時点で,それぞれ74.1%,85.8%,90.0%および95.7%であった(図3).味覚の回復はそれぞれ78.8%,87.7%,90.3%,98.0%であった.女性は嗅覚障害(オッズ比0.52),味覚障害(0.31)とも男性より多く,機能障害が重症であること(0.48)や鼻閉が回復不良因子であった.
BMJ. 2022 Jul 27;378:e069503.(doi.org/10.1136/bmj-2021-069503)



◆SARS-CoV-2ウイルスは細胞膜ナノチューブを使って神経細胞間を拡散する
SARS-CoV-2ウイルスの感染の手段であるACE2は脳内で視床や脈絡叢を除きほとんど検出されない.このためどのようにして脳に到達し神経症状を引き起こすのかは不明である.フランス・パスツール研究所からの報告で,エンドサイトーシス経路による感染が生じないACE2を欠く神経細胞(SH-SY5Y細胞)と,ACE2を発現する上皮細胞(Vero E6細胞)を共培養すると,ACE2を欠くSH-SY5Y細胞にも感染しうることが分かった.細胞膜ナノチューブと呼ばれる細胞膜から突き出す長細い管を用いて,Vero E6細胞からウイルス粒子が拡散していた.細胞膜ナノチューブ内にはウイルスのタンパク質やRNA,さらにウイルスRNAを産生する二重膜小胞も確認された(図4).以上より,SARS-CoV-2ウイルスはACE2を持たない細胞には細胞膜ナノチューブを介した拡散により侵入することが示された.この現象はHIVなどの他のウイルスでも報告されている.実際にヒトの脳内でこの現象が生じているかは不明であるが,細胞膜ナノチューブの形成阻害が治療標的となる可能性がある.
Sci Adv. Jul 20, 2022(doi.org/10.1126/sciadv.abo017)





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アルツハイマー病研究の失われた16年? -揺らぐオリゴマー仮説-

2022年07月26日 | COVID-19
米サイエンス誌が,アルツハイマー病のアミロイドβオリゴマー仮説の根拠となった有名な論文「Lesné S, et al. A specific amyloid-beta protein assembly in the brain impairs memory. Nature. 2006;440(7082):352-7」が捏造されたものである可能性を指摘しています.少し歴史を紐解くと,まずアミロイドβ(Aβ)が線維化・凝集することで老人斑ができ,老人斑が引き金となって神経原線維変化が生じ,そのため神経細胞死が起きて認知症が発症するという説が提唱されました(アミロイド仮説;1992年).この仮説に基づいて,Aβの産生を抑えたり,除去したりする薬が数多く開発され,臨床試験が行われましたが,ことごとく失敗しました.これに対し,神経細胞死を起こすのはAβの線維状凝集体ではなく,その前にできる可溶性のオリゴマー(Aβが数個~数十個集まってできたもの)であるという「オリゴマー仮説」が2002年に提唱されました.今日ではAβだけでなく,タウでもαシヌクレインもオリゴマーが毒性を持つと考えられています.

さて上述の論文はこのオリゴマー仮説の決定的証拠となるAβのサブタイプ(Aβ*56)を発見し,それが直接,認知機能低下を引き起こしていることを示したもので,非常に大きな意味を持つものでした.しかしこのAβ*56の存在は,他の研究室ではほとんど示すこと(再現すること)ができませんでした.サイエンス誌の記事を読むと,この論文の第1著者のLesné S氏による複数の論文のデータに疑惑があるようです.上述の論文のWestern blotのバンドの捏造の方法についても詳しく書かれています(図右).



ノーベル賞受賞者でアルツハイマー病の専門家であるスタンフォード大学のThomas Südhof教授は「明白な損害はNIHの資金が無駄になったことと,研究者がこれらの結果を実験の出発点として使っているためにこれに続く研究が無駄になったことだ」と述べています.サイエンス誌もこの論文が捏造されたものだとした場合,オリゴマー仮説という神経変性疾患において重要と考えられている根本概念への疑念が生じること,臨床試験が科学的な基盤を失うこと,さらには科学に対する不信を招くことを憂慮しています.もちろんオリゴマー仮説を示唆するデータもあるため,この論文の捏造を持ってオリゴマー仮説が崩壊したというわけではありませんが,何れにせよ,今後非常に大きな議論を引き起こすものと思われます.

Piller C. Blots on a field? Science. 2022 Jul 22;377(6604):358-363.(doi.org/10.1126/science.add9993)



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Onuf-Mannen核の過去・現在・未来

2022年07月24日 | 医学と医療
1899年から1900年にかけてアメリカの神経学者Onufrowicz(1863-1928)は,第2仙髄を中心に存在し,一部,第1,3仙髄に伸びる小さな脊髄前角細胞群を見出しました(図1). Onufrowiczは第2仙髄前角の腹外側細胞群の一部とみなされていた小集団はこれに属するものではなく,独立したものと考え,group Xという名称を与えました.その後,解剖学的検討はなされたものの,その機能や疾患との関連は議論されることはなく時間が過ぎました.ちなみにOnufrowiczはロシア帝国生まれで,アメリカに移住する際に性をOnufと短縮したため,この細胞集団もOnuf核と呼ばれました.

そして1970年代になり,東京大学初代教授の豊倉康夫先生はALSにおいて有名な「陰性4徴候(眼球運動障害,感覚障害,膀胱直腸障害,褥瘡)」を提唱し,膀胱直腸障害を認めにくい点からOnuf核は再び注目されるようになります.1975年から1977年にかけて萬年徹先生(のちの東京大学第2代教授)らは,ALSでは前角細胞がほぼ完全に変性消失するのにOnuf核のみが残存していることを見出し,Onuf核が骨盤底筋の随意筋(外尿道および外肛門括約筋)を支配していると結論づけました(排尿,排便,オーガズム時の筋収縮に関与します;図2).さらに葛原茂樹先生らをはじめとする多くの研究者により行われた動物実験によりOnuf核の神経支配の問題が解決されました(図1).つまりOnuf核の機能的意義を解明したのは萬年先生や日本の神経学者の功績ということです.岩田誠先生が最近ご執筆された論文「骨盤括約筋支配ニューロンの局在 ―Onuf-Mannen’s nucleus―.自律神経59;172-177, 2022」には,豊倉先生が心不全に苦しんだ晩年に,お見舞いをされた岩田先生に,酸素テントの中からOnuf-Mannen’s nucleusというタイトルの論文を書くよう命じられたエピソードが書かれています.その約束は2011年に果たされました(Iwata M. Onuf-Mannen’s nucleus. JMAJ 54; 47-50, 2011).2つの論文を拝読して,Onuf-Mannen核と呼ぶべきものだと私も思いました.

その後,脊髄性筋萎縮症(SMA),脊髄球筋萎縮症(SBMA),デュシャンヌ型筋ジストロフィーでもこの細胞群は変性を免れるものの,パーキンソン病や多系統萎縮症では変性することが分かっています.これらのニューロンはなぜ疾患によって脆弱であったり,抵抗性を示したりするのか注目されます.近年の研究で,強いペプチド性のシナプス前入力があるなど自律神経に似た特徴を示していることや,脊髄運動ニューロンと比較して特定の遺伝子のアップ/ダウン制御があることが示されています.具体的にはマトリックスプロテアーゼ9はALSに罹患した脊髄運動ニューロンで高発現するのに対し,Onuf-Mannen 核のニューロンではその発現が見られないこと,逆にオステオポンチンはALSで発現が抑制され,Onuf-Mannen 核では発現が保たれることが報告されています.これらの研究は,神経変性に対する新しい治療法の開発につながる可能性があります.



Mannen T. Neuropathology. 2000 Sep;20 Suppl:S30-3.
Marcinowski F. J Neurol. 2019 Jan;266(1):281-282.
Schellino R, et al. Front Neuroanat. 2020 Sep 4;14:572013.

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認知症を予防して健康寿命を延ばすための年齢ごとの対策

2022年07月20日 | 認知症
健康寿命とはWHOが提唱したもので「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を指します.よって平均寿命と健康寿命の差は「健康ではない期間」を意味します.2019年において日本人では男性8.73年,女性12.06年でした.今後,我が国では2050年まで75歳以上の人口は増加し続けますし,現役の人口は2040年までに約1000万人以上減少します(2040年問題).医療費や介護費は増加するものの支える側は減り,さらに「健康ではない期間」が伸びると,もはや日本は国家として成り立たなくなります.健康寿命を延ばすことが極めて重要になります.


高齢者の疾患で,今後増加するものは,認知症,脳卒中,神経変性疾患(パーキンソン病など)といった脳の病気です.つまり脳神経内科医はこれら疾患の診療のみならず,これらをどのように予防し,健康寿命を延ばすか世の中に提言するという重大な役割があります.とくに科学的裏付けのある認知症予防についての啓発活動が求められます.しかし認知症は不均一な疾患であるため,そのリスク予測は年齢,性別,血管性危険因子,臓器障害(脳卒中,非脳卒中心血管障害,慢性腎不全,心房細動)などを考慮し,個人に合わせて行う必要があります.

最新のNeurology誌に重要な報告がなされています.認知症リスクにかかわる血管性危険因子を,年齢別に決定したという報告です.有名な疫学研究であるフラミンガム研究(Framingham Heart Study)の一環として行われた前方視的コホート研究です.

結論を述べると,ステップワイズモデルにて,55歳では収縮期血圧と糖尿病が65歳からの10年間の認知症発症リスク上昇と関連していました.とくに糖尿病によるリスク上昇は大きく,その後も依然,危険因子として認知症に関わります.よって血糖コントロールは認知症予防に極めて重要です.また降圧治療も,大血管・小血管疾患のリスクを減らすことで,認知機能を保護する効果が期待されます.

65歳では非脳卒中心血管障害,70歳と75歳では糖尿病と脳卒中,80歳では糖尿病,脳卒中,降圧剤を使用しないことが認知症の最も重要な血管危険因子でした.例えば70歳での脳卒中は,認知症の10年リスクを3.5倍以上増加させ,その関連は後年まで持続しました.脳卒中の既往は,70〜80歳における重要な危険因子であることが明らかになりました.また年齢が上がるにつれて,脳卒中に加え,心房細動,非脳卒中心血管障害といった血管系リスクの累積による末端臓器の障害が将来の認知症発症につながることも示されました.

このように医療者は年代ごとの危険因子を意識して,生活指導や治療を行い,各人に合った認知症予防を推進する必要があります.一般のひとも年代にあった認知症予防を心掛ける必要があります.
Neurology. 2022 May 18:10.1212/WNL.0000000000200521.
(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200521)





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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月17日)  

2022年07月17日 | COVID-19
今回のキーワードは,再感染では全死亡・入院・健康上の有害な転帰のリスクが増加する,long COVIDに対して高圧酸素療法が有効である,SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドは,in vitroで細胞傷害性アミロイドを形成する,血管内皮細胞における補体活性化,免疫複合体形成が神経障害のトリガーとなる,です.

第7波に入り,1日で11万人を超える感染が生じると,一定数,2回目以上の感染という人も含まれるものと思われます.集団免疫という言葉がさかんに使用され,一度感染すると死亡や入院のリスクは下がるというイメージがありますが,むしろ感染回数が増加するに連れて,死亡,入院,後遺症のいずれのリスクも上昇することが未査読論文で報告されました.過去に感染したことがある人こそ,再感染予防,とくに適切なタイミングでのワクチン接種を行う必要があると思われます.またlong COVIDに対する高圧酸素療法のランダム化比較試験の成功が報告されました.プロトコールも論文に記載されています.今後多数例で検証されると思いますが,非常に大きな進歩だと思います.SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドが細胞傷害性アミロイドを形成するというNature communication論文は,long COVIDで神経変性疾患と同じ病態が生じうるという意味で極めて衝撃的ですが,よく読むとin vitroのデータはなく,現時点でその意義は限定的だと思います.ただしもし脳内で生じることが証明された場合にはそのインパクトは計り知れないものになると思われます.

◆再感染では全死亡・入院・健康上の有害な転帰のリスクが増加する.
SARS-CoV-2ウイルスの初感染は,当然,急性期および急性期後の死亡や後遺症のリスクを上昇させる.しかし,再感染によりそれらのリスクがさらに上昇するのかは不明である.米国退役軍人のデータベースを用いて,初感染者(25万7427人),2回以上の再感染者(3万8926人),および非感染対照群(539万6855人)の3群を比較した未査読論文がワシントン大学から報告された.図1はSARS-CoV-2ウイルス再感染者と1回のみの感染者との比較である.全死亡,入院,少なくとも 1 つの後遺症,後遺症のリスク(ハザード比)と 6 ヵ月超過負担(1000人あたり)を臓器系別(心血管系障害,凝固・血液系障害,糖尿病,疲労,胃腸障害,腎障害,精神疾患,筋骨格障害,神経障害,呼吸器)にプロットすると,再感染者は,全死亡,入院,各臓器の健康有害事象のリスクをさらに高めた(図1).



このリスクの増加は,再感染前にワクチン未接種だった人,1回接種した人,2回以上接種した人でも認められた.非感染対照群と比較して,反復感染のリスクと超過負担は,感染回数が増えると段階的に増加した(図2).



以上より,再感染者は,感染歴があると抗体ができたと安心してよいわけではなく,むしろ再感染時の急性期および急性期後の全死亡,入院,および健康上の有害な転帰のリスクが増加することを認識する必要がある.再感染予防のための戦略が必要である.
Research Square. June 17, 2022.(doi.org/10.21203/rs.3.rs-1749502/v1)

◆long COVIDに対して高圧酸素療法が有効である.
イスラエルからlong COVID患者に対する高圧酸素療法(hyperbaric oxygen therapy; HBOT)の効果を検証したランダム化比較試験が報告された.HBOTは大気圧より高い圧で100%酸素を吸引し,細胞の酸素分圧を高めて溶存酸素量を増やし,組織の低酸素状態を改善する治療である.論文には酸素および圧感受性遺伝子発現を介して神経可塑性を高めるとも書かれている.日常臨床では,脳神経内科医は一酸化炭素中毒患者にしばしば行うが,ほかにガス壊疽,空気塞栓,突発性難聴等で適応がある.さて試験はブレインフォグや忘れやすさなどを訴える73人のlong COVID患者が参加した.週に5日の頻度で計40回のHBOT(通常圧の2倍で, 100%酸素を中断を挟んで90分間吸引)を受けたHBOT群37人,と偽治療(大気圧で21%濃度)を受けるプラセボ群36人に割り付けられた. 治療が終了する1~3週間後に効果を検討した.この結果,HBOT後,全般的認知機能,注意力,遂行機能に有意な改善が認められた.活力,睡眠,精神症状,痛みにも有意な改善がみられた(図3).臨床的な改善は,頭部MRIにおける認知および感情関連する領域(縁上回,左補足運動野,右島皮質,左前頭前野,右中前頭回)の灌流や微細構造の有意な改善と関連していた.副作用の発現率に両群で差はなかった.これらの結果は,HBOTが神経可塑性を誘導し,long COVIDに伴う認知,精神,疲労,睡眠および痛みの症状を改善しうることを示している.多数例での検証が待たれる.
Sci Rep 12, 11252 (2022)(doi.org/10.1038/s41598-022-15565-0)



◆SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドは,in vitroで細胞傷害性アミロイドを形成する.
細胞障害性のアミロイド形成はアルツハイマー病やパーキンソン病など,多くの神経変性疾患で認められる.Long COVIDの神経症状の分子メカニズムに,この細胞障害性のアミロイドが関与する可能性を検証した論文がオーストラリアから報告された.まず構造予測ソフトウェアから RNYIAQVD(ORF-6)とILLIIM配列(ORF-10)が疑わしいと考えた.そしてナノスケール画像,X線散乱,分子モデリング,キネティックアッセイにより,これらのペプチドの自己組織化構造がアミロイドであることを示した.さらに神経細胞生存アッセイを行い,これらを培地に混入すると,ORF-6は高度の,ORF-10は中等度のアポトーシスを誘導し,アルツハイマー病の毒性アミロイドとほぼ同等の効果を有することを示した(図4).以上より著者らはSARS-CoV-2ウイルスタンパク質の細胞毒性凝集体が,COVID-19の神経症状の引き金となると述べている.また著者らは,神経変性疾患は一般に進行が遅いため,もしこの現象が本当であれば,疫学的に明らかになるまで(すなわち神経変性疾患をきたすまで)時間がかかると述べている. → ただし,タンパク質の部分ペプチドがアミロイドを形成するという報告は少なからずある.問題はCOVID-19感染後にアミロイドが形成されることを示すin vivo(生体内)データが一つもないことで,現時点でこの論文の意義は限定的と思われる.しかしもしもそれが示された場合にはきわめて重大な問題になる.
Nat Commun 13, 3387 (2022)(doi.org/10.1038/s41467-022-30932-1)



◆血管内皮細胞における補体活性化,免疫複合体形成が神経障害のトリガーとなる.
COVID-19剖検脳を用いて神経病理学的変化を明らかにし,病態機序を検討した論文が,米国NIH-NINDSより報告された.パンデミック第一波で死亡した9例が対象となった.いずれも感染後短期間で死亡した成人で,一部は呼吸器への影響が少ない状態で突然死した.全例に,脳実質への血清蛋白の漏出にて評価される多巣性血管障害が認められた.この所見に加え,広範な内皮細胞の活性化を伴っていた.さらに血小板凝集と微小血栓が血管内腔に沿って内皮細胞に付着していた.内皮細胞と凝集血小板には,古典的補体系の活性化を伴う免疫複合体が確認された(図5上).血管周囲の細胞浸潤は,主にマクロファージと少量のCD8+ T細胞であった.CD4+ T細胞とCD20+ B細胞がまれに存在するのみであった.アストログリオーシスも血管周囲で顕著であった.後脳(小脳,橋)ではミクログリア結節を多く認め,局所的な神経細胞喪失と神経細胞貪食に関連していた.以上より,補体活性化と免疫複合体形成による内皮細胞障害が最初に生じ,ついで血管漏出,血小板凝集,神経炎症およびグリア細胞活性化が生じるものと考えられた(図5下).免疫複合体に対する治療法を検討する必要がある.
Neurovascular injury with complement activation and inflammation in COVID-19
Brain, awac151, July 5, 2022(doi.org/10.1093/brain/awac151)



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トピラマートとバルプロ酸は自閉症スペクトラム障害と知的障害のリスクを2~4倍高める

2022年07月13日 | てんかん
若い頃の話ですが,自閉症スペクトラム障害(ASD)の子供の育児に悩む母親から,私が抗てんかん薬を内服していたせいでしょうかと質問されたことがあります.当時そのようなエビデンスはなく,先天奇形のリスクが増加しない程度の内服量であり,またASDはおよそ100人に1人と稀ではないため,因果関係は考えにくいと答えました.ただ本当にそう言い切れるのかと疑問を感じた記憶が残っています.

今回,てんかんを有する女性に対して処方された抗てんかん薬が,児の神経発達障害を引き起こすかを検討した北欧のデータベース研究(SCAN-AED)が報告されました.てんかんを持つ母親から産まれた抗てんかん薬非暴露児21634人のうち,中央値8歳までにASDと診断されたのは1.5%,知的障害は0.8%でした(対照群の頻度).一方,トピラマートとバルプロ酸の単剤療法を受けた場合,ASDはそれぞれ4.3%と2.7%,知的障害は3.1%と2.4%と増加しました.トピラマート曝露後のASDと知的障害の調整ハザード比(aHR)はそれぞれ2.8と3.5,バルプロ酸曝露後は2.4と2.5でした.抗てんかん薬の使用量が多いほどaHRは高くなりました(例えばバルプロ酸は750 mgで分けるとaHR 2.27と5.64).レベチラセタム+カルバマゼピン,ラモトリギン+トピラマートの二剤併用療法も神経発達障害のリスク増加と関連しました(レベチラセタム+カルバマゼピン:8年累積発生率5.7%,aHR 3.46;ラモトリギン+トピラマート:同7.5%,2.35).レベチラセタムとラモトリギンの併用では,リスクの増加はなく,ラモトリギン,レベチラセタム,カルバマゼピン,オクスカルバゼピン,ガパペンチン,プレガバリン,クロナゼパム,フェノバルビタールの単独療法もリスク増加は認めませんでした.女性への抗てんかん薬の処方時,下図はとても重要になります.
以上より,トピラマートとバルプロ酸の単独療法,および一部の二剤併用療法は,児の神経発達障害のリスク上昇と関連することを認識する必要があります.
Association of Prenatal Exposure to Antiseizure Medication With Risk of Autism and Intellectual Disability.
Marte-Helene Bjørk, et al. JAMA Neurol. 2022;79(7):672-681. doi.org/10.1001/jamaneurol.2022.1269


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巨細胞性動脈炎の血管病変はFDG-PETで評価する

2022年07月10日 | その他
最近,巨細胞性動脈炎の血管病変のFDG-PETによる評価の有用性を示す論文が複数,目に付きました.まず基礎知識を整理すると,巨細胞性動脈炎(giant cell arteritis;GCA)は高齢者にみられる大型から中型の血管を侵す疾患です.大動脈とその分枝,頸動脈や椎骨動脈とその分枝に炎症がみられます.前者は大血管型(large vessel GCA:LV-GCA),後者は頭蓋型(cranial-GCA:C-GCA)と呼ばれ,両者がオーバーラップすることもあります.

C-GCAでは,頭痛,顎跛行(咀嚼後,痛みのため咀嚼や会話が困難になる症状)を呈し,側頭動脈の怒張・索状肥厚を認めます.虚血性視神経炎のため15~20%が失明に至るため,早期診断・早期治療が重要です.一方,LV-GCAでは,鎖骨下動脈病変では上肢痛,上肢跛行を,総腸骨動脈病変では下肢冷感,間欠性跛行を呈します.大動脈病変では,胸痛,背部痛を生じます.また不明熱,体重減少,炎症マーカーの上昇を認め,診断に有用ですが,これらを欠く場合の診断が従来,とくに困難でした.

画像診断では,超音波検査,MRI/MRA,FDG-PETが有用で,とくにFDG-PETはメタ解析でも高い感度(90%)と特異度(98%)が報告されています.保険適用にもなっています.ごく最近,FDG-PETが疾患活動性の評価や血管炎の局在判定(椎骨,大腿,膝窩動脈)にきわめて有効であった症例(1),および炎症マーカーは正常であったものの,C-GCAにより再発性脳梗塞を来した症例のFDG-PET所見(2)が報告されています.側頭動脈と椎骨動脈に異常所見を認め,免疫療法後改善しています.全身の血管の評価が可能で,確かに強力な診断,評価ツールになると思います.



1. Swart G, et al. Spinal Cord Presentation of Biopsy-Proven PET-Positive Giant Cell Arteritis. Neurology. 2022;98:982-983(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200749)
2. Koizumi N, et al. FDG-PET/CT of Giant Cell Arteritis with Normal Inflammatory Markers. Ann Neurol. 2022 Jun 6. doi.org/10.1002/ana.26428.



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月2日)  

2022年07月02日 | COVID-19
今回のキーワードは,オミクロン株では嗅覚障害の合併は少ない,オミクロン株はデルタ株よりlong COVIDが24~50%低いが感染者数が多いため罹患者は今後増加する,long COVID神経症状を認める患者では神経損傷や炎症マーカーの事前の上昇を認める,long COVID患者の血漿から,長ければ1年後までスパイク蛋白が検出される,VITT の既往がある患者がCOVID-19に感染しても再発はない,免疫介在性炎症性疾患患者における2週間のメトトレキサートの中断はワクチン接種後の抗体反応の増強につながる,です.

オミクロン株感染の特徴を過去の変異株と比較する研究が報告され,嗅覚障害やlong COVIDをきたす頻度が低いことが示されました.しかしオミクロン株では感染者が圧倒的に多いので,とくにlong COVID罹患者は今後必然的に増加するものと考えられます.そのlong COVIDの診断バイオマーカーとして,中枢神経傷害のバイオマーカーとして知られるGFAPや炎症性サイトカイン・ケモカイン(IL6,TNFα,MCP1)が見出され,さらに驚くべきことに感染から長ければ1年後までウイルススパイク蛋白が検出され(体内に留まる),これもバイオマーカーになるものと考えられます.関節リウマチ等に対して使用される免疫抑制剤メトトレキサートの2週間の中断は,ワクチン接種の際,検討すべきと思われます.

◆オミクロン株では嗅覚障害の合併は少ない.
嗅覚障害の出現には宿主の遺伝的背景,嗅上皮炎症,局所ACE2発現,嗅覚受容体のダウンレギュレーションの関与が指摘されているが,ウイルス側要因については不明である.ブラジルから軽症COVID-19患者の嗅覚障害について,ウイルス亜種ごとの後方視的な検討が報告された.2020年3月16日~12月22日がオリジナル株,2021年3月1日~6月30日がガンマ株,2021年8月2日~11月10日がデルタ株,2022年1月4日~3月28日がオミクロン株感染を主として認めた.軽症COVID-19患者6053名のうち,2650人が嗅覚障害を呈した.嗅覚障害の有病率は,オリジナル株期では52.6%,ガンマ株期では27.5%,デルタ株期では42.1%,オミクロン株期では5.8%であった.オリジナル株期と比較して,ガンマ株期(調整オッズ比0.48,P < .001)およびオミクロン株期(0.07,P < .001)で低かった.以上より,ウイルス株のタイプは嗅覚障害に影響する.
JAMA. June 24, 2022(doi.org/10.1001/jama.2022.11006)

◆オミクロン株はデルタ株よりlong COVIDが24~50%低いが感染者数が多いため罹患者は今後増加する.
英国においてオミクロン株とデルタ株感染におけるlong COVID(急性期後4週間以上経過してから新たな,または継続する症状があると定義)の相対確率を明らかにすることを目的とした症例対照研究が報告された.Zoe社が開発したスマホアプリの使用者から集めた情報を使用した.2021年6月1日~11月27をデルタ株期,2021年12月20日~2022年3月9日をオミクロン株期とした(期間内にオミクロン株ないしデルタ株が70%以上を占める).結果としてlong COVIDは,デルタ株期で10.8%(4469/41361人),オミクロン株期で4.5%(2501/56003人)で,オミクロン株で少なかった.ワクチンの接種時期を考慮するとオミクロン株ではデルタ株よりオッズ比で24~50%低い結果であった(図1).年齢を考慮してもオミクロン株では少なかった.しかし感染者がオミクロン株で圧倒的に多いことを考慮すると,long COVIDはオミクロン株期以降,必然的に増加する.
Lancet. June 18, 2022(doi.org/10.1016/S0140-6736(22)00941-2)



◆long COVID神経症状を認める患者では神経損傷や炎症マーカーの事前の上昇を認める.
中枢神経症状を呈するLong COVID(PASC)患者におけるバイオマーカー研究が米国から報告された.対象は感染後約4カ月において,自己申告で症状を認めた121名のlong COVID 患者である.うち52名が中枢神経症状あり,69名がなしであった.この中枢神経症状の有無で,血漿の神経学的損傷マーカー(GFAPとNfL)および免疫活性化マーカー(サイトカイン,ケモカイン)を比較した.結果としては,回復初期(感染から90日未満)には中枢神経症状あり群でGFAPの上昇を認めたが(平均比1.3倍,p = 0.02),NfLの上昇はなかった(平均比1.06倍,p = 0.54;図2).また回復後期(感染から90日以上)ではGFAP,NfLとも差はなかった.免疫活性化マーカーについては,中枢神経症状あり群で,IL6(回復初期に48%,回復後期に38%上昇),MCP1(回復初期に19%上昇),TNFα(回復初期に19%,回復後期に13%上昇)の上昇を認めたが,IFNgamma,IL10,IP10に差はなかった.GFAPとNfLは,回復初期にはいくつかの免疫活性化マーカーと相関を示したが,回復後期には弱まった.以上より感染後約4カ月の中枢神経症状は,それ以前の神経損傷や炎症マーカーと関連し,これらはバイオマーカーになる可能性がある.またいくつかの炎症経路がlong COVIDの発症に関与していると考えられ,治療標的になる可能性がある.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. June 14, 2022(doi.org/10.1212/NXI.0000000000200003)



◆long COVID患者の血漿から,長ければ1年後までスパイク蛋白が検出される.
COVID-19患者コホート63名(うちPASCが37人)から採取した血漿を分析し,循環ウイルス抗原と炎症マーカーを定量化したHarvardからの未査読論文が報告された.ウイルス抗原として,スパイク蛋白(S),S1蛋白(S1:スパイク蛋白のS1サブユニット),ヌクレオカプシドタンパク質(N)を測定した.PASC患者の多くは女性であった.驚くべきことに,SARS-CoV-2陽性診断から数ヶ月後でも,PASC患者のほぼ65%でS,S1,Nのいずれかが検出された(Sは60%で検出)(図3).PASC患者のうち,12人の患者で複数回抗原が検出され,抗原の持続的循環が示唆された.一方,long COVIDを免れた6人のCOVID-19患者では,COVID-19の診断後すぐに高いレベルの抗原を示したが,まもなく検出不可能なレベルまで減少した.以上より,long COVIDではCOVID-19の診断から12ヵ月後までウイルスのリザーバー(体内貯蔵庫)が持続的に存在すること,ならびにスパイク蛋白はPASCのバイオマーカーであることが示された.
medRxiv. June 16, 2022(doi.org/10.1101/2022.06.14.22276401)



◆VITT の既往がある患者がCOVID-19に感染しても再発はない.
ワクチン誘発性免疫性血小板減少症(VITT)は,ウイルスベクターワクチン(アストラゼネカおよびJ&J)による副反応である.VITTは血小板第4因子(PF4)とワクチンにより誘導されるスパイクタンパク質に対する免疫反応の交差反応によって生じるという懸念がある.つまりVITT生存者がその後,COVID-19を罹患した場合,PF4抗体が増加し,VITTを再発するおそれがある.ドイツからVITTの既往を持つ患者69人を検討した研究が報告された.24人はその後COVID-19ワクチンの接種を受けず,残りの45人はその後mRNAワクチンが接種された(31人は2回接種,14人は3回接種).69人のうち11人(16%)がCOVID-19に感染したが,いずれも症状は軽く,またmRNAワクチンを接種した患者ではウイルスベクターワクチンのみの患者より感染は少なかった(29%対9%,P=0.04).つまりVITTの既往のある患者に対して,mRNAワクチン接種を行うことが支持される.一方,感染2週間後の検討でPF4抗体濃度は感染前のサンプル値よりも低く,血小板減少症や血栓症を認めた患者もいなかった.以上よりスパイク蛋白とPF4に対する免疫反応は別個のものであることが示唆される.これらはVITTの既往を持つ患者におけるカウンセリングに役立つ情報となる.
New Engl J Med. June 27, 2022(doi.org/10.1056/NEJMc2206601)

◆免疫介在性炎症性疾患患者における2週間のメトトレキサートの中断はワクチン接種後の抗体反応の増強につながる.
免疫療法はCOVID-19ワクチン誘発免疫を抑制してしまう.英国26の病院から,免疫介在性炎症疾患患者(関節リウマチ,乾癬±関節炎,脊椎関節炎,アトピー性皮膚炎,リウマチ性多発筋痛症,SLE)において,ブースター接種直後の2週間のメトトレキサート(MTX)治療(週25mg以下)の中断が,中断しなかった場合と比較して抗体誘発を改善するかを検討した.MTX継続群127名とMTX中断群127名を比較した.女性61%,関節リウマチが130名(51%),乾癬±関節炎が86名(34%)であった.4週間後の幾何平均スパイク蛋白のS1受容体結合ドメイン(S1-RBD)抗体価は,MTX中断群で22750 U/mL,継続群で10798 U/mLで,幾何平均比は2.19(p<0.0001)であった(図4).この抗体反応の増加は,MTXの用量,投与経路,原疾患の種類,年齢,SARS-CoV-2感染歴等,いずれを考慮しても一貫して認められた.以上より,免炎症性疾患患者における2週間のMTXの中断はワクチン接種後の抗体反応の増強につながる.この介入は簡単で低コストであるため,ワクチン効果および防御期間の向上につながるものと考えられる → 日本でも関節リウマチ患者等において積極的に検討すべき.
Lancet Respir Med. 2022 Jun 27:S2213-2600(22)00186-2(doi.org/10.1016/S2213-2600(22)00186-2)



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