Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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第13回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2019)@東京場所

2019年07月28日 | パーキンソン病
標題の学会が7月25日から27日にかけて行われました.メインイベントは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションです.今年の15症例の一覧を記載します.

症例1.口蓋振戦の治療例
原因が不明で,内服治療が無効な両側口蓋振戦(ミオクローヌス)の複数例の報告.口蓋振戦はクリック音を来たし,患者はその音に苦痛を感じる.首の傾ける向きにより出現したり消失したりする.自然に治ることもある.心因の影響もありうる.治療をどうすべきか?
(回答)口蓋帆挙筋,口蓋帆張筋に対するボツリヌス注射が有効である.しかし嚥下障害のリスクがあるため,少量から開始し,頻度も最低限にする.

症例2.パーキンソン病に対する深部刺激療法刺激装置入れ替え後に改善した開眼失行
49歳に振戦にて発症したパーキンソン病女性.60歳で視床下核部刺激療法(STN-DBS)を行った.63歳時,パルスジェネレーターの電池切れで電池交換を行ったところ,開眼失行が出現したが,刺激をオフにすると改善した.開眼失行が生じた原因は?
(回答)刺激を低電圧から低電流に変えたこと,電極の位置が変わった可能性,刺激強度が強すぎた可能性,パルス幅が影響した可能性が指摘された.ただし本当に開眼失行なのか,局所性ジストニアや眼瞼痙攣ではないかという指摘もあった.

症例3.顕著な左右差のある小脳性運動失調症を呈した一例
岐阜大学からの症例.亜急性の経過で,顕著な左右差を認める四肢・体幹の小脳性運動失調を呈した51歳女性.既知の自己抗体はすべて陰性であった.
(診断)ラット脳スライスで小脳分子層を認識する抗体の存在を確認し,cell-based assayで抗原を同定した.代謝型グルタミン酸受容体に対する自己抗体(抗mGluR1抗体)であった(写真).自己免疫性小脳失調症と診断し,免疫療法にて改善を認めた.

症例4.両足MMF症候群と歩行障害を呈した一例

55歳で振戦と右手の使いにくさが出現し,パーキンソン病と診断された女性.58歳で歩行障害と転倒,さらに複視が出現した.61歳ときに入院.wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplaegia (WEBINO症候群;交代性外斜視をともなう両側性の核間性外眼筋麻痺,橋被蓋部や中脳の病変で生じる)を認めた.カンプトコルミアも認められた.
(診断)進行性核上性麻痺(PSP).PSPにWEBINO症候群を合併した症例報告は3例あるとのこと.

症例5.ジストニアやミオクローヌスなどの片側の不随意運動を認めた89歳女性例

急性発症し,4日間の経過でさまざまな左手の不随意運動が増悪した89歳女性.ジストニア,ミオクローヌス,そしてヘミバリズムを呈した.既往歴に糖尿病を認め,このとき血糖値593 mg/dL,HbA1c 12.9%であった.T1強調画像で高信号病変なし.
(診断)高血糖性ヘミバリズム

症例6.小児期に発症し,歩行障害・書字障害が緩徐に進行した18歳女性

4歳から走ると転倒.以後,歩行障害と書字困難(ミオクローヌスに伴う)が増悪した.15歳で病院受診,症候的にはジストニアとミオクローヌス.日内変動なし.DATスキャンは正常.家族歴もなし.
(診断)DYT11.常染色体優性遺伝.SGCE(イプシロンサルコグリカン)遺伝子変異.臨床症状はミオクローヌスとジストニアが主要症状.軽症では本態性ミオクローヌスとなる.ミオクローヌスが主症状で動作を阻害する.上肢と体幹筋に多く,大半はアルコールで改善する.治療ではレボドパは無効,クロナゼパム,バルプロ酸はやや有効,アルコールは著効.

症例7.突然あるけなる男児と,激しく首を振る女児~同じ遺伝子の変異による異なる病型~

2症例の報告.1例目は6歳男児で,一過性に出現する小脳性運動失調で小脳萎縮あり.2例目は2歳女児で,乳児早期から追視時の激しい首振り=頭部の衝動性回転(head thrust)を認めた.head thrustは眼球運動失行を補正するため代償性に認められる.
(診断)両者ともCACNA1A遺伝子変異.1例目はEpisodic ataxia 2(EA2).2例目は眼球運動失行+先天性失調症で,既報に当てはまらない表現型.他には家族生片麻痺生片頭痛(FHM1)やSCA6を呈しうる.

症例8.下唇のやや律動的な偏位の一例
左右に規則的に下唇が偏位する63歳女性.口を開けると増強し,会話で消失する.首を触ると軽減する.会話は可能.Distractionの手技で消失し,Entrainmentの手技で追視させると,目の動きに合わせて同じ方向に下唇が動く.
(診断)機能性下唇ジストニア

症例9.急速に認知機能が低下したパーキンソニズムの一例

41歳時に右手の振戦にて発症した46歳男性.42歳で歩行障害,転倒.45歳で睡眠障害とpundingが出現.家族歴あり.症候的には右ジスキネジアと姿勢保持障害も認める.
(診断)FTDP-17(MAPT遺伝子変異).これは1996年に遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称で,原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため名称に17がついた.しかし,この名称は歴史的な役割が終えたものと考えられている.詳しくは下記ブログを参照.R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

症例10.緩徐進行性のChoreoathetosisに対しGPi-DBSが奏効した17歳女性例
3歳から左上肢のジストニア+ジスキネジア.以後,L-DOPAなど様々な薬物療法が行われたが効果なし.16歳で両側上肢にChoreoathetosisが出現,17歳でジスキネジアの増悪.左下肢ジストニアに伴う関節拘縮.頭部MRIは異常なし.SPECTでは基底核と小脳の血流低下.テトラベナジンが有効.
(診断)GNAO1変異.GNAO1 は3量体Gタンパク質のαサブユニット (Gαo )をコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.小児の難治性てんかんの原因遺伝子として同定された.第11回大会でも同遺伝子変異例が出題されている.
★重度の知的障害及び運動発達遅滞を伴う難治性てんかんの16歳女性と14歳男性
1例目は生後56日で難治性てんかんを発症,1歳4ヶ月で全身性不随意運動(激しいバリスム様).14歳右淡蒼球凝固術.重症の精神運動発達遅延を呈する.2例目(1例とは無関係)は,乳児期より精神運動発達遅延と筋トーヌス低下(坐位を保てず,立位はできても体幹が前屈する).7歳上肢の肢位異常,9歳で嚥下障害.てんかんなし.いずれの症例も頭部MRIでは異常なし.両者は表現型は異なるが,同じ疾患であることがエクソーム解析の結果判明している.

症例11.両下肢の震えを主訴に来院した男性

仕事中,起立時に両下肢の震えが出現した59歳男性.前屈位,後屈位で増強する.頭部MRI,DATスキャンともに正常.MIBG心筋シンチ正常.表面筋電図では7Hzの大きな筋放電の繰り返しと13~14Hzの小さな繰り返しがある.安静で消失.
(診断)Primary orthostatic tremor.Primaryは現時点では基礎疾患がないという意味で用いられている.介護職で立ち仕事で,これが動作特異性(task-specofic)に誘因になったかもしれないという議論があった.

症例12.外傷後に右下肢の不随意運動をきたした35歳女性

35歳のエアロビクスのインストラクターが,右足外傷後に,同部位の多彩なパターンを示す不随意運動(ジスキネジア)を呈した.リラックスすると振幅は増大し,足首を背屈させると軽減する.Distractionなし.
(診断)機能性不随意運動ないしperipherally induced movement disorder.後者は脳神経や末梢神経,神経節への外傷を契機に出現する不随意運動.文献を参照.

症例13.腹部に不随意運動を生じた低カルシウム血症の一例
82歳男性で,多発性骨髄種に対しdenosumabによる治療が行われた.副作用である低カルシウム血症が生じたが,同時期より腹部に非律動的なミオクローヌスが出現した.FAB 9点と前頭葉機能低下があり,頭部MRIで白質変化が認められた.
(診断)Eplepsia partialis continua (EPC),皮質性ミオクローヌス.

症例14.亜急性にパーキンソニズムとPisa症状をきたした66歳女性
右優位の運動緩慢と小歩症,姿勢保持障害に加え,MCIを呈した.DATスキャン取り込み低下なし. SPECTで左側頭葉から頭頂葉にかけての血流低下.頭部MRIでは左側頭葉におけるT2*で多発microbleedsを認める.
(診断)脳アミロイドアンギオパチー関連白質脳症(CAA-related inflammation;CAAri).ステロイドパルス療法で,運動緩慢と歩行障害が改善した.CAAriでパーキンソニズムをきたした報告は過去に2症例あり.皮質病変でパーキンソニズムをできたしたという報告もある.

症例15.四肢,顔面の不随意運動と中枢性肺胞低換気を呈する家族性運動失調性の一例

41歳で網膜色素変性症の既往.姉も類症.歩行障害,開鼻声(声が鼻に抜ける)が緩徐に進行.四肢・体幹の失調,錐体路徴候,抑うつ,感音性難聴,低身長,中枢性睡眠時無呼吸(AHI 78.4/h),夜間に増悪する肺胞低換気を認めた.
(診断)ATAD3A遺伝子変異の疑い.ATPase family, AAA domain-containing, member 3A (ATAD3A).この遺伝子はミトコンドリア膜タンパクをコードしている.遺伝形式は常染色体優性.既報ではHAREL-YOON症候群(精神運動発達遅滞,知的障害,発語障害,摂取障害,睡眠障害等)が報告されている.




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神経疾患患者さんに対する緩和ケアとは一体,何なのか?

2019年07月27日 | 医学と医療
日本人神経難病患者のスイスにおける自殺幇助による死の報道は患者,家族に衝撃をもたらした.予想されたことだが,NHKでの番組放送後,日本からスイスの自殺幇助団体に対する問い合わせが急増しているという.同時にこの出来事は医療者に「プロフェッショナルとして,神経疾患に対する緩和ケアができているのか?」という問題を突きつけることになった.そもそも神経疾患に対する緩和ケアとは何なのか?例えば本邦でも定着しているがんに対する緩和ケアと何が違い,どのようなスキルや教育が求められるのだろうか? 以下,まとめてみたい.

【神経疾患の緩和ケアはがんと大きく異なる】

神経疾患の緩和ケアはがんと異なる難しさがある.要点を列挙したい.
・ がんの緩和ケアが「疼痛緩和」が中心であるのに対し,神経疾患では「呼吸困難(呼吸苦)と嚥下障害への対処」がもっとも重要になる.
・ 神経疾患では,認知機能低下・運動障害により,医療者が患者の苦痛症状を理解できないことがある.同様の理由で,患者による治療に関する意思決定も難しい.つまり神経疾患の緩和ケアでは患者,家族の苦痛や考えを医療者が理解することが重要となる.
・ 日本では緩和ケア専門医が,ALSをはじめとする神経疾患の緩和ケアを行える状況になっていない.脳神経内科医と緩和ケア専門医の協働を進める必要がある.

【神経疾患の緩和ケアのスキルとはなにか?】

近年の2つの総説を紹介したい.1つめは米国Mayo ClinicのRobinsonらによるもので,以下の5つのスキルを提示している(Mayo Clin Proc. 2017;92:1592-1601).
1.適切に予後を伝える
2.患者さんの考えをよく拝聴し,正確に引き出す
3.慎重にshared decision makingを行う
4.全人格的な痛みを理解し対応する
5.終末期の緩和ケアを行う

2つめ,米国ワシントン大学のCreutzfeldtらによるもので,以下の5つ提示している(Neurol Clin Pract. 2016;6:40-48).
1. 病初期より診断・治療の告知,方針の決定をし,信頼関係を築く
2. 症状のマネジメントを行う
3. 患者の考えに寄り添った治療を行うこと
4. 終末期ケアとしてのホスピスを導入すること
5. 多職種でアプローチすること
以下,上記のなかで重要なポイントを4つ解説する.

A. 緩和ケアは診断後早期から,全人的な痛みに対して開始する

診断後早期からの緩和ケアは,肺がんにおけるランダム化比較試験において,自覚症状,QOL,advanced care planning(ACP),そして生存期間を改善することが報告されている.これを踏まえ,米国がん学会は診断時から質の高い緩和ケアを提供することを推奨している.このエビデンスをもとに,神経疾患でも,診断後早期からの緩和ケアが有効であろうと推測されている.
 また緩和ケアは「身体的な痛み」のみでなく,「知的な痛み」「社会的な痛み」,「心理的な痛み」,「スピリチュアルな痛み」も対象とするため,これらが生じる診断時から緩和ケアを開始すべきである.一般に「緩和ケア=ホスピスケア」と勘違いされやすいが,ホスピスケアは緩和ケアの一部であり,本当の緩和ケアは診断後早期から行うべきものである.

B. 適切に予後を伝えるスキルをマスターする
病名告知,および予想される機能障害や生命予後に関する真実告知は,緩和ケアの重要なスキルである.これには以下の5つが必要である.
1)予後に関する既報の文献を正しく理解する
2)その情報に基づきに個々の患者の予後を推測する
3)患者,家族がすでに知っていること,聞いたこと,理解していることを把握する
4)通常,最善,最悪のケースを提示する
5)患者・家族の理解度を評価する

神経疾患の予後予測はがんと比較して困難で,しばしば「不確かさ」を伴う.例えば疾患重症度スケールを用いて丹念に評価しても,必ずしも患者・家族のQOLや苦痛を理解できるわけではない.しかし「不確か」ではあるものの,予測される機能障害や生命予後を説明することは,患者が治療,生活環境,ケアのゴールを決めるために不可欠である.正しく分かりやすく選択肢を伝えなければ決めることができない.「通常,最善,最悪のケースを提示する」ことである程度「不確かさ」を克服できる.具体的に考えられるようになると,患者・家族は先が見えない不安を軽減できる.

C. shared decision making(SDM)をマスターする
インフォームドコンセント(IC)は,医療者が勧める治療に対し,適切な情報開示の上でなされる患者の自発的な受託である.ただこれは状況によっては,医療者が最善と考える(好む)選択肢を患者に同意させ,それが後で法的に問題視されないように証拠書類を残す作業になりかねない.これに対し,SDMでは患者と医療者が解決策を協力して見出そうとする点で,医療者が主導するICと大きく異なる.つまりSDMは患者自身,そして医療者自身も,どうしたら良いか本当に分かっていないときに,協力して解決策を探す取り組みと言える(中山建夫.2017).医療者には(1)その状況で使用できるエビデンスを適切に入手するスキル,(2)患者・家族の考え,つまりその人となり,価値観,求めるゴールをよく拝聴して適切に引き出す能力の2つが求められる.

D. 終末期の緩和ケアを行う
ホスピス(終末期緩和ケアを行う施設)でのケアは,米国の保険制度では,生存期間が6ヶ月以内と予測される患者に対して提供される.一方日本では,神経疾患に関するホスピスケアは一般的ではない.その背景は,WHO(2002)はすべての疾患が緩和ケアの対象となると言っているものの,日本ではがんとエイズにのみ行われ,2016年にようやく循環器疾患(ただし脳卒中は含まれていない)が保険診療上の対象となったものの,依然,神経疾患は対象として認められていないことがある.このため本邦では神経疾患患者のホスピス入所はほとんど行われていない.しかしもし導入できれば,在宅療養を行ってきた患者の終末期緩和ケアを最適化できる可能性がある.またホスピスケアでは,今後,生命維持治療の差し控え,緩和的鎮静,意図的な食事中止,自殺幇助といった臨床倫理的に難しい問題を議論することになる.

【神経緩和ケア教育について】
緩和ケアにおいて死の問題は避けて通れない.このため死の教育が必要となる.しかし現在の多くの医学部では患者を生かす方法は教えるが,看取る方法についてはほとんど教えない.先日,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)が講演で仰っていたが,例えば在宅でのモニターがないような状況で,死の宣告をどうしたら良いかさえ多くの医師は分からない状況である.また症状のマネジメント,具体的には呼吸苦に対するオピオイド使用や,痛みに対する鎮痛剤の使用,嚥下障害への対応など,具体的な苦痛の緩和に対する治療法に関する教育も必要である.加えて意思決定支援についての教育も必要である.

以上にように神経疾患に対する緩和ケアの概念の理解,スキルの習得,そして教育は重要な課題であり,真摯に取り組む必要がある.

中山建夫.これから始める!シェアード・ディシジョンメイキング.新しい医療のコミュニケーション(日本維持新報2017)





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進行性核上性麻痺(PSP)の診断基準 ―MAXルール―

2019年07月20日 | その他の変性疾患
神経変性疾患研究班のワークショップが行われ,「進行性核上性麻痺の診断基準,臨床試験の状況」という講演をさせていただきました.そのなかで,とても複雑な診断基準であるMDS PSP diagnostic criteriaの使い方と解釈の仕方について説明しました.感度・特異度から考える診断基準の限界,MAX ruleによる病型の決定法を知っておく必要があります.スライドをご覧ください.



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精神科の視点から学ぶ頭痛診療のBest practice@HMSJ2019

2019年07月14日 | 頭痛や痛み
日本頭痛学会が主催したHeadache Master School Japanが2019年7月14日,仙台で開催された.本会は頭痛診療の地域格差の解消を目指し,2014年より年2回開催され,今回で10回目となる.松森保彦先生(仙台頭痛脳神経クリニック院長)が委員長を務めたが,教育的,かつ魅力的なプログラムで,非常に勉強になった.個人的に興味深く拝聴したのは,東北医科薬科大学精神科山田和男病院教授による標題のご講演であった.精神疾患を背景にもつ頭痛患者さんの診断や治療に難しさを感じていたため参考になった.以下にご講演内容をまとめたい.

【精神疾患を背景にする頭痛の3タイプ】
精神疾患を背景にする頭痛には,国際頭痛分類第3版(ICHD-3)の本文に記載のある精神疾患,ICHD-3の付録にある精神疾患,ICHD-3の付録にすら記載されていない精神疾患に関連した頭痛の3つに分類できる.以下,順に提示する.

① ICHD-3の本文に記載のある精神疾患
ここには「身体化障害」と「精神病性障害による頭痛」の2つが含まれる.
A. 身体化障害
身体化障害は,30歳以前に発症する「身体表現性障害」の一つであり,圧倒的に女性に多い.さまざまな症状を呈し,そのなかに頭痛が含まれる.多くの診療科を受審し,ドクターショッピング状態になる.また以下の特徴がある.
・パーソナルティ障害(境界性パーソナルティ障害)を高率に合併する
・薬剤(ベンゾジアゼピン系,鎮痛剤)の乱用や依存が生じやすい(よって依存性のある薬剤は使用すべきではない)
・うつ病などの精神疾患を合併する
・予後が不良で,認知行動療法や集団精神療法は有効であるが,薬物療法が有効であるというエビデンスはない.

ちなみに「身体化障害」はDSM-Ⅳ-TRにおける病名だが,DSM-5では廃止された.そのDSM-5には「身体症状症」という病名があるが,他の病態も含み,疾患概念も異なる.「身体症状症」は身体疾患があっても診断して良いという点で明確に異なる.

B.精神病性障害による頭痛
「妄想」の1つとしての頭痛を呈する.代表的な疾患は「妄想性障害(身体型)」と「統合失調症」である.この診断に重要なのは「頭痛が妄想であること」を見抜くことである.統合失調症であれば比較的容易だが,「妄想性障害(身体型)」では容易ではないことがある,例えば「脳の血管が切れて頭が痛い」といった表現をする.診断後は,非定型抗精神薬で治療するが,本人の病識が欠如しているため,内服アドヒアランスが不良で,治療に難渋することが多い.

② ICHD-3付録にある精神疾患
「うつ病による頭痛」がこれに該当する.①のICHD-3の本文に記載のある精神疾患より,障害有病率が高く,臨床的に問題になることが少なくない.

A. うつ病による頭痛
頻度が高い.「うつ病」ないし「持続性うつ状態(軽い抑うつが2年以上)」を背景に認める.もともと一次性頭痛を有している患者にうつ病が合併した場合,頭痛はより増悪する.教科書的に有名なうつ病の症状である食欲不振や不眠は 8割程度に見られるが,頭痛はさらに多く 9割の患者に認める症状である.
ちなみにうつは生涯罹患率6%と頻度の高い疾患で,女性に多く(1:2),40-60歳代に多い.その半数強は再発性であるため,一度寛解しても注意が必要である.約15%が自殺を図り,自殺は男性が多いことも知っておく必要がある.

③ ICHD-3付録にすら記載されていない精神疾患
A. 双極性障害による頭痛

双極性障害の発症年齢はうつ病より若く,遺伝的要素が強い.生涯自殺率はうつ病より高い.以下の2種類がある.

A-1.双極Ⅰ型障害
少なくとも1回以上の躁病エピソードがある.うつ病相のみ見ているとうつ病と鑑別は困難である.家族歴を認める.
A-2.双極Ⅱ型障害
少なくとも1回以上の軽躁病エピソードと,少なくとも1回以上の軽躁病エピソードがある.

問診にて抑うつの有無を確認する必要がある.具体的には以下の手順で行う.
頭痛持ちでなかった患者に出現した頭痛 → 精神科疾患以外の二次性頭痛の除外・一次性頭痛の除外 → 抑うつエピソードのスクリーニング(うつ病,双極性障害)

抑うつエピソードのスクリーニングには「2質問法」に,もう1つ質問を追加する形で行うと良い.

2質問法:以下の質問のうち,1つを満たす
(1)この1カ月間,気分が沈んだり,ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか?
(2)この1カ月間,どうも物事に対して興味がわかない,あるいはこころから楽しめない感じがよくありましたか?
うつ病の割合が5%の集団における感度96%,特異度57%,PPV(陽性反応予測値)11%.つまりいずれか1つが陽性である場合,うつ病である可能性が高いが高いが,特異度がかなり低い.このため,さらにもうひとつ質問を追加する.
(3)現在,それらに対して,助けが必要ですか?
これにより,感度はそのままに特異度が上がる.

また双極性障害に伴う頭痛の予防には,アミトリプチリンは使用しない(双極性障害に対する三環系抗うつ薬は躁転が多くなるというデータがあるため).

【片頭痛とさまざまな精神疾患は共存(Comorbidity)する】
片頭痛とさまざまな精神疾患の共存率は高い.片頭痛における精神疾患の共存については,うつ病に関してもっとも研究されており,6つの既報はいずれもオッズ比が約3である.反復性のうつ病では,前兆を伴わない片頭痛でオッズ比3.7,前兆を伴う片頭痛で5.6という報告がある.また不安症やパニック症患者においても片頭痛併存率は高い(後者では61.1%という報告がある).これらの症例では,片頭痛のみならず,共存する精神疾患の治療も必要となる.

【薬剤の使用過多による頭痛:medication overuse headache(MOH)と精神疾患】
うつ病,パニック症,双極性障害といった精神疾患患者ではMOH(とくに難治例)の併存リスクが高い.両者の併存で,患者のQOLが相乗的に低下する.MOHの難治例には境界性パーソナリティ障害の患者が多い.逆に難治のMOHをみたら,背景に何らかの精神疾患や境界性パーソナリティ障害がある可能性を考える.境界性パーソナリティ障害の特徴としては,感情不安定,衝動性,かんしゃく,自傷行為,過量服薬,頻回の救急受診がある.

【まとめ】
片頭痛と精神疾患は互いに親和性が高い.とくにうつ病や双極性障害において,頭痛はよく見られる症状であることを認識する必要がある.また片頭痛患者ではうつ病や双極性障害などのさまざまな精神疾患の共存を認める.難治例のMOHでは背景に精神疾患や境界性パーソナリティ障害がある可能性を疑う.結論として,頭痛診療において,精神疾患の見落としに気をつける必要がある.





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「飛行機・新幹線内での医療」を企画しました

2019年07月13日 | 医学と医療
週刊「医学のあゆみ」誌の特集を企画しました.私は飛行機や新幹線に乗る機会が多いためか,何度も「医療従事者の方はいらっしゃいますか?」コールに遭遇しています.このため,こんな本があれば良いのに・・・と思い,ついに実現しました.同僚に見てもらいましたがとても好評です.以下,目次と私の序文へのリンクです.ぜひご覧ください.きっと役に立つと思いますし,各原稿が驚きの連続でとても面白いです.

【目次】
■高度1万メートルのドクターコール──乗客医師による医療支援……大越裕文
■航空機と神経疾患……下畑享良
■飛行機頭痛……根来清
■航空機と呼吸器疾患……荒野直子
■空路による海外渡航における循環器疾患患者への対応……舟橋紗耶華・永井利幸
■航空性中耳炎と耳管機能……松野栄雄
■新幹線乗車時に起こりうる症状・疾病──新幹線頭痛を含めて……伊藤泰広
■航空機内での医療をめぐる法律問題……橋本雄太郎
■航空機内における医療支援体制――ドクターコール:高度1万メートルでの急病人発生……錦野義宗

【序文へのリンク】

【Amazonへのリンク】
医学のあゆみ 飛行機・新幹線内での医療-医療従事者の方はいらっしゃいますか? 270巻2号[雑誌]





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神経疾患と臨床倫理(告知と支援)@日本神経学会サマーキャンプ岐阜大会

2019年07月03日 | 医学と医療
【臨床倫理グループ・ディスカッションと目的】
2019年6月29日から30日にかけて,岐阜長良川で開催した日本神経学会サマーキャンプ岐阜大会において,学生と研修医を対象としたグループ・ディスカッション「神経疾患と臨床倫理(告知と支援)」を行った.病棟において臨床倫理的アプローチが求められる症例が増加している印象があるものの,その知識や経験を伝える教育機会が必ずしも多くないため,学生・研修医という早期の段階からその重要性を伝える必要があると考えたためである.
 ファシリテーターを含め総勢100名近くの参加者が,神経難病のなかでも特に難しい疾患,トピックである多系統萎縮症と嚥下障害に関する論理的課題について議論を行った.参加者からは概ね高評価をいただき,講師の先生方にも今後の教育の参考になったとのコメントを頂いた.以下に概要を記載したい.

【グループワークの進め方】
1グループ学生および研修医4-5名とし,さらに1名,中立の立場から議論の活性化を促すファシリテーターに加わっていただいた(合計17チームとした).自己紹介後,司会,書記,発表者を決めてもらった.議論すべきテーマを3つ用意し,そのたびに役割を変更していただいた.

【課題】以下,実際に行われた課題を提示する.
レジデントである皆さんは以下の症例の主治医となることになった.後述する質問について議論してグループワークを行ってください.

【症例提示】 症例提示~グループワーク1(10分間)
症例:69 歳 男性
主訴:左手が使いにくい,尿失禁,歩行困難
既往歴:50歳代からうつ病に対しSSRIで治療していたが,最近は安定しており,1年前に精神科通院を自己中断した
X-3年,睡眠中に大声で叫んだり,手足をベッドにぶつけてケガをすることがしばしばあったが,最近は稀になった
家族歴:特記すべきことなし
家族情報:妻(健康,3 回/ 週のパート業)と2人暮らし,子供:1女
現病歴:X-2年,左手が使いづらくなり,自営業(問屋)を廃業した.X-1年,当院脳神経内科外来を受診し,左優位の運動緩慢と筋強剛を認め,レボドパ/カルビドパを300 mgを処方された.ごく軽度の改善を認めたため内服が継続された.X年1月,尿失禁,歩行時のふらつきが出現し,頭部MRIで被殻外側の信号変化を認めた.診断と病名告知,そして今後の方針を決定する目的で入院した.入院後,プロプレムリストを作成し,active problemについてPOSに則ったカルテを記載した.また指導医より,退院時の説明文書の案を作成するように言われた.本疾患の自然歴を調べると,一般的に7~10年程度の罹病期間で,進行性であり,睡眠中に主に中枢性呼吸障害に伴う突然死を来しうることがわかった.予防には人工呼吸器の装着が必要であることもわかったが,突然死を免れても神経変性が大脳にまで及び,大脳萎縮と認知症を合併しうることも分かった.

【グループワーク1】
【課題】 プロブレムリストを作成し,active problemとinactive problemに分けてください.
またproblemを踏まえて,入院中に行うべき検査を列挙してください.

発表1(10分間)



【グループワーク2】 (20分間)
Gilman分類のprobable MSA(MSA-P)と診断した.精神科受診では,うつ病は現在,安定しており,内服再開の必要はないというコメントであった.また終夜ポリグラフ検査(PSG)の結果では,AHI(無呼吸低呼吸指数)は8 回/時(すべて閉塞性)で,軽度の上気道閉塞が疑われたが,日中の過眠症状はなく,睡眠時無呼吸症候群と診断はされなかった.筋活動抑制を伴わないREM睡眠 (REM sleep without atonia, RWA) は確認されなかった.

【課題】 主治医として,①病名の告知,②本疾患に関連した突然死の説明(真実告知)の方針について議論して,その理由とともに発表してください.それぞれの告知を行うか否か,行うとするとそのタイミングはいつが良いか,また誰に行うかも考えてください(現在,本疾患に対する病名告知,真実告知については決まったものはありませんので.自由な議論を行って,グループとしての方針を提示してください).

発表2(20分間)



【グループワーク3】 (30分間)
病名告知は行ったが,突然死については,そのリスクはまだ高くないと考え,今後の夜間酸素飽和度やPSGの結果を見て,説明のタイミングを考える方針とした.また症状は一般に進行・増悪するため,今後,嚥下障害や構音障害に伴うコミュニケーション障害が出現する可能性を説明した.

退院後(X年2月),御本人は妻と相談して「事前指示書(advance directive)」を文書で作成した.そこには「自力で食べたり飲んだりできないなら,無理に口から入れないでほしい.食べられなくなったときが,人生の終わりだと思っている.点滴,チューブ栄養,昇圧薬,人工透析,人工呼吸器を含め,延命のための治療を何もしないでほしい.しかし苦痛を感じているなら,モルヒネなどの痛みを和らげるケアは受けたい」と記されていた.

X+1年1月から転倒や尿路感染で入退院を繰り返して体力も落ち,ADLはほぼ全介助となった.構音障害が進行し,自発語は聞き取り困難になったが,日常生活レベルでの理解力・判断力は保たれ,文字盤を使ってのコミュニケーションは良好だった.しかし,X+1年3月,液体やポロポロした食べ物にムセるようになり,X+1年3月,好物のとんかつを無理して食べて初めての窒息を来し,妻の機転で何とか塊を吐き出させたものの,誤嚥性肺炎を合併し.再入院した.肺炎は1週間の抗生剤治療で改善しつつある.

最新の診察所見としては,口腔内は唾液が多いが,著しい流延は見られなかった.呼吸は浅く不規則であった.痰の喀出が困難なこともあり,ときどき吸引を要した.睡眠中の著明な吸気性の喘鳴が見られた.尿路感染を反復したため,尿道カテーテルが留置されていた.30 度のベッドアップ(ギャッジアップ)でも血圧低下し,失神してしまうこともあった. 嚥下造影検査を予定したが移動困難のため中止となった.

身長160 cm,体重64.5 kg(入院3 カ月前)⇒ 61. 0 kg(入院前)⇒ 52. 3 kg(転院時),BMI:20. 4
動脈血液ガス(室内気):pH = 7.413, PCO2 = 48.7 mmHg, PO2 = 77 mmHg, HCO3 = 31.0 mEq/L, BE=6 mEq/L
血液生化学検査:TP/Alb = 6.2 / 2.9 g/dL, CRP = 0.14 mg/dL, WBC = 9360/μL, RBC = 399 x10^4/μL, Hb = 12.4 g/dL, Hct = 37.5%
胸部CT:入院時,左肺S1+2 に大葉間裂と隣接して認められたすりガラス影はほぼ消失していた

公的支援は,要介護5,身障1 級(四肢+体幹),難病指定:多系統萎縮症で取得済みであった.妻は「なるべく生きてほしいが,もともと無理な治療はしてほしくないと言っていたし,もともと食道楽の人なので最後まで食べさせてあげたい」との意見だった.一人娘は「お父さんとお母さんの気持ちは分かるものの,できれば長生きしてほしいので胃瘻を作るように説得したい」という意見であった.

主治医としては,今後,誤嚥性肺炎の再発と,窒息死を来す可能性もあることから,経口摂取の断念と胃瘻の作成,もしくは誤嚥防止手術を行うことを提案したいと考えた.

【課題】まずJonsenの4分割法を作成し,臨床倫理4原則を含めそのような衝突(コンフリクト)があるかを考えてみてください.そのうえで,本例の今後の療養の方針をどのように決めていくべきか,とくに何を議論することが大切かをグループで話し合ってください.

参考 
(A)臨床倫理4原則
<自律尊重原則(autonomy)>
自律・自己決定の尊重
<善行原則>
患者の目標に照らし,善いことをする
<無危害原則>
少なくとも患者や人に対して害をなさない
<正義原則>
すべての人を公平に扱う,法を守る

(B)Jonsenの4分割法(臨床倫理4分割法(Jonsen ARほか著.赤林朗ほか監訳. 臨床倫理学 第5版. 新興医学出版社.2006)


【発表】(20分間)
本例では多系統萎縮症における病名告知・真実告知,および嚥下障害の倫理的問題について議論していただいた.各グループの議論は真摯かつ適切に行われ,その発表も非常に立派なものであった.前日に40分のレクチャーを行い,さらに議論中にファシリテーターのサポートがあったものの,ここまでレベルの高い議論ができたことは,今後にむけての大きな手応えとなった.



【ミニレクチャー】 10分間

【総括】
本例の真実告知は,可能であれば患者さんと信頼関係ができ,うつの状態や突然死のリスクの程度を理解した後に行うことが望ましいのではないかという自身の考えを述べた.嚥下障害の倫理的問題については,患者さんの現在の意向を改めて聞き取る必要があること(事前指示書の限界を知ること),その考えの背景にあるものは何かを十分理解すること(思考の過程を理解するAdvanced care planningが望ましいこと),同様に家族の考えの背景にあるものも理解すること,その上で,最良の意思決定,合意形成を目指すこと(Shared decision making)をお伝えした.今回の経験を糧に,岐阜大学や各学会で,さらに臨床倫理的教育を推進したい.

参考文献:藤島一郎,下畑享良ら.症例.私の治療方針「多系統萎縮症」嚥下障害8;55-66, 2019



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