Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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カナダにおける医学教育@McGill大学臨床医学教育研修報告会

2020年01月22日 | 医学と医療
昨年10月に,カナダ・モントリオールにあるMcGill大学での臨床医学教育研修に参加した.McGill大学は,医学教育の基礎を築いた人物として知られるWilliam Osler先生の母校である.そして1月20日,「今日の臨床教育 ―私たちはこう教えたい―」と題した臨床医学教育研修の報告会が岐阜大学医学部にて開催された.さまざまな診療科から参加した医師5名が以下のポスターに示す5つのキーワードを設定し,研修で学んだことを,今後の医学教育にどのように活かすかについて解説した.各自,工夫をこらしたプレゼンが印象的で,参加者からも非常に鋭い質問が寄せられ,議論は大いに盛り上がった.


私はカナダの「医師育成カリキュラム」について説明をした.ここでは発表会で使用したスライドを提示したい.テーマは以下の3つである.
①カナダと日本の医学教育カリキュラムの違い
②(報告会では使用しなかった)講義とワークショップのまとめ
③マギル大学脳神経内科実習の様子(パーキンソン病専門外来と脳卒中外来・入院)

現在,専門医育成のための制度に関する議論が行われているが,本当のエキスパートを育てるために行うべきことは他にたくさんあるように思う.



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NHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」を見て

2020年01月13日 | 認知症
番組は,自ら認知症である事実を公表した認知症医療の第一人者,長谷川和夫先生の1年間の記録であった.「変わっていく心にどう寄り添えばよいのか」という家族の葛藤も描かれたが,一番注目されたことは長谷川先生が体験した「認知症とは何なのか?」の答えである.長谷川先生は「自分の姿を見せることで認知症とは何か伝えたい」と仰っていた.その答えを長谷川先生の言葉のなかから拾ってみたい.

1)長谷川先生の言葉から知る認知症

・認知症の人の心に寄り添い診療を続けてきたが,自分が診断されて初めて「不安」に襲われた.
・自分自身が壊れていきつつあることは別な感覚で分かっている.生きていく上で「確かさ」という生活の観念が少なくなっている
・何回も念押しして聞いたりなんかするから(まわりが僕を)鬱陶しくなって,やっぱり今こういうことを言っていいのか,言わないほうがいいのかっていうことに自信がなくなる.だから「寡黙」にならざるを得ない.自分の殻にこもってね.
・俺の戦場に帰りたい.戦場に帰って自分で戦いたい,自分の戦いを.
・(認知症は)よくできているよ.心配はあるけども,心配する気付きがないからさ,神様が用意してくれた一つの「救い」だよね.

そしてラジオ番組でも以下の印象的な言葉を話されていた.
・どんなことがあるか分からないかもしれないけど,出きるうちはね,そういう「貢献」をさせていただきたい.そのことが,良く死ぬことだと.良く生きることは,良く死ぬことだと,そう思う.

2)番組を見て思い出された言葉

認知症診療は,脳神経内科の診療のなかでも難しく,とくに患者さんや家族からの切実な問いに対して,どう答えたら良いか分からず悩むことが多い.エビデンスなど作れないためだ.しかし先輩医師や患者さん,家族の言葉から学んだことは少なからずある.自分が番組を見て思い出した言葉をいくつか紹介したい.

① 認知症の患者さんの感情は,発病前と変わらないのよ.周囲から傷つく言葉を言われれば,以前と同じように傷つくものなの.
私が尊敬する先輩医師から,若い頃に学んだ言葉.「認知症になっても見える景色は変わらない,前と同じ景色だ」という長谷川先生の言葉や,「家族を楽しませることが大好きであったその人柄は決して変わらない」というご家族の言葉と通じるところがある.この言葉は自分が患者さんとお話するときにはいつも意識している.ケアされる側にいる者は,罪悪感にさらされ傷つきやすいことを認識する必要がある.

② 「ありがとう」の言葉があるから介護ができる.
長谷川先生が妻の瑞子さんに毎晩寝る前に伝えている「ありがとう」という感謝の言葉から,昔と変わらないお互いを尊重し合う絆を感じた.この場面を見て思い出したのは,認知症を介護するご家族から何度も伺った「ありがとうの言葉があるから介護ができる」という言葉.反対に「もしありがとうと言ってもらえれば・・・」という言葉も何度も伺った.それだけ認知症の介護における「ありがとう」の意義は大きい.

③ 長谷川式(簡易知能評価スケール)はこまめにチェックしなくていいんだよ
これは後輩から「経過観察のために長谷川式をこまめに確認しているのですが,嫌がる患者さんがいます.先生はどうしていますか?」という質問に対する私の回答.長谷川式による認知機能の評価は,患者さんのプライドや尊厳を傷つけうることを認識する必要がある.番組の中で長谷川先生は「信頼関係を作ってから検査する.出発(最初)からしないでください」と述べていた点はとても重要である.むしろ外来では認知機能の評価より,患者さんとご家族の双方のお話を別々に伺い,それぞれの本当の気持ちを理解することが大切だと思う.

3)長谷川先生から何を学ぶか?
認知症の診療や介護は,原因疾患や病期,周辺症状(BPSD)の程度などによってはさまざまな困難を伴う.しかし,長谷川先生が,認知症とは何か,自分の姿を見せることで伝えようとしたことは,認知症の診療や介護を行なう上で,大きなヒントとなるのではないかと思う.それは前述のラジオ番組の中でも述べておられるが「認知症は,全く普通の人と同じことを考え,同じ物の考え方をしてて,決して型にはまった,ここからが認知症だっていう人は一人もいない」ということではないか.その理解は,診療や介護をより良い方向に変えるように思う.




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なぜ動物実験で有効な脳梗塞治療薬が,ヒトの臨床試験で無効なのか?

2020年01月08日 | 脳血管障害
標題のテーマはしばしば議論されてきたことであるが,その決定版とも言える論文がドイツからAnnals of Neurology誌に報告された.著者らは,急性期脳梗塞に対する第3相臨床試験を対象として,その前段階に遡って,それぞれの薬剤の早期臨床試験(おもに第2相)と動物実験の3者において,研究デザインや出版バイアス, 検出力(power), true report probability(TRP)等について統計学的に比較している.その結果,単に動物実験と臨床試験は異なるというだけでなく,3つの試験それぞれに違いがあることを明確にした.極めてインパクトのある論文だ.

1)対象となった研究
著者らはNXY-059やONO-2506,エダラボン,アルブミン,尿酸などを用いた第3相臨床試験の50試験を対象とし,その前段階で行われた75の早期臨床試験と,209の動物実験を比較した.

2)評価法は3群で大きく異なる
動物実験での主要評価項目は梗塞サイズが100%であるのに対し,早期臨床試験,第3相試験ではともに10%台と稀で,その代わり両者ではほぼ100%機能障害を確認していた(動物実験では60%未満であった).また評価した個体数(動物数,症例数)は創薬のステージが進むほど,顕著に増加した(P<0.001).

3)治療の成功率は創薬ステージが進むほど低下する

研究が成功した頻度は,動物実験で69%,早期臨床試験で32%,そして第3相試験で6%と,ステージが進むほど低下した.平均治療効果(mean treatment effect)は治療群と対照群の結果の比を示すが,動物実験では0.76 (95%信頼区間0.70~0.83),早期臨床試験では0.87 (0.71~1.06),第3相試験では1.00 (0.95~1.06)とステージが進むにつれて低下した.

4)動物実験と早期臨床試験では出版バイアスが見られる

薬剤の効果が有望である場合,有意差がなくとも論文報告される傾向があるが,逆の結果である場合は,特にサンプルサイズが小さいと,本当にnegative studyなのか分からないこともあり,公表されないことが多い.よって出版された研究結果だけ統合すると,治療が有効と評価されてしまうことが起こり得る.これが「出版バイアス」であり,その有無を評価する方法としてFunnel plotが用いられる.Funnel plotについては大阪大学腎臓内科のページが詳しいので参照していただきたいが,動物実験のみならず早期臨床試験でにも出版バイアスが見られた.

5)研究デザインが異なる
動物実験では,ランダム化試験や盲検による評価が少なく,さらに高血圧などの共存症を合併する個体を用いた評価が極端に少なかった.


治療介入のタイミングも,動物実験では虚血後3時間以内という急性期が圧倒的に多いが,臨床試験では12時間以降が多かった.


6)動物実験の検出力とtrue report probability(TRP )は低い
検出力(power)は「統計的仮説検定において,帰無仮説が偽であるときに誤らずに帰無仮説を棄却する確率のこと」だが,動物実験での平均検出力はわずか17%しかなかった.またTRP,つまり「統計的に有意な場合に(帰無仮説が棄却される場合に)対立仮説が真である確率=治療薬が本当に有効である確率」は動物実験ではわずか50%未満であった.

7)なぜ,動物実験で有効な薬剤がヒトの臨床試験で無効なのか?
研究デザインの違い(治療のタイミング,主要評価項目,評価法),出版バイアス,低い検出力が原因と考えられた.主要評価項目の違いは,動物実験では中大脳動脈を閉塞させ,虚血後早期に治療介入を行い,評価も急性期に梗塞体積で行うのに対し,ヒトの臨床試験では様々な脳梗塞のタイプを含み,虚血後遅れて治療介入を行い,評価を慢性期に機能障害で行っている.そして重要なことは,単に動物実験と臨床試験の間に大きな壁(roadblock)があるのではなく,動物実験と早期臨床試験,第3相試験のそれぞれの間にも壁があるということだ.

8)理想的な動物実験はどうあるべきか?
動物実験の個体数を大幅に増加させること,ランダム化,盲検化を徹底し,共存症を持った動物を使用すること,治療介入タイミングを臨床試験に合わせて遅くすること,梗塞サイズではなく,機能障害で評価すること,出版バイアスを減らすため,無効であった論文も投稿することである.この条件で有効な薬剤を見出すことは容易なことではないだろう.しかしそのような薬剤でしか,臨床試験での高い成功率は見込めないということだ.

上記で難しいのは個体数の増加である.単一の研究室では限界があり,少数例で有効であった薬剤に対してはプロトコールを統一し,多施設共同研究による動物実験を行うことが今後,求められるだろう.その上で動物愛護にも配慮が必要で,必要最低限に抑える必要がある.出版社もnegative studyの論文をさらに積極的に採用することが求められる.

最後に今回の結果は脳梗塞研究に限定されるものではない.他の神経疾患の創薬においても極めて有益な教訓となることは間違いがない.いかに動物実験をヒトの臨床に近づけられるかを念頭に置く必要がある.

Schmidt-Pogoda A et al. Ann Neurol 2020;87,40-51.


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