Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月28日)  

2020年11月28日 | 医学と医療
今回のキーワードは,感染成立に必要なウイルス粒子数,感染力増強とウイルス変異,米国でさえ集団免疫獲得には程遠い,COVID-19脳血管障害のメタ解析,COVID-19筋症の機序,神経筋合併症のための国際的レジストリ,サイトカイン・ストームの2つの主役,患者回復期血漿輸血は無効です.

一番印象的であった論文は,サイトカイン・ストームの本態に迫るSt. Jude小児研究病院からのCell誌の報告でした.いままでIL6のような炎症性サイトカインの「ひとつ」をターゲットにした臨床試験が行われ,期待を集めたものの十分な効果を示せませんでした.この研究では,感染により誘導されるTNFαとIFNγの「組み合わせ」により,PANoptosisと名付けられた複数の細胞死が同時に生じる現象とそのカスケードが初めて見出されました.あらためてCOVID-19は恐ろしい感染症だと思いました.

◆感染成立に必要なウイルス粒子数は1000.
オーストリアでは疫学的サーベイランスシステムが発達している.実際に第一波での主要なクラスターを同定し,かつ500以上のウイルスサンプルの全ゲノムシークエンスを実施している.この結果,感染者の個体内でのウイルス変異の動態が明らかになり,さらに疫学的に確認された感染者と次の感染者のペアの検討により,1000個のウイルス粒子により感染が成立することが示された.これはHIVやノロウイルスなどの他のウイルスよりも多い粒子が必要であることを意味する.感染成立には300~2000個の粒子を要するというプレプリント報告もある.1000個は平均であって,より少数でも感染が成立しうるとも記載されている.→ 感染者に接触しても,暴露するウイルス粒子量を減らせば感染リスクを減らすことができる!やはりマスク,社会的距離,長時間の接触回避,室内換気が重要.
Sci Transl Med. Nov 23, 2020(doi.org/10.1126/scitranslmed.abe2555)

◆感染力増強につながるウイルスの変異はまだ存在しない.
SARS-CoV-2ウイルスはまだヒト宿主に完全に適応しておらず,より高い感染性獲得を目指し変異を繰り返しているという説がある.英国から,これまでにSARS-CoV-2で観察された遺伝子変異の繰り返しが感染率の上昇と関連しているかを検証した研究が報告された.世界中の患者から分離された4万6723人のウイルスゲノムのデータを検討したところ,有名なD614G変異も含めて,感染性の増強に関連する変異は1つも確認されなかった.現時点では,突然変異によって,SARS-CoV-2ウイルスの感染力が有意に増加したという証拠はない.
Nat Commun 11, 5986, 2020.(doi.org/10.1038/s41467-020-19818-2)

◆大流行が1年続いている米国でも,集団免疫はまったく実現されていない.
米国の全土,すなわち50州を含む52の管轄地域で,SARS-CoV-2ウイルスに対する抗体を有する人の割合を検討した研究が報告された.17万7919 人の残留検体(血清)を対象としたこの横断的研究で,抗体を有する人の推定割合は 1%未満~23%であった.推定値が算出された49地域のうち42地域は,4回のサンプリング期間にわたって,抗体陽性率は10%未満であった.以上より,抗体陽性率は地域によって差はあるものの,ほとんどの人が感染の既往を得られなかったことになる.自然感染によって集団免疫を獲得するには「多くの死者や経済的損失といった犠牲をこれから何年も要する」と同じ号のコメンタリーは警告している.もう集団免疫でCOVID-19が封じ込めるという議論はやめるべきである.
JAMA Intern Med. Nov 24, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.7976)

◆COVID-19は虚血性脳卒中,とくにcryptogenic strokeの増加と関連する.
COVID-19に関連した脳卒中の発生および転帰について報告するコホート研究を集めたメタ解析が報告された.6万7845名の患者を含む18のコホート研究が対象となった.感染者のうち,脳卒中で入院したのは 1.3%(虚血性脳卒中1.1%,出血性脳卒中0.2%)であった.感染者群では,対照群と比較して,虚血性脳卒中はオッズ比3.58,潜因性脳梗塞(cryptogenic stroke)はオッズ比3.98と増加していた(図1).糖尿病は,対照群と比較して,感染者群でより有病率が高かった(オッズ比1.39).感染者群における脳卒中による院内死亡率は,感染のない脳卒中患者と比較して高かった(オッズ比5.60).以上より,COVID-19は虚血性脳卒中のリスクの増加と関連し,とくにcryptogenic strokeの増加と関連している可能性がある.また,死亡リスクの増加にも関連している可能性がある.
Ann Neurol. Nov 21, 2020(doi.org/10.1002/ana.25967)



◆COVID-19筋症はI型インターフェロノパチーである.
先日,COVID-19に伴う筋症がウイルス誘発性I型インターフェロノパチーである可能性を提唱する西野一三先生らによる仮説を紹介したが,これを支持する症例が米国から報告された.38歳男性が筋痛,発熱,近位筋優位の全身性の筋力低下を呈した.ヘリオトロープ発疹,Gottron徴候等はなかった.血清CKは2万9800 U/l,高感度トロポニンTが3157 ng/l,CRP 55 mg/lであった.心電図,心エコー,心臓MRIは正常.左三角筋の生検では,軽度の血管周囲炎症が認められたが,壊死や再生線維や筋膜周囲の萎縮は認められなかった.免疫染色では,筋鞘と筋形質上のMHCクラスI抗原の異常発現(図2A),および筋線維と毛細血管上のミクソウイルス耐性タンパク質A (MxA)の異常発現を認めた(図2B).毛細血管への膜侵襲複合体(MAC)の沈着は認めなかった.筋中のSARS-COV-2ウイルスは検出されなかった.レムデシビルの静注およびステロイドパルス療法を行い,その後,経口プレドニゾン(1日60mg)が処方され,改善した.発症から14日後の退院時には歩行が可能となり,CK値は5130 U/lまで低下した.本例はCOVID-19筋症は,I型インターフェロノパチーである可能性を示唆する.
N Engl J Med. Nov 20, 2020(doi.org/10.1056/NEJMc2031085)



◆神経筋症状および合併症を評価するための国際的レジストリENERGY.
COVID-19ではしばしば神経筋症状および合併症をみとめるが,世界的にその頻度や表現型は大きく異なっている.そのばらつきの大部分は,診断の精度,患者の訴えの解釈の違いによって説明できる.欧州神経学会(EAN)は,COVID-19の神経筋合併症および転帰のより正確な情報を得るために,国際的レジストリ(The EAN COVID‐19 registry;ENERGY)を作成した.神経筋症状および合併症が転帰に及ぼす影響を検討することも目的とする.登録対象は,COVID-19感染が疑われる,または確認された成人で,神経学的診察を受け,インフォームドコンセントを得ていることである.患者は12ヵ月後まで追跡調査され,偶発的な神経学的所見がないかどうかが確認される.8月19日現在,日本を含む69カ国の254施設から参加希望が寄せられている(図3).下記URLからコンタクトできる(https://bit.ly/36dP8Ik).
Eur J Neurol. Nov 21, 2020(doi.org/10.1111/ene.14652)



◆TNFαとIFNγの組み合わせは,複数の細胞死の特徴を持つ強烈な細胞死(PANoptosis)を誘導する.
米国からサイトカイン・ストームで誘導される種々のサイトカインを組み合わせ,骨髄由来マクロファージの細胞死を誘導できるか調べた研究が報告された.この結果,TNFαとIFNγの「組み合わせ」のみが,ピロプトーシス,アポトーシス,およびネクロプトーシスといった複数の細胞死を特徴とする細胞死を誘導することが分かった(頭文字を取ってPANoptosisと呼ぶ).TNFαとIFNγの組み合わせ刺激は,JAK/STAT1/IRF1カスケードを活性化し,iNOSを介してなんと一酸化窒素(NO)の産生を誘導し,さらにカスパーゼ8/FADDを介したPANoptosisを誘導した(図4).マウスにおけるTNFαとIFNγの組み合わせ刺激は,COVID-19による組織損傷,ならびに致死的なサイトカイン・ショックを引き起こした.またマウスにおいて,TNFαおよびIFNγに対する中和抗体は,SARS-CoV-2感染による死亡,敗血症,血球貪食性リンパ組織球症およびサイトカイン・ショックを防止した.以上より,TNFαおよびIFNγの組み合わせにより誘導される炎症性細胞死シグナル伝達経路を遮断することが有力な治療となる可能性がある.→ JAK1/2阻害剤やTNFα阻害剤の有効性もこれまでの研究で報告されており,本研究と矛盾しない.COVID-19のサイトカイン・ストームのメカニズムはいまひとつ明確でなかったが,いよいよ本質に近づいてきた印象がある.治療として,カスケードの一番上流をブロックするTNFαおよびIFNγの中和抗体の併用療法の効果が期待される.
Cell. Nov 19, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.11.025)



◆患者回復期血漿輸血は介入30日後の予後,死亡率を改善しない.
患者回復期血漿輸血はCOVID-19患者に対ししばしば行われ,主に観察研究に基づいて予後を改善することが報告されてきたが,十分なパワーをもったランダム化比較試験は行われていない.アルゼンチンから,重症COVID-19肺炎を有する成人の入院患者を2:1の割合で,回復期血漿群とプラセボ群に無作為に割り付けた研究が報告された.主要評価項目は,介入後30日後の患者の臨床状態とし,全回復から死亡までの6段階の順序尺度で評価した.計228名の患者が回復期血漿群に,105名がプラセボ群に割り付けられた.症状の発症から試験登録までの期間の中央値は 8 日間であった.注入された回復期血漿の総SARS-CoV-2ウイルス抗体価の中央値は1:3200であった.脱落例はなかった.30日目の時点で,臨床転帰の分布において,回復期血漿群とプラセボ群との間に有意差は認められなかった(オッズ比,0.83;P=0.46)(図5上).全死亡率は,回復期血漿群で10.96%,プラセボ群で 11.43%であり,リスク差は-0.46 ポイント(95%CI,-7.8~6.8)であった(図5下).介入後 2 日目の総 SARS-CoV-2 抗体価は,回復期血漿群で高くなる傾向があった.有害事象,および重篤な有害事象は両群で同等であった.以上より,患者回復期血漿輸血は,介入後30日後の臨床状態,および全死亡率を改善せず,無効と考えられた.
New Engl J Med. Nov 24, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2031304)



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月22日) 

2020年11月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ダウン症候群のあるかたから学ぶ教訓,入院患者の厳しい長期的予後,長期の予後不良に関わる横隔膜病変,動物実験で示された脳へのウイルスの速やかな感染,遠隔で行うALSの集学的ケア,COVID-19感染重症筋無力症患者の国際的レジストリ,小児でCOVID-19による重症化がまれな理由,モデルナ社製ワクチンmRNA-1273の副作用です.

地域によって第3波による医療崩壊が現実のものになってきました.医療崩壊はCOVID-19患者さんの診療や救命が困難になるだけでなく,他の疾患に対する通常の診療ができなくなることが大きな問題です.また医療者は自らが感染し,診療から離脱したり,院内感染を起こしたりすることを恐れています.第3波は行動様式をコロナ前に戻しても良いのだという意識変化がもたらされたことにより生じたのではないかと思います.初心に戻り,感染予防の基本を「粘り強く」遵守することが必要だと思います.

◆ダウン症候群のあるかたから学ぶべき教訓.
スペインからの報告.ダウン症候群では,免疫機能障害,呼吸器感染症,慢性炎症,早期高齢化がみられ,さらにCOVID-19 の危険因子となる併存疾患の有病率が高いという特徴がある.このためCOVID-19に対してダウン症候群患者が脆弱である恐れがある.ところがスペインのTrisomy 21 Research Societyが行った調査によると,ダウン症候群におけるCOVID-19感染は,2020年3~5月の第1波後,そして9月に第2波が生じて以降も大幅に減少している.著者らは,この感染率の低下は,ダウン症の人が有する,身だしなみや衛生面での「粘り強さ」によって説明できるのではないかと議論している.この議論が正しいとすれば,ダウン症の人々が示す行動パターンは,感染拡大を避けるために有用な教訓,もしくは注意喚起として役立つであろう.
Lancet Neurol. Dec, 2020(doi.org/10.1016/S1474-4422(20)30401-4)

◆COVID-19入院患者の退院60日まで観察ではさまざまな予後が不良である.
COVID-19患者の入院中の転帰に関する報告は多いものの,退院後の長期の転帰はよく分かっていない.米国ミシガン州の38病院から,入院患者1648名(中央値62歳)の退院後 60 日間の転帰を明らかにした研究が報告された.398名(24.2%)が入院中に死亡した.退院した残1250名のうち,975名(78.0%)が自宅に帰り,158名(12.6%)が看護師のいる療養施設・リハビリテーション施設に退院した.退院後60日までに,さらに84名の患者(6.7%,ICU入室者の10.4%)が死亡した.以上よりコホート全体の死亡率は29.2%,ICU治療を受けた405名の死亡率は63.5%と高率であった.退院後60日以内に189名(病院生存者の15.1%)が再入院した.また65名は60日後でも味覚や嗅覚の喪失を認めた.入院前に就業していた195名のうち,78名は健康上の問題,または仕事を失って復職できなかった.28名が退院後にメンタルヘルスのケアを求めた.179名の患者が少なくとも軽度の経済的影響を受け,47名が貯蓄の大部分または全部を使い果たした.→ 国によって入院の条件も異なるため,単純に日本に当てはめられないものの,長期的なさまざまな予後が不良であることを考慮すると,とにかくCOVID-19を甘く見ず感染者を拡大させないこと,ならびに生存者を支援する制度をつくることが必要である.
Ann Intern Med. Nov 11, 2020(doi.org/10.7326/M20-5661)

◆長期の予後不良に関わる横隔膜筋症.
呼吸に関わる主要な筋である横隔膜に焦点を当てたオランダからの研究.COVID-19により死亡した26名(中央値71歳)の剖検時に横隔膜筋標本を採取した.対照群として,他の疾患で死亡した8名の剖検標本を使用した.COVID-19患者のうち24 例(92.3%)が侵襲的機械換気を受け,その中央値は12 日間であった.ACE2は主に筋線維膜に局在し(図1A),SARS-CoV-2ウイルスが横隔膜に感染するための入り口となると考えられた.実際に横隔膜でウイルスRNAが検出されたのは4名(15.4%)であった.ウイルスRNAは横隔膜の筋線維内に局在していた.発現遺伝子の解析では,線維化に関わるFGFシグナルが活性化していた.実際に免疫染色で,COVID-19患者では線維化が2倍以上高度であった(図1C).横隔膜筋障害がSARS-CoV-2ウイルスによる直接的な変化であるかは不明であるが,COVID-19感染に伴う高度の横隔膜筋障害がその脱力につながり,退院しても人工呼吸器離脱困難,持続的な呼吸困難,疲労につながる可能性がある.
JAMA Intern Med. Nov 16, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.6278)



◆動物実験で鼻粘膜への感染により,ウイルスは速やかに脳へ移行する.
米国からの研究.上皮細胞特異性発現K18プロモーターにより,ヒトのACE2を発現するモデルマウスを作成し,感染実験を行った研究が報告された.この実験系では,SARS-CoV2ウイルスは上皮細胞にのみ感染し,嗅細胞には感染を認めないが,なんと脳では感染後2日,4日,6日と経時的に,他の臓器よりも多くウイルスが検出されるようになる(図2上).具体的には,ウイルス105 PFUを経鼻接種すると,5/8匹のマウス脳から感染性ウイルスが検出された.感染後4および6日目にウイルスヌクレオカプシド(N)タンパク質の免疫染色を行ったところ,4日後では染色されなかったが,6日後では嗅球,大脳皮質,馬尾・翼状突起,視床,視床下部,腹側線条体を含むいくつかの脳領域で染色が観察された(図2下).HE染色では,視床で細胞死と血栓が認められ,細胞死の病巣が変性上衣細胞に隣接して検出された.影響を受けた領域のほとんどが嗅球の二次的,三次的に連絡するのに対し,いくつかの領域,例えば,後眼球と舌下神経核のような領域は,直接連絡していない.この結果は,脳へのウイルス伝播における嗅球感染の役割を示唆するものの,ウイルスが他のルートで中枢神経系に入る可能性を示唆する.→ このデータを見ると,ヒトでもウイルスが脳に移行し,将来,再活性化する可能性があるのではないかと危惧される.
Nature. 2020 Nov 9.(doi.org/10.1038/s41586-020-2943-z)



◆神経難病のケア(1)ALSの集学的ケアは遠隔診療でも十分可能である.
集学的ALSケアは,生存期間を延長し,患者と介護者の生活の質を向上させる.しかしパンデミックにより,直接のケアが困難な状況になった.大流行が生じたイタリアから,第三次ALSセンターの遠隔医療の効果に関する検討が報告された.19名のALS患者を,脳神経内科医,管理栄養士(食事・体重モニタリング),心理士(心理的評価・支援),理学療法士(理学療法治療・機器の処方)から構成される集学的チームが,遠隔医療により診療を行った.結果的に,すべての患者は,リモートではあるものの医療の専門家と対面で話すことについて肯定的な認識を示し,チームが自分の問題を理解していることに満足していた.さまざまな医療行為が行われ,処方内容の変更が11/19例,非侵襲的陽圧呼吸(NPPV)管理の開始が2/19例,機器の処方が9/16例で行われた.ALSFRS-Rの月平均低下率は,遠隔医療開始前は0.88,開始後は0.49と改善した.体重と1日のカロリー摂取量も安定していた. 不安・うつスコアは改善し,QOLスコアも安定していた. → ALSの集学的ケアは遠隔診療でも十分可能であり,今後はさらに患者のニーズに応じた個別化プログラムを検討するとのこと!
Acta Neuropathol. Nov 13, 2020(doi.org/10.1111/ane.13373)

◆神経難病のケア(2)COVID-19に感染した重症筋無力症の国際的な患者登録(レジストリ)の開始.
重症筋無力症患者は,免疫療法を行っていることからCOVID-19感染により予後が悪化するリスクがある.また感染自体が症状悪化の引き金となる.しかしリアルワールドで利用可能なエビデンスが乏しい.4月9日に,医師によるレジストリCOVID-19 Associated Risks and Effects in Myasthenia Gravis(CARE-MG)が開始された.これは国際MG/COVID-19ワーキンググループと脳神経内科医の共同作業である. 10月26日の段階で,日本からの1例を含む99例の登録がなされている.完全回復は26例(26%)で,COVID-19が原因で死亡した患者は23例(23%)であった(図3).COVID-19の感染が疾患の増悪を起こし,死亡率が高いことがすでに示されている.もし症例を経験したら,私達も登録を行いたい.症例登録は電子形式または紙形式での提出により行われ,データ入力にはおよそ10分かかる.追加の研究の詳細と症例提出の手順については,以下のURLを参照されたい.
https://myasthenia.org/Professionals/Resources-for-Professionals/CARE-MG
Lancet Neurol. 2020 Dec;19(12):970-971.(doi.org/10.1016/S1474-4422(20)30413-0)



◆小児でCOVID-19による重症化がまれな理由.
高齢者でCOVID-19による重症化のリスクは高く,逆に小児では比較的まれであるが,そのメカニズム十分にわかっていない.米国から蛋白分解酵素TMPRSS2の年齢依存性の発現変化により説明ができるという研究が報告された.まず基本的な知識として,ウイルスのスパイク蛋白質が,ヒト細胞のACE2受容体に結合したあと,蛋白分解酵素であるTMPRSS2で切断されてスパイク蛋白質が活性化されることが,ウイルス外膜とヒト細胞膜との融合(=感染)には重要である.この研究では,発達過程にあるマウス肺の単一細胞RNAシーケンシング(scRNA-seq)と,マウスおよびヒトの肺組織の免疫蛍光染色を統合した結果,TMPRSS2 の発現は線毛細胞および I 型肺胞上皮細胞で最も高いこと,そして,マウスおよびヒトでは加齢に伴い,TMPRSS2 の発現が増加することを明らかにした(図4).COVID-19患者の剖検組織の解析でも,気道上皮の分泌細胞と線毛細胞,末梢肺のI 型肺胞上皮細胞でウイルスRNAが最も多く検出され,かつウイルスRNAはTMPRSS2を発現する細胞に高頻度で局在していた.以上より,TMPRSS2の発現抑制が乳幼児や小児を重篤な呼吸器疾患から相対的に保護する基盤となっている可能性が示唆された.
J Clin Invest. Nov 12, 2020(doi.org/10.1172/JCI140766)



◆モデルナ社製ワクチンmRNA-1273の第1相試験.
米国ファイザー社とともに期待されるモデルナ社製ワクチン候補mRNA-1273に関する第1相試験がNEJM誌に報告された.目的は安全性と,ヒトで中和抗体が誘導できるか明らかにすることである.このワクチンは,スパイク蛋白質に変異を導入し,感染前のperfusion conformationという安定化した構造をとらせることで,10倍もの抗体価の誘導を実現したものである.この研究は第 1 相,用量漸増,オープンラベル試験である.健康成人(18~55 歳) 45 名を対象に,ワクチン接種を 28 日間隔で 2 回,25 μg,100 μg,250 μg の投与量で行った(各群15名).1回目のワクチン接種後は,投与量が多いほど抗体反応が高くなった.2回目のワクチン接種後にさらに抗体力価は上昇した.血清中和活性はすべての参加者で検出され,その値は対照である回復期患者血清検体の分布の上半分の値と同等であった.また2ヶ月間で抗体価は維持された.半数以上の参加者で有害事象がみられ,疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位の痛みが含まれていた.全身性の有害事象は2回目の接種後,特に最高用量の接種群で多く見られた(1例は重篤で,39.6℃の高熱だった).以上,本ワクチンは全参加者に抗ウイルス免疫反応を誘導し,基本的に安全性に関する懸念は認めないと判断された. → 現在,3万人が参加した第3相が進行中である.日本はモデルナ社から来年1~6月中に2000万人分,ファイザー社から6月までに6000万人分のワクチン供給を受けることになっている.よって3万人の段階とは異なる未知の副作用が第4相試験(市販後調査)で出てくる可能性はある.接種を受けるかどうかは,今回及び第3相の科学的データをみて各自が慎重に判断する必要がある.
N Engl J Med. Nov 12, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2022483)




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起立性低血圧に合併するcoat-hanger pain/ache

2020年11月19日 | 頭痛や痛み
回診でcoat-hanger painについて説明しました.これは図のような後頸部から両肩にかけて,起立時に出現する痛みで,コートのハンガーのような形であるため,この名称で報告されました(Spinal Cord. 2002;40:77-82. doi.org/10.1038/sj.sc.3101259).



この論文では脊髄損傷における合併を検討していますが,pure autonomic failure(PAF)や多系統萎縮症など自律神経障害を呈する疾患では合併することがあります.立位をとったときに一過性に生じる,締め付けられるような,ズキズキする中等度の痛みを生じます.横になると改善します.起立性の失神の前駆症状としても重要です.後頸部筋の虚血により生じると報告されています.国際頭痛分類第3版(ICHD3)の2次性頭痛のなかには含まれておらず,追加するよう求める研究者がいます(Curr Pain Headache Rep. 2018;22:54. doi.org/10.1007/s11916-018-0706-4).臨床医は,①起立に伴い出現する一過性の頭痛・頸部痛が存在すること,ならびに②起立性低血圧に対する生活指導や治療で改善しるうることを知っておく必要があります.

このような脳神経内科に関する症候や画像所見などを,岐阜大学脳神経内科のホームページのコラムでまとめて紹介しております.こちらもご参照いただければと思います.





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ヒポクラテスの木と中田瑞穂先生

2020年11月17日 | 医学と医療
私はポリクリ(病棟実習)の講義で,毎回,医師の職業倫理の話をします.医の倫理に関する規定「ジュネーブ宣言」について解説しますが,その前にみんなで「ヒポクラテスの誓い」を読みます.なぜならその倫理的精神を現代化したものが「ジュネーブ宣言」だからです.そしていつも「ヒポクラテスの木」の話もします.これは医史学者として著名な蒲原宏博士が,ヒポクラテスの生地,ギリシアのコス島のヒポクラテス博物館の庭にある,いわゆる「ヒポクラテスの木」の実を採取して,日本に持ち帰り,みずから播種育成されたものです(街路樹のプラタナスの木です).全国の大学や病院に寄贈され,新潟大学病院や九州大学病院では,高さ10メートルにも及ばんとする大樹になっています.



話は変わり,研修医の際に大変お世話になった鈴木靖先生(済生会新潟病院 腎膠原病内科)から,新潟大学脳研究所初代所長で,日本の「脳神経外科の父」,そして高浜虚子を中心とするホトトギス派の俳人としても知られる中田瑞穂先生の随筆,俳句,絵画をおさめた「中田瑞穂選集」をご恵贈いただきました.ご実家を整理されている際に見つかったそうで,貰っていただきたいとご連絡をくださいました.実は昔,新潟大学にて見たことのある垂涎の品で,とくに画集のヒポクラテスとツタンカーメン像の絵は強く記憶に残っていました.




随筆集も読み始めました.中田先生が病床で最後に書かれた「櫓翁漫談」には(櫓翁は中田先生のことです),「医学と医術は同じものではないことを医師は充分に知らなければならない.医学は学問であって情けも容赦もない.医術はその冷たい医学に血を通わせ,神経を目覚めさせ人間味と暖かさを吹き込んだものである」と書かれてありました.

また「ヒポクラテスの木」という文章には,新潟大学病院に植樹されたときのエピソードが書かれていました.「1メートルに達したばかりの若木の天を摩するに至る成長を見ることはこの私には無理というものである.しかし私は,これを私達で育てますと,この移植に積極的であった学生有志のあったことは,この木の成長が約束されていると同様,医学部に最も重要な正しい医学の正統,ヒポクラテスから伝わった医の正道を伝えつづけようとする純粋なこころを目の当たりに示したものであって,木の成長を確認するよりもはるかに私に心強いものを感じさせる」と書かれてありました.胸が熱くなりました.最後に文章の最後に記されていた俳句をご紹介いたします.

やがて大夏木になれと植ゑらるゝ

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月14日)  

2020年11月14日 | 医学と医療
今回のキーワードは,安全なワクチン開発に要する時間,過去の流行性コロナウイルス感染の効果,ヒト→ミンク→ヒト感染によるクラスター,退院患者の再入院,精神疾患とCOVID-19の双方向性の関係がある,嗅覚神経からの感染を示すMRI画像,COVID-19によるギラン・バレー症候群は本当か?,抗うつ薬が重要化防止に有効かもしれないです.

ファイザーとビオンテックのRNAワクチンの中間解析については情報不足でよく理解できませんでした.ただ次に紹介する過去のワクチンがどのように承認されたかに関する論文は参考になると思います.

◆安全なワクチン開発に要する時間.
COVID-19に対するワクチンの安全性は重要な問題である.どのぐらいの人数を,どの程度の期間,検討すれば安全性が担保されるのか,過去10年間,米国食品医薬品局(FDA)が承認した21種類のワクチンを検討した研究が報告された.ワクチンの種類は,インフルエンザと髄膜炎球菌が5種類ずつと最多であった.また市販前臨床開発期間は8.1年で(以下,数値は中央値),7つの臨床試験のエビデンスに基づいて承認されている.各試験の患者数は6710名,有害事象の観察期間は6ヶ月であった.→ 米国のワクチン開発は「ワープ・スピード計画」と名付けられたが,確かに従来のワクチン開発と比較にならないスピードでの承認が求められている.著者は安全性を確保するために,従来より大規模な試験を行うこと,ならびに有害事象の発現までの十分な期間観察することが必要だと述べている.ちなみにファイザーのワクチンの臨床試験は4カ月足らず前に始まったばかりである.
JAMA Intern Med. Nov 10, 2020.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.7472)

◆過去の流行性コロナウイルス感染は重症化を防ぐ.
4 種類の流行性コロナウイルス(OC43, HKU1, NL63, 229E)は季節性の「風邪」の原因である.これらの流行性コロナウイルスは,SARS-CoV-2ウイルスと多くの配列を共有している.米国から,2015年から調査されていた呼吸器病原体検査により,上記の4 種類の流行性コロナウイルス感染歴を有する者875名と有さない者15053名を比較し,COVID-19の臨床像に違いがあるかを検討した研究が報告された.両群で感染率は同等であったが,流行性コロナウイルスに感染したことのある患者では,COVID-19の重症化率(集中治療室使用や死亡)が有意に低かった.以上より,流行性ヒトコロナウイルスに対する過去の感染経験は,SARS-CoV-2感染を防ぐことはできないが,病状を緩和することが示唆された.
J Clin Invest. Sep 30, 2020.(doi.org/10.1172/JCI143380)

◆ミンクからヒトへの感染によるアウトブレイク.
動物実験において,SARS-CoV-2に感染することがわかっている動物は,ヒト以外の霊長類,ネコ,フェレット,ハムスター,ウサギ,コウモリなどである.また,フェレット,ミンク,イヌからもSARS-CoV-2のRNAが検出されている.さてオランダから,16ヶ所のミンク農場で発生したクラスターに関する調査結果が報告された.このウイルスは,最初はヒトからミンクに感染し,その後,ミンクの中でさまざまに変異したことが明らかになった(図1に1つの農場における変異の過程を示す).バイオセキュリティの強化,早期の警戒・監視,感染農場の即時閉鎖にもかかわらず,大きなクラスターが離れた3つのミンク農場で発生し,農場間の感染伝播の機序は分からなかった.ミンク農場の住民,従業員,接触者97名のうち66名(68%)がSARS-CoV-2に感染していたが,全ゲノム解析の結果から,感染者はミンク由来の株に感染しており,ミンクからヒトへの感染が裏付けられた.
Science. Nov 10, 2020(doi.org/10.1126/science.abe5901)



◆退院患者の11人に1人が,2カ月以内に再入院する.
米国の865病院のデータを用いて,12万6137人の入院患者を特定した.約15%が入院中に死亡していた.また退院患者のうち,9%が入院から2ヵ月以内に再入院していた.再入院の危険因子は,慢性閉塞性肺疾患(COPD),心不全,糖尿病,慢性腎疾患(CKD)を有する患者,65歳以上の高齢者,感染前の3ヶ月に入院していた患者などであった.以上より,第3波により再度,医療体制への負担が危惧されているが,考慮の際に,再入院による追加のベッドとリソースを考慮する必要がある.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2020;69:1695–1699.(doi.org/10.15585/mmwr.mm6945e2)

◆精神疾患とCOVID-19には双方向性の関係がある.
米国から電子カルテネットワークを用いたコホート研究が報告された.COVID-19患者62354名のデータを用いて,COVID-19感染が精神疾患を増加させるか,また逆に精神疾患の既往歴のある患者ではCOVID-19の罹患が多いかを検討した.まずCOVID-19の診断後14~90日における任意の精神疾患(不安や不眠など)の発生率は18.1%であった.逆に前年に精神疾患の診断を受けている場合,受けていない場合と比較して,COVID-19の罹患率が65%高くなった(相対リスク1.65;p<0.0001)(図2).以上より,COVID-19は精神疾患発症のリスクとなること,ならびに1年以内の精神疾患の発症は,COVID-19の独立した危険因子である可能性が示唆された.
Lancet Psychiatry. Nov 9, 2020(doi.org/10.1016/S2215-0366(20)30462-4)



◆MRI所見が嗅覚神経路からの感染を明確に示した脳炎患者.
フランスからの報告.96歳女性が発熱と全身性けいれんにて入院した.入院2日前から,嗅覚消失,意識障害,行動異常が見られた.上咽頭および髄液PCRは陰性であったが,胸部CTからCOVID-19が疑われ,入院10日後に血清抗体が陽性となった.頭部MRIでは嗅覚路の異常信号を認めた(図3). FLAIR(A,B)では,嗅覚伝導路である直回(1),前帯状回(2),第一前頭回の極部(3),そして軽微だが梨状皮質(4),扁桃体(5),前部海馬(6)の異常信号が示された.造影効果は認めなかった(C).前頭回では拡散抑制が認められた(D:DWI,E:ADC).胸部CT(F).
Neurology. Nov 5, 2020.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000011150)



◆COVID-19とギラン・バレー症候群(GBS)の関連性の証明.
COVID-19におけるGBSの報告は散見されるものの,ジカウイルス感染症の場合に示されたように,発生率の増加を証明した報告がないことから,両者の因果関係に疑問を呈する専門家もいた.今回,イタリア北部の12病院におけるGBSの発生率に関する研究が報告された.2020年3月~4月に診断されたGBS症例を後方視的に収集し,対照として,前年度の同時期の症例と比較した.この結果,2020年のGBS発症率は0.202/10万人/月であったのに対し,2019年では0.077/10万人/月で,2.6倍に増加していた.COVID-19陽性患者におけるGBSの推定発症率は47.9/10万人,COVID-19入院患者では236/10万人であった.COVID-19に伴うGBSは,前年のGBSと比較し,筋力MRCスコアが低く(26.3対41.4,p=0.006),脱髄型が多かった(76.6%対35.3%,p=0.006).以上より,COVID-19とGBSの関連性が証明された.COVID-19関連GBSは主に脱髄型で,重症度が高いが,全身状態が重症度に関与している可能性もある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Nov 6, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-324837)

◆抗うつ薬が重要化防止に有効かもしれないという2つの論文.
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるフルボキサミンは,サイトカイン産生を調節するシグマ1受容体を刺激することで,臨床症状の悪化を予防する可能性がある.米国から,軽症COVID-19に対して,フルボキサミンが臨床症状の悪化を防ぐことができるかを検討した研究が報告された.対象は発症7 日以内で,酸素飽和度が92%以上の成人外来患者152名であった.フルボキサミン100 mg(80名)または偽薬(72名)を1日3回,15日間内服するように割り付けた.主要評価項目は無作為化後15日以内の臨床症状の悪化とした.臨床症状の悪化は実薬群で80人中0人,偽薬群で72人中6人に認められた(絶対差8.7%;log-rank P = 0.009)(図4).症例数が少なく,追跡期間が短いという問題があり,今後の大規模臨床試験が必要である.
JAMA. Nov 12, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.22760)



しかし,最近報告されたScience誌の論文で,SARS-CoV2,SARS-CoV,MERS-CoVという3つのウイルス共通に相互作用する分子としてシグマ1受容体が同定され,さらにリアルワールドのデータとして,抗うつ薬としてシグマ1受容体リガンドを投与されている患者では,COVID-19に罹患しても入院する率が半分以下に減少していることが報告された(図5).シグマ1受容体は重要な治療標的である可能性がある.
Science. Oct 15, 2020(doi.org/10.1126/science.abe9403)




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「二日酔い頭痛」とは何か?

2020年11月11日 | 頭痛や痛み
二日酔いによる頭痛は,頭痛診療のバイブルである国際頭痛障害分類第3版(ICHD-3)では,8.1.4.2遅発性アルコール誘発性頭痛(Delayed Alcohol-induced Headache;DAIH)と正式に記載されている.そして診断基準には以下の項目が含まれる.

1)頭痛はアルコール摂取後5~12時間以内に発現する.
2)頭痛は発現後72時間以内に自然消失する.
3)頭痛は以下の3つの特徴のうち少なくとも1項目を満たす:a) 両側性,b)拍動性,c)身体的活動により増悪.
項目は経験的に作られたのではないかと思われる(笑).この頭痛は生涯有病率72%ともっとも頻度の高い二次性頭痛でありながら,研究する者はほとんどなく,謎に包まれた頭痛とも言える.ところが最新号のNeurology誌にDAIHの大規模研究が掲載されており非常に驚いた!スペインのグループが2018年に行った調査で,DAIHの臨床表現型を明らかにすることが目的であった.著者らは,DAIHが片頭痛ないし低髄液圧性頭痛の特徴を有するのではないかという仮説のもと研究を行っている.

方法は自発的に(笑)アルコールを摂取し,頭痛を経験した大学生を対象に横断的研究を行っている.臨床データ等を各自,調査票に記入するアンケート形式で行われた.さて結果だが,計1,108 名も参加している(女性 58%,平均年齢 23 歳,頭痛の既往歴 41%).頭痛出現前の平均アルコール摂取量は158gと,ビール中瓶8本,ワイン2本に相当し(!),蒸留酒は参加者の60%,ビールは41%,ワインは18%が摂取していた(100%を超えるのは一部の人は複数飲むため).ICHD3のDAIH診断基準を95%の参加者が満たしていた.頭痛の持続時間は平均6.7時間で,総飲酒量と相関していた(r = 0.62,p = 0.03).85%の患者で両側性であり,前頭部痛が多く見られた(42.9%).痛みの性状は圧迫性(60%)または脈動性(39%)で,83%で身体活動による悪化がみられた.仮説に関しては,ICHD3の低髄圧による頭痛の基準を58%で満たし,片頭痛の基準を36%で満たした.



以上より,DAIHは典型的には両側性,前頭部優位で,圧迫感を呈する頭痛であることが分かった.また片頭痛と低髄圧による頭痛の両方の特徴を持つこともわかった.面白かったのは,この論文の限界が「想起バイアス」と記載されていたことである.つまりどれだけ飲んだのかとか,どんな頭痛だったのかとか,酔ってきちんと覚えていないことが研究結果を歪める恐れがあるということだ.
Clinical characterization of delayed alcohol-induced headache: A study of 1,108 participants
Neurology. Sep 1, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010607)


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月7日) 

2020年11月07日 | 医学と医療
今回のキーワードは,「反科学的思考」をもたらす神経機構,こうもりポケモンとハゲタカ・ジャーナル,スパイク蛋白質D614G変異の臨床的意義,好中球の自殺と血栓形成,70日間も感染力のあるウイルスを排出した患者,回復スピードとウイルス特異的抗体の関係,中和抗体の臨床試験の中間解析です.

新型コロナ論文に関する投稿を続けてきた理由はいくつかありますが,ひとつはCOVID-19に伴う神経筋合併症を理解して,見逃さずに院内感染を防ぐべきと考えたためです(今後,感染者が増加し,改めて重要になる可能性があります).もうひとつはテレビやネットにて,後述する「反科学的思考」を見聞きし,正確な科学的事実を共有する必要性を感じたためです.前者についてはだいたい出尽くし,現在,まとめとなる総説を執筆していますが,そろそろ役目を果たしたように感じています.後者に関連して次のような論文を読みました.

◆パンデミックにより顕在化した「反科学的思考」をもたらす神経機構.
COVID-19パンデミックにより,一般の人も多くの科学情報,たとえばグラフや統計,さまざまな治療法を目にすることになった.しかしその理解は必ずしも容易ではなく,科学リテラシーの重要性が問われることになった.一方,パンデミックは「科学という真実を否定する人々の存在」を顕在化させた.COVID-19の起源に関する陰謀論から始まり,反マスク行動,反ワクチン信仰,効果が証明されていない対策や治療を信じるなどがその例であり,感染拡大につながる大きな要因になっている.JAMA誌に,米国UCSFの脳神経内科医が書簡を投稿し,科学を否定し,誤った信念を形成・維持する「反科学的思考」をする人と,誤った信念が形成・維持されてしまう神経疾患,レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症の患者の間には,共通の神経機構が存在するのではないかと考察している.証明が困難な仮説ではあるが,興味深く読んだ.著者は結論として「科学者,臨床医,公衆衛生の専門家は,マスク,ワクチン,投薬などの問題において,一般の人々と対話をすべきである」,「医学界は,小児期から生涯にわたって科学教育を中心とした体系的な取り組みを行い,健康に害を及ぼしかねない誤った考えを打ち消さなければならない」,「科学が勝利すれば,みんなが勝利できる」と述べている.
JAMA. Nov 2, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.21332)

◆ショウヨウシティでのCOVID-19アウトブレイクは,ズバットの喫食と関係がある.
標題は最近話題の論文のタイトルで,American Journal of Biomedical Science and Research誌に掲載されたものだ.唯一の図表を見ると,SARS-CoV-2ウイルスとコウモリ「ズバット」ウイルスの核蛋白アミノ酸配列の比較が示されている(図1).



実は論文タイトルのショウヨウシティは,ゲームの「ポケモン」ゆかりの都市で,「ズバット」はこうもりポケモンの名前だ.私はポケモンファンなのでよく分かるのだが(笑),著者名を見るとポケモン登場人物のウツギ博士と女医のジョーイさん,最後が本当の著者の米国のSchlomi先生となっている.つまりSchlomi先生が投稿した「ニセ論文」が,学術誌に掲載されたのだ.実はこの雑誌はいわゆる「ハゲタカ・ジャーナル(悪質性の高いオープンアクセス・ジャーナル)」で,掲載費さえ支払えば,どんな論文も「査読をせず」に掲載してしまう.研究業績至上主義の今の世の中に付け入る商売だが,Schlomi先生はこのような雑誌の告発を分かりやすい方法で行っている人である.このような雑誌には投稿しないこと,そしていつも学生や若手医師に言っているように「論文だからといって信じず,批判的に読む」ことが大切である.
Cyllage City COVID-19 Outbreak Linked to Zubat Consumption
Am J of Biomedical Sci Res. March 18, 2020(doi.org/10.34297/AJBSR.2020.08.001256)
https://biomedgrid.com/pdf/AJBSR.MS.ID.001256.pdf

◆スパイク蛋白質D614G変異は感染力を高める.
スパイク蛋白質変異D614Gは,パンデミックの過程で優性になったが,その感染性やワクチンの有効性に与える影響はいまだ明らかにされていない.今回,米国テキサス大学の研究者が,USA-WA1/2020株にD614G変異を導入し,その影響を検討した(オリジナルがD614で,変異株がG614である).結果としてG614変異株は,ウイルスの感染性を高め,ヒト肺上皮細胞およびヒト初代気道組織でのウイルス複製を促進した(図2).



G614 変異株に感染したハムスターは,鼻腔ぬぐいおよび気管で高い感染力価を示したが,肺では認められなかった.G614 変異株が COVID-19 患者の上気道におけるウイルス量を増やしたことから(感染後5日目では,13倍以上にも増加している),変異により感染力が高まる可能性が示唆された.しかし症状には明らかな差はなく,感染性の高さが重症度につながるわけではないことも示唆された. 
さらに現在作成されている多くのワクチンがD614を抗原として使用していることから,D614に感染させたハムスターの血清を用いた検討を行い,G614変異株に対する中和力価がD614よりもやや高いことを確認している.このことから,G614突然変異でも,臨床試験中のワクチンは有効である可能性があるが,G614変異株に対する治療用抗体の研究も行うべきと述べている.
Nature. Oct 26, 2020.(doi.org/10.1038/s41586-020-2895-3)

◆COVID-19では血栓形成を促進する自己抗体がみられる.
COVID-19は血栓症のリスクが高いことが知られている.米国ミシガン大学からの論文で,入院患者172名の血清中の8種類の抗リン脂質抗体(aPL抗体)を測定した.具体的には,抗カルジオリピンIgG,IgM,IgA;抗β2GPI IgG,IgM,IgA;そして抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン(aPS/PT)IgGとIgMである.結果として,24%の症例にaPS/PT IgG,23%に抗カルジオリピンIgM,18%にaPS/PT IgMを検出した.まとめるとaPL抗体は,メーカーの閾値を用いた場合には52%(89名)に,より厳格なカットオフ値を用いた場合でも30%に検出された.そして高いaPL 抗体価は,好中球細胞外トラップ放出(NET:つまり貪食する以上に細菌が多数存在するときに,その細菌群めがけて投網のように網を投げかけて細菌を捕獲・殺菌すること)を含む好中球の過活動,血小板増多,重度の呼吸器合併症,および糸球体濾過率の低下と関連していた.抗リン脂質症候群患者からのIgGと同様に,COVID-19患者から単離されたIgG分画は,健康な個体から採取した好中球にNET放出を促進した(図3).



NETは細菌を捕獲・殺菌するだけではなく,好中球自身も血管内で細胞死に至り(NETosisという),血管内血栓形成の足場になることが知られている.よってCOVID-19患者血清から精製したIgGをマウスに注射すると,確かに2つのマウスモデルで静脈血栓症が生じた.以上より,COVID-19で入院した患者の半数が,少なくとも一過性にaPL抗体陽性となり,これらが血栓形成をもたらしている可能性が示唆された.
Science Transl Med. Nov 2, 2020(doi.org/10.1126/scitranslmed.abd3876)

◆特定の患者では,無症状でも70日間も感染力のあるウイルスを排出する.
米国からの症例報告だが,なんとCell誌に掲載された.しかしその内容は非常に詳細な検討がなされた長編論文で,Cell誌での採択も頷ける.症例は慢性リンパ性白血病と後天性低ガンマグロブリン血症を合併した免疫不全の女性で,COVID-19に感染した.無症状であったものの,上気道から感染性のあるSARS-CoV-2ウイルスが初診から70日間も持続して排出された(図4).RNAの排出はさらに105日まで観察された.1回目の回復期患者血漿輸血でも感染性は消失しなかったが,2回目の輸血から数週間後,ウイルスRNA は検出されなくなった.患者内において,連続的でダイナミックなウイルスゲノムの変化が観察された.しかしVeroE6細胞(猿の腎臓細胞由来)およびヒト初代肺胞上皮細胞における複製速度は変化しなかった.以上より,特定の患者が長期にわたって感染状態を維持する可能性があることが示された.
Cell. Nov 4, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.049)



◆早く感染から回復した人は,ウイルス特異的抗体産生が長期間持続している.
米国からの報告.COVID-19に感染した92 名のウイルス抗体反応を経時的に評価した.ウイルス特異的抗体価は患者によりさまざまであったが,症状の重症度と相関がみられた.76名の被験者を約100日まで追跡したが,抗体産生の持続期間も異なっていた.ほとんどの患者ではウイルス特異的IgGは大幅に減少したが(このような患者をdecayerと呼ぶ),初期の抗体価が同等であったにもかかわらず,期間内で抗体価が安定ないし増加した患者が20%存在した(sustainerと呼ぶ).これらの症例は後方視的に振り返ると,感染後,短期間で回復していたことが分かった(平均10日対16日).これらの症例はウイルス特異的メモリーB細胞抗体遺伝子の体細胞変異が増加し,さらに以前に活性化したCD4+ T細胞頻度が持続的に高かった.以上より,ウイルス特異的IgG産生を持続して維持できる患者は,疾患からの回復が早い傾向があることがわかった.
Cell. Nov 3, 2020.(doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.051)

◆ウイルス中和モノクローナル抗体LY-CoV555の中間解析.
米国からウイルス中和モノクローナル抗体LY-CoV555を用いた第 2 相臨床試験の中間解析の結果が報告された.軽度または中等症のCOVID-19と診断されたばかりの外来患者452 名を対象とした試験で,中和抗体 LY-CoV555 を3種類の用量(700 mg,2800 mg,7000 mg)または偽薬のいずれかの単回静脈内投与群に無作為に割り付けた.主要評価項目は,治療11日目のウイルス量のベースラインからの変化とした.結果であるが,対数ウイルス量のベースラインからの減少の平均値は-3.81であり,99.97%以上のウイルスRNAが除去された(図5).症状スコアも11日目まで一貫してLY-CoV555群のほうが良いものの,7~11日目には両群ともほとんど治癒ないしあっても軽度の症状のみであった.入院ないし救急外来受診はLY-CoV555群で1.6%,偽薬群で6.3%であった.群ごとに調べると,LY-CoV555を2800 mg投与された群では,ベースラインからの減少におけるプラセボとの差は-0.53(95%CI;P=0.02)と有意であった.しかし700 mg投与群(-0.20;P=0.38)または7000mg投与群(0.09;P=0.70)では偽薬との有意差は認めなかった.有効性の証明にはさらなる検討が必要である.
N Engl J Med. Oct 28, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2029849)



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鏡像運動とその原因遺伝子のはたらき

2020年11月04日 | その他の変性疾患
鏡像運動 (mirror movement)は,体の一側を動かすと反対側も無意識に動いてしまう不随意運動である.幼い子供には時々見られるが,10歳を超えて続くのは病的と言われている.Neurology誌のレジデント向けページにとても分かりやすい動画が掲載されている.

18歳の男性で,幼少期から手の鏡像運動があったものの増悪はなく,他の神経障害も認めなかった.動画は3つのパートからなっている(パート1: 右足を動かしても,左足の動きはなし.パート2:一方の手が動くと,他方の手は無意識のうちに同じ動きをする.左右いずれでも起こる.パート3:動きが活発なほど,反対側の動きも激しくなる).
頭部MRIは正常だが,functional MRIでは,一側の手を動かすと,両側の一次運動野と補助運動野の血流が増加している.



責任病変としては,脳梁,補足運動野,頸髄周辺(Chiari奇形やKlippel-Feil症候群など)の報告があり,発現機序としては皮質脊髄路の異常支配,大脳における運動制御機構の異常などが想定されてきた.

遺伝性ないし症候性の鏡像運動が報告されているが,前者は主として常染色体優性遺伝形式を呈する.軸索ガイダンス分子ネトリンの受容体をコードするDCC(deleted incolorectal cancer)遺伝子の変異が報告され,本例でも新規フレームシフト突然変異が同定されている.遺伝子変異により,タンパク質の切断が生じ,体の正中線を横切る中枢神経系軸索の発達がうまくいかなくなることが原因と考えられている.本例の脳梁は正常であったが,部分的無形成の症例も報告されている.

Neurology. August 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010599)
Ann Neurol. 2019;85(3):433-442.(doi.org/10.1002/ana.25418)
Brain Nerve. 2018;70:1217-1224(doi.org/10.11477/mf.1416201167)


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