Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

「歯周病菌がアルツハイマー病の原因であり,治療標的である」という驚くべき論文

2019年02月26日 | 認知症
Cortexymeという創薬ベンチャーがScience Advancesに報告した論文を紹介したい.アルツハイマー病(AD)の原因は,P. gingivalisという歯周病菌(口腔偏性嫌気性菌)であり,この菌が歯肉から血中に入り,加齢や脳血管障害で脆弱化した血液脳関門を通過し,脳内でタンパク分解酵素gingipainを産生・分泌することであるという論文である.そして,このgingipainを阻害する薬剤を用いたADに対する臨床試験がすでに開始されているという本当に驚くべき内容である.個人的には胃がんとピロリ菌の関連が明らかになったときのことを思い起こした.もし事実ならADの予防や治療が大きく変わる可能性がある.論文の内容を箇条書きでまとめたい.

・歯周病菌P. gingivalisは健常人の口腔内にも存在し,歯磨きやフロス,歯科治療などで一過性の敗血症をきたし,冠動脈,胎盤,肝臓などに移行する.
・この菌は3種類のgingipain(Kgp,RgpA,RgpB:KとRはリジン,アルギニンの意味)を分泌し,宿主の感染バリアの破壊などを行う.血管内皮細胞や線維芽細胞などに毒性を示す.

著者らはgingipainがAD脳における神経障害に関与するという仮説を立て,研究で次のことを示した.

・ヒトAD脳と対照脳を各々50例集積しmicroarrayで比較すると,AD脳でgingipain発現は著明に高値である.
・免疫染色でもAD脳の海馬の神経細胞,アストロサイトが,抗gingipain抗体で染色される(図の茶色の部分).さらに脳組織から免疫沈降を行い,gingipainの存在を確認している.
・AD患者脳にくわえ髄液にもP. gingivalisのDNAを検出し,脳内にP. gingivalisが存在することを示した.
・免疫染色とDNAの検討から,健常者でも軽度ではあるがP. gingivalisが脳に侵入していることが分かる.

・次にADの病態に重要な分子としてタウタンパク質,アミロイドβ(Aβ)との関連を検討し,まずタウの神経細胞凝集体であるtangleとgingipainが免疫組織学的に共存することを示す.
・このことから発想を得て,In vitroの実験にて,タンパク分解酵素であるgingipainが,タウを切断することを示す(AD脳ではタウの切断が,不溶化や異常リン酸化につながることが知られている).
・さらにIn vitroの実験で,gingipainは培養神経細胞に対して細胞毒性を持つが,創薬ベンチャーが開発したCOR286,COR271というgingipain阻害剤がその毒性を緩和することを示す.この阻害剤の経口投与はP. gingivalis口腔感染マウスを用いたin vivoの実験で,脳内での炎症,細胞毒性も軽減させた.
・一方,P. gingivalis口腔感染マウスではAβ1-42の発現が誘導される.しかしgingipainを欠損するP. gingivalisの感染ではこの変化が生じないことから,Aβ1-42の発現誘導は歯周病菌に対する防御機構と推測している.つまり,ADの神経変性の原因として,gingipainによるタウ切断が重要で,Aβは単に歯周病菌感染に対する防御反応であるという立場をとっている.
・最後により強力な阻害剤COR388を合成し,同様のマウスモデルで,用量依存性にP. gingivalisの感染,Aβ発現,炎症(TNF)が抑制できることを示した.

本研究の問題を挙げるとすれば,P. gingivalis感染モデルが本当にAD脳を反映したものであるかという点である.脳に炎症が惹起されることは確かだが,AD脳の病的過程を再現できているのかがよく分からない.つまり単純にタウの異常リン酸化や,神経原線維変化,老人班を示せばれば良いのであるが,論文中にそのデータはないことは気になる.

現在,COR388を用いた臨床試験が計画されている.Cortexyme社は分かりやすい動画も公開している.自分はADの克服は加齢をコントロールすることであり,基本的に困難であると考えてきた.しかしもし感染症によりADが引き起こされているのであれば前提が大きく変わる.COR388の臨床試験の成功を期待したいが,私たちにできることはこの論文を信じて,まずP. gingivalisによる菌血症,つまり脳への移行を極力防ぐこと,つまり歯周病予防と治療をしっかり行うことである.

Dominy SS, et al. Porphyromonas gingivalis in Alzheimer's disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors. Sci Adv. 2019;5(1):eaau3333.



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Redundant Nerve Roots signは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子である

2019年02月25日 | その他
Redundant Nerve Roots (RNR;余剰神経根)は,MRI T2強調画像で,馬尾のあたりが図のように曲がりくねり,一部,点状にも見える所見である.水平断では横に走行する馬尾を認めることから,矢状断で点状に見える理由が分かる.

歴史的には1960年代の終わり,間欠性跛行を呈する症例に対して脊髄造影を行うと,蛇行する陰影欠損がみられ,手術をすると馬尾神経が「蛇がとぐろをまいている」所見が世界各地で相次いで報告され,この名称が使われるようになった.本邦では脳外科や整形外科系の医学誌で主に議論がなされていた.剖検によって,RNRは圧迫により力が加えられ肥大した神経根が,そり曲がり,たわんだ状態であることが確認された.現在はCT,CT myelography,MRIで診断が可能である.

除圧術を予定している腰部脊柱管圧迫症の約40%の症例のMRIにて,このRNRを認めると言われているが,腰部脊柱管圧迫症における臨床的意義については明らかではない.昨年,腰部脊柱管狭窄症におけるRNRの意義,つまり本所見を認める症例の特徴と,術後の回復への影響についてのメタ解析が報告されたので紹介したい.

システマティックレビューは2018年4月にPubMed,MEDLINEなどを用いて行い,RNRの有無で臨床的特徴や予後に違いが認めるかを検討した,前方視的ないし後方視的研究を抽出し,メタ解析を行った.2名の著者が独立して,研究結果とバイアスについて評価を行った.

結果は計1046名の症例を含む7つの研究(本邦の2論文を含む)を用いて,メタ解析を行った.その結果,RNRを認める症例はより高齢で(平均5.7歳;95% CI [2.2–9.2], p=0.001),より狭窄が強く(面積−12.2 mm2,95% CI [−17.7 to −6.7], p < 0.0001),症状出現からの時間が長かった(13.2ヶ月,95% CI [−0.2–26.7], p=0.05).術前臨床スコアはRNR+グループで悪い傾向を認めたが,有意差はなかった(−3.8点.95% CI [−7.9 to 0.2], p=0.07). 除圧術後の臨床スコアはRNR+グループで有意に悪く(−4.7点,95% CI [−7.3 to−2.1], p=0.0004),回復率も低かった(−9.8%,95% CI [−14.8 to −4.7], p=0.0001).

以上の結果より,RNRサインを認めた症例は,認めない症例と比較して,より高齢で,罹病期間が長く,狭窄の程度が高度であること,また術後の回復も不良であることが示された.つまりRNRは腰椎脊柱管狭窄症の予後不良因子と結論された.今後,術前に注意して確認すべき所見と考えられる.

Clin Neurol Neurosurg 174;40-47,2018; Arq Neuro-Psiquiatr 72;2014 




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上肢Barré徴候というものはない

2019年02月14日 | 医学と医療
朝のカンファレンスで,有名な上肢Barré徴候という名称は英米では使われないという話をしました.一方,下肢の不全麻痺の診察法として背臥位で行うMingazzini試験があります(写真C).これはイタリアの神経学者Giovanni Mingazziniが1913年に報告したものですが,同時に上肢の診察法も報告していました(写真A).つまり本来であれば上肢の落下試験はMingazzini試験と呼ばれるべきでした.そのあと1919年,フランスの神経学者Jean A Barréが,腹臥位で下肢の不全麻痺を診察する新たな変法を報告しました.Barréは1937年の論文の中で,自身の変法(写真D)とともに写真BとCを掲載していますが,上肢については記載が曖昧であったため,本邦ではBarréによるものと誤って紹介され,今日に至りました.結論として「上肢ではMingazzini試験(A),下肢には背臥位のMingazzini試験(C)と腹臥位のBarré変法試験(D)がある」ということになります.

上記は尊敬するneurologistのひとり,廣瀬源二郎先生の論文で学びました(臨床神経2015;55,455-8).注意すべきはMingazzini試験オリジナルは,手掌を下にし,指を開き行うことです.廣瀬先生はオリジナルを行った後,手を回外位に保ち閉眼させ,回内・落下を確認すること(pronator drift)を勧めています.

ちなみにBarréは変法を報告する3年前の1916年に,Geoges GuillainとAndre Strohlという2名のフランスの神経内科医とともに「細胞反応がなく脳脊髄液の蛋白増加を伴った根神経炎症候群について」と題した2症例の報告をしています.つまりGuillain-Barré(-Strohl)症候群のBarréと同一人物です.



廣瀬源二郎.Barré試験とMingazzini試験 ―Mingazzini原著の重要性―.臨床神経, 55:455-458, 2015
なおこの内容は,平山恵造先生も神経症候学Ⅱ,およびClin Neurosci 18: 106, 2000に記載されておられる.また福武敏夫先生も脊椎脊髄ジャーナル 28; 246-53,201および著書「神経症状の診かた・考えかた(2014、2017)」にて紹介されておられる.


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連載開始「医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)を防ぐためには?-脳神経内科領域の取り組みから学ぶ」@医学のあゆみ

2019年02月02日 | 医学と医療
「医学のあゆみ」誌の次号(268巻6号)より,標題のタイトルの連載を計11回シリーズでさせていただくことになりました.これまでも当ブログにてご紹介してきた通り,医師における燃え尽き症候群は重大な問題として認識されるようになりました.多くの診療科の医師がこの問題に直面しておりますが,脳神経内科医はこの問題に積極的な取り組みをはじめています.例えば,米国神経学会は2014年ごろから本格的,かつスピーディーにこの問題への取り組みを開始し,学会活動は大きく変貌しました.また私どもは2018年に行われた第59回日本神経学会学術総会(札幌)においてこの問題に取り組むシンポジウムを開催し,多くの学会員や関係者,マスコミの方々の注目を集め,同学会のキャリア形成促進委員会でも議論が開始されました.

本連載はこのシンポジウムの内容を各演者の先生方にさらに発展的にご記載いただくとともに,本邦における燃え尽き症候群研究の第一人者である心理学者,久保真人教授(同志社大学)による概念と医師におけるバーンアウトについての解説,そしてシンポジウムで十分に議論ができなかった燃え尽き症候群に対する個人及び医局・病院としての対策について議論を深めていきます.さらにこれまで世界的にも議論がほとんど行われていない精神医学の立場から見た燃え尽き症候群の本質,そしてバーンアウトしてしまった医師に対する接し方や対応について,塩入俊樹教授(岐阜大学)からご解説をいただきます.

燃え尽き症候群は医師自身とその家族はもちろんのこと,仲間や後輩医師,学生,さらには患者さんに対しとても大きな影響を及ぼします.この問題を正しく認識し,対策を講じる必要があります.本連載が脳神経内科領域における取り組みをご紹介することにより,活発な議論と有効な対策の開始につながることを期待したいと思います.



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする