Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「ワニの涙(Crocodile tears)」-その真偽と治療-

2023年11月29日 | 医学と医療
「ワニの涙」の治療について相談を受けました.「ワニの涙」もしくは「ワニの涙症候群」は顔面神経麻痺から回復した患者さんが,食事中に涙を流す症候として有名です.1926年,ロシアの神経病理学者F.A.ボーゴラッドが,論文のタイトルに「ワニの涙症候群」を用いたため,ボーゴラッド症候群とも呼ばれます.顔面神経麻痺の合併症の1つで,発症から6~9ヵ月後に出現し,頻度は3.3%という報告があります.この印象的な名称は「ワニは食事中に泣く」という古い俗説に由来します.1400年に出版され,広く読まれた『ジョン・マンデヴィル卿の航海と旅』という本の一節「その国にはワニがたくさんいる・・・このワニは人を殺し,泣きながら食べるのだ」から広まったとの記載を見つけました.

「ワニの涙」のメカニズムは,顔面神経障害後の再生神経線維が,回復過程で,顎下腺から涙腺へと誤って誘導され,その結果,咀嚼や味覚刺激の際に,唾液分泌の代わりに涙液分泌が起こると考えられています.



私はこの治療について相談を受けたことは初めてで,調べてみたところ,過去には涙腺の部分切除も行われたようですが,ボツリヌス毒素注射による治療が最も一般的なようです.ただ根拠となっている論文は,対象が4人のみの症例集積研究で,平均20単位のA型ボツリヌス毒素を涙腺に注射したところ,流涙の一部または完全な減少を全例で認めたというものでした.評価は味覚刺激時のシルマーテストを行っています.効果発現は注射から24~48時間後で,4~5ヵ月持続したそうです.経皮的ないし経結膜的に注射できますが,経結膜的ルートのほうが合併症は少ないそうです.★このような治療の経験のおありの先生はおいででしょうか?
Montoya FJ et al. Eye (Lond). 2002 Nov;16(6):705-9.




それにしても「ワニは食事中に本当に泣くのだろうか?」と考えてしまいました.私と同じことを疑問に思った脳神経内科医はやはりいたようで,2006年,D. Malcolm Shaner医師は動物学者に依頼し,カイマンワニ7匹中5匹が涙を流しながら餌を食べることを確認し,逸話が事実であることを論文報告しています!論文の中で「泣くという現象は,食事中,温風がシューという音を出しながら副鼻腔を通ることにより,涙腺が刺激され,目に涙液が送られることで発生した可能性」を議論しています.疑問を徹底的に検証するこの先生の姿勢は嫌いじゃありません(笑).
Shaner DM. et al. BioScience 57;615–617,2007



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家族性ALSに対するトフェルセンについて理解しよう

2023年11月23日 | 運動ニューロン疾患
トフェルセンはSOD1遺伝子変異を有する家族性ALS(ALS患者全体の2%程度)の進行を遅らせる可能性のある治療薬で,ALS治療研究における非常に大きな進歩と言われています.トフェルセンはSOD1 mRNAを標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチドです.SOD1 mRNAのRNase H依存性分解プロセスを利用し,SOD1タンパク質の産生を減少させます(図).具体的には髄腔内投与により運動ニューロンに入り,SOD1 mRNAに特異的に結合し,RNA-DNAハイブリッドを形成します.トフェルセンはRNase H依存性酵素を活性化し,RNA鎖を切断して変異型SOD1 mRNAを分解,減少させ,最終的に変異型SOD1タンパク質も減少して,神経変性が抑制されます.



トフェルセンの臨床試験としては,まず第1-2相試験が50人の患者を対象として行われました.主要評価項目は85日目のSOD1濃度のベースラインからの変化でした.SOD1タンパク濃度の幾何平均比は,20mg群で1%,40mg群で27%,60mg群で21%,100mg群で36%減少しました(偽薬群は3%減少).

第3相試験では72人がトフェルセン群,36人が偽薬群に割り付けられました.168日間にわたりトフェルセン(100mg)を8回髄腔内投与しました.遺伝子変異の種類による進行の速いサブグループでは,トフェルセン群では脳脊髄液中のSOD1蛋白質の総濃度が29%減少(偽薬群は16%増加),進行の遅いサブグループでは,トフェルセン群で40%減少(偽薬群は19%減少)しました.さらに神経障害マーカーである血漿中のニューロフィラメント軽鎖(NfL)濃度を偽薬群よりも大きく低下させました(図).



しかし進行の速かったサブグループで,ALSFRS-Rスコアの28週目までの変化は,トフェルセン群で-6.98点,プラセボ群で-8.14点と有意差なし(差,1.2点;95%信頼区間,-3.2~5.5点;P = 0.97).副次評価項目も両群間で有意差はなし.副作用は腰椎穿刺関連の有害事象(穿刺部痛,頭痛)が認められ,重篤な有害事象(脊髄炎,無菌性髄膜炎など)はトフェルセン群の7%に認められました.

これらのデータに対し,アメリカFDAは,効果は十分とは言えないとしながらも,患者にとってリスクよりも利益が上回ることが予測できるとして,深刻な疾患の患者に対し,より早く治療を提供する「迅速承認」を支持する意見をまとめ,4月25日に承認しました.私自身も疾患の性格上,FDAの考えは支持できるものだと思いました.

一方,日本では治験が行われたものの未承認で,外国から輸入し,高額な費用を自己負担する必要があり,ほとんどの患者さんは使用困難な状況です.東京医科歯科大学の横田隆徳教授は「病気の原因に直接働きかける薬ができたという意味で,非常に価値の高い成果だと思っている」「進行が早いALS患者は2年程度で亡くなることもあるため,日本で薬が承認されるまでのドラッグラグの期間によっては治療が間に合わない.そのような患者がいち早く薬を手に取れるような社会的な対応を期待したい」と話しています(https://tinyurl.com/ylqe57uq).
Miller TM, et al. Trial of Antisense Oligonucleotide Tofersen for SOD1 ALS. N Engl J Med. 2022 Sep 22;387(12):1099-1110.(doi.org/10.1056/NEJMoa2204705
Saini A, et al. Breaking barriers with tofersen: Enhancing therapeutic opportunities in amyotrophic lateral sclerosis. Eur J Neurol. 2023 Nov 17.(doi.org/10.1111/ene.16140

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外傷後の脳浮腫をアドレナリン受容体拮抗薬で治療する!

2023年11月22日 | その他
外傷性脳損傷(traumatic brain injury;TBI)において,脳浮腫は重症度や死亡率に影響を及ぼすためその治療は重要です.私は知らなかったのですが,TBI後にノルアドレナリン濃度が上昇し,その上昇幅は重症度と死亡の可能性の予測因子となることが知られているそうです.しかし脳のドレナージ(廃液)システムであるグリンパティックシステムの障害と,ノルアドレナリンの関係については不明でした.

今回,米国ロチェスター大学により,急性外傷後の脳浮腫は,ノルアドレナリンの過剰放出に反応して起こるグリンパティック流およびリンパ流の阻害の結果として生じること,ならびにノルアドレナリンの過剰放出が治療標的になることがNature誌に報告されました.

この研究はTBIのマウスモデルを用いた検討です.具体的には麻酔下で,頭蓋の外から強い力を与えたあとに生じる脳外傷後の浮腫を軽減する方法を検討しています.まずアドレナリン受容体は3種類ありますが(α1.β.α2),そのすべてを抑制できる阻害薬カクテル(プラゾシン,プロプラノロール,アチパメゾール:略してPPAと呼んでいます)を外傷後投与したところ,中心静脈圧は正常化し,グリンパティック流および頸部リンパ流が部分的に回復し,その結果,脳浮腫が大幅に減少,さらに認知機能低下などの機能予後も改善しました.つまり外傷後のノルアドレナリン放出(アドレナリン・ストーム)は,頸部リンパ管の収縮力の低下を招き,グリンパティック液とリンパ液の全身循環への還流を低下させ,脳浮腫が生じるようです.これに対し,阻害薬カクテルを投与したところ,グリンパティック液とリンパ液の全身循環が回復し,その結果,外傷性病変からの細胞破片のリンパ管輸送が促進され,二次的な炎症も改善,さらにリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させました.

またこの論文では,血管外への血漿の滲出はこのモデルではほとんど脳浮腫に寄与していないこと,また脳脊髄液の過剰合成もないことも示され,脳浮腫の原因は専らグリンパティックシステムのドレナージの障害によると判断しています.もちろんまだ動物モデルでの検討ですが,ヒトへの応用が大きく期待されます.また「PPAがリン酸化タウの蓄積を大幅に減少させる」という点は,アルツハイマー病などのタウオパチーで,ドレナージシステムは治療標的になるのではないかと,当然,皆考えるのではないかと思いました.
Hussain R, et al. Potentiating glymphatic drainage minimizes post-traumatic cerebral oedema. Nature. 2023 Nov 15.(doi.org/10.1038/s41586-023-06737-7



【図の説明】
(左)脳脊髄液は間質液と交換し,静脈周囲腔に沿って集められ(水色),髄膜リンパ管や神経・血管周囲の軟部組織を通って排出される.(右)脳損傷により脳脊髄液の排出が抑制され,組織が腫脹する.傷害に反応して流出が減少するのは,アドレナリン・ストームによるもので,グリンパティック液の輸送だけでなく,頸部リンパ管の収縮の頻度と振幅を減少させ,同調を乱し,下流の体積移動効率を低下させる.アドレナリン作動性抑制はこれらの変化を緩和し,急性浮腫を消失させる.また,アドレナリン受容体拮抗薬による治療は,細胞破片の除去を促進し,神経炎症を抑え,機能回復を改善する.


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第11回難病医療ネットワーク学会学術集会と市民公開講座のご案内

2023年11月20日 | 医学と医療
いよいよ今週金曜日より,標題の学会が名古屋で開催されます.難病医療や多職種連携に関心をお持ちの非学会員の方もご参加いただけます(事前参加申込みは不要).また24日(金)15時から「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」に関する市民公開講座があります.最高の講師陣です.ぜひご参加いただければと思います.

私は大会長講演にて今後,議論になる難病患者の「安楽死,医師介助自殺(PAS)」と「自己決定」について考えます.しばしば若い医師から「患者さんが死にたいと言っている」「患者さんが胃ろうは希望しないと自己決定したのでそうします」というプレゼンを聞き,先輩医療者として伝えるべきことがあるように思いました.すでに安楽死やPASを合法化した国で何が起きているか,最新情報をご紹介して,この問題の本質に迫りたいと思います.名古屋でお目にかかることを楽しみに致しております!

【リンク】
学会の見どころ(Plenary,基礎から学ぶ難病医療,難病医療の最前線,シンポジウム)
大会HP
市民公開講座「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」


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どうして機能性神経障害は理解されないのか?@TED

2023年11月18日 | 医学と医療
神経心理学者のSteph Blanco先生による印象的なTEDトークです.ご自身が機能性神経障害(functional neurological disorder;FND)を14歳のときに発症し,長く患ったものの回復し,その後,多くの患者さんに面会し研究をされておられるそうです.FNDは筋力低下,不随意運動,けいれん発作,感覚障害など多彩な症候を呈します.歴史的にヒステリー,解離性障害,転換性障害,身体表現性障害,心気症,Munchausen症候群,詐病などと呼ばれてきました.しかしかなりの苦痛と障害を伴い,症状は偽りではありません.私もパンデミック以降,多くの患者さんの診療を行っていますが,早い段階で適切に診断し,無益な検査をやめて,次のようなサポートを行えば回復される方も少なくありません.

①患者さんの訴えを真剣に受け止める.② 診断名を明確にし,その根拠を示す(FNDに特有な陽性徴候を見出す).③原因よりも機序について話し合う.④可逆性の疾患であることを強調する.⑤文書による情報提供を行う.⑥チームによる集学的ケアを行う(理学療法や心理療法),⑦フォローアップの計画を立てる.

16分ほどの動画です.設定→字幕→自動翻訳→日本語で,日本語字幕も出せます.印象に残った言葉をメモしました.日本では欧米と比べて取り組みがだいぶ遅れている印象があります.FNDを診断できるのは神経症候を診察できる脳神経内科医だけですので,この疾患について学ぶ必要があります.
~~~~~~~~~~~~~~~
*脳は実は複雑なので,機能不全に陥るのは比較的簡単なことなのだ.
*何人かの医者は,私が嘘をついていると言った.
*正式な診断を受けるまでに5年かかり,その診断は機能性神経障害(FND)だった.
*私はいまだにスティグマにさらされている.極めて多い疾患であるにもかかわらず,いまだに誤解されている.
*FNDは誰にでも起こりうるということであり,突然,そして完全にその人の人生全体を変えてしまう.
*医療関係者や臨床医を調査したある論文によると,FNDは最も好まない症状だという.彼らはFNDを重荷だと考えている.希望もサポートもないと思っているのだ.
この病気とともに生きている人たちの語りに耳を傾けてください.
*この症状は,人間の心の謎のいくつかを解き明かす可能性がある.
*FNDは医療や心理学の分野では,切実に必要とされているにもかかわらず,いまだに議論されていない.
*私はまた,FNDの人たちに,自分たちはひとりではないこと,これは気のせいではないこと,そして私が彼らのそばにいることを知ってもらうために,私のストーリーを共有します.FNDのことを一人でも多くの人に伝えてほしい.

Why is Functional Neurological Disorder so poorly understood? | Steph Blanco | TEDxBrayford Pool

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アミロイドβ抗体療法の有効性と安全性を理解する

2023年11月14日 | 認知症
教室の勉強会で使用したスライドです(全76枚).1時間のレクチャーを行いました.内容としては,①アミロイドβと抗体療法の基礎,②臨床試験における効果のさまざまな解釈,③アミロイドβ抗体療法の安全性(ARIA,死亡事例,脳萎縮)について提示したあと,最後に「安全な治療を継続して行うために何が求められるか?」を議論しました.私なりに,下記のような医療者,製薬企業への提案も考えてみました.

1. 効果を実感しがたい治療を続けられる工夫を考える
2. 誤解を招く説明を行わない(図)
3. 重篤な副作用を全力で防止する
 ① 臨床試験に極力ならった患者選択を行う
 ② ApoE遺伝子検査体制の確立を促す
 ③ いつまで治療を継続するかの結論を出す
 ④ 脳萎縮症例のモニタリングと報告,注意喚起をする

レクチャー後,学生から教室メンバーまで非常に多くの質問や意見がありました.やはり治療による益と害について,治療を提供する側も受ける側も正しくこの治療について理解することが大切で,議論の前提だと思いました.そのためにこのスライドがお役に立てばと思います.

スライドへのリンク




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近未来の脳神経内科はCAR-T細胞を駆使する ―抗NMDAR脳炎への応用―

2023年11月13日 | 自己免疫性脳炎
自己免疫脳炎の代表的疾患である抗NMDAR脳炎は,精神症状,記銘力障害,痙攣発作,運動異常症,意識障害,中枢性低換気などを呈する若年女性にみられる脳炎です.急性期から積極的な免疫療法を行うことが重要で,第1選択療法でうまくいかないとき,速やかにリツキシマブなどの第2選択療法に踏み切れるかが重要です.ただし現在の治療は,広範な免疫抑制ないし非選択的抗体除去ですので,限界があり副作用も問題になります.

今回,Cell誌に,ドイツからCAR-T細胞療法でNMDAR抗体を作るB細胞を選択的に除去するという研究が報告されました! CAR-T細胞療法は脳神経内科では馴染みがありませんが,急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫といった血液がんに大きな進歩をもたらした治療です.少し解説すると,近年,T細胞免疫療法において,キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor: CAR)をもつ遺伝子改変CAR-T細胞の開発が盛んに行われています.CARは腫瘍抗原特異的TCRや抗体を改変して作成した受容体です.一般的に受容体には細胞外領域に抗体の可変領域(抗原認識部位)が配置され,細胞内領域にTCRの一部であるCD3や共刺激分子CD28,CD137の細胞内領域(活性化シグナル伝達領域)が配置されます.そして患者末梢血に存在するT細胞を採取して,ウイルスベクターで受容体を導入して,体外でCAR-T細胞を大量に作ることができます.これを再び体内に戻します.

この論文では,まずNMDARの自己抗体遺伝子を14種類クローニングし,ほぼすべてに反応する NMDA受容体の遺伝子構成を決め,それに細胞内の4-1BB/CD3ζドメインを融合させたキメラ遺伝子を作成し,T細胞に発現させています.そうしてできたNMDAR-CAAR T細胞は,患者由来の自己抗体を認識し,サイトカインを放出し,増殖します(図).NMDAR-CAAR T細胞は,In vitroにて標的細胞に対する細胞傷害性を示し,またマウス動物モデルにおいて,抗NMDAR B細胞株を枯渇させ,自己抗体レベルを持続的に低下させることができました.病理学的に標的細胞以外に障害はなく,また標的細胞が少ないため,CAR-T細胞療法の安全上の懸念であるサイトカインストームも生じませんでした.



まだ前臨床研究の段階ですが,抗NMDAR脳炎におけるCAAR T細胞の第I/II相試験への道を開く研究といえます.もしこの治療が臨床応用されると副作用の軽減,長期予後の改善,再発予防が期待できます.同様のCAR-T細胞療法を用いた治療研究は重症筋無力症でも報告されており(Phase 1b/2a),16名の検討で,安全であり,忍容性も良好と報告されています.

近未来の脳神経内科はCAR-T細胞療法を行うことになりそうです.

Granit V, et al. Lancet Neurol. 2023 Jul;22(7):578-590.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00194-1.
Reincke SM, et al. Cell. 2023 Oct 26:S0092-8674(23)01083-8.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.10.001

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パーキンソン病治療に革命をもたらすか!硬膜外脊髄電気刺激療法

2023年11月10日 | 運動異常症
将来のパーキンソン病(PD)治療を大きく変えるgame changerになるかもしれない研究がNature Medicine誌に報告されました.驚くべき報告です!発症30年が経過し,深部刺激療法を行っているものの,高度のすくみ足と転倒を認める62歳フランス人患者が,硬膜外脊髄電気刺激により歩行が可能になったというスイスからの報告です!

PD患者では,神経伝達物質ドーパミンを産生する神経細胞が障害された結果,「脳と脊髄の間のコミュニケーションが損なわれている」わけですが,植え込んだ脊髄インプラントは,大脳一次運動皮質の神経活動(つまり歩行意思)を記録しつつ,適切なタイミングで脊髄を刺激することで,患者の希望に沿った動作ができるようになるようです.

しかしそれにしても「なぜPDに対し脊髄刺激で歩行できるようになるのだろう?」と思いました.疾患のためうまく働かなくなった錐体外路をバイパスするということなのかなと思いましたが,さらに横山和正先生(東静脳神経センター)から「脊髄反射を利用するということですかね.今回の治療学会講演で藤原俊之先生が話をされていました」とコメントと下記文献をいただいて,理解が深まりました.

藤原俊之.歩行障害のリハビリテーション治療―経皮的脊髄電気刺激―.Jpn J Rehabil Med 2018:55:757-60.

この文献を読んで,歩行における「脊髄反射の重要性」が分かりました.「locomotor circuit(歩行運動関連回路)が脊髄に存在し,脳からの下行性入力により脊髄にあるlocomotor circuitに刺激が入るとステレオタイプな筋収縮による歩行運動が起こる」「このlocomotor circuitは脊髄反射から構成されている」「歩行運動だけを見るとその運動は脊髄反射により再現が可能」・・・だから大脳一次運動皮質の神経活動をトリガーにして,タイミングを合わせてlocomotor circuitの活動を脊髄刺激で上げるのですね.

チームはまず神経毒MPTPによるアカゲザル・モデル9頭でこの治療法の有効性を確認し,つぎに前述のPD患者1名における検討に移りました.刺激を最適化するためにセンサーを身体に取り付け,歩行障害パターンのデータを収集しました.そして脚が最も必要とするときに脊髄が刺激されるような設定を行い,脚の動きを正確に調整できるようにしました.この結果,動画のように歩行は顕著に改善しています.他の患者にも有効かどうかは不明ですが,今後,さらに6人にこの治療を行う予定だそうです.問題点は,侵襲的治療であることと,かなり高額な治療になることです.しかし進行期の運動症状に対して他の治療アプローチではここまでの改善は実現できておらず,当面,この治療法を中心に進んで行きそうな気がします.
Milekovic T, et al. A spinal cord neuroprosthesis for locomotor deficits due to Parkinson's disease. Nat Med. 2023 Nov 6. doi.org/10.1038/s41591-023-02584-1.

Parkinson’s spine stimulator ‘allows me to walk 5 kilometres without stopping’

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読んでおくべき「アルツハイマー病研究,失敗の構造」

2023年11月08日 | 認知症
ピッツバーグ大学/香港科技大学教授であるカール・ヘラップ教授によって書かれた話題の本「アルツハイマー病研究,失敗の構造」を読みました.アルツハイマー病(AD)研究の歴史と課題が分かりやすく書かれています.認知症診療に携わる人,AD治療薬に関心がある人は「研究の現在を理解する」ために,ぜひご一読することをお勧めします.

本書の伝えたいことは「アミロイドβ(Aβ)がADの唯一の原因であると考えることは間違いであり,ADの研究や治療法開発が,Aβを諸悪の根源と考えるアミロイドカスケード仮説に基づくものばかりになってしまった現状を改善する必要がある」ということです.

例えば話題の抗体薬レカネマブは,脳からAβを除去しますが,ADの進行は若干抑制されるものの止めることができません(抑制は悪化率で27%,実数では9%).つまりAβはADの単独犯ではなく,アミロイドカスケード仮説だけではこの疾患のメカニズムを説明できないことが明確になったと言えます.ヘラップ教授は「Aβのみのルートを通ってADの治療薬を追い求めたため,おそらく10~15年を無駄にした」と述べています.代替仮説として,慢性炎症,不十分な脂質の品質管理・小胞管理,ミエリン鞘の劣化,酸化的ストレスなど,ある程度の蓋然性をもったものがあったにもかかわらず,アミロイドカスケード仮説と矛盾するこれらの仮説は業界から抑圧・拒絶されました.なぜアミロイドカスケード仮説ばかりがこれほど長期にわたりこの分野を支配してきたのかを,本書は俯瞰しています.

そして最後に,教授は単一の支配的な理論に振り回されることなく,多様な考えを受け入れるように呼びかけています.自身も「老化の生物学」から改めて研究を再出発すること,1例として「地区モデル」によるADの再定義を提案しています.この主張を読み,「ADの治療は,老化を制御できたとき初めて成功するのではないか」と本邦を代表する神経病理学者が語ったことばを思い出しました.

個人的感想として,レカネマブの登場で,注目は再びAβに向かうのは必然だと思います.ただしこれまでの創薬研究の歴史が物語っているように,疾患の病態メカニズムの全体像が解明できない場合,一つの側面だけを改善する創薬はうまくいかないことが多いことを考えると(例:急性脳梗塞に対するNXY-059試験など),アミロイドカスケード仮説に拘泥することはやはり避けたほうが良いのだろうと思います.科学の領域で「選択と集中」を行って,うまく行ったためしがありません.

アルツハイマー病研究,失敗の構造(みすず書房)




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緑色の血液を見たときにチェックすること

2023年11月07日 | 頭痛や痛み
海外のTwitterを眺めていたところ「緑色の血液(図1,2)」についての議論がありました.原因としてとくに脳神経内科医が知っておくべきものがあります.過去にLancet誌に症例報告として掲載されています.片頭痛の男性がコンパートメント症候群のため緊急手術を行うことになり,オペ室で動脈採血をしたところ深緑色の血液が採取され,みな息を呑んだというものです.



緑色の血液は,酸素を運ぶ赤血球中のヘモグロビンが,その構造内に硫黄原子を取り込み,スルフヘモグロビン血症(sulfhemoglobinemia)を来したため生じたものです.ヘモグロビンは酸素と鉄が結合して赤くなりますが,スルフヘモグロビンでは硫黄原子のため酸素と鉄が結合できず,紺や緑色に見えるのだそうです.当然,酸素と結合しないためにチアノーゼを起こしますし(図3),酸素飽和度モニターも不正確になります.



このような硫黄族物質は,一部の薬剤に含まれています.この男性は片頭痛に対するスマトリプタンを大量に服用していたことが判明し(medication overuse headache),中止してもらったところ,5週後には血液が普通の赤色に戻りました(赤血球寿命は約100日なので時間がかかります).

緑色の血液を見たときには慌てず,スルホンアミドを含む薬(スマトリプタンやフロセミドなど)や硝酸塩肥料など,硫黄を含む化合物に過剰に暴露していないかチェックする必要があります.

Flexman AM, et al. Dark green blood in the operating theatre. Lancet. 2007 Jun 9;369(9577):1972.

There’s a condition that can cause human blood to turn green

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