Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Jean-Martin Charcot先生の書簡 1886

2022年05月31日 | 医学と医療
日本神経学会学術大会の学会場で,古書の販売が行われていました.買い物を3つほどしました.うちひとつが「神経学の父」と呼ばれるJean-Martin Charcot先生(1825-1893)による1886年(明治19年)の書簡でした.高価でしたが直筆の署名を目の前にして,心が動きました.額装をしてもらい部屋に飾りました.



「内容は分からないけど,Charcot先生の手紙です」という事態は避けたいと思い,書簡の解読に取り組みました.まず次の文面であることを突き止めました.
Cher monsieur, Je viens vous prier de vouloir bien considérer de très près, la demande qu’a faite notre secrétaire d’académie M. Maindron. Vous savez qu il désire une direction quelconque dans l’administration de l’Exposition Universelle. Sa demande vous a déjà été recommandée entre autre par l’amiral Cloué, M. Brown-Séquard, notre ami Naquet, etc. Je viens à mon tour, cher monsieur, vous dire que vous auriez en M. Maindron un excellent administrateur et archiviste. Je vous prie, cher monsieur, d’agréer l’assurance de mes sentiments affectueux. Charcot 1886 5 juillet

英語に訳すと以下になります.
Dear Sir, Please consider very carefully the request made by our academy secretary, Mr. Maindron. You know he wants some direction in the administration of the World's Fair. His request has already been recommended to you by Admiral Cloué, Mr. Brown-Sequard, our friend Naquet, etc. I come in my turn, dear sir, to tell you that you would have in M. Maindron an excellent administrator and archivist. Please accept the assurance of my affectionate feelings, dear sir. Charcot 1886 July 5

いくつか人名が出てきます.脊髄半側症候群に名を残すBrown-Séquard先生(1817-1894),そしてNaquetはAlfred Joseph Naquet先生(1834-1916)であり,有名な「Charcotの臨床講義(1887)」の絵の中にも描かれている医師・政治家です(下記文献参照).そしてAdmiral ClouéはGeorges Charles Cloué提督(1817-1889)でした.



この書簡は上記の3人とともにCharcot先生が,Mr. MaindronをWorld's Fair,すなわち1889年(エッフェル塔が建設された年)のパリ万国博覧会(図)のある部門の責任者にすることを,博覧会の責任者であるJean-Charles Adolphe Alphand(1817-1891)宛てに推薦したもののようです.



ここでの主役,Mr. Maindronですが,フランスの歴史家Ernest Maindron(1838-1907)でした.科学アカデミーや科学者についての研究に加え,まだ当時,新しいコミュニケーション手段であったイラスト入りポスター(下図)を芸術の域にまで高めたことで知られる人物のようです.



そして私が気に入った手紙の上部の図柄ですが,フランス科学アカデミーのレターヘッドでした.鳥が描かれた美しい兜をかぶったミネルバ(ギリシア神話のアテネと同一視されたローマ神話の女神,音楽・詩・医学・知恵等を司る)のイラストが描かれています(鳥については「ミネルバのふくろう」は有名で「知恵のある鳥」を意味しますが,ふくろうではないように見えます?).



何の情報もないところから始めましたが,いろいろ分かってきました.実は医学史研究家で,2020年フランス国立医学アカデミー賞受賞者のDr. Olivier Walusinskiに相談をしました.以前,Niceで開催されたMDSでお目にかかって以来,親交があります.「嬉しい知らせをありがとう.宝物を見つけたね!」とお返事をくださり,すぐにいろいろなヒントをくださいました.朝のカンファレンスで若手にもこの話をしました.神経学の歴史にも関心を持っていただけると嬉しいです.



Harris JC. A clinical lesson at the Salpêtrière. Arch Gen Psychiatry. 2005 May;62(5):470-2.

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大脳皮質基底核変性症(CBD)診療マニュアル2022

2022年05月30日 | その他の変性疾患
神経変性疾患領域の基盤的調査研究班(代表.中島健二先生)が監修し,CBD診療マニュアル2022作成委員会が作成した標題のマニュアルが一般公開されました.私も作成委員として参加させていただきました.臨床診断基準の改訂や,並行して行った「進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン2020の作成」などもあって時間を要しましたが,これまでCBD/CBSに特化したガイドライン・マニュアルはなく,日常診療のお役に立つものと思います.図に示す12の章と,44のCQから構成されています.下記からフリーでダウンロードできます.ご活用いただければ幸いです.

大脳皮質基底核変性症(CBD)診療マニュアル2022

神経変性疾患領域の基盤的調査研究班




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ルリモハリモテラセバヒカル

2022年05月29日 | 医学と医療
標題は脳神経内科医が構音障害の診察のときに患者さんに復唱していただくフレーズです.先週,初期体験実習の医学部1年生が病棟に見学に来ました.その際,病棟医から「ルリモハリモは異常がありませんでした」という説明があり,きっと1年生はなんのことか分からないだろうと思い解説をしました.

「呪文のように聞こえるかもしれないけど,『瑠璃も玻璃も照らせば光る』ということわざだよ.石ころなどに交じっていたとしても,瑠璃(青色の宝玉)や玻璃(水晶)は光が当たれば輝きを放つ.つまりすぐれた素質や才能がある者は,どこにいても目立つというたとえだね.そういったひとは活躍の場を与えられれば能力をいかんなく発揮するという意味もある・・・」

翌日,若手医師は意味を知って使っているのか心配になり尋ねてみたところ,誰も知らず全滅でした.私の指導がなっていません(反省).

ではこの「ルリモハリモ・・・」はいつから診察に使われているのか・・・実は少なくとも1950年代から使用されている歴史あるものなのです.「復刻版 神経疾患の検査と診断(監修 東京大学医学部 沖中重雄教授)」は,昭和34年(1959年)に制作された16ミリフィルムを復刻したものですが,このなかで沖中先生がまさにこの診察をされています!(沖中先生は内科学と精神医学の狭間にあった神経学を確立させた先生です;下記の葛原茂樹先生論文参照).そして驚くのは「ルリモハリモ・・・」に限らず,1959年の冲中先生の神経診察法にまったく違和感がないことです.沖中先生の診察手技は脈々と引き継がれているのだなと思います.以下は以前,このDVDについて書いたブログの記事です.ご一読いただければと思います.

昭和34年の神経診察(ブログ)

葛原茂樹.日本神經學會創立(1902)から116年 ―歴史に学び教訓を未来に活かす


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空軍と脳神経内科におけるジェンダーの壁を破ったDr. Betty Clementsの伝記

2022年05月27日 | 医学と医療
脳神経内科において女性医師は近年増加しています.しかし歴史的に,女性が医師になる道は長い間閉ざされていました.とくに脳神経内科の領域でその道を切り開いた人についてはほとんど知られていません.最新号のNeurology誌に,Mayo Clinicで神経学を学んだ最初の脳神経内科医で,後に世界有数の研究機関として知られるバロー神経研究所の創設者となったDr. Grace Elizabeth Betty Clements(1918-1965;写真)に関する論文が掲載され,twitterで多くの先生が「great paper!」と賛辞を送っています.

その経歴には驚かされます.彼女は医学を学ぶ前に,第二次世界大戦中,原爆プロジェクトの一環として,女性空軍サービスパイロットとして飛行任務に就きました.戦後は1946年まで,フィリピンのアメリカ赤十字社で病院のレクリエーション担当として駐在しました.そこでハンセン病患者の世話や看取りに携わり,医学の道を志すことになります.故郷のネブラスカ大学に戻って医学部を卒業し,1951年,ハンセン病に関する論文にて学位を取得,1954年にMayo Clinicで神経学の研鑽を開始し,てんかんから運動異常症まで幅広い分野の論文を発表しました.さらにロンドンの名門Queens Squareで学び,最終的にフェニックスにバロー神経学研究所を創設しました.

岩田誠先生(東京女子医科大学名誉教授)はご著書の「ヒュゲイアの後裔(すえ): 女性医師の系譜」のなかで「各国で女性の公認医師が誕生したのは,幾多の志高く極めて有能かつ勇敢な女性たちの不屈の行動力によるもの」と書かれていますが,Dr. Betty Clementsはまさにその一人だと思いました.ヒュゲイアはギリシア神話でアスクレピオスの娘で「史上最古の女性医師」です.ヒュゲイア以降の西洋およびわが国における医師の道を切り拓いた女性医師の魅力的なエピソードを紹介した岩田先生のこの本はとてもお勧めです.そのなかで,個人的には世界初の女性脳神経内科医,オーギュスタ・デジェリヌ=クルムケの話にとても関心を持ちました.

ヒュゲイアの後裔: 女性医師の系譜(中山書店)

Coon EA, Smith KM, Boes CJ. Dr. Betty Clements: Breaking Gender Barriers in the Air Force and Neurology. Neurology. 2022 May 17;98(20):841-846


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月25日)  

2022年05月25日 | COVID-19
今回のキーワードは,オミクロン株は,ワクチン接種により免疫能が高まっている集団でもデルタ株より多い超過死亡をもたらす,COVID-19はパーキンソン病発症のリスクになる可能性がある,感染後のワクチン接種はlong COVIDを軽減する,モデルナおよびファイザーワクチンは異なる免疫応答を引き起こす,long COVIDの発症メカニズム4つの仮説,です.

最近,4回目接種について相談を受けます.イスラエルでは2022年1月2日から60歳以上の方にファイザーワクチンの4回目の接種を開始していますので参考になります.効果の検証が4月5日,New Engl J Med誌に報告されていますが(doi.org/10.1056/NEJMoa2201570),4回接種の方が3回接種より感染率,重症化率とも低下し,とくに重症化は3.5 倍低くなることが示されています.高齢者や基礎疾患を持つ人,施設入所などハイリスクの人には4回目接種は推奨すべきと思います.オミクロン株=軽症という認識で世の中は一気に動き出していますが,2点,認識する必要があります.①オミクロン株はデルタ株と比較して感染者数が増加した結果,むしろより多くの超過死亡をもたらしていること,②COVID-19の関心はむしろ脳への影響,つまり感染が認知症やパーキンソン病発症の危険因子となるかに移ってきていることです.感染対策緩和を行う場合,健康弱者を守ることと,長期的な人や社会への影響を正確に認識することが重要と思います.

◆オミクロン株は,ワクチン接種により免疫能が高まっている集団でもデルタ株より多い超過死亡をもたらす.
オミクロン株は,従来の変異株より重症度が低いと言われている.このため高頻度にワクチン接種が行われた米国マサチューセッツ州で,デルタ株期と初期のオミクロン株期の超過死亡数(想定される死亡数の取りうる値を超過した死亡数)を比較した研究が報告された.結果は,23週間のデルタ株期には1975件の超過死亡が発生した.これに対し移行期を挟んで8週間のオミクロン株期には2294件の超過死亡が発生した.1週間当たりの超過死亡率比は3.34であった.高年齢層での超過死亡が多かったが,若年層を含むすべての成人年齢層で超過死亡がみられた.この結果は感染致死率の低下をはるかに上回る高い感染率を反映しているのかもしれない.つまりオミクロン株は,高頻度にワクチン接種を受け免疫力が高まっている集団においても,かなりの超過死亡率を引き起こすものと考えられる.ワクチン未接種であればさらに超過死亡は高まる.
JAMA. May 20, 2022(doi.org/10.1001/jama.2022.8045)

◆COVID-19はパーキンソン病発症のリスクになる可能性がある.
映画「レナードの朝」で知られるように,1918年のウイルス性の嗜眠性脳炎と診断された患者にパーキンソン症状が出現した.ウイルス感染による神経疾患の誘発は従来より懸念がり,COVID-19でもパンデミック当初から脳症後パーキンソニズムが生じるか注目されていた.今回,SARS-CoV-2ウイルスの感染により,パーキンソニズムを引き起こすミトコンドリア毒素に対する感受性が上昇するか検証した研究が米国から報告された.方法はK18-hACE2マウスに,SARS-CoV-2ウイルスを感染させた.38日間の回復後,マウスにドーパミン作動性ニューロンを変性させる神経毒MPTPを投与し,7日後にドーパミン神経細胞の減少と神経炎症を示唆するミクログリアを測定した.この結果,感染後にMPTPを投与すると,SARS-CoV-2単独群,またはMPTP単独群と比較して,23%または19%の黒質ドーパミン作動性ニューロンの損失が生じた(p < 0.05)(図1左).またSARS-CoV-2+MPTP群では,黒質と線条体の両方で,SARS-CoV-2単独群またはMPTP単独群と比較して,活性化ミクログリアの数が有意に増加した(図1右).以上より,動物実験の結果ではあるが,COVID-19は神経毒の暴露によるパーキンソン病発症リスクを上昇させる可能性が示唆された.パーキンソン病のリスクを高める他の薬剤が,同様にSARS-CoV-2と相乗効果を持つか,またワクチン接種が防御的作用をもつか検証することが求められる.いずれにしても感染対策緩和などの公共政策が進む現状において重要な意味を持つ結果だと著者は述べている.
Mov Disord. May 17, 2022(doi.org/10.1002/mds.29116)



◆感染後のワクチン接種はlong COVIDを軽減する.
ワクチン未接種のCOVID-19感染成人に対するワクチン接種が,long COVIDに及ぼす影響を検討した研究が英国から報告された.対象は感染後,アデノウイルスベクターまたはmRNAワクチンを少なくとも1回接種した参加者のlong COVIDの有無とした.経過観察の中央値は,初回接種から141日,2回目接種から67日であった.参加者のうち6729人(23.7%)がlong COVIDを呈した.初回ワクチン接種は,long COVID のオッズの12.8% の減少をもたらし,その後も1週あたり0.3%減少した.2回目のワクチン接種後,long COVID のオッズの8.8%の減少をもたらし,その後も1 週あたり0.8%の減少が持続した.つまり初回接種は,long COVIDの軽減と関連し,さらに少なくとも67日間に渡って,2回目の接種後も持続的に改善した.健康関連因子,ワクチンの種類,感染から接種までの期間等は影響しなかった.より長い追跡調査が必要であるものの,ワクチン接種はlong COVIDに伴う集団健康負担(burden)の軽減に寄与する可能性がある.
BMJ. May 18, 2022(doi.org/10.1136/bmj-2021-069676)

◆モデルナおよびファイザーワクチンは異なる免疫応答を引き起こす.
モデルナおよびファイザーワクチンは副反応に差はあっても効果はほぼ同じと考えられてきた.ハーバード大学から,両者の差を詳しく調べ直した研究が報告された.2回接種を受けた病院スタッフにおいて,両者の抗体反応の違いを検討した.いずれもオリジナルの武漢型ウイルスの配列を元にしており,配列に違いはないため種々の変異株に対する反応には差はなかった.しかしエピトープ特異的な抗体反応とFc領域を介したエフェクター機能を促進する能力は,両ワクチン間で異なっていた.具体的にはモデルナの接種者では,受容体結合ドメイン(RBD)およびN末ドメイン特異的IgAがより高濃度に観察された.そして抗体の Fc 領域の機能を反映する,好中球の貪食能誘導やNK細胞の活性化もモデルナで強く誘導された.また誘導される抗体からRBD特異的抗体を取り除くと,ファイザーでは抗体依存性細胞障害,NK活性,白血球貪食誘導は低下するのに対し,モデルナの場合は活性が残り,一部は上昇さえ認められた.以上より,モデルナとファイザーは異なる免疫応答を引き起こすものと考えられた.→ 私はファイザーを3回接種したが,4回目はモデルナを希望したいと思う.
Science Transl Med. Mar 29, 2022.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abm231)s

◆long COVIDの発症メカニズム4つの仮説.
long COVIDの病因について,有力な4仮説がNature Medicine誌に掲載されている.第1はPCRでは病原体が検出されない場合でも,元の病原体が持続的な感染を引き起こすか,あるいは非感染性の残骸が体内に残っている可能性である(図2a).この場合,ウイルスRNAや細菌細胞壁などの病原体関連分子パターン(PAMPs)を生成され,様々な宿主パターン認識受容体(PRR)に作用して,自然免疫活性化を引き起こす可能性がある.またT細胞やB細胞の活性化を引き起こし,炎症状態を引き起こす可能性がある.
第2は,自己免疫活性化である(図2b).自己抗原に対する自己免疫応答は,急性感染症後に起こることが知られている.通常は抑制されている自己反応性T細胞やB細胞が,制御性T細胞(Treg)の機能低下や高濃度のサイトカインによる刺激によって一時的に活性化するために生じる可能性がある.自己免疫性リンパ球は,病原体由来の抗原が自己の抗原を模倣する,いわゆる「molecular mimicry」によって活性化されることがある.Guillain-Barré症候群,多発性硬化症,1型糖尿病,全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患におけるメカニズムとして議論されてきたが,COVID感染後でもこれらの疾患の発症が報告されている.
第3は,初感染やその後に生じる免疫反応によって引き起こされるマイクロバイオーム,ヴァイローム,マイコバイオームの調節障害である(図2c).とくにEBウイルス,サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルス(HSV)などの潜伏性DNAウイルスの再活性化が生じる可能性がある.
第4は,感染とその後の免疫反応によって引き起こされた組織損傷を修復できないことにより引き起こされる可能性がある(Fig.2d).例えば,肺の血管損傷や線維化,脳萎縮などは長期的な機能障害につながる.急性期の重症例はこのリスクが高くなる.以上の仮説は重複し,相互依存している可能性もある.
Nat Med. 2022;28:911-923(doi.org/10.1038/s41591-022-01810-6)




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小児―成人移行医療への取り組み(日本神経学会員のみなさんへアンケートのお願い)@日本神経学会学術大会3日目

2022年05月21日 | 医学と医療
医療の進歩により小児期に発症する神経疾患患者さんの多くが,思春期・成人期を迎えられるようになりました.しかしこれらの患者さんを専門に診る体制が整っておらず,小児科医が引き続きフォローするのが一般的でした.成人診療科に転科しても適切に対応できないのです.その原因のひとつとして,現在の専門医制度では脳神経内科医が内科以外の専門的トレーニングを積むことが困難で,小児の診察に不慣れで,小児神経疾患の知識も乏しいことが挙げられます.患者さんのことを考えれば,小児科から成人診療科にシームレスに繋げていくことが理想です.両者を繋ぐ架け橋となる新しい医療の形を「移行医療(トランジション)」と呼びます.

日本神経学会小児成人移行医療対策特別委員会(望月秀樹委員長)は,本学会でシンポジウムを開催し,移行医療に先駆的に取り組んでこられた先生がたからその体験や課題を学びました.図は望月葉子委員らが中心となり,委員会で作成したパンフレットです.また現状を把握するためのウェブアンケートを実施中です.課題や地域差なども明らかになります.学会員限定ですが,ぜひご協力いただければ幸いです.どうぞ宜しくお願い申し上げます.

アンケートへのリンク



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アクセプトされる論文の書き方@日本神経学会学術大会2日目

2022年05月21日 | 医学と医療
鈴木則宏先生(湘南慶育病院),飯ヶ谷美峰先生(北里大学北里研究所)に機会を賜り,木村淳先生追悼教育コース「アクセプトされる論文の書き方」の講師をつとめました.ハイライトは3月に急逝された京都大学名誉教授 木村淳先生による「英文論文の書き方―研究成果を世界に問うには」という動画でした.英語論文を執筆するうえで避けるべき5つのポイントとして,

① Redundancy(冗長性を避ける,一文は短く)
② “be” verb(be動詞は文が平坦になる,弱くなる)
③ Same words in one sentence(繰り返しを避ける)
④ Negative tense(否定文は肯定文より弱くなる)
⑤ Passive tense(受動態は能動態より弱くなる)

を挙げておられました.
また「日本人だけが論文で使用する用語」として,
On the other hand,
Nevertheless,
As a matter of fact,
Further study is necessary・・・と仰っていました(使うことありますよね).

また学会発表では繰り返しを避ける論文とは逆に,「Say what you are going to say. Say it. Say what you have just said」と伝えたい言葉を繰り返して印象を強めると仰っていました.

木村先生は「神経学に魅せられて:若い世代への期待」という論文を書かれていて,若い医師が国際舞台で活躍するコツを述べられています(臨床神経,48:792―797, 2008).お勧めです.

私は「研究成果の論文へのまとめ方の要点」について話しました.自分が大切にしてきた6つのポイントについて解説しました.詳細はスライドをご覧ください.



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注目すべき3つのキーワード@第63回日本神経学会学術大会第1日目

2022年05月19日 | 医学と医療
脳神経内科をめぐる社会的なホットトピックスをキーワードで考えるシンポジウムを,座長の桑原宏哉先生(東京医歯大),萩原悠太先生(聖マリアンナ大)とともに企画しました.3つのキーワードとは,①COVID時代のバーンアウト,②治療と仕事の両立支援,③厚生労働行政参画になります.

①は,まず私が基礎知識とこれまでの当学会の取り組みについて紹介したあと,東京都で実質的なコロナ専門病院になった荏原病院耳鼻咽喉科の木村早合香先生にご講演をいただきました.パンデミック禍,未経験の困難に直面する先生方の戸惑いとバーンアウトのリアルな状況,そして調査と分析により結論を見出していく過程がとても良く分かる素晴らしいご講演でした.教訓は「自分の仕事に自己決定権や意義を感じられる状況を作ること」「コロナのような経験も複数施設で分担すれば医療者の使命感ややりがいにも繋がりうるが,施設を絞って無期限で行えば容易にバーンアウトする」ということです.

②の「治療と仕事の両立支援」は厚労省による制度の説明,聖マリアンナ大や脳卒中領域(橋本洋一郎先生:熊本市民病院)における先進的な取り組みの紹介でした.非常に重要な知識です.ぜひ厚労省HPをぜご覧ください.

③は厚労省への出向,つまり医系技官を体験した桑原宏哉先生,石上晃子先生(国立循環器病研究センター)によるご講演です.脳神経内科医のキャリアの一つとして魅力的に感じると同時に,これから認知症・脳卒中・神経難病が激増する超高齢社会を見据えて,脳神経内科が積極的に政策決定に関わっていく必要性を感じました.

最後に上記のような社会的・倫理的に共有すべき知識は,米国神経学会のようにプレナリー(全員参加シンポジウム)にするか,オンデマンドにして脳神経内科医全体の共通認識にする必要性を感じました.私もメンバーのキャリア形成促進委員会では,まず学術大会とは別に,バーンアウトとキャリア形成に関わるウェビナーを開始することにしました.あらためて告知しますので,ぜひご参加ください.


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COVID-19神経ハンドブック Coming soon!

2022年05月16日 | COVID-19
標題の書籍が発売されます.副題の通り「急性期,後遺症からワクチン副反応まで」網羅します.COVID-19の最新情報を理解し,今後の診療に役立つ内容になっています.各領域エキスパートの先生方にご執筆を依頼し,快くお引き受けいただきましたが,各著者の原稿から「熱意,意気込み」を強く感じましたAmazonでは27日発売,予約が開始されました.今週開催される日本神経学会学術大会では第2日目,19日(木)より先行販売されます.電子版は23日よりDL開始予定です.以下,序文と目次,執筆者一覧です.詳細は中外医学社ページをご覧ください.



【序文】
 SARS-CoV-2ウイルス感染にともなう新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019;COVID‑19)は2019年12月に中国・武漢で報告されて以来,パンデミックとなった.その後,COVID-19はさまざまな呼吸器外症状を呈することが分かった.そしてさまざまな病期において,多様な神経筋障害が生じ,患者の予後やQOLに大きな影響を及ぼすことが明らかになった.また人類の英知の結晶とも言えるCOVID‑19ワクチンの開発は大きな希望とともに新たな課題をもたらした.
 本書はこれまで明らかになった上記の知見をまとめ,臨床現場での対応について解説することを目的としている.具体的には,SARS-CoV-2ウイルスによる神経筋障害の機序と急性期の神経筋合併症,パンデミック禍の神経疾患診療等の注意点と課題,亜急性期以降も持続するlong COVID,そして神経筋疾患患者におけるワクチン接種の問題点やワクチン接種に伴う神経系副反応を取り上げる.本書は基本的に脳神経内科専門医や感染症専門医を対象としているが,専門医以外もご活用いただけるよう,できるだけ分かりやすい構成と記載を心掛けた.冒頭で本文の要旨・論点を「キーポイント」として明示し,最後に「課題および提言」として未解明の点を明確にし,今後の研究や診療につなげることを目指した.
 そして本書の一番の特徴は,各著者の原稿から感じる熱意,意気込みではないかと思う.私も含め多くの著者はパンデミック前にウイルス感染症を専門とはしていなかったが,この未曾有の危機に全力で立ち向かった証が熱意として原稿に現れたものと思う.本書はCOVID-19やこれから遭遇するかもしれない未知の感染症の診療に必ずお役に立つものと確信している.
 本文を執筆する現在,感染第7波に突入しつつあり,感染の再拡大が懸念されている.一刻も早くパンデミックが収束することを祈りつつ,素晴らしいご原稿をご執筆くださった著者の皆様にこの場を借りて,厚く御礼を申し上げたい.

【目次】

I 総論
   1.Neuro-COVID-19 ―全経過でみられる臨床症候―〈下畑享良〉
   2.疫学データから考える今後の展望と指針〈園生雅弘,林 秀行,下畑享良〉

II 神経障害の機序
   1.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とCOVID-19〈西條政幸〉
   2.血管への感染と血液脳関門の破綻〈日高壮意,吾郷哲朗〉
   3.血栓形成と凝固異常〈猪原匡史〉
   4.COVID-19 における免疫応答─ Neuro-COVID-19 を理解するために─〈河内 泉〉
   5.サイトカインストームと脳への影響〈綾部光芳〉
   6.COVID-19 の神経系画像所見〈岡本浩一郎,佐治越爾,金澤雅人〉
   7.COVID-19 の神経病理所見〈吉田眞理〉

III Neuro-COVID(COVID-19 に伴う神経合併症)
   1.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の全身症状〈大曲貴夫〉
   2.世界のレジストリ研究〈長山成美〉
   3.COVID-19 重症例の神経学的特徴〈幸原伸夫,川本未知〉
   4-1)嗅覚・味覚障害(急性期)─臨床〈奥田 弘,小川武則〉
   4-2)嗅覚障害(急性期)─基礎研究〈岸本めぐみ,浦田真次,近藤健二〉
   5.COVID-19 関連頭痛(急性期)〈秋山久尚〉
   6.脳血管障害(医原性を除く)〈和田邦泰,高松孝太郎,橋本洋一郎〉
   7.脳炎・脳症〈下畑享良〉
   8.MS,NMOSD,抗MOG 抗体関連疾患〈三須建郎〉
   9.神経筋接合部疾患〈村井弘之〉
   10.運動異常症〈高橋信敬,藤岡伸助,坪井義夫〉
   11.運動失調症〈矢口裕章,矢部一郎〉
   12.COVID-19 に伴う急性脊髄炎〈安藤哲朗〉
   13.COVID-19 に関連した末梢神経障害〈小池春樹〉
   14.COVID-19 と筋障害〈宇根隼人,西野一三〉
   15.医原性神経障害〈梅原 淳,井口保之〉

IV パンデミック禍の神経診療の注意点と課題
   1.神経救急と神経集中治療〈永山正雄〉
   2.脳卒中診療〈平野照之〉
   3.COVID-19 の認知症者への影響〈佐藤謙一郎,岩田 淳〉
   4.神経難病診療〈小森哲夫〉
   5.神経免疫疾患診療〈新野正明,宮崎雄生〉
   6.睡眠呼吸障害診療〈藤田裕明,鈴木圭輔〉
   7.リハビリテーション診療〈角田 亘〉
   8.神経病理への影響と課題〈柿田明美〉
   9.ポストコロナで求められる同期/ 非同期型臨床教育〈西城卓也〉
   10.医療者のバーンアウトへの影響と課題〈久保真人〉

V Long COVID と神経・精神症状
   1.後遺症概論(用語の整理,WHO の定義を含む)〈石井 誠〉
   2.認知機能障害,Brain fog(ブレインフォグ),睡眠障害〈高尾昌樹,水澤英洋〉
   3.運動不耐〈山村 隆〉
   4.自律神経異常症〈中村友彦〉
   5.頭痛(後遺症・ワクチン後)・疼痛症候群〈柴田 護〉
   6.精神症状(不安・うつ・自殺)〈森口 翔〉
   7.嗅覚障害,味覚障害(後遺症)〈三輪高喜〉
   8.Long COVID に対する脳神経内科的アプローチと課題〈渡辺宏久,島さゆり,植田晃広〉

VI ワクチンと副反応
   1.ワクチンの有効性と副反応〈中嶋秀人〉
   2.VITT とpre-VITT 症候群〈田中亮太〉
   3.Guillain-Barré 症候群,顔面神経麻痺〈水地智基,桑原 聡〉
   4.COVID-19 感染後・同ワクチン接種後の機能性運動異常症〈福武敏夫〉
   5.神経免疫疾患におけるCOVID-19 ワクチン接種〈中根俊成〉

【執筆者一覧】
下畑享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学教授 編著
園生雅弘 帝京大学医学部附属病院脳神経内科教授 
林 秀行 大阪医科薬科大学医学部総合教育講座化学教室教授 
西條政幸 札幌市保健福祉局保健所医療政策担当部長,国立感染症研究所名誉所員 
日高壮意 九州大学大学院医学研究院病態機能内科学 
吾郷哲朗 九州大学大学院医学研究院病態機能内科学准教授 
猪原匡史 国立循環器病研究センター脳神経内科部長 
河内 泉 新潟大学大学院医歯学総合研究科医学教育センター・脳神経内科学准教授 
綾部光芳 久留米大学医学部看護学科教授 / 久留米大学病院脳神経内科 
岡本浩一郎 新潟大学脳研究所トランスレーショナル研究分野特任教授 
佐治越爾 新潟大学脳研究所脳神経内科学 
金澤雅人 新潟大学脳研究所脳神経内科学准教授 
吉田眞理 愛知医科大学加齢医科学研究所特命研究教授 
大曲貴夫 国立国際医療研究センター国際感染症センター センター長 
長山成美 福岡記念病院脳神経内科部長 
幸原伸夫 神戸市立医療センター中央市民病院脳神経内科参事 
川本未知 神戸市立医療センター中央市民病院脳神経内科部長 
奥田 弘 岐阜大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科 
小川武則 岐阜大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授 
岸本めぐみ 東京大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頚部外科 
浦田真次 東京大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頚部外科 
近藤健二 東京大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頚部外科准教授 
秋山久尚 聖マリアンナ医科大学内科学(脳神経内科)教授 
和田邦泰 熊本市民病院脳神経内科部長 
高松孝太郎 熊本医療センター脳神経内科 
橋本洋一郎 済生会熊本病院脳卒中センター特別顧問 
三須建郎 東北大学病院神経内科講師 
村井弘之 国際医療福祉大学医学部脳神経内科学主任教授 
高橋信敬 福岡大学医学部脳神経内科学 
藤岡伸助 福岡大学医学部脳神経内科学准教授 
坪井義夫 福岡大学医学部脳神経内科学教授 
矢口裕章 北海道大学神経内科准教授 
矢部一郎 北海道大学神経内科教授 
安藤哲朗 亀田メディカルセンター脳神経内科部長 
小池春樹 名古屋大学大学院医学研究科脳神経病態学神経内科学准教授 
宇根隼人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部 
西野一三 国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第一部部長 
梅原 淳 東京慈恵会医科大学内科学脳神経内科講師 
井口保之 東京慈恵会医科大学内科学脳神経内科教授 
永山正雄 国際医療福祉大学大学院医学研究科脳神経内科学教授 
平野照之 杏林大学医学部脳卒中医学教授 
佐藤謙一郎 東京大学大学院医学系研究科神経病理学 
岩田 淳 東京都健康長寿医療センター脳神経内科部長 
小森哲夫 国立病院機構箱根病院神経筋・難病医療センター院長 
新野正明 国立病院機構北海道医療センター臨床研究部長 
宮崎雄生 国立病院機構北海道医療センター臨床研究部脳神経内科医長 
藤田裕明 獨協医科大学脳神経内科講師 
鈴木圭輔 獨協医科大学脳神経内科教授 
角田 亘 国際医療福祉大学医学部リハビリテーション医学主任教授 
柿田明美 新潟大学脳研究所病理学分野教授 
西城卓也 岐阜大学大学院医学系研究科医療者教育学教授 
久保真人 同志社大学政策学部・総合政策科学研究科教授 
石井 誠 慶應義塾大学医学部呼吸器内科准教授 
高尾昌樹 国立精神・神経医療研究センター臨床検査部・総合内科部長 
水澤英洋 国立精神・神経医療研究センター理事長特任補佐,脳神経内科 
山村 隆 国立精神・神経医療研究センター神経研究所特任研究部長 
中村友彦 浜松医科大学医学部附属病院脳神経内科特任教授 
柴田 護 東京歯科大学市川総合病院神経内科教授 
森口 翔 慶應義塾大学医学部精神・神経科学 
三輪高喜 金沢医科大学耳鼻咽喉科学教授 
渡辺宏久 藤田医科大学病院脳神経内科学主任教授 
島 さゆり 藤田医科大学病院脳神経内科学講師 
植田晃広 藤田医科大学病院脳神経内科学准教授 
中嶋秀人 日本大学医学部神経内科学教授 
田中亮太 自治医科大学脳卒中センター/脳神経内科教授 
水地智基 千葉大学大学院医学研究院脳神経内科学 
桑原 聡 千葉大学大学院医学研究院脳神経内科学教授 
福武敏夫 亀田メディカルセンター脳神経内科部長 
中根俊成 日本医科大学付属病院脳神経内科准教授 
松村 剛 国立病院機構大阪刀根山医療センター脳神経内科 特命副院長・臨床研究部長

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月14日)

2022年05月14日 | COVID-19
今回のキーワードは,入院治療を要する重症COVID-19患者の認知機能は20年間の老化に相当する,急速進行型認知症の原因としてのCOVID-19,COVID-19後自己免疫性脳炎のシステマティックレビュー,神経合併症としての急性上行性壊死性脊髄炎の臨床・病理像,神経疾患患者のワクチン接種に対する躊躇の特徴と脳神経内科医の役割,です.

SARS-CoV-2ウイルスによる脳の障害は,直接の脳への感染ではなく,「全身の過剰炎症(サイトカイン)→血液脳関門破綻→自己抗体を含む有害物質の脳への流入→神経炎症等による脳ダメージ」というシナリオであることを支持するデータが集積されています.この過程には個人の免疫脳やワクチン接種等により強弱があって,強い順に「脳炎・脳症>brain fogなどのlong COVID>自分では気づきにくい認知機能低下>影響なし」となるのではないかと推測されます.「マスクはもう不要」という発言が聞かれますが,オミクロン株感染による脳炎・脳症も生じます.長期的・潜在的な認知機能への影響が判明するまでは,危険をあえて犯す必要はないと思います.

◆入院治療を要する重症COVID-19患者の認知機能は20年間の老化に相当する.
英国から2020年3月から7月の間に,単一施設で入院治療を受けた46名(16名は人工呼吸)と対照460名に対して,長期的(6.0±2.1か月)に詳細な認知機能を,精度と反応時間の複合スコア(G_SScore & G_RT)として算出した研究が報告された.結果はCOVID-19群では対照群と比較して,正確さに欠け(G_SScore=-0.53SDs),反応が遅かった(G_RT=+0.89SDs).急性期の重症度が,認知機能低下と相関した(G_SScore (p=0.0037),G_RT (p=0.0366) ).入院患者は,より高い認知機能と処理速度が障害される特徴的なプロファイルを呈し,50歳から70歳の20年間の加齢による影響とほぼ同程度であった.6ヶ月間の評価では有意な障害の改善は認めなかった.以上より,COVID-19重症例の認知障害は,急性期の重症度に強く相関し,長期持続して回復に乏しいことが分かった.
eClinicalMedicine. April 28, 2022(doi.org/10.1016/j.eclinm.2022.101417)

◆急速進行型認知症の原因としてのCOVID-19.
Nat Rev Neurol誌に「急速進行性認知症」に関する総説が発表された.論文中に「COVID-19パンデミック時の急速進行型認知症」というコラムがあり,パンデミックが急速進行性認知症の診断,治療,サーベイランスに影響を及ぼしていると記載されている.まず感染自体が,せん妄,中毒・代謝性脳症,感染後および傍感染性脳炎・脳症,脳卒中,脳脊髄炎など,急速進行性認知症の原因またはmimicsとなりうる. 感染率が極めて高いことを考慮すると,急速進行性認知症の原因が不明な場合,COVID-19関連脳症を考慮する必要がある.さらに感染や合併症が既存の神経変性疾患に及ぼす影響についても議論がなされ始めており,ウイルスの潜在的長期作用を調査する必要がある.
またパンデミックの間接的作用も考える必要がある.ロックダウンの結果,既存の認知障害やその他の精神神経症状が悪化しうること,また認知症患者では感染リスクが増加することも分かっている.プリオン病のサーベイランスシステムを含む医療システムも,ロックダウンや感染ピークに影響を受けた可能性もある.
Nat Rev Neurol. May 22, 2022(doi.org/10.1038/s41582-022-00659-0)

◆COVID-19後自己免疫性脳炎のシステマティックレビュー.
神経合併症の機序として,ウイルスによる直接障害のほか,自己免疫性脳炎などの免疫介在性炎症がある.今回,COVID-19後の自己免疫性脳炎(AE)のシステマティックレビューが報告された.対象は18論文(症例報告15,症例集積研究3.計81例)である.辺縁系脳炎7例(37%),NMDA受容体脳炎5例(26%),NORSE(New-onset refractory status epilepticus)2例(11%),ステロイド反応性脳炎1例(5%),不明4例(21%)の19例がAEとして報告されていた(図1).つまり,COVID-19に認める神経合併症の鑑別診断としてAEを挙げる必要がある.個人的に興味を持ったのは,論文内の考察で,感染後のサイトカイン上昇がAE発症に重要な役割を果たすこと(Dhillon et al. 2021),例としてNMDA受容体脳炎ではIL-6上昇に自己抗体産生を促進する役割があり,リンク因子となること(Byun et al.,2016),炎症性サイトカインの過剰産生は,血液脳関門(BBB)の透過性を高め病態に関わること(Achar and Ghosh, 2020)である.つまりAEの発症には,過剰炎症症候群(サイトカイン産生)→ 自己抗体産生促進+BBB透過性亢進という病態が関わっていると考えられるようだ.
Mult Scler Relat Disord. 2022 Apr 6;62:103795.(doi.org/10.1016/j.msard.2022.103795)



◆神経合併症としての急性上行性壊死性脊髄炎の臨床・病理像.
神経合併症として,急性上行性壊死性脊髄炎の臨床・病理像が米国から報告された.31歳の健常女性が感染後3週目に縦方向に広がる下部胸椎の脊髄症を発症した.胸髄病変は1週間で頸髄レベルまで拡大,さらに2週間で下部延髄レベルまで拡大した(図2).T5-6レベルの椎弓切除と脊髄生検を行い,病理学的にウイルス粒子やミクログリア結節を伴わない壊死性変化を認めた.感染後の免疫介在性脊髄炎と考えられた.ステロイドパルス,IVIGに引き続いてエクリズマブを使用し安定したが,退院後5ヶ月で下肢2レベルの筋力低下,T7レベルの感覚障害,尿失禁は残存した.病理学的に診断が確定した急性壊死性脊髄炎の第1例である.
Neurol Clin Pract. May 10, 2022(doi.org/10.1212/CPJ.0000000000001175)



◆神経疾患患者のワクチン接種に対する躊躇の特徴と脳神経内科医の役割.
COVID-19ワクチン接種は重症化を予防する.かつlong COVIDの予防にも有効である.にもかかわらず神経疾患を持つ人々の間で,ワクチン接種・ブースター接種への意欲は必ずしも高くない.ワクチン接種への躊躇(vaccine hesitancy)は,パンデミックを終わらせるための集団的努力を危うくするだけでなく,重症化リスクである神経疾患患者の生命を危険にさらすことになる.今回,欧州神経学会(EAN)のNeuroCOVID-19タスクフォースが,神経疾患患者に対しアンケートを行った.その結果,多発性硬化症や神経免疫疾患患者はワクチン接種に最も懐疑的であることが分かった(図3).主な懸念は,既存の神経疾患を悪化させる可能性,ワクチン接種に関連する有害事象,薬物相互作用などであった.以上を踏まえ,EANはワクチン接種を支持する者として脳神経内科医が重要な役割を果たせるよう支援を強化する.脳神経内科医はワクチン接種が患者個人にも,社会にも大きな利益をもたらすことを主張する必要がある.
Eur J Neurol. April 23, 2022(doi.org/10.1111/ene.15368)




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