Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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早期パーキンソン病におけるGLP-1受容体作動薬の神経保護効果! ―ただしまだ慌てない方が良い―

2024年04月06日 | パーキンソン病
過去の研究で,糖尿病がパーキンソン病(PD)のリスクを増加することが知られています.またPDモデルマウスにおいて糖尿病治療薬「グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬」が神経保護作用を有することも報告されていました.今回,フランスから,GLP-1受容体作動薬のひとつ,リキシセナチド(lixisenatide,商品名リキスミア)の皮下注射が,第2相二重盲検無作為化プラセボ対照試験LixiParkにて,PDの進行を遅らせる効果が示され,NEJM誌に発表されました.「GLP-1受容体作動薬」のうち脳に到達するものは,PDに対し神経保護効果を示すことを示した意味で素晴らしい研究ですが,一方で慎重に考える必要性を感じました.なぜならこの薬剤は最近,「GLP-1ダイエット」などと呼ばれるやせ薬として自由診療で処方され,安全性の面で懸念が生じているためです(https://tinyurl.com/2crd5uhw).

研究の対象は診断されて3年未満で,抗パーキンソン病薬による治療中であるが運動合併症のない者です.リキシセナチドまたはプラセボを12ヵ月間毎日皮下投与する群に1:1の割合で割り付け,その後,2ヵ月のウォッシュアウト期間を設けました.主要エンドポイントは,MDS-UPDRSパートIII(範囲:0~132,スコアが高いほど症状が重い)のスコアのベースラインからの変化で,12ヵ月後に評価しました.

さて結果ですが,78人ずつ両群に割り付けられました.ベースライン時のMDS-UPDRSパートIIIはいずれも約15点でした.12ヵ月後,リキシセナチド群で0.04点の改善(ほぼ不変),プラセボ群で3.04点の悪化を示しました(差,3.08;95%信頼区間0.86~5.30;P=0.007).2ヵ月のウォッシュアウト後(リキシセナチドの2ヶ月の中止後),リキシセナチド群17.7点,プラセボ群20.6点で,効果は保たれていました(とはいえ,かなり短い期間での評価です).MDS-UPDRSサブスコアなどの副次エンドポイントは両群間に差はありませんでした.副作用については,吐き気はリキシセナチド投与群の46%(プラセボ群は13%のみ),嘔吐は13%にみられました.以上より,初期のPD患者において,リキシセナチドは12ヵ月後の運動障害の進行を抑制し有望と考えられました.しかし消化器症状を伴うことが示され,著者らはリキシセナチドの効果と安全性を明らかにするために,より長期かつ大規模な試験が必要と述べています.



私の意見は,1点目は病態修飾療法でしばしば問題になる点で,「この差は本当に臨床的意義があるか?」ということです.統計的に有意であっても効果は小さいと思いました.アルツハイマー病におけるレカネマブと同様,専門家の中でも意見が分かれるだろうと思います(もちろん将来の可能性を予感させるものですが・・・).2点目はこの情報を得たPD患者さんは「慌ててこの内服を開始すべきではない」ということです.まだ第2相試験であり,これから大規模な第3相試験で結論が出ます.発症3年以内の運動合併症のない人限定の効果であることも理解が必要です.さらに上述の通り安全性=副作用が問題になります.吐き気や嘔吐は抗パーキンソン病薬の内服に影響するため避けるべき症状ですし,体重減少もただでさえ進行期に痩せるPDでは好ましくありません.さらにGLP-1受容体作動薬の重篤な副作用として低血糖と急性膵炎があります.決して慌てて内服開始する薬ではないことを認識する必要があります.

研究に疑問もあります.例えば副次エンドポイントで有効性が示せなかった理由が不明ですし,これだけ副作用が多いと盲検とならなかった可能性もあります.作用機序も完全に解明されていません.これからに期待したいと思います.
Meissner WG, et al. Trial of Lixisenatide in Early Parkinson’s Disease. New Engl J Med. April 3, 2024. (doi.org/10.1056/NEJMoa2312323


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神経疾患の危険因子としての起立性低血圧 (純粋自律神経不全症)

2024年02月20日 | パーキンソン病
2月15日の投稿で,若年性認知症の危険因子の1番目が起立性低血圧であることをご紹介し,パーキンソン病に伴う認知症やレビー小体型認知症(DLB)の早期徴候が捉えられた可能性があると記載しました.ちょうどこれに関連する研究が最新のBrain誌に報告されています.

純粋自律神経不全症(PAF)はαシヌクレインが自律神経系の神経細胞・グリア細胞に蓄積し,血管や心臓を支配する交感神経終末からのノルエピネフリン放出障害が生じる疾患で,起立性低血圧を主徴とします.PAFはパーキンソン病(PD),レビー小体型認知症(DLB),多系統萎縮症(MSA)といったαシヌクレイノパチーの前駆症状であることが知られ,将来,これらの疾患を発症する(phenoconversionする)可能性があります.今回,米国および欧州のPAF患者を最長10年間前向きに追跡した縦断的観察コホート研究が報告されました.

罹病期間の中央値が6年のPAF患者209人が登録され,うち149人が解析の対象となりました.平均追跡期間の3年間で48人(33%)がphenoconversionしました(PD 20人:42%,DLB 17人:35%,MSA 11人:23%).PAF患者は年間12%の確率でαシヌクレイノパチーにphenoconversionしました(図).いずれかに診断されるまでの早さは,登録時の排尿障害および性機能障害[HR:5.9および3.6],軽微な運動徴候(腕振りの左右差,小歩症,瞬目の減少,表情の乏しさ)[HR:2.7],嚥下障害[HR:2.5],発話の変化[HR:2.4]と関連していました.





文字の書にくさを報告した患者はPDになる可能性が高く(HR:2.6),台所の調理器具の扱いにくさを報告した患者はDLBになる可能性が高く(HR:6.8),さらにPAFの発症年齢が若い患者[HR:11],嗅覚が保たれている患者[HR:8.7],無汗症患者[HR:1.8],重度の排尿障害患者[HR:1.6]はMSAになる可能性が高くなりました.PDの自律神経学的な予測因子として最も優れていたのはtilt-table testの心拍数上昇の鈍化で,心臓交感神経性の障害を反映するものと考えられました(HR:6.1).

論文を読み,起立性低血圧を呈する患者を対象とした病態抑止療法の臨床試験が現実味を帯びてきたと思いました.例えばMSAに関しては,起立性低血圧に他の自律神経障害を認め,さらに嗅覚障害を認めない患者を対象とすることになると思います(prodromal MSA).

Vernetti PM, et al. Phenoconversion in pure autonomic failure: a multicentre prospective longitudinal cohort study. Brain. 15 February 2024. awae033, https://doi.org/10.1093/brain/awae033

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αシヌクレインやアミロイドβのみを標的とする疾患修飾薬には限界がある!?

2023年09月26日 | パーキンソン病
パーキンソン病(PD)研究において,治療標的分子としてαシヌクレインを見出したことは極めて重要な発見で,近年,αシヌクレインを標的とする疾患修飾療薬が複数開発されました.しかし,これまでのところ,これらの薬剤がPDの進行を遅らせるという有効性を証明できていません.この理由についていろいろな説明が可能ですが,結局のところ,αシヌクレインの生理作用および病態機序が完全に分かっていないことが問題と言えます.

図は最新号のBrain 誌の総説のサマリーです.αシヌクレインは赤く示されていますが,層になっているのがフィブリルで,くるんと丸くなっているのがオリゴマーです.



イタリアのCalabresiらはまずトランスジェニック技術,ウイルスベクター,αシヌクレイン・フィブリルの脳内注入などの,近年開発された細胞モデルや動物モデルについて紹介しています.そしてこれらを用いてわかったこととして(図の時計回りに),αシヌクレインがエキソサイトーシス(細胞から細胞外への分泌)の障害,エンドサイトーシス(細胞が細胞外の物質を取り込む)の障害,NMDA受容体やドパミントランスポータ―の障害,シナプスの高頻度刺激の後に起きる長期増強の消失,認知・運動障害,脳内ネットワークへの伝播と変化をきたすことを紹介しています.つまりαシヌクレイン凝集は病態の中心にあり,脳内伝播や神経細胞脱落をきたすもののそれだけではなく,シナプスや可塑性の障害などの生理機能を阻害することを強調しているという総説です.そして著者らはαシヌクレインはそれらの生理機能の中で他のタンパクと相互作用するため,αシヌクレインだけを治療標的にしても十分ではなく,将来的には何らかの併用療法を考慮すべきと述べています.

同様のことはアルツハイマー病にも当てはまって,話題のレカネマブの治療標的アミロイドβ(Aβ)も生理的な機能が存在することが知られています.有名な論文は2019年にScience誌に掲載されたAβはGABAb受容体1aのリガンドとして作用してシナプスを調節するというものかと思います.

以上より,PDにしてもアルツハイマー病にしても,αシヌクレインやAβを中和抗体で除去すれば治るという単純なものではなく,もう少し病態が解明できたときに真の治療介入ができるような気がします.

Calabresi P, et al. Brain. 2023 Sep 1;146(9):3587-3597.(doi.org/10.1093/brain/awad150

Rice HC, et al. Secreted amyloid-β precursor protein functions as a GABABR1a ligand to modulate synaptic transmission. Science. 2019 Jan 11;363(6423):eaao4827.(doi.org/10.1126/science.aao4827

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発症前パーキンソン病を同定し,非定型パーキンソニズムも鑑別できる新たな血漿バイオマーカーの発見!!

2023年09月23日 | パーキンソン病
スウェーデンのルンド大学等のチームがパーキンソン病の発症前診断を可能にするバイオマーカーをNature Aging誌に報告しています.著者らはDOPA脱炭酸酵素(DDC; DOPA Decarboxylase)別名,芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(aromatic L-amino acid decarboxylase; AADC)の脳脊髄液レベルが,レビー小体病(LBD)患者(パーキンソン病48名,レビー小体型認知症33名)を正確に同定できること(AUC=0.89;PFDR=2.6×10-13;図1左),ならびに認知機能の低下と関連することを示しています(P<0.05).DDCは外因性のL-DOPAからドーパミンを生成するのに必須の酵素です.

また,脳脊髄液DDCは,シード増幅αシヌクレインアッセイ陽性(seed amplification α-synuclein assay)で臨床症状を認めないpreclinical LBD stageを検出できました(AUC=0.81,P=1.0×10-5;図1右).



このDDC値は,preclinical症例の3年間のLBD発症を予測できることも明らかにしました(ハザード比=3.7/s.d.変化;図2).さらにDDC値は非定型パーキンソニズムでも上昇しましたが,アルツハイマー病などのその他の神経変性疾患では上昇しませんでした.これらの結果は,別の独立したコホート(パーキンソン病32名,レビー小体型認知症1名)でも再現されました.



さらに重要な発見として,血漿中のDDC値も健常対照より上昇し(AUC = 0.92,P = 1.3 × 10-14;図3),かつLBDと非定型パーキンソニズムを識別できることが分かりました.



以上の結果は,DDC値が,発症前(preclinical phase)であってもパーキンソン病とその類縁疾患を検出し,臨床症状の出現を予測するためのバイオマーカーとして,今後使用される可能性があることを示しています.著者らはDDC値とseed amplification α-synuclein assayを組み合わせることで,パーキンソン病と非定型パーキンソニズムを鑑別することを提案しています.今後,発症前パーキンソン病に対して,疾患修飾療法の有効性を評価する臨床試験が行われることが容易に予測されます.

またDDCの産生増加は,ドパミン入力を受けている線条体のニューロンなどが,ドパミンレベルの低下を補うための手段であると推測されます(つまり脳内ドーパミンシグナル伝達の低下を示すマーカーと言えます).そうであれば経時的にDDC値がどのように変化するのかに関心が持たれますが,著者らは縦断的なデータがなく,今後の検討が必要と述べています.

Pereira, J.B., Kumar, A., Hall, S. et al. DOPA decarboxylase is an emerging biomarker for Parkinsonian disorders including preclinical Lewy body disease. Nat Aging (2023). https://doi.org/10.1038/s43587-023-00478-y

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パーキンソン病に対する2つのαシヌクレイン抗体による臨床試験の失敗

2022年08月06日 | パーキンソン病
New Engl J Med誌の最新号に,凝集αシヌクレインに結合するヒト由来のモノクローナル抗体を用いた2つの臨床試験(シンパネマブCinpanemabとプラシネスマブPrasinezumab)の結果が報告されました.パーキンソン病の進行を初めて抑制する病態修飾薬となるのではないかと期待された臨床試験でしたが,結果はまったく効果がありませんでした.私も落胆した反面,やはりそうかという感じもしました.

いずれも病初期のパーキンソン病患者(発症3年以内,修正版 Hoehn-Yahr 重症度分類2~2.5以内等で,両試験で異なるため詳細は論文参照)を対象とした52週間の多施設共同二重盲検第2相試験でした.前者は偽薬またはシンパネマブ(250 mg,1250 mg,3500 mg)を4週間ごとに静脈内投与するもので,2:1:2:2の割合(100人: 55人:102人: 100人)で割り付けています.一方,後者は偽薬またはプラシネズマブ(1500mg,4500mg)を4週間ごとに静脈内投与するもので,1:1:1(105人,105人,106人)で割り付けています.主要評価項目は,52週目(および72週目)におけるMDS-UPDRS合計スコア(範囲0〜236,スコアが高いほど不良)のベースラインからの変化です.結果は,両試験とも偽薬群と比較して,主要評価項目において有意な効果が得られませんでした(図).画像バイオマーカーを含む副次評価項目でもまったく効果はありませんでした.



ちなみにシンパネマブはαシヌクレインのN末端を認識し,モノマーとの結合親和性は低く,プラシネスマブはαシヌクレインのC末端を認識し,モノマーともよく結合できる特徴をもちます.性質の異なる2つの抗体で効果がなかったことは,細胞外のαシヌクレインを標的とする抗体療法単独では少なくとも病初期の患者の進行を抑制できない可能性がかなり高まったように思います.試験失敗の原因に関する議論は深くなされていませんが,介入のタイミングの遅さのみ記載されていました.「αシヌクレインオリゴマーが神経細胞内に入り機能不全をきたすのはより早期のイベントであり,発症前もしくは前駆症状期に治療介入を行う必要がある」と述べています.アミロイドβ抗体はいままで明らかな成功はなく,進行性核上性麻痺のタウ抗体も2つのN末端抗体で無効,そして今回の結果です.多系統萎縮症に関するαシヌクレイン抗体LuAF8242も国内も含め進行中ですが,標的タンパクに対する抗体療法はそう簡単には行かない様相を呈してきました.
N Engl J Med 2022; 387:408-420(doi.org/10.1056/NEJMoa2203395)
N Engl J Med 2022; 387:421-432(doi.org/10.1056/NEJMoa2202867)

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近未来の脳神経内科 ―神経疾患を発症前から治療する―

2022年04月18日 | パーキンソン病
今朝のカンファレンスで「ニューロフィラメント軽鎖(Nf-L)は近い将来,血液検査の炎症の指標であるC反応性タンパク(CRP)のように使用されるだろう」という最新のNeurology誌に掲載されたコメントを紹介しました.ニューロフィラメントは神経細胞に特異的なタンパク質で,軸索や樹状突起の主要な細胞骨格成分として中枢神経系(脊髄を含む)の神経細胞,末梢神経系の神経節に広く分布しています.4種類のサブユニット,すなわちNf-H,Nf-M,Nf-L,α-interenexinから構成されています.神経細胞が軸索の変性や炎症により破壊されると,Nf-Lは軸索から放出され,血液中にも移行します.超高感度免疫測定法(従来のELISAの約1000倍の感度)を用いることでこれを測定できます.つまり神経変性や炎症,脱髄の程度を客観的に血液検査で評価できることになります(血液バイオマーカーと呼びます).神経変性疾患の発症前から検診などで測定していれば症状が出現する前に,予防療法を開始することができます.

論文を紹介します.米国シカゴから高齢者1254人を16年間追跡して,血清Nf-L濃度とパーキンソン病(PD)の発症の関連を検討した研究です.77人(6.1%)がPDを発症しました.血清Nf-L濃度が2倍高いと,PD発症のオッズ比は2.54倍となり,その相関は診断前の5年間において有意でした.また血清Nf-L濃度が高いほど,身体機能の低下速度が速いことが分かりました.つまり血清Nf-L値は,PDの発症および身体機能の低下と関連していました.

図はこのNf-Lが近未来の脳神経内科の臨床においてどのように使用されるか示したものです.健康診断などで発症前の段階から,血清Nf-L濃度を測定します.この結果,異常な濃度上昇を認めた場合,疾患ごとに特異的な脳脊髄液ないし血液バイオマーカーを用いて早期診断を行います.そして疾患のもっとも初期の段階で疾患修飾薬による治療を開始し,その発症や進行を遅らせます.治療効果の判定は血清Nf-L値を定期的に測定することでモニターできます.つまりNf-Lは神経疾患におけるCRPのような指標になるわけです.



これからの神経疾患はこのような治療が可能になるわけです.カンファレンスで指摘があったように解決すべき倫理的問題も生じはしますが,いずれにしても治療研究は加速し,ますます脳神経内科の領域はエキサイティングなものになると思います.ぜひ多くの若い人にこの領域に参入していただきたいと思います.
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200752)
Neurology April 13, 2022(doi.org/10.1212/WNL.0000000000200338)

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パーキンソン病の病因タンパクαシヌクレインは炎症・免疫のメディエーターとして作用する

2022年01月17日 | パーキンソン病
αシヌクレイン(αS)は,パーキンソン病(PD)におけるレビー小体の構成タンパクであり,かつPDの発症に関与している.しかしその本来の生理機能は不明であった.これまでの研究で,αSは脳の細胞内に多く存在し,神経細胞間の情報伝達の場であるシナプスの機能に重要な役割を果たしていると考えられてきた.しかしシナプスにおける正確な役割は,ほとんど謎に包まれていた.一方,αSが小児の腸管神経系におけるノロウイルス感染によって神経終末より分泌されること(かつ炎症が強ければ強いほど,その分泌量は多かった),マウスの実験で致死的な神経向性ウイルス感染から保護することが報告されていた.さらに食細胞の強力な走化性活性化因子でもあると報告されていた.

今回,Cell Reports誌に米国からの報告で,αSが炎症反応や免疫反応の重要なメディエーターであることが示された.実験では野生型およびαSノックアウトマウスを用いている.まず腹腔内に注入した細菌由来のペプチドグリカンにより惹起した腹膜の炎症が,腹膜を支配する神経細胞からのαS産生を誘発することを確認した(図).具体的には,注入後わずか数時間で,大腸および横隔膜の神経終末がαSを分泌し始めた(その濃度は注射部位に近い横隔膜でより高かった).そしてαSは,Toll-like receptor 4(TLR4)をトリガーとして抗原提示細胞を活性化し,腹腔内免疫後の抗原特異的反応およびT細胞反応の発現を促進した(自然免疫および獲得免疫が活性化させる).つまり神経細胞が供給源となるαSは,腹膜炎の誘発と免疫応答に必要と言える.一方,αSノックアウトマウスでは,これらの反応が限定的で遅かった.さらに注目すべきは,白血球もαSを産生できるが,この系ではほとんど産生していなかったことである.つまり炎症反応を起こしているのは,腸における免疫細胞ではなく神経細胞であった!



今回の報告は,αSは腸における免疫や炎症反応に不可欠な役割を果たすというだけでなく,著者らはPD患者の神経系内にαSが蓄積するのは,炎症/免疫反応のためであるという仮説を支持するものと考えている(こうなると腹膜炎後の脳の変化が気になるが,本論文ではマウスの脳は検索していない).PDでは以前から感染症に伴い症状が悪化することが言われていたが,単に廃用ではなく,シヌクレイン病理が増悪するのかもしれない.しかしウェブ上の研究者の意見を読んでいると,αSの本来の役割は興味深いが,ミスフォールドしたαSが凝集して新たな毒性を獲得することが本態であるため,αSの生理機能は直接関係はなく,必要な治療法を追求するには無関係であるという意見も認める.確かに正常の機能を果たすαSが,PDを引き起こす病原性をもつαSに変化するメカニズムは最大の関心事である.そうなると,腸の炎症や環境が,αSのコンフォーメーションを変えうるのか今後,検討されるものと思われる.

最後にこの論文を読み,印象深く思った点を2つ示したい.①調べつくされたと思われるテーマでも,過去の研究を丹念に紡いでいけば新たなアイデアの糸口を見いだせること,②神経変性疾患の病態解明にはやはり神経免疫学的アプローチも必要であることである.

Alam MM, et al. Alpha synuclein, the culprit in Parkinson disease, is required for normal immune function. Cell Rep. 2022 Jan 11;38(2):110090.(doi.org/10.1016/j.celrep.2021.110090)

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神経変性疾患研究を変えるかもしれない1枚の写真  ―パーキンソン病に立ち向かうミクログリアたち―

2021年09月28日 | パーキンソン病
最新号のCell誌に驚くべき写真がありました.パーキンソン病はαシヌクレイン(αSyn)というタンパク質が凝集することで発症すると考えられています.脳内に常駐する免疫細胞ミクログリアは,このαSynを分解しようとしますが,今回,その仕組みが報告されました.まずミクログリアはαSynを迅速に取り込みます.しかし取り組むにつれ分解能力は低下するだけでなく,炎症性サイトカインや活性酸素種を放出し,自身の細胞死につながります.これを防ぐため,瀕死のミクログリアの周りに元気なミクログリアが集まり,トンネル状の連絡路(ナノチューブ)によって繋がります.図の緑がαSyn,青がミクログリアの核,赤がミクログリアの細胞骨格のFアクチンを示しますが,αSynを取り込んだ中央下のミクログリアの周囲に元気なミクログリアが複数集まって,連絡路でつながっています.



ミクログリアたちの協力など見るのは初めてですが,驚くのはその連絡路を使って,瀕死のミクログリアは元気なミクログリアにαSynを送り込み,分解の手助けをしてもらっているというのです.その結果,αSynが減少すると,瀕死のミクログリアの炎症性変化は軽減し,細胞死が起きにくくなります.さらに,元気なミクログリアは,その連絡路を使って,瀕死のミクログリアにミトコンドリアを送り込むのだそうです(ミトコンドリアは細胞にエネルギーを供給します).

一方,家族性パーキンソン病(PARK8)を引き起こす遺伝子変異LRRK2 G2019Sでは,αSynの分解能が低下していることが知られていましたが,この変異を持つミクログリアでは,上記の連絡路を介するαSynの分解が損なわれていることが示されました.孤発性パーキンソン病でもミクログリアの分解能の個人差が影響しているのかもしれません.本研究はパーキンソン病のみならず神経変性疾患全体にも影響を与える重大な発見です.今後,神経変性疾患研究はミクログリアを標的とした神経炎症の研究,つまり免疫学的アプローチによる病態・治療研究に移行していく可能性があります.



Microglia jointly degrade fibrillar alpha-synuclein cargo by distribution through tunneling nanotubes. Cell. 2021 Sep 21:S0092-8674(21)01054-0.(doi.org/10.1016/j.cell.2021.09.007)

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第15回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2021)ビデオセッション症例解説

2021年07月05日 | パーキンソン病
標題の学会(大会長.仙台西多賀病院 武田篤先生)が7月1日から3日にかけて行われました.WEBでの参加になりましたが,大変,勉強になった素晴らしい学術集会でした.私は「COVID-19と運動異常症update」という特別プログラムで講師を務めさせていただきました.私のMDSJの一番の楽しみは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するビデオセッションです.今年の12症例の一覧をご紹介します.議論の時間も限られており,少々残念でしたが,GNAO1異常症など勉強になりました.

▶EV-1:治療可能な病態と考えられた進行性歩行障害を呈した50歳男性例

尿閉,便秘,下肢痙性と四肢腱反射亢進,足クローヌスにアキレス腱肥厚を認めた.血清コレスタノール若干高値.脳腱黄色腫症(CTX)を疑うもCYP27A1遺伝子変異なし.しかしケノデオキシコール酸の補充療法後進行はなし.
(回答)診断? 議論ではNiemann-Pick disease type C(NPC)の可能性が議論された.
→ やはりコレスタノールが上昇し,ケノデオキシコール酸の補充療法が有効であることを考えると,アセチル Co-A からコレステロールを経て胆汁酸が合成される経路で唯一,27-hydroxylaseをコードする CYP27A1 遺伝子が原因になるはずではないか?文献検索でもCTX mimicsとなる遺伝子変異の報告はないが・・・

▶EV-2:左大腿の不随意運動を呈した49歳男性

4年前から左大腿の筋肉がもこもこと動く.睡眠時も持続する.ミオキミア?半年前から左下肢痙性,左のlimping gait.自律神経症状あり.筋電図的にもミオキミア.
(回答)脊柱管内に石灰化を伴うL2-4高位に一致する髄膜腫.術後に不随意運動は消失した.

▶EV-3:手が勝手に動くことを主訴に受診した83歳男性例

本年2月から起床時から左手指の異常な動き(おでこを触るとき握るような動き)が出現.ふらつきもあり.左同名半盲と左上肢温痛覚消失.左手のAlien hand?偽アテトーゼ?舞踏運動?
(回答)右頭頂葉(中心後回病変)の脳梗塞.

▶EV-4:頻回に体をビクッとさせ書痙を呈した16歳男性

書字の際に筋緊張にて手が止まる.実際に筋トーヌス↑.局所性ジストニアと考えられるが,体幹のミオクローヌス,下肢振動覚低下もあり.さらに腹直筋にもミオクローヌスあり.全身性のミオクローヌス・ジストニア症候群.ゾニサミドで顕著に改善した.
(回答)診断? ミオクローヌス・ジストニア症候群で頻度の高いDYT11;SGCE (Sarcoglycan Epsilon)遺伝子変異なし.下肢振動覚低下はミオクローヌス・ジストニア症候群ではまれ.ADCY5遺伝子変異,瀬川病?むしろ腹直筋ミオクローヌスを認めることから脊髄病変のチェック,また固有脊髄性ミオクローヌスの鑑別診断である機能性障害の除外が必要.

▶EV-5:左右差のある静止時振戦を呈した67歳男性例

30歳初発のてんかん発作の既往,以後,バルプロ酸で治療.3年前から右上肢の安静時振戦.姿勢時にもあり.しかし再現性振戦ではなく,本態性振戦的だが,両上肢筋強剛,運動緩慢あり.MRI正常,DAT正常.スルピリド内服中で薬剤性パーキンソニズムを疑い,スルピリド1週間中止したが不変(本人の希望ですぐに再開).
(回答)バルプロ酸による薬剤性パーキンソニズム.バルプロ酸中止3ヶ月後に急速に改善した.バルプロ酸による振戦は有名だが,極めて稀.上肢の姿勢時振戦が多い.パーキンソニズムも生じる.

▶EV-6:四肢の筋緊張が亢進し会話も困難となった47歳女性

3日前から話をしなくなった.唸り声のみ.開口障害,上肢反射亢進,フルニトラゼパムが有効.ステロイドパルス療法を行ったが精神症状持続.下肢にも痙性.progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM)?セロトニン症候群?
(診断)診断? 精神疾患を背景とした悪性カタトニア.機序不明.コメントとして,自己免疫疾患で,ある時点からステロイド精神病になった可能性が指摘された.

▶EV-7:振戦を主訴としてパーキンソン病が疑われていた60 歳代男性

右手の震えにて発症し,本態性振戦と言われた.しかし認知機能障害(HDS-R 13点)を合併していた.L-DOPAは効果が乏しかった.ある薬剤を追加したらある程度振戦は改善した.姿勢時に振戦が増強し, wing beating tremor様.hyperkinésie volitionnelle的で小脳性の要素もあるかもしれない.ミオクローヌスではないかという意見もあり.DAT左有意で低下
(回答)神経核内封入体病(NIID).皮膚生検で核内封入体.アマンタジンが有効であった.NIIDの振戦は歯状核の機能障害の可能性がある. 

▶EV-8:眼球運動障害,随意運動の持続性低下,失立失歩を呈し,Blink reflexで脳幹部機能障害を認めた一例

20歳代女性.左上下肢脱力により立てなくなった(失立失歩).失調,眼球運動障害,眼瞼下垂も認めた.免疫療法は有効だが繰り返す必要があった.運動は繰り返すと症状が目立つようになる.血漿交換を含む免疫療法前後で一過性に改善する.核酸テンソル画像でFA(fractional anisotropy)値に異常を認めたが,血漿交換を含む免疫療法前後で変化が生じる.
(回答)診断? 重症筋無力症では?という意見もあったが,自己抗体陰性,反復刺激陰性とのこと.診断不明.画像も重要だが,まずは症候学の議論が大切と考えさせられた症例.

▶EV-9:発作性ジストニア / ジストニア痛を呈する知的障害 45歳女性

小児期からの有痛性ジストニア.軽度の失調歩行を合併.ジストニアに対し,ガバペンチンが有効.てんかん発作合併なし.
(回答)ATP1A3遺伝子関連疾患.小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC)に近いとのこと.しかしてんかん発作がなく,軽度の小脳症状を認めた点が本例の特徴.

▶EV-10:喘鳴を伴う痙攣様吸気動作と呼気開始困難による呼吸苦を認めた 1例

73歳男性.主訴は呼吸がしにくい.浅い呼吸は困難で,喉頭内視鏡では声門の吸気時の狭窄を認めた.以前で言うspasmodic dysphonia(最近はlaryngeal dystoniaに統一された).頸部筋のジストニア?もみられる.画像や検査所見など明らかな異常はなし.アーテンとリボトリールでかなり改善,遺伝子診断未.
(回答)respiratory laryngeal dystonia(特発性).→ 遺伝子変異に加えて,再発性上気道感染症,胃食道逆流,頸部損傷なども誘因になるので気になるところ.

▶EV-11:Guitarist's crampで発症した局所性ジストニアの一例

回線不良となり病歴聴取できず.
(回答)職業性ジストニアで発症した初めての瀬川病(DYT5a).

▶EV-12:乳児期よりアテトーゼ型脳性麻痺と診断されたが経時的に不随意運動が増悪し集中治療を要した11歳男児

もともと精神発育遅延がある.低トーヌス.絶え間ない激しい全身の不随意運動.後弓反張を呈する.ジストニア重積?舞踏運動?治療としてGPi-DBSが有効であった.
(診断)GNAO1 異常症.2013年に本邦からはじめて報告された.GNAO1(Gタンパク質サブユニットαO1のこと)をコードする遺伝子変異により発症する.GNAO1 遺伝子は3 量体 G タンパク質による細胞内のシグナル伝達に関与し,シグナル伝達の異常がてんかんを引き起こす.てんかんを伴わずジストニアを主とすることもある(図は遺伝子変異と表現型の関係).運動異常症を呈する患者では,筋トーヌス低下と精神運動発達遅滞がみられ,のちにジストニアと知的障害が明らかになる.アテトーゼ型脳性麻痺と誤診されることが多いが,周産期異常や頭部MRI異常はない.検査費用が安価になれば世界中でもっとも多い希少疾患の一つになるだろうと言われている.




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本当に最初のパーキンソン病患者さんの写真

2021年03月19日 | パーキンソン病
昨年「世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像」というブログを書きました.教科書で目にしてきた有名なパーキンソン病のイラストに,Pierre Dさんというモデルが実在したという論文の紹介でした.タイトルは「Pierre D. and the first photographs of Parkinson's disease」で,左図が世界で最初のパーキンソン病患者さんの写真と書かれています(Mov Disord. 2020;35:389-391).このPierre Dさんは,1876~9年にかけて,パリのSalpêtrière病院に通院しています.そして臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarが,1879年の論文のなかにその写真を残しました.それをもとに,ガワーズ徴候で有名な「史上最高の臨床神経学者」William R. Gowersがイラストに書いたものを,今日の私達はよく目にしているわけです.

ところがこの論文には複数の歴史学的な誤認があったようです.学会でご挨拶をさせて以来,親交のある神経学史研究で有名なOlivier Walusinski先生は,この論文に対するレターを執筆し,その中で以下の3点を指摘しています.Pierre Dさんは非パーキンソン性の振戦を有し,後年,症状はだいぶ回復していたこと,考察におけるJames Parkinson先生の医学的貢献に対し認識の誤りがあること,そして驚いたのはPierre Dさんの写真は最も古い写真ではないということです.正しくはAnne-Marie Gavrという女性の写真(右図)が最も古いもので,Charcot先生が実際に治療を行い,1875年の『L'Iconographie de la Salpêtrière』の第1巻に掲載されているのだそうです.Walusinski先生はとても穏やかな先生ですが,学問に対する厳しさを感じさせるレター論文でした.あらためて論文は,徹底的に勉強した上で書かねばならないと思いました.
Hurwitz B, et al. Light and Shade in Patrick Lewis et al's Paper on the First Photographs of Parkinson's Disease. Mov Disord. 2020 Oct;35(10):1880-1881.




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