Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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IgLON5抗体関連疾患では免疫療法を行っても脳内タウ沈着は進行する

2023年10月30日 | その他の変性疾患
IgLON5抗体関連疾患は中核症状として,睡眠障害(パラソムニア,閉塞型無呼吸,喉頭喘鳴),脳幹障害(嚥下・構音障害,眼球運動障害,呼吸障害など),舞踏運動などの不随意運動,パーキンソニズム,歩行障害,姿勢保持障害,自律神経症状などを呈します.当科で抗体測定(cell-based assay)が可能ですが,4症例を経験し,診断まで2~7年,臨床診断はCBS,PAF→MSA+球麻痺,MSA(鑑別診断ALS),PD→呼吸不全がそれぞれ1例ずつ,全例免疫療法で何らかの症状の改善を認めています.

病理学的には脳幹および視床下部のリン酸化タウ沈着(AT8)を認めます.病初期には神経炎症(脳脊髄液細胞数↑),進行すると神経変性(抗体価↑)が主体となり,リン酸化タウが蓄積してくると推測されています.このため「自己免疫性タウオパチー」とも呼ばれています.今回,ドイツより第2世代のタウPETトレーサー(18F-PI-2620)を用いて,4名の患者のタウ沈着を検討した研究が報告されました.

まず図左に4名の所見を提示したように,橋,延髄背側,小脳にタウ沈着を認めました.これは既報の剖検における所見と一致していました.またこの蓄積部位は,睡眠障害,自律神経障害,眼球運動障害,歩行障害の責任病変として矛盾はありませんでした.

今回,明らかになったのは,症例2の28ヵ月の縦断的検討で,免疫療法(ステロイド,IVIG,アザチオプリン)により症状や抗体価が改善したにもかかわらず,延髄におけるタウ沈着が増加しており,免疫療法を行っても神経変性が進行する可能性が示唆された点です(図右上).またタウ沈着は,抗体価が高いほど(図右下),NfL値が高いほど,臨床症状の重症度が高いほど沈着が増加することが分かりました(治療までの期間と罹病期間とは明らかな相関はなし).



著者は,本症におけるタウ沈着は,自己抗体によって引き起こされるタウリン酸化の亢進に続発するものと考えています.まだ4症例における検討であり,今後,より大規模な縦断的研究が必要と考えられます.神経変性疾患として非典型的な症候を呈する症例,脳脊髄液で細胞数・蛋白上昇を認める症例,HLA-DRB1*10:01ないしDQB1*05:01を認める症例ではぜひ,抗体のcell-based assayをご相談ください.
Theis H, et al. In Vivo Measurement of Tau Depositions in Anti-IgLON5 Disease Using 18F-PI-2620 PET. Neurology. 2023 Oct 25:10.1212/WNL.0000000000207870. (doi.org/10.1212/WNL.0000000000207870


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STAM3Pスコアを用いて急速進行性認知症のなかから治療可能例を見出す

2023年10月27日 | 認知症
急速進行性認知症(Rapidly Progressive Dementia:RPD)は,発症から1年未満で認知症に,または2年未満で常時介護を要する状態(incapacitation)となった患者に使用されます.RPDはまれで,認知症全体の3~4%ですが,幅広い鑑別診断を迅速に完了する必要があるために診療は難しいです.見逃してはならない治療可能な疾患として,自己免疫性脳炎,脳血管疾患(脳血管炎,硬膜動静脈奇形等),脳腫瘍(リンパ腫等),中毒性/代謝性疾患(ビタミンB1欠乏,肝性脳症等),うつ病,機能性疾患,脳アミロイドアンギオパチー関連炎症(CAAri)等があります.

最新号のAnn Neurol誌に,RPDのなかから治療可能な症例を見出すためのスコアが報告されました.方法はRPDが疑われる226人の成人患者を,観察研究として前方視的に登録し,最長2年間追跡しました.疾患の進行速度は1ヶ月におけるClinical Dementia Rating Sum-of-Box(CDR-SB)スコアの変化を用いて測定しています.多変量ロジスティック回帰を用いて,治療可能性に関わる要因を検討しました.

結果ですが,155人がRPDの基準を満たし,発症時年齢は68.9歳(22.0-90.7歳),男女はほぼ同数でした.うち86人(55.5%)が治療可能性のある疾患が原因で,治療可能性のない群と比べて,症状の進行が早いという特徴を認めました.図1は横軸が進行速度,縦軸が治療可能指数(CDR-SBの最大値と最小値の差から算出)を示しているが,赤で示した治療可能性のあるRPDは進行速度が早いものが多いことが分かります.



またけいれん発作,腫瘍,自己免疫性脳炎を示唆するMRI所見,躁(mania),運動異常症,および脳脊髄液細胞数増多(10個/mm3以上)は治療可能性と関連を認めました.初診時において,これらの所見と発症時年齢<50歳をあわせたSTAM3Pスコアを用いると,治療可能性があるRPDの86例中82例(95.3%)を捉えることができました.

【STAM3Pスコア】初診時に評価し,各項目1点として合計する.
□ Seizures
□ Tumor (disease-associated:直接的,間接的=傍腫瘍性に認知症に関わるという意味)
□ Age at symptom onset <50 years
□ Magnetic resonance imaging suggestive of autoimmune encephalitis
□ Mania
□ Movement abnormalities
□ Pleocytosis (≥10 cells/mm3) in CSF

いずれか1つの所見を認めた場合の陽性適中率は75.9%,2つで91.3%,3つ以上で100%でした.このため1点をpossible,2点をprobable,3点以上をnear definiteとしています.

以上より,初診時にSTAM3Pスコアを使用することで,RPD患者における治療の機会損失を最小限に抑えることができると著者は述べています.
Satyadev N, et al. Improving Early Recognition of Treatment-Responsive Causes of Rapidly Progressive Dementia: The STAM3P Score. Ann Neurol. 2023 Oct 2. doi.org/10.1002/ana.26812.

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患者さん,家族,そしてケアスタッフのための「脳神経内科疾患の摂食嚥下・栄養ケアハンドブック」

2023年10月26日 | 医学と医療
日本神経摂食嚥下・栄養学会(JSDNNM)」が総力を結集し作成した「脳神経内科疾患の摂食嚥下・栄養ケアハンドブック」が完成し,いよいよ出版されます.アマゾンでの予約も始まりました.代表理事の野﨑園子先生が中心になって企画し,私ども理事や代議員が執筆をした本です.
この本は「患者さん,家族,そしてケアスタッフが手元に置いて,日頃の療養の役立てられること」を目指したものです.特色が3つあり,①難解な専門用語を避け,分かりやすくなるように推敲を重ねたこと(しかし内容はとてもしっかりしています),②各神経疾患の患者会にお願いして「摂食嚥下・栄養に関して,患者さんが困っていることや聞きたいこと」をQuestionの形で挙げていただき,Q&A形式で回答していること,③百聞は一見にしかずのWEB動画を参照できること,です.
ひと足お先に拝見しましたが,自信を持ってお勧めできる良い本ができたと思いました.私は基礎知識編の「摂食嚥下のメカニズム」を執筆しました.ぜひお役立ていただければと思います.
脳神経内科疾患の摂食嚥下・栄養ケアハンドブック
医歯薬出版のHP(目次)






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感銘を受けた「作業療法の曖昧さを引き受けるということ」

2023年10月24日 | 運動異常症
作業療法士(OT)はリハビリにおける専門職の一つで,患者の「作業」に焦点を当てた治療・支援を得意としています.今回,「作業療法の曖昧さを引き受けるということ」という,ふたりの作業療法士の先生が書かれた本を読みました.内容の半分がOTの臨床現場を描いたマンガで,半分が解説です.本当に素晴らしい本で,医療者,患者さん,家族など,多くのひとに読んでいただきたいと思いました.

ただタイトルの意味はすぐには分かりにくいと思います.「曖昧さ」とは「『この患者さんには〇〇をする』と画一的・機械的に決められないこと」を指します.つまり個別性・自由度が高く,掴みどころがないため,その選択が確かかどうか断定できないのがOTの仕事だということです.これは脳神経内科医の仕事も同様で,根本療法がない神経難病の場合はまさに一緒です.絶対的なhow toが存在しないということです.著者は,2名のOTの先輩・後輩を通して,「曖昧さの正体」を紐解いていきます.そして最終的に「何をするのか?」と考えるのではなく,「なぜするのか?」を患者さんとともに考えて協働することの大切さを教えてくれます.

そして考えさせられる言葉のオンパレードでした.「拒否されない=ラポールが取れている,ではない」「答えの出ない状況に耐える(=negative capability)」「仮説を正当化する解釈をしていないか?」「眼の前の状況を中立的にとらえるトレーニングをしよう」「障害の受容を,受容できている,できていない,という二項対立的に捉えると,途端に患者の姿が見えなくなる」「人の心理状態は直線的に変化しない」「その人らしさに関する情報を,家族や多職種と共有することで実現できることがたくさんある」・・・いずれも大切なことだと思います.ぜひご一読ください!!

【追伸】話はそれますが,本書を読み,やはり脳神経内科医はリハビリを学ぶべきだと思いました.専攻医時代に内科だけ研修し,リハビリのみならず,精神科,脳神経外科,小児科などの周辺領域を学ぶことができない現在の専門医制度は非常に弊害が大きいと改めて思いました.患者さんのために良い脳神経内科医を育てる必要があります.

作業療法の曖昧さを引き受けるということ(医学書院)



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アルツハイマー病に合併する白質病変は,脳血管へのアミロイド蓄積を示唆する初期徴候である

2023年10月21日 | 認知症
アルツハイマー病(AD)患者では,頭部MRIでしばしば大脳白質の高信号病変(WMH)を認め,経時的に増加します(図1).この所見を見るたび,ADの進行に伴う神経変性を反映するものなのか,全身性・動脈硬化性の血管病変を反映するものなのか(いわゆる混合型認知症なのか)気になっていました.


(AD患者における大脳白質高信号病変は経時的に増加する(上段→下段;同一症例).J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2005 Sep;76(9):1286-8より)

JAMA Neurol誌に,DIAN研究,ADNI研究,HABS研究から収集した常染色体優性および遅発性アルツハイマー病患者1141人の横断的/縦断的MRIデータ(3960回分)を用いたコホート研究が報告されました.

結果ですが,WMH容積の増加は,脳微小出血(cerebral microbleeds;CMB)を有する人で大きく,灰白質容積の減少と相関しており,高齢ほど大きくなりました.またWMH容積の増加は,PETで評価したアミロイド蓄積量が多い群で増加していました(図2).


(PETでアミロイド沈着の多い群で,高信号病変(赤)は多くなる)

年齢,灰白質容積,CMBの存在,およびPETによるアミロイド蓄積量の影響を除外した後でも,全身の血管病変とは関連しませんでした.また検討開始時にCMBを認めなかった高齢者を対象とした場合,WMH容積の大きな群では経過観察中のCMBの出現が多いことが分かりました(図3).


(WMH容積の大きな群では経過観察中のCMBの出現が多い)

以上より,ADにおけるWMH容積の増加は,灰白質減少,アミロイド蓄積量,脳微小出血,すなわち神経変性,脳実質と脳血管のアミロイドーシスと関連する一方,全身の血管病変とは関連しないことが示唆されました.つまりあの白質病変は基本的にADに伴う変化であり,CMBの出現前に認められる血管のアミロイド蓄積を示す初期徴候である可能性が示唆されました.
JAMA Neurol. Published online October 16, 2023.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.3618

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Long COVIDの病態の本質はセロトニンレベルの低下であり,既報の4つの病態仮説を結びつける!

2023年10月18日 | COVID-19
PASC(=Long COVID)の病態機序として,ウイルスの持続感染,神経炎症,凝固亢進,自律神経機能障害などいくつかの仮説があります.米国ペンシルバニア大学等から,これら4つの仮説すべてを1つに結びつける病態仮説が提唱されました.

まず研究チームはPASCを発症した1500人以上のコホートを追跡調査し,PASC患者と完全に回復した感染者を区別できるバイオマーカーの同定を目指しました.この結果,血漿セロトニンが,急性期COVID-19(中等症,重症)とPASCで減少し,回復した感染者では保たれていることを示しました(図1).



このセロトニン減少は,SARS-CoV-2ウイルス感染に特有のものではなく,他のウイルス感染の急性期あるいは慢性期のヒトやマウスでも観察され,またウイルスRNA模倣物質であるポリ(I:C)を投与したマウスでも観察されました(図2).



ここでウイルス感染がどのようにしてセロトニンの減少をもたらすかにテーマが移りました.チームは,ウイルスの感染,つまりウイルスRNAの自然免疫受容体Toll-like receptor 3(TLR3)への結合→1型インターフェロンの誘導→セロトニンの減少という経路を考えました.I型インターフェロンがセロトニンの減少が引き起こす機序として,①セロトニン貯蔵に影響を与える血小板の活性化亢進(=凝固亢進)と血小板減少,②セロトニンの前駆体である必須アミノ酸トリプトファンの腸管吸収の低下,③モノアミン・オキシダーゼ(MAO)を介したセロトニンの代謝亢進を示しました(図3).



腸はセロトニン産生・分泌に重要な役割を果たしているようです.図4は腸内分泌細胞のひとつである腸クロム親和性細胞の透過電顕像で,セロトニンを含む顆粒(緑色)が豊富に含まれていることが分かります.これが減少してしまいます.



そして末梢のセロトニン欠乏は,迷走神経の活性化の抑制を招き,腸脳連関の結果,認知機能障害に繋がっていきます.これが正しいか確認するために,ポリ(I:C)を投与し認知機能低下マウスに,セロトニンレベルを上昇させるトリプトファン(5-HTP)やカプサイシンを投与すると記憶障害が抑制されました(図5).



以上より,冒頭で記載した4つの病態が,セロトニン減少によってつながる一連の病態である可能性が示唆されました(図6).これらの知見はlong COVIDにおける認知機能障害の病態の説明となるだけでなく,他のウイルス感染後症候群にも当てはまる可能性があります.



Wong AC et al. Serotonin reduction in post-acute sequelae of viral infection. Cell. Oct 16, 2023.(doi.org/10.1016/j.cell.2023.09.013


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横浜医学史散歩 ―ヘボン先生の足跡を辿って―

2023年10月14日 | 医学と医療
第27回日本神経感染症学会@横浜シンポジア(大会長 山野嘉久聖マリアンナ医科大学教授)にて,long COVIDについての教育講演をさせていただきました.少し早めに学会場をあとにし,趣味の医学史散歩をしました.横浜は安政6年(1859)の開港とともに,多くの西洋文化が流入しました.医学も例外ではなく,日本の医学の近代化に大きく貢献したのヘボン(James Curtis Hepburn: 1815-1911)に代表される外国人医師です.ヘボンは宣教師でもあり,またヘボン式ローマ字を広めた人としても知られています.

開港直後の1859年,180日の過酷な船旅を経て,妻のクララとともに横浜に上陸しました.ヘボンは44歳でした.来日後,成佛寺に住みながら,宗興寺において無料の診療を行いました(お寺に平気でキリスト教徒を住ませているところが面白いです).ヘボンの専門は脳外科らしいですが,おもに眼科の診療を行ったようです.3500人ほどの患者を診療したそうです.成佛寺は東神奈川駅から10分ほど歩いたところにあり,「史跡外国宣教師宿舎跡」の碑が立っていました(図1).



そこから5分ほど歩くと宗興寺があり,境内に「ヘボン博士施療所跡」の碑がありました(図2).



その後,ヘボンは1862年,国の方針に従い,居留地山下町に住居を新築します.現在の法務省横浜合同庁舎のそばで,元町・中華街駅から歩いて行けます.「ヘボン博士邸跡」という記念碑とお顔のレリーフがありました(図3左).ここで歌舞伎の名女形,澤村田之助の壊疽の手術をクロロホルム麻酔で行ったことが有名です.この田之助はドラマにもなったマンガ「JIN―仁―」にも出てきますが,じつはヘボンも1巻で,勝海舟の仲介で主人公の南方仁と会い,仁の手術の手伝いまでしています(図3右).話はそれましたが, 1892年に帰米するまでの33年間,ヘボンは多くの日本人と出会いながら日本に新しい文化を伝えました.



ヘボンの行動で一番驚いたのは,日米修好通商条約が締結され,宗教の自由が認められたのを確認すると,すぐさまニューヨークで開業していた医院と自宅を売却して,その同じ年に開国したばかりの横浜に上陸したということです.このような西洋人の熱意があって,日本の医学は発展したのだなと思いました.

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特発性正常圧水頭症に対するタップテストは施行後24~48時間後に行う!

2023年10月13日 | 認知症
特発性正常圧水頭症(iNPH)に対するタップテスト後の評価はどのタイミングで行っているでしょうか?「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン第3版」の「脳脊髄液排除試験」の項目にも適切な評価時間の記載はありません.教室メンバーに確認したところ,施行当日,もしくは2-3日後,複数回の評価をしているなどで統一はされていないようでした.ほかの業務の都合なども影響するのかなと思いました.

イタリアからiNPHに対する歩行解析のメタアナリシスが報告されています.527名の患者を含む17件の研究が選択されています.重要な点として,タップテストとシャント術による種々の歩行パラメーターの改善が示されています.興味深いのは「シャント術はタップテストと比較してより有意な改善を認めること」で,脳脊髄液ドレナージ時間の延長がiNPHの病態に対して,より良好な効果を及ぼすことが推測されます.

この研究で最も印象的であったのは,メタ回帰分析により「タップテスト後の歩行速度の改善は術後24~48時間でプラトーに達すること」が示されたことです. またタップテスト後の評価タイミングに関して,2~72時間と高度の異質性があること(バラバラであること)を示しており,冒頭で述べた評価時間が定まっていない現状を実証しています.いくつかの研究では,異なるタイミングでタップテスト後の評価を繰り返すことを提案しています.しかし,今回の研究結果から,プラトーに達する24~48時間後が最適なタイミングであると著者は述べていますので,このワンポイントで良いのかもしれません.少なくともテスト後90~100時間でベースラインに戻ることから,この時期はやめたほうが良いですし,テストの同じ日に効果を評価するというやり方もシャント術候補者を見落としてしまう可能性があります.少なくとも24~48時間の評価は1回行うべきと考えられます.
Passaretti M et al. Gait Analysis in Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: A Meta-Analysis. Mov Disord Clin Pract. 19 June 2023 https://doi.org/10.1002/mdc3.13816


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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月10日)  

2023年10月10日 | COVID-19
今回のキーワードは,WHOの診断基準を満たすlong COVID患者のうち2年間で回復するのは7.6%とまれ,long COVIDの機序として,ゴナドトロピン放出ホルモンニューロンの障害が発見された,感染前のワクチン接種はlong COVIDを減少させるが,感染後の接種の効果は乏しい,ワクチン接種は炎症性サイトカイン・ケモカインを抑制するものの,ウイルス持続感染による炎症は抑制しきれない,モルヌピラビル(ラブゲリオ®)と比べ,リトナビル添加ニルマトルビル(パキロビッド®)の抗ウイルス効果は大幅に大きい,です.

Long COVIDは2年間の長期経過観察でも回復例は少ないと報告されました.Long COVIDの治療として期待されているのは,COVID-19ワクチン,抗ウイルス薬,メトホルミンです.このなかで感染後のワクチン接種は,今回紹介するメタ解析の結果から,あまり期待できないようです.その理由として,2回のワクチン接種ではウイルス持続感染とそれに伴う炎症反応を抑制できないようです.また抗ウイルス薬も,モルヌピラビルはウイルス除去率が低く,ウイルスを死滅させずに変異をもたらしてしまうことがあるようで,使用する場合はリトナビル添加ニルマトルビルが良さそうです.進行中の米国の臨床試験(PaxLC clinical trialやPECOVER VITAL試験)もニルマトルビルを用いています.

◆WHOの診断基準を満たすlong COVID患者のうち2年間で回復するのは7.6%とまれ.
スペインからの2年間の前向きコホート研究が報告された.WHOの診断基準を満たすlong COVID患者341人を対象とし,中央値23ヵ月の追跡を行った.診断時に,頭痛の既往,頻脈,疲労,神経認知および神経過敏性愁訴,呼吸困難があることは,long COVIDの発症の予測因子であった.追跡中に回復したのは26人(7.6%)のみで,そのほとんど(24人)は,主に疲労を呈する症状の軽いクラスターに属していた.逆に,筋痛,注意力低下,呼吸困難,頻脈を呈した患者は回復しにくかった.
Lancet Reg Health. Sep 04, 2023(doi.org/10.1016/j.lanepe.2023.100724)

◆long COVIDの機序として,ゴナドトロピン放出ホルモンニューロンの障害が発見された.
ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の喪失とアルツハイマー病などの病的老化による認知機能障害との間に因果関係があることが報告されている.またLong COVIDの一部の男性では,低テストステロン血症を認めることから,long COVIDの認知機能障害にGnRH系神経細胞の障害が関与する可能性を検討した研究がフランスから報告された.死後の患者脳とヒト胎児組織を検討に用いた.まず一部の男性における持続性低テストステロン血症は視床下部由来であることが示された.機序として,嗅覚神経細胞とTanycyte(視床下部の多機能グリアで,神経新生を通して摂食や体重,エネルギー代謝を制御している)への感染が考えられた.また感染したGnRHニューロンは,検索したすべての患者脳でアポトーシスを来して死滅し(図1),GnRH発現が劇的に減少していた.胎児のGnRHニューロンもまた感染による障害を受けていた.以上より,GnRHニューロンおよびTanycyteの障害は,long COVIDにおける神経発達障害や神経変性疾患リスク上昇につながる可能性が示唆された.
eBioMedicine. Sep 12, 2023(doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104784)



◆感染前のワクチン接種はlong COVIDを減少させるが,感染後の接種の効果は乏しい.
COVID-19ワクチン接種のlong COVIDに対する効果を検討するためのメタ解析が報告された.2回接種は,非接種および1回接種と比較し,long COVIDのリスクを低下させた(オッズ比0.64および0.60)(図2).2回接種は,非接種と比較して,疲労および呼吸器障害のリスクが低かった(オッズ比0.62および0.50).Long COVID患者のうち,20.3%はワクチン接種後2週間から6ヵ月後に症状の改善を認めたものの,54.4%は症状の改善を認めなかった.以上より,感染前のワクチン接種は,long COVIDのリスク低下と関連するが,long COVID患者の多くは接種により改善しないことが示された.
Vaccine. 2023 Mar 10;41(11):1783-1790.(doi.org/10.1016/j.vaccine.2023.02.008)



◆ワクチン接種は炎症性サイトカイン・ケモカインを抑制するものの,ウイルス持続感染による炎症は抑制しきれない.
カナダからCOVID-19ワクチン接種のlong COVIDへの効果を,前方視的に検討したコホート研究が報告された.ワクチン接種はlong COVIDの症状数を減らし(6.56±3.1→3.92±4.02;p<0.001),罹患臓器数も減らした(3.19±1.04→1.89±1.12,p<0.001).さらにsCD40L,GRO-⍺,MIP-1⍺,IL-12p40,G-CSF,M-CSF,IL-1β,SCFといった血漿の全身性炎症マーカーが有意に低下した.しかしSARS-CoV-2ウイルスに対する免疫反応性は消失せず,一定レベルで持続し,ワクチン接種により増強した.スパイクS1抗原は1回ないし2回のワクチン接種では除去されず(図3),主に非古典的単球(CD14の低レベルの発現,およびCD16受容体の発現)中に残存していた.以上より,ワクチン接種は全身性炎症を減少させるものの,一方でウイルス産物が持続して観察され,それが非古典的単球を介する炎症の持続に関与している可能性が示唆された.
Int J Infect Dis. 2023 Sep 15:S1201-9712(23)00720-8.(doi.org/10.1016/j.ijid.2023.09.006)



◆モルヌピラビル(ラブゲリオ®)と比べ,リトナビル添加ニルマトルビル(パキロビッド®)の抗ウイルス効果は大幅に大きい.
2つの抗ウイルス薬の効果を比較した研究がタイから報告された.対象はCOVID-19の初期症状(症状発現4日未満)を有する低リスクの成人患者とした.モルヌピラビル群65人,リトナビル添加ニルマトルビル群59人,試験薬なし群85人に割り付けた.ウイルス除去率はモルヌピラビル群では37%,ニルマトルビル群で84%であった.ウイルス除去半減期は,モルヌピラビル群11.6時間,ニルマトルビル群8.5時間,試験薬なし群15. 5時間であった(図4).ウイルスのリバウンド率は,モルヌピラビル群2%,ニルマトルビル群10%,試験薬なし群1%であった.ウイルス変異はモルヌピラビル群の持続感染で3/9例と多く,ニルマトレルビル群は0/3例,試験薬なし群0/18例であった.以上より,モルヌピラビルと比べ,リトナビル添加ニルマトルビルの抗ウイルス効果は大幅に大きいことが分かった.
Lancet Infect Dis. Sep 28, 2023(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00493-0)



モルヌピラビルは,複製中のウイルスゲノムに突然変異を誘発することで効果を発揮する.ほとんどのランダム変異はウイルスにとって有害であるため,多くは致死的である.しかしモルヌピラビルで治療された患者がSARS-CoV-2感染を完全に治癒できない場合,変異したウイルスが外部に伝播する可能性がある.英国から,SARS-CoV-2の塩基配列データベースを検討した結果が報告され,モルヌピラビルが導入された2022年から,モルヌピラビルが広く使用されている国や年齢層で,ウイルス変異が多く出現していることが報告されている.
Nature (2023).(doi.org/10.1038/s41586-023-06649-6)



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原因遺伝子が不明であったSCA4は,ヒトで初めてのポリグリシン病であった!

2023年10月09日 | 脊髄小脳変性症
脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxias: SCAs)は常染色体顕性遺伝の疾患群です.脊髄小脳失調症4(SCA4)は最も稀なSCAのひとつで,オリジナルは1996年,米国のScandinavian-American kindredにおいて報告されました.成人発症の小脳性運動失調に加え,ポリニューロパチー(感覚ニューロパチー)を呈します.かつて後索小脳型(Biemond型)と呼ばれていました.染色体16q22.1に連鎖しますが,原因遺伝子は不明です.表現促進現象(anticipation)が疑われ,CAGリピート病(ポリグルタミン病)の可能性が検討されましたが,剖検脳の検索で1C2(抗ポリグルタミン抗体)では陽性に染色されないことから否定的と判断されました.

さてプレプリント論文にて,オリジナルから27年,ついにSCA4の原因遺伝子が明らかにされました.スウェーデンの3家系の検討で,3症例では神経病理学的検索も行われました.遺伝子検査にはSR WGS(全ゲノム解析),Expansion Hunter de novoによるショートタンデムリピート(STR)解析,ロングリード(LR)WGSが含まれています.

まず臨床像の検討では,これまでに報告のなかった自律神経障害,運動ニューロン障害,眼球運動障害,嚥下障害,ジストニアを認めました.頭部MRIでは小脳のみならず,脳幹や脊髄にも萎縮を認めました. [18F]FDG-PETでは脳代謝低下が,[11C]フルマゼニル-PET(中枢性ベンゾジアゼピン受容体結合能を測定し,大脳皮質神経細胞障害の分布や程度を定量的に評価可能)では複数の脳葉,島皮質,視床,視床下部,小脳で結合低下が認められました.病理学的には,小脳プルキンエ細胞が中等度~高度脱落,脊髄では前角の運動ニューロンの著明な脱落と,後索の著明な変性が認められました(図).主に神経細胞に見られる核内封入体はp62およびユビキチン陽性で,まばらではあったものの中枢神経系全体に認められました.



以上の所見からリピート病を疑い,ヌクレオチドの伸長を検索したところ,zink finger homeobox 3 (ZFHX3)遺伝子の最後のエクソンのGGCリピート伸長を罹患者のみ有していました(1000人の対照群では認めませんでした).GGCリピート伸長(=ポリグリシン鎖伸長)は,ヒトの疾患ではC9orf72においてpoly-glycine-alanine expansionがあり,神経核内封入体病(NIID)ではNOTCH2NLCの5’非翻訳領域にGGCリピート伸長がありますが,コーディング領域のポリグリシン病としては初めてのものになります.

以上より,SCA4は,ZFHX3遺伝子におけるGGCリピート伸長によって引き起こされる神経細胞核内封入体を有する神経変性疾患であり,ヒトにおける最初のコーディング領域のポリグリシン病であることが明らかになりました.本邦でも存在する疾患か気になりますが,SCAと後索,Biemond型などで検索した限りそれらしき既報はなく,やはり希少なのかもしれません.
Paucar M et al. Spinocerebellar ataxia type 4 is caused by a GGC expansion in the ZFHX3 gene and is associated with prominent dysautonomia and motor neuron signs. medRxiv. October 03, 2023. doi.org/10.1101/2023.10.03.23296230

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