Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

神経変性疾患研究を変えるかもしれない1枚の写真  ―パーキンソン病に立ち向かうミクログリアたち―

2021年09月28日 | パーキンソン病
最新号のCell誌に驚くべき写真がありました.パーキンソン病はαシヌクレイン(αSyn)というタンパク質が凝集することで発症すると考えられています.脳内に常駐する免疫細胞ミクログリアは,このαSynを分解しようとしますが,今回,その仕組みが報告されました.まずミクログリアはαSynを迅速に取り込みます.しかし取り組むにつれ分解能力は低下するだけでなく,炎症性サイトカインや活性酸素種を放出し,自身の細胞死につながります.これを防ぐため,瀕死のミクログリアの周りに元気なミクログリアが集まり,トンネル状の連絡路(ナノチューブ)によって繋がります.図の緑がαSyn,青がミクログリアの核,赤がミクログリアの細胞骨格のFアクチンを示しますが,αSynを取り込んだ中央下のミクログリアの周囲に元気なミクログリアが複数集まって,連絡路でつながっています.



ミクログリアたちの協力など見るのは初めてですが,驚くのはその連絡路を使って,瀕死のミクログリアは元気なミクログリアにαSynを送り込み,分解の手助けをしてもらっているというのです.その結果,αSynが減少すると,瀕死のミクログリアの炎症性変化は軽減し,細胞死が起きにくくなります.さらに,元気なミクログリアは,その連絡路を使って,瀕死のミクログリアにミトコンドリアを送り込むのだそうです(ミトコンドリアは細胞にエネルギーを供給します).

一方,家族性パーキンソン病(PARK8)を引き起こす遺伝子変異LRRK2 G2019Sでは,αSynの分解能が低下していることが知られていましたが,この変異を持つミクログリアでは,上記の連絡路を介するαSynの分解が損なわれていることが示されました.孤発性パーキンソン病でもミクログリアの分解能の個人差が影響しているのかもしれません.本研究はパーキンソン病のみならず神経変性疾患全体にも影響を与える重大な発見です.今後,神経変性疾患研究はミクログリアを標的とした神経炎症の研究,つまり免疫学的アプローチによる病態・治療研究に移行していく可能性があります.



Microglia jointly degrade fibrillar alpha-synuclein cargo by distribution through tunneling nanotubes. Cell. 2021 Sep 21:S0092-8674(21)01054-0.(doi.org/10.1016/j.cell.2021.09.007)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月25日) 

2021年09月25日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ワクチン接種をしても重症化しうる人を特定するリスク計算機の開発,ワクチン・ナショナリズム(国家主義)は,結局は自分の首を絞める,mRNAワクチンは医療従事者の症候性COVID-19を予防する上で,リアルワールドでもきわめて有効,家庭でも可能な迅速抗原検査キットの利点・欠点・注意点,COVID-19に合併する頭痛は急性鼻副鼻腔炎症状と関連がある,7日以上症状が続き,酸素吸入を必要とした患者にレムデシビルは有効ではない,です.

mRNAワクチンは重症化の防止にとくに有効であることが示されていますが,それでも重症化してしまうケースがあります.どのような場合に重症化するかを明らかにした研究が英国から報告され,ハイリスク群としてダウン症,腎移植,ケアホーム入居,化学療法中,HIV/AIDS,肝硬変,神経疾患などが示されました.周囲にいる人はワクチンを接種をきちんとするなど,感染をさせないことが大事です.またワクチンの国別配分の不均等の原因となる「ワクチン・ナショナリズム(国家主義)」が問題になっていますが,理論モデルにてワクチンへのアクセスが低い地域にて感染が持続し,人の移動による感染の輸入や新たな変異株の出現で,結局は自らの首を絞めることが示されました.最近読んだ「他者の靴を履く―アナーキック・エンパシーのすすめ―(ブレイディみかこ)」のなかに「利他的であることは利己的であること」,つまり「自分以外のことを慮って行動したほうが,結果的には自らのためにもなる」という文章がありました.他者を考えるエンパシーが問われているのだと思います.

◆ワクチン接種をしても重症化しうる人を特定するリスク計算機の開発.
英国成人を対象に,COVID-19ワクチンを1回または2回接種した後の死亡および入院のリスクを推定するリスク予測アルゴリズムが発表された.評価項目は一次アウトカムをCOVID-19関連死亡,二次アウトカムをCOVID-19関連の入院とした.ワクチン接種者695万2440人のうち,515万310人(74.1%)が2回ワクチン接種をしていた.死亡2031例と入院1929例のうち,死亡81例(4.0%)と入院71例(3.7%)は2回目のワクチン接種後14日以上経過していた(→つまり死亡の96%がワクチン未接種者であった).COVID-19による死亡率は,年齢,生活困窮度,男性,インド・パキスタン系の民族出身者で増加した.原因別ハザード比は,ダウン症(12.7倍),腎移植(8.1倍),鎌状赤血球症(7.7倍),ケアホーム入居(4.1倍),化学療法中(4.3倍),HIV/AIDS(3. 3倍),肝硬変(3.0倍),まれな神経疾患(2.6倍),最近の骨髄移植または臓器移植の経験(2.5倍),認知症(2.2倍),パーキンソン病(2.2倍)であった(図1).



入院についても,同様のパターンが見られた.これらの結果から作成されたリスクアルゴリズムは,検証コホートにおいても良好な結果であった.ワクチン接種をしても重症化しうる人を特定するリスク計算機「QCovid® risk calculator」は公開され,以下のサイトから利用できる(図2).
BMJ 2021;374:n2244.(doi.org/10.1136/bmj.n2244)



◆ワクチン・ナショナリズム(国家主義)は,結局は自分の首を絞める.
ワクチンは公衆衛生上および経済上の莫大なコストを軽減するための強力な手段であるにもかかわらず,ワクチンの配分は国によって不平等なままである.つまり,一部の国ではワクチンの迅速な導入により,感染・入院・死亡者数は減少している.しかし世界の多くの地域では,ワクチンへのアクセスがほとんどなく,感染が持続している.つまりワクチンの国別配分がCOVID-19の動態と制御に与える可能性がある.ワクチンへのアクセスが高い地域(HAR)と低い地域(LAR)という2つの仮想地域における患者数とウイルスの進化について,免疫疫学モデルを用いて検討した研究が報告された.この研究では現在問題になっている「ワクチン・ナショナリズム(国家主義)」が疫学的およびウイルスの進化論的にどのような影響を及ぼすかを検討するため,ワクチン備蓄というシナリオを追加した(オンライン・アプリを使って,追加のシナリオを検討することができる).例えば図3では,HARは総ワクチン供給量の一部(f)をLARと共有し,その他の点では,両国の疫学的動態は独立(非結合)しており,両国間に移民はいないことを示している(η=0).このモデルから分かったことは,まずワクチンを世界で共有することで,地域間の総患者数を最小化できることである.ただし,各地域の人口や感染率が異なる場合,変異株の出現やワクチン入手に応じて,いくつかの微妙な変化が生じてくる.その結果,LARで感染が持続すると,ウイルスの進化の可能性が高まり,世界的な感染に影響を与える新たな変異株が出現する可能性が高まる.以上より,ワクチンを迅速かつ公平に配分することの重要性,すなわちLARにワクチンを輸出することの重要性が示唆された.加えて世界が協力してワクチン接種キャンペーンを行うとともに,感染者の国内輸入を防ぐために適切な介入を行うことが不可欠である.
Science. Sep 24, 2021.(doi.org/10.1126/science.abj7364)



◆mRNAワクチンは医療従事者の症候性COVID-19を予防する上で,リアルワールドでもきわめて有効.
米国の25州の医療従事者を対象としたmRNAワクチンの有効性を検討した研究が報告された.方法としてテストネガティブ法(検査陽性を症例,検査陰性を対照とした症例対照研究)を用いた.具体的には症例(case)をPCRまたは抗原検査が陽性で,COVID-19に類似した症状が少なくとも1つある場合と定義した.この結果,対象は症例参加者1482名の対照参加者1482名となった.1回接種のワクチン効果は,ファイザーワクチンで77.6%,モデルナワクチンで88.9%,完全接種のワクチン効果は,それぞれ88.8%,96.3%であった.ワクチンの有効性は,50歳で分けた年齢,人種・民族,基礎疾患,患者との接触の程度に応じて定義されたサブグループでも同様に確認できた.ワクチンの有効性は,2回目接種後3~8週目よりも9~14週目の方が低かったが,信頼区間は大きく重なっていた(図4).以上より,mRNAワクチンは医療従事者の症候性COVID-19を予防する上で,リアルワールドでも非常に有効であった.これらの医療従事者には,高度の危険因子がある人や,パンデミックの影響を受けている人種・民族も含まれていた.
New Engl J Med. Sep 22, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2106599)



◆家庭でも可能な迅速抗原検査キットの利点・欠点・注意点.
8月26日,FDAから緊急使用許可を取得したアボット社の「BinaxNOW」等の迅速抗原検査キットについてJAMA誌で利点・欠点・注意点について議論がなされた.以下,箇条書きで示す.
・ 「BinaxNOW」の値段は約530円.36時間以上の間隔を空けて,3日間で2回検査する.クレジットカード大で使いやすく,結果も15分で判明する.
・ PCR法ほど感度が高くない.しかしウイルス量が増加するほど,検出確率が高まる(PCRサイクル閾値が30以下の場合,75%で陽性となる).
・ ウイルスの検出にスパイクタンパクに依存しないため,新しい変異体は検査性能に影響を与えない.
・ 臨床試験ほど感度ほど高くない.感染後すぐに検査を行うなどタイミングが適切でないこと,自分や子どもの鼻から正しく検体採取ができないことが原因と見られている.このため検査法の解説動画が公開されている.
・ 症状が出てから5日以上経過した感染者から採取した検体は,PCRよりも陰性率が高まる.
・ 検査が1回陰性である場合,COVID-19感染を否定できない.しかし2回とも陰性となった場合は,感染していない可能性が高い.
・ 結果が出るまでのスピードと低コストにより,連続した検査が可能.よって学校など,定期的に検査を受けるような環境での使用に適する.
・ 米国では自宅での検査する人が増えるにつれ,検査結果がほとんど報告されなくなった.陽性となった人は医療従事者に報告をする仕組みが必要である.
・ ギリシャでは,ワクチン接種率を高めるために,9月中旬から,ワクチンを接種していない人に対して,職業に応じて週に1~2回の検査を有料で行うことを義務付けている.→ワクチンを接種しない権利には,社会への影響を考えれば,このような義務を伴う.日本でも今後,この議論は活発化すると思われる.さらなる検査キットの低価格化が望まれる.
JAMA. Sep 22, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.15679)



◆COVID-19に合併する頭痛は急性鼻副鼻腔炎症状と関連がある.
COVID-19に合併する頭痛の原因は不明であるが,興味深いことに,多くは急性鼻副鼻腔炎の症状を合併していると言われている.今回,ポーランドから縦断研究が報告された.対象は130名(女性80名,平均年齢46.9歳)であった.初診時の頭痛は72%と高率で,急性鼻副鼻腔炎症状と有意に関連していた.鼻副鼻腔炎を有する患者における頭痛のオッズ比は3.5であった.国際頭痛分類第3版(ICHD3)により診断すると,頭痛は96%が全身性ウイルス感染症,51%が急性鼻副鼻腔炎であった.ただし急性鼻副鼻腔炎に起因する頭痛の項目C.3(副鼻腔にかかる圧力による頭痛の増悪)およびC.4(頭痛と副鼻腔炎の同側性)の感度は低かった.以上より,COVID-19では鼻副鼻腔の炎症が頭痛と関連するが,痛みのメカニズムはおそらくウイルスに対する全身反応にあると考えられた.ICHD3の急性鼻副鼻腔炎に起因する頭痛の項目は,最新の理解に合わせて修正する必要がある.
Cephalalgia. Sep 20, 2021.(doi.org/10.1177/03331024211040753)

◆7日以上症状が続き,酸素吸入を必要とした患者にレムデシビルは有効ではない.
欧州48施設から,COVID-19にて入院し,症状が7日以上続き,酸素吸入や人工呼吸器が必要な成人患者を対象に,レムデシビルと標準治療を併用した効果を,標準治療のみの場合と比較することを目的とした第3相試験(DisCoVeRy)が報告された.結論として2つの治療群間で,予後,死亡率,改善までの期間に差は有意ではなかった(オッズ比0.98[95%CI 0.77~1.25],p=0.85).重篤な有害事象の発生についても有意な差はなかった.3例の死亡例(急性呼吸困難症候群,細菌感染症,肝硬変)はレムデシビル群で見られた.
Lancet Infectious Dis. Sep 14, 2021.(doi.org/10.1016/S1473-3099(21)00485-0)

ただし,Gilead Sciences社のHPを見ると,無作為化試験で,発症から7日以内の非入院COVID-19患者562名の検討で,28日目後の入院はレムデシビル群が偽薬群より87%少なかったと報告されている(0.7% vs 5.3%).レムデシビルを使用する場合には少なくとも「発症7日以内」で効果が期待されると言える.
Gilead Sciences社プレスリリース



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新しい時代の脳神経内科診療を垣間見たMDS Video Challenge

2021年09月24日 | 脳血管障害
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するVideo Challengeです.最も興味深く,チャレンジングなプレゼンには金・銀・銅メダルが与えられます.選考対象となった9症例と,聴衆がチャットで診断を議論する”Chatlenge”の6症例の計15症例,4時間の重厚なカンファレンスでした.恥ずかしながら15症例中,私が診断を即答できたものは2症例だけでした!つまり従来の知識・アプローチでは歯がたたないのです.おそらく下図の診断名を見ると無理からぬことと仰っていただけると思いますが,衝撃的であることは半分近い症例が何らかの治療ができることです.言い換えると新しいアプローチを身につけなければ治療ができる疾患を見落とすということです.新しいアプローチとは『症候からkey word searchで疾患を絞りつつ,孤発例であっても遺伝性疾患の可能性,変性疾患様であっても自己免疫疾患の可能性を残しつつ,whole genome sequencing(WGS)とcell-based assayを用いて,治療可能な常染色体劣性遺伝性疾患と自己免疫疾患を見逃さずに診断する』ということだと思います.とくに後者はさらに続々と自己抗体が見いだされると思いますし,その抗体に関連する多彩な臨床像の理解が不可欠になると思います.膨大な知識が求められますので,診断にAIも必要になると思います.薄々感じていましたが,脳神経内科の先端診療はそういう時代に入ったのだと思います.



◆Case 1 – Australia
【症例】13歳男性.7歳から歩行障害,徐々に悪化.軽度の認知機能低下,言語障害.視神経萎縮による視力低下,眼球運動障害.姿勢保持障害,運動緩慢,小脳性運動失調,ジストニアを認める.日内変動あり.家族内類症あり.髄液ビオプテリン↓HVA↓頭部MRI正常.
【解答】AFG3L2(AFG3 Like Matrix AAA Peptidase Subunit 2)遺伝子変異(WGSで同定).ミトコンドリア膜に存在する遺伝子.mitochondriocytopathyとneurotransmitter disorderの両者の特徴を持つ.多彩な表現型を示す.SCA28,SPAX5,SPG7の原因遺伝子でもある.

◆Case 2 –Italia
【症例】34歳男性.家族に感音性難聴,てんかん.本人は発育遅滞,薬剤抵抗性てんかん(重積発作),巨頭症.9歳で歩行不可.ADHD.発作性の運動異常症を認め,全身性進行性ジストニア,ミオクローヌス,舞踏運動を呈する.低トーヌス.大きな耳,下顎発育不良,下口唇突出.
【解答】GNB1遺伝子変異.2016年に新規に発見された疾患.常染色体優性遺伝形式だがde novo変異が多い.姿勢保持障害,運動緩慢.G-protein subunit disorder,つまり3量体Gタンパク質のβサブユニットをコードする遺伝子であり,Gタンパク質共役受容体の直下で機能する.

◆Case 3 - UK
【症例】46歳女性.父,多発性硬化症.母,がん.30歳代から手と声の振戦(間欠的に出現). 13歳から片頭痛.17歳左手脱力.23歳半盲を伴う高度頭痛→ステロイド点滴で改善.27歳強直間代発作.姿勢時ミオクローヌス,ジストニア,上肢失調,認知機能低下.腱反射亢進.極長鎖脂肪酸解析でプリスタン酸↑.頭部MRI,中脳,橋,視床に異常信号.
【解答】WGSにてAMACR遺伝子変異(2-Methylacyl-CoA racemase:AMACR欠損症).ペルオキシソーム病のひとつで食事制限により治療可能.乳児期に肝障害,脂溶性ビタミンの欠乏を来すタイプと,成人発症の感覚運動ニューロパチーに網膜色素変性,性腺機能低下,てんかん,発達遅滞,再発性の脳症などを伴うタイプがある.

◆Case 4 – Portugal
【症例】59歳男性.家族歴;母と子供に振戦.発作性・周期性の1-5秒間の上肢筋攣縮(periodic dystonic spasm→slow periodic myoclonusというもの).徐々に増悪.歩行障害(高度の小歩症)と転倒(L-dopa抵抗性パーキンソニズム).球麻痺.喉頭喘鳴.皮質下性認知症.寝たきり.頭部MRIで白質変化と多発microbleeds.アミロイドPET陽性.ステロイドパルス有効.
【解答】CAA-related inflammation(病理学的裏付けはなし).slow periodic myoclonusはSSPEや重症Wilson病で報告がある.

◆Case 5 - Portugal
【症例】50歳女性.発育遅滞.巨頭症.歩行障害,認知障害.15歳で杖つき歩行.30歳痙性を伴う片麻痺.40歳寝たきり.安静時振戦.Dopa-responsive parkinsonism.頭部MRI T2WI;皮質下白質高信号.尾状核・被殻低信号,淡蒼球点状高信号.血清リシン↑.弟;発育遅滞.てんかん.歩行障害,認知障害,パーキンソニズム.
【解答】L2HGDH遺伝子変異(L-2-ヒドロキシグルタル酸尿症).尿中・髄液L-2-ヒドロキシグルタル酸↑血清リシン軽度↑.本邦でも報告例あり(山田ら.臨床神経 2013;53:191-195).「3例はいずれも小児期から知的障害を指摘されていたが,30~40代ごろから進行性のジストニアをみとめたことを契機に代謝検査を受け,尿中への2-ヒドロキシグルタル酸の異常排泄をみとめ診断された.このうち一人は診断にいたるまでに知的障害の増悪があり,他の二人もジストニアが増悪し歩行困難となった」

◆Case 6 – Chile
【症例】10歳女子.18ヶ月で姿勢異常(ジストニア).3歳嚥下障害→胃ろう.てんかんなし.家族歴なし.全身性・進行性の強い捻転ジストニア.髄液正常.頭部MRI;テント上大脳白質のびまん性多発石灰化.
【解答】WGSでADAR遺伝子変異(Aicardi-Goutieresエカルディ・グティエール症候群6型).AGS関連遺伝子のいずれかの異常による単一遺伝子性の自己免疫疾患.この遺伝子にはADARを含む7遺伝子が報告されている.常染色体劣性遺伝形式が主.ジストニアに対しDBSが有効だった.

◆Case 7 – Thailand(銀メダル)
【症例】87歳男性.糖尿病.3ヶ月前から眠らなくなる(概日リズム障害),高度の睡眠時随伴症(REM/NREMパラソムニア).2ヶ月前から幻視,認知機能低下.1週前から進行性小脳性運動失調.
【解答】LGI1抗体関連脳炎.IVIGとステロイドパルス療法で改善.典型的には認知症+FBDSを呈するが,非典型例で小脳性運動失調やstatus dissociatus(きわめて高度のREM/NREMパラソムニアと覚醒状態を認める睡眠障害)を呈する.本症ではstatus dissociatusを23.8%に認めるという報告もある.中国からもほぼ同じビデオ症例の応募があった.ちなみにstatus dissociatusは視床のGABAergic circuitの病変で生じ,疾患としてはFFI,振戦せん妄,Morvan症候群,NMDAR脳炎で報告されている.

◆Case 8 – Spain(銅メダル)
【症例】29歳女性.Skew deviation,小脳性運動失調にて発症.髄液細胞数18,蛋白78.頭部MRI上部脳幹異常信号.DATスキャン高度↓ステロイドパルスにて一度改善したものの,亜急性の進行性パーキンソニズムを呈した.L-dopaは有効であった.しかし短い治療期間中にwearing offとジスキネジアを呈した.
【解答】CASPR2抗体関連パーキンソニズム.典型的には高齢発症辺縁系脳炎やMorvan症候群(Isaacs症候群+大脳辺縁系障害(不眠,記銘力障害など),自律神経障害)であるが,非典型例ではL-dopa responsive parkinsonismを呈する.しかもごく短期間のうちに,パーキンソン病治療の全期間の経過を真似る.Autoimmune parkinsonismとしてCASPR2抗体関連脳炎は念頭に置くべき.

◆Case 9 – India(金メダル)
【症例】35歳男性.全身性強直間代発作にて発症.以後,3-4年の経過で潜行性に進行する小脳性運動失調,痙性,右手の局所性ジストニア,自律神経障害,難聴を呈した.頭部MRI;軽度の小脳虫部萎縮.髄液細胞数264,蛋白523.真菌陰性.
【解答】Isolated neurobrucellosis(神経型ブルセラ症).人畜共通感染症.ドキシサイクリンとRFPで改善した.難聴は本症を疑うポイント.脳神経麻痺,多発神経根症,対麻痺など多彩な所見が見られる.

【Audience chatlenge】
◆Case 1 - Canada
【症例】19歳男性.発育遅滞,振戦,運動失調,パーキンソニズム.
【解答】KCNN2(Potassium Calcium-Activated Channel Subfamily N Member 2)遺伝子変異.

◆Case 2 - USA
【症例】59歳男性.2年の経過で失調歩行,転倒.脱抑制,興奮,失行.姿勢時振戦,Romberg徴候陽性.骨シンチで腎周囲集積.
【解答】Erdheim-Chester病.非ランゲルハンス細胞性組織球症の一型.骨,中枢神経系,心血管系,肺,腎臓,皮膚などを侵す.骨痛や中枢神経症状(約5割),尿崩症による多飲多尿,黄色腫,眼球突出など.

◆Case 3 - Turk
【症例】34歳女性.血族婚.進行性言語障害,認知障害,じっとしていられない.Stereotypy.尿失禁.治療抵抗性.踵や手首の痛みとX線での多発性骨嚢胞.
【解答】TREM2遺伝子変異(Nasu-Hakola病).Primary microgliopathy.polycystic lipomembranous osteodysplasia with sclerosing leukoencephalopathy (PLOSL)とも呼ばれる.本邦とフィンランドに集積する疾患.本邦患者数は約200人.

◆Case 4 – USA
【症例】58歳男性.亜急性に複視,小脳性運動失調,左下肢筋力低下.陰萎.球麻痺.睡眠時無呼吸症候群.頭部MRI大脳白質異常信号.IVIG,PLEX若干有効,効果不十分でオクレリズマブ追加.KLHL11 IgG陽性.
【解答】Kelch様タンパク質11抗体関連菱脳炎.男性に多い.小脳性運動失調.複視,めまい,難聴,耳鳴,嚥下障害,てんかん.精巣腫瘍を背景とする傍腫瘍症候群のこともある.

◆Case 5 - Canada
【症例】70歳男性.全身の舞踏運動.認知症,失禁,体重減少.パーキンソニズム.Tissue transglutaminase抗体陽性.
【解答】Celiac病.グルテンフリー食で改善.

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

後遺症治療に対して,今後望まれることはなにか?@報道ステーション

2021年09月22日 | 医学と医療
昨晩,#報道ステーション にて,COVID-19の神経後遺症(long COVID)について説明する機会を頂戴しました.番組のHP等で動画が公開されておりますので,見逃された方はご覧いただければと思います.頂いた質問の最後に「後遺症治療に対して,今後,望まれることは?」というものがありました.「COVID-19を地震とすると,後遺症は遅れてやってくる津波のようなもので,社会や経済への影響は大きい.社会や医療者は『ブレインフォグ』という病態があることを認識すること,国はブレインフォグ研究を積極的に推進することが必要」と回答しました.

この点をNew Engl J Med誌に発表された論文(doi.org/10.1056/NEJMp2109285)を引用して,少し解説したいと思います.まずlong COVIDの患者さんの多くは女性で,平均年齢は約40歳と働き盛りの人が多く,近い将来,医療や経済回復に長い影を落とすと予想されています.また症状は複雑・多彩です.神経症状に限ってもようやく大きく4つに分類されましたが(①brain fogを含む認知・気分・睡眠障害,②自律神経異常症,③疼痛症候群,④運動不耐),明確な定義・診断に有用な検査がまだ存在しない状況です.つまり,歴史的な先行事例である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS),線維筋痛症などと同様のことが起こるのではないかと懸念されています.これらは心因性の可能性が考えられ,必ずしも正当な疾患として認識されず,積極的な研究が行われてこなかった経緯があります.このような状況を防ぐために,論文では5つの対策を訴えています.

1.ワクチン接種の推奨
2.long COVIDの病態研究の推進・研究費の投入(例えば米国NIHは4 年間11.5 億ドルのプロジェクトを開始することを発表しました)
3.ME/CFS研究のlong COVID研究への応用
4.long COVID診療センターの整備
5.医療者がこの病気を信じて支援しケアを提供すること


まさに同感であり,加えて社会もこの病態を認識し,後遺症により社会復帰が困難な人々を支えていく必要性を感じます.




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19 :最新エビデンスの紹介(9月18日)  

2021年09月18日 | 医学と医療
今回のキーワードは,アストラゼネカワクチン後,5~20日後の激しい頭痛では「pre-VITT症候群」を疑い,見逃さず免疫グロブリン静注療法を行う,重症COVID-19感染は膠原病に関連する自己抗原やサイトカインを標的とする自己抗体の産生を招く,ファイザーワクチンの接種6か月後の評価で有効性は91.3%,重症例に限ると96.7%と持続した,介護施設におけるクラスターはワクチンのみでは防げない,イスラエルで行われたブースター接種で,感染は11分の1に低下した,ブースター接種は政治的ではなく,科学的エビデンスに基づき,利益とリスクを考慮して決める,です.

ワクチンの感染に対する防御能は経時的に徐々に低下していくようです.しかし重症化の防御能は保たれるという研究が複数出てきました.施設入所者などフレイル(脆弱)な高齢者では感染しうるものの,それでも重症化は防げているようです.ブースター接種の是非についてのエキスパートの主張を記した最後の論文はぜひチェックしていただきたいと思いますが,まずは未接種者へのワクチンを優先し,ブースター接種は感染のハイリスク者や,ハイリスク者に感染させうる医療者や施設勤務者などに限定して行うことが良い選択のようです.また最初の論文のアストラゼネカワクチンによる新しい副反応「pre-VITT症候群」は知っておくべき情報です.

◆アストラゼネカワクチン後,5~20日後の激しい頭痛では「pre-VITT症候群」を疑い,見逃さず免疫グロブリン静注療法を行う.
アストラゼネカワクチンの重篤な副反応として,ワクチン誘発性免疫性「血栓性」血小板減少症(VITT)が知られている.今回,ドイツから脳静脈洞血栓症(CVST)などの血栓症を伴わず,激しい頭痛を呈するワクチン誘発性血小板減少症(VIT)が,VITTの前段階として起こる可能性があるという報告がなされた.11名の患者が,ワクチン接種の5~18日後に,CVSTを伴わない重度の頭痛を呈した.すべての患者で血小板減少,Dダイマー高値,抗PF4-ヘパリンIgG抗体高値を認めた.その後,3人(患者1,2,3)に頭蓋内出血が発生し,患者2と3ではCVSTが確認された.またVITTの診断基準を満たす状態で最初に入院したのは2名(患者2,4)であった.血栓性合併症を認めなかった7名(患者5~11)のうち1名を除く全員が,頭痛発症後5日以内にIVIG,グルココルチコイド,抗凝固療法を受けた(図1;患者5).以上より,重度の頭痛,Dダイマー高値,抗PF4-ヘパリンIgG抗体陽性のVITが,VITTに先行する可能性が示唆された.この「pre-VITT症候群」とも呼べる病態の頭痛の機序として,著者はより細い皮質静脈レベルの微小血栓症が関連する可能性を指摘している.アストラゼネカワクチン接種後5~20日後に重度の頭痛を呈した患者は,直ちに血小板数とDダイマー値を測定し,可能であれば抗PF4-ヘパリンIgG抗体の検査も行うべきである.抗体が高力価の場合,患者にCVSTの危険性が差し迫っているが,IVIGなどの即時治療でこの状態を予防できる可能性が高い.
New Engl J Med. Sep 15, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMc2112974)



◆重症COVID-19感染は膠原病に関連する自己抗原やサイトカインを標的とする自己抗体の産生を招く.
米国からCOVID-19の入院患者147名を対象に,膠原病に関連する血清中のIgG自己抗体,抗サイトカイン抗体,抗ウイルス抗体反応を測定するための3つのタンパク質マイクロアレイを開発した研究が報告された.この結果,自己抗体は対照群では15%未満であったが,COVID-19群では約50%に認められた!(図2)自己抗体は,筋炎・心筋炎(MDA5,Troponin 1,MYH6,PL-7,JO-1,MI-2),全身性硬化症(RPP25,Fibrillarin,U11/U12),血管炎(C1q,BPI,β2GP1),オーバーラップ症候群などに関連する自己抗原を標的とするものであった.これらはまれな膠原病で見られるもので,一部は病原性があるものと予測された.また非常に多数の抗サイトカイン抗体が同定された.さらにSARS-CoV-2ウイルスの非構造タンパク質を認識する抗体も同定され,かつ自己抗体と正の相関を示した.以上より,重症COVID-19感染は宿主の免疫寛容を破綻させ,膠原病関連自己抗原やサイトカインを標的とするIgG自己抗体を産生されることが示された.
Nat Commun. 2021 Sep 14;12(1):5417.(doi.org/10.1038/s41467-021-25509-3)



◆ファイザーワクチンの接種6か月後の評価で有効性は91.3%,重症例に限ると96.7%と持続した.
ファイザーワクチンはCOVID-19 に対して高い有効性を示すが,最初の認可の時点では,接種後2カ月を超えるデータはなかった.今回,6ヶ月後のデータが報告された.16歳以上の参加者4万4165人と12~15歳の参加者2264人を無作為に割り付け,ワクチン30μgまたは偽薬を21日間隔で2回接種した.主要評価項目は6ヶ月後の有効性と安全性である.結果として安全性は以前高く,有害事象も許容範囲内であった.有効性は6ヶ月間で 91.3%であったが,徐々に低下していた(図3).年齢,性別,人種,COVID-19の危険因子が異なる国や集団において,86~100%の有効性を示した.重症化防止に限定すると有効性は96.7%とより高かった.β株が優勢であった南アフリカでの有効性は100%であった.
New Engl J Med. Sep 15, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2110345)



◆介護施設におけるクラスターはワクチンのみでは防げない.
フランスから完全ワクチン状態の介護施設入所者に生じたクラスターが報告された.ファイザーワクチンが2021年1~2月に接種され,3~4月にかけてクラスターが生じた.入居者74名(男16名,平均年齢87.8歳)のうち17名(23.0%)が感染した(すべてα株).完全ワクチン状態14/70名(20%),部分ワクチン接種2/2名,未接種1/2名が感染した.8名が重症化し,2名が入院したが,ワクチン未接種の1名のみ死亡した.ワクチン接種者のうち7名が重症化したが,死亡はなかった.一方,医療従事者102名では12名(11.8%)が感染した.ワクチン接種者では3/34名(8.8%),未接種者では9/68名(13.2%)が感染した.症状が出たのは5名,すべて未接種者で,重症化した人はいなかった.以上より,ワクチンを完全に接種した介護施設入所者でもクラスターが生じうる.おそらく加齢による免疫能低下,栄養失調,糖尿病,がんなどの影響が推測される.しかし感染者でも重症化が少ないことは注目に値する.
JAMA Netw Open. 2021;4(9):e2125294.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.25294)

◆イスラエルで行われたブースター接種で,感染は11分の1に低下した.
2021年7月30日,イスラエルにて,60歳以上で5カ月以上前に2回目のワクチンを接種した人に対するファイザーワクチンの3回目接種(ブースター接種)が承認された.感染と重症化に対するブースター接種の効果に関する検討が報告された.イスラエル保健省のデータベースから,60歳以上で,少なくとも5カ月前に2回のワクチン接種を受けた113万7804人に関するデータを抽出した.主要解析では,12日以上前にブースター接種を受けた人と受けていない人の間で,感染が確認された割合と重症化した割合を比較した.この結果,感染の割合は,非ブースター群に比べてブースター接種群で11.3分の1と低く,重症化の割合はさらに低い19.5分の1であった.図4はブースター接種群が,非接種群と比較して,感染率を低下させた割合と接種後日数の関係を示している.ブースター接種後12日以上経過してから感染が確認された割合は,4~6日経過してからの割合よりも5.4分の1と低かった.以上よりブースター接種は,短期的には感染および重症化防止に有効であることが示唆された.
New Engl J Med. Sep 15, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2114255)



◆ブースター接種は政治的ではなく,科学的エビデンスに基づき,利益とリスクを考慮して決める.
Lancet誌のViewpoint欄にブースター接種をどう考えるかについて米国,英国,フランス,南ア,インド等のエキスパートによる意見論文が発表された.以下,要旨を箇条書きにする.
・中和抗体価の低下は必ずしもワクチン効果の低下を予測するものではない.
・感染に対する効果が低下してきたように見えても,重症化の抑制効果が大幅に低下しているというエビデンスはなく,一般集団においてブースター接種を行う必要性はない.
・ワクチンの種類によっては,早期のブースター接種は重大な副反応を引き起こす可能性がある.
・ブースター接種により効果が得られるとしても,ワクチン未接種の人に接種する利益を上回ることはない.変異株のさらなる進化を抑制し,パンデミックの終息を早めることができる.
・イスラエルのブースター接種の報告は非常に短期的な検討であり,長期的な利益を意味するとは限らない.
・しかしブースター接種は,ワクチンの効果が乏しい人(注;フレイルの高齢者,施設入所者)や免疫不全者などに適している可能性がある.
エビデンスに基づき,個人や社会にとっての利益とリスクを判断する必要がある.WHOはワクチンが世界のより多くの人々に行き渡るまで,ブースター接種を取りやめるよう呼びかけている.

ちなみに図5は感染と重症化に対する効果を分けて推定している報告をまとめたものである.一貫して言えることは,重症化防止に対するワクチンの有効性は,感染防止に対する有効性よりもはるかに高いということである.ワクチンの有効性は,デルタ株ではアルファ株に比べてやや低いものの,有症状感染と重症化の双方に対して,依然として高い有効性を示す(B).ワクチンの種類が違っても重要化防止に有効であることに変わりはない(C).
Lancet. Sep 13, 2021.(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)02046-8)



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

多系統萎縮症患者さんの意思決定支援@秋田県難病医療従事者研修会

2021年09月14日 | 脊髄小脳変性症
秋田県難病医療従事者研修会の講師・ファシリテーターを務めさせていただきました.医師,看護師,保健師,MSW,PT,相談員など多職種の医療者が集まり,多系統萎縮症患者さんの治療・療養の意思決定支援をどのように行うべきか,3つのテーマで議論しました.重要と思ったポイントをスライドにまとめました.



多系統萎縮症は突然死リスクという真実告知と,人工呼吸器装着の自己決定支援といった非常に難しい問題がありますが,これまでALSと比べて議論がほとんどなされてきませんでした.しかし近年,この問題に対する取り組みの重要性が認識され,複数の学会や研修会でも議論されるようになりました.来月は日本難病看護学会にて「神経難病を極める-多系統萎縮症」というテーマでオンラインセミナーが開催されます(非会員も参加可能です).ぜひ多くの人に多系統萎縮症患者さんの意思決定支援に関心を持っていただきたく思います.







  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

The Advance of Neurology

2021年09月12日 | 医学と医療
3年生の脳神経内科学の集中講義の準備をしています.学生に見せている絵があります.「The Advance of Neurology(1954)」という壁画です(上図).カナダのモントリオール神経学研究所・病院(通称Neuro)を訪問したときに写真に収めました.1階の会議室に入り実物を見たときには,その大きさと威厳に息を飲みました.神経学の歴史の中で最も著名な人物が描かれています.右からヒポクラテス,ジャン・マルタン・シャルコーがいますし,アロイス・アルツハイマー,クロード・ベルナール,ハーヴェイ・クッシング,ヴィルヘルム・エルブ,カミロ・ゴルジ,ジョン・ヒューリングス・ジャクソン,コンスタンティン・フォン・モナコフ,フランツ・ニッスル,イワン・パブロフ,さらにサンティアゴ・ラモン・イ・カハールがいます.地元の有名人としてはウイリアム・オスラーがいますし,カナダ神経学の創始者,ホムンクルス(脳のこびと)で有名なワイルダー・ペンフィールドが大きく手を広げ,さらに左下でおそらく側頭葉切除手術をしています.そのとなりで脳波を読むのはてんかん研究で有名な同僚,ハーバート・ジャスパーです.

この壁画を描いたのはメアリー・ファイラーという研究所の元看護師で,本人は背中を見せた看護師として,また患者としても登場していると言われています.論文によると,原画(下図)では患者は裸の姿で描かれていましたが,ペンフィールドは礼儀正しい服装で描き直すように主張し,しぶしぶ修正したそうです.ペンフィールドによる外科治療の追跡調査を行い,さらに脳炎に名前を残し,所長のあとを継いだのがラスムッセンです.この絵を見ると,連綿と続く神経学の歴史の延長線上に自分たちがいるのだなと思います.
Agency and Architecture in Medical Murals by Mary Filer and Marian Dale Scott. In book: Design and Agency. January 2020








  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月11日)  

2021年09月11日 | 医学と医療
今回のキーワードは,ワクチン2回接種はlong COVIDの出現を半減させる,ブースター接種は感染リスクを大幅に低下させるが,正しい戦略と言い切るには長期的なデータが必要である,11ヶ月の経過観察で多くの人の嗅覚障害は改善するが,嗅覚錯誤や幻嗅は増加する,ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症の発症後12週経過すればmRNAワクチン接種が可能,IL-1α/β阻害剤アナキンラは呼吸不全ハイリスク患者の予後を改善する,JAK阻害剤バリシチニブで入院患者死亡率が38%低下する,です.

COVID-19における大きな問題として,重症化や死亡を防止する薬剤がなかなか開発できないことが挙げられます.しかしいよいよ光明が見えて来たかもしれません.昨年末,英国から重症者のゲノムワイド関連解析がNature誌に報告され,重症化に関わる5つの遺伝子が同定されました(Nature 591, 92–98 ,2021).そのひとつがサイトカイン・シグナル伝達で活性化する酵素チロシンキナーゼ2(TYK2)ですが,これを抑制するヤヌスキナーゼ阻害剤バリシチニブが,デキサメサゾンを使用する標準治療群と比較して,入院患者死亡率を38%低下させました.バリシチニブは本邦でもオルミエント®として関節リウマチに使用される経口薬です.また炎症性サイトカインであるIL-1αとIL-1βを阻害するアナキンラ(本邦未承認)も重症化が予測される患者の死亡率を抑制しました.いずれも第3相試験です.久しぶりに嬉しい論文を読みました.

◆ワクチン2回接種はlong COVID(28日以上の症状持続)の出現を半減させる.
ブレイクスルー感染の危険因子を明らかにすることを目的とした研究.スマホアプリにて英国成人から得た自己申告データを用いて,前方視的症例対照研究として行った.124万9人が1回目のワクチン接種(ファイザー,モデルナ,アストラゼネカ)し,うち6030人(0.5%)がその後PCR陽性となった.また97万1504人が2回目のワクチン接種をしたが,うち2370人(0.2%)がその後PCR陽性となった(つまりブレイクスルー感染率は0.2%と低い).危険因子分析では,高齢者(60歳以上)の場合,1回目接種後の感染と関連したのはフレイル(OR 1.93),および貧困度の高い地域での居住(OR 1.11)であった.肥満のない人(BMI 30未満)では感染は少なかった(OR 0.84).ワクチン接種は,未接種と比較し,入院または発病1週間以内に5つ以上の症状が出る確率を減らし,また2回目接種後のlong COVID(28日以上の症状持続)の頻度を半減させた(図1).接種した感染者では,未接種の感染者に比べてほぼすべての症状が出現する頻度が低く,特に60歳以上の場合,無症状感染となる可能性が高かった(図1).以上より,特にフレイルの高齢者や貧困地域に住む人々はブレイクスルー感染しやすく,ワクチン接種に加えて,感染防御の継続を推奨すべきである.
Lancet Infect Dis. 2021 Sep 1:S1473-3099(21)00460-6.(doi.org/10.1016/S1473-3099(21)00460-6)



◆ブースター接種は感染リスクを大幅に低下させるが,正しい戦略と言い切るには長期的なデータが必要である.
Science News欄が,ファイザー・ワクチンを3回接種すると,感染リスクが大幅に低下するという2つの研究を紹介している.1つ目はイスラエル保健省の報告.60歳以上のイスラエル人110万人以上を分析し,ブースター接種(3回目の接種)を受けた12日後には,感染リスクは10倍以上減少し,2回目の接種直後の95%の範囲にまで感染防御力が回復した.重症化を防ぐ効果はさらに強く,リスクを15倍に減少させた.しかし研究期間が短いことから結果は不確実と著者は述べている.
2つ目はイスラエルからのプレプリント論文で,250万人(人口の1/4 強)の健康記録から,ブースター接種の早期効果を調べた.18万2076件のPCRを分析し,ブースター接種後7日~13日経過した人では,2回接種のみの人と比べて,PCR陽性率が48%低下し,14日~21日経過すると70%低下した.
しかしNews記事では「ブースター接種を広く普及させることが賢明であるかは不明」と述べている.つまりあくまでも短期的な効果であり,数ヶ月にわたって長期的な免疫力の向上につながるかが重要と述べている.ブースター接種による追加免疫がすぐに効果を失っては意味がない.またブースター接種の適切な間隔も不明である.ブースター接種が正しい戦略と言い切るには,より長期的なデータが必要である.
Science News. Sep 1. 2021(https://bit.ly/3yYRWnI)
medRxiv. Aug 31, 2021.(doi.org/10.1101/2021.08.27.21262679)

◆11ヶ月までの経過観察で多くの人の嗅覚障害は改善するが,嗅覚錯誤や幻嗅は時間経過とともに増加する.
COVID-19感染後11か月までの嗅覚障害とその回復について検討した国際共同研究が報告された(プレプリント論文).対象はCOVID-19と診断され,発症当初より嗅覚・味覚障害を呈した1468名であった.中央値約200日の追跡調査を行った.女性の60%,男性の48%が,病気になる前の嗅覚の80%以下になったと報告した.味覚の回復は嗅覚よりも早く,嗅覚が回復したにも関わらず,味覚障害が持続することはほとんどなかった.嗅覚錯誤(これまでと匂いが違う;parosmia)と幻嗅( 実際にはない臭いを感じる;phantosmia)の有病率は,2020年4月~9月ではともに約10%であったが,2020年9月~2021年2月では大幅に増加し,嗅覚錯誤は47%,幻嗅は25%になった(嗅覚錯誤は嗅覚低下が回復しない患者でより多い;図2).嗅覚障害の持続は,COVID-19の重症度と関連し,long COVIDの重要なマーカーとなる可能性が示唆された.以上より,多くの人は嗅覚障害が改善する一方,嗅覚錯誤や幻嗅の有病率は時間経過とともに大幅に増加した.嗅覚障害に対する治療研究が強く望まれる.
medRxiv. Aug 31, 2021.(doi.org/10.1101/2021.08.28.21262763)



◆ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症の発症後12週経過すればmRNAワクチン接種が可能.
日本でも接種が開始されたアストラゼネカワクチンでは,副反応としてワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)が報告されている.VITTは抗血小板因子4(PF4)IgG抗体によって引き起こされるが,抗体産生の持続期間については不明である.ドイツからVITT患者35名(女性27名,中央値53歳)についての検討が報告された.中央値11週間の観察期間中,血小板活性化試験が35例中23例(66%)で陰性になった.12週間以上の追跡調査を行った15名のうち14名(93%)は,中央値で12週間以内に血小板活性化試験が陰性となった(図3).抗PF4-ヘパリンIgG ELISAのODは,最初と最後の試料の比較で53%低下した(P<0.001).しかし,ELISAが陰性(OD 0.5未満)となるのはわずか3名のみであった(つまり検査として鋭敏ではない).残り1名は,12週間以上,血小板活性化試験陽性,かつELISAのOD 3.0以上が持続し,血小板減少症も再発した.5名は抗凝固療法を受けつつ,初回接種から10~18週間後に,2回目の接種としてファイザー・ワクチンを受けたが,新規の血栓性合併症やELISAのODが再上昇した者はいなかった.以上よりVITTにおける抗PF4抗体の上昇はほとんどの患者で一過性であることが示された.また血小板活性化試験が陰性になったあとに,mRNAワクチンによる2回目接種を行うことは安全である.上記検査が困難な場合,2回目のワクチン接種はVITTのエピソードから少なくとも12週間待つことが実際的なアプローチと思われる.しかし一部の患者(1/35名)では12週間以上抗体産生が持続した.このような患者では長期の抗凝固療法や追加治療が必要になる可能性がある.
New Engl J Med, Sep 8, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMc2112760)



◆IL-1α/β阻害剤アナキンラは呼吸不全ハイリスク患者の予後を改善する.
可溶性ウロキナーゼプラスミノゲンアクチベーター受容体(suPAR)の血清レベルの早期上昇は,COVID-19の呼吸不全への進行リスクの増加を示唆することが知られている.ギリシアから,血漿中のsuPAR≧6 ng/ml以上により選定した患者594名を対象とし,炎症性サイトカインであるIL-1αとIL-1βの活性を阻害するアナキンラの効果を検証する第3相試験(SAVE-MORE)が報告された(偽薬群189名,アナキンラ群405名).うち510名(85.9%)でデキサメタゾンが使用されていた.28日目の時点で,偽薬と比較して,アナキンラは,臨床状態(11段階のWHO臨床進行スケール(WHO-CPS)で評価)が悪化する調整比例オッズは0.36(95%信頼区間0.26-0.50)であった(図4).28日目のWHO-CPSのベースラインからの低下は,偽薬群が3ポイント,アナキンラ群が4ポイント(OR=0.40,P<0.0001),7日目のSequential Organ Failure Assessment(SOFA)スコアのベースラインからの低下は,それぞれ0ポイントと1ポイント(OR=0.63,P=0.004)であった.28日目の死亡率は減少し(4%対9%;ハザード比=0.45,P=0.045),入院期間も短くなった.
Nat Med. Sep 3, 20212(doi.org/10.1038/s41591-021-01499-z)



◆JAK阻害剤バリシチニブ(オルミエント®)で入院患者死亡率が38%低下する.
バリシチニブは経口の選択的ヤヌスキナーゼ(JAK)1/2阻害剤で,抗炎症作用があり,本邦でも関節リウマチに適応がある.米国から入院中の成人患者を対象として,標準治療との併用によるバリシチニブの有効性と安全性を評価した第3相試験が報告された.アジア,欧州,北米,南米の12カ国の101施設から参加者が登録された.標準治療を受けている入院患者を,1日1回バリシチニブ(4 mg;リウマチでの常用量)または偽薬群に無作為に割り付けた(1:1).標準治療にはデキサメタゾンとレムデシビルが含まれた.複合的主要評価項目は,28日目までに高流量酸素,非侵襲的/侵襲的機械的人工呼吸,または死亡に進行した割合とした.1525名が参加し,バリシチニブ群764名,偽薬群761名となった.データが得られた患者の91.3%にデキサメタゾンが,18.9%にレムデシビルが使用されていた.28日目の全死亡率は,バリシチニブ投与群で8%,偽薬群で13%であり(ハザード比0.57,p=0.0018),死亡率が38.2%に減少した(図5).60日間の全死亡率は,バリシチニブ群で10%,偽薬群で15%であった(HR 0.62,p=0.0050).重篤な有害事象としての重篤な感染症,静脈血栓塞栓症の頻度は両群で同程度であった.
Lancet Respir Med. 2021 Aug 31:S2213-2600(21)00331-3. (doi.org/10.1016/S2213-2600(21)00331-3)



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Globular glial tauopathy のMRI所見

2021年09月08日 | その他の変性疾患
Globular glial tauopathy (GGT) は2013年に疾患概念が提唱された新たな4リピート・タウオパチーです.病理学的にはグリア細胞内の小球状(globular)のリン酸化タウ陽性封入体(Globular glial inclusions : GGIs)の存在を特徴とします.これらの出現分布と変性部位から,3つの亜型に分類されています.前頭・側頭葉主体の病変分布を取り,前頭・側頭型認知症を呈するタイプ1,運動野と錐体路を主病変とし,運動ニューロン徴候を呈するタイプ2,そして両者の複合型と言えるタイプ3です.

今まで MRI所見に関する議論はほとんどありませんでしたが,剖検で診断が確定したタイプ1の3症例について症例集積研究が報告されています. 2名は非定型進行性失語症,1名は大脳皮質基底核症候群を呈しました.結論として,GGTタイプ1を特徴づける4つのMRI所見は,①矢状断の脳梁下縁(bottom edge)の高輝度帯(図A,G,D),②症状に関与する皮質領域に由来する白質変性を示唆する局所的脳梁萎縮(言語症状が主な場合は前方の萎縮(B, E),失行が主な場合は後方の萎縮(H)),③脳室周囲の白質病変(C,F,I),④軽度から中等度の脳幹の萎縮と報告されています.
Eur J Neurol. Sep 1, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15090)




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月4日)  

2021年09月04日 | 医学と医療
今回のキーワードは,米国医療従事者におけるデルタ株感染の増加とワクチン有効性の低下,ギラン・バレー症候群の既往のある人でもmRNAワクチンの安全性は高い,武漢の感染者の1年後の調査で,少なくとも1つの後遺症がある患者の割合は49%,呼吸不全の予後に肺におけるウイルス量が関与するが,二次的な細菌感染は関連しない,パンデミック時における幼い子供における体重増加,COVID-19に関連する急性散在性脳脊髄炎と急性出血性白質脳炎は予後不良である,インドのパンデミック禍における鼻・眼・脳ムコール症のアウトブレイク,ファイザー・ワクチンはMS患者における再発の短期的リスクを増加させない,です.

1番目の論文は,先週のイスラエルに続き,米国の医療従事者において「デルタ株に対してはワクチン接種のみでは感染者増加は抑えられない」という報告です.医療従事者のブレークスルー感染は医療崩壊に直結します.やはり医療従事者や施設入居者等におけるブースター接種の議論は必要と思われます.ニュースを見ると,分科会が,ワクチン接種が進めば社会活動の制限を緩められる可能性があると議論しています.しかしそう単純な話ではなく,海外の状況を見て科学的に考える必要があります.

また2~4番目の論文はイスラエル,中国,米国からのものですが,いずれもしっかりとした医療情報や患者追跡のシステムが構築されている国だからこそできた研究です.言い換えると,診療データに,健診やワクチン接種のデータ,さらにゲノムデータなどを連結する仕組みが整備されているということです.欧州や米国の神経学会でもprecision medicine(患者の個人レベルで最適な治療方法を分析・選択して行う医療)の活発な議論が始まっていますが,これも上述の医療基盤がなければできません.日本との大きな差を感じます.専門医制度とか働き方改革の議論も必要ですが,国にはこのようなことを考えていただきたいです.

◆米国医療従事者におけるデルタ株感染の増加とワクチン有効性の低下.
米国カリフォルニア大学サンディエゴ校の医療従事者におけるワクチンの有効性の検討が報告された.2020年12月中旬にmRNAワクチン接種が開始され,3月までに医療従事者の76%が完全ワクチン状態となり,7月には83%になった.2021年2月初旬には,感染者数が劇的に減少した.6月15日にカリフォルニア州ではマスク着用義務が終了した.一方,デルタ株は4月中旬に出現し,7月末までに分離ウイルスの95%以上を占めるようになった(図1).その後,完全ワクチン状態の人も含めて,感染が急速に増加した.2021年3月から7月までに,227人がPCR陽性となった.うち130人(57.3%)は完全ワクチン状態であった.このうち109名(83.8%)に症状を呈した.死亡者はいなかった.ワクチンの有効性は,3~ 6月までは90%を超えていたが,7月には65.5%に低下した.7月の罹患率を,ワクチン接種を完了した時期により分析したところ,3~5月では3.7/1000人であったが,1~2月の接種では6.7/1000人に増加した(ちなみに未接種では16.4/1000人).以上より,デルタ株に対するワクチンの有効性は低下しており,接種後時間が経つにつれて弱まる可能性が示唆された.感染拡大の原因として,デルタ株の出現,時間経過に伴う免疫力の低下,さらにマスク着用義務の終了が考えられる.ワクチン接種を増やす努力を続けること,屋内でのマスク着用,集中的な検査戦略に加え,ブースター接種が必要になるかもしれない.
New Engl J Med. Sep 1, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMc2112981)



◆ギラン・バレー症候群の既往のある人でもmRNAワクチンの安全性は高い.
イスラエルからの報告で,ファイザー・ワクチン接種者におけるギラン・バレー症候群(GBS)の再発について検討した研究が報告された.イスラエル人口の4分の1に相当する250万人以上を対象に,後方視的コホート研究を行った.イスラエルには全国的なデータベースがあり,過去20年以上にわたって診療所や病院での診断やワクチン接種などの記録が登録されている.そして2000年から2020年の間にGBSの症例が702名確認された.うち337名(48%)は女性で,平均年齢は53歳であった.702名中,579名はワクチンを1回接種,539名は2回接種していた.579名のうち,ワクチン接種後に48名が病院を受診した.24名は一過性の非神経症状で,24時間以内に帰宅したが,残り24名はさまざまな症状のために入院した.神経学的症状を認めたのは5名のみであった.2名は異常知覚で,1名は数か月にわたる振戦があり,1名はけいれん発作であった.いずれも早期に退院した.5人目の患者は,1回目のワクチン接種直後から進行性の下肢の脱力感と異常感覚が出現し,数週間持続した.2回目のワクチン接種の数日後,患者は入院した.感覚・運動脱髄性ポリニューロパチーと診断した.血漿交換療法が有効で,下肢の筋力低下は著しく改善し,異常感覚も消失,軽度の近位筋筋力低下のみを残し退院した.以上より,702名のGBS患者を対象としたこのコホート研究では,再発のために短期間の治療を必要とした患者は1名のみであり,リスクは最小限と考えられた.COVID-19ワクチンの禁忌としてGBSの既往歴は含まれていないが,今回の研究でもこの方針が支持された.
JAMA Neurol. Sep 1, 2021.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2021.3287)

◆武漢の感染者の1年後の調査で,少なくとも1つの後遺症がある患者の割合は49%.
中国武漢のJin Yin-tan病院を退院した成人1276名を対象として,退院後6ヵ月と12ヵ月後の状況を検討した研究が報告された(図2).患者の年齢中央値は59.0歳で,男性が53%であった.症状として疲労感や筋力低下が最も多く認められた.少なくとも1つの後遺症(睡眠障害,動悸,関節痛,胸痛など)がある患者の割合は,6ヵ月後の68%から12ヵ月後の49%に減少した(p<0.0001).mMRC息切れスコアが1以上の呼吸困難を有する患者の割合は,6ヵ月後の26%から12ヵ月後の30%へとわずかに増加した(p=0.014).さらに不安や抑うつは,6カ月後の23%から12カ月後の26%に増加した(p=0.015).患者の88%が,12カ月後には元の仕事に復帰していた.男性と比較して,女性は,疲労感または筋力低下のオッズ比が1.43,不安または抑うつのオッズ比が2.00,拡散障害のオッズ比が2.97であった.また対照群と比較して,12カ月時点で,運動能力,痛みや不快感,不安や抑うつの問題が多かった.以上より多くの感染者は,1年間の追跡調査で身体的および機能的に回復し,元の仕事や生活に復帰していた.しかし 12ヵ月後の健康状態は,対照群と比較してまだ低く,多くの患者にとってCOVID-19からの完全な回復には1年以上かかることが示唆された.→ 武漢では1276名の感染者を1年間追跡調査し,long COVIDに対するしっかりとした検討を行っている.
Lancet. August 28, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01755-4)



◆呼吸不全の予後に肺におけるウイルス量が関与するが,二次的な細菌感染は関連しない.
米国から人工呼吸器管理を要する重症成人患者589 名を対象として,二次的な細菌感染の併発がCOVID-19 の予後を増悪するか検討した前方視的コホート研究が報告された.気管支鏡検査を受けた142名では,SARS-CoV-2ウイルス定量,メタゲノミクスおよびメタトランスクリプトミクスによる下気道マイクロバイオームの解析,宿主の免疫反応を検討した.この結果,二次的な細菌感染は,致命的な転帰とは関連していなかった.予後不良はウイルス量の増加,抗SARS-CoV-2抗体の低下,下気道における宿主のトランスクリプトームプロファイルの違いに関連していた.以上より,呼吸不全に対する治療戦略は,ウイルスの複製を減らし,宿主の免疫反応を最大限に高めることであると考えられた(ただし入院後2週間以上生存した患者が本研究の対象になっていることには注意を要する).
Nat Microbiol. Aug 31, 2021(doi.org/10.1038/s41564-021-00961-5)

◆パンデミック時における幼い子供における体重増加.
COVID-19パンデミックは,成人における体重増加を引き起こすことが報告されているが,児童および青少年においては不明である.米国から学齢期の若者の体重変化を評価した研究が報告された.結果として,パンデミック時には,パンデミック前よりも体重が増加した.年齢別でBody Mass Indexの増加が最も大きかったのは5歳から11歳で1.57増加,12歳から15歳で0.91,16歳から17歳で0.48であった.体重に換算すると5歳から11歳で2.30kg増加,12歳から15歳で2.31kg,16歳から17歳で1.03kg増加したことになる.パンデミック期間中,5歳から11歳の肥満は36.2%から45.7%に増加していた.COVID-19パンデミック時には特に幼い子供における体重増加に注意する必要がある.
JAMA. August 27, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.15036)

◆COVID-19に関連する急性散在性脳脊髄炎と急性出血性白質脳炎は予後不良である.
COVID-19に関連する急性散在性脳脊髄炎(ADEM)と急性出血性白質脳炎(AHLE)についてのシステマティックレビューが報告された.8カ国からの26の症例報告または症例集積研究と,米国MGHの自験例4例(図3)を合わせた46例(男性28名,年齢中央値49.5歳,1/3が50歳以上)を検討した.COVID-19感染は91%の症例で確認され,67%の症例ではICU治療を要した.ADEMが31例,AHLEが15例で,発症直後のmRSスコアの中央値は5(寝たきり)であった.抗MOG抗体は稀であった(1/15例).髄液で炎症所見を認めない症例が30%に認められた.頭部MRIでの出血は42%に認められた.70%が免疫療法を受け,そのなかではステロイド,IVIG,血漿交換が多かった.最終的なmRSスコアは64%で4以上であり,うち32%は死亡した.パンデミック前のADEM症例と異なり,COVID-19に関連するADEMおよびAHLE症例は,発症時の年齢が高く,重症の先行感染を経験し,画像上の出血頻度が高く,高い死亡率を含む予後不良の転帰が認められた.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. August 27, 2021.(doi.org/10.1212/NXI.0000000000001080)



◆インドのパンデミック禍における鼻・眼・脳ムコール症のアウトブレイク.
インドでは2021年5月にCOVID-19感染第2波が生じたのと同時に,鼻,眼,脳を侵すムコール属真菌感染症である鼻・眼・脳ムコール症(rhino-oculo-cerebral mucormycosis;ROCM)がアウトブレイクし,治療薬であるアンフォテリシンBが深刻に不足する事態に陥った.ROCMでは真菌の胞子は鼻腔内に定着し,血管侵襲性の高いため副鼻腔,眼窩,海綿静脈洞,髄膜,そして最終的に脳へと広がっていく.危険因子には糖尿病,血液悪性腫瘍,免疫抑制などがある.COVID-19に関連するROCM患者の87%が,COVID-19に対してステロイドを使用していた.また78%の症例が糖尿病を合併しており,コントロール不良であった.またこれまで,ROCMの神経学的症状の報告はほとんどなかった.ROCMでは眼窩が侵されることが多く,眼筋麻痺,眼瞼下垂,視力障害(虚血性視神経症または網膜中心動脈閉塞症)を呈する.とくに篩骨洞炎や上顎洞炎で眼筋麻痺や眼球突出を認めた場合は,ROCMを強く疑う必要がある(図4).さらに内頸動脈の血栓や仮性動脈瘤,まれに頸動脈海綿体瘻,くも膜下出血,脳炎や脳膿瘍を引き起こすこともある.渉猟した限り本邦における報告例はないが,知っておくべき疾患かもしれない.
Nat Rev Neurol. Sep 3, 2021.(doi.org/10.1038/s41582-021-00560-2)



◆ファイザー・ワクチンはMS患者における再発の短期的リスクを増加させない.
多発性硬化症(MS)患者におけるmRNAワクチンの安全性を検証する必要がある.イタリアからファイザー・ワクチンの初回接種後,少なくとも2ヶ月間,自己管理下で追跡調査されたMS患者に対する前向き研究が報告された.ワクチンを接種した324名のMS患者が対象となった.322/324名(99.4%)の患者が2回のワクチン接種を受けた.ワクチン接種前の2ヶ月間に,6/324名(1.9%)に6回の臨床的再発を認めた.ワクチン接種後の2カ月間では,7/324名(2.2%)に7回の臨床的再発を認めた.ワクチン接種前後2カ月間の再発の発生率には統計的な差はなかった(p=0.78).以上より,ファイザー・ワクチンはMS患者における再発の短期的リスクを増加させない可能性が示された.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Aug 18, 2021.(doi.org/10.1136/jnnp-2021-327200)

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする