牛久シャトー、産業遺産だが

2024-05-05 00:00:42 | 美術館・博物館・工芸品
茨城県の牛久は、今でこそ大仏で有名だが、それまではワインで有名だった。

牛久シャトーも明治時代からワインの醸造所として勝沼(旧祝町)とならぶ産地だった。
2007年には経産省の近代化産業遺産として認定され、2020年には文化庁の日本遺産としても登録された。



ただ、富岡製糸場や八幡製鉄所などとは大きく違う点がある。官営ではなかったことだ。



明治維新のあと、欧米化に舵を切った大日本帝国政府は鹿鳴館など作ったのだが、ワインの国産化も図り、1877年(明治10年)に勝沼に大日本葡萄酒株式会社を設立し、若手の有志をフランスに送り出す。そして1889年に甲斐産商店が設立され川上善兵衛の元に生産を始めたのだが、なかなか上手くいかなかった。ワインは日本人の口に合わなかったわけだ。

そして困った川上はワインに蜂蜜や漢方薬を混ぜ、甘口に仕立てることでなんとか経営を続けることになった。



ところが、民間人の神谷伝兵衛による牛久醸造所では、初めから甘味ワインを作ることにしていた。1903年(明治36年)に牛久醸造所が設立されている。

ということで、官の勝沼、民の牛久ということだったが、この二つの産地の経営がかなり異なっていたことが、その後の運命を分けていたと考えられる。

勝沼では、ブドウの生産と醸造を分業化することにより大規模化が進んだが、牛久は神谷伝兵衛の個人会社として一貫製造を進めていったため、大型化が進まなかったのだろう。

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