中島みゆきさんの曲を初めて聴いたのは中学生の頃だった。友達がカセットテープ(・・・時代を感じる)を貸してくれたのだ。それがアルバム「寒水魚」。そのなかで「捨てるほどの愛でいいから」という曲に文字通り、度肝を抜かれた。A面かB面の最後の曲で、まさに絶唱という感じで途切れるように終わる。それまで「○○君がかっこいい~」程度のぽややーんとした恋心くらいしか経験してなかった私に、その曲は愛というものにひそむ底知れない恐怖やら、人を愛することで起き得るツライ感情というものがあるのか・・と知らせたわけです。その他このアルバムの中では「時刻表」とか「歌姫」とかも好きだ。
中島みゆきさんのすべての曲を聴いたわけではないので、自分の知っている範囲でということになるけど、好きな曲はたくさんある。「最後の女神」「命の名前」「誘惑」「狼になりたい」「銀の龍の背に乗って」などなど。よくベストとして選ばれる「糸」「時代」「地上の星」「空と君のあいだに」なんかももちろん好きだ。
悲しい時も楽しいことがあった時でも、中島みゆきさんの歌は心に響く。なぜなのかな。私はまず声が好き。聴いているだけで涙が出てくる時もある。
私が思うに、中島さんの歌詞には「がんばれ」というのがないのが良いと思う。「ファイト」という曲があるけど、「がんばれ」と言われている気はしない。かなり悲しい時やとことん落ち込んでいるときに「がんばれ」と言われると、私はひねくれているので「結構がんばっているつもりだけど、足りないのだろうか」とか「これ以上がんばれと言われても」とか思って余計に落ち込んでしまうほうだ。自分で「がんばる!」と言うことは構わないのだ。そもそも自分でがんばるといえるときはそれなりに元気な時なんで。大体私の場合、かなり落ち込んでいる状態→でも立ち上がるぞと言い聞かせる→ぼちぼち元気になってくる→がんばるぞと自分に言い聞かせる、てな感じで復活していくことが多い。
まあ私は落ち込んでいるときは、どっちかっていうと、もっと落ち込みそうな暗い曲を聴く方だ。元気になれそうなとか励まされそうなという曲よりも。そういうのはそれなりに元気な時に聴かないと、パワーに負けてしまう。
悲しい曲を聴いてどんどん悲しくなって、暗い気分にとことん落ち込んで、自己憐憫にどっぷり浸かるってやつなのだ。
先にも書いたけど、落ち込んでいるときでもそうでないときでも元気な時でも気持ちが盛り上がっているときでも、中島みゆきさんの曲は心にコトンと落ち着くし(「うん、そうだよね」っていうような気持ちになる)、涙を流したり、心が温まったり、優しい気持ちを思い出したりといろんな作用を及ぼす。私にとっては。
中島みゆきさんのすべての曲を聴いたわけではないので、自分の知っている範囲でということになるけど、好きな曲はたくさんある。「最後の女神」「命の名前」「誘惑」「狼になりたい」「銀の龍の背に乗って」などなど。よくベストとして選ばれる「糸」「時代」「地上の星」「空と君のあいだに」なんかももちろん好きだ。
悲しい時も楽しいことがあった時でも、中島みゆきさんの歌は心に響く。なぜなのかな。私はまず声が好き。聴いているだけで涙が出てくる時もある。
私が思うに、中島さんの歌詞には「がんばれ」というのがないのが良いと思う。「ファイト」という曲があるけど、「がんばれ」と言われている気はしない。かなり悲しい時やとことん落ち込んでいるときに「がんばれ」と言われると、私はひねくれているので「結構がんばっているつもりだけど、足りないのだろうか」とか「これ以上がんばれと言われても」とか思って余計に落ち込んでしまうほうだ。自分で「がんばる!」と言うことは構わないのだ。そもそも自分でがんばるといえるときはそれなりに元気な時なんで。大体私の場合、かなり落ち込んでいる状態→でも立ち上がるぞと言い聞かせる→ぼちぼち元気になってくる→がんばるぞと自分に言い聞かせる、てな感じで復活していくことが多い。
まあ私は落ち込んでいるときは、どっちかっていうと、もっと落ち込みそうな暗い曲を聴く方だ。元気になれそうなとか励まされそうなという曲よりも。そういうのはそれなりに元気な時に聴かないと、パワーに負けてしまう。
悲しい曲を聴いてどんどん悲しくなって、暗い気分にとことん落ち込んで、自己憐憫にどっぷり浸かるってやつなのだ。
先にも書いたけど、落ち込んでいるときでもそうでないときでも元気な時でも気持ちが盛り上がっているときでも、中島みゆきさんの曲は心にコトンと落ち着くし(「うん、そうだよね」っていうような気持ちになる)、涙を流したり、心が温まったり、優しい気持ちを思い出したりといろんな作用を及ぼす。私にとっては。