時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

『ヨーロッパの悲劇: 30年戦争の新しい歴史』を読む

2011年09月07日 | 書棚の片隅から

 

 


 いつから始まったのか記憶が定かではないが、以前からごひいきのイギリスの老舗書店は、シーズンごとにお勧めの書籍リストを送ってきた。特に、
Summer’s Recommendations などと題して、夏の林間、休暇先での読書にお勧めという企画が多かった。大体500冊くらいお勧め本が並んでいる。時にはこれとは別に、筆者の専門分野のお勧めリストなるものを見計らい、制作し送ってくれたこともあった。最近では多くのメディアが同様な企画を行い、ホームページ上などに掲載している。IT
上の書店は、過去の購入記録を基に「お勧め欄」を設定してくれている。記憶力が落ちてきているので、忘れていたタイトルをそこで見つけて助けられることもあるが、頭の中を見透かされているようで開かないことも多い。

現代へつながる歴史の糸
 

わずかな読者の方しか脈絡をたどることができないかもしれないが、ブログ開設当時から少しずつ記している近世初期、17世紀の画家や小説の世界に始まり、現代まで、管理人が強い関心を寄せている時代がある。17世紀、1930年代、そして196070年代の世界である。いずれも「危機の時代」と呼ばれ、それぞれの時代固有の問題を抱えていた。

 

これらの時代を貫くものは、図らずも戦争とそれがもたらす荒廃であり、さらに戦争と強く結ばれた宗教、文化的課題であった。今年はあの9.11同時多発テロから10年目に当たるため、すでに多くの回顧番組・論評がなされている。それらの一部を目にしたにすぎないが、大変興味深い点の指摘がみられる。その時は事実と思った問題が実際は異なり、10年という時の経過を経てやっと見えてきた部分も数多い。歴史の評価には時の熟成が欠かせない。

 

読み応えのある大著 

 3.11東日本大震災の少し前から気になっていた一冊があった。17世紀ヨーロッパで勃発した30年戦争(1618-1648)に関する近刊のP.H.ウイルソンの大著だ。30年戦争はボヘミアにおけるプロテスタントの反乱を契機に勃発し、神聖ローマ帝国を舞台として、現在のヨーロッパ中央部のほぼ全域にわたり拡大した。日本の西洋史の教科では、通り一遍の記述しかされていない上に、遠いヨーロッパの出来事として説明も少なく、多くの日本人には実感が乏しい。

 

 しかし、30年戦争の実像を正しく把握することなくして、近世初期、17世紀ヨーロッパは理解できないと思う。世界史上最初の国際戦争ともいわれるこの戦争は、中央ヨーロッパのほぼ全域を覆い、政治、宗教が複雑に絡み合ったものであった。このブログでも30年戦争を直接とりあげたシラー(シルレル)、ウエッジウッドなどの戦史に触れてきたが、ともすれば結論先にありきとでもいえる印象が強く、客観的情報に欠け、知りたい部分が十分知りえず、隔靴掻痒の部分が残っていた。むしろ、30戦争を舞台とする周辺の著作の方がはるかに興味深かった。もっとも、ウエッジウッド女史の作品は時代考証もしっかりしており、ドイツの史家の思考が先走ってしまった作品よりも、際だって実証的であり、資料情報も豊富だった。


 この戦争がもたらした影響は、大陸ヨーロッパの全域に精神的にも深い傷跡を残した。とりわけ、ドイツ精神の基層において、黒死病よりも、第一次世界大戦、第二次世界大戦、そしてホロコーストよりも残酷にその傷跡をとどめているとさえいわれる。ドイツ人の四分の一近くが死亡したともいわれ、ドイツの長きにわたる荒廃をもたらした。「ヴァレンシュタイン」の劇作は今でも人気があると聞く。今年4月に刊行された『シュピーゲル』誌の歴史特集も、30年戦争が主題だ。

 

 17世紀ヨーロッパに関心を抱くようになってから、シラーなどのストーリーが先にできあがっているような作品ではなく、史実に根を下ろし、全体的展望ができる作品はないかと思っていた。折しも、その点をかなり解明してくれるのではと思ったのが、2009年に刊行され、世界で絶賛を集めた大作、Peter H.Wilson. Europe's Tragedy; A New History of the Thirty Years Warである。主題は30年戦争を対象としながらも、『ヨーロッパの悲劇』である。

 30年戦争では大陸から離れ、高見の見物?とでもみられかねない立場にあったイギリスの歴史家による著作であり、かえって冷静に全体を見通せたのではないかと思われる作品だ。しかし、ほとんど
1,000ページに及ぶ大作であり、ためらっていたが、意を決して読み始めた。直ちに引き込まれたのだが、大著な上に活字のポイント数がきわめて小さく、ついに老眼鏡を作ることになった(笑)。しかし、苦労してなんとか読み終えた印象は、複雑な背景が見事に整理されており、著者のエネルギーに圧倒された。30年戦争に関する決定版ともいえる。歴史家ポウル・ケネディが絶賛しただけのことはある。シラーなどの大著と比較しても、格段に明快である。17世紀を学ぶ者には、本書は必読文献のひとつとなるだろう。

 

 表紙にはすでにこのブログではおなじみのロレーヌの銅版画家ジャック・カロのあまりに有名な光景が使われている。神聖ローマ帝国とフランス王国との間に挟まれた小国ロレーヌ公国が繁栄の時代を享受し、文化の花も開花させたにもかかわらず、その後自滅への道をたどる過程も壮大なドラマの中で的確に位置づけられている。

 
 ロレーヌは形の上では神聖ローマ帝国の一部を形成していたが、実際にはかなり幅広く自律性を維持し、歴代君主はフランスの王室や政治にもさまざまに介入、連携していた。一時は巧みな外交政策で、大国の狭間を生きていたロレーヌ公国がいかなる齟齬をきっかけに反転、衰退して行くか。中央ヨーロッパ全体の展望の中で、その有り様を確認してみたいと思ったことも、本書を手に取った動機のひとつであった。とはいえ、この大作の読後感は簡単にはまとめられない。今後、折に触れて解きほぐしていきたい。

 

Peter H. Wilson. Europe's TRAGEDY: A New History of the Thirty Years War. London:Penguin Books, 2010, pp.996.

C.V. Wedgwood. Der Dreissigisjahrige Krieg; Die Ur-Katastrophe der Deutschen

"Der Dreissigjährige Krieg; Die Ur-Katastrophe der Deutschen" DER SPIEGEL, NR.4  1  2

 

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