時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

アリゾナから裂けるアメリカ

2010年05月20日 | 移民政策を追って

ここは祖先の地
 アメリカ、アリゾナ州が全米の注目を集めている。アリゾナと聞くと、メキシコに接する砂漠の州、グランド・キャニオンのある州というイメージが浮かぶかもしれない。アリゾナはアメリカ・メキシコ戦争の結果、1848年、メキシコより割譲された(一部は1853年)。メキシコ人にとっては現在でもここは奪い去られた先祖の土地という思いが強いともいわれている。

 地理的関係もあって、アリゾナには45万人以上の不法移民が流れ込み、麻薬取引を始め、さまざまな問題を生んできた。このたび同州では、外見などの疑わしさで不法移民の摘発を可能にする厳しい州法が4月23日に成立した。アメリカ一厳しい移民規制法といわれている。

 同州当局者らは、国境の治安維持のため不法移民取り締まりを強化する必要があったと主張しているが、この新法をめぐっては、「人種選別につながるもので、違憲である」として激しい反発の声が上がっている。 これを受けて同州知事は4月30日、世論の対立の沈静化を図ることを目的に、人種選別的とされる部分の一部を修正した。

 アメリカの移民政策改革は、ブッシュ政権時代から最重要な国家的政策課題のひとつであった。とりわけ不法移民への対策は、放置していれば遠からずアメリカ社会を二分するような大きな破綻につながるものとみられていた。 しかし、目指す移民法改革は、ブッシュ政権下では実現せず、新政権に持ち越された。だが、オバマ大統領が選挙演説中に公約していた移民法の改革は、その後ほとんど進展していない。アフガン戦争、医療改革などに予想を上回る時間をとられている間に、事態は急速に悪化してしまった。その発火点がアリゾナ州となった。

変わる白人州のイメージ
 アリゾナ州は圧倒的に白人の多いことで知られてきた。現在の不法移民は約50万人、大部分は南の国境を越えて入国してくるヒスパニック系だ。このたびの不法移民を取り締まる新法は4月23日に州議会でジャン・ブリュワー州知事が署名、成立した。ローカルな警察が「合法的な接触」lawful contact をした上で、「妥当な疑念」reasonable susupicionを持たせた者に移民法上の立場を質すことを認めている。言い換えると、警察官に不法滞在か否かの判断を義務付けている。また、移民は外国人登録証を常時携帯することが義務付けられ、警察官も不法滞在が疑われる場合には職務質問することが求められている。

 アメリカ生まれのラティーノでも自動車運転免許を持たずに外出すると逮捕の可能性が生まれると懸念する人もある。不法移民は数が少ない間は、大きな問題とはならないが、数が増加するに従い、きわめて難しい問題を生み出す。カリフォルニア州でかつて大問題となった、不法移民にも学校、病院などの公的サービスを認めることで州民を二分する大問題にまでなったProposition 187がその例だ。1994年の州民投票で承認されたが、施行にいたる前に違憲とされ実現しなかった。

 Proposition187は成立しなかったが、不法移民も増加すると、「数は力となる」ことを示した。不法移民は数の増加とともに、政治的にも発言力を増加するのが通例だが、アリゾナの場合はやや違った動きを見せている。問題の焦点となっているのは、主としてラティーノといわれるスペイン系だ。アリゾナ州に居住するラティーノの多くは、アメリカ人として数世代にわたってアメリカに定住している。スペイン語も十分に話せないほどになっているが、メキシコから入国してくる不法移民については、複雑な感情を抱いている。

 不法移民はしばしば麻薬などを持ち込む担い手となっており、その他の犯罪を犯すことも多い。麻薬密輸事件に絡んだ誘拐事件は昨年1年間で267件発生。国境警備警察に対する襲撃件数も 2008年は前年に比べ46%増の1097件に上った。

 白人の多い州とされてきた実態にも、地滑り的変化が起きている。高齢者の間では白人の比率が8割近いが、彼らの子供に占める比率では43%にまで低下している。ネヴァダ、カリフォルニア、テキサス、ニューメキシコ、フロリダなどでも同様な傾向がみられるようになっている。アメリカの人口におけるラティーノ化現象だ。こうした変化に、白人の高齢者の間には、ラティーノが学校や救急設備を利用することに反対し、納税を拒否する者が増加した。

迫られる連邦レベルの対応
 状況は複雑化し、ラティーノばかりでなく、白人、黒人、アジア系移民などが、より人道的な連邦移民政策を求めるようになってきた。オバマ大統領も移民法改革を先延ばしにしてはいられなくなった。争点はこのブログで何度も指摘したように、すでにアメリカ国内に居住するおよそ1200万人の「不法滞在者」への対応であり、絶えず越境してくる不法移民の阻止である。現実には不法滞在者であっても移民が米社会の労働力を担っているのは事実だ。彼らに依存する経営者、雇用主の反対は強く、不法滞在者全員の本国送還は事実上困難だ。州法を「見当違いの努力」と批判したオバマ大統領は11月の中間選挙をにらみ、 国境管理強化と不法移民への人道的配慮を備えた「良識的な法」を連邦議会が 早期に可決するよう要請した。

 民主党内では「移民に関する連邦法の改正は、国境警備の強化が先決だ」(ネバダ州選出の 民主党上院議員、リード院内総務)との考えを軸にしながら、すでに米国内にいる不法移民には 滞在資格などで配慮するという政策も検討されている。議論はブッシュ政権末期の包括的移民法案のレヴェルまで戻ることになろう。

 ホワイトハウスで
オバマ大統領と会見したカルデロン大統領は、アメリカで働き、経済に貢献している人たちを不法に扱うとして、アリゾナ州の新法を厳しく攻撃し、オバマ大統領もこうした事態へ陥ったのは、連邦レベルでの怠慢であると述べた。不法移民、麻薬問題ともに早急には解決できない問題だ。両国に深く根付いてしまった麻薬問題は、解決まで1世紀はかかるとまで述べる識者もいるほどだ。メキシコ湾の原油採掘設備の故障による原油流出が手遅れになったように、不法移民、麻薬密貿易問題もすでに有効な対応ができる時期を失してしまった。ヒスパニック系の政治力も強まった今、アリゾナの実態は、アメリカ社会で深く進行しつつあるエスニック断層の拡大の現れであることは間違いない。中間選挙を目前に難題山積のオバマ政権に、さらに大きな試練が付け加わったといえよう。

 

 

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