時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

フランスのカラヴァジェスティ:ラ・トゥール、ル・ナン兄弟など

2010年10月06日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

Jean-Pierre Cuzin. figures de la RÉALITÉ: Caravagesques français, Georges de La Tour, les frères Le Nain...  HAZAN, 2010,  XXI+363pp

上に掲げた表紙は、Valentin de Boulogne. Concert au bas antique, Paris musèe du Louvre, départment des Peintures (Inv.8253) の一部分(全体は記事最下段)。

どことなく、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のコゼットを思わせるような少女を囲んで男たちが楽器を弾いたり、酒瓶からワインを飲んだりしている光景が描かれている。画面にはどことなく物憂げな雰囲気が漂っている。しかし、人物はそれぞれきわめてリアリスティックに描かれている。フランス中北部のクロミエCoulommiers-en-Brie で生まれたとされるヴァランタン・ド・ブーローニュ(1591-1632)の作品である。フランスのカラヴァッジョの忠実な後継者のひとりとみなされている。

 もしジョルジュ・ド・ラ・トゥールが、その生涯にローマあるいはイタリアに赴いていなかったとすれば、画家を特徴づけるカラヴァッジョ風ともいわれる現実主義的な画法あるいはテネブリズムはいかにして体得されたものだろうか。また、一見するとセピア色の写真を思わせるような、そして時が静止したかにみえるル・ナン兄弟の農民家族を描いたといわれる作品は、どのような環境と意図を持って描かれたのだろうか。稀代の風雲児的な画家カラヴァッジョは、その波乱に充ちた短い生涯の間に多数の作品を残し、ヨーロッパ画壇に一陣の旋風を巻き起こした。カラヴァッジョの画風がいかに多くの画家の心をとらえ、どのように伝播していったかについては、その後研究が進み、多くのことが明らかになっている。 これは当時のヨーロッパにおける絵画の様式・スタイルの流行・伝播のあり方を知る上でもきわめて興味深い問題だ。

40年余前、ふとしたことから対面したジョルジュ・ド・ラ・トゥールという画家の作品は、不思議な重みをもって脳裏に刻まれ、その後次第に拡大していった。自分の人生で本業?としてきた領域とは、遠く離れたトピックスなのだが、時の経過とともに重みを増し、次第に大きなウエイトを持った存在になっている。このブログに記しているのは、脳細胞のどこかに残っているそうした記憶の断片だ。なんとか寄せ集めてひとつの輪郭を描きたい。

ラ・トゥールやル・ナン兄弟、あるいはジャック・ベランジェ、ジャック・カロなど、今はすっかり忘れられているロレーヌ公国の画家たちの群像が次第に存在感を増してきた。そして関心の赴く次元は、彼らが日々を過ごした17世紀の世界へと次第に広がって行く。当時の村や町の生活のそこここに生きていた人々の容貌、容姿が圧倒的な迫真力を持って迫ってくる。

2006年末から2007年にかけて、パリ、オランジェリーで開催された
「現実の画家たち」ORANGERIE, 1934: LES "PEINTRES DE LA RÉALITÉ” 特別展を見た時、そこに登場した画家たちの姿は、その後の研究成果などを含めて、もっと充実した形で再現されるのではないかとふと思った。その予感は、最近刊行されたジャン・ピエール キュザンの見事な研究書『現実の絵画:フランスのカラヴァッジョ ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、ル・ナン兄弟・・・』でかなり充たされたように思われる。

この書はフランス17世紀絵画の研究で大きな業績を残したジャン・ピエール・キュザンが2009年7月に国立美術史研究所を退職するのを契機に、その功績を称えて、キュザンの30近い論稿を編集委員会が企画、整理の上、この分野の最新の成果を含めて編集、出版したものである。イタリア国内あるいは北方ネーデルラントへのカラヴァッジズム Caravaggismの伝播については、すでにさまざまな研究成果が専門書として刊行されてきたが、フランスにおけるこの視点からの実態、評価については包括的な研究が少なかった。このたびの出版は、その空間をかなり埋めてくれたように思える。souscripteurs としてこの編纂事業に貢献した専門家の人々の数も200人近くにわたり、大変読み応えのある素晴らしい研究書に仕上がっている。個々の論稿には、詳細な追記 Addendum が付されており、読者はこの分野の最先端での展開まで知ることができる。


 



Valentin de Boulogne. Concert au bas antique,
toile, 173x214
Paris musèe du Louvre, départment des Peintures (Inv.8253)

 

コメント (2)
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