「頭脳流出」「頭脳浪費」(brain drain, brain waste) と呼ばれるテーマについて、小さなプロジェクトにかかわっている。「頭脳流出・浪費」とは恐ろしげな表現だが、内容は高度な熟練や専門性を持つ人材が母国を離れて外国へ流出してしまい、戻ってこない。そして優秀な頭脳が本来あるべき望ましい形で活用されずに無駄に使われているという問題である。
優れた人材が母国を見捨てて流出する原因はさまざまだが、海外の報酬水準などの労働条件、研究環境が母国より優れていて、それらに誘われて海外へ出てしまうことが多い。自国よりも経済水準の高い国への移動がほとんどである。最初は2-3年働いたら帰国しようと思っていたが、気づいてみたら生活の本拠も出稼ぎ先に移っていたという実態がある。戦後の日本でも優秀な人材がアメリカに流出してしまうということが懸念された時期があった。しかし、その後の日本経済の発展でこうした人たちの多くが帰国してきた。台灣、韓国などでも同様な循環がみられた。
しかし、母国がそうした期待に応えられないと流出した人材は戻ってこない。そして、外国の需要を満たすための単なる供給基地となってしまう。それもしばしば安価な労働力だけが強みとなりかねない。
有利な先進諸国
先進諸国では高齢化やIT産業の発展などに伴い、こうした高度な人材への需要が高まっている。もし、外国から優れた人材を受け入れることができれば、教育・養成に必要とされる長い時間や投資を大きく節減できる。いわば、他の国が育ててくれた人材をコストをかけずに自国のために活用できる。これは大変なメリットである。
他方、開発途上国から見ると、せっかく多大なコストをかけて教育・養成した自国の発展に必要な貴重な人材が海外へ流出してしまうことになる。自国と先進国の間の報酬格差が数倍から数十倍ということになると、人材を引き留めることはきわめて難しい。優れた人材から先に流出してしまうので、貧しい国がますます貧しくなる。多大な損失である。
フィリピン看護師の状況
アジア諸国で起きているひとつの例を挙げてみよう。FTA交渉の結果として、日本も受け入れることになったフィリピン看護師の場合である。ある調査によると、フィリピンでは過去5年間に医師や看護師の海外流出で、およそ1,000の民間病院が閉鎖に追い込まれたという。政府側は看護師は人気で養成学校も多数できているから供給は十分というが、現実に起きていることは医療・介護内容のすさまじい劣化である。医師が看護師の資格をとって、アメリカに流出するという状況も展開している。
開発途上国政府の中には、高度な熟練を持つ人材が海外で稼いだ高い所得から本国送金をしてくれれば、安い賃金で働く多数の不熟練労働者が流出するよりは「効率的」だと苦し紛れな弁明をしているものもある。海外出稼ぎで経済を立て直し、発展軌道に乗せることはきわめて難しい。実態を見ていると市場原理に委ねておくだけでは、荒廃が進むだけという思いがする。 真の国際協力とはいかなることなのか、関係者が十分考える必要がある。
グローバル化の進展が急速なこともあって、それぞれの主体が全体像を念頭において行動したり、政策を立案することができていない。これはフィリピン看護師を受け入れる日本も例外ではない。省庁、職業団体など利害関係者の間で形だけ整えることに終始している。受け入れの必要性、影響、そして受け入れ方が両国にとっていかなる意味を持っているかについての全体的構想、そして検討が決定的に欠けている。
Reference
The Philippine Star、November 23, 2005