時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ひとつの世界の滅亡:「ヒトラー最後の12日間」を読んで、観て

2005年11月25日 | 書棚の片隅から

ヨアヒム・フェスト(鈴木直訳)『ヒトラー 最後の12日間』岩波書店、2005年, 244ページ+5
(Joachim Fest. Der Untergang, Hitler und das Ende des Dritten Reiches, Berlin: Alexander Fest Verlag, 2002)

読むに覚悟がいるテーマ
  第二次大戦後60周年ということもあってか、昨年から今年にかけてナチス・ドイツ、ヒトラーに関する書籍が出版された。これまでも、ヒトラー、第三帝国をテーマとした出版物は比較的多く読んできたつもりだが、近年は膨大な考証、注などが付された大著が増え始め、しばしば読んでいて辟易とするようなことも多くなった。起きた事実を可能な限り客観的に記し、後世に伝えるという役割を背負った歴史家などには当然のプロセスであっても、その結果を手にした読者には、かなりの圧迫感を与える。

  特に対象とするテーマ自体がきわめて重く、陰鬱であるだけに、受け取る側にも相当な覚悟が必要となる。読む側の精神的状態が整っていないと、打ちのめされそうな思いがする。そんなことを2-3度経験した後、しばらく書棚に置かれていた本書を手にした。著者のこれまでの大著と比較すると、膨大な考証資料も付されていないのでなんとか読めそうだと思った。久しぶりに「第三帝国」崩壊後、60年近くの年月が経過した今、新たな視点や発見があるならば、もう一度探索してみたいという気分が生まれていた。

書籍と映像から見たヒトラー
  折りしも、『ヒトラー 最後の12日間』が映画化されており、書籍と映像というふたつのメディアから、改めてこの人類の経験した最も暗い時代を追体験した。 フェストの「ヒトラー」は、ベルリン陥落、第三帝国崩壊、ヒトラー自殺の最後の12日間に焦点を集中し、「地下要塞」における狂気が支配した世界を克明に描いている(書籍と映画の間には、さまざまな印象の違いがあるが、その点は別の機会にしたい)。

  フェストの今回の著作は脚注、文献考証などを意図的に含まず、読者を一気にベルリン「地下要塞」の異様な終末空間へと導く。第三帝国という奇怪かつ非人道的な存在をつくり上げた一人の男とそれに加担した人物たちが、強い迫真力を持って描き出される。もはや誰の目にも狂人としか思われない精神状態の男によって、支配される醜悪かつ異様な空間は、どうしてこんなところまで行ってしまったのかという恐ろしさを改めて痛感させる。人類はこの時期、こうした世界の存在とおぞましい暴力の蹂躙を許容したのだ。

言葉を失う怪奇な状景
  この狂気で満たされた空間に登場する人物は、それぞれが精神的に救いがたいまでに苛まれている。ソ連赤軍の戦車が地下要塞数百メートルの距離に迫り、砲弾が降り注ぐ状況においても、もはや存在しない援軍や奇蹟的事態の発生を信じるヒトラーや将軍たちの心理状態には言葉がない。そして、文字通り破滅的状況にありながら、後継者争いに執念を燃やす将軍たちの異様な姿もそこにある。

  フェストによれば、ヒトラーを最後の瞬間まで支えていたのは、途切れることなく堅持された、破滅への意志であった。「人間は、人が良すぎたことを、後になってから悔やむものだ」とのヒトラーの言葉は、この文脈に置かれると実に恐ろしい。

ひとつの世界の破滅とその後
  1945年4月30日午後、ヒトラーの自殺によって、焦土作戦と滅亡スペクタクルは恐ろしい破滅へと向かう。文字通り人類を敵とした第三帝国の崩壊は、ひとつの壮大な世界の大崩落であった。しかし、なぜこれだけの舞台装置と犠牲を必要としなければならなかったのか。このとてつもない経験を、その後の世界はどう受け止めたのか。

  このひとつの世界の破滅の後も、世界には戦火やテロリズムの惨禍が絶え間なく続いてきた。その実態を見るとき、再び恐るべきあの狂気が人々の心に忍び入る可能性を否定できない。なにも知らず眠り薬と青酸カリを飲まされたゲッペルスの子供たちは、なにを象徴しているといえるだろうか。 「戦争を知らない大人たち」が過半数を占める今日の世界でも、新たな狂気は決して死に絶えず、さまざまにその進入口を求め、拡大の場を探していることを思わざるをえない。

  「目を開いていれば、分かったのだが・・・・・・」 (エピローグから)


映画公式ブログ
http://ameblo.jp/hitler/

コメント
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