入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

    ’17年「冬ごもり」 (40)

2017年02月20日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 昨日の話をもう少し続けたい。串田孫一だとか彼の代表作「山のパンセ」を持ち出し、あげく横道に迷い込んでしまったが、この本について特に何かを語りたかったわけではない。書き方はあまり好意的でなかったかもしれないが、当時の山とか登山者の雰囲気のようなものが伝わる1冊かと考えたからで、ついでにまたこの本の愛読書たちの横顔でも想像してもらえたらと思ったという、それだけのことである。
 
 なぜ1960年前後の山のことに触れようとしたかというと、そのころから山も人も大分変ってきたような気がするからだ。特に地域の活性化などという名のもとに、観光地化が方々で進んでいる。かつてあちこちにできたスキー場ブーム、一過性の賑わいの後閉鎖され、放置されたままの錆び付いたスキーリフトを目にしたことはないだろうか。ああいう結果が物語っているのは何か。
 にもかかわらず観光目的で、相も変わらず交通の利便性が重視され、その方面の開発が止まらない。結果、観光客と登山者の間の境界が曖昧になり、区別がつきにくくなってしまった。そういう山や観光地が日本中に増え、人気の場所には人が溢れ、一層の猥雑化が進んでしまった。
 人が人を呼び、それ以前の景観や自然、静けさが傷付き、失われる。そうでありながら、そういう負の面の検証がされているという話をあまり聞かない。耳に入ってくるのは手遅れになって、何か社会問題になったような場合だけだ。
 
 観光事業は難しい。人が来なければ成り立たないが、来過ぎてもそれはそれで問題となる。美しい自然の景観を、牛やタヌキに見せているだけでよいとは思わないが、そうなれば最低でも施設が必要となり、人が増えれば人工的な物が拡大する。入笠牧場もやがて変わっていくかもしれない。だが、とりあえず今は、来てくれた人に喜ばれ、キャンプ場や山小屋が少しでも牧場の支えになってくれればと思っている。
 そしていつか、変わる日が来たらその時は、今の牧場がそうであるように、何世代も先の人々にも受け入れられ、喜ばれるような観光地になってほしいと願っている。それまでは当分、時代遅れの山小屋「農協ハウス」を細々と守っていきたい。

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    ’17年「冬ごもり」 (39)

2017年02月19日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 山に関する愛読書を1冊挙げろと言われたら、串田孫一の「山のパンセ」と答える人が結構いると思うがどうだろう。特に女性に熱心な読者がいたような気がする。はたして今もそうだろうか。山に関連した書籍は、同書が出版されたころ(57年~63年)は登山者とかなりいい関係で、その中でも串田孫一は人気が高かったと思う。
 ただしこれは大分あとになって知ったことだ。この本が出版されたころ、山といえばまず「西駒」、次に「仙丈」、「八ヶ岳」で、それでもようやく「燕」、「穂高」にも登って、何とか趣味は登山ですと言えるようになれたかという17,8歳のころのこと、山の本も多少は読んでいたが、この人のことや著作を知るのはまだ先のことになる。
 「パンセ」とはフランス語で思索・思考という意味とか、かのパスカルの遺稿集に付された題名でもあることなどなどを、さていつごろ知ったのか。多分、山行を最も一緒にしたNROの口から出たのだと思うが、フランス語を本の題名にしたところに著者の気取りが感じられ、また内容もおよその見当が付いたから遠ざけて、読まなかった。後年、同じ著者の「もう登らない山」などという本が世に出た時もこの思わせぶりな題名に、著者によるのか出版社が付けたのかは分からなかったが、ともかく反撥を感じた。
 それが、もう40代になっていたと思う、四国に落ち着いていた学生時代の友人Tが、「山のパンセ」の復刻版を入手したという話の続きから、同書を読めと勧められた。どういう加減か彼も、いつのころからか四国の山々に登るようになっていて、高じて富士山、穂高、谷川、剣、石鎚などに付き合った、そのころのことだった。
 長い話になってしまったが、それで読んだ。思っていた通りの本だった。知的で品良く美しく、かつ呆れるほど山を語り、自然を語り、そして登山についての思索を語ってくれていた。登山ということが社会の中で今と比べ、少し違った位置に置かれていたような気がして、おかしな言い方をあえてするが、まだ山に登るという行為について思索が必要な時代だったのだろう。山の歌が生まれ、流行ったのも、ちょうど同じころで、現在の中高年の登山者の中には、そのころに登山を始めた人がかなりいると思う。(つづく)

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    ’17年「冬ごもり」 (38)

2017年02月18日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 昨日の続きだが、彼は何故携帯電話を使わなかったかという疑問は当然ある。使えたのに使わなかったとは考えにくいから、何らかの事情で使えなかったのだろう。寒冷地でのバッテリーの消耗もその理由として考えられる。それとも、突然の体調不良が彼を襲ったのだろうか。この可能性も無視はできない。
 ともかく、駒ケ岳の山頂(2956メートル)に等しい吹き曝しの高所で、彼の行動を奪い動けなくし、そこに留めた原因は何だったのだろか。
この「西駒」と愛称する中ア・駒ケ岳は、故郷の山である。中学生の時から数えれば、30回以上は登ったはずだ。山頂のすぐ脇にある祠は、村はずれの産土神社と等しいほどに愛着を持って思い出すことができる。その同じ場所にうずくまり、風雪に身をさらしながら、寒さや死の恐怖におののきつつ息を引き取るまでに、どれほどの時間が流れたのだろう。
 
 冬の上高地で一人ウロウロしていて、暇を持て余した挙句、テントを残して西穂へ登ったことがあった。その夜泊まった西穂山荘のおかみが、どう思ったのか、冬の独標で自殺を図ったある登山者の話をしてくれた。一応救助されたがその人は、凍傷のため両手両足を切断する羽目になってしまい、思い通り死なせてやった方が良かったのかと、ずうっと思っていると話してくれた。「文字通りのダルマサマになってしまってね」と。
 
 昨日、新聞の遭難記事を見てそのことも考えた。遭難の原因は、もっと違う事情があったはずだと思いつつも、あの西駒の頂で動くことを止めてしまった遭難者の行動について、今だに合理的な説明が見付からないでいる。

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 ’17年「冬ごもり」 (37)

2017年02月17日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 朝から雨が降っている。午前中、「NPO法人みろく山の会」のOZW氏から問い合わせがあった。来週末の予約を受けているが、やはりこの時期、雪の状態が気になるようだった。無理もない、昨年は3日間のうちの中日に雨に祟られている。
 この時期の雨は、雪よりも余程性質(たち)が悪い。風雨の中、稜線を歩いていれば濡れて体温を奪われ、ひどい場合は生死にかかわる。また多量に雨水を含めば雪の斜面、壁は、雪崩の原因にもなる。
 
 きょうの新聞に、中央アルプス駒ケ岳の山頂付近での遭難を報じる記事があった。遭難者は大学生22歳。登山届も出しておりそれによれば、14日に日帰りの予定だったらしい。発見されたのは翌15日の午前11時半ごろ、山頂付近の祠の横とある。これだけでは入山した場所も分からず、普段はしないことだが新聞社や、木曽警察に問い合わせてみた。しかし、記事以上のことは分からなかった。
 やはり天気のことが一番気になり、思い切って千畳敷ホテルに当日の天候を尋ねてみた。その結果驚いたことには、入山したのは14日ではなく12日の日曜日で、やはり駒ケ根側からロープウェイを利用したことが確認できた。肝心の天候については、晴れのち曇りだったそうだ。
 単独だが、若いし、天候も吹雪くほどのことはなかったと思う。八丁坂を登ってカールの上に出た段階で視界不良や、風雪が激しければそこで引き返しただろう。ここから頂上へは一度中岳を越えなければならないが、その辺は問題なく通過できたはずで、そうでなければ山頂へはたどり着けない。
 そこで考えたことは、山頂から下山中にほどなく天候が悪化して方向を見失い、迷い、そのためもう一度下山路を確認しようとして山頂まで登り直したのではないか、ということだ。そこで力尽きたか、あるいは天候の回復を待ちながら下山の機会を失ってしまったか・・・。
 軽々な憶測はここまでにしよう。ロープウェイのお蔭で、四季を通じて登山者ばかりでなく観光客にも人気のある山になった。日曜日で他にも登山者がいただろうに、不幸な事故は起きた。
 登山届の取り扱いについてその他、アレコレ考えさせられた事故だった。

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    ’17年「冬ごもり」 (36)

2017年02月16日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 入笠のことばかり考えているわけではないが、それでも一応ここには、いくらかでも関連することを話題にしようという気はある。だから、無いことの分かっている米櫃(こめびつ)の底を探ろうとするようなことになるのだ。
 
 昨日の15日で、たった3か月しかない今年度の狩猟期が終わった。この間、猟をするわけではないが、今シーズンもあっという間に終わってしまったという気がする。
 確かに、鹿などの有害動物の駆除を目的にした狩猟なら年中できるが、これはややこしい決まりがあり、誰でも、どこでも、ドコンドコンと鉄砲をぶっ放してよいというわけにはいかない。
 それだけでなく、銃の取り扱いについては、特に厳しい決まりが多数ある。例えば銃を車の中に放置することは厳禁だが、だからといって、それを担いで銀行は無論だが、コンビニでも行くわけにはいかなかろう。人にに勧められたこともあったが、今では鉄砲など持たなくてよかったと思っている。ただ罠猟に関しては、業務の必要もあり免許を取った。現在でも、持っている。
 そんな縁でたまには誘われて猟に同行し、その大変さを垣間見るようになった。もし狩猟が生活の糧でなかったなら、あれは大変な趣味だと言える。今や猟師も高齢化し、若い人がやらないと嘆きの声を聞くが、それも充分にうなずける。なにしろ寒い、重い、疲れる、危険。
 冬の登攀と一緒だと言えるかも知れないが、登攀における困難や苦労は前提であって、同時にまた目的でもある。それに対し猟は、目的はあくまでも獲物である。苦労や困難はできるだけ避けたいところだろうに、多くの場合そういうわけにはいかない。
 深い雪の谷を転げ落ちていった鹿を追って数10メートルも下り、今度はその重い獲物を何とか苦労の末引きずり上げる。それができたとしても、その後最低でも放血と、内臓は抜かなければならない。雪まみれ、寒い、血まみれの解体処理・・・、1頭の鹿にどれほどの時間と手間がいることか。
 しかしそれでもあの猟師たちは、わずか3か月のこの狩猟期に精も根も使い果たそうとする。お疲れさまでした。

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    ’17年「冬ごもり」 (35)

2017年02月15日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏(再録)

 2月もすでに半分が過ぎた。まだまだ寒い日が続くが、日の光はその明るさを日毎に強めつつある。上ではまだこんな景色を見ることができるだろうが、長居し過ぎたた客を疎んじるように、冬に疲れた人々の気持ちは、次の季節へと移りつつあるだろうか。
 
「昨日のオリオンの天体写真は素晴らしかったが、誓子の句とは随分と印象が違いはしなかったか」
「そうでござったか」
「何だ、不満そうな言い方だな」
「いや、いろいろな感想を持ってくださって結構でござる。しかし、まあ、なかなか・・・」
「お前の文章も何だ、星空は昔の人のように肉眼で見ろと言ってるように読めたが」
「あれは、望遠鏡がなくてもここでなら、いくらでも素晴らしい星空を観望できると言いたかったのでござる」
「だけどお前、金もないのに望遠鏡を買ったんだろう。常設してると書いてあるじゃないか」
「その通りでござる。しかし、その望遠鏡で眺められる天体は惑星など限られたもので、広大な宇宙はまず肉眼で見てもらいたいのでござる」
「そういうものか」
「最近はそれに、星空が村おこしや観光に使われるようになって、おかしなことになっている所もあると聞いているのでござる」
「ウムー、エスキモーがバナナの栽培をするような話だな」
「いや、頭の上がらぬ奥方の前で、大先輩が亭主関白を気取ろうとするようなものでござる」

 ATOさん、暖かくなったらぜひ、星空を眺めに来てください。

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    ’17年「冬ごもり」 (34)

2017年02月14日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など
    
    オリオン大星雲   Photo by カント氏(再録)

  寒き夜のオリオンに杖挿し入れむ  - 山口 誓子 -
 
 俳人はそれからどうしたのだろう。冬の星座を眺めながら、暗く寒い田んぼの中の道を一人でトボトボと・・・、杖を持っていたのなら、作者はすでに老境にあったのかと、そんなことも想像してみたくなる。
 この句をいつ、どこで覚えたか。少し調べてみたが、手許の俳句関連の本には出てない。句の評価などできないが、ただ毎年のように晩秋、東の空にオリオンを見るようになると安堵感にも似た懐かしさを感じ、この季語を重ねた句を思い出す。そして、夜空にその姿を見かけなくなると、何かよすがとした人を失ったような淋しさを識る。玉川上水路で、天竜川の河畔で、そして入笠では10年、そうした思いでこの星座を迎え、また送った。

 入笠牧場に来たとしても、もちろん星座がきょうの写真のように見えるわけではない。これは極寒に長時間耐えて撮影したカントさんの作品である。ここへくれば、こういう天体写真にも挑戦することができるけれども、それから先のことは分からない。
 ただ、「星の何とやら」などと言っておかしな演出はしないから、洞穴の住人が見たように、あるいは遠い昔の羊飼いたちが眺めたように、澄んだ広大無辺の星空を仰ぎ見ながら、思いおもいの星や星座に心を馳せてもらえたらと思う。

 下駄スケートのことを書いたら、友人らがやっている句会でも「スケート」が兼題となり、その作品が送られてきた。やはり、当時の思いでは下駄スケート、真田紐、田んぼリンクだ。
 
  話沸く 下駄スケートと 田のリンク  -(中)-
  真田紐 下駄スケートを 結びおり  -(丸)-
  スケートの リンク顔出す 稲のかぶ  -(北さ)-

 そしてもう一句。そういう季節がそこまで来ている。

  春立つや 呼ばれるように 畑へ行く  - TDS -

 赤羽さん、本は買って手許にあるのですが、そろそろというところです。ATOさん、冬季は宿泊者が来たときだけ行ってます。来週末は上がります。なお、当牧場で撮影された天体写真は、カテゴリー別「入笠牧場からの星空」にアクセスすれば、ご覧いただけます。

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    ’17年「冬ごもり」 (33)

2017年02月13日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

     Photo by Ume氏(再録)

 きょうも寒い。なかなか部屋が暖かくならない。夜間でもHALは、小屋や家の中に入らず外で寝ることもあるが、きょうは丸くなって家の中にいる。たまには部屋の中にも入れてやるが、犬の方からそれを求めることはしない。散歩にしてもそうで、毎日するわけではないがそれで済んでいる。これを読んだ愛犬家の中にはご批判もあろうが、怠惰な飼い主には極めて従順で、手のかからない犬だ。もう11歳になる。



 暇に任せて、この3月で終わる28年度の牧場宿泊施設の利用者数を数えてみた。まだここで公表するほどの勇気はないが、思っていたよりも悪い数字ではなかった。今年度の目標は、利用者数及び売上額ともすでに達成している。また、一度来れば、”お馴染みさん”になってくれる人が多いのも有難く、心強い。
 静かな環境を維持するために利用者数をあまり増やすことなく、もう少し経営内容を何とかしたいと思えば、思えばであるが、料金を改定するとか、昨年新設した露天風呂のような新たな営業企画を練ることになる。ただ、長年のご愛顧を頂いている来訪者のことを考えると、一番簡単な方法は最終に回しておいた上で、さてどうするか。
 キャンプ場もだが、もう少し山小屋の利用者を増やすべきだということが、数字に出ている。また、冬季の営業にも、さらなる工夫と努力が要る。その他牧場内も、使用してない牧区は観光に利用できれば、来訪者にとってはさらなる魅力となるだろう。
 天体観測のための夜空は自慢だが(あるエライ人は、「日本一だ!」と言った)このごろはどこもかしこも”夜空のなんたら企画”が増えている状況には複雑な気持ちを持っている。また、せっかく来てくれたそういう人たちに、天体の話を語るだけの能力は、残念ながら牛守を稼業とする者には、とんとない。一応、タカハシの100ミリ屈折望遠鏡を、昨年このブログの天体写真でお馴染みのカントさんに協力してもらい、常設してある。天候などの条件さえよければ、「無窮の遠(おち)」へも旅立つことができるはずだ。
 
 思うに、ウーン、具体化には一介の牧場管理人の身では余ることも多い。畢竟するに(大げさ?)、この牧場へはこれまでと変わらず、2千メートル前後の中級山岳の自然の良さを知る人たちに来ていただきたい。なお、「中級山岳」とは標高を言ってるだけで、技術的レベルのことではないと、ご承知おきいただきたい。

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    ’17年「冬ごもり」 (32)

2017年02月12日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 大雪の被害があちこちで出ている。特に山陰、北陸地方がひどいことのようだが、長野県も、北部はかなりの雪になりそうだと昨夜、天気予報が警戒を呼び掛けていた。もっとも同じ信州・長野県でも、この辺りは南信に属し、雪は昔からそれほどのことはない。事実、きょうも日が射している。ただ伊那谷は標高が700メートルくらいあるため、気温は低い。
 
 遠い昔のまだ小学生だったころのことだが、現在よりも余程厳しい冬の朝、西山に朝日が射し朝焼けが始まる前から、凍り付いた道路を毎朝のようにワクワクして通う所があった。学校の校庭で、そこでスケートをするのが目的だった。
 6年間、冬はスケートに夢中になった。上手なのもいたし、転んでばかりいたのもいた。ノロノロ、バタバタ、スイスイ、1周100メートルほどのリンクを男女入り乱れ、ミズスマシのようにグルグルとひたすら滑走するだけだが、それで飽きなかった。
 最初のスケートは下駄に刃が付いた今では考えられないようなシロモノで、それを真田紐で足に縛り付けた。真田紐はかの真田幸村由来と教えられたが、それで足が痛くなるほど固く締め付けるのだ。
 今は「クロス」と言うのかよく知らないが、当時は「ちどり」と呼んで、コーナーを曲がるには一段上級の技術が必要だったのだが、それには横滑りが大敵だった。スケートの刃の滑走面を平滑にして、エッジが鋭くなるようにと、ヤスリで試行錯誤しながらよく研いだものだ。
 そうそう今でも忘れられないことがある。下駄スケートなら当然足袋を履いた。それでも滑り出しは冷たくて足先がチリチリと痛んだが、一度だけ、素足にスケートを履いて滑っているいる上級生を見かけたことがあった。ヒビワレ、シモヤケが普通だった時代の田舎の子供とはいえ、さすがにその時は驚いた。
 東京で生活するようになって一度だけ、懐かしいスケートをする機会があった。しかしリンクは狭く、スケートはハーフとかホッケー用の刃で、そんなものでは信州育ちのスケーターには、かつての下駄スケートで滑るよりも物足りなかった。

 さて昨夜、山沿いは雪だった。西山(=中央アルプス)はこの時期はほとんど中腹から雪雲の中で滅多に全容を見せない。入笠や法華道はあれからさらに積雪を増やしただろうが、それがどれほどかはまだ想像してみるだけでしかない。

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    ’17年「冬ごもり」 (31)

2017年02月11日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 うすら寒い天気で、時々風も激しく陋屋をゆする。朝8時半の室内気温は零下2度Cであった。記憶では、冬季は室内でも夜間は零下4度Cぐらいまでは下がるはずで、それはまだ先のことのように思っていた。ところが今はすでに2月も半ば近く、年間で最も寒い時期である。であれば、これも温暖化のせいかなどと考えてみた。
 そして、いつの間にか半分以上も過ぎていった冬のことや、やがて来る春の明度の高い陽射しのことなどを思った。若いころとは違って、冬が終わる淋しさよりも「立春」などという言葉の響きに、まだ気が早いと知りつつも、背中の荷を下ろすような軽い安堵感を覚えている。

 きょうもそうだが、このブログには努めて毒は吐かないようにして、できるだけ入笠を舞台にして暑い寒いの時候のことや、花が咲いたり散ったりの自然のことを書くようにしている。それが、このブログの趣旨だからで、そうやって6月が来れば、4年も続けたことになる。
 その間、このブログを見付けて入笠へ来てくれた人がいる。それほど大勢だとは思わないが、丁度良いくらいの宣伝効果はあるかも知れないと思っている。自己満足でも、そういうふうに思わないと続けることはできない。
 それともうひとつ、どこへ連れていかれるか分からないような文章を、定期的に読んでいてくれる読者がいることが何よりも有難い。そういう人の中には、折に触れてコメントをくれる人もいる。浅学を正してくれることもある。感謝。
 今後も、なるべく読む人の気分を害さないように毒は抑え、風が吹いた、鳥が鳴いてる、雲が流れる、牛がどうした・・・、というようなことを書き続けてゆきたい。書く方も、読む方も、それで飽きないことを念じながら。

 愛知のNさん、コメントありがとうございました。確かに三重や和歌山へは、土地勘のない者は名古屋の都会を縦断するのに苦労しました。しかし良い旅で、紀伊半島における奈良県を再認識しました。

 XX様、3月の予約、人数についてはご相談ください。できるだけ努力します。そうそう、取水場の水は凍っていなかったです(涙)。

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