入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

    ’17年「早春」 (25)

2017年03月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 新聞は、昨日27日の雪崩による高校生の死亡事故を大きく扱っている。CNNも「スキー講習」と言っていたが、この事故のことを報じていた。前日の大雪注意報を受けて茶臼岳への登山は中止にしたらしいが、その代わりに行った別の講習中に雪崩が襲うという、思いがけない大事故だったようだ。
「判断は適切だったのか、雪崩はなぜ起きたのか―――。県教育委員会は今後、詳しい状況などを確認する方針で、原因究明に向けた確認作業が求められる」と、新聞は相変わらず。

 第一報を聞いた時まず思ったのは、雪崩の予測はつくづく難しいということだった。皮肉にも、雪山講習会を狙うようにして起きた。登山に詳しく、経験のある講師が何人もいただろうし、何かあれば責任を厳しく追及される今のご時世、あくまでも慎重であったことは想像に難くない。安全第一で下された判断であったろう。しかし、こういう悲劇を招いてしまった。
 新聞の3面は「注意報さなか訓練」と、大きな見出し。こういう書きぶりで、何かあるとすぐに報道機関は人為的な誤りに事故の原因を求めたがる。例えば、しばらく降雪がなく昼夜の寒暖の差が大きかったため夜間には雪面が氷化していて、その上に新雪がかなり降り積り、その雪の質も気温の変化の影響を受けて重量が嵩み、表層雪崩に繋がった、などと仮に言ってみたとしても、今さらである。スキー場で安心していた、判断が甘かったと言っても、これまた今さらでしかない。
 もしこの講師や生徒が予定通り茶臼岳登山を強行していたら、今度は別の事故に巻き込まれた可能性はあるが、この雪崩事故からは、免れることができただろう。しかしそうしなかった判断の方が正しかったと思うし、スキー場を利用したラッセルの訓練を選択したことを責めることは難しい。このスキー場を利用した栃木県の体育連盟による登山講習会は、30年以上も行われていて、その間事故はなかったという。
 先日だって、山岳救助に携わる飛行歴の長い操縦士によるヘリコプター事故が起きたばかりだ。冬の山は、こんなふうにいろいろな負の可能性ばかりが溢れている。防げないことはある。
 スポーツ庁は原則として高校生の冬山登山をしないよう指導しているという。確かに、冬山登山をもっと厳しく禁じていたなら、こんな事故は起こらなかっただろう。しかし、そういうやりかたで問題決着・解決とするなら、責任逃れで、安易過ぎると思う。東京はいつ地震が起きるか分からないから行くな、と言っても行く人は行くし、その危険な首都に1千万以上の人が暮らし、オリンピックも開かれる。「安全、安心」と声高に言ってみても、どうにもならないことはいくらでもある。
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    ’17年「早春」 (24)

2017年03月27日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 もう外は雨が降ろうが、雪が降ろうが、この〝勝手な独白″は一足早い新緑の態勢を変えない。ここに掲載の写真は、Ume氏の作品のように完成された水準の高いものもあれば、目を閉じて撮ったのかというような独白者の駄作もある。しかし、季節を戻すことはもうしない。それら玉も石も混じる写真を参考に、入笠牧場の春をあれこれと想像していただければと思う。
 
 今日の写真は、5月になったばかりの第2検査場の近くにある山桜が開花した様子で、実は2年前の写真だ。山中にあって、小さな可憐な花を咲かせる野生の桜の木は、みな山桜だと思い込み、そう呼んできた。桜にもいくつか種類のあるくらいは知っているが、里の桜と、山の桜で済ませている。
 ともかく、花なら木に咲く花が好きで、桜なら爛漫を惜しまぬソメイヨシノよりも、和服のような清楚で控えめな山桜の方が好きだ。開花と芽吹きがほぼ同時の山桜だが、それぞれの木がその開花・芽吹きの時期にこだわりまちまちだから、あっちの森へ、こっちの谷へと、花を見る者の探求心をそそるようで心憎い。
 こんなふうに桜の花は咲いても、ご覧のように白樺の木はまだ芽吹いてもいない。白樺とよく似たダケカンバときたらもっと遅い。いつまでも無精姿を晒すのをやめて新緑の衣を早くまとうようにと春の日は、そのまばゆい光でもっと急かせてくれたらと思う時がある。

 昨夜の雪で、西山(中ア)は白い衣の裾を麓まで下げてしまった。ここと標高差で100メートルにも満たないような裏山まで、これまた雪がベッタリと付いたまま融けようともしない。入笠へ車でい行くことは、これで当分の間は無理となった。

 思い出を 解かしていくや 春の雪  -TDS
 TDS君、ありがとう。
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    ’17年「早春」 (23)

2017年03月26日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 昨日の昼の天気予報では、夜の8時ごろから雪の予報だった。しかし、降らなかった。降らなくて結構、もういい、そう思っていたら夜間に、というより朝方になってから雨は雪に変わったようだ。午前9時過ぎ、霙はまた雨になったが、入笠はまだ雪かも知れない。そうだとすると厄介なことになる。
 近隣に不幸があり、一昨日その葬儀に参列した折に眺めた入笠周辺の中級山岳は、思っていたよりもまだ雪があった。その上にさらに降雪が続くとなれば、「ど日蔭の曲がり」などと呼んでいる一番の難所は、まだこの先1か月くらい、車での通行は不可能になるだろう。4月末から始まる連休の前には除雪が行われるが、それまでの1週間ばかりは、片道1時間以上をかけて雪道を歩いていかなければならないかも知れない。
 今一生懸命に思い出そうとしているのは、昨年はどうだったかということだが、恐らく車で行けたと思う。昨年は雪が少ない年だった。日誌を調べたら、2014年も車で行けた。過去10年間のうち、最初の年は5月1日が仕事始めで問題なかったが、それ以降9年間のうち車で管理棟まで行けた記憶は2回しかない。それ以外に、間伐のため業者が除雪してくれた年があったかも知れないが、記録はそれだけだ。
 3,4年前までは、牧場に残置しておいた軽トラックが動いたため、初日の帰りはそれで可能な所まで来て、後は通行できない林道は歩く、というようにしたからそれ以降は大分楽にはなった。しかしもう、牧場の軽トラックは使い物にならなくなってしまって久しい。

 ただしこういう日々が、必ずしもいやだということはない。弁当と用心のための雨具、羽毛服を入れたザックを背負い、雪で埋まった林道を登っていく。落葉松の林に混ざった杉や、モミの木には雪が付いていたりして、そのせいか幾分暗く、ひんやりとした山の静けさが何ともいい。周囲の森の雰囲気はまだ冬のままだが、それでも新鮮で、溌剌とした新しい季節の予兆を感じてしまう。鳥の声がしたり、雪の中からせせらぎの音が聞こえてくることもある。誰もいない山の中にひとりで入っていけるということが、子供じみた冒険心にも似た懐かしい喜びでもある。

 Kへ、大丈夫、11年前のこの日のことは覚えている。元気でやっているか。
 
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    ’17年「早春」 (22)

2017年03月23日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 もう寒々しい写真は止めようと決めたのに、ついまた懲りずにこんな写真を上げてしまった。すぐそこまで、花咲き、胸膨らむ春が来ているというのに、もうしない。これをもって、雪の写真は最後にし、去っていく冬には深い感慨をこめて別れを言うことにする。

 酔って書いてる。それでも書いておく。某有名作家の語る死といういうことについてだ。老境にある彼が、にもかかわらず「本当は一向に(死の)実感がないのだから困ったものである」と書く。「能天気なものだ」とも。
 嗤わせるな、と言いたい。いつも忍び寄る死の影に誰よりも怯えているくせに、そしてそれが書くものからはしなくも滲み、浮き出たりしているのに、まだこんな子供のような見えすいた強がりを言う。呆れる。その老残が、哀れ、惨めに見える。
 この人の書くものといえば大方が、日常の他愛もない瑣事を浅く、軽く、薄く、書くだけだが、そこには何もない。できるだけ少ない言葉で頁を埋める術はいやらしいほど巧みだが、冷えた吸い物のようで味わいも感動もない。
 今またとぼけたふりをして、恰好をつけたつもりかどうか知らないが、これほど見苦しく見える老人も珍しい。ずっと昔からそうだった。黙っていればよいのに、あえて死をおちゃらかすような雑文を書く。不誠実である。
 この人もそうだが、日常にさしたる悩みのない暇人の中には、ヒタヒタと迫りくる死と対峙し、あがく。老人性鬱病などという精神疾患に陥る人のことだ。しかしその心の弱さは、この人より正直ではある。
 舞台を降りた老優はそれらしく消えていくのに、この痩せた老作家はどうでもいいことを、誰もいない舞台でまだ呟いている。

 ウムー、このまま投稿すべきか・・・。
 TOKU君、来なはれや。4月20日から、牧場生命!でやっているから。TELします。

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    ’17年「早春」 (21)

2017年03月23日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

      さそり座アンタレス周辺                        Photo by カント氏(再録)

 ついに冬ごもりの期間も残り1か月を切った。こうして里にいて、入笠に関連したことを書き続けるということはなかなか大変なことで、また読む側にしてもいつも雪が降った、風が吹いた、寒いなどなどの内容では次第に飽きてくると思う。お義理で付き合わされている読者もいるだろうし、そういう人たちには有難くも、申し訳なく思っている。

 で、また同じようなことを言って始めるのだが、一昨日も入笠は雪だったらしい。里は雨だったがかなり低い所まで雪で、先日美味い大根と、蕎麦を携えて芝平の山からやってきた例の山奥氏に問い合わせてみると、氏の隠れ家の付近でも10センチばかりの積雪があったと言う。ただ、もう大体は融けてしまったというが、問題は日陰である。期せずして二人で同じことを言ったのだが、1千500メートルを超えると、日陰は気温が上がらずおいそれとは融けてくれない。そんな状況に無理して車を乗り入れると、カメになってしまう。カメとは、車の車体が雪の上に乗ってしまい、車輪が空転したり、雪面をしっかりととらえることができず、動けなくなってしまうことを言う。毎冬、一度か二度はこれを経験する。脱出するには車体の下の圧雪を掘るのだが、半日近くをかけたこともある。
 早くも、伊那のフィルム・コミッションを経由して撮影の下見の話が来た。あくまでも下見であるが、先方はすでに牧場での撮影実績があるため、様子や雰囲気を承知した上での申し出だと思いたい。つまり、見込みあり、だと。
 こういう映画や、宣伝広告のための撮影の話はよく来る。ただし、天候や先方の諸々の条件とも合わないといけないので、実現する可能性はそれほど高くない。特に、監督など決定権のある人が来た時に、雨でも降ったらまず絶望、と言える。それでも、これも牧場事業の一環に据えて、こういうときは奮闘を惜しまないことにしている。
 週末、どんな状況か行ってみようと思う。きょうの月齢は25.5、そろそろ星空のことについても気を揉んでいる人たちがいるだろう。

 カントさん、久しぶりでした。ET子さん、コメントありがとう。また、暇をみてお願いします。

 
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    ’17年「早春」 (20)

2017年03月22日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 梅の花が咲いた。「日の当たる枝」でなく、目の前の小さなコップの中の枝に一輪だけ。先日した梅の木の剪定で、ひと枝だけ捨てないでおいたものだ。折角咲いてくれたのに、しかし見るからに貧弱で、白い花の色もあまり鮮やかとは言えない。遠目には白く見える梅の花びらも、少し濁ったような白さが、この花の本来の色なのかも分からない。
 同じことを桜の枝で試してみたことがあったが、その時には花は咲かなかった。玉川上水の紫橋の近くで、酔いにそそのかされでもしたか、夜陰に紛れて手折ったソメイヨシノだった。上水の流れはすでに往事を偲ぶよすがとてなかったが、そこが、あの人と愛人が入水した土手の近くだという意識はあった。
 その後誰かに桜の花はそうしても駄目だと教えられたような気がする。梅と桜の花にどういう違いがあるのかは知らない。しかし確かに花は咲かなかったから、そうなのだろう。桜の方が枝ぶりも大きかったし、コップもビールのジョッキを使い、日当たりの良い窓辺に置いておいてやったから条件は悪くなかったはずだ。
 東京では桜の開花があったと、昨夜のニュースで聞いた。毎年桜の咲くころ上京していたが、今年はもう行かないことにした。ここ伊那谷と、月遅れで入笠と、それで充分だろう。あっ、4月の中旬にもう一度常念岳の麓に行くから、そこでも花見となる。それでも、本命は入笠の山桜で、「天下一」とか言われる高遠城址の花ではない。
 梅の花から桜の花に話がそれてしまったが、ともかく梅の花の方は咲き、炬燵の上でささやかな春を告げてくれている。きょうあたり、また花を開きそうな蕾が幾つかある。

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    ’17年「早春」 (19)

2017年03月21日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 母校の小学校、今年は82名の生徒が卒業したと、回覧板の中に入っていた学校通信にあった。われわれの時代は1組しかなく、40数名だった。その後、生徒が増え、校舎も移転したから、懐かしの学び舎はもうない。それでも、あの時の希望だか不安だかの気持ちは、記憶の中にしっかり残っている。「記念品贈呈、門柱1基」、卒業式で言ったあの言葉も、まだ忘れない。

 きょうは雨。昨日はあんなことを書いたが、写真の季節をまた1か月くらい戻した。4月中頃の牧場の写真である。5月前後の写真を使って、季節を行ったり来たりしているのも、4月の末から始まる連休を意識してのことで、今年は4月29、30日、そして5月3日から7日までとなるようだ。
 いまだに5月はキャンパーや宿泊者の出足が鈍い。それで良しと思う気持ちと、各地で賑わうこの時期に閑古鳥が鳴いているようではもったいないという気もして、その間で揺れる。
 4月20日から仕事が始まり、かなり忙しい日が続くから、できれば牧場の仕事に専念したい。また、4月29日には有害駆除のための講習会もあり、鹿対策の仕事も始めなければならない。
 
 それでも、5月の連休の来場者、
 H25年3人
 H26年8人
 H27年11人
 という数字である。
 もう少し来てもらいたいという気持ちになる。
 
 今年の5月の連休は、キャンプも予約をいただければ、、快適な広さをできるだけ用意しておきたいと思います。ただ、場所には充分の余裕がありますのでご心配なく。
 とりあえず、カテゴリー別「H28年度の営業案内」を参考にしてください。若干の料金改定があっても、前年度実績のある方については、据え置く方針です。なお予約については、このブログのコメント欄へが一番確実です。

 牧場は雪だろうか。そうだとしても、これが最後の雪となるだろう。 
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    ’17年「早春」 (18)

2017年03月20日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏(再録)

 TDS君に言われるまでもなく、少々季節を進め過ぎた。きょうの花にしてもそうだ。しかし今更、尖った残寒の風景に戻るのは、北側の暗い部屋に戻るようで気が進まない。外は眩しいほどの春の日が大地を暖め、梅やボケの花がボツボツ咲き出そうとしている。
 昨日は4本ある梅の木のうちの2本を剪定した。これから花開こうとしている矢先にという思いはあったが、気になる枝打ちだけでもと思っているうちに止まらなくなってしまった。もうしない。残りの2本は花をしっかりと咲かせてやることにした。
 梅と言えば、梅干しというのを一度だけやったことがある。信州で暮らすようになって2年目だったと思う。以来、やってない。干し柿もそうだったが、あんな面倒なことはもうできない。だから、梅や柿の実が生ろうが生るまいが、そんなことはどうでもいい。老木に手を入れるのは、だから気紛れのようなもので、後は荒廃の進むこの家と同じくお構いなし。
 きょうは真昼にアオバズクが春を歌っている。大崎様のいつもの杉の木の梢からだが、二三度鳴くと止んでしまう。名前の由来通り、青葉の季節になると遠方の避寒先から帰ってくるらしい。子供のころから馴染んだ声だが、今鳴いている鳥は何代目になるのだろう。ちゃんとあの木のことを覚えていて来るのだからエライものだ。

 そろそろ5月の連休の予定を立てようとしている読者の中には、当施設の利用を考えてくれている人もいると思います。とりあえず、カテゴリー別「H28年度の営業案内」を参考にしてください。若干の料金改定があっても、前年度実績のある方については、据え置く方針です。
 
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    ’17年「早春」 (17)

2017年03月19日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

                                          Photo by Ume氏(再録)

 きょうの写真、少し季節を進め過ぎてしまったかも知れない。まだ芽吹いてから日の浅い、幼い緑の葉に、露の滴が光る。実生からようやくここまで成長するには柔らかな苔や、湿った土の中にあった養分が助け、支えてくれただろう。かつては、森を賑わせた葉や、木々が年月を経て朽ち、土中に還り、また次の代のために新しい役割を担う。再生ということか。転生ということか。
 こういう自然界の生々流転は殆ど、誰も知らないところで起きている。去年行った、笹平沢の流れのそばに生えていたクヌギの老木も、あの谷の中を強い風が吹けばもうあの根では維持できず、今度行ったら精根尽きた老人のような倒木の姿が迎えてくれるかも分からない。しかしそれで終わるわけではない。そんなことはしょっちゅう起きている。やがて辺りに落ちていた幸運なドングリがヒョッコリト芽を出し、そして辛抱強く長いながい年月をかけ、成長していくはずだ。森も谷もそうやって続いてきた。これからも、人がおかしなことをしなければ、続いていく。
 
 たまには、いじくり過ぎた観光地を避け、誰も行かないような森に少数で出掛けてみるといい。原生林の深い暗い森や、飛沫を上げて流れる渓には、感動や、驚きがあるはずだ。特にこれから迎える季節は、そういう自然が向こうから待っていてくれる。
 
 
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    ’17年「早春」 (16)

2017年03月18日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 焦点のボケた何とも締まらない写真だと言われるかも知れない。しかし、この景色を実際に目にすれば間違いなく感動する。咲き始めた山桜、背景には5月の青い空と、中央アルプスの残雪の峰々が連なる。目に染みる。
 牧場にはたくさんの山桜の木があるが、中でもこの桜は好きな木の1本で、毎年花の咲くのを楽しみにしている。また、左手に見えてる空木岳の山容の方が険しく、主峰の駒ヶ岳よりもこの山桜を引き立てて見せている。このころには、里ではとっくに桜の花は忘れられているだろうが、標高差1千メートル、約1か月の遅れで、花の季節が追いかけてくる。

 ここまで書いたら、北原のお師匠から電話が入った。6月のコナシの花の咲くころに入笠へ、10名ばかりを案内して来たいという。本家・御所平峠から高座岩へ行き、北原新道を下り、テイ沢を夫婦ガ淵辺りまで案内し、そこで引き返し、入笠の山腹を車で巻いてヒルデエラ(大阿原)までのコースだと言う。昼飯の話になったから、たまには小屋を利用したらどうかと言ってみた。「お茶か味噌汁ぐらいは用意するから」とも。そしたら師には時代遅れの山小屋は全く想定外だったらしく、それで話がトントンと進み、決まった。
 お師匠はいろいろと気遣いの人だ。これまで何度となく人を案内してきたけれど、「当牧場を〝有料利用″する話は一度もなかった」と、そう、何かの時に冗談めかして弟子が言ったらしい。どうもそのことが頭の中にあって、即決してくれたようだ。
 幾らの金額でもない。それでも、そういう些細なことにこだわって、小屋もキャンプ場も守られていくのだという気持がある。大げさに言うなら、信念だ。当然、山小屋をお師匠様ご一統に利用してもらえれば、張り合いにもなる。
 私生活では、缶ビール1本がいくらかも知らない。当然、花も樹木も、鳥も星の名も知らない。音楽についても、知らない。そうやって過ごしてしまった。それでいて、牧場のことになると「信念」などという言葉まで出てくる。「執念」とか「妄執」とかの方がふさわしいかも知れない。
 
 贅沢な時を常念岳の麓で過ごした。ウン十年経ってもますます元気で健啖なご婦人3名、少し押され気味の元腕白少年3名、愉快でありました。ET子さん、メールありがとう。
 
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