入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’22年「秋」(43)

2022年09月30日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 午前6時半、気温は10度を下回り、8度。間もなく朝日が昇ってくれば気温は上がる。きょうも秋晴れの良い一日になるようだ。悪天に翻弄された9月が終わる、早かった。
 と、思いつつ作業日誌を見れば、あんなこともあった、こんなこともあったかと、忘れかけていたことが次々と思い返され、「早かった」という感慨はそれらのことが記憶から消えたり、消えかけていたせいだと分かった。日誌に助けられていろいろなことを思い出していると、むしろきょうで終わる9月は忙しい1ヶ月だったと言いたくなる。

 仕事も生活も中心は山だったが、里にも何度か降りた。そして遠方から来た「朋」と会い、ここでもそういう人たちと会った。撮影の話も何件かあり、その都度下見や打ち合わせ、さらには本番に繋げるため当てにならない天気予報に一喜一憂させられた。
 色々とあった中、やはりなによりも北原のお師匠の死を別にすれば、牛たちが無事に山を下りたことが最も大きなことで、実際はそうはいかないが、牧守の仕事はこれで大方終わったという気になる。春先に第2牧区の区画変更を電牧と通常の有刺鉄線で行ったが、さらに追い上げ坂も新しく牧柵を張り直そうと考え、その準備も少し始めた。他にもいろいろあって、そのうちには冬支度もしなければならなくなる。

 いつもながら撮影は裏方に回る人たちに感心させられた。特に若い女性が重い物を運んだり、動かしたり、男並みの肉体労働を淡々とこなしていく姿には褒めて上げたくなるし、応援したくもなる。
 女性の地位向上などという声がこんな山の中まで届くこともあるが、そういうことを叫ぶ人の多くはすでにそれなりの社会的地位を得ている人が多く、またそういうことを仕事にしてしまい、どこまで本気で発言しているのかと疑いたくなる人もいる。
 照明の重い機材や、撮影機材を動かす彼女たちからすれば、それこそ彼女たち評論家気取りの言葉など寝言のように聞こえるかも知れない。お笑い芸人のふんぞり返った背後で、ツンと澄ました女優の陰で、こうした人たちの献身が映画であれ、テレビであれ、CMであれ、支えていることをいつも目の当たりにし、痛感している。

 帰らぬ日々の過ぎていく中で、北原のお師匠が静かに逝った。御所平の地蔵尊の前で名刹・遠照寺の住職が経を上げ、その横で手を合わせ、嬉しそうに唱和していた姿が目に浮かぶ。それが師の元気な姿を見た最後となってしまった。合掌。

 法螺貝’Sさん、峰々に響き渡る大きな音でした。多謝。
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     ’22年「秋」(42)

2022年09月29日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 今朝、芝平の谷を来たら、山道に大分栗のイガが落ちていた。栗の実は秋を感じさせる味覚の一つだと思いつつも、実際には茹でるか、栗おこわくらいしかそれを役に立てる方法を知らない。それでも、艶のある茶色の皮にくるまれた黄色い実には、妙に懐かしさを覚える。小さいころ落ち栗を拾って、渋皮を爪で剝いて食べた記憶が残っているせいだろうか、あのコリコリとした食感を、味を思い出す。

 今年はこの時季としては気温が高く、ツタウルシの紅葉はまだ見頃とは言えない。そうかと思えば、落葉松の葉の色は褪色が進み、すっかり茶色に変色してしまった木もある。ミヤマザクラは葉が出揃うのが一番遅いと思っていたら、もう大方の葉を早々と散らしてしてしまっている。
 モミの木がそうした中で緑の鮮やかさを失わず、一段と目立つようになってきた。これからしばらく山は様々な衣装を纏い、変化(へんげ)の様をたっぷりと見せてくれるだろう。

 そういえば、もう米の取入れが済み、新米を取りに来いという有難い連絡を貰った。それにしても早い。今年も値段が高いというサンマを買って、サンマ飯を作らなければ。1匹や2匹のこと、高かろうが構わない。
 
 昨日里へ下りる途中、荊口の田圃ではすでに刈り取られた稲田を目にした。あの田は大型機械を使わず、夫婦で昔ながらの稲刈りをしていた。その時はそれを当然のように見てきたが、考えてみれば今ではあのような光景は珍しい。
 長谷に至る山室の細く長い谷は耕地整理のお蔭で1枚いちまいの田が広く大きく、大型機械でなければ手に負えない。しかしその光景は、かつて目にし、感じた秋の風物詩とは程遠く、ガランとした田圃には1台のコンバインが手伝う人もいないまま、黄金の波の中をゆっくりと掻き分けるようにして動いていた。

 きょうの写真は、法華道の諏訪神社口に建てられた碑。遠目にも丁度コスモスの花が咲いていたのが分かり、つい誘われて近くまで行って写した。思い出すことが多い。

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     ’22年「秋」(41)

2022年09月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 幾つかの懸案がようやく片付き、そのせいでだろう曇り空ながら気持ちのいい朝だ。きょうは里へ下る。牧場からも伊那の一部が見える場所があり、そこからはわずかに黄金色した稲田が見えて、刈り取りが終わらないうちに間近に見にこいと呼ばれている。

 久しぶりにテイ沢へ行ってきた。雨で水量が気になっていたことに加え、上から3番目、下から8番目の丸太橋を落としたままにしておいたら、渡渉できず引き返す人がいるという話を聞いたからだ。
 あそこは5㍍の長さの丸太が必要なのに間違えて4㍍の丸太を持ち込み、取り換えたくもその長さの丸太はもうなかった。ただあの場所は岩が並んでいて、水量にもよるが濡れずに渡ることもできないことはない。それで放っておいたわけだ。
 実は以前に5㍍の丸太をある林業関係者に頼んでおいたが、その話が進展しなかったのも放置しておいた理由の一つで、ならば4㍍の丸太でも何とかできないかと、前から考えていたある策を試すことにした。ただし、ここは両岸に橋を架けるに相応しい場所がなく、かつて架けた場所では2回ほど橋は増水時に流れている。
 
 いろいろと試行錯誤を重ねた結果、かなり慎重に丸太を組み、しっかりと補強する必要もあるが、4㍍の丸太でも架けられないことはなさそうだった。それで後日を期すことにしたはいいが、久しぶりに下から現場まで丸太を担いで2往復したら、思いの外疲れた。
 これまでなら、下からどの現場でも余程のことがない限り途中休憩をせずに一気に行くようにしてきたが、今回はかなわず途中で休んだ。年齢のせいとはいえ、たった1週間くらいの間でもあれほど体力だか筋力が落ちてしまうとは。牛がいなくなって、連日の小入笠までの登行を止めたせいだと思う。情けない。
 
 どうしてあの人の言葉は心に響かないのだろう。いつ、どんな内容であれ、まるで素人が芝居の台詞を語ると言うより、まるで台本を読んでいるように聞こえてしまう。いくら人物は良くても、あれでは政治家として首を傾げたくなる。

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     ’22年「秋」(40)

2022年09月27日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 秋はこの季節らしい風物や人を連れてくる。夕暮れを待って第1牧区へ上がっていったら、折しも御嶽山と手前の経ヶ岳の頭上に、燃える夕焼けを目にした。天気が良ければここではいつも大きくて、深い空がある。牛の姿が消えた草原で、その代わりと言ったらよいのか、目に沁みる夕焼けにまた出会えた。

 季節は進む。湿り気を帯びた林の中、色付き始めた木々の葉を眺め、落葉を踏み、小さな沢を渡り、普段はあまり行くことのない鹿たちの蒐場(ぬたば)の横を歩いた。蒐場というのは鹿たちがそこで、虫などから身を守るため身体に泥を塗りつける場所のことだ。
 そのそばには大きな岩があり、2年前には下牧に応じなかった和牛2頭が残留を決めていた場所でもある。手懐けるまでには大分時間がかかったが、最後には牛守を信用して餌を食べている間に捕獲した。ただそこに至るまでは、方法について大分頭を悩ませたものだ。それから4人の手を借りてトラックに乗せて里へ帰した。その畜主の牛が今年も来ていた。
 
 秋の森は独特のいい匂いがする。今では想像するくらいしか許されないが、落ち葉と枯れ枝を集めて小さな火を焚き、茶を沸かし、酒を温めたこともあった。湯桧曽川の畔、立場沢の奥、屛風一の沢の出会い、半世紀近くも前のことでも昨日のことのように思い出す。雨にも濡れたし、雪も降った、それでもなぜか秋の季節、林の中で平和に憩っていた場面ばかりが目に浮かんでくる。一人の山行は山の良さをしみじみと味わい、複数の時は山の愉しさを喜んだ。
 谷川の新潟県側はなめこの特産地だったが、いまでも高崎辺りから定期券まで用意して、あの山中へ入っていくキノコ採りがいるのだろうか。無人の土樽の駅で、長いこと上りの列車を待っていたら、前橋から来たという濡鼠になったキノコ採りの老人と会い、冬を目前に固い蕗の薹を貰った。記憶の中の上越の山はいつも暗く侘しい。

 入笠から、いつの間にか記憶があらぬ方向へ彷徨い出した。この山の周辺で充分に満足しているし、もう他の山へ行ってみたいとは滅多には思わないが、その滅多な時がきょうの気紛れであったのだろう。
 天候はあまり良くない。これで果たしてきょう一杯保つか、続々と車がやってきた。

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     ’22年「秋」(39)

2022年09月26日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 日ごろから「嗜眠癖」を自称する身で、昨夜は4時間くらいしか寝てない。眠っていた時間はもっと短かっただろう。
 いつもなら、適当に時を過ごして再度眠りに入るのだが、この夜は午前3時半から撮影の予定が入っていてそういうわけにはいかなかった。とりあえず湯を沸かしコーヒーを飲み、長い一日には睡魔と闘うことも予想し、勝負に臨む人並みに気を張らねばと言い聞かせた。
 驚いたことに週末、唯一キャンプの取り消しをしなかった3人組は、まだその時間も焚火をしながら起きていた。若い男女の笑い声や、話し声が聞こえてくる。(9月24日記)

 真っ青な空が見えている。少なくもきょう一日は気持ちの良い秋日和が続きそうだ。問題は明日27日だが、当日に予定されている撮影は、関係者が期待するように「さくさく」といくのかどうか、案じられる。
 
 この独り言で時々、撮影のことを独り言ちることがある。しかし詳しいことには触れないようにしている。CMなどになれば守秘義務が生ずるし、関係者以外の人が撮影現場に来られても困るからだ。また、そんなことをここの宣伝に利用などしたくない。
 中年の夫婦が、何年も前に放映されたテレビドラマと自分たちの人生を重ねて、どうやって調べたのか何としてもその舞台に立ちたいと夕暮れ時に訪れたことがあった。気持ちは充分に伝わったから、対応に苦慮した。
 先述の撮影は早朝、というより夜中から始まったにもかかわらず終始気持ちよく進行し、予定通りに無事終了した。皆いい人ばかりだった。また来てもらいたいと思ったほどだ。
 この業界も"巨匠時代"の雰囲気とは大分変ってきたような気がする。中には、まだ傲岸不遜な古い時代の残臭をにおわす女性監督もいたが、偏屈者の牧守にはそれでは協力しようという気が湧いてこない。
 いつもながら、裏方に回る人たちの努力は遠くから褒めている。

 早く鹿を捕獲しろと昨日、下から督促が来た。牛が下りた日から誘引はやっているが、罠はまだ仕掛けてない。ある牧区など常時100頭以上の鹿が常住していたのに、昨日の夕暮れに見回ったら1頭もいなかった。撮影の影響である。それほど鹿は敏感で警戒心も強い。
 2,3頭捕獲しても、有害動物駆除としては意味がなく、もう少し誘引を続け、鹿を安心させてから仕掛けた方がいいのは分かっている。しかし、彼らの要請に応ずることにした。

 天候状況、予報の影響で9月は例年になく訪問者が少なかった。10月になれば天候も安定するだろうと考えている。キャンプ場を含む「入笠牧場の宿泊施設のご案内」は下線部をクリックしてご覧ください。
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