入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’20年「春」 (69)

2020年05月30日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 待ち人来たらず。囲い罠の中にいる4頭の鹿の殺処分を頼んであったが、鉄砲撃ちがまだ来ない。さて、どうしたものかと考えていたところへ種平小屋夫妻がやってきた。HALが来ているかと好物のから揚げを持って立ち寄ってくれたのだが、お目当てはいないので、久しぶりに最近の状況などについて話し、二人はその後小黒川林道の様子を見にいくと言って出掛けて行った。
 あの林道は現在もそうだが、よく通行止めになっている。しかし、すっかり有名無実化してしまい、特にオフロードバイクに乗る者らや釣り人は意に介さない。ところが、今はそうしたオートバイでも戸台まで通り抜けができないらしく、そんな情報が彼らの間にはすでに伝わっているのか、今年の春はいつになく静かで有難い。

 結局、時間には遅れたけれど鉄砲撃ちが来てくれ、罠にいた5頭の鹿の殺処分は済んだ。牛が来るのが6月11日だから、もう仕掛けるのは止そうかと思っていたら、まだ期待できそうだから仕掛けておきたいと言う。彼らにすれば、激しく動き回る生きた標的を撃つのが醍醐味のようだが、その辺のことまではよく分からない。外国で友人の持っていた銃や拳銃を撃たしてもらったことがあったが、遠い昔のことだし、射撃への関心などは失ってしまった。

 富士見町の町民を対象に、きょうは無料でゴンドラの試験運行が行われたと聞いた。一組だけ中年の夫婦がテイ沢から来て牧場を通っていったが、ゴンドラを利用したのかも知れない。
 新型コロナウイルスを案じながらも、わが長野県も段階的に観光誘客を始めていくようだ。ついこの間まで「来ないでくれ」と言っていたのに、6月19日からは県を跨ぐ往来も自由にするらしい。少し虫が良すぎるようにも思うが、はて?

 本日はこの辺で。明日は沈黙します。

 

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     ’20年「春」 (68)

2020年05月29日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 この写真を一目見て場所が分からないようなら、牧場管理人は務まらない。それはともかく、昨日、きょうと、Ume氏の空撮映像を見ていたら、何度か行ったアラスカの記憶が懐かしく甦ってきた。
 その中でも、短い夏の夜が迫りつつある広大な氷河の、その遥か向こうに見えていた登頂を拒んだ山々、ヒグマに怯えながらスプルースの森の中で過ごした長い夜のこと、そしてただひたすら二日以上も走り続けた森を貫く自動車路・・・、思い出す。

 あの頃は、海外へ出るということだけでも大変だった。2回目の時は山が目的だったが、滞在が長くなりそうだったから会社を辞めた。それ以後、わが人生の乱調は、より激しさを加えていったかも分からない。
 その後、もう二度と来ることはないと思った場所に、また行くことができた。しかし、一度目の時のような深い思いはもう湧いてこなかった。目の前の雪の峰々や、距離感の付かないほど延々と続く氷河は変わらなかったが、それを目にしている方がすでに変わってしまっていた。飛行機で運ばれて、テントは張ったが、パイロットにその靴で大丈夫かと心配されるような有様で、アイゼンもピッケルも持っていなかった。「sentimental journeyか」と彼は笑った。
 
 この牧場にも、アラスカを思い出させてくれる森がある。そこを今ではそのまま「アラスカの森」と呼んで大切に守っている。初めてそこへ行った時、あるソプラノ歌手のことが頭に浮かんだ。そのことはすでに呟いたが、もしかすれば違った形で似たようなことが実現するかも知れない。これまでにも、CMや映画に使われ、有名だと聞いた歌手も来ている。ただ、今考えていることはそういう商業ベースとは別な次元のことだし、観光に結びつかせようと考えているわけでもない。

 Ume氏の話では、今年はコナシの開花が遅れているという。てっきり早いと思っていたが、オオダオ(芝平峠)まで来て一服してしまったのだろうか。

 本日はこの辺で。
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     ’20年「春」 (67)

2020年05月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

Photo by Ume氏

 この縞状に生えている木の殆どがコナシで、これから花が咲き出せば、真っ白な花の帯に変わる。牧場が、最も華やぐ季節となる。この航空写真からも分かるように、白樺はすでに葉が茂り始めたのに、ダケカンバはミズナラに歩調を合わせるつもりか、遅い。

 日本でも中部に当るこの辺りの森林限界は標高2千600メートル位で、ダケカンバが多い。それでも深山となれば、やはりモミやシラビソ、そしてトウヒ(スプルース)などの常緑樹の生い茂る森が目に浮かんでくる。このところ連日のように闘っているテイ沢の倒木は、そのモミの木である。
 この木は堂々とした貫禄を備えた大木となり、幹からは多くの枝が緑の葉を茂らせ、光を遮り、暗い鬱蒼とした森の独特の雰囲気をつくる。ところが、印象とは違って、モミの木は実は意外と脆い。チェーンソーを使って伐れば分かるが、同じ太さなら落葉松などよりか早く伐ることができる。
 ならば、倒木処理の作業は楽だろうと思われるかも知れないが、そうでもない。なぜテイ沢の倒木にはモミの木が多いかと言えば、この木そのものに堪え性がないこともだが、夥しい枝のせいでもある。春の水気の多い雪が多量にこの枝に積もれば、どれほどの重量になるのだろうか。そのことを思い知らされたのが、沢の水に浸かった枝をに引き上げる際に感じた重さである。まるで、大型マグロをを吊り上げるのはこんな感じだろうかと、最近気配を絶ってしまった大物釣り師の山奥氏のの奮闘する姿まで想像した。
 加えて、入笠山周辺は表土が浅い。根こそぎ倒れた木を見れば驚くほど根張りが貧弱で、あの何トンもの大木を、対してまるで纏足のような根が支えるのだから無理もない。
 
 ともかく、一応のことは済ませた。あまり手を入れて、渓相に影響するようなことはしたくないから、鉄砲水を防ぐことができれば良しとした。同じことは今後も起こる。今回片付けた倒木は10年、20年すれば自然と一体化するだろうが、この渓はそのころ、一体どうなっているのだろう。

 本日はこの辺で。
 


 
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     ’20年「春」 (66)

2020年05月27日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 きょうの「毎日新聞 長野県版」によれば、「北海道、東京、神奈川、埼玉、千葉の5都道県との往来を31日まで引き続き自粛するよう県民に要請した」とある。最近感染者数に変化はないから、県民に要請するより、県外の人々に観光目的など不要不急の目的での来県を控えるようお願いするのが筋だし、本音だと思うが、それをあからさまに言えないのが苦しいところだろう。山小屋に関しては「休業の協力依頼」を続けていくとある。
 緊急事態宣言は解除されたとはいえ、国よりか、都道府の首長の対応の方が評価され、長野県も独自の方針を打ち出さざるを得なかったということかも知れないが、観光業界はこれまでずっと自粛を迫られてきた。事業者の中には相当追い詰められている人もいるだろうから、ここは難しいところだと思う。
 詳しいことはもちろん分からないが、感染力は感染して3日か4日で消滅するという話をあるTV番組で耳にはさんだ。であれば、県内にいて、県人と接触している限り、もう感染の恐れはないということになりはしまいか、先述したように新しい感染者はそのくらいの間出ていないのだから。
 ただし、やって来る県外の人たちを、では排除できるのか、となればそれはできまい。できないが、いつものように笑顔で(そのつもり)、喜んで迎えて良いかは悩ましいところである。

 ――突然ながら、これはJA上伊那としての窮余の判断であるが、きょう、山小屋とキャンプ場の営業を7月末日まで引き続き自粛することが決まった。これも、ワクチンが開発されてない現状から、新型コロナウイルスに対する一つの見識であると言いたいが、万が一ここで集団感染でも発生した場合、最低でも東部支所は営業を休止しなければならなくなる。当然、そんな危険を犯してまで小屋やキャンプ場を開けることはないとして、納得するしかなかった。
 すでに仮予約を受けている人たちがいる。ここで、本日決定されたことが伝わればよいが、そうでない場合も考えられる。一組は先方から再度確認の連絡が入ることになっていて、他はこちらから連絡ができるようになっている。こうした場合にどうすべきかも考えてあるので、問題の無いようにしたい。

 赤羽んさん、通信多謝、まだ独身で頑張っているのですね。料理は好きのようだから、いつか、ここでも腕を奮ってください。本日はこの辺で。





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     ’20年「春」 (65)

2020年05月26日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 オオダオ(芝平峠)ではコナシの花が咲き出した。また第1堰堤(オイデラ)では、2,3日前からクリンソウの花を目にするようになった。牧場の周辺は残るダケカンバとミズナラの若葉が出揃って、「山笑う」ことになる。
 里では田植えが始まり、夜にはカエルの鳴き声が一斉にする。確か17年前の今ごろ、東京での40年近い生活を打ち切って何の当てもなく信州へ帰ってきて、陋屋の庭のモミジの樹が若葉を茂らせて迎えてくれたのを昨日のことのように思い出す。

 テイ沢へ行く途中、北原のお師匠が苦労して切り開いた北原新道を少し歩いてみた。昨年、かなり丁寧にクマササを刈っておいたからだろう、道に沿って新しい草花の生育が目に付いた。さらに抜根までできれば文句ない山道になるが、富士見町のように人を動員してやるわけではないから、この程度でヨシとするしかない。それでも、ささやかな満足感はあった。
 また、こんなことを言っては何だが、入笠山へ来る人たちにテイ沢を下り、さらに北原新道から高座岩、御所平峠(本家)を経て牧場・・・、というような遊歩を楽しむ人はあまりいない、少ない。ヒルデエラ(大阿原)まで来て、引き返す人が大半のようだ。もちろんそれは自由だし、静かな今の環境が維持されるならそれでもいいのではないだろうか。強いて、勧めるつもりはない。
 と言いながら、きょうもテイ沢へ行った。下から5番目の丸太橋の手前の倒木の処理に集中したので、ようやく目処が付くとこまで来た。他に2本ばかりまだ手を入れたい倒木があるが、梅雨の出水までには充分に間に合う。ムー、この作業、人のためにしているのか、丸太橋を守るためにしているのか、よく分からなくなってきた。痛み始めた丸太も気にはなる。





 雨が降り出した。これで牧草の伸びも加速するだろう。本日はこの辺で。

 

 
 

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