入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’22年「冬」(43)

2022年02月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


「自分が広めてしまわないよう、打ててよかったです」。小学生などを対象にしたcovid-19のワクチン接種について、10歳前後の少女が報道関系者から感想を聞かれてそう応えていた。自分よりかも、まず他人のことを気遣ったその思いやり、やさしさに、暖かい気持ちを貰った。

 多くの人たちが戦火を逃れ、当てのない逃避行を続けている様子をTVで見ていたら、突然場面が変わって、若い男女が画面に現れた。CMである。大口を開けてケラケラ笑いながら何か叫んでいる。あんなでも、肝心の商品が視聴者に、それなりの宣伝効果を与えることができるのだろうか。出演者も、同じ顔が目立つ。
 
 報道によれば、ウクライナの市民は祖国防衛のために武装して必死で闘っている。その抵抗の激しさや、ロシア軍側の補給の問題なども抱えて、侵攻は当初の計画のようには進んでいないという。ウクライナの大統領はロシア側から第1番目の標的とされていることを承知の上で、首都に留まるとの声明を出している。
 また、ロシアでは取り締まりが強化され、身柄拘束される危険を冒してまでも多くのロシア国民が、今回のウクライナ侵攻に反対し、かつての同胞のために各地で抗議活動が行われているらしい。
 
 不幸中の幸いながら、侵攻するロシア軍の主な標的が当面軍事施設のようで、電気や水道、道路などの社会基盤はまだ無事のようだ。恐らく、ロシア側は占領後のことを考えてのことだろうが、抵抗しようとしている各地の市民の感情も考慮しているかも知れない。
 いよいよ最悪の事態となれば、負傷者を扱う病院はcovid-19で混乱する日本の病院の比ではなくなるだろうが、双方の側の死者の数はまだそれほど出ていないようだ。もちろん楽観などできない。
 
 ところで、もしもこの侵攻が失敗に終わったら一体どうなるのか。その可能性だって考えられないことはない。すでに自由主義社会からの信頼は最早や回復不能に近いプーチンの、国内での政治的立場は求心力を失い大きく失墜するだろう。となれば、まさに手負いのクマさながら、あるいは自暴自棄に陥った彼が、何をしでかすか分からない。何しろ本人も言っているようにロシアは核大国である。
 また、もし平穏が戻って来たとしてもその時、祖国に留まって火炎瓶を作って必死で抵抗しようとした人たちと、多くは女性と子供のようだが他国へ逃げた人たちとの関係がどうなるかも気になる。
 
 こういう時に、あまり能天気なことばかりを呟やいていては、さすがに気が引ける。それで先週末、きょうと、つい柄にもないことを口走ったが、どうなるのか。プーチンは、核兵器部隊も含め、国家防衛軍に対して特別警戒を命じたという報道を目にしたばかりだ。他方EUは、同域内にロシア航空機の乗り入れを認めないとする制裁を決めたようだ。
 本日はこの辺で。


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     ’22年「冬」(42)

2022年02月25日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 木曽の馬籠は2005年、岐阜県中津川市になってしまった。島崎藤村の代表作「夜明け前」の書き出し「木曽路はすべて山の中である」は、もはや信濃の一地域を語る話ではなくなったのだ。住民の選択であるから、生活する上ではその方が良かったのだろうが、しかし歴史や文化は、あるいは郷土の誇りは、その際にどう評価され、どのように考えられたのか。信州へ帰って来たばかりだったから、この越県合併についての経緯もよく分からなかったが、恐らく、多くの県民は複雑な感情を味わっただろう。

 程度の差はあっても、誰しもが郷土へ寄せる思いはあるはずだ。「遠くにありて思ふもの」と言ったあの人でさえ、ふる里への思いは強かったと思う。それが帰ってみたふる里の予想外の冷たさに、裏切られたような気持を味わった。結果、たとえ異郷の地で乞食になっても、帰る所ではないとまでうたわせてしまった詩人の故郷への深い失意は、それだけ望郷の思いが強かった証だろう。
 祖国となれば、また思いはさらに一段と強まる。シアトルの飛行場で、尾翼に日の丸の旗を描いた飛行機を目にした時には、異国で思いがけずも知人と出会ったような心強さを感じたことを覚えている。海外に生活して自国の良さに気付き、より保守的な傾向を強めた人の話をたまに聞いたりする。

 半世紀ほど前に、ロシア民謡が盛んに歌われた時代があった。歌声喫茶が流行ったころだ。東京へ出て、初めて連れていってもらった居酒屋の名前はロシアの有名な川の名前で、店名を示す看板はロシア語だった。その後、よく冷やしたウォッカの味を覚え、飲み、正体もなく酔ったりした。そして、ロシア民謡の哀調のある調べと、あの国の男たちの犯した野蛮さをそのせいにした。

 ウクライナで起きていることをTVで見たり聞いたりしていると、火事の原因が放火で、誰が犯人で、どうしてという説明ばかり延々と聞かされる。しかし、今燃えている火をどうやって消すかという話が、さっぱり聞こえてこない。経済制裁も結構だが、結果苦しむのはもっぱら一般の国民だろうと考えていたら、その国民の間からも、批判の声がして来た。南無、熱風への慈雨とならんことを。
 ところで、大国アメリカのあの feeble old 大統領はこうした国際情勢がひっ迫している中でも、週末の休暇を過ごすために夫人を伴い、嬉しそうにヘリコプターで田舎へ飛んでいってしまった。キューバ危機の時のアメリカの対応を知らないはずはないだろうに、と思う。国連なども、盲腸以下。

 何年か前、入笠の山小屋が燃えた時、消防車が何台もけたたましいサイレンの音を上げてやって来た。しかし、肝心な水の確保ができず、建物が焼け落ちるまで見ているしかなかった。あのときのことを今、似たように思い出している。
 本日はこの辺で、明日は沈黙します。

 

 
 

 

 

 

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     ’22年「冬」(41)

2022年02月24日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など
 さすがに、雪景色ばかりだと疲れる。また遠い昔の話になるが学生時代、3月の長い休みを北信のスキー場で過ごし、荷物に加えて留年の知らせを携え大糸線を一人で大町付近まで来たら、いつの間にか沿線の雪景色が消えていた。田圃の黒々とした土が見えて安堵感と一緒に、一挙に疲労感が消えていったことが今も忘れられない。来る日も来る日も白い世界にいたら、それだけでも心身の消耗が気付かないうちに進んでいたとのだと知り、一冬を雪国に暮らす人々の苦労を実感した。
 なお、留年は免れてその春、追い立てられるように卒業した。



 昨夜は散歩の時間を早めて、6時過ぎに家を出た。開田に上がって、いつものように雲の残る月のない夜空を眺めたら、ほぼ中天にオリオン座が見え、その三ツ星の先には、プレアデスの星団も淡い光を見せていた。つまり、出発が早かった分、季節を戻してまだ真冬の夜空を見ることができたのだ。
 牧場へ通うようになれば、同じことを体験する。標高が上がるにつれて季節が逆行し、芽吹き出した樹々の間に桜の花も、年によっては5月の連休過ぎまで見ることができる。それも、あの人に言わせれば、大和心を象徴する「朝日に匂ふ山桜花」をである。
       
 毎年3月の第1週には上に行く。昨年は思いがけない春の雪で苦労したものの、何とか車で上まで行けた。しかし、今年はそれはとても無理だろうと、もうその日がたった1週間先に迫っていることを暦で改めて確認しながら感じている。また法華道を歩いていくことになるのだが、前回行った時から1ヶ月が過ぎるわけで、その時に残した踏み跡などはもう期待できない。
 それでも予報によれば、週末ごろから気候は大分春めいてくるという。そうなれば昼と夜の寒暖の差が大きくなり、昼の暖かい気温で溶けた雪の表面が、夜の寒気で凍り、深雪に足を取られずに歩くことができて、登行が楽になる。特に、積雪が増える山椒小屋跡を過ぎてからの落葉松の樹林帯を進むのには大いに助かるはずだ。
 
いつの間にか、こういう軟弱なことを考えるようになってしまった。入笠なら、昼であれ夜であれ、冬のどんな天気でも大丈夫だと高をくくっていた時期もあったはずだが、あれは自分への過大評価、思い違いだったかも知れない。そう思うほど今の年齢、体力に対しては大分謙虚になって来た。いや、そうならざるを得ない。
 
 ウーン、雪の古道が呼んでいる。本日はこの辺で。


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     ’22年「冬」(40)

2022年02月23日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 太陽の光は春を思わせるようでも、気温は低い。
 この部屋の温度は驚くなかれ10時を過ぎてもまだ8度。ストーブの設定温度をもっと高くすればいいのだが、それをすると大量の空気が要るらしく、待ってましたとばかりにすぐフィルターの掃除をやれと注意され、燃焼が停止される。腹が立つ。
 以前は素直に言う通りにしていたが、あまりに頻繁にそれを言われ、どうもこの神経質なストーブにアレコレ指図されるのが面倒になって一番低い温度設定を変えないようにしている。これだと、そういう注意をしてこない。ただし、寒い。
 もう1台、よく新聞などで宣伝していた「遠赤外線両面暖房器」というのを併用しているが、これは見かけ倒しで、室内温度を上げるだけの熱量があるのかどうか疑問のままに、取り敢えずは使っている。
 
 昨今、薪ストーブが流行している。芝平の住人のある人に言わせると、あんな寒い土地に暮らすには、石油やガスの暖房ではとても無理で、薪ストーブがなければ一冬を過ごせない、という理屈を聞かされた。しかし、芝平でなく、まだもう少しましなこの辺りでも結構使われるようになってきた。
 確かに薪ストーブは暖かろう。見るからにそう思う。しかし、着火など取り扱いはどうなのだろうか。結構手がかかるような気がするし、それに薪の確保が大変だろう。あれに費やす労力を見ていたら、まさしく越冬に備えた一昔前の冬支度さながら。それに、二酸化炭素の排出に関しても、他の暖房器具と比較してどうなのだろう。
 
 以前に、牧場の山小屋にどうかと、不要になった薪ストーブの話が下からあった。折角の厚意で断りにくかったが、是非にとは言わないまま、その話はなんとなく立ち消えた。芝平よりかもっと酷しい牧場の冬だが、大型の石油ストーブが幾台もあり、薪ストーブでなくとも冬は越せると思ったからで、その判断で良かったと思っている。それに、covid-19のせいばかりではないが、冬期の客が近年はすっかりいなくなってしまった。

 寒さに慣れるべく努力しているが、やはり寒い。それでも、あまり春を待つという気にはならない理由は、いつの季節であれ、ゆっくりと過ぎていって欲しいと願う気持ちが、より強くなってきたからだろう。橇遊びやスケートに興じていたころの、子供心でそう思っていたのとは違うが。
 本日はこの辺で。
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     ’22年「冬」(39)

2022年02月22日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 曇天、風も強い。そろそろ雪景色の写真は終わりにしようかと思いつつも、今朝8時の室内気温は零度以下1度と、まだ「春遠からじ」には少し日がかかるようだ。あまり春を待つという気にもならず、それならそれでも格別不満はない。
 
 昨日、1時半に指定された医院に行って、covid-19に対する第3回目のワクチン接種を受けてきた。年齢、体質、いろいろあるのだろうが、今回も注射された部位に鈍痛を感じる程度で、日常生活には全く支障がない。昨日帰ってきて風呂にも入ったし、定量ながらアルコールも嗜んだ。今こうしていても、気分はいつもの冬ごもりの朝と変わらない。
 それよりかも、自分の迂闊さに呆れることがあった。てっきり、ファイザー製のワクチンを打つのだと思っていて、医院の前に車を停めてから持ち物の確認をしていて、その時になってようやくそれがモデルナ製であることに気付いた。どうも接種歴の欄を見て勘違いしてしまったようだ。もちろん、製薬会社がどこであれ、そんなことには全く拘らないが、こういう間違いに、わがことながら腹が立つ。改めて過ち多き人生であったことを、思い知らされる。
 
 第1回目の接種の時のように、自分で予約をする手間も必要なく、全ては市役所で準備、手配をしてくれ、懇切、丁寧な案内までが同封されていた。報道されているところによれば、副反応を怖れてモデルナを敬遠する人がいるらしいが、そんなことはまったく気にせず素直に指定された日に、指定された医療機関で、指定されたワクチンを接種されることで安堵し、満足し、感謝している。
 つい「過ち多き人生」だと呟いたが、それでもこういうことにはあまり神経質にならない安気な性格を自ら認め、許している。口の悪い友人に言わせれば「効果がなかったんじゃねえかえ」などとからかわれたばかりだが、現代医学を単純に信用し、観念もしている。
 どうも、ワクチン接種を避けたり、ワクチンの種類に神経をとがらせるような人物に限って、非科学的なまがいものの療法や、神仏に頼ったりする傾向があるような気がするが、これは偏見だろうか。また、政府や報道の仕方にも、余計な不安を助成しているような点があると思う。自由な判断が、必ずしも正しい判断にならないこともある。民は弱いのだ。

 covid-19のせいばかりではないのだが、どこにも出掛けずじっと冬ごもりに徹してきた。そろそろ、仲間同士で温泉巡りの話などが出てきて、今はそれを楽しみにしている。

 赤羽さん、それもワクチンのお蔭でせう。この上は安心して存分に活躍してくだされ。本日はこの辺で。

 
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