亡き妻と二人雑文の旅

「年を取ったら二人で旅行しようね」が口癖だった妻が、若くして病に倒れ長い闘病の末、今年6月息を引き取った。

ボーフラ

2012-06-02 | 日記
前記事(白内障手術実体験)で、水晶体を取り換えて「赤ん坊」の時の色が蘇ったように書いたが、少し違うように思えてきた。 目には硝子体という大きな透明部分がある。 この硝子体も汚れたり視力を下げたりもする筈だ。 現に自分の硝子体には、ボーフラがわいている。 このボーフラが手術後3Dで見えたことがある。 いつものボヤけたものではなく、片目にくっきりと見えて、それが目の下に置いた手に「すーっ」と落ちてきて、あたかも掌で受け留めたように暫く留まって、やがてどこかに消えていった。 

 これは、「飛蚊症」といい、ボーフラではなく、蚊なのだそうである。 しばらく留まっていたのは、蚊が卵を産んでいたに相違ない。 今後は蚊とボーフラの水たまりになるのではないだろうか。

 それは冗談で、硝子体周囲の老廃物が剥がれ落ちて硝子体の中をさまよっているのだそうである。  飛蚊症の赤ちゃんなんて聞いたことがない。 水晶体が新品になっても、年寄りの目は、やはり年寄りの目なのだ…と、しみじみ思う。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

白内障手術実体験

2012-06-02 | 日記
 先月29日に入院して、今日2日退院してきた。 当たり前かも知れないが、あまり楽しいものではなかった。 入院前に手術の説明と10年前に制作されたビデオを見せられたが、あれは見ない方がよいと思った。 他人事なら「サラッ」と興味を持って見れるが、やがて自分に蒙ることとして見ると嫌なものである。

 入院の当日は、眼圧検査や、度数検査、視力(ランドルト環)検査、医師の診察等が有った他は何もすることがなく、早い目にシャワーを浴びてiPodで音楽を聴いたり、ワンセグテレビを見たりして過ごした。

 2日目は、手術の当日、朝から点滴を受けたり、抗生剤の点眼を受けたり、「いよいよ手術」という雰囲気に包囲されて、嫌が上にも緊張してきた。 手術は午前9時から午前9時40分まで。 その内、30分が準備、手術は10分程度だった。 目の麻酔は点眼だけで、針をさされた記憶はない。 目は見開いた状態で眼球ともに透明(多分)のシールを張られ、眼球の動きをやや封じられた。 眼球の上部に3mm切開され、ここから超音波粉砕機(そんな重機のような器具名ではないが)を差し込み、目の水晶体を包む嚢を残し、水晶体だけを粉砕して吸い出す。 その後、同じ切除孔から別の器具で小さく折りたたまれた「人工水晶体」を挿入、これが液を吸って膨れ上がり嚢の中に納まる。 

 生きた水晶体は、眼球内の筋力でレンズの度を自分の意思で変えることが出来たが、人工水晶体ではそれが出来ない。 かって「バカ〇ョ○カメラ」と呼ばれた安物カメラと同じで「単焦点レンズ」だ。 

 手術した左目を していない右目と比べると、色が実に鮮やかである。 中年男性の薬剤師さんと話をする機会があり「手術した目は、赤ん坊のときと目と同じ色を見ているんだよ」と聞かされた。 そう云えばそうである。 右目は、古い蛍光灯器具の茶色く変色したカバーで、左目は新品の色だ。 今までは、随分汚れた白を脳が白と判断していた訳だ。 

 とは言え、「もっと早く手術を…」などとは思っていない。 仕方なく手術を受けたものであり、一番良いのは、少しくらい汚れていても、手を加えていない若い目だ。 右目は、あまり白内障の症状が進行していないので、「半年先に手術をしましょう」と、医師の判断であった。 
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

フラッシュバック?

2012-05-28 | 日記
 数日前の「報道ステーション」で、ゲスト・コメンテーターがぽろりと「バカでもチョンでも」と、放送禁止用語を漏らしていた。 スタッフからメモを受け取ったメイン・キャスターが深々と頭を下げてお詫びをしていたが、若い人は、それが放送禁止用語だと気付いたのだろうか。 
 「チョン」が何を意味するのか、いろんな説があるが、たとえその言葉で よその国の人を侮蔑した時代があったとしても、現代では「人種差別」する意思がなく、単なる慣用語として用いているのだから、放送禁止にする必要は無くなっているように思えるのだが間違いだろうか。 (とは、個人の感想であり、意見ではありません)

 入院が近付き、持って行くものの用意が出来た。 DVDプレーヤーに、IPod、ノートパソコンに…。 しかし、よく考えると目の手術をするのだ。 それらの物で遊んでいられるのだろうか。(+o-)?7

 入院先は、妻が最後に入院していた病院だ。 不安だったこと、辛かったこと、悲しかったことが、まざまざと蘇ってくるに違いない。 そのうえ、自分の手術の恐怖なんかも入り混じって、結構複雑な入院生活になりそう。 (たった1週間程度の入院で オーゲサ!)


 阪神と西武の試合、面白かった。 なにが?って、9回の裏の阪神の攻撃、1アウト満塁のサヨナラのチャンスに、代打関本登場。 ランディ・ウィリアムスの関本への第1球が彼のユニフォームをかすり、あっけなく押し出しサヨナラ、そして関本はバットを振ることもなく お立ち台に。 計算づくでベース寄りに立ったとか。 和田監督も関本を褒めていた。「よくやった!」 別番組でも、解説者がベタ褒め。 そういえば、昔のプロ野球のユニフォームはブカブカで、「よく故意に当りにいくバッターが居たなあ」と、思い出した。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

廃物利用デジタル日めくり

2012-05-25 | 日記
 壊れた電波時計の日付のユニットを取り外して、100円グッズのフレームに取り付けた。 若い人にはこんなものは必要ないだろうが、年寄りは今日が何日の何曜日だったか忘れることがある。 たとえば、「今日はゴミ出し日だったかな?」なんて。

 これを我が家のゴミ置き場にブラ下げておくと、ゴミ袋をさげてゴミ集積場まで行き、「あっ! 今日じゃなかった」と引き返すことがなくて安心。 第一近所の人に見られたら恰好が悪くて冷や汗ものだ。 
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

今年の夏は節電で…

2012-05-23 | 日記
 今年の暑さ対策は、この100円扇風機で行くか。 カメラや血圧計などの使い古し電池が充分使えるので、エコノミーでエコロジー (^ ^♪  

 コップに氷水を入れたら、涼しいかも。 冷風扇なんちゃって。 (せこい!!)

 
 
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

100円グッズで作る手元照明具

2012-05-23 | 日記
 100円グッズ2個で作った手元照明具、合計210円也。 片方の目の手術のため29日から約一週間入院が決まったので、病室の暗い照明のもとで字を書くときに使うつもり。 

 入院に必要なものは、殆ど100円ショップで揃った。 あとはルンルン気分で手術を待つ… そんな訳ない。 実のところ、ビビリっぱなし。 後日、もう片方の手術もあるもので。

 ただ今、どん曇り。 今夜は雨かも知れない。 どこかの家の庭から蛙の声が聞こえる。 ギャワ ギャワ ギャワ… おりしも、オノマトペだらけの草野心平の詩が頭をよぎる。


     があんびやん があんびやん
     われらのゆめは よあけのあのいろ
     われらのうたは
     ぎやわろつぎやわろつぎやわろろろろりつ
     ぎやわろつぎやわろつぎやわろろろろりつ
     ぎやわろつぎやわろつぎやわろろろろりつ
     ぎやわろつぎやわろつぎやわろろろろりつ…
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

妻の一周忌

2012-05-21 | 日記
 今朝、金環日食が始まる寸前に目を覚まし、窓からピンホールカメラの応用で白い紙に太陽を写して観賞した。 窓の外から、「キャー奇麗!」「輪が繋がった」とか、騒いでいるおばさん達の声が聞こえた。 年寄りはダメだ。 私は何の感動も覚えない無い。
 一週間前頃から目が翳んできたので今日病院へ行ったら、「今月30日に白内障の手術をしましょう」と医師に告げられた。 今日、血液検査、胸部レントゲン、心電図、尿検査、パッチ検査などをされ、明日はそれらの結果と、入院手続きと説明を聞きに行かなければならない。 片目だけで5日間の入院、一週間おいてもう片方を手術するのだそうで、今から既に「ビクビク」状態で、いい年をして意気地ないことこのうえない。
 帰りにダイソーへ寄って、洗面用具、湯呑等を買って来た。 妻が亡くなってから、こんなに早く自分が入院するとは思わなかったので、妻の入院用品一式を処分してしまった。 後悔することしきり。 
 
 大阪に住んでいる娘に目のことを話したら、きっと「直に太陽を見たんやろ!」と言われそうで悔しいが、話さないではいられない事情がある。 この入院期間5日の内に、妻の一周忌を迎えるのだ。   
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

豚肉がふたきれ

2012-05-18 | 日記
 昨日は、食料品の買い出しの序でに、100円ショップ(ダイソー)へ寄って充電式の電池と充電器を買って来た。 写真左がダイソーのもの、右はサンヨーのエネループ。 共にニッケル水素電池である。 ダイソーのもの電池は1.3Ah 充電時間は11時間と長いが、なにしろ充電器も電池も1本100円と安価なので、試にカメラの照明器具(LED)用に使ってみようと思う。 

 昼食は、ダイエーの中の「オレンジキッチン」の焼きそばとコーヒーで済ませた。 豚肉は2センチ角ぐらいのが2きれしか入っていなかった。 ブログでぼやくほどのことではないが…。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

金環日食

2012-05-17 | 日記
 5月21日の朝、金環日食が日本で282年ぶりに観測できるのだが、どうぞ晴天であるようにと金環日食ファンの方たちの為に祈るばかりだ。 282年前と言えば江戸時代、徳川吉宗の代であるが、ドラマ「暴れん坊将軍」で見たような、見ないような。 さっきまで輝いていた太陽が徐々に欠けていくのだから、その知識が無い者はさぞかし恐れ戦いたことだろう。

 太陽を直接見たら網膜がやられると、盛んにテレビで注意を呼び掛けているが、それでも何人かは眼科のお世話になる人が出るだろうと予想もしているらしい。 而も、市販の観測用のメガネ類の中には粗悪なものがあるので気を付けなければいけないそうだ。 その判定の仕方は、蛍光灯を見てはっきりと蛍光灯の輪郭が見えるものはダメだそうなので注意しよう。

 今は至れり尽くせりで、眼科の医師などが注意してくれるのだが、私の子供時代は学校で観測の方法を教わっただけで、それほど注意らしいことはなかった。 観測用のメガネは、カラスの破片とローソクを使って自分たちで作ったものだ。 今ここで作り方を書くと、万が一「作ってみよう」と思う人が居たりして、その中から目を傷める人が出ては大変なので控えるが、昔の子供はそれで目を傷めた子供など聞いたことがなかった。 放っておかれると、案外子供は自己防衛力を発揮するもので、まだ眩しいとなると目を細めるとか、煤ガラスを2枚重ねるなど工夫をしていたと思う。 

 さて今回、私はどうしょうか。 金環食を観測することに、それほど興味を持っている訳ではなく、子供時代の日食を懐かしむ程度なので、虫眼鏡で地上に太陽を写して、欠けてゆく様を観ようと思う。 真昼間に独りでウ〇コ座りで線香花火でもしているような恰好で…。   (写真は、種から育てた蜜柑の木)
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

軍歌「戦友」

2012-05-17 | 日記
 私は「軍歌」が好きだ。 信条的には左寄りで、理論としての社会主義を支持する。 「理論として」とことわるのは、実存する社会主義の国々は、支持するに値しないからである。 例えば、共産主義では「一党独裁」を提唱しているが、世襲独裁などは主張していない。 況してや一般国民と共産党員の間に格段の貧富の差があることなど、明らかに共産主義の理論から逸脱した政策ではなかろうか。

 こんなことを書く私が、軍歌が好きとは「どこかおかしい」と、ひんしゅくをかうかも知れないが、これには訳がある。 私は、軍歌を子守唄として育った世代である。 年の離れた兄が、軍歌をよく歌って聞かせてくれたのだ。 それ故に、軍歌の持つ意味や、果たしてきた役割の罪をよく知った上で、私の心が軍歌を懐かしんでしまうのだ。 

 軍歌「戦友」は14番まであるが、私はこの歌をソラで歌える。 物語風の歌詞で、出兵して前線に赴く船上で或る男と知り合い、名前を名乗り合ったことから「戦友」の誓いを交わす。 其の後は、一本の煙草も二人で分け合い、国からの手紙も見せ合い、身の上話を語り合うほど親密な友となる。 折につけては「もし俺が死んだら、骨を拾ってくれ」と頼み合うのがこの二人の口癖だった。
 戦いの最中に、友がバッタリと倒れる。 軍律では、倒れた兵士を介抱することは禁じられているが、見捨てることが出来ずに弾丸の飛び交うなか、仮包帯を撒いてやる。 その時「突貫!」の号令がかかり、「構わずに行ってくれ」と言う友に心を残して突き進む。 戦いが終わった夕暮れ、「どうぞ生きていてくれ」と祈りつつ友を探すが、友は既に亡くなっていて、懐中時計だけがコチコチと動いていた。 そして、涙を流しながら、友の両親への手紙をしたためるのであった。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

白いカーネーションの花

2012-05-16 | 日記
 私の記憶に間違いがなければ、母の日は子供の胸にカーネーションを付けていたと思う。 学校で赤と白の造花を安全ピンでブローチ状にしたものを配ってくれて、みんなそれを付けていたのだ。 母親が健在の子供には赤いカーネーション、母を亡くした子供には白いカーネーションが渡された。 例え離婚していても、他の男の元に走っておろうが、母が存命ならば赤である。 では、母が行方不明ならばどうだったのだろうか。 ピンク? いや、そんなのを付けた子供は居なかった。 やはり、赤だったのだろう。 
 しかし、このような表現は、ひとつ違えば「差別」や「いじめ」につながるし、個人情報の漏えいになる。 長続きせずに廃止になり、カーネーションは、母へのギフトに変った。 したがって、赤と白の意味もなくなっているのだろう。

 これは、私の独断であるが、亡き母の仏前には白いカーネーションを、存命の母へのプレゼントは真っ赤なカーネーションを贈ろう。 「私の母は、もしかして男?」と疑っている君は、迷わずグレーのカーネーションを贈ればいいだろう。 (・・;)
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

そんな気がします

2012-05-16 | 日記
 CMというものは、消費者に商品をアピールするものだと思っていたのは昔の事、最近は、消費者を如何に騙すかに変ってきたように思える。 (これは個人の感想であり、CMを評価するものではありません)

 CMで、散々サプリの効能と思わせるようなセリフを、曖昧用語の羅列で表現しておきながら、画面の端に小さな文字で…

 ▽個人の感想であり、効果、効能を保障するものではありません。
 ▽お客様の感想であり、効用ではありません。
 ▽個人の感想です。 効果、効能を保障するものではありません。
 ▽個人の見解です。
 ▽使用感には個人差があります。

 芸能人であれ、素人であれ、ギャラを貰って用意されたセリフをを喋り、演技しているのだから、個人の感想では済まされないだろうにと思ってしまう。 (これも個人の見解であり、CMにケチを付けるものではありません。 多分)

 その喋っている言葉に使われている曖昧用語は…

 ▽このサプリは私に合っているような気がします。
 ▽元気になったような気がします。
 ▽私は、これが無くては生きていけません。
 ▽ずいぶん、これに助けられています。
 ▽「何故、そんなに元気なの」と、よく言われる
 ▽まだまだ、若い者には負けません。 これのお陰かな?

 サプリは食品であり、効能を表現すると薬事法違反になる。 私達消費者は、どうして薬事法などという法律があるのかを思い、CMの魔力に引込まれないようにしたいものだ。 (これも個人の感想であり、サプリを否定するものではない… ような気がします) (・・;)
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

ちょっと失敗!

2012-05-15 | 日記
 年寄りというもの、若い人には考えられないような失敗をする。 数年前かに、桂米團治さんが親父さんの桂米朝師匠の失敗を語っていたことがある。 目薬の容器と、水虫治療薬の容器の大きさが似ているので、米朝師匠が「間違わへんようにせなあかんなあ」自ら言っていた矢先、「あ゜ーっ」と大声を出した。 米團治さんが何事かととんで行ってみたら、水虫薬を目に差していたそうである。 それを聞いて「うわー痛そう!」と同情しつつ、不謹慎にも大笑いをしてしまった。 

 先ほど私は就寝前の薬を飲んで、歯を磨きに洗面所へ行ったとき、手押しポンプ式の口を漱ぐGUMの液と、同じくポンプ式の手洗い用のアルボース石鹸液と間違えて、石鹸液を口に入れてしまった。 口に含んでから一瞬動きが止まって、何が起きたのかと一所懸命考えている自分がそこにあった。 
 気付いてすぐに吐き出したのだが、喉と鼻が痛くなるわ、口の中が石鹸臭いわで、必死にうがいをしたが、今も少しの痛みと臭いがとれないでいる。 

 米朝師匠のことを笑ったくせに、自分もまたこの有様である。 「年は取りたくないなあ」と、つくづく思った。 
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

観賞用(?)パプリカの芽

2012-05-14 | 日記
今年もパプリカの種を撒いたが、またもや忘れていて時期が送れてしまった。 種と言っても、種苗店で買ったものではなく、サラダで食べた後の白い未熟な種である。 時期遅れも伴って実が赤く熟すかどうか不安ながら、実は確実に生(な)るので観賞用として育てようと思う。 写真はパプリカの芽であるが、植え方がずさんなのでかたまって芽吹いてしまった。 定植の時に困りそう。(^^♪
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

日本誕生!

2012-05-13 | 日記
 日本という国がどのようにして出来たか、昔習ったことを思い出してみた。 まだ定まった形がなくて、ドロドロとしたスライムのような時期があったと思い浮かべながら、その劇的な誕生を辿ってみよう。 その時期、日本以外の大陸や、国がどうなっていたかは考えないことにする。 

 最初に天上に出現されたのは、天之御中主神(アメノ ミナカヌシノ カミ)さまと仰る神様だった。 その後に、独身の神様が沢山出現して、最後に伊耶那岐命(イザナギノ ミコト)という男の神様と、伊耶那美命(イザナミノ ミコト)という女の神様が夫婦の神様として出現した。 

 天之御中主神ほかの神様たちは夫婦の神様を呼び寄せ、矛(アイテム)を授けてロールプレイングゲームさながらに「スライムのような地上を固めて国を完成させて来なさい」命令された。 二柱の神様は、天から地上に向けて架かっている浮桟橋に下りて来て、スライムの様子を確かめるために、矛の先でクルクルかき混ぜて引き上げてみた。 その時滴り落ちた滴で、オノゴロ島という島が出来たのであった。 二柱の神様はこのオノゴロ島に下りて太い柱を立て、この柱を中心に大きな御殿を建てられた。 

 男の神様が、女の神様に尋ねた。「あなたの体はすっかり奇麗に完成しているようですが、どうですか?」 女の神様は答えた。「いいえ、ただ一ヶ所だけ欠落している部分があります」 男の神様は「そうですか 私の体もすっかり完成していますが、一ヶ所だけ余分な物がブラ下がっています」 夫婦の神様は、女の神様の不足している部分を、男の神様の余分な部分で埋めて、「この国ををうみましょう」と仰って柱の周囲で、まず出会いのところから始めた。 二人出会ったところで、女の神様が声をかけた。 「まあ、美しい殿方ですこと」 「あなたこそ、とても美しい女神です」 そして、夫婦のいとなみをして、まず淡島(阿波島)を お生みになった。 この島はとてもブスで汚らしい島だったので、お二人の神様はこれをお捨てた。 

 一旦天上にもどり、天之御中主神に始終を話して相談すると、「女性が先に声を掛けたのがいけない」とアドバイスされて、また地上に下りて出会いの所からリスタートした。 今度は男の神様からお声をかけると、美しい「淡路島」という島をお生みになり、続いて本州、九州、四国、佐渡、対馬、壱岐、隠岐と、次々と生んで、美しく神聖なる大八島国(おおやしまのくに=日本)を完成させた。 で、「北海道や沖縄が無いのに完成?」 それはそうだろう、それらはずっと後の時代に、松前藩や薩摩藩が侵略して得た領地だから…。

 その後も、女の神様は小豆島など六つの島と、沢山の神様を生んだが、火の神様 火迦具土神(ホノカグツチノカミ)を生んだ時に女性の大切な部分に火傷を負い、女の神様は死んでしまわれた。 男の神様は、罪のない筈の火の神様を恨んで、彼を殺してしまったのだった。 その後も、男の神様は血や涙で次々と神様を生み続けられる。 

 「そんなはなし、知ってるわい!」「ネタは古事記やろ!」 ば、ばれたかっ!
 

 
コメント (0) |  トラックバック (0) |