徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『オランダ靴の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

2019年05月31日 | 書評ー小説:作者カ行

『オランダ靴の秘密』(1931)はエラリイ・クイーンの国名シリーズ第3弾で、舞台はオランダ記念病院。今まさに手術を受けようとしていた患者が手術控室でわずかな時間の間に針金で絞殺されてしまいます。被害者は病院の創設者でもあるアビゲール・ドーンという老婦人。遺産相続を巡り、彼女の厚い庇護を長い間受け続けていた外科医のフランシス・ジャニー博士に嫌疑の目が向けられますが、間もなく彼も病院の自室で同じ針金で絞殺されてしまいます。ドーン夫人と口論が絶えなかったという家政婦のサラ・フラー、ドーン夫人から相続することになる遺産を担保に借金を重ねていた放蕩男の弟ヘンドリック・ドーン、ドーン夫人からジャニー博士を介して研究費を得ていたモリッツ・ナイゼル博士、第一の事件当時のジャニー博士と会談をしていたという謎の男スワンソンなど、それなりの動機を持つ人物や怪しげな人物は複数いて、妙に秘密主義で証言を正直にしない関係者たちによって捜査は難航します。

第一の殺人の時にジャニー博士に変装するために使用されたズックのズボンと靴が病院の電話ボックスで発見され、この靴が謎を解く重要な手掛かりとなるため、タイトルにそれが反映されています。

例によって「読者への挑戦」ページが挿入されているのですが、真犯人は私には全然分かりませんでした。説明されれば納得も行きますけどね。動機は結局のところやはり遺産がらみなのですが、犯人と被害者たちの遺産を巡る関係が全く明らかではなく、2周くらいしないと辿り着けないような秘められた関係性のため、推理するにはその方面からでは無理があります。残された靴が示唆するものと第二の殺人における被害者の状態が組み合わされて初めて解ける謎(もちろん私には解けませんでしたが)。先が見えなかったので、推理小説として十分に楽しめたと思います。

このハヤカワSF・ミステリebookセレクションの版では、残念ながらまたしても誤字(「一目じゅう(←一日中)」や「違い先(←遠い先)」など)があり、その個所で少々イラつきました。また、脱字のせいだと思いますが、不自然な日本語もあり、翻訳本としての質は若干悪いですね。


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国名シリーズ

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ローマ帽子の秘密』( ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『フランス白粉の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ギリシャ棺の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『エジプト十字架の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

悲劇シリーズ

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Xの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Yの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Zの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ドルリイ・レーン最後の事件~1599年の悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

 

書評:エラリイ・クイーン著、大庭忠男訳『九尾の猫』(早川書房)

書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『災厄の町』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)



スペイン旅行記~マドリード II(1)

2019年05月30日 | 旅行

2019年5月20日から5月28日まで懲りずにまたスペイン旅行をしました。20~24日はマドリードに泊まり、市内観光のほか、セゴビアとアランフェスへ遠征しました。24日~28日はコルドバに泊まって市内観光しました。

本稿ではマドリードの市内観光について報告します。

ーーー注意:ブログのエディタに使用できる書式や文字に制限があるため、スペイン語表記が部分的に正しくない場合がありますのでご了承ください。ーーー

今回は前回とは違って旧市街のPlaza Mayor(通常「マヨール広場」と間違って翻訳される)からほど近いPosada del Dragónという昔ながらの旅館(レストラン・居酒屋が1階にあり、上が宿泊施設になっている)に泊まりました。マドリードの伝統的なCorrala様式の回廊のある建物です。

 

中庭がなかなか雰囲気あります。レストランもなかなかおしゃれです。

 

ここで初日は遅い昼食または早い夕食を取りました。私が頼んだのはコロッケ2種類とグリル野菜。

 

そしてデザートはこのレストランLa Antonitaの名物でもある石鹸をイメージしたクリーミーなアイス「Jabon La Antonita」で、シャボンのように周りに配置されたライム味のメレンゲも美味。

お値段は割高で、二人分でチップも含めてトータル65€でした。

街中のホテルは観光や食事のためにいちいち地下鉄やバスに乗らなくて済むので便利ですが、その分高くつきます(1泊朝食付きで148€、Booking.comから)。そして、このホテルは四つ星にもかかわらず、お部屋の方は残念な感じです。入り口を入ってすぐ左手に洗面台が仕切も何もなくいきなりあり、その後ろに手狭なシャワールーム。その隣にトイレ。シャワールームとトイレには曇りガラスのドアがついていました。寝室は入り口の右手にあり、ドアがついてませんでした。残念ながら窓のない部屋に当たってしまったので、余計に閉塞感を持たざるを得ない感じでしたので、がっかりでしたね~。サービスはいいし、食事の質もよかったですが、部屋の質は四つ星ホテルに相当しないと感じました。

朝食ビュッフェも上質で、フルーツもそこそこあり、自家製ヨーグルトもありましたがバリエーションが少ないため、4泊続くと苦痛になります。

      

さて、初日は到着が夕方で、しかも慣れない早起きをしたために食後の散歩の後にはどっと疲れが出てしまったので、早々に寝てしまいました(笑)

散歩はPlaza Mayorを通ってPalacio Realまで行き、しばらくぼんやりと宮殿前の公園に座ってまた同じ道を戻ってきました。Plaza Mayorを囲む建物の前回改修中だったファサードを見ることができました。塔が二つあるこの建物Casa Panaderiaは1590年の建築で、パンと穀物貯蔵品の配給を担当する役人が住み、パン販売も行われていたらしいです。王家が広場を見下ろすためのバルコニーの下には王家の紋章が施されています。

翌日21日はゆっくりとマドリードの市内観光をしたわけですが、おもに前回行きそびれたところやゆっくり見られなかったところに行きました。

Real Parroquia Santiago y San Juan Bautista(牧師館サンチアゴとサンフアン・バウティスタ)は王城Placio RealとPlaza Mayorの中間くらいに位置しており、Juan Antonio Cuervoという建築家によって19世紀に古典主義様式で建てられたものです。バロック的要素もありますが、全体的に控えめで洗練されています。

 

下の写真は上記の牧師館からPalacio Realに向かう途中にあった建物で、おそらく古いホテル。

 

Palacio Real北側のバロック様式庭園Jardins de Sabatini。

 

この庭園を出て右に曲がると(北西方向)Parque de la Montanaと呼ばれるその名の通り小高い丘の公園があり、そこには1968年にエジプトから寄贈されたTemplo de Dabodがあります。元はヌビアの村にあった寺院で、アスワンダム建築の際に水没を逃れるために移設されました。

 

丘の上なので見晴らしがいい。

 

丘を降りて駐車場を通り抜け、さらに坂を下りて行くと(階段もある)素敵なバラ園(La Rosaleda)があります。そこには1万種以上の薔薇が栽培されており、4月中旬から6月末までがシーズンです。Templo de Dabodはかなり観光客が溢れていますが、バラ園まで足を延ばす観光客は少ないようで、ゆっくりと薔薇を堪能することができました。

   

なぜか蟻のデコ。

  

バラ園を堪能した後はPlaza Mayorまで戻り(徒歩20分ほど)、そこでランチにしました。Museo del Jamonというマドリードに何件かあるチェーン店で、大衆食堂&居酒屋なので、お財布にやさしいお値段で、量も多く、お味もまあまあいいです。前菜・メイン・デザートプラス飲み物のMenu del dia(ランチメニュー)は店内なら9.50€、屋外席なら11.80€。

   

遅めの昼食(16時過ぎ)の後はホテルに戻り、調べ物や書き物などをして過ごし、夜遅くにまたご飯を食べに出ました。念願のMercado de San Miguelでカキとちょっとしたタパスを食べることができました。

 

カキの方は15€もしましたが、タパスの方は1個1€弱でした。23時でも大分混んでいて、量の割には割高。しかも落ち着いて食べられないという理由でダンナはここでは何も食べず、またMuseo del Jamonへ行ってPlato combinadoなどをお安く頂いて満足していました。

私はここでサングリアに初挑戦し、美味しいとは思いましたが半分も飲めずにダウン。疲れていたせいもあるでしょうが、ちょっと気持ち悪くなってしまいました。

これで今回のマドリード観光は終了です。

翌日5月22日はセゴビアへ行きました。

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スペイン

スペイン・アンダルシア旅行記(1)

スペイン・アンダルシア旅行記(2):セビリア

スペイン・アンダルシア旅行記(3):モンテフリオ(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記(4):グラナダ

スペイン・アンダルシア旅行記(5):グアディックス(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(1):マラガ

スペイン・アンダルシア旅行記 II(2):グラナダ~アルハンブラ宮殿

スペイン・アンダルシア旅行記 II(3):シエラネヴァダ山脈

スペイン・アンダルシア旅行記 II(4):アルメリア

スペイン・アンダルシア旅行記 II(5):カボ・デ・ガータ(アルメリア県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(6):アルムニエーカル

スペイン旅行記~マドリード(1)

スペイン旅行記~マドリード(2)観光名所その1

スペイン旅行記~マドリード(3)観光名所その2

スペイン旅行記~マドリード(4)UNESCO世界遺産アルカラ・デ・エナーレス

スペイン旅行記~マドリード(5)UNESCO世界文化遺産トレド

 

東欧

ブダペスト~ヨーロッパの真珠

思い出のプラハ

 

ドイツ

ドイツ・ワインの谷、アールヴァイラー

ドイツ: ローマ帝国軍駐屯地ザールブルク

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(1)~ニュルンベルク前編

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(1)~ニュルンベルク後編

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(2)~レーゲンスブルク(ユネスコ世界文化遺産)

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(3)~ドナウシュタウフ・ヴァルハラ

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(4)~バイエルンの森・ガラス街道

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(5)~パッサウ・イタリアンバロックの街

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ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(7)~ネルトリンゲン・隕石クレータの街(ロマンチック街道)

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(8)~ヘッセルベルク&ディンケルスビュール(ロマンチック街道の街)

ドイツ・バイエルン州周遊旅行記(9)~ヴュルツブルク・ロマンチック街道終点

フランス

フランス横断旅行記(1)— ロワール地方&ポワトゥー・シャラント地方

フランス横断旅行記(2)ー 光の海岸 :マレー・ポワトヴァン&ラ・ロシェル

フランス横断旅行記(3)ー 光の海岸 :イル・ドレロン島

フランス横断旅行記(4)ー 銀の海岸:ボルドー

フランス横断旅行記(5)- 銀の海岸:アルカション

デンマーク

コペンハーゲン旅行記(1)

コペンハーゲン旅行記(2)

日本

松本でお正月(2019)

葛飾八幡宮と八幡の藪知らず(千葉県市川市)


書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『フランス白粉の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

2019年05月20日 | 書評ー小説:作者カ行

『フランス白粉の秘密』(1930)はエラリイ・クイーンの国名シリーズ第2弾で、舞台はニューヨーク5番街のデパート、フレンチ百貨店。ヨーロピアンデザインの家具の展示会中で、毎日正午に通りの人たちにも見られるようにショーウインドウが開かれ、壁に収納されていだベッドを出すためのスイッチを押すと女性の死体が転がり出てきます。この女性は百貨店の経営者フレンチ氏の奥方でした。かくしてチャールズ・クイーン警視が呼ばれ、息子のエラリイがくっついてきて捜査に当たります。間もなくショーウインドウは殺人現場ではなく、百貨店最上階にあるフレンチ氏の私室(会議室やカードルームなどを備えたアパートメント)が現場であったことが分かるのですが、フレンチ夫人ばかりでなく彼女の連れ子であるバーニス・カーモディも居た痕跡がその私室から発見され、おりしも彼女が昨夜から行方不明であるため、一見母親殺しの末の逃亡のように見えるものの、殺人&誘拐事件である可能性も捨てがたく、とにかくバーニスの行方を捜します。また、エラリイは社長私室のデスクの上にブックエンドに挟まれてあった5冊の本に注目します。それらはおよそ一人の人間が所有するとは思えないほど共通点のないバラバラな範囲の本だったので、殺人事件に関係するかどうかはともかく興味深い謎があるのではないかと愛書家のエラリイは考え、結局それが麻薬密売組織と絡んだこの殺人事件を解くカギとなります。

この作品はすっごく面白いというほどではないですが、殺されたのが富豪のご婦人であるにもかかわらずお家騒動ではなく、麻薬密売組織と関係してくるあたりがひねりがあってなかなかいいと思います。

ただ、厚顔無恥・大胆不敵の真犯人が、状況証拠以外の決定的な証拠を持たないエラリイに「お前が犯人だ」的に名指しされた時点で自殺するあたりはちょっと納得がいかない気がします。往生際悪く抵抗して逃亡をしようとしたところを射殺、という運びの方がキャラ的に整合性があるように思います。

 

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国名シリーズ

 

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ローマ帽子の秘密』( ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ギリシャ棺の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『エジプト十字架の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

悲劇シリーズ

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Xの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

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書評:エラリイ・クイーン著、大庭忠男訳『九尾の猫』(早川書房)

書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『災厄の町』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)


書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ローマ帽子の秘密』( ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

2019年05月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『ローマ帽子の秘密』(1929)はエラリイ・クイーンの処女作で、地名・国名シリーズの第1弾。舞台はニューヨークのローマ劇場で、上演中に客席でNYきっての悪徳弁護士が殺された事件を追います。タイトルの通り帽子、すなわち夜会服に欠かせないシルクハット🎩が重要な役割を果たします。被害者は殺される直前まで(第2幕開始後ジンジャーエールを届けた売り子の少年の証言)シルクハットを持っていたことが確認されたにもかかわらず、死体のそばにも劇場内にも彼のシルクハットは見つからなかった。このことが意味することは何か?それが事件を解くカギとなります。

エラリイ・クイーンは、この作品ではお父さんのクイーン警視に少々の(しかし決定的な)助言を与えるだけで、前面に出て活躍している印象はありません。最後の謎解き解説もクイーン父がしています。息子自慢をしながら(笑)

「読者への挑戦」が処女作からあったとは知りませんでした。推理に必要な情報は全てすでに提供されていると言われても、私にはさっぱり分かりませんでした。そして、真犯人は私が怪しいとも思ってなかった人だったので、「完敗」ですね。

ハヤカワSF・ミステリebookセレクションのこの本自体について言えば、ちょっと誤植が多いのではないかという印象を受けました。「書類の束」が「書類の東」になっていたり、「投げつけ」が「投げっけ」になっていたり。「クイーンの処女長篇決定版」と銘打った割には、そういう初歩的な品質問題があるのが残念ですね。

また、劇場脇の通路を「横丁」と訳すのもどうかと思いました。「横丁」とは「表通りから横へ入った町筋」のことであり、劇場敷地内の客席や舞台への出入り口があるような通路ではあり得ません。劇場の図面を見る限りでは戸外であるのか戸内であるのか判然とはしないのですが、いずれにせよ商店などのある「町筋」でないことは確かなので、この訳語は誤訳としか言いようがありません。関係者たちの行動を説明するのに何度も出てくるキーワードなのでそのたびに違和感を感じる羽目になり、不快感の混じる読書となりました。

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国名シリーズ

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ギリシャ棺の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『エジプト十字架の秘密』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

悲劇シリーズ

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書評:エラリイ・クイーン著、青田勝訳『災厄の町』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)



書評:住野よる著、『よるのばけもの』(双葉文庫)

2019年05月14日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『よるのばけもの』(2016、文庫は2019年4月発行)は中3の男の子を主人公とした青春ファンタジー小説。「あっちー」と呼ばれる「僕」はある時から深夜に化物に変身するようになり、睡眠を必要とせず、朝方人間の姿に戻るまで夜の街を徘徊したり、海を見に行ったりします。ある夜学校のロッカーに忘れてしまった宿題を取りに学校に行くと、教室にはクラスメートの女の子「矢野さん」がいて、あろうことか正体がばれてしまいます。それ以来毎夜学校に行って彼女と会い、校内を探検したり、たわいもないことを話したりしながら少しずつクラスでいじめられている彼女のことを知るようになります。そして昼間、クラスの仲間意識や向いている方向からずれないように細心の注意を払いながら行動を決めている自分にだんだん疑問を持ちだし、最初は矢野さんがクラスメートの女子の大事にしていた本を突然取り上げて雨の降る中窓から外へ投げ捨てたこと対する制裁として始まったクラスのいじめを正当化することが難しくなってきます。いままでは当然の報いと考えて積極的にいじめはしないものの無視をする態度を貫いてきたのに、それすら心苦しくなり、自分の矢野さんに対する昼と夜の態度の違いに、どっちが本当の自分なのか悩みます。主人公の繊細な心の動きを丁寧に描写した小説ですが、まあ、若い子向けですね。

化物になった原因とかは全く究明されていません。不思議は不思議のままで良しとされています。

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書評:住野よる著、『君の膵臓をたべたい』(双葉社)

書評:住野よる著、『また、同じ夢を見ていた』(双葉社)



2019年度欧州議会選挙~ドイツ事情

2019年05月12日 | 社会

欧州議会選挙の投票開始日まで残すところ2週間を切り、街頭でもテレビでも選挙の話題で持ち切り、とまではいかないまでもかなり話題になっています。

私は投票期間中(5月23日~26日)スペインにバカンスに行く予定なので不在投票用の書類を申請したのですが、投票用紙を開けてびっくり。

ドイツからはなんと41の政党が候補者を出します。私はリストの上位12位までの政党しか見たことも聞いたこともなかったのですが、よく見てみると結構面白そうな政党があります。名称を見た限りでの判断ですが。動物保護や環境保護を政党名に冠しているところが複数あり、なんで統一しないかなと疑問に思うばかりです。

死に票になるのが分かり切っているトップ10に入らない[その他]の政党は無視するとしても、トップ10政党のそれぞれの選挙公約を精読するのも面倒なので、欧州政治に関する38の設問を元に各政党との意見の一致度を見られるツール「Wahl-o-Mat」を試してみました。

以下がその設問です。

  1. EU全体で拘束力のある住民投票を導入
  2. EUはCO2排出量削減に関してもっと高い目標を掲げるべき
  3. EU加盟国は共同の軍隊を創設すべき
  4. EUはオーガニック農業を優先的に助成すべき
  5. ドイツはユーロの代わりに国民通貨を再導入すべき
  6. EUは地中海における民間の難破船救済イニシアティブをサポートすべき
  7. 金融取引税:株などの金融商品の取引に対して課税すべき
  8. 遺伝子組換え植物の栽培をEU内で許可すべき
  9. EU市民が他のEU国に移住した場合、そこで受けられる社会保障は制限されるべき
  10. EU市民は欧州議会選挙において、他国の政党にも投票できるようにすべき
  11. EUは途上国援助にもっと予算を割くべき
  12. EU加盟国は航空旅客のデータ保存義務を継続すべき
  13. EUは全加盟国がそれぞれの最低賃金を導入するよう働きかけるべき
  14. EUはトルコとの難民に関する合意を堅持すべき
  15. EUでは、監査役会における女性枠を設定すべき
  16. ドイツはEUから離脱すべき
  17. ドイツ以外のEU加盟国では原発が今後も許されるべき
  18. EUはEU以外の第三国からの技能者を積極的に受け入れるべき
  19. EUは報道の自由・メディアの自由を侵害する加盟国に対して財政的な罰を課すべき
  20. EU内の経済的に弱い地域に対する経済支援額を削減するべき
  21. 医学研究における動物実験は今後も許されるべき
  22. 欧州警察機関であるユーロポールは、権限を拡大すべき
  23. EU全体の法人税の最小税率を導入すべき
  24. EUは全加盟国が同性婚を合法化するよう働きかけるべき
  25. 国家債務制限のためのEU規則に違反する加盟国に対して罰則を徹底させるべき
  26. トラックに対するハイウェイ料金をEU全体で導入すべき
  27. EUはキリスト教的価値観の共同体であるべき
  28. 銀行はすべて国営化すべき
  29. 地中海を超えてEUに入って難民申請をしようとする者は全員祖国送還すべき
  30. EUはロシアに対する制裁措置を緩和させるべき
  31. 全EU加盟国においてプラスチック包装材に課税すべき
  32. EUにおいては、アンチ・セミティズム(反ユダヤ主義)に対抗するイニシアティブは経済的に支援されるべき
  33. EUにおける外交に関する意思決定は全会一致ではなく、多数決でもよい項目を増やすべき
  34. 難民申請者は全EU加盟国に均等に応能配分されるべき
  35. EUの漁獲量はさらに制限されるべき
  36. EU加盟国間の国境管理は常設されるべき
  37. EUは長期的には欧州合衆国になるべき
  38. 欧州議会選挙の投票可能年齢は16歳に引き下げられるべき
以上の設問に賛成・反対・どちらでもないで回答した後に41の政党の中から特に興味のある政党を8党選ぶと、自分の回答と選択政党との一致度が表示されます。
各政党の設問に対する回答の比較はこちら
 
私個人の回答は置いておくとして、2019年5月10日に発表された世論調査「Politbarometer」の結果によると、今回の欧州議会選挙は一般人の関心が前回(2014年、赤い線)に比べて35%から56%へと21ポイントも上昇しています。 
 
 
欧州議会選挙の投票先としては連立与党のCDU/CSU(キリスト教民主同盟+姉妹党)が32%で断トツの支持率を獲得しているのに対して、もう1つの連立与党のSPD(ドイツ社会民主党)は落ち込む一方(16%)で、野党のみどりの党の19%に負けています。
 

SPDの落ち込みには、先日青年部代表のケビン・キューナートが大企業の国営化を提唱して党内でも物議を醸したことも関係していると思われます。

また、みどりの党の伸びには毎週金曜日に行われる子どもたちのデモ「Friday for Future」で欧州議会選挙で環境保護に力を入れている政党に投票するように呼び掛けていることも影響していると思われます。

また、欧州議会選挙では「その他(Andere)」の割合が高くなっているのも特徴的です。すでに述べたように政党が41もあれば主要政党以外に投票してみようという人の割合も増えるというものです。

ちなみに「今度の日曜日がドイツ連邦議会選挙だったならどの政党に投票しますか」という質問では以下のグラフのように「その他」の割合は5%に過ぎません。

 

欧州議会選挙で盛り上がるのはいいのですが、そもそもの問題は欧州議会自体に対した決定権限がないということなんですね。各国政府の代表で形成される欧州委員会の方が強い権限を持っているため、EUの民主化は遠い道のりです。ロビイストの暗躍を抑制するためにもEUの透明化・民主化のための構造改革は必須です。AfDのように離脱して終わりにしようとするのではなく、積極的に改革を進めて、「ヨーロッパ」という平和プロジェクトをより完成に近づけるために真剣に努力するという政党があれば迷わず投票するのですが。。。

 

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書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる英会話フレーズ』(西東社)

2019年05月11日 | 書評ー言語

 期間限定で激安だったのでシリーズでそろえたうちの1冊『ネイティブはこう使う!マンガでわかる英会話フレーズ』には、省略の多い日常会話の決まり文句、言葉通りの意味ではない慣用句などが多く載っており、それぞれのフレーズが使われるシーンがマンガになっているので使い方・使える状況が分かりやすく、大変参考になりました。

「好みではない」という意味の「Not my cup of tea」でさすが紅茶の国らしい言い回しだなと感心したり、「Where's the fire?」が「火事はどこ?」ではなく「何をそんなに急いでいるの?」という意味であることにちょっと驚いたり。一部ドイツ語の言い回しとまったく同じで、英語でもそういうんだと妙に感心したり。「Keep your shirt on」が「落ち着いて」という意味であるのにも驚きましたね。

目次

ケース別!すぐ使えるフレーズ

Part 1 まずはこれだけ!基本フレーズ

Part 2 日常生活で使えるフレーズ(初級)

Part 3 日常生活で使えるフレーズ(上級)

Part 4 ネイティブが使う気の利いたフレーズ

日本語から引ける索引


書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる時制・仮定法』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる前置詞』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う! マンガでわかる形容詞・副詞』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う! マンガでわかる動詞』(西東社)

書評:デイビッド・セイン著、『NGフレーズでわかる! 正しく伝わるビジネス英語450』(西東社)


書評:窪美澄著、『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫)~第24回山本周五郎賞受賞作

2019年05月11日 | 書評ー小説:作者カ行

第24回山本周五郎賞受賞作の『ふがいない僕は空を見た』はデビュー作「ミクマリ」を含む5編を収録した連作です。

「ミクマリ」は第8回R-18文学賞大賞受賞作で主人公は高校生の斎藤君。コミケで知り合った主婦のあんずと定期的にコスプレして台本通りのセックスをする爛れた生活を送る一方、母親の営む助産院の手伝いなどをする元は素直な少年。同級生の松永さんに告白されたので、あんずとの関係を切って松永さんと付き合いだしますが、結局あんずの方に戻ってしまいます。そして失恋して引きこもるというなんとも不甲斐ない青少年の物語です。

「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」は斎藤君にコスプレセックスを持ちかけたあんずを主人公にしており、夫婦ともに子供が居なくてもいいと考えているのに、姑に不妊治療を強要されて、そのプレッシャーに苦しむ話。あんず自身は勉強も苦手で仕事もうまくできなかったので専業主婦になることを目的に比較的稼ぎのいい夫(見てくれは悪い)と結婚し、最低限の家事の他はだらだらとテレビを見たりマンガを読んだりして過ごすひま人。姑に1人の人間として全く認められず、しかし孫だけは欲しいからと不妊治療を強要される状況は気の毒ですが、だからといって高校生とコスプレセックスなんて。。。うーん。

「2035年のオーガズム」では斎藤君を好きな松永七菜が主人公で、斎藤君に対する思いや、彼にまつわる妙な噂やお兄さんの妙な言動などが彼女の視点で語られます。Aカップの悩みとかセックスに対する興味などの思春期の高校生らしい悩みや出来のいい兄と比較して頭がわるい悩みとかが日常や非日常的な事件を介して丁寧に描写されています。

「セイタカアワダチソウの空」は斎藤君の親友で「セイタカ」の渾名を持つ福田良太が主人公。彼は団地に認知症の祖母と二人住まい。新聞配達やコンビニのバイトなどを掛け持ちして、祖母との二人暮らしを支えています。両親は離婚で、母親は新しい恋人を見つけてその人の部屋に入りびたりで、たまに生活費を渡しに団地に戻ってくる程度。同級生には生活の苦しさをおくびにも出さないようにしていますが、母親が借金を返せないらしく、彼の貯金まで持ち出され、音信不通になり、加えて祖母の認知症が進んで徘徊が酷くなるなど、高校生の男の子には酷な運命が襲ってきます。それでもコンビニのバイト先の先輩で元塾講師だった人に勉強を教わって、苦境から抜け出すために大学進学を決意する辺りはとてもけなげで応援したくなります。友達の斎藤君のコスプレセックスの写真を印刷したものを団地の幼馴染と一緒にばらまくという不可解な行動はちょっとあれですが。

「花粉・受粉」は助産師として働く斎藤君のお母さんが主人公。助産院の昼も夜もないきつい仕事の在り方やそれでも出産の場に関わっていたいという想い、息子の心配など働く母親の視点でその日常が描かれています。読んでるだけで疲れてくるような大変さ。

斎藤君本人とその不倫相手・彼女・親友・母親の4人のそれぞれの視点で描かれた生活や考え方や感じ方にはそれぞれにドラマがあり、大変興味深いですが、感動にまでは至りませんでした。連作であるという点では『晴天の迷いクジラ』と構成が似ていますが、内容的にはクジラの方がよかったように思います。まあ、どちらもいまいち共感できないのではありますが。

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書評:窪美澄著、『晴天の迷いクジラ』(新潮文庫)~第3回山田風太郎賞受賞作

書評:窪美澄著、『アカガミ』(河出文庫)


書評:窪美澄著、『アカガミ』(河出文庫)

2019年05月09日 | 書評ー小説:作者カ行

『アカガミ』は2030年の日本の少子化の未来を描いた小説です。ミツキは福祉学部の学生だった頃生きる意味が見いだせずにとあるバーのトイレで自殺未遂をし、その際に助けてくれたログという女性に会いにそのバーへたびたび通うようになります。2020年のオリンピックの年からスタートしたという国が立ち上げた結婚・出産支援制度「アカガミ」をログから教えてもらい、恐怖よりも新しい出会いへの好奇心が勝り、参加を決めますが、なぜかまわりでは「アカガミに志願した」とされます。

まずは徹底的な健康診断と恋愛や性生活や家族に関する研修を受け、後日制度が提供する団地にマッチングされたパートナーと共同生活をすることになります。食事は栄養のバランスが考えられ、保存料などを使用していない、温めるかお湯をかければよいものが宅配されます。その間残された家族の生活は保障され、介護などが必要であればヘルパーも派遣されるという。アカガミ志願者が家族の心配をしなくても済むようにサポートするシステム。ミツキの相手のサツキは要介護の父親とまだ学校に通う弟たちのためにこの保障制度が目的でアカガミ志願したという。こうして引き合わされた二人が制度が望むところの「番う」「まぐわう」(=セックスする)に至るまでにかなりの時間を要しますが、無事に真の「番い」となり、ミツキは妊娠します。そして妊娠6か月を過ぎたある日出産・子育てのためのマンションへ移動することになります。そのマンションは団地よりも都心に近い緑豊かなところで、マンション内の家具調度も団地の時とは段違いの豪華さ。食事や家事はヘルパーが来てやってくれる。その至れり尽くせりが一体いつまでどういう条件で続くのか具体的なことは何も詳しいことは知らされないのでサツキはだんだん心配になっていきます。

そういう感じで、「アカガミ」の制度の全容は最後まで詳細には描写されることはないのですが、どうやら制度で生まれた子どもたちは「国に使われる」という噂には言及されます。まあ、そこまでお金をかけて結婚・出産を国が支援するのですからなんらかの見返りを国が求めても当然と言えば当然ですね。制度の名称であるアカガミが召集令状の赤紙を連想させることから、どのような使われ方であるのかが暗示されているようです。

少子化・未婚化に対する政策として昭和的家族の形成を支援するというのは現政権のような思想的傾向を持つ政権であれば考え付きそうな復古主義です。同じように少子化をテーマにした村田沙耶香の『殺人出産』のような斬新さはなく、比較的ストレートな設定で、現在の日本の空気をより直接的に反映しているように思えます。10年後か100年後かの違いかもしれませんが。

他人に興味を持たない、関りを面倒くさいと思う、セックスに対する汚いイメージなどが作品中で問題にされていますが、そういう若者のメンタルが問題なのであれば、短期的には赤紙のようなサポートシステムもいいかもしれませんが中長期的には根本的な子育て及び教育システムの見直しが必要でしょう。子供たちを型にはめて自主性を奪い、同調圧力にさらすからこそ自分の思考を止め、積極性に欠く、強制されない限り他人と関わろうとしない無気力で死にたがりの人間が形成されるわけで、まずはそこから変えないとどんどん不自然な対症療法的なシステムができて破滅に向かうしかないように思えるんですけどね。

何はともあれ、この作品は現状に警鐘を鳴らす問題提起小説としてそこそこ読ませるものがあります。また、生きる気力をあまり持たなかった若者たちが恐る恐る手探りしながら人間関係を築いていく過程の不安や恐怖、乗り越えた時の喜びなどの細やかな描写に魅力があります。

 

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書評:窪美澄著、『晴天の迷いクジラ』(新潮文庫)~第3回山田風太郎賞受賞作

 



レビュー:樹なつみ作、『八雲立つ』全10巻(白泉社文庫)

2019年05月08日 | マンガレビュー

今続編の『八雲立つ 灼』が連載中で、数日前に2巻を買って読んだばかりで、因縁のありそうな謎の人物が登場したので、元祖『八雲立つ』の方に何かヒントはないかと気になり出して、10巻全部読み返してしまいました。

『八雲立つ』は1992~2002年にララで連載していた作品で、古事記や出雲風土記などの世界を現代に蘇らせたような漫画のため、その設定や世界観が割と入り組んでいます。七地健夫(21)が主人公と言えるのかどうかちょっと微妙なところですが、取り敢えずこのさえない男が自分の家に伝わる剣を、部活の一環で古代出雲族の取材に行くついでに剣の神であるという経津主神と素戔嗚尊を祀る神社に奉納しに行くところから話が始まります。その先で古代出雲族の末裔であり、代々巫覡(シャーマン)としてその地の神事を行い、結界を守ってきた布椎(ふづち)家の若い当主闇己(くらき、16)と運命的な出会いをします。実はこの二人の前世は大和朝廷に国譲りする前の出雲族の巫覡であったマナシ(真名志)と彼のために神剣を鍛えた鍛冶師のミカチヒコ(甕智彦)で、その強い絆が現代に蘇るという設定です。初回では七地の夢に一瞬だけ前世のワンシーンが出て来るだけですが、3巻から徐々に古代編として真名志とミカチヒコの物語が展開します。現代の方では、布椎家に伝わる6本の神剣のうちの盗まれた5本を見つけ出し、結界に閉じ込めてある「念」を一度開放して昇華するため、七地が闇己に協力することになります。言い伝えによればミカチヒコの血統の者のところに神剣は帰ってくるとのことだったので。

闇己は実は先代当主の息子ではなく、その先代当主の妻・瀬里とその弟の真前(まさき)との間の子どもで、先代当主からすると甥にあたります。母の瀬里は真前と一緒に逃げて行方不明になっており、闇己は先代当主の実の息子として育てられた、というかなり重い事情を背負っています。ただでさえ旧家の当主としての重圧もあるのに、巫覡としての能力も桁外れで、しかも体質的に負の巫覡、つまり負のエネルギーと言える「念」を体内に飼い慣らし、使役することもできるという闇をかかえています。かなりしっかりした高圧的・威圧的なところもありますが、こころの弱さもあり、お人好しの七地に癒されている感じです。

七地と闇己は、布椎家とは別に神剣を集めている勢力や東京で念を活性化させている勢力に対抗しながら、神剣と力のある巫覡を集めていく展開です。

こういう古代世界を現代に持ち込むファンタジーは、結構好きです。樹なつみの絵柄もきれいで私好み