マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

ダム(01、流水型ダム)

2008年08月23日 | タ行
        京都大准教授(水工水理学)、角哲也(すみ・てつや)

 07月17日の「私の視点・ワイド」に今本博健氏の「穴あきダム、歴史的愚行に他ならない」が掲載され、課題が多いと主張された。このダムは大きな洪水時のみ貯水し、ふだんは川の流れを変化させない形式である。河川上下流の生態系の連続性を維持し、流入する土砂をほとんどため込まないので埋まることが少なく、持続可能性が高い。

 私は従来の「貯水型ダム」と異なる長所を持つダムとして理解を広め、治水対策に有効に活用すべきだと考える。国土交通省は「流水型ダム」と呼ぶことを推奨している。

 流水型ダムの歴史は古く、18世紀にフランスのロワール川に縦スリット形式の治水ダムが建設され、米国では80年以上前に誕生している。

 ライト兄弟の故郷であるオハイオ州デイトン市に建設されたダム群は、これまで1600回以上の洪水調節を行って市の発展に大きく貢献してきた。ダム下流を人工の淵のような水路構造とし、洪水時のダムからの放流水の勢いを抑えるとともに、平常時の川の流れをスムーズにし、魚の遡上や降下に効果を発揮している。洪水時に水がたまるダム上流の区域は80年の間に樹木が成長し、公園や野鳥保護区となって良好な環境が創造されている。

 今本氏は、日本の代表的な事例である島根県益田川ダムを取り上げて「土砂の一部は流れずにたまる」「アユの遡上が阻害される」と指摘しているが、これら課題は今後の改良で十分に解決できると私は考えている。

 貯水型ダムでは流入土砂の大部分がダムに堆積する。一般に100年間にたまる砂の量をあらかじめ計算して、大容量のダムが建設される。

 流水型ダムは流入した土砂を洪水時に自然に排出でき、鉄分など森林から供給される栄養分などもほとんど通過させる。流水型ダムも完成直後はある程度の土砂は堆積するが、それ以降は洪水時に土砂が順次入れかわって、次第に流入と流出のバランスがとれる状態に近付くはずだ。益田川ダムは現在その途中段階にある。

 益田川ダムは、ダム直下に副ダムと呼ばれる小さな堰堤を設置して洪水の勢いを抑える方式を採用した。土砂や魚の通過を考慮して、これにスリットが設置されている。スリット幅が小さいと平常時も水流が速くなり、確かに魚にとってはやや厳しい環境になるかもしれない。

 流水型ダムの流れの設計は今後の技術開発テーマであり、米国の事例も参考に、より自然に近づける工夫が出来よう。

 流水型ダムは、従来の貯水型ダムとは大きく異なる構造物である。常時は貯水しないメリットを生かして新しい発想で取り組み、河川環境に適合した持続可能なダムを目指すべきだ。

  (朝日、2008年08月20日)