おじさん山伏です

修験道の修行から見た心の散歩です。
アイヌのアシリ・レラさんからの命名です。
「キムン・マタギ」になりました。

暮れの押し迫っての円覚寺のお詣り

2015-12-31 | 日記

12/27日、円覚寺管長横田南嶺さんの「いろはにほへと」を

買いに行きました。

もうひとつ建長寺と八幡さまの御朱印を頂きたく出かけました。

まだ紅葉は少し残っていました

     

      

弓道場があります。

「和顔愛語」は良い言葉ですね。

僕はこの言葉をときどき思い出して大切にしています。 

入り口を入ってすぐの右側にあります。

桂昌庵。

     

     

     

     

     

今日は、雲一つない晴天です。

     

     

     

     

     

     

     

座禅道場の居士林です。

帰りに土日座禅会の方々が方丈に向かうのに会いました。

今度、土日座禅会に参加したいと思っています。

      

     

     

     

     

      

      

「いろはにほへと」を読んでいると

何となくほっとします。

もう6,7人の方に寄贈しました。

定価700円ですが、円覚寺で購入すると500円です。

あるお年寄りに差し上げたら4回も5回も読んだそうです。

写真を見ているだけで心が和みます。

今までも何冊かのお坊さんの書いたものを読みましたが

この本は違います。

    

ありがとうございました。

横田南嶺管長さんは、

この写真は、すべてが説き尽くされています。

この表紙だけをご覧いただければ、私の話はもはや無用でありましょう。」と

この写真を撮られている副住職さんに感心して少しでも近づきたいと心がけています。

でも難しいですね。

 

 

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中華街龍起さんで新しい結界を知りました。

2015-12-30 | 日記

23日にいつもの歩きで中華街に。

赤煉瓦倉庫前の広場はクリスマス?

馬車道通りから赤煉瓦倉庫へ。

途中、飴細工屋さん。

    

    

    

ちょっとお土産を買ってしまいました。

銀杏の葉さんごくろんさん。

また来年もよろしくね。

    

    

    

    

    

    

    

    

    

こんな処に貨車の線路が?

    

象の鼻のテラスです。

     

     

     

今年も花が良く咲いていました。

     

山下公園で大道芸です。

でも芸のためとはいえ頭が下がります。

     

     

       

     

中華街は相も変わらず賑やかですね。

     

     

     

     

     

昔の市場通りは、中華の材料のお店がもう少しありましたが

今は、食べ物やさんばかり。

     

      

     

関帝廟です。

     

今日は龍起さんで修理のお願いです。

ひもが切れそうなので交換をお願いしました。300円 え!

     

2階でお茶とお話し。

今日は、少し濃いめのお茶をお願いしました。

    

ちょと内緒の話です。

1階のお店も2階の茶房もご主人の結界を張っているそうです。

昔は、一人ひとりに気を入れていましたが、

今は、お店に暫く休んでいると自然に気が入るように結界を張っているそうです。

先日、白川の門人のご夫婦でいらっしゃったとき

奥様は、気を感じられる方で、龍起さんのお店の気に大変気にいったそうです。

僕は、慣れっこなので少し鈍感かなあ・・・

ほぼ毎朝、白川の作法で火打ち石で自らと事務所を清めると

共に結界を張ります。

    

 最後に、小さな小袋を頂きました。

お酒をこの小袋の上に置くとお酒がまろやかになるとのこと。

ホロトロピックで清水義久さんも気でお酒の味を変える実験に

立ち会ったことがあります。

この小袋は、邪気を近づけない効果があります。

もし眠れないとかのときに四隅と中央に置くとよいそうです。

      

 また読書虫が動き出しました。

    

「禅の名僧に学ぶ生き方の知恵」では、白隠禅師の話が

書かれています。僕の大好きなお坊さんですが、横田管長さんは

大変に分かり易く、なるほどと感心するようなことが書かれています。

管長さんは、講話も分かり易く話されますが、文章も素晴らしい文章です。

「縄文人からの伝言」では、先日書いた祈りの土偶について詳しく書かれています。

これは座産土偶だと考えられるそうです。

新しい生命の誕生を縄文人たちは神さまからのめぐみとして

大切にしたようです。そこに祈りがあるのでしょうね。

ありがとうございました。

 

 

 

 

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京都 黒谷の金戒光明寺と眞如堂にお詣りしました。

2015-12-29 | 山伏修行

12/21日午後から黒谷   と眞如堂にお詣りしました。

名前は良く聞いていましたが始めてお詣りしました。

南禅寺山門です。いつもながら迫力がありますね。

    

    

この付近は、落ち着いた独特な雰囲気があります。

    

    

屋根のコケが凄いですね。

    

永観堂はこの先です。

     

    

お地蔵さんに綺麗な着物でお化粧をしています。

京都の町で時々見られるので不思議に思っていました。

梅原猛先生の日本の深層の中に見つけました。

弘前の久渡寺の「おしら講」の話がでています。

そのおしら講をイメ-ジさせられました。

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

眞如堂ではお庭を拝見させていただきました。

     

     

     

     

     

     

なごり惜しい紅葉です。

     

    

    

    

ありがとうございました。 

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梅原猛先生の「日本の深層」に僕に取って素晴らしい文章が

2015-12-28 | 神道

昨日の続きになります。

四辻藍美さんのアイヌの刺繍展のことです。

     

梅原猛先生の「日本の深層」になるほどと思う文章に出会いました。

以下 別章1 会津魂の深層 からです。少し長くなりますが。

「   美意識と倫理のちがい

  このように考えると、あの力動的な文様にみちた縄文土器と、静止的な、ほとんど文様

のない弥生土器とは、その世界観に大きなちがいがあることがわかるのである。それは、

単に美意識のちがいだけではないのであるが、いまでも、関西人と東北人は、その美意識

に大きなちがいがある。たとえば、あのねぶた祭り、それは、まさに縄文のダイナミック

な美意識のあらわれであるが、同じ魂送りの行事を弥生人の都、京都では、大文字送りと

いう形で行なうのである。都びとは、夜空にかかる大の字を静かに観照することを、霊に

憑かれて熱狂的に踊りまくることより、はるかに文化的なことと考えたのである。

 もうひとつ、私は、弥生人と縄文人の倫理のちがいがあると思う。それは嘘の効用にか

んしてである。

 縄文人は、最近までのアイヌと同じく、人間に、霊がついていることを信じていたと思

う。人間には憑き神がいる。アイヌでは女には三つ、男ではそれ以上、憑き神がいるとい

うのである。ところが、この憑き神を信じることが、嘘をいわないという倫理とつながっ

ているらしいのである。

 私は、京都でアイヌ文化研究家藤村久和氏と会ったとき、彼は、「私か今日、先生と会

うということは、すでに前からきまっていたのである。私の憑き神と先生の憑き神が相談

して、何時何時、どこで会うことを決めたので、今日、このように会うことができたので

す」と語った。

 どうやら藤村氏の中には、すっかりアイヌの憑き神が宿っているらしいが、あるいは私

の中にも網文人の神がひそんでいて、知らないうちに藤村氏の憑き神に、電話をかけ、京

都で会うように手配したのかもしれない。

 自分の中に存在し、一切の自分の行為を知り、自分を守る憑き神を信じていたら、そう

やすやす嘘はつけない。なぜなら、その憑き神は、自分の知らないうちに、他人の憑き神

に真実を知らせるかもしれないからである。

 言霊の信仰もおそらく、そのことと関係があろう。言霊信仰はアイヌにもたいへん強い

が、古代日本にもたいへん強かった。言霊は、けっして書かれた文字にあるのではない。

それは、口に出して言い表わした言葉にあるのである。いったん言葉が言い出されたから

には、その言葉を守らねばならない。それでないと言霊に罰せられる。

これが古代日本人とアイヌのもっとも中心的な信条であり、倫理であり、このような信

条、倫理が守れない人間は、一人前の人間として扱われない。

 こういう倫理はアイヌ社会にもっとも強く残っているが、これは古代日本人の倫理でも

あり、現代日本人にもそういう倫理の残存がある。

 しかし、このような倫理は、アイヌに強く残る縄文人の倫理であっても、弥生人はそれ

と別の倫理をもっていたと思う。いってみれば、彼らは必ずしも全面的に言霊を信じてい

なかったようである。

 たとえば、『記紀』にあらわれた神武天皇や日本武尊の話、そして彼等が、まつろわぬ

蝦夷までをも平げたのは、ひとつには武力によるが、それ以上、脆計によるのである。そ

してまたアイヌ側には、倭人にだまされた多くの話が残っている。

 縄文人と弥生人の嘘についての倫理的判断はちがっていたと思われる。縄文人にとって、

嘘は悪どころか、本来、それは不可能なものである。しかし、弥生人はもはや、そんな憑

き神を信じない。そこでは、嘘も方便なのである。むしろ結果がよかったら、嘘は許され

るというより、奨励すべきものであり、嘘をつかないのは、馬鹿ということになる。」と。

この文章を読んでいて、その日は箱根勤行の予定でした。

でも何となく北鎌倉に足を向けてしまいまいした。

その結果は、四辻さんとの出会いでした。

梅原先生ではないですが、僕と四辻さんの憑神が話会ったのかも知れませんね。

最近、いろいろな人や新しい場に巡り会うことが多くなりました。

そう考えると楽しくなりますね。

    

心理学的には、シンクロニティとか言いますが、

僕に取って何かピント来ないものがありましたが、梅原先生の憑き神の話は合点が行きました。

ロゴストロンでいろいろな願望が叶えられていますが、心を純粋にすれがロゴストロンが無くても

願望は叶うのではないかと感じています。

それが、梅原先生の言われる「言霊」なのかもしれません。

先日のロゴスタデイ研究会で蔦森かおりさんから「あなたは純乙女です」と

それは、憑き神が身近に感ぜられることなのかも鴨知れません。

 

もうひとつ梅原先生の文章から。

日本では、まさに、鏡は、権力そのもののシンボルであったことは、記紀神話に語られる

とおりであろう。

 この理由が長いあいだ、私にはわからなかったが、ある日、ジョンーバチェラーを読ん

でいたときに、この理由がわかった。アイヌはもっとも鏡を恐れるのである。なぜなら、

鏡は、自分を映す。そして、姿を映されたら、その像に、人は自由に呪術をほどこすこと

ができるのである。それゆえ、鏡は、写真と共にアイヌにはまったく悪魔的な道具なので

ある。ヨーロッパ人が、何気なくアイヌの写真を撮って渡したところ、それがアイヌの猛

烈な怒りを買い、生命の安全をおびやかされそうになった話が報告されている。

 人間とそっくりな像をつくることは、アイヌにとってまったく恐ろしいことなのである。

縄文時代の土偶の中で、猪や熊にはそっくりなものがあるが、人間の土偶は極端にデフォ

ルメされているのは、そういうことと関係があろう。もともと、人間の土偶といわれてい

るものも、生きている人間の土偶ではあるまい。それはおそらく、もともと神であり、あ

るいは神となった人間の土偶であるにちがいない。

 北九州の一角に上陸した弥生人が、土着の縄文人を征服するには、新しい呪術が必要で

あったであろうが、それは古い呪術に勝利する呪術でなければならなかった。おそらく、

技術的合理主義と結びつく、呪術の体系、その頂点に鏡があったのであろう。新しい技術

的合理主義のシンボルである青銅によって作られた土着の縄文人の呪術具としての呪術体

系を根本的に崩壊させた鏡こそは、そういうものとして、もっとも有効であったのであろう。」と。

この文章を読んで、遮光器土偶や土偶が壊されて埋められていることなどの意味を知りました。

ありがとうございました。

もっと勉強しなければと感じています。

四辻さんの刺繍からもっと大きな意味を感ずるように自分を清めなければと思っています。

    

 

 

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アイヌ刺繍展に縄文時代を感じました。

2015-12-27 | 神道

12/26日箱根勤行を中止して北鎌倉に。

一つの目的は、円覚寺で「いろはにほへと」を購入すること。

二つめは、建長寺と鶴ヶ岡八幡宮でご朱印を頂くことでした。

横須賀線の大船駅に停車したときに古民家ミュジアムの庭を手入れされている方と

偶然に一緒になりました。

前回、その方に京都の陶芸家を紹介されて

陶芸家の方と京都の友人の話に花が咲きました。

そのことをお話しながら北鎌倉駅。

円覚寺にお詣りして北鎌倉古民家ミュジアムに寄りました。

四辻藍美さんのアイヌ刺繍展を開催していました。

12月19日から1月31日まで。

ロウバイが咲いていました。

今年は、暖かいので早く咲いたそうです。

        

     

        

      

       

実は最近、梅原猛先生の「縄文・蝦夷文化を探る日本の深層」読み

今まで漠然と思っていたことが僕の頭の中で明確になり始めていました。

    

文字はどのようにして日本に入り込んで広まって言ったのだろうかと

いろいろと本を読んでいます。

梅原先生は、3,4世紀の文献的な物がないことから

東北地方の蝦夷について考察されており、その一つの手がかりは

アイヌの文化ではないかと考えておられます。

その話に大変に興味を持っていたので「アイヌ刺繍展」に心がワクワクしました。

庭を手入れされている方が、四辻さんを紹介して下さいました。

刺繍をしているときが至福のときだそうです。

僕の考えをお話ししました。

人間の脳は、実際に働いているのはたかだか1割で後は奥底に仕舞われている。

でもこの展覧会を見ているとその昔、縄文人といていた記憶が蘇ってくるような気がするとお話ししました。

何か懐かしい友人にお会いした感じですと。

梅原先生が、アイヌの文化から縄文文化を探り出そうとしている意味を

僕なりに感じました。

もう一つ白川学館の七沢先生の話があります。(新嘗・月次祭文 2015.11/15から)

「その中で私がまずは縄文期から振り返った時に、白川のおみちですぐにでも役立つ中身としては、

縄文の最高の美しさが表現されたものが、座って印を組んでいる姿のビーナス【祈りのポーズ】が

三内丸山遺跡から出てきました。

この姿と立って印を組んでいる姿なんですね。

この二つが出ているわけです。

この姿は、まさにこれが白川のご修行の一番の基本になる姿です。

縄文人が最高に美しくて、最高に高貴で、そしてしかも一番時間を費やしていたのがこの姿なのではないのか。

実は、白川の中にあるご修行の姿である、と私は見ています。

お祓いとご修行の中にこれがあった、と。

それを再現するのに3次元的動きが入ってくると全体像が見えてきます。

縄文時代と今に繋がっている、一万年の単位で繋がっている命が、

もちろん我々の中の精神遺伝子としてあるわけです。

我々に伝わってきているものがこのご修行の中にあるのだ、ということの自覚なんだと思います。」と

 四辻さんとお話していて気づいたことがあります。

「アイヌの人たちは平等に収穫してきたものをわけ、古くから伝わる話を

子供たちにと。」

文字は入らなかったようで自分のことを表す文様だけだそうです。

    

この文様の先に延びている線は、未来に繫がることを表しているそうです。

着る物も木の皮などで上に動物の毛皮で寒さから自分を守っていたそうです。

僕は丁度、腰に毛皮をまとっていましたのでアイヌのようだと。

山伏の姿、形はアイヌに通ずるものが有るのかもしれません。

    

    

本当はもう少しお見せしたいのですがお許しくだい。

是非、実際に見て頂きたい。

自分の奥のそのまた奥に眠っている感覚に気づくかも知れません。

とりとめもないお話しでごめんなさい。

四辻さんの作品を見て感動してしまいました。

一般には、美的にみてしまうのですが、脳の奥底に語りかけて

くる何かがあります。

四辻さんが言われていましたが「刺繍をしている

ときが本当に至福なときです」と。

「それは、神と繫がったことではないですか」と。

神と言わないまでも大自然でとも。

ありがとうございました。

 

 

 

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紅葉の終わった天寿庵を訪れました

2015-12-26 | 日記

午前中の仕事の打ち合わせが終わって、

午後から天寿庵に。

前回、訪れた時は紅葉が始まったところでした。

少し雨も降っており訪れる人もなく静かなお庭を満喫しました。

いつもの地下鉄東西線の蹴上で降りて

南禅寺に向かいました。

    

    

この隧道は、南禅寺への近道です。

いつもは、インクラインを下って回り道して南禅寺です。

    

    

    

    

    

    

     

     

     

      

     

     

まだひとつだけ残っていました。

落ち着いていいいですね。

     

夢のあと・・・・・

     

     

     

      

     

     

     

     

     

     

     

ありがとうございました。

円覚寺ホ-ムペ-ジ 一日一語から(12/24)

「 結局、修行をした成果というのは、どれだけ慈悲の心、人のことを

思いやる心が深くなれるか、目指すところはそこだと思います。

 いくら長く坐禅をして、公案を透過したといっても、思い上がった

人間になっては困ります。慈悲の心というのはやはり究極ですね。

{月刊誌『致知』2013年 2月号 南嶺老師の言葉より}」

 

 

 

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東寺の弘法大師さまの縁日 その2

2015-12-25 | 日記

東寺の弘法大師の縁日の続きです。

右の写真は、自分で製作した楽器です。

カリンバで沖縄音階と普通音階があります。

     

     

    

    

    

食堂(じきどう)でご朱印を受け付けています。

    

    

手に持った木札に手作りやと書かれてあり、うらに作務衣とありました。

早速、アプロ-チ。

ウ-ル生地でちょっと見ないデザインでしたので躊躇しました。

上着の裏地に惚れました。

縫製には、年期の入った職人さんが縫ったとかで決心しました。

普通は、1万八千円で、1万円。

僕の持っている作務衣もほころびが目立つ様になったので探していました。

いまの作務衣は、2着は大徳寺の骨董屋さんです。

      

    

    

京都らしい凄い物を見ました。

写真は遠慮無くと。

香木で、沈香です。

32gで¥128、000円、16gで¥80、000円 20gで¥570,000円です。

    

    

江戸時代のかんざし

    

    

いい目の保養になりました。

    

    

 

     

    

    

     

     

ありがとうございました。

 

 

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東寺の弘法大師さまの縁日に心ときめかせました

2015-12-24 | 日記

今年最後の大師さんの縁日でした。

たまたま、21日に京都で仕事の打ち合わせの前に

第一の目的は、東寺にご朱印を頂きにあがりましたら、縁日でした。

    

最初に東寺で最後に高野山奥の院になります。

     

あいにくの小雨交じりでしたが、お店は沢山でていまいした。

行きの新幹線から富士山に二重の雲がかかっていました。

京都に着いたら雨でした。

      

     

いつものコサギがのんびり雨の中に立ち止まっていました。

    

    

    

わあ! 縁日だ!

心は、どこかに飛んでいってしまいました。

    

    

お大師さんにお詣り。

    

    

    

珍しいものが沢山あります。

    

丹波干し柿が安いのでびっくり。1000円のを1袋買いました。

試食つきですので安心して買いました。

作務衣のお店の方が袋に入れるのに干し柿を持ったとき

ずっしりと重かったのでどこで買ったと聞かれました。

     

    

雑貨を見るのが楽しみです。

昔の鍵です。

    

広島産のくわいです。

    

高島帆布を柿渋で染めています。

丁度今の財布が少し傷んできたので買いました。

気にいたのは裏地の柄に。形も財布らしくなく面白いですね。

色の出し方に歴史を感じます。

売っている叔父さんも誇りを持って商売をしていました。

ほんの短い間ですが、会話の楽しさがありますね。

     

     

    

    

京都綾部たけすみです。

竹住みのステックを入れて置くと味がまろやかになるそうです。

1本 250円。

ご主人の顔がいいですね。

    

    

    

魔法のマドラ-?

奥の院の写真の小袋は、龍起さんでいただきました。

この中の小袋をお酒や、ペットボトルを上に置くと味が変化するそうです。

後日その話を書きますね。

    

会議は、10時からなので京都駅に9時半に戻らなければと思いながら・・・・

明日に続きます。

ありがとうございました。

東寺の後は、南禅寺の塔頭のひとつ天寿庵とくろ谷金戒光明寺、真如堂にお詣りしました。

 

おばあちゃん日記

23日は午後から港みらいと龍起さんに行きました。

夕方3時ごろまでに帰る予定でした。

お昼を用意しておいたのですが、

電話をするのを忘れたので失敗でした。

用意していたお昼には手も着けていませんでした。

「お昼は食べた」と・・・・・

昼食と夕食が一緒になりました。

 

 

 

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甲斐善光寺でご朱印をおねがいしました。

2015-12-23 | 山伏修行

昨日の続きで、甲斐善光寺にお詣り。

     

葡萄畑に野菜が植えてありました。

     

     

     

     

     

     

堂内撮影禁止です。

    

    

    

門前町を南に下ります。

     

    

    

葡萄園で。

    

    

    

    

    

ありがとうございました。

 

おばあちゃん日記

なかなかお風呂に入ろうとしません。

「昨日入ったし、毎日入っている」と言って聞きません。

昼間に家族が手伝って入れようとしますが、

「わたしは、寝る前に入る」と言ってききません。

やっと昨夜は、お風呂に一人で入りました。

食事の量は、昔に比べて少なくなりましたが、三度三度食べます。

有り難いことに医者にもかからず元気です。

昨日は、僕が風邪でのどの調子が悪いのでいつものお医者さんに行きました。

おばあちゃんの話が出ました。

「過去にあれだけ血圧が高い人が、脳梗塞もなく元気で

生活していることは驚異だと」先生は、おっしゃっていました。

そう98才と1ヶ月です。

ロゴストロンのおかげかなあ・・・・・・・  

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前に甲府五山の東光寺のつづきです。

2015-12-22 | 神道

昨日の続きで、甲府五山のひとつ東光寺です。

     

     

袈裟をつけているお地蔵さんははじめてです。

     

     

端正な綺麗なお堂ですね。

      

どのようにして円を描いているのでしょうね。

      

      

      

      

      

      

        

      

      

      

      

      

      

      

お休み処です。

     

     

     

落ちた紅葉の葉はどうするのだろうか。

       

ありがとうございました。

ここから5分ほどのところに甲斐善光寺があります。

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19日甲府で講習会 その前に甲府五山の東光寺

2015-12-21 | 神道

19日(土)に白川学館の祝殿講習会でそのまえに

甲府五山の東光寺にお詣り。臨済宗妙心寺派の禅寺である。

ここの庭は、池泉観賞式庭園で石組みが全体の八割を占める。

ス-パ-あずさ1号八王子駅7時半の指定は満員で8時に、

甲府について身延線でと思ったら1時間待ち。

タクシ-で東光寺に。

    

山は冬仕度。

    

    

    

    

    

今回で2度目のお詣りですが、お地蔵さんにはいつも驚かされます。

    

    

    

まだ紅葉が残っていました。

    

    

柴山全慶老師の言葉。

「花は黙って咲き、黙って散ってゆく

そうして 再び枝に戻らない

 

けれども、その一時一処に

この世のすべてを託している

一輪の花の声であり、

一枝の花の真である

 

永遠にほろびぬ生命のよろこびが

悔いなくそこに輝いている」

    

     

    

    

    

    

    

ほんとうに静かなお寺です。

眺めていると時間を忘れます。

ありがとうございました。

明日に続きます。

今日は、仕事で京都です。

そのまえに、「かんらんさい」の奉納経帳の一番目に

東寺のご朱印を頂きにあがります。

少しづつご朱印が増えて来て、かんらんさいさんのお考えが見えてきました、

普通は、満行して最後に高野山に納めます。

でも少し違います。

最初に

「その御納経帳を奏丁し、末永く子々孫々に至るまで

これを護持し、御佛の御籠を翼い奉るものなり 再拝」とかかれています。

だんだんその意味が分かってきました。そして愛着が出てきました。

 

おばあちゃん日記

家中が喉をやられる風邪に掴まってしまいました。

僕も断食会から少し良くなったらまたぶりかえしています。

おばあちゃんは、少し咳をしますが、相も変わらず元気です。

三時にどら焼きを半分。  

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19日は、白川学館の祝殿(はふりでん)講習でした

2015-12-20 | 神道

12月19日には、甲府の七沢研究所での祝殿講習でした。

入門講座を修了し、門人となった人たちの講習です。

古神道を体感して学ぶ講習で、

祝殿講習「ご修行」は「神(自然)の働きをご自身の身体で感じる」為の講習です。

神(自然)と一体となる為には、まず、ご自身が鎮魂された状態で、

神(自然)を迎える必要があります。

遠津御祖神や国津神、五行(木、火、土、金、水)の働きを中心としたご修行を通して「鎮魂」を体感し、

鎮魂されたご自身の身体に神(自然)を迎え、神(自然)の働きを感じ、その経験をもとに、

人間と自然、人間と神、自然と神の関係を参加者の皆様と共有します。

と説明されています。

     

     

13時から自修鎮魂 13時半からお祓い

14時からご修行 14時半から七沢先生のお話と質問感想 

で4時半ごろ終了となりました。

    

雲一つ無く青空に月が浮かんでいました。

    

アルメニアから送られた黒曜石にハトが寄ってきました。

    

今回の講習会では、二つの楽しみがありました。

一つは、先日ホロトロピック事務局のHさんと祝殿に行ったときに

白川学館の事務局の方が案内してくださいました。

事務局の方と祝詞を奏上したときに、二人の声が重なって祝殿に響きわたり

僕の脳にしまい込まれた昔の祝詞の言葉が出てくるのを体感しました。

何百年いや何千年もまえから先人たちが、唱えてきたことばの積み重ねの重みを感じました。

今回は、30人以上での祝詞はどうなるのか。

祝殿の持つ独特な音響効果は、やはりまた違った音の響きを感じました。

昔、僕は前世を見て貰ったことがあります。(あまり信じませんが?)

過去は、偉いお坊さんかヨ-ロッパの神父さんだったと。

誰でも古い過去の記憶が脳にしまい込まれていると考えています。

ある状況でそれが体感として出てくるのではないかと思っています。

    

二つめは、七沢先生と参加者の人たちとの対話です。

先生は、皆さんの感想に対してひとつひとつ答えられました。

それぞれの感想に対してもうひつつ深いとところの話でした。

僕の一つめの感想については、縄文人が1万五千年前から平和が続いたことは、

そこに古神道の世界があったのではないかとのお話しでした。

楽しい一時でした。

    

1日中、富士山が見えました。

祝殿の壁に写った富士山です。

    

榊の実にちょっとびっくり。

     

     

     

     

丁度、汽車の時間が合い、8時過ぎに横浜に戻りました。

今回、ロゴストロンの持つ魔力と人間の弱さを感じる体験をさせていただきまいした。

具体的に書くことを控えますが、誰もがもつ人間の弱さつくづく感じました。

ありがとうございました。

 

 

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12月のロゴスタデイ研究会でした。

2015-12-19 | 神道

12月16日有楽町でロゴスタデイ研究会がありました。

その前に、師走の銀座を少し楽しみました。

沖縄や山形県のアンテナショップで少し買い物。

山形県では、干し柿とリンゴ。

ショ-ウインドは楽しいですね。

    

     

今年も銀座は、ひかりみちをテ-マで東北の復興を願っています。

    

    

    

    

    

    

    

    

ありがとうございました。

研究会では、番外編で蔦森かおりさんのお話に大変に興味を持ちました。

お話しの最後にその人は、

けもの-人間-乙女-純乙女-超純乙女

のどの位置に当たるかをその人を見て当てていました。

けものとは、悪い意味ではなく、目的に向かって一生懸命に努力している姿で

でもちょっと振り返って見たらのようです。

僕も見て貰いました。

何だったでしょう・・・・・・・

愛も劣等感も罪悪感もすべて他人よって植え付けられたものだからと

割り切ってそれに捕らわれないことだとか。

蔦森さんは、身に着けているものでも「いいでしょう!」と自分にも人にも

言って貰うそうです。そのことで自分が変わるそうです。

それに今だに放射能の問題は解決していないようです。

報道ではほとんどしらされていなけれど、風向きを考慮して

マスクは今でもひつようですよと。

面白い話で追いついてゆくのに盛一杯でした。

いまだに頭が混乱しています。

今日は、朝から甲府の祝殿のおちみの修行です。

楽しみですね。

 

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北鎌倉明月院の紅葉は綺麗です12/13

2015-12-18 | 日記

昨日の続きです。

奥の院の庭は、5月には菖蒲が咲き誇り、

秋には紅葉です。

赤地蔵さんと青地蔵さんがお迎えします。

有名な丸窓です。

     

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

ユニセフに300円を寄付するとお茶とおせんべいの接待です。

    

    

    

    

     

    

    

リスと雀が騒いでいます。

のどかですね。

    

    

    

ありがとうございました。

 

 

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北鎌倉明月院の奥の庭園は、12/13日まで。

2015-12-17 | 日記

円覚寺の帰りに明月院の奥の庭が気になって

訪れました。

やはり、12月13日まででした。

古民家ミュ-ジアムさんと猫の箱は素通り。

    

安部朱美さんの作品は心温まるものばかりです。

    

    

    

    

亀さんは怪我をしていました。

    

    

    

この風景から華やかな姿が想像できませんね。

    

    

明月院は、あじさいだけでなく秋の紅葉も素敵ですね。

    

    

      

ろうばいが咲いていました。

    

    

    

    

花想いのお地蔵さんは、紅葉を背景に!

    

    

    

奥の庭の入り口の紅葉に見とれて仕舞いました。

昨日の強風で葉が大分落ちたので13日が最後でした。

    

    

明日に続きます。

ありがとうございました。

 

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