不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

日本のヌーヴェルヴァーグ-羽仁進の映画②

2017年07月21日 22時55分55秒 |  〃  (日本の映画監督)
 羽仁進の最初の劇映画「不良少年」は1961年に作られて、その年のベストワンになってしまった。当時の投票を見ると、「不良少年」が293点、黒澤明「用心棒」が281点、木下恵介「永遠の人」が240点、小林正樹「人間の条件・完結編」が239点となっている。名だたる巨匠を押さえて、長編劇映画としては新人の羽仁が突然トップを取ってしまったのである。

 羽仁進の特集上映で「日本のヌーヴェルヴァーグ」と題しているのがあって、そう言えばそうだなと思った。ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)というのは、50年代末にフランスで続々と若い映画監督が新感覚の映画を作ったことを指している。単に新人というだけでなく、映画評論家などをしていた若い映画ファンが、映画会社での徒弟修業みたいな期間なしに自由な発想で映画を作って衝撃を与えた。

 日本でもドキュメンタリー出身の若い監督が、大手映画会社ではない岩波映画製作所で劇映画製作に乗り出したことが大きなインパクトを与えた。映画の中身は「ドキュメンタリー・ドラマ」というべきものである。当時は世界的に不良青年ものが作られていて、日本でもほぼ同時代に「非行少年」「非行少女」という劇映画が作られた。このテーマだけはドキュメント映画は作れない。

 犯罪シーンを隠し撮りするわけにはいかないし、技術的に可能だとしても倫理的に公開不能である。だから「再現ドラマ」にするしかない。羽仁進は実際に「不良青年」だった素人だけを使って、かつてない臨場感の映画を作った。冒頭で銀座の宝石店強奪シーンがあるが、実際にそういう犯罪を犯した少年の再現映像だという。そして少年院に送られる。神奈川県にある久里浜特別少年院で撮影されているが、そういう場所を映画撮影に使えた時代があるのが不思議な感じ。

 中でのいじめ、火おこしのシーンなど有名なシーンだけど、今じゃ撮れないだろう。それに教員もずいぶんのんびりした感じである。音楽を武満徹が担当している。最初はもっと荘重なものだったが、羽仁進が拒絶したという。(「文学界」2017,8月号の羽仁進インタビュー。)そのあとに作られた音楽は、とても抒情的で一度聴いたら忘れられないようなもの。映画の少年たちに寄り添う素晴らしい音楽である。その後、「ブワナ・トシの歌」までの5作品の音楽を武満徹が担当している。撮影は金宇満司(かなう・みつじ)で、岩波映画所属だった。後に「栄光への5000キロ」「黒部の太陽」を撮影し、石原プロ常務となった。晩年の石原裕次郎を看取った人である。

 続いて1962年に松竹で「充たされた生活」を撮った。ベストテン14位。「にんじんくらぶ」(岸恵子、久我美子、有馬稲子らが作っていた映画プロ)の企画で、主演女優有馬稲子が自ら映画化権を取って羽仁進の監督を希望した。原作は石川達三で、新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」の第一弾だった。(この企画は書き下ろし長編小説を作家に書かせるもので、「砂の女」「個人的な体験」「沈黙」など世界レベルの作品を続々と送り出した。)

 有馬稲子が離婚した新劇女優を演じ、60年安保闘争の中で揺れ動く若い女優の生きてゆく姿を熱演している。その圧倒的な存在感は見事で、最近になってこの映画は再評価されつつある。60年安保を描いた映画としても、大島渚「日本の夜と霧」と双璧だろう。ラジオやテレビの仕事で何とかやっている新劇事情が生き生きと描かれている。ドッグショーの受付シーンなども興味深い。撮影の長野重一は岩波写真文庫をたくさん手掛けた写真家で、街頭の隠し撮りなどで独特の感覚を見せた。見事な手腕で60年安保当時の東京の街を(手持ちカメラも使って)切り取っている。

 1963年には「彼女と彼」を作った。ベストテン7位。これは非常に完成度の高い前衛的作品である。岩波映画で製作され、ATGで公開された。当時妻だった左幸子(ひだり・さちこ)が主演し、今村昌平の「にっぽん昆虫記」と合わせてベルリン映画祭女優賞を獲得した。(後に「サンダカン八番娼館」で田中絹代が取り、最近でも寺島しのぶ、黒木華が受賞しているが、日本人初受賞は左幸子である。)左幸子は圧倒的な演技で、1963年は彼女の年だった。(まあ「にっぽん昆虫記」の方が凄いけど。)キネ旬、毎日映コン、ブルーリボン賞など当時あった演技賞を独占している。

 脚本は清水邦夫で、「充たされた生活」でも羽仁進と共同で脚本を書いていた。もともと学生時代から戯曲を書いていたが、「教室の子供たち」を見て岩波映画に入ったという。後に日本を代表する劇作家になるが、60年代初頭に書いた映画脚本は社会的でありつつ詩的な感覚をうまく生かしている。1960年に作られたばかりの小田急線百合ヶ丘駅。その近くの団地群に住む「新住民」と、追いつめられる「バタ屋」の人々の関わりを見事に描いた脚本である。

 「彼女と彼」は60年代以後世界的にたくさん作られる「団地映画」の最初の傑作だと思う。団地の主婦として閉塞感を感じる左幸子が、夫の大学同級生でありながら今は「バタ屋」に住む男と次第に関わりを持っていく。「バタ屋」という存在が今では判りにくいが、昔は勝手に空き地に住みついて廃品回収などで生きている人々が各地にいた。北海道では「サムライ」と呼ばれて、山中恒「サムライの子」で描かれ映画にもなっている。今では「空き地」というものがないので、「ホームレス」になるしかないが、60年代頃には確かに各地にそういう人々がいたものだ。

 その夫のかつての友人「伊古奈」を演じるのは、有名な画家だった山下菊二。反権力、反差別の画家として知られた人で、そういう経歴を知ると独特の存在感のよって来るところがよく判る。中央官庁の官僚らしい夫は名優の岡田英次がやっているが、山下菊二の存在感に霞んでしまった感じだ。まあ、そういう役どころなんだけど。映画内で岡田英次らが写る8ミリ映画が上映される。「初恋地獄篇」や「午前中の時間割り」で反復される手法である。

 長野重一の撮影、武満徹の音楽が実に見事で、冒頭の「バタ屋」の火事シーンから、不穏な感情に支配されながら見続けることになる。社会派的テーマのように見えて、実は運命を見つめた叙事詩のような作品だと思う。だからテーマを押し出すというよりも、何か新しい感覚に直面する新鮮さがある。前衛的なアート映画だけど、詩的なイメージの連鎖が素晴らしい。

 「不良少年」「充たされた生活」「彼女と彼」の3作に関しては、清水邦夫や武満徹など同世代の若き才能も集結した60年代初期の傑作群だと思う。ヌーヴェルヴァーグを代表するジャン=リュック・ゴダール(1930~)などを挙げてもいいけど、僕はアメリカのインディーズ映画の旗手、ジョン・カサヴェテス(1929~1989)を思わせる感じがする。確かに羽仁進の初期映画の達成は、世界的に再評価されるべきものだろう。こういうアート映画が作られた時代が日本にもあったのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする