東アジア歴史文化研究会

日本人の素晴らしい伝統と文化を再発見しよう
歴史の書き換えはすでに始まっている

グローバリズムというプロパガンダ(国際派日本人養成講座)

2016-12-12 | 世界経済

「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」と日経はトランプの登場を危ぶむが

■1.「米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け」

デトロイトへの出張で定宿にしているホテルがある。どこにでもあるアメリカ全国チェーンのビジネスホテルだが、たまたまここは日本人ビジネスマンを呼び込もうと、朝食に御飯やインスタント味噌汁、ふりかけ、漬物などを出してくれる。そしてアメリカで印刷されている日経新聞も置いてある。

ちょうど大統領選の結果が出た日だったので、日経がどんな論評をしているのか、読んでみた。しかし最初に目に飛び込んできた記事には驚かされた。「社会分断、危うい大衆迎合(トランプ・ショック)」と題したその記事はこう書き始める。

『「革命」と呼んでもいいだろう。米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け、経済と政治の変革を託した。』

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と私は思った。これではまるで「朝日新聞」ではないか。「過激な異端児に核兵器のボタンを預け」とは、いまにもトランプが核戦争でも始めるかのような書きぶりだ。

トランプをこう評するなら、習近平は「選挙の洗礼を一度も受けずに十数億の民に君臨する独裁者が、日本の各都市に核ミサイルの照準を合わせている」と言うべきだろう。そちらの方は目をつぶって、日経記事はこう続ける。

『「トランプ氏は庶民の弱みに付け込んで、偏狭なナショナリズムの封印を解いてしまった」と米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は言う。自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け、国を閉ざそうとする「アメリカニズム(米国第一主義)」の危うさは否めない。』

■2.草の根民主主義のたくましさ

「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」と言うが、トランプはTPPの行きすぎた貿易自由化に反対し、また不法移民の流入にストップをかけようと主張しているのだ。自由貿易や移民を全面的に否定しているかのような批判は不当である。

そもそも自分の信念に反する投票を、アメリカの有権者が下したからと言って、「社会分断、危うい大衆迎合」「偏狭なナショナリズム」「国を閉ざそうとする『アメリカニズム(米国第一主義)』」などと悪罵を投げつけるのは、日本を代表する経済紙とは思えない品の無さだ。

アメリカのマスコミもほとんどがクリントン支持だったが、テレビ報道でも、コメンテイターは予想外の展開に口数が少なく、時折、民主党陣営で涙を流す女性を写す程度で、日経のような有権者を馬鹿にしたコメントはついぞ聞かれなかった。

筆者の住むケンタッキー州は全米の開票開始早々に、トランプが62.5%と、クリントンに30%近い大差をつけてニュースとなった。この地のごくまっとうな中流階級の白人男性が、普通の口調で「トランプは政治経験がないと言うけど、あのレーガン大統領だって俳優出身だった」と語った光景も覚えている。

マスコミや既成政党にはもう騙されない、という主体的選択をした点に、筆者はアメリカの草の根民主主義のたくましさを感じたのである。

■3.『アメリカニズム(米国第一主義)』を選ぶのは国民主権

この記事の執筆者は、「自由貿易の拡大や移民の流入」を無条件に良しと考えているようだが、まさしく多くのアメリカ人は、今までの行きすぎたグローバリズムが決して自分たちを幸福にしないと考えたからこそ、トランプに投票したのである。

アメリカの国民が自分たちの幸福を第一に考える『アメリカニズム(米国第一主義)』を選ぶのは、彼らの国民主権の行使であって、それを非難する権利は他国民にはない。

国際政治とは、各国民が自らの国民主権で決めた国家意思が、ぶつかり合ったり、妥協したりして、形成されていくものである。日本国民はその国民主権で「日本第一主義」を追求すれば良い。そして「アメリカ第一主義」と「日本第一主義」が補完し合うよう貿易を促進したり、また同盟関係を発展させれば良い。

「自由貿易の拡大や移民の流入」などのグローバリズムは国民の幸福追求に役立つ範囲で採用すれば良い手段であって、国民の幸福を犠牲にしてまで追求すべき至上目的ではない。

■4.「グローバル化は国家の重要性を再び浮上させる」

グローバリズムで国家の役割は小さくなっていく、という思潮は誤りだとして、行き過ぎたグローバリズム見直しの動向を予測していた本がある。国際政治学者・中西輝政・京都大学名誉教授による『日本人として知っておきたい外交の授業』[2]である。

「私は四十歳になるかならないかの頃、冷戦の終結にぶつかり、刺激を受けて世界中を歩き回って、多くの国々を視察しました。世界の五大陸を毎年ほぼすべて、南米の隅まで訪れました。そこで世界で大変化が始まる様子をまざまざと目にし、日本の現状に危機感を覚えました。

それは、グローバル化は必然的に国家の重要性を再び大きく浮上させることになる、ということでした。あの時期に日本人は、国家というものについて深く捉えておくべきだったと思います。

しかし当時、(そして今日も)日本人の多くは、グローバル化する世界では国家の役割は大きく減退するはず、というまったく誤った見方をしていました。そんな見方を真面目にしていたのは、世界広しといえども日本人だけでした。」

米ソ二大陣営が対立していた冷戦期は、それぞれの陣営内の連帯が必要なので、国家意思のぶつかり合いも少なかったが、ソ連陣営が消滅した途端、各国が国家意思を主張し始め、国際政治における国家の役割が重要になってきた。

「アメリカの国家意思においては、「自国の国益」こそが最大の判断基準であると分かります。これは、どこの国でも同じです。「市場経済や民主主義を世界に普及させる」という理念も、アメリカはできる限り追求するでしょうが、これは現実の国益と比べ、しょせん二の次であることは明瞭です。

したがってわれわれは、日本国内で事なかれ主義のマスコミや専門家が伝えないようなアメリカの国家意思のあり方、実相まで踏み込んだ見方を持つ必要があります。あくまでも国益を第一とする国家としてのアメリカの意思、これこそが民主化、市場経済、核不拡散、人権よりも深いレベルでアメリカ外交を決定づけるものです。」

「民主化、市場経済、核不拡散、人権」といったグローバリズムは、アメリカの国益に都合が良い宣伝文句として唱えているだけである。

例えば、北朝鮮で何百万人が餓死しようが、アメリカは口先では「人権」を唱えつつも、彼らを救う実際の行動には決して出ない。北朝鮮がシナと韓国の間の緩衝地帯となっている現状は、アメリカにとっても好都合だからだ。

建前は「民主化、人権」などと耳障りの良い言葉を並べながら、その裏では冷徹に国益を追求するアメリカの外交姿勢は、アメリカン・デモクラシーをもじって、「アメリカン・ヒポクラシー(偽善)」と揶揄されている。アメリカの一般民衆は正義感と公共心の強い人が多いので、彼らをうまく操るために一部のエリート層が「アメリカン・ヒポクラシー」を生み出したのだろう。

そんな偽善を排して、トランプは国益追求という本音を露骨に訴えたので、偽善にはうんざりしていたアメリカの庶民の支持を受けたのだろう。こちらの方が民主主義の正道に近い。

■5.グローバリズムというプロパガンダ

日経記事に登場するフランシス・フクヤマについても、中西教授はこう語っている。

「アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは著書『歴史の終わり』(1992年)のなかで、以下のような認識を示しました。冷戦終結後の二十一世紀は国連ないしアメリカ中心の世界秩序が生まれ、市場経済と民主主義によって世界は統一される。これが「歴史の終わり」である──と。

いまから考えると、フクヤマの説はアメリカの世界戦略のプロパガンダそのものであり、アメリカと日本にしか影響を与えませんでした。しかし、わが国では国際政治学者や歴史学者をはじめ多くの人が、「これこそ二十一世紀の真実だ」と受け止めた。」

アメリカはソ連を打倒した後、「世界で唯一の超大国」の地位を権威づけるために「市場経済と民主主義」を看板としたグローバリズムをプロパガンダとして使った。その立役者がフランシス・フクヤマだった。

しかし、その後、アフガニスタン、イラクで躓(つまず)き、一極主義路線が無理なことが分かってきた。そこで「市場経済と民主主義」などというプロパガンダはかなぐり捨てて、現実的な国益追求に帰りつつある。それがトランプを選んだ国家意思であろう。

冒頭の日経記事は、いまだにフランシス・フクヤマのプロパガンダに洗脳された状態のままで、逆にそこから抜け出そうとするアメリカ国民の国家意思を「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」などと嘆いているのである。

■6.「ヨーロッパ統合」の陰のドイツの国家意思

本年6月に、イギリスは国民投票で「EU(欧州連合)離脱」を決めたが、これについても中西氏は国家意思の次元から、こんな予測をしていた。

「たとえばイギリスは、いまも真の意味でEUの一国になろうとはみじんも考えていない。ギリシャ危機があろうとなかろうと、ユーロの導入に踏み切らなかったのは当然の話で、イギリスの知識人も一般国民も、自分たちはヨーロッパの一部ではなく、いまだにカナダ、オーストラリアなどを含む「大英帝国」なのだ、という意識を捨てていません。」

EUも日経の好きなグローバリズムの一環だが、それもドイツの国益追求から産まれてきた。

「ドイツにしても、いつまでも国策をフランスとの枢軸関係で決めようとは考えていません。心のなかでは「フランスなど、もうそろそろ蹴落としてもよい」とさえ思っているかもしれません。最近とみにその風情を強めています。・・・

ドイツは明らかに「東」を向いています。つまリロシアと手を組み、東ヨーロッパにドイツ発展のフロンティアを再建することにある。」

ドイツは税収や国際収支の黒字が膨らみ、いまやEU内で一人勝ちの状態である。東欧との国境をなくし、その低賃金を利用しつつ、優れた技術を持ったドイツ企業が製品を売り込む。東欧諸国はドイツのいわば経済的植民地にされている。

「ヨーロッパ統合」という美しい看板の陰には、こうしたドイツの冷徹な国家意思がある。その実態を見れば、ギリシャ、イタリア、スペインなど地中海諸国は、同じユーロ圏で縛られたドイツ製品の周辺市場というほどの意味しかない。

■7.「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」るイタリア

おりしも12月4日には、イタリアのレンツィ首相が憲法改正を問う国民投票で敗北して辞意を表明したが、これは実質的にEU離脱を主張する野党の勝利とみられている。イギリスのファイナンシャル・タイムズ(FT)紙は言う。

「イタリアは2008年の金融危機以降、工業生産高を少なくとも25%失った。若年失業率は40%に迫る水準にある。・・・実際、一部のエコノミストは、ユーロはイタリアの競争力に破滅的な影響を与え、国から通貨切り下げの手段を奪い、債務負担を重くするデフレ環境を生み出したと考えている。」

親EU路線のレンツィ首相でさえ「イタリアの海岸に上陸する何十万人もの難民に対処するための支援をEUが与えてくれないことへの無理からぬ幻滅感を表明している」という。

「自由貿易の拡大や移民の流入に背を向け」なければ、もう国家が耐えられないほど、イタリアは追いつめられているのである。

■8.プロパガンダに騙されるのは卒業すべき時

アメリカはフランシス・フクヤマなどの主張した「市場経済と民主主義」というグローバリズムをプロパガンダとして、国益を追求してきた。それに載せられた日経新聞が、そのプロパガンダを日本国民に吹き込んできた、というのが実態だろう。

今や、アメリカ国民がそのプロパガンダを否定した事で、慌てふためいている、というのが、日経記事のヒステリックな論調の原因ではないか。そう考えると、これはソ連が崩壊し、シナが怪しげな市場経済に踏み出した時の、左翼マスコミの狼狽と良く似ている。

「アメリカン・ヒポクラシー」から脱却したトランプ政権とは、実務的に国益をぶつけあって、どういう付き合い方が双方のためになるかを議論すれば良い。共産主義にしろ、グローバリズムにしろ、他国の国益を隠した美しいプロパガンダに踊らされるのは、もういいかげん卒業して、わが国の国家意思は何かを真剣に考えるべき時期である。

(文責:伊勢雅臣)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿