山陰本線から交通革命が起こる? 自治体団結「交通連合」、ローカル線を救うため事業者依存から脱却だ
1/31(火) 11:51配信 Merkmal
設立の是非は引き続き協議へ
山陰本線利用促進のワーキングチーム検討会で、兵庫県養父(やぶ)市が交通連合の設立を提案した。ドイツで公共交通維持に向け導入されている組織だが、日本初の導入は実現するのか。
「沿線の地方自治体が法人格で規約を持つ組織をつくり、交通事業者とともに事業運営に関与できる方向で検討してはどうか」
兵庫県香美町役場で2022年末に開かれた兵庫県北部を通るJR山陰本線の利用促進策を考えるワーキングチーム(WT)第3回検討会で、養父市の柳川武まち整備部次長からこんな提案があった。
柳川次長は市議会のために欠席した広瀬栄市長の代理で出席し、市長の意向を伝えた。提案は自治体と交通事業者が参加して鉄道やバスなど地域の公共交通をひとつのサービスとして運営する交通連合の結成を呼び掛けたものだ。今後の方向について、WT事務局の兵庫県但馬県民局は「自治体などが話を持ち帰って検討し、引き続き協議していく」と述べた。
輸送密度2000人という壁
WTは兵庫県のJRローカル線維持・利用促進検討協議会に設けられた分科会のひとつで、JR西日本、全但バスなど交通事業者に加え、豊岡市、養父市、朝来市、香美町、新温泉町の5市町が参加している。
JR西日本によると、山陰本線・城崎温泉(豊岡市)~浜坂(新温泉町)間の輸送密度(1km当たりの1日平均利用者数)は
・2020年度:506人
・2021年度:606人
だ。JR西日本が利用の少ない路線の目安に掲げた2000人、国土交通省の有識者会議が路線のあり方を協議すべきと提言した1000人を大きく下回っている。
検討会では利用者を「5年間で2020年度の4倍にする」という強気な提案が示されたが、実現に向けた施策は
・ICカードや新型車両の導入
・駅周辺駐車場の整備
・通勤通学定期購入の補助
・駅周辺のスポット開発
・キッチンカーなどイベント開催
・観光利用の促進
と目新しいものは見られなかった。
利用者増の提案は輸送密度2000人をクリアするのが狙い。しかし、JR側から「今までと同じことをしていたのでは2000人に戻せない」との声が出るなど、実現に疑問符がぬぐえない。それだけに、交通連合の提案が余計に目を引く形になった。
ドイツでは公共交通維持の力に
交通連合は運輸連合とも呼ばれ、ドイツで採用されている。公共交通機関全体の運行計画を策定し、
・共通運賃の導入
・路線やダイヤの調整
などを進める組織で、赤字の交通事業者が過度の負担を強いられることを避けながら、自治体関与で公共交通の維持を図るのが狙いだ。
日本では独占禁止法に抵触するとして2020年の法改正まで実現できなかった。このため、これまで熊本市などで路線バス会社同士が共同経営するぐらいしか類似例がなく、実現すれば国内初になるという。
交通連合とは何か
交通連合について調査を実施してきた交通経済研究所(東京都新宿区)によると、ドイツでの第1号は1965年、ハンブルグで誕生した。当時、ハンブルグは高架鉄道やバス路線の営業距離を3.5倍に広げたが、輸送人員は5%減少していた。国民にマイカーが広がり、強力な競争相手に浮上してきたからだ。
危機感を覚えたハンブルグ高架鉄道が市内の交通事業者に運行一元化や共通運賃制度導入を要請したのをきっかけに、世界初の「ハンブルグ運輸連合」が生まれた。その後、交通連合は旧西ドイツ各地に広がり、現在は旧東ドイツにも拡大、60余りが運営されている。
大都市圏だけでなく、地方でも設立されてきた。規模の大小、細かな規約もそれぞれで多少の違いが見られるが、公共交通間の競争を避けて利用者サービスを強化している点は共通している。
利用促進に向けた取り組みとしては、観光客向けに主要観光スポットの割引サービスとセットにした乗車券を販売するほか、一般市民向けとして公共交通に
・カーシェアリング
・レンタサイクル
・タクシー
などのサービスを加えてラストワンマイル(客に物・サービスが到達する最後の接点)の解消に努めるなど、それぞれが工夫を凝らしている。
急激な人口減少に危機感
但馬地区は京阪神から2~3時間で移動でき、城崎温泉や餘部鉄橋、竹田城跡、冬のカニ料理など観光の目玉となる場所や名物があるものの、人口が2022年4月現在で約15万人。21世紀に入って20万人を割り、急激な減少に直面している。
単に交通連合を設立するだけでは、現状とさほど変わらない。ローカル線の利用客減少がこれほど深刻化した背景には、人口減少と少子高齢化が進む中、国や自治体が利用促進を
「交通事業者に任せきりにしてきた」ことがある。
しかも、人口が密集して一定の利用客を見込める大都市圏と違い、地方はコスト面で大きな不利を抱える。既視感がある利用促進策を総花的に並べ、推進していくだけでなく、効果を疑問視する声が出ても不思議でない。求められているのは自治体のより積極的な関与だろう。
提案した養父市も人口減少に強い危機感を持っている。養父市土地利用未来課の大津耕平課長は「利用促進である程度の成果が出たとしても、人口減少が続けばいずれ限界が来る。持続可能な公共交通を考えれば、より積極的に自治体が関与せざるを得ない。そのための方策が交通連合だ」と提案の狙いを語った。
現時点では提案が出された段階にすぎないが、検討会でWTの代表を務める豊岡市長の関貫久仁郎氏やJR西日本の国弘正治兵庫支社長らは前向きに受け止めている様子だった。
交通連合が実現すれば、自治体がどこまで主導権を取って運行に関与し、持続可能な生き残り策を打ち出せるのか、但馬地区自治体の真価が問われている。
高田泰(フリージャーナリスト)