勝地(かつち)ブログ

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NO.32 NPO理事就任

2008年05月31日 22時21分06秒 | Weblog


NPO市民オフィスやぶ定時総会が開催され初年度の総括がなされました。NPO会計独特の処理方で解りづらい部分もあり、幾つかの質問もありました。剰余金も少しばかり出来ましたが、資金的にはとても安定運営とまではいかない厳しい内容です。

理事選任議案で正式に私の理事就任を承認いただき挨拶の時間をいただきました。事業内容が事務事業アウトソーシングという特異な分野であり又地方小都市という地域柄からみて前事務局長としてはまずまずの初年度であったと感じること、今後は理事として運営に協力していきたいこと、早速一件の助成金申請給付の復活折衝(NO.31関連記事)に取り組み昨日給付確定の運びとなったこと、などを申し上げました。

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NO.31 官政ミスリード

2008年05月26日 22時44分10秒 | Weblog
1年間にわたり誤った官政指導に翻弄され、交付間近の助成金が泡となりそうな一件がどうしても腑に落ちないのです。私流に造語表現すると「官政ミスリード」。

某財団法人が創設している助成金をNPO法人として受けるために、設立初年度で運営資金が不足がちなNPO法人としては相応の努力を積み重ねてきました。申請窓口は同財団法人を本部とする㈶兵庫県協会で申請書類等の指導を一貫して仰いできたところです。

当初から今回申請ケースが助成対象と成り得るかどうか、この確認が最重要だとして再三協議を行うなかで県窓口としても内容確認されてきました。年末申請の運びとなり双方で書類チェック、年明け2月に申請書提出ヒヤリング、完璧に近い書類の出来と評価もされてきました。しかし突如3月に条件の一つが現状のままでは非該当と告知され、懸命に補正をかけて4月に漸く計画認定がなされヤレヤレと思っていた矢先、5月に入って再び条件を満たさないという告知。県協会としては問題ないが本部としては問題ありで「取り下げ」だという通知連絡に、今更何をとア然としました。決定権を持っている側が決定権をふりかざしている。

非該当理由の通知文書も出さない、因果の説明責任も果たさない一方的な対応に全く納得がいきません。「官政ミスリード」にこのまま泣き寝入りするわけにもいかず今日動き始めましたが、NPO法人年度末会計処理期限は一週間を切り、不満の月末総会日を迎えそうです。

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NO.30 シッカリシテモラワナ 

2008年05月25日 23時43分02秒 | Weblog
野立て看板の穴を掘っていると、ウォーキングの人、家庭菜園仕事の人との立ち話に花が咲き、至極当然にW選挙の話題から始まって市長も議員もモットシッカリシテモラワナアカン、と。建築事業をされているウォーキングの方は業界でも旧町単位での仕事の棲み分けのねじれを指摘、夕食の食卓用に二十日大根を採りにこられた奥さんはドナイナリヨルンデスと。

昨今の市勢衰退ぶりを肌で感じるが故のつぶやきです。言葉のウラには、それこそたくさんの意味合いが含まれています。選ばれる側の者は感じ取り、真摯に懸命に取り組む姿勢と能力が求められています。

昨日今日と政治活動用看板を立てて回りました。金づち・ペンチ・看板をジープに積み込み、量販店から杉杭・針金を買い込んでここはと思う場所に飛び込みでお願いです。顔写真シールを貼ったデザインとしましたが、車で道行く人に写真が見えるのか「?」でした。

 

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NO.29 生きる力

2008年05月22日 22時41分28秒 | Weblog
「人生で直面する困難にどのように対処すればよいか誰も教えてくれなかった。」

1975年アメリカの青年リック・リトルが訴えた言葉です。大人に教えてもらいたいことがたくさんある。「自分に自信をなくしてつらいとき」、「友だちとうまくいかなくなったとき」、本当に大事なことって、意外と教えてもらってない・・・。

子どもの「学びたい」と、大人の「教えたい」を繋ぐプログラム「思春期のライフスキル教育プログラム・ライオンズクエストセミナー」に参加してきました。日々の困難を乗り越えて生きる術「ライフスキル」を子どもたちが学ぶ教育です。

ライオンズ国際協会335-D地区の主催で「但馬長寿の郷ホール」に小中高の先生方、教育委員会関係、ライオンズクラブ会員、総勢67名が参加。8月には同ホールで大々的にワークショップも開催されます。



青少年を取り巻く現状は、雑誌やテレビというメディアをはじめ周囲の環境や人からの影響も無視できず、頭ごなしに「いけない」といっても子どもだけを責めることが出来ない環境が彼らを取り巻いているのが現状です。これらの社会的要因が青少年の行動に大きな影響を与えることが分かってきています。そこで健全な自尊心を育成するライフスキル教育が世界30カ国の多くの教育現場で効果をあげ、日本でも東日本では埼玉県、西日本では兵庫県西播地方での取り組みが最も盛んで広がりを見せています。

世界保健機関(WHO)によるとライフスキルは「日常生活で生じる様々な問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な心理社会能力」と定義され、具体的には日常生活で経験する様々な困難を自分の力で乗り越え、前向きに生きていくのに必要な心の能力を言います。

中核をなすのが「健全な自尊心」の育成です。「自分を大切に思う心」を育む教育です。健全な自尊心を持っている人は自分を受け入れることができるので、他人からの敬意や協力・友情などが得られやすく、様々な問題を建設的かつ効果的に解決しやすくなる、と分析されています。青少年の危険行動と自尊心の低下は密接な関係があるのです。

このライフスキルプログラムの著作権はライオンズクラブが所有し展開しています。未来を担う子どもたちのためのライフスキル教育がこれから但馬の教育現場で取り組まれ、目の前のドアを開けて次に進む力を、子どもたちが身につけてもらえればと願っています。

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NO.28 協働 §3

2008年05月21日 00時42分49秒 | Weblog
自己決定・自己実現、成熟社会にあって自分たちの住む地域はどうあるべきかの方向性は自分たちの責任において決めよう・・・・・家庭内で解決できるものは家庭で、家庭でできないものは村で、村でできないものは地域(校区)で、地域でできないものは地域局で、地域局でできないものは市で、という考え方から自助・共助・公助という言い回しで補完しあうことが求められています。逆の流れで言い表すと、地域でできるものは地域に任せなさいという「分権」を示しているもので、ここに協働の存在があると考えます。分権と協働は表裏一体です。

身近には、年度を経るごとに地域局機能が縮小されてきましたが、では変更・縮小にあたって担保とされてきた地域審議会の議論は、そして存在価値が十分発揮されてきたのでしょうか。今、校区公民館活動としての取り組み方向が注目視されていますが、その守備範囲を包み込んで合併時に地域審議会の設立役割が認知されてきました。当然、受け持つ役割は全く異質なものと言わざるを得ません。校区公民館システムが地域の総意を反映する制度であるという説明がなされようとしていますが、住民からの選択機会も与えられず強引な整理として映っています。

地方分権一括法の施行により地方分権が名実ともに実行の段階を迎えているいま、行政は改革により住民が分権のもたらす効果を実感できるような運営を行っていくべきです。

そして協働は上手くいっているでしょうか。NPOや住民との協働の実態は対等な立場で成熟した関係になっているでしょうか。分権・協働への歩みが対立の構図のまま停滞し、協働までは発展していないのではないでしょうか。

協働のための大胆な手法を、8年も10年もとか長く考えなくてもいいので、複数年の期限を切って実践する。それにより得られた失敗・成功体験を互いの教訓として相互理解し協働に発展させていく、という複数年で立ち止まり考えながら分権型社会システムの構築に向けた動きが欲しいものです。PDCAサイクルです。

限られた行財政資源のもとでますます高度化・多様化する住民のニーズに適切に対処していくためにも、様々な手法を活用して英断をもって行政改革に取り組み、簡素で効率的・効果的そして生産的な行政体制を確立することが強く求められています。

季節は初夏に向かい、4つの地域で夏祭りの準備が始まる時期です。昨年はそれぞれの実行主体に温度差が見られ、市が主体同然の実行委もあったようで生産性もなく協働の補完性も生かされませんでした。お祭りはハレの行事、地域住民が主体でつくりあげ自分たちが非日常を体験することにより明日へのまちづくりの活力を生み出すものであると思います。地域住民が「やらなければ」ではなく「できる」ものなので、地域に任せるべきで地域はやるべきです。

地域と地域の格差が生まれる懸念を抱いています。それは「行動を起こした地域」と「起こさなかった地域」の格差ともいえ、分権と協働の停滞です。

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NO.27 大徳の森

2008年05月20日 23時02分22秒 | Weblog
八鹿町中心市街地から西方角に高くそびえる大徳山(標高555.8㍍)。その麓の米里地区を後援会活動で訪れた際、村の玄関口田んぼで目に入った看板です。米里区主催で6月1日(日)に「大徳の森・里山公園」の竣工記念イベントを行う案内です。記念式典や植樹、スタンプラリーなど地域交流が催されます。


 
(社)兵庫みどり公社の「平成19年度里山ふれあい森づくり事業」で整備されたようで、案内図にはこう書かれていました。「ここから背面の山に向かっておよそ1キロメートル進むと「米里・大徳の森」があります。米里・大徳の森には、米里古墳群、父(トト)の池、母(カカ)の池など、人々が昔から米里の地に暮らしてきた証が現在も残っています。森のもう一つの特徴として、南但馬地域を代表する蛇紋岩があります。そこには蛇紋岩特有の森が広がり、そこで生きる生き物がいます。少しの間、いにしえの世界に行ってみませんか?

この大徳の森には、車で行くことができ駐車場も整備され、散策道も設けられています。八鹿町中心市街地が遠望でき、素晴らしい見晴らしでオススメです。ビューポイントが身近なところに一つ増えました。山菜採りなんかいいかも、でもこれは地元の許可とか確認してください。

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NO.26 しおり第2号

2008年05月19日 22時06分02秒 | Weblog
しおり第2号が出来上がって後援会拡大行動への第2段階へ入り、今日から再び入会支援をいただくためのお願いにあがっています。少し強めの風で薫風と表現するには憚れますが、息深く吸い込む緑色の風は気持のいいもので体中に酸素が行き渡ります。田植えの最中ですが、田植え機から降りて立ち話にも気軽に付き合っていただきました。年齢差からほとんど話したことのない方とも会話ができました。普段のいろいろな出来事から人は人を評価し、それでも、近隣地域のコミュニティが成り立っていることを教えられます。少数の大きな声の裏には、無数の小さな声が渦巻いています。声なき声を聞き入ることができた日でした。

大きく世界のこと、日本のこと、問題課題はたくさんありますが私が今やるべきことは目の前の物言う機会がない方々の願いに耳を傾け、一緒に考えながら「住んでるところに幸せがある街」に向け、懸命に努力していくことだと自分に言い聞かせています。シンク・グローバル アクト・ローカル。

 

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NO.25 協働 §2

2008年05月15日 23時48分37秒 | Weblog
協働の概念
近年、この協働の概念は日本の地方自治の分野で、まちづくりの取り組みに不可欠なものとして唱えられている概念のひとつである。例えば、地域の課題解決に向けて、行政単独では解決できない問題がある場合、または市民だけでは解決できない問題などがある場合に、相互にお互いの不足を補い合い、ともに協力して課題解決に向けた取り組みをする。または、協働した方がサービス供給や行政運営上の効率が良いとされる場合に協働のまちづくりが推進される。こうした発想を補完性の原則という。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ということですが、参画と協働という日本語。これがなかなかの厄介者で、どう説明してもらえればしっくり理解できるのか、甚だ難しい日本語です。「参加」は計画に基づいた「事業の実施段階に参加」すること、「参画」は「計画づくりの段階から参加」すること、と自分流に理解していますし、「協働」は英語ではコラボレーション・パートナーシップとも言われますが「協働」と和訳されてもまだ日本語として定着していないのか、市民権を与えられていないのか、「協力して働くこと」という何とも直訳的な理解に留まっています。

少なからず経験したことですが、課題解決に向けて行政側から「協働」してやりましょう、といわれたとき、市民側から必ずといっていいほど反発の声が上がります。市民は時間を割いて手弁当で出てくるのに行政職員は給料や超勤手当をもらいながら出てくる、立場が対等ではないという不満です。うまいこと言って行政の仕事を手伝わさせているのでは、という疑心もあります。行政側から市民側に声をかける協働と、市民側から行政側に声をかける協働の場合とでは、不満のトーンに少し違いが出ていますが、まちづくりの舞台役者はあくまでも市民であるべきです。

協働は責任と行動において相互に対等でなければ成り立たないもので、行政も地域の一員として市民の目線で協働に携わることが不可欠です。共感させる力が伝わってこない・・・「共感力」がないパフォーマンスほど、人心は付いてこず空しく映るものはありません。現実には本格的に協働を推進している市町村は少ないといわれていますが、因果はそのへんにあるのではないかと思っています。


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NO.24 協働 §1 

2008年05月14日 23時42分39秒 | Weblog
ブログのトップ・サブタイトルは「分権と協働のまちづくり」としています。

協働という言葉、行財政改革や市民社会の視点からその必要性を問うています。公的サービスを提供する場合の効率性は、ということからです。行政が本来成すべき基礎的業務は、租税徴収や義務教育、市民の生命・財産を守るためのライフライン整備や許可・命令行為といったような特別権力的なものですし、家庭ごみ収集や交通・農業・建物災害共済、福祉サービス、団体事務などは権力を伴わない公的サービスです。

私が昭和43年八鹿町入庁当時は町人口もたいそう多かったのに職員数はそうでもなく、当時から人口100人当たり1人の割合が適当と判断されていました。5/1現在、人口28,419人に対して正規職員412人+α(嘱託・臨時職員)という実態です。行政のどこが膨張肥大化し、しかしなぜサービス撤退が難しいのか。

経済発展に伴い住民要求が多種多様化、行政に求められる役割が変化してきたことがあります。サービス提供主体として、あらゆるサービス要求を引き受け、行政側自らもサービスを作り出し、経済高度成長が背中を押すなかで「あらゆるサービスが行き届いたまち」に向かって自治体間競争をしてきました。時のトップマネジメントも、町内会合での世間話の中から理解のある首長としてサービス即決承諾という、今で言うと夢のような現場即決判断がなされてきた時代もあります。合併でこのたぐいのサービスが撤廃されたので福祉の後退だ、合併していいことなかった、などど言っておられる識者はおられないと思いますが。

一つ一つ徐々に公的サービスがふえている間は良かったのですが、全てにおいて公平・均一であることがもとめられる行政の役割(サービス)がどんどん競争で肥大化してくると、逆に、多様化している住民ニーズ全てにうまく対応出来なくなってくることがあらわになり、効率性が悪くなってきます。経済成長が下降線をたどり財政状況が逼迫している折、この効率性が低下している状態のまま推移しているのが、いまの市の現状です。

サービスを受ける市民は言い換えればサービスに大きく関わっています。その市民がサービスに何らかの関与をすることによってサービスの効率性を高めることができると考えるべきで、一方的に行政側だけが公的サービスをつくり提供する従来手法よりも、サービスの受け手側である市民が提供の過程に関与することでより有効になると考えられます。市民はNPO・ボランティア活動等を通じて、地域社会において公的サービス提供の主体となりうる存在ともなっており、市民と行政の相互補完的な関係が市民活動を活発化させ、さらに市民からみて満足度の高いサービス提供につながるという青写真。

協働の意義はそこにあります。もっとも、行政・議会サイドが市民(NPO)はサービス提供主体とは成り得ないと考えているのであれば、話は別ですが。協働の青写真を描けない自治体は近い将来消えて無くなってもおかしくはなく大いにあり得る話です。



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NO.23 1号から2号へ

2008年05月13日 23時27分45秒 | Weblog
後援会拡大のためのお願いにまわっていますが、後援会資料(※添付写真)

残部が無くなり、今日改訂版第2号を印刷発注しました。2号は二つ折りハガキサイズで入会申し込みハガキを付けています。
1号はFAX送信いただくことを前提にしていましたが、設置されていないお家も多々あることに思いを巡らせず、拙宅までわざわざ届けにきて頂いた方もあり大変申し訳なく、また深く感謝申し上げます。
2号をつくるにあたり企画デザインや写真撮影など結構楽しく自前で行うことができ、山頂での写真撮りには気分転換もでき何よりでした。

巷ではダブル選挙の話が頻繁です。ネガティブキャンペーンばかりの話になりがちで、心が寒い気がします。ポジテブな話題の積み重ねにならないものか。流言飛語が飛び交う地域柄って住みやすい地域とは反対に位置するものですが、ヒートアップすれば世界のどこの国の選挙でも同様かもしれません。選ぶ側は自分たちの税金からの報酬ですから、時には何十年も前の言動が再び取りざたされたりして、選ばれる側に立つことは辛いことです。

一票、されど一票。無駄にされないよう投票に行きましょう。


それにしても中国・四川省での大地震は大変な被害が出ています。想像を絶する困難な状況です。養父市内において大地震に耐える建物・構造物は万全か、という自問をしています。

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NO.22 協働の職員像

2008年05月09日 23時59分40秒 | Weblog
TVのゴールデンタイム番組「太田総理」で、役所の24時間営業とか窓口対応の在り方、特別手当が議論されていました。そんな手当もあるのかと感心したものです。24時間営業は需要と費用効果の問題だろうと思うし、窓口対応は改善すべき点も多々あると思われます。誤った認識で執行されているものは即是正すべきですが、税金で食わしてやってる的な口撃論調はいかがなものかと。また公務員での対応が唯一ということではなく、民間アウトソーシングをもっと研究すべきでしょう

市民が求めている職員像は、地域社会に関心のある職員、住んでいる人間に関心のある職員、他者立場への想像力と弱者への共感力のある職員。・・・立派なことを並べましたが、そんなところです。

そこで、各家庭に配布されている「養父市の組織と仕事」を今頃になって焦点を定めるでもなくボンヤリ眺めていると、各課の中に多くの係が設けられていることが気になりました。係長一人だけの係、係の職員が二人で二人とも係長の係、係長一人と職員一人の二人だけの係、・・・この組織スタイルでは、自ずと各係には常時一人は常に席に居なければならずそれだけ職員数が要るということです。これでは職員数が多いのもうなずけ、もっと統合すべきです。市民の生活実態に即応した組織に整理統合した結果と市広報に説明はありますが、市民の経験からいえば課の統廃合や名称変更で市民の声がスムーズに届くようになったためしは余りありません。役所側の事情だと、特に合併移行、市民は察して分かり切っています。

市民の声は現場に在り、日々の課題は現場で起こっています。職員の皆さんもほとんどが市内住所を有する市民であるので、自身が地域のイベントや活動に参加することで気持ちを共有し体得していただくことが為すべき第一の事柄です。片山善博・前鳥取県知事は、自身が町内会の自治会長でもあったという話です。

中学生のトライヤルウィークの役所版として「トライヤル月間」を設け、係の統合により余裕がうまれた職員を一名ずつ順繰りに、市内のまちづくりNPO法人に2ヶ月程度出向させ、市民、まちづくり団体、サークル等との現場体験をすることにより「協働」を体得するという仕組みを3年程度試してみてはどうだろうか。協働に向かう価値ある一つの手法です。市民との協働の「青写真」を持っていない行政は近い将来に消えてなくなっていく可能性も大いに有り得る話ですから。


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NO.21 姫路菓子博

2008年05月08日 21時22分55秒 | Weblog
晴れの天気がよく続いています。7日(水)も30800人が入場という姫路菓子博2008「ふれあいステージ/来てみて!わが町お国自慢」に参加してきました。日本旅行の平田進也&寺田一義さんが司会を務め、県内各市町が観光地の紹介や名産を自慢、伝統芸能の披露等宣伝合戦をし、会場では200個を越える各地の名産品等が抽選で来場者に当たるイベントです。

 



同じく出演する大屋観光協会と同行して会場に出向きました。出場団体総数は13で各10分間、とがやま温泉の出番は10番目で午後3時が出演予定です。かねてから課題のVista作成PowerPoint2007がステージで用意されているモニターと同調しないので、四苦八苦しました。アニメーションor高画像が原因ですが正午頃には何とか設定完了。
会場席は大入り満員状態で、但馬の顔見知りの方もチラホラと。私が関わっている「とがやま温泉」のステージは会場からの見学とはいかないので、モニター室で画像進行しながら画面見るだけで臨場感は残念ながらあまり伝わってこないのです。
とがやま温泉最大の特徴は車いすの方でも利用できる「ケア浴場」です。設計段階からOT/PTがかかわってきただけに、体に障害をもった方から「あきらめかけていた温泉がここにあった」という涙で訴えられた実話は心を打たれます。ユニバーサルデザインの温泉です。10分間の出番は司会の突っ込みもあり、提供景品として蛇紋岩棚田米、ペア入浴券、オリジナルタオル&ポーチの抽選を行いながら首尾よく終わりホット一息です。空き時間にお土産販売会場をのぞいて見ましたが大変な混雑でした。

菓子は各地域の風土や食材、携わる人の努力と工夫で生み出された地域の歴史品です。同時に、姫路城築城以来400年一度も戦争を経験していない不戦の城で菓子博が開かれ、「お菓子は平和の証し」として日本がいま平和であることの尊さを感じ取りたいものです。

※CATVふれあいネットで後日放映されるようです。

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NO.20 心の色

2008年05月06日 10時53分06秒 | Weblog
総務省によると、わが国の15歳未満の子どもは、昨年より13万人少ない1725万人で27年連続減少し、総人口に占める割合も13.5%で34年連続下落。米国(20.3%)、中国(19.4%)、韓国(18.0%)、イタリア(14.1%)などより低く、世界最低水準のようです。思い切った子育て支援対策をうたないと、と思うのですが政府はどう対策をとろうとしているのかスピード感が伝わってきません。

こどもの日に、二人の娘から外食に誘われ妻とともに御馳走になり、こどもの日はこうあってもいいなどと一人納得していました。その帰り道、こどもの日の話題とは対極に位置する後期高齢者医療制度の話になりました。妹のほうが職場にレポートを出さなくてはいけないとか。5/4のTV時事放談でも元政治家の二人が後期高齢者問題などで自民党を批判していたのを思い浮かべます。

その内容は、後期高齢者医療制度は家族関係が希薄になる元になりかねないと言い、今まで同じ保険の中で保険料を支払っていると言う事は「家庭という一つの財布」からで、それが新制度では「各々の財布」から保険料を出す、いま核家族という状況の中でそれが家族に与える心理状態はと問うていました。75歳になると突然に家族からはかけ離れた保険制度に強制加入となり、今まで息子から払っていた保険料からは無縁の存在となるのです。

平成6年に但馬の祭典実行委員会事務局出向から解かれて役所福祉部門に帰り就いた時、私の最初のあいさつは、「こどもの目が輝いているのは未来に希望があるからで、お年寄りの目が輝いていないとすれば、行政の責任に負うところが大きいのでは。」と述べました。それからまもなく、5小学校区単位にお年寄りが自由に気兼ねなく集う拠点として「ふれあい倶楽部」を立ち上げ、ボランティアの力添えによって今日に至っています。

しかし、残念ながら今の時代を色で表わすと、高齢者の「心の色」は限りなく「黒」という表現にならざるを得ないのです。その時々に力のあるものが惜しみなく力を出し合い、助け合いの精神で課題を乗り越えていくことが肝要なことと考えます。
心が冷たく机上の論理で制度化された後期高齢者医療制度は75歳以上の高齢の親を扶養するという日本伝統の絆を壊すばかりか、水くささを家庭に持ち込むものと考えざるを得ません。政府や与党の言う、事前の説明が足りなかったとか、1割なんだからこれくらいは払ってくださいよ、とかいう外見の目線とは違う、揺らいではいけない根っこの大切な部分があると思うのです。

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NO.19 商人ナンバタヘイ

2008年05月05日 23時14分09秒 | Weblog
DMを毎年頂きながら失礼ばかりでたいそう気になっていたパステル・水彩展、時間ができたので観にいってきました。日高・上ノ郷、古民家の小山邸です。

 

ジャズが流れ、ゆったり時が流れ、コーヒーを頂き、それはそれは太い梁に圧倒され、しばし落ち着いた時間でした。昨年6月旅した北海道・富良野風景のパステル画を眺め、想い出を巡らすこともできました。でも、円山川風景に何故か心はひかれます。安心感のようなものがそうさせるのでしょうか。春のパステル画1セットを求めました。

小山邸の古民家の由来が梁に貼ってあったので、ここで紹介します。
この建物は江戸時代の初期に八鹿の商人 ナンバタヘイ[現在の八鹿町上・下網場の太平さんの意だとおもわれます]の商家兼住宅として建てられたといわれています。この人物は出石城築城の折、木材を手配した商人で、築城のさいの余り材を利用して建物を建てたそうです。その後明治初期に曾祖父が譲り受け現在の上ノ郷の地に移築されました。なにぶん古い話なので資料も残っておらず、築城の時期も慶長9年<1604年>の小出吉英の築城を点すのか、元禄10年<1697年>松平氏の時代の三の丸築城の折の事なのかもはっきりしません。移築のさいに間取りの変更、縮小が行われており不自然なほぞ穴などがみられますが、柱、梁、平物、など大部分の部材は建築当時の物が使用されております。いずれにしても、筑後300年から400年を経ている建物です。以上小山家に伝わるお話です。

家主の画家・小山さんに、この言い伝えをもとに、八鹿・網場の人で太平さんという人物が誰なのか、これ以上の情報を知っている方が居られるのかどうか、を尋ねてみることにしますと言いましたが、当てがあるわけでもなく安楽寺・山田住職さんに相談をかけてみることにします。

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