われわれは常識的に本に親しむ人を皆読書家と呼んでゐるが、先年逝くなつた魯庵翁が読書家を定義して「読書家とは専門以外の本を読む人をいふのだ」といつてゐる。だから魯庵翁の説に従へば法科の学生がいかに法律の本を読み、医者がどんなに医学の本に親しんでも読書家とはいはれではない事になつてしまふ。
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ナポレオンは魯庵のいふ意味での読書家であつたと伝へられてゐる。出征の途上にさへ数巻の書籍を携へて多方面の知識を吸収し、読み終へるとドシドシ路傍に捨てゝしまつたといふが、ナポレオンのやうな例は極めて例外ともいふべきで、古来読書家と愛書家とはどうも一致するものらしい。一度自分が読んだ本にはなつかしさが刻みつけられてゐるからだ。
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『図書館に行けば読むことは出来る。しかし図書館の本と自分が所有する本とは香がちがふ。自分がつけた手あかを毎ページに見出すことは何といふ喜びであらう』「ヘンリー・ライクロフトの手記」の著者はかう述べてゐる。中食の金で本を買つて空腹をこらえたギツシングの気持も了解出来る様な気がする。
(『讀書漫語』 島田武)