かごめかごめの真実とは

空海様が私に教えてくれた秘密の暗号

日生は快晴でした

2021-10-04 03:35:09 | 埋蔵金

2021年10月4日(月)

2日(土)私はJR六甲道駅を8:15発の快速電車に乗って、三宮8:24発の新快速電車に乗り換えて、播州赤穂駅に9:42に着いた。

そこから10:01発のJR赤穂線岡山行きの普通電車で4駅である日生駅に10:16に着いた。

いつもながら携帯にイヤホンを繋いで昭和の歌謡を聴きながら車窓からの眺めを楽しんだ。

いつもは都はるみなのだが、その日は石原裕次郎の曲を楽しんだ。間にちあきなおみの『喝采』も何度か聞いた。

『喝采』には、私のおもしろいドラマの想い出があった。

田舎を出て会社勤めをして1年たった頃、会社の上場記念パーティーに500人ほどが集まった場所で、突然檀上に上がらされてフルバンドをバックにして『喝采』を歌わされたのでした。

事前に上司から「好きな歌を歌っていいから奈良代表で歌え」という命令だったので、「好きな歌なら・・」という約束があったので安心していたら、大勢を見下ろす檀上の中央のマイクの前に立った瞬間に司会者が、「昭和47年のレコード大賞はちあきなおみの喝采でした。歌うは奈良営業所の上森三郎さんです!」と、なんの打ち合わせもないのに突然に言われて、頭の中が完全にパニック状態だったことを何度も思い出したりしていました。

私が入社したのが昭和47年(1972年)でした。たしか入社した会社が翌年48年に大証2部に上場したのでした。

日生駅には大西さんが待ってくれていました。日生は夏日和でした。

大西さんが手配してくれていたタクシーに乗り込んで目的地点まで行って・・、そこから日生駅まで東から西へと凡そ6㎞をゆっくり日生駅近くのお宿まで、鹿久居島を眺めながらうちわだの瀬戸沿いの海岸道路戻ってくる行程でした。

観測は驚くべき結果でした。

お袋さんの爪を入れたテラファイトアイを組み込んだコアと一緒に旅をしました。

それにしても夏日和の日差しと海からの照り返しに、よくぞやり切ったという達成感がありました。

宿に着いて汗を流した後のビールが最高でしたぁ。そしてもう部屋に帰ったらバタンキューでした。

今週の土曜日は、熊本芦北で同じぐらいの距離を歩きます。 その予行演習の感があった日生の旅でした。

(日生駅から南 中央下薄く小豆島が見えます)・大西さん撮影

 

  

 


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