相撲史に関心・興味のある方どうぞ

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210年前、幕内三分の一が全休

2024-05-19 22:02:55 | 日記
 池上彰先生曰く「いい質問」です
ねぇ。━と、云っても江戸~大正末期
は「不戦勝」制度がなかったので、
中途休場の場合はその判定が困難の
場合だって想定外にできず、ここでは
初日~千穐楽の全休幕内力士数を対象
に調査済。

 江戸時代、記録明瞭な寶暦末期以降、
慶應年間までの最悪本場所は、超剛の
雷電引退3年後の文化十一(1814)年旧
四月場所、24名の幕内番附登載力士中、
8名が全休━つまり三分の一が全日欠場。

 明治本場所の88回のなかでは、三七年
夏場所、35名の幕内力士のうち、全休者
が12名を記録。
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風雲児 天竜が三段目で引分け

2024-05-19 13:51:29 | 日記
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 丁度100年前の夏場所と云えば、常ノ花
(藤嶋義久取締→出羽海秀光理事長)が新横
綱として登場。ここでは弟弟子の天竜(TBS
解説者→相撲評論家)が大正十三年春場所、
東三段目四枚目で「優勝」の星取表である。

〇朝 浪(幕下31)

〇東 泻(三段目13)

〇大麻山(幕下33)

✖矢留岩(三段目5)

〇佐賀ノ城(幕下28)

 当時、引分け相撲は明治期にくらべ
激減していたが、幕下以下でもたまに
みられる。
 尚、大麻…は當麻蹶速を聯想するが、
合法化され医療用に使用されそうな…
大麻草も想い浮べる。現代力士が名乗る
ことは出来ないだろう…。
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