「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

一つの部屋に幾つもスピーカーを置く理由

2023年05月31日 | オーディオ談義

”のっけ”から理屈っぽい話で恐縮だが、人間には二通りの人物像があると思っている。すなわち、自分が考えている己の人物像と他人が自分に対して思い描いている人物像(イメージ)。

後者の場合だと「はたして自分は他人の目にどう映っているのだろうか」というわけだが、物理的に他人の頭の中を覗き見ることが出来ない以上こればかりは永遠に分かりっこない。

おそらく両方の間に“ズレ”が生じていることは想像に難くないので、この“ズレ”を日常的にときどき意識して自分を客観視することはなかなか意義のあることではないかと思っている。

たとえば分かりやすい例として身近なオーディオから挙げてみよう。

このブログを常時読んでいただいている方ならご承知のように、自分の部屋には現在4
系統のシステムが置かれている。

(別の3系統のシステムは隣室で待機中)

当のご本人はこれを至極当たり前と思っているのだが、他人から見ると「この人、バッカじゃなかろか、同じ部屋に4つもシステムを置く必要があるのか?」といった具合(笑)。

そういえば、ずっと以前に読んだオーディオ誌には「同じ部屋にスピーカーをいくつも置いてはいけない。それぞれが吸音材の役割をするし、音響的にもけっしていい効果をもたらさない。」といった趣旨のことが書いてあった。

まことに、“ごもっとも”で、出来ることならメイン・システム(=正妻)を固定してひたすら後生大事に使うのが“まっとう”だし世間体もいいに決まっている。

だがしかし・・、妻妾同居の禁断の味を一度味わうと、これが“病み付き”になってなかなかやめられそうにない(笑)。

というわけで、ここで「バッカじゃなかろか」のイメージを覆しておくのも悪くはないと思うので、改めて4系統のシステムを置く理由を縷々述べてみよう。

しかし、はたしてこんな理由で納得していただけるかなあと、ちょっと不安だけどね~(笑)。

まず、第一の理由として挙げられるのは何といってもオーディオに割ける時間の多寡によるものだ。

たとえば多忙な現役生活を送っている方については物心両面で日中の仕事が忙しくて音楽とオーディオに割ける時間はせいぜい休日や夜の“ひと時”といったところだろうからこういう場合は一つのシステムで十分のはず。

実際に自分の場合も現役時代はそうだった。社会の荒波は想像以上に厳しい。当時、頭の中の大部分を占めていたのは仕事のほうで、割合でいえば「音楽&オーディオ」は3割以下に過ぎなかった。もちろん個人ごとの能力的な問題もあって出来のいい人は別だろうが~(笑)。

しかし、現在となっては明らかに時間の余裕度が違う。1日24時間がフルに活用できるようになると、今や「音楽&オーディオ」三昧で、その占める割合は完全に逆転して7割以上にも達する勢い。

「あなたの頭の中はオーディオだけね・・」と、こぼす家人の言葉もどこ吹く風で(笑)、こうなると一つのシステムだけではとても間に合わないのが自明の理というものだろう。

次の2番目の理由といえば音楽ソースに応じたスピーカーの使い分けをすることになろう。

たとえば、どんなに高価な大型システムであろうと、女性ボーカルや小編成のソースに限ってはシンプルな口径20~25センチクラスのフルレンジの良さにはとうてい及ばない。

大型システムはどうしても音像が大きくなってシャープさが失われてしまうのだ。むしろ「音のエッジ」が荒くなるという表現が妥当かもしれない。

「豊かな音」と「緻密な音」との境目は紙一重・・、刑務所の塀の上を歩いているようなもので、内側に落ちるのと外側に落ちるのでは大違い(笑)。

そういうわけでオーケストラからボーカルまで、そしてジャズなどのいろんな音楽ソースを1台のスピーカーでこなせるほどオーディオは甘くないんだよ~と、言いたい。

投資額と音質が必ずしも比例しない、これはオーディオが仕掛ける巧妙かつ非情な罠ではないかといつも思っている。

もし豪勢なシステムの外にも「AXIOM80」を備えているマニアがいたとしたらその耳を私は信用する、と言ったらあまりにも手前味噌だろうか(笑)。

そういうわけで、現在念頭においている主な使い分けの目安は次のとおり。



これがれっきとした正妻で最後まで看取ってもらわないと困る存在・・、オーケストラとジャズの再生は安心して任せられる。

次いで、


これらは小編成やボーカル向きでひたすら「音の彫琢」を楽しむためのSP群。        

と、いった具合だが、狙いはもう一つあってときどき違う音を聴きながら「あら探し」をして楽しみたいのがホンネ(笑)。

以上、まさにオーディオ三昧の生活だが、これで「幾つものシステムを置いている理由」にある程度納得していただけただろうか。

少しは自分の「変人イメージ」が覆ったかな~(笑)。

で、最後に「一つの部屋に幾つもスピーカーを置く理由」を「チャットGPT」に訊ねてみた。

「部屋に複数のスピーカーを配置する理由はいくつかあります。以下にいくつかの一般的な理由を挙げます。

1 音響体験の向上:複数のスピーカーを配置することで、音楽や映画などの音響体験を向上させることができます。複数のスピーカーを使うと、音がより立体的に感じられたり、サラウンドサウンド効果を再現したりすることができます。

2 均一な音の分布:1つのスピーカーだけでは、音の拡散や均一な音の分布が難しい場合があります。複数のスピーカーを配置することで、音を部屋全体に均等に広げることができます。

3 多部屋音響:複数のスピーカーを異なる部屋に配置することで、複数の部屋で同じ音楽を楽しむことができます。たとえば、ホームシアターシステムでは、メインのスピーカーをリビングルームに配置し、サラウンドスピーカーを他の部屋に配置することで、映画や音楽を全体の音響で楽しむことができます。

4 マルチルームオーディオ:複数のスピーカーを異なる部屋に配置し、それぞれのスピーカーを独立して制御することで、異なる音楽を再生したり、部屋ごとに異なる音楽を同期させたりすることができます。これにより、部屋ごとに異なる音楽を楽しむことができるだけでなく、全体として統一感のある音楽体験を作り出すことも可能です。

これらは一般的な理由ですが、個々の状況や好みによってもスピーカーを複数配置する理由は異なる場合があります。音響環境や個人のニーズに合わせて、最適な配置方法を選ぶことが重要です。

以上のとおりだが、ちょっとズレてますね・・。

「(脳の)マンネリ防止のためにいろんな音を楽しむことができる」という一言が欲しかったのに~。

やっぱり、無理かな~(笑)。



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南スコットランドからの「ウマさん便り」(2023・5・30)

2023年05月30日 | ウマさん便り

「発音あれこれ」 

リス…うちの庭にちょくちょく出没(しゅつぼつ)する。

そのリス、英語でsquirrelと綴(つづ)る。その発音が出来ないんや。どうしても「スクロール」になってしまい、皆に笑われる。

まわりの皆さんの発音がよくわかんないのはしょっちゅうですね。でも、英語がようわからんでも世の終わりじゃなしと腹をくくってる。 

キングス・イングリッシュ、クィーンズ・イングリッシュ、スコッティッシュ・イングリッシュ、アイリッシュ・イングリッシュ、アメリカン・イングリッシュなど、英語もいろいろあるけど、僕自身は、どの国の英語であっても、それらの発音を忠実に真似(まね)する必要はないと考えている。なぜか? 

うちに来られた日本の方で、アメリカ人の発音を真似(まね)て、ウォーターを「ウォーラー」と言う方がいた。これはやめたほうがいい。英国人で「ウォーラー」と発音する人はいない(と思う)。

一般的な話だけど、英国で、あるいは他のヨーロッパで、アメリカ英語がやや下に見られている現実を僕は何度も見てきた。でもね、言葉って、要するにコミュニケーションの手段だよね。

そのコミュニケーションの手段の段階で優劣を付けるなんて、よくないことだと僕は思っている。ま、アメリカを馬鹿にしている連中でも、ハリウッド映画は喜んで観てるけどな。

もちろん、個人的な友人関係で、アメリカ人を馬鹿にする人を見たことは、今まで、まったくない。だから、一般的な話だと断ったんです。僕自身も、素晴らしいアメリカ人の友人が何人かいる。敬意を表すればこそ、馬鹿にするなどとんでもない。

あらゆる面で世界をリードするアメリカです。でも、英国を含むヨーロッパの人たちが、アメリカをやや下に見ている(なと感じる)現実は何度も見てきた。 

やや(かなり)話がそれますが(いつものことや)… 

コロンブスが「ガリレオが云うように、地球が本当に丸いのであれば、今までのように東に向かわず西に向かってもインドに到達する筈や」と、1492年、ポルトガル女王の支援を得て大西洋を西に船出し、悪戦苦闘(あくせんくとう)の末、大陸に近い島に上陸した。 

でも、彼はそこがインドだと思い込み、そこにいた原住民をインディアンと呼んじゃった。その後、幾度かの大航海により新大陸が発見されたけど、そこにいた原住民もインド人だと認識されインディアンと呼ばれた。だけど、彼らこそが本当のアメリカ人なんだよね。

さらに、その、インディアン、つまり、本当のアメリカ人が、その後、ヨーロッパから続々とやって来た人間に過酷(かこく)な生活を虐(しいた)げられた歴史は、多くの西部劇を見てればわかる。
 

1620年、メイフラワー号に乗って新大陸を目指した102名の清教徒たちは、艱難辛苦の末、アメリカに到達した。英国に於いて宗教的迫害を受けた上での決断だったとは云え、何が待っているかわからない未知の大陸を目指すと云うことは、すごく勇気のいることだったと、僕は、彼らに敬意を表している。

新大陸に夢を託した人々が作り上げたのがアメリカだというのは歴史的事実です。でも、そんな人々をアメリカ人と認識するより「アメリカ人になった人たち」と認識すべきでしょうね。

そうそう、あの、ドボルザークの交響曲「新世界から」は、新大陸アメリカを目指した人たちの、その夢と情熱をドラマチックに、しかも壮大に表現していますよね。大好きな音楽です。 

さて、今でも、ヨーロッパ系の先祖を持つアメリカ人の中には、キングス・イングリッシュやクィーンズ・イングリッシュなど、兄貴分の英国の英語に若干(じゃっかん)のコンプレックスを感じている方が少なくないと思う。

敗戦後、GHQのアメリカ将校が、白洲次郎の英国仕込みの英語に、コンプレックス故(ゆえ)の称賛(しょうさん)を与えたり、北海道余市のニッカウィスキーを接収(せっしゅう)に来たアメリカ軍将校は、やはり英国仕込みの竹鶴政孝(たけつるまさたか)、マッサンの英語の迫力に退散するはめになったりしたのが、その証左(しょうさ)じゃないかな。 

でもね、ここで僕が強調したいのは、前述したように、アメリカ英語でもイギリス英語でも、その発音などを忠実に真似(まね)する必要はなく、誰にも通じるニュートラルな発音をこころがけるのが一番だということなんです。だってね、僕やあなたは英国人でもアメリカ人でもないからです。 

そして、英語も含め、外国語を流ちょうに喋(しゃべ)ることより大事なこと…

云うまでもないけど「何」を喋るか…その話の中身ですよね。これはな、流ちょうに喋れないウマの負(ま)け惜(お)しみとちゃうと思うで…

かなり以前、大阪でのこと…

ある英国パブで、見事な英語を喋る日本人と御一緒したことがあった。まだ、若い方だったけど、めちゃ流ちょう、つっかかることなく、ペラペラと流れるような英語を喋りはるんや。発音も完璧。ウマさん、惚(ほ)れ惚(ぼ)れと目を見張ってしもた。

ところがや、外国人の友人たちは、ほぼ口を揃(そろ)えて「確かに彼の英語は完璧や。だけど、話す内容がぜんぜん面白くなくて退屈する。だから、彼とは一緒に呑みたいとは思わん。はるかに英語が下手(へた)なウマのほうが、まだちょっとはましや」

これには驚いた。あんなに流ちょうに英語をしゃべる人が敬遠されていたなんて…。でも「ウマはちょっとはましや」はないよなあ。

その時、ウマは気が付いた。流ちょうに喋る必要はないんやなって…で、今でもペラペラと喋れないんでございますのや。 

さて、日本人は、R(アール)とL(エル)の発音が苦手(にがて)だとよくいわれるよね。Lはさほど難しくないけど、問題はR(アール)ですね。

そこでね、red や、rightなど、単語の頭に微(かす)かに「ウ」を付けるんです。(ゥ)レッド、(ゥ)ライト、そうすると、まず通じますね。これ、伊丹十三さんの本に書いてあった。

英語の発音の要諦(ようてい)は、th(舌の先を上下の歯で噛(か)む)、f(下唇を上の歯で噛む)、vも同様。それにRとLですね。これだけ注意すれば、たいがい通じる(んちゃうか)。でも、ウマの発音が通じんのは、ま、日常のことやけどな。 

それぞれの国では、外来語をそれぞれ自分たちに都合のいいように発音する。

英国人の発音を都市名を例にみてみよう…ほんの一例です。

ジュネーブ→ジェネバ、ミュンヘン→ミュニック、ウィーン→ヴィエナ、ナポリ→ネイプル、ローマ→ロウム、ブルガリア→ブルゲイリア、グルジア→ジョージア…などなど。 

昔、全英オープンの実況中継で、アナウンサーが、青木Aokiのことを「エオウキ」と呼んでいたし、ある英国人が、東京の品川Shinagawaをシャイナゲイワと発音するのを聞いたこともある。

もちろん日本人も負けてません。カッコ内の英語読みと比べてみてください。ペキン(ベイジン)、トルコ(ターキー)、キプロス(サイプロス)、ベルギー(ベルジャム)、ウクライナ(ユークレイン)、マケドニア(マセドウニア)、ギリシャ(グリース)、ボルネオ(ボーニオウ)…などなど。 

余談だけど、英語になった日本語、けっこうありますよ。

「ツナミ」など、それ以外の言葉では表現出来ないぐらい世界共通語になってしまった。昔は「フラワーアレンジメント」と言ってたけど、今は「イケバナ」で通用しつつある。

布団(ふとん)は「フトンマットレス」、その他「スシ」「テッパンヤキ」「サケ」「テリヤキ」「ボンサイ」「シイタケ」「ワサビ」「ベントー」「ノリ」「ミリン」「ミソ」「サシミ」などはもう立派な英語です。寿司の「ニギリ(握り)」「マキ(巻き)」も、ほぼ通用します。

「柿」は「パーシモン」と書いてある店もあるけど、ロンドンの屋台の果物屋さんなど「KAKI」と書いてあった。でも、カキって、もともとスペイン語らしいね。僕は、柿(かき)と牡蠣(かき)を使った「カキカキッ!」ってなアホな料理を作ったことがあった。誰も食べてくれへんかった。
 

先日、スムージーを作るためにキャロラインが買ったジューサーの名前が「ニンジャ」。なんでジューサーがニンジャやねん?

商品名に日本的な名前がかなりあるのは、日本の製品って、やはり一目置かれているんですよね。「ショーグン」「サムライ」「カタナ」はどなたでも知ってます。「三菱パジェロ」こちらでは「ミツビシ・ショーグン」です。 

ところで、スーパーで見る日本の食材など、てっきり日本製だと思っていたら、裏に小さく小さく「メイドインチャイナ」と書いてあることがある。これらは日本の会社の委託生産(いたくせいさん)ではなく、中国の会社がパッケージに日本語や日本風のイラストを書き、日本製を装(よそお)ってるということですね。

こんな商品、すごく多い。僕も騙(だま)されたこと、けっこうあるよ。ずっこいよな。面子(めんつ)を重んじる中国人でも商売となるとなあ…
 

キャロラインさんは、けっこう日本語をしゃべる。僕が、彼女の喋(しゃべ)る英語がわからない時など、日本語で言ってくれることも珍しくない。「ナニナニです」「ナニナニでございます」など、敬語の使い分けや日本語の読み書きもある程度(かなり?)出来る。

さて、日本にいた時ね、彼女は「シュッ」の発音が苦手だった。「シュッ」が「シュウ」になっちゃうんだよね。ま、今は大丈夫ですよ。

で、当時、僕を人に紹介するのに「私のシュジンです」と云うべきところが「私のシュウジンです」になるんや。それはいいんやけど、なかには「あゝなるほど」とニコッとする方もいたりして閉口したなあ。

オイ!ウマは囚人(しゅうじん)かい?

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「しゃべる能力」と「書く能力」のどちらが大事?

2023年05月28日 | 独り言

何も罪のない人が簡単に殺されてしまうことに大いに義憤を感じる。

つい先日、長野県で起きた「猟銃立てこもり事件」では警察官2名を含めて4名の方々が犠牲になられた。

まことにお気の毒~、合掌。

テレビによると犯人は他人と会話のキャッチボールが出来ない人物だったという。コミュニケーションがとれないまま孤立感、疎外感が増して追い詰められた気分になったのだろうか。

この世の中でまっとうに生きていくためには人間同士の接触が絶対に欠かせないので、そういう能力の欠如は致命的な欠陥になる見本のような事件。

さて、人間が何か自分の意思を反映させようとしたらどういう方法があるんだろう。

思いつくのはまず「しゃべる」、そして「表情と身振り」、さらには「書く」ぐらいかな。

通常「表情と身振り」は「しゃべる」と併用されるケースが多いので結局「しゃべる」と「書く」に収斂されるといっても間違いは無かろう。

どちらも大切だが日常生活や仕事においては「しゃべる」方が圧倒的に優位で、「書く」は比較的必要とされないのは周知のとおり。

「女性は耳で恋をする、男性は目で恋をする」とは、「女性は口説き文句に弱い、男性は見た目に弱い」という意味だが、現役時代の洒脱な女性上司からじかに聞いた言葉で、やっぱり「しゃべる=口説く」のがうまい男性は「もて方」が違うような気がする。

したがって長~い人間の進化の過程では「しゃべる」能力の優勢な遺伝子の数が増えるのは自明の理だから、必然的に該当する人口の比率が増しているのは疑いないところだろう。

ただし、これまでの人生を振り返ってみると「しゃべる能力」と「書く能力」の両方に長けた人に出会うことはめったになかったような記憶がある。

つまり「しゃべる」のが巧い人は、「書く」のが苦手で、逆に「書く」のが巧い人は「しゃべる」のが下手といった具合。

もちろん、両方とも長けた人や両方とも冴えない人もいることはいるがかなり珍しい・・(笑)。


具体的な例を挙げるとずっと以前のこと、作家の「城山三郎」さん(故人)の講演を拝聴したことがあるが、小さな抑揚のないボソボソといった話し方で、内容の方もあまり記憶に残らなかった。

これほどの大作家でもこの程度の「しゃべり」かと、驚いたと同時に「天は二物を与えない」ものだと、妙に安心感を覚えたことを記憶している。

ン、安心感・・?

実は、かくいう自分も「書く」のはあまり苦にならないが「しゃべり」は苦手なタイプなのである(笑)。

たとえば1対1の対面ではそれほどでもないが、不特定多数が相手ともなるともうダメ~。

いずれにしても、来し方「しゃべり」のうまい人が「うらやましくて」仕方がなかったが、こうして今のような退役した身分になってみると「しゃべり」の機会は(家族内に限られてきて)ほとんど無くなり、「書く」ことの比重の方が圧倒的に増してきている。

たとえば始めてから17年目に入ったブログ。

「文章が巧い」なんて口が裂けても言うつもりはないし、事実大したことはないが(笑)、「書く」ことが苦にならないことはたしかである。

極めてマイナーな分野のブログでも17年も続くと1日当たり800人ほどの読者がアクセスしてくれるし、興味を持って読んでもらえるのであれば、ささやかながらも社会に役立っているかもしれず、日常生活に張りを与えてくれるのはとてもありがたいこと。

そういうわけで、晩年になると「しゃべる」よりも「書く」方がむしろ「得」かもしれないなんて、この頃は勝手に思い直している。

しかし、これも根本的には「ネット時代」のおかげだろう。

いまさらながらだが、誰もが簡単に情報発信し、そして取得できるのだからまったく夢のような時代が来たものだ。

で、最後に「チャットGPT」に「書く能力としゃべる能力のどちらが大事?」と訊いてみた。


「しゃべる能力と書く能力のどちらが重要かは、状況や個人の目標によって異なります。以下に、それぞれの能力の重要性について説明します。

しゃべる能力の重要性:

1 コミュニケーション:しゃべることによって他人と効果的にコミュニケーションを取ることができます。交渉、議論、発表などの場面で重要なスキルとなります。

2 パーソナルな魅力:良い話し手であることは、人々に好感を持たれる要素の一つです。自信や説得力を持って話すことで、人々を引きつけることができます。

3 即興力:しゃべる能力があれば、即座に考えながら対話を進めたり、意見を表明したりすることができます。会議やグループディスカッションなどで重要な能力です。

書く能力の重要性:

1 文書作成:書く能力は、レポートやメール、文章の作成などにおいて非常に重要です。正確な情報伝達や意見の表明に役立ちます。

2 分析と構造化:文章を書くことは、情報を整理し構造化するためのプロセスでもあります。論理的思考や分析力を鍛えることができます。

3 記録と共有:書かれた文章は、長期的な記録として利用できます。また、文章を共有することで、多くの人に情報を伝えることができます。

結論として、しゃべる能力と書く能力は、それぞれ異なるシナリオや状況で重要となります。

コミュニケーションやパーソナルな魅力が求められる場合はしゃべる能力が重要ですし、文書作成や情報共有が必要な場合は書く能力が重要です。能力をバランスよく発展させることが、より幅広い状況での成功につながるでしょう。」

以上、当たり障りのない模範回答だが、「老年になるほど書く能力が必要になる」という言葉が欲しかったんだけどねえ・・。

ま、無理か(笑)。



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後悔先に立たず

2023年05月26日 | オーディオ談義

これまで遠方・近方からを問わずお客さんとの試聴会を数知れず行ってきたが、いつも事後に「失敗った!」という事柄が必ず出てくる。

言い換えると「詰め」が甘い・・。

今回(23日)もそうだった。



これまで中音域用に使っていた「スーパー10」(ワーフェデール)を鳴らす「300Bアンプ」に中国製を使っていたのだが、昨日(25日)ふと思い立って、久しぶりに「6A3(刻印)」真空管を使ってみようかと差し替えたところ、何とまあ音質が激変したのである。

音を言葉で形容するのにもいろんな要素があり個人ごとの好みも様々だが、低音や高音がどうのこうのというよりも自分の場合の尺度はなんといっても「鮮度」、「色気」そして「琴線に触れる」とでもいうのか「胸にきゅんとくる哀愁感」に尽きるがこの三者を見事に兼ね備えているのだから驚く!

あ~あ、最初から「6A3」にしておけば、もっと喜んでもらえたのになあ~。

で、「6A3」真空管・・。


我が家でのこの球の活躍場所は「WE300B」アンプに限られる。



そう、この球は幸いなことに「WE300B」と互換性があるのだ。

「北国の真空管博士」によると、

「通常の300Bアンプには使えませんが、あなたのアンプなら差し替え可能です。
6A3は1935年にシルバニアが発表したと思われます。フィラメントの形状を見るとヨーロッパ管の影響が見て取れます。 

10往復フィラメントのRCA2A3(一枚プレート)に4往復のフィラメントで対抗するにはヨーロッパに学ぶ必要があったのかもしれません。 

(当時真空管の製造技術はヨーロッパのほうが優れていました) 

その甲斐あってかチューブテスタでGmを実測すると6A3の方が2A3より高く、規格表に近い数値が出ます。 

6A3は良く出来た球なのですが日本では知名度が低いためか製作例は意外と少なく、その実力は正しく評価されていません。 

2A3の2枚プレートと6A3の音を比べてみると6A3の方が音のヌケが良く2A3にありがちな中域の音の濁りをあまり感じません。 

更には、私の開発した裏技回路を組み合わせればWE300Bや一枚プレートの2A3にも引けをとらない音が実現できます。  

(フィラメント電圧が6V規格の)6A3の程度の良い球であれば(フィラメント電圧を)5Vに下げても十分なエミッションを発生します。 

それゆえWE300Bアンプの動作がEp325V以下、プレート損失15W以下であれば差し替え可能です。 

もちろん私が改造したあなたのWE300Bアンプの動作はその範囲に収まっていますので6A3が使えます。 

 なお、71Aシングルアンプでも6A3は使えると思いますが、アンプのフィラメント電流供給能力がギリギリなので長時間の使用はお勧めできません。」

以上のとおり、微に入り細にわたる博士のご解説だが、結局あの有名な「2A3」真空管に比べてフィラメント電圧が6Vなので「6A3」というわけ。

我が家の場合は、アンプの回路やインターステージトランス(UTC:HA-106)などとの相性がよほど良かったに違いない。

「中国製」と「エレハモ」の300Bは、なまじ持っていると今回のように害をなす・・、もう「お払い箱」だな、これは~(笑)。
 



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不思議な細工

2023年05月25日 | 独り言

遠方からのお客さん2名を迎えての2日間の「おもてなし」も無事終了した。

初日(23日)は「オーディオ三昧」と「関アジ三昧」で「聴覚」と「味覚」を堪能してもらった。

残るのは「視覚」「嗅覚」「触覚」なので、それらを「くじゅう花公園」(久住町)で堪能してもらおうという算段。



別府からクルマを飛ばして雄大な「くじゅう連山」を横目にしながら1時間40分ほどで到着。

クルマも少なくまことに快適な「ドライブコース」だったが、帰りに「ネズミ捕り」をやってたので間一髪、危なかった(笑)~。

で、当日(24日)は圧倒的な好天に恵まれ、晴れ渡った青空のもと広大な花畑に群生した色とりどりの花々の上を5月の薫風が爽やかに吹きぬけていき、まるで「天国のようなひと時」となった。

「薔薇の園」の充実ぶりも見事なもので、お客さんたちも大喜び~。

豊かな自然に恵まれ、都会では見受けられない大分の良さを少しでも味わっていただいたとしたら、県人としてこの上ないこと~。

で、人間だれしも独自の「持ち味」があるものだが、今回の旅行では3名それぞれの個性が発揮されて興味深かった。

横浜在住のT君は「カメラ」に精通し、高級なニコンのカメラを持参していたが、「レンズの明るさ」が勝負とのことで、1枚40万円もするレンズを3枚持参していた。

そして、自分は「オーディオ」しか能のない人間だし(笑)、残る「鳥栖市」(佐賀県)在住のO君は「木工技術」に精通していた。

ご近所や知り合いの求めに応じて、テーブルをはじめいろいろ作ってあげてるそうで、えらく重宝されている由。

そのO君が今回持参したのが次の細工。



もちろん木の方に継ぎ目は一切無し~、切り離した後で接着剤を使うような小細工はしていない。

どうやって小さな5円玉の穴に矢が通っているのか不思議でしょう!

どうしても知りたくて夜も寝られないほどの方は(笑)、自己紹介欄のメルアドあてご連絡ください。技法を教えて差し上げます。

ちなみに「チャットGPT」に「5円玉に矢を通す」と意地の悪い質問をしてみたところ次の回答が提示された。

「5円玉には直径約6ミリメートルほどの穴がありますが、通常の矢の先端はそれよりもはるかに太く長いため、5円玉の穴に矢を通すことは非常に困難です。矢の先端を通すためには、矢の先端を細く加工したり、5円玉の穴を拡大する必要があります。

ただし、これは実用的な方法ではありませんし、5円玉を変形させることになるため、法的にも問題がある可能性があります。また、5円玉は通常、法定通貨として使用されるため、改変することは推奨されません。

もし矢を通す特殊な目的がある場合は、専門の工具や加工技術が必要になるかもしれませんが、詳細な方法については、専門家や工芸品作りの専門家に相談することをおすすめします。」

オッ、ほんの「小さなヒント」が隠されてますね、アハハ・・。


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「聴覚」と「視覚」による ”おもてなし”

2023年05月24日 | オーディオ談義

めったにない遠方からお見えになったお客さん(二名)を迎えての試聴会。横浜在住のT君と鳥栖市(佐賀県)在住のO君で、どちらも高校時代の同窓生。

とはいえ、初対面だから驚き~。団塊の世代はとにかく人数が多かった(笑)。

今回はせっかくだから我が家の「ベストの音」を聴いて満足してもらいたいと大いに張り切った。

まずは多すぎるスピーカーの中から当日は時間の制約で聴けそうもないスピーカーを隣の部屋に疎開させることにした。

もちろん、できるだけ音響空間を広げて「響き」を良くしたい意図も透けて見えるかな~(笑)。

家人が当然のごとく眉をひそめたが「一日だけだからな」と念押し!



これが臨時的に移した3系統のスピーカーと3台の真空管アンプたち・・、図らずも一軍と二軍の差が露呈したと受け取られても仕方がないかな(笑)。



ま、それはいいとして、これが久しぶりにすっきりしたオーディオルームで、なんだか音まで磨き抜かれて伸びやかになる感じ~。

ちなみに機器の設置場所は余計な振動(エネルギー)を床の方に分散しないように鉄筋の打ち抜きコンクリートにしている。この効果は大型スピーカーの低音にとって大きな意味を持つ・・。

そして、部屋に入るなり両君が感嘆の声を上げた。「ワー、すごい!」

オーディオマニアにとってはなんてことはない風景だろうが、普通の人が見たら異常に映るのかもね~(笑)。

「鬼面(きめん)人を驚かす」という言葉がある。外見だけ恰好を付ける、いわばコケ脅し的な意味で使われるのだが、そうでなければいいのだが・・(笑)

ほんとうは両スピーカーの間には音響的に物を置きたくないのだが、低音域のユニットは指向性が鈍いし、中高音域のユニットの間には空間が広がっているので、まいっか。

さっそく、試聴に移った。

両君の好みに合わせて「ジャズ」「ポピュラー」「歌謡曲」・・。

ジャズのシンバルの生々しい響きには心から驚かれた様子で「075ツィーター」の威力絶大だった。

そして、乞われるままに「カーペンターズ」(オンリー・イェスタディ)「ポール・モーリア」(恋は水色)「ベンチャーズ」(ウォーク・ドント・ラン)、「小椋 佳」・・

同じ世代なので往年のヒット曲のオンパレードに大喜び~。

そして音質の方も同様で、「時々大型船に乗って旅をするんだけど、デッキの上で演奏してくれる楽団の音とそっくり、まるで目の前で演奏しているみたい・・」だそうで、もう絶賛の嵐だった。

掛け値なしの言葉と受け取らせてもらおう・・、大きな自信になりましたぞ!(笑)

およそ3時間ほどの試聴を切り上げてからホテルまで送って行った。

そして、夜の部は「関アジ」「関さば」の「生き作り」で有名な割烹「H」に移って、ビールと焼酎が乱舞する中で大いに盛り上がって談論風発。

それぞれ活躍してきた舞台の種類は違えども、幾多の修羅場(病気も含めて)を潜(くぐ)り抜け、酸いも甘いも噛みしめてきた3人の豊かな人生経験ともなると、話は尽きませぬぞ~(笑)。

たいへん楽しい一日でした!

そして、本日(24日)は、いよいよ「くじゅう花公園」へ~。



ホテルを9時出発予定で、両日とも心配していた天気に恵まれそうでほんとうに助かった。



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遠方からのお客さん

2023年05月23日 | 独り言

このブログの末尾にいつも掲載している画像(鳥類、花、風景など)の出典をご存じだろうか?

いつも感謝とともに使わせてもらっているが、それは「
福岡高校」時代の同窓生で、現在は横浜在住の「T」君が所蔵する膨大な画像のうちの一部にあたる。

「T」君とは一緒のクラスになったことはないが、15年ほど前から「福高同窓生ネット」を通じて懇意になり連絡を取り合う仲になった。

カメラ歴がおよそ50年にも及び、栄えある「ニコン・カレッジ」を卒業したほどのプロ級の腕前を持つカメラマンである。そして、カメラ(ニコン)のお値段もすごい・・(笑)。

その「T」君から4月初旬に連絡があった。

「5月の中旬に用事があって福岡に行くけど、ついでに君の家に寄ってぜひオーディオを聴かせて欲しい・・、ついてはどこかいい旅館を世話してくれないかな?」

全国的に名だたる温泉観光地「別府」のことだから旅館・ホテルは市内に満ち溢れており「ああ、お安い御用だよ」と、気安く請け負ったものの現実は厳しかった。

まず、我が家の一軒隣にお住いの「A」さんの姉が経営している大きな民宿を打診したところ「コロナ禍で従業員が大手のホテルに吸い寄せられて、残念だけど十分な対応ができないそうよ、風情のある鄙びた旅館は皆そうみたい~」

コロナ禍の爪痕がこんなところに・・。

そこで、今度は大手のホテルを次から次にネットで検索したところ、いずれも宿泊代がいつもの相場より高っ!

巷の噂では旅行経費に助成金が出るのを当て込んで宿泊代の相場が上がっている由。

そして、ようやくリーズナブルな準大手の「K」ホテルを見つけて紹介したところ、「ああ、そこでいいですよ」に落ち着いた。

その5月中旬もあっという間に来てしまった。

日程は次のとおり。

23日(火)の11時39分に別府駅着。

即、自宅に直行して3時間ほどオーディオ試聴。

T君はその昔、現在のマンション住まいの前には「JBL」のシステムを愛好していたとのことでまずは「JBLの2ウェイシステム」を中心に聴いてもらおうとの胸算用。

で、その日の夜の部は割烹「H」(予約済)で、歓迎の飲み会。

で、問題は翌24日(水)のことで、どこに案内しようかと散々迷った。

別府は海あり、山あり、温泉地獄ありだが、いずれもポピュラー過ぎて、誰でも一度は来たことがあるだろうから、まるっきり目を転じて「くじゅう花公園」(大分県久住(くじゅう)町)と「ガンジー牧場」はどうかな~。

となると、「くじゅう花公園」なんてもう30年このかた行ってないよなあ・・。

どうしようもない不安に駆られて事前に視察することにした。

20日(土)に家人と二人で出かけたところ、何と片道が1時間50分もかかって、やたらに長かったが「くじゅう連山」の雄大な景色に恵まれて退屈しなかった。カメラの被写体としては最高かも~。

で、カーナビの指示通りにようやく行き着いたその「くじゅう花公園」だが、土曜日とあってかなり大きな駐車場が県外ナンバーで溢れかえっていた。

これは施設のごく一部です。安物のカメラでパチリ(笑)。



薔薇好きの家人が「薔薇コーナー」で興奮気味。



そしてパンフレット。



事前準備の積りだったが「花の香り」を十分堪能できたのは思わぬ収穫。そして、クルマで数分の「ガンジー牧場」では名物の「ソフトクリーム」を味わった。

そして、今日(23日)はいよいよ当日です~。

あっ、そうそう、ここ1週間ばかり「オーディオルーム」の整理整頓と掃除に大わらわでした! 

雑巾がすぐに真っ黒になって、もう何回洗ったことか・・(笑)。



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オーディオの神様は謙虚な人が好き?

2023年05月22日 | オーディオ談義

つい先日の記事にも載せたように、オークションの不人気のせいで再び我が家に舞い戻ったテクニクスの「スコーカー」(口径12cm)。



あまりにも可哀想だし、悔しさ半分だし、素っ気なかった市場を見返してやりたい気分が ”ごっちゃ” になって
「よし、ぜったいお前の生き場所を見つけてやるからな」と、意気込んだのがこのシステム。



これはこれで十分といえるほどの鳴りっぷり・・。

しかし、入るものがあれば当然出るものもある。

これまで居座っていた「175ドライバー」(JBL)が、弾き出されてしまった。

いつものことだが、我が家ではこういう「玉突きオーディオ」が日常茶飯事のごとく横行している(笑)。

で、その「175」の新たな活躍の場所になったのがこのシステム。



生粋のJBL2ウェイシステム「D123(口径30cm)+175」へと変身~。

使っている箱はグッドマンの「AXIOM301」(口径30cm)が入っていたもので、板厚が4cmもあるので箱鳴りを嫌う「JBL」のユニットにはもってこいだし、オリジナルの「ARU」(背圧調整器)はそのままにしておこう~。

さて、問題はクロスオーバーの設定だ・・、オーディオの一番おいしい部分だがどうしようかな~。

とはいえ、自由度は手持ちのコイルやコンデンサーから自ずと絞られてきて、今回は「D123」を「ハイカット 700ヘルツ」(-6db/oct)に設定、「175」を「ローカット 2000ヘルツ」(-6db/oct)に設定してみた。

ハイカット用のコイルは「ムンドルフ」(ドイツ)の「1.8mh(ミリヘンリー)、ローカット用のコンデンサーは「ウェスタン」(アメリカ)の「10μF(マイクロファラッド)」に落ち着いた。



「D123」用のアンプは「300Bシングル」でいこう、フルレンジなら「WE300B」を使ってもいいが、700ヘルツまでとなると中国製で十分だろう。

「175」用のアンプは定番の「71Aシングル」をあてがった。



で、さっそく耳を澄ましてみたところ・・、

いくら「ジャズ向き」とされるJBLのシステムといえども、「弦楽器」が ”しっとり” と鳴ってくれないことには我が家では存在価値が無に等しい。

ところが、これが実にうまく鳴るんですよねえ・・(笑)。

まず、「D123」と「ARU」付きの箱の「息」がピッタリ合うし、しかも「175」が素晴らしい。

これまで「375」や「85」などを使った経験があるが、弦楽器に関してはJBLの中でこの「175」が一番 ”しっくりくる” ような気がしてならない。

ただし、小出力で上質の真空管アンプを使うに限る。

おっと・・
、気が付いたらまたいつものように自画自賛になってしまった。

テレビの「釣り番組」を観ていたら「釣り船」の船長が「釣りの神様は謙虚な人が好き」と言ってたが、「釣り」と「オーディオ」は意のままにならないところがよく似ているので「オーディオの神様は謙虚な人が好き」なのかもねえ・・、となると自分は明らかに不利だな~
(笑)。

で、「チャットGPT」に「オーディオの神様は謙虚な人が好き?」と訊いてみた。すると、

「オーディオの神様という存在は、個別の信念や信仰に基づくものではなく、一般的なコンセンサスがあるわけではありません。したがって、オーディオの神様が謙虚な人を好むかどうかについては、明確な回答をすることはできません。

ただし、音楽やオーディオに関わる人々の間では、謙虚さや謙遜の美徳が尊ばれることがあります。謙虚な人は、他の人々の意見や経験を尊重し、自身の知識やスキルを適切に評価することができます。また、謙虚な人は学び続ける姿勢を持ち、成長する機会を生かすことができる場合があります。

音楽やオーディオの世界では、謙虚な姿勢を持つことは、他の人々とのコミュニケーションや協力関係を築く上でも重要です。音楽は協力と共有の芸術形態であり、謙虚な態度を持つことで他の人々とのコラボレーションや創造的なプロセスを円滑に進めることができるでしょう。

したがって、オーディオの神様が謙虚な人を好むかどうかは特定の信念体系や神話に依存するものではなく、人間関係や個人の価値観に関連する要素と考えられます。」

フ~ン・・!(笑)



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南スコットランドからの「ウマさん便り」(2023・5・21)

2023年05月21日 | ウマさん便り

「御寄付(ごきふ)、匿名(とくめい)、そして天才のチェロ」

NGOとしての我々アラントンは、基本的には御寄付(ごきふ)で成り立っている。

言葉を変えれば、恒久平和(こうきゅうへいわ)を希求(ききゅう)するアラントンの活動を支(ささ)えたいという人々の、心からの篤志(とくし)で成り立っている。 

東京にある五井(ごい)平和財団、この公益法人(こうえきほうじん)がアラントンをサポートしてくださるその筆頭です。

この財団の理事で、昭和電工最高顧問の大橋光夫さんと奥様の清子さんがアラントンにおいで下さった時、かなりの額の御寄付をくださった。

現在、アラントンの各所にある北欧製暖炉(だんろ)は、この御寄付によって設置させていただいたものです。アラントン裏にある森林から伐採(ばっさい)された間伐材による薪(まき)が、美しい炎となって部屋を暖めてくれるたびに、我々アラントンスタッフは、大橋さん御夫妻を思い出す。 

面白い意図(いと)の御寄付もある。

「アラントンに日本式のお風呂をつくりませんか?」と、やはり我々アラントンを熱心にサポートしてくださる、名古屋にお住まいの柴田さん御夫妻も、かなりの御寄付をくださった。

日本のお風呂と西洋のお風呂文化はまったく異なっている。で、今、アラントンに於ける日本式お風呂も、実現に向け動き出した。 

何といっても、日本に長年住んだアラントン代表のキャロラインが、銭湯や温泉など日本のお風呂大好きだしね。この人、雪景色(ゆきげしき)の露天風呂につかりながら焼酎のお湯割りをキューと一杯、これサイコーやとおっしゃるんや。この人、前世はぜったい日本人でっせ。

で、アラントンの日本式お風呂完成の暁(あかつき)には、日本の銭湯に倣(なら)って入り口には暖簾(のれん)をかけます。もちろん「ゆ 柴田温泉」や。壁の富士山は、僕がペンキで描(か)きますがな。

 その他、日本のお米や食材など、こちらでは得難(えがた)い品々を送ってくださる方が少なくない。これらの貴重な日本食材で僕が調理した日本食のファンは、こちらで確実に増えている。実にありがたいことですね。 

ところで、このスコットランドの地に於いても、アラントンに御寄付くださる方はいらっしゃる。現金や小切手をくださる方もいるけど、お金だけではなく、ソファーやテーブル、さらに椅子などの家具の他、ピアノなど、あらゆるものを寄付して下さる。芝刈り耕運機(こううんき)や藁(わら)ぶき屋根のパティオ、それにキャンピングカーなど、アラントンの内外にある数多くの物が御寄附なんですよ。 

かなり以前の話だけど、アラントンに常設している寄付箱に、とんでもない札束が入っていて、アラントンスタッフがびっくりしたことがある。当時の日本円でたしか20万円ほどだったと記憶している。

で、その頃アラントンに来た方々すべてに問い合わせたけど、名乗りを上げる人はいなかった。つまり匿名(とくめい)の御寄付だったんですね。

アラントンに集う方々は無私無欲(むしむよく)の人ばっかりだなあと日頃から思ってた僕やけど、この匿名の御寄付には正直言ってびっくりした。そして、世の中にはこんな人がいるんやと、心洗われる思いがしたんですよね。

こんな方々に接するうち、僕自身、かつて盛大に持っていた物欲が、かなり希薄(きはく)になっている自分に気付いたこともある。ま、ちょっとぐらいはあるけどさあ… 

匿名(とくめい)…、で、ふと、思い出したことがある… 

ジャクリーヌ・デュ・プレ…

1987年に42歳で亡くなった天才チェリスト…

僕は、彼女が弾くチェロにとても惹(ひ)かれている。カザルス、ロストボービッチ、ヨーヨー・マなど、僕が愛するチェリストは少なくない。でもね、ジャクリーヌ・デュ・プレは、特別な存在なんです。

是非とも、彼女の演奏を目の前で聴きたかった。驚異的なテクニックも含め、その音色・表現力は卓越(たくえつ)している。指揮者のズービン・メータのコメントがある。

「あの音量の凄さは男のチェリストでも敵(かな)わない」

史上最高のチェリストですね。ま、僕にとってはということやけど… 

皆さんは、ストラディバリウスを御存知ですよね。

ヴィオリオンやチェロ、これらの楽器の最高峰として、多くの名手に引(ひ)き継(つ)がれている歴史的名器です。非常に高価、時価一億円はごく普通で、二億円以上するものもある。

ただし、ヴァイオリンの匠(たくみ)、名工ストラディバリウス氏のお弟子(でし)さんが、師匠の名を冠(かん)したものは玉石混交(ぎょくせきこんこう)なので、そんなストラディバリウスは要注意だと、親友のヴァイオリニスト木野雅之(きのまさゆき)が言ってたことがある。

彼は、イタリアのクレモナにあるヴァイオリン博物館所蔵の世界最高のストラディバリウスを弾いた恐らく唯一の日本人ヴァイオリニストじゃないかな?

さて、ジャクリーヌ・デュ・プレは、二台のストラディバリウスを使用したが、その二台とも彼女のファンから贈られたものだった。

ところが、二台とも、なんと匿名(とくめい)で贈られてきたという。もう、びっくりですね。そのうちの一台、ストラディバリウス・ダヴィドフは、現在、あのヨーヨー・マが使用している。二億円と云われるこの銘器(めいき)を、彼はタクシーに忘れたことがあるという。  

屈託(くったく)ない彼の人柄(ひとがら)を表わしていて微笑(ほほえ)ましいよね。だけどさあ、彼、気が付いた時は慌(あわ)てたやろなあ。 

余談だけど、匿名(とくめい)と云っても、ひどい匿名があるよ。

インターネットの便利さ素晴らしさ、その恩恵は僕も大いに享受(きょうじゅ)している。でも、ときおり、匿名での云いたい放題に癖癖(へきへき)することがある。

匿名の世界をいいことに、呆(あき)れるばかりの罵詈雑言(ばりぞうごん)を見ることがあるんやね。僕は、そういうおどろおどろした世界にはかかわらないようにしている。人をののしる時は、ちゃんと自分の名前をあきらかにせよ! どうや出来ないやろ?。つまり、それら匿名者は卑怯者(ひきょうもの)だと云えないか? 僕は、匿名でコメントしたことは一度もない。 

ジャクリーヌ・デュ・プレに歴史的銘器を贈った二人の篤志家(とくしか)…

彼らは億の付く楽器を、彼女に匿名(とくめい)で贈ったわけだけど、それらの無私(むし)かつ利他的行為(りたてきこうい)は、今、充分に報(むく)われていると僕は思っている。彼女の演奏が歴史的遺産として残っているのだから…

例えば、エルガーのチェロ協奏曲や、シューマン、サンサーンス、バッハなどの小品集が入ったEMIのアルバム「ジャクリーヌ・デュ・プレ」を聴けば、僕の意味するところが分かっていただける思う。エルガーのチェロ協奏曲など、これ以上の演奏はないとさえ僕は思っている。 

よっしゃぁ、僕も匿名で、人になにか贈るでぇー!

「これ、くれたのウマとちゃう?」と、聞かれても「エッ? 知らんよ…」

そうやそうや! 隣村のアリーン婆さん、ワサビ好きで僕の寿司の大ファンの彼女のニックネームはワサビガール。来週の金曜日、彼女の誕生日やないか。

その声も流し目も、めちゃ色っぽい彼女、もう、77歳か78歳とちゃうやろか?  日頃からアラントンの活動には熱心に協力してくれてるしなあ。

よっしゃ、ウマ特製の寿司にたっぷりのワサビを添(そ)えて、彼女の家のドアの前にこっそり置くことにしよう。

もちろんアンタ、匿名(とくめい)やで! ウフッ…



チェロを弾くために生まれてきた彼女だったけど、美人薄命…
 

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オペラ「椿姫」のベストの演奏は?

2023年05月20日 | 音楽談義

昨日(19日)の過去記事ランキングの上位に入っていたのが「ネズミはオペラを聴くと寿命が延びる」だった。

およそ2年前の記事なのに内容の方は早くも忘却の彼方・・、情けない
。歳は取りたくないものですね~(笑)。

かいつまむと次のような内容だった。

「帝京大学チームによると心臓移植を受けたネズミにオペラ「椿姫」を聞かせたところ通常術後1週間の寿命が1か月まで延びたという。

何も処置をしないと拒絶反応が起こり8日で心臓は止まります。ある時、10匹のネズミが入った箱2つを並べて置いておくことが出来ず、別々の場所で保管しました。

すると片方の箱では8日前後で止まるはずの移植後の心臓が止まりませんでした。そこで環境の変化があるのではないかと直感したのです。

そこでまずはヴェルディ作曲の「椿姫」を聞かせてみることにした。音楽がとても好きだというリーダーの新見院長、イギリスに留学していたころはよくオペラや楽団の演奏を聴きに行ったそうだ。

研究員によると「椿姫」を選んだ理由はボス(新見院長)が好きだからというのが理由。研究者たちは他にもモーツァルトやエンヤなどの音楽を聞かせたが結局一番効果があったのが椿姫であり、寿命が平均26日生き延びた。

次にモーツァルトで20日、エンヤは11日程度で微増。また石川さゆりの「津軽海峡冬景色」も試したが残念ながら効果はなかったそう。

さらに寿命が延びた理由がほんとうに音楽によるものなのかを検証するためにネズミに音が聞こえないようにして同様の実験を繰り返した。その結果、ネズミの寿命が伸びることはなく、術後の長生きが音楽の効果であったことが証明された。

新見院長はこう述べる。

「この研究結果から言えることは音楽が脳を介して免疫系に良い影響を与えているということです。

病気には医学的対処はもちろん大切ですが脳に影響を及ぼすような環境、希望や気合、家族のサポートなどが大切であることに通じる結果です。”病は気から”とよく言いますが、あながちウソではないです」。


昨今、とりわけ欧米諸国で音楽は様々な病気の治療の一環としてじわじわと定着し始めている。音楽療法は精神病や中毒症の両方の一つであることに加え、身体的な病気の治療を手助けするものと認識されつつある。

効果の度合いや再現性については諸説あるが様々な症状において、音楽が痛みや吐き気そして不安感を和らげると報告されている。音楽を通常の治療と合わせることで安らぎを与え、症状をポジティブな方向に向かう手助けをしているようだ。

新型コロナウィルス肺炎が続く中、感染予防にも大脳の働きが大切です。ストレスを溜めないことが、がん予防、感染予防、そして長寿につながります。」

というわけで「音楽&オーディオ」に限らず趣味と名のつくものの効用は免疫系にとても良い作用を及ぼすのでけっして無駄な投資ではないことがわかる。

そして、ずっと以前にも「乳牛にモーツァルトを聞かせるとお乳の出が良くなる」という話を読んだことがあるが、これらのことを踏まえると、美しい芸術を人間が独り占めしてはいけないということだろうか(笑)。

という内容でした。

フ~ン、「椿姫」ねえ・・。

周知のとおり自分は「モーツァルト・オンリー」の人間なので、ヴェルディの作品には疎い。

このところマンネリ気味の「音楽脳」に、たまには刺激を与えてみるか・・。

で、「チャットGPT」に「椿姫のベスト演奏はどれ?」と訊ねてみた。

すると、

「椿姫」はジュゼッペ・ヴェルディのオペラであり、多くの素晴らしい演奏が存在します。ベストの演奏を選ぶのは主観的な判断になるため、人々の好みによって異なるかもしれません。ただし、以下の演奏は一般的に高く評価されているものです。

1 マリア・カラスの演奏:マリア・カラスは「椿姫」の主役を演じたことで有名であり、彼女の演技と歌唱は非常に感動的です。彼女の1953年のスタジオ録音や1958年のコヴェント・ガーデンでのライブ録音などが特に称賛されています。

2 ジョアン・サザーランドの演奏:ジョアン・サザーランドは美しい声とテクニックで知られており、彼女の「椿姫」の演奏も優れています。彼女の1962年のスタジオ録音や1973年のコヴェント・ガーデンでのライブ録音が評価されています。

3 アンナ・ネトレプコの演奏:アンナ・ネトレプコも「椿姫」の演奏で高い評価を受けています。彼女の声の美しさと感情的な表現力が特筆されています。彼女の2005年のコヴェント・ガーデンでのライブ録音や2012年のメトロポリタン歌劇場での公演がおすすめです。

これらの演奏は、それぞれの歌手の個性や演技力、音楽性によって異なる解釈がされています。椿姫を演じる歌手の声や表現力によって好みが分かれるため、自分自身でいくつかの演奏を聴いて比較し、自分にとって最も魅力的な演奏を見つけることをおすすめします。

ハイ、わかりました。と、ひたすら頭(こうべ)を垂れるのみです(笑)。



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興味を惹かれた最新記事二題

2023年05月19日 | 独り言

☆ 「チャットGPT最新版」が医師国家試験に合格



つい先日の「読売新聞」に載っていた記事だが、最新版の「チャットGPT」に、ここ5年分の「医師国家試験」の問題を解かせたところ、合格ラインを突破したとのこと。

驚きですねえ!

おそらくこれからももっと進化することだろうから、そのうち「チャットGPT」を活用するネット診療が現実味を帯びてきましたね。

定型化された質問状に対して回答を書き連ねて返信し、その結果送られてきた「検査キット」で血液や尿などを採取して送付すると、病気が特定され、近くの薬局に薬を取りに行く・・。

言い換えると医師があぶれる時代の到来ともいえそうで、全国の医学部の定員の縮小、あるいは廃止、そして医療関係者の地殻変動も起きそうですよ。

そして対象は医学にとどまらず弁護士などの法曹関係者などにも波及してきそう。

そのうち「チャットGPT」が「司法試験」や「公認会計士」試験に合格するのも時間の問題でしょうか。

なんだかたいへんな世の中になってきそうです(笑)。

そして、もう一つ。

☆ 学費がタダになる高専の新設

1年ほど前の記事で「学歴社会の崩壊」(2022・2.25)を取り上げたことをご記憶だろうか。

日経新聞に載っていた元東大学長の「小宮山 宏」氏のコメントがこれ(再掲)。

「いわゆる学歴社会は実質的には壊れている。最近、高専の学生を採用して失敗した例はない、東大卒は成功例がだいたい半分と、企業人から聞いた。高専は今ではAIを学べるところもあり多様さがある。」



その今をときめく話題の高専が徳島県に新たに設立されたという記事が「日経新聞」に載っていた。

年間200万円の授業料がタダというから凄い。5年間の一環した教育システムだから合計すると1000万円にも上る。

で、そのお金(基金:105億円)の出どころだが、有名企業が一社当たり10億円を負担するというもの。

そして、「奨学生」が卒業後に「関連する企業」に必ずしも就職しなくてもいい、いわゆる紐付きではないところがユニーク。

これからの日本を担う学生たちに最先端の教育を受けさせて社会に有用な人材を育てていく、まことに結構なことではあるまいか。

そして、「学習意欲のある若者が家庭が貧困なために進学できない」ことへの対策の一環にもなるところが大いに評価できる。

私見だが、これは現代の日本が直面する政治課題のうちの「焦眉(しょうび)の急」ではないかと常々思っている。いや、決して大げさではなく~(笑)。

「貧困問題」というのは国民全体で考える問題として社会的アプローチの方が先決だと思う。

多感な時期において挫折した若者がそのまま社会に出たとなると、有形無形のいろんな歪みが生じてくるし、社会不安の大元にもなる。

たとえば、安倍元首相の銃撃事件にしてもその類(たぐい)だろう。

で、「チャットGPT」に答えを求めてみた。

「家庭が貧しくて進学できない」

それはとても困難な状況です。進学を希望しているのに経済的な制約がある場合、以下のいくつかの選択肢を検討することができます。

1 奨学金や助成金の利用: 学費や生活費の一部をカバーするために、奨学金や助成金を申請することができます。大学や専門学校、地方自治体、非営利団体などが提供する奨学金や助成金がありますので、それらの情報を収集し、申請することをおすすめします。

2 ローンや分割払い: 学費を支払うために教育ローンを利用することもできます。いくつかの金融機関や教育機関は、学費を分割払いするオプションを提供しています。ただし、ローンを借りる場合は、将来の返済計画を立てておく必要があります。

3 パートタイムの仕事: 進学しながらパートタイムの仕事をすることで、学費や生活費を賄うことができるかもしれません。学校のキャンパス内や近くのアルバイト情報を探し、自分のスケジュールに合わせた仕事を見つけてみてください。

4 経済的な支援を受ける: 地元の社会福祉機関や教育支援団体に相談して、経済的な支援を受けることもできます。彼らは貧困層の学生をサポートするためのプログラムやリソースを提供していることがあります。

5 別の進学方法を検討する: 大学に通うことができない場合は、職業訓練プログラムや専門学校など、より費用のかからない進学方法を検討することもできます。将来のキャリアにつながるプログラムや資格を取得することで、就職や収入の機会を広げることができます。

以上の選択肢は一般的なものですが、個別の状況に応じて最適な方法を見つけることが重要です。学校のキャリアカウンセラーや地元の教育関係・・

なかなか現実的な回答です。ごもっともです。

ただし、政治課題として大きくとらえる発想はないみたいですね(笑)。


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情けは人のためならず

2023年05月18日 | オーディオ談義

人生が思い通りにいかないのは誰しも同じだが、当初は禍(わざわい)だと思っていたことが、後になると意外にも福に転じたりして、瞬間風速的な見方は慎しまなければと思うことが再々ある。

そういえば・・、中国の故事には「禍福はあざなえる縄のごとし」というのがありますね。

「災禍と幸福とは糾った(縒り合わせた)縄のように表裏一体であり、一時のそれに一喜一憂しても仕方がない。」

「オーディオ人生」にも同じことが言えそうですよ(笑)。

というのも・・、

そろそろオーディオ人生も終幕を迎えつつあるので、今後使いそうにない機器類を整理して必要な人に使ってもらおうと、知人に頼んでたびたびオークションに出品してもらっている。

もちろん機器によって人気度は様々で、出品したとたんに落札されるものがあるかと思えば、なかなか売れ行きが悪いものもある。

そのパッとしない中の一つに、テクニクスの「ユニット」が挙げられる。



型番は「EASー12PM10」(テクニクス)で口径12cmのスコーカーである。スコーカーというのは周知のとおり「中音域」専用に使うユニットですね。

テクニクスの「EASシリーズ」は定評があるので、5年ほど前にオークションで見かけたときに落札したもので、とにかく安かった! たしか7000円前後だった記憶がある。

同じ箱の中にウーファー(低音専用)があるのを想定して、背圧の影響を受けないように頑丈な筐体で装備されている。

「オーディオの足跡」(ネット)によると、「口径12cm」、「再生周波数 200~6000ヘルツ」、「出力音圧レベル 100db」、「許容入力 30W」

このことから、200ヘルツ以上の再生は「口径12cm」で十分だという主張が読み取れますね!

で、我が家でもさっそく試してみたがどうもピンとこなくて、(今思えば未熟だった)ずっと放っておいたが、どなたか使う方がいればとオークションに「5000円」で出品してもらった。

ところが、どうやらスコーカー(中音域の再生専用)は使いずらそうでサッパリ人気がない。3か月ほど経ってもまったく音沙汰なしで知人と相談してスタート価格をとうとう「3000円」まで値下げする有様。

それでもアクセスがパッとしない・・、とうとう”しびれ”を切らして知人に「長期間の店晒(たなざら)しは可哀そうなので引き取ります」と、申し出た(笑)。

で、改めてこのユニットの活用法といえば、「175ドライバー」(JBL)の代わりしかない。

「200~6000ヘルツ」と、帯域周波数が限定されているスコーカーだが、メリットが一つあって、それは音質の劣化要因となる「コイル」や「コンデンサー」を使わないで済むところがいい。

15日(月)に引き取りに行って、その日の午後からさっそくセッティングに取り掛かった。



設定した周波数帯域と駆動するアンプは次のとおり

<~200ヘルツ>

SPユニット:ワーフェデール「スーパー10」(ウーファー)

プリアンプ 「安井式プリ」

パワーアンプ 「EL34プッシュプル」

<200~6000ヘルツ>

SPユニット テクニクス「EASー12PM10」(スコーカー)

プリアンプ 「E80CCプリ」

パワーアンプ 「6AR4シングル」(三極管接続)

<7000ヘルツ~>

SPユニット JBL「075ツィーター」

プリアンプ 「E80CCプリ」

パワーアンプ 「71Aシングル」

結局、プリアンプ2台、パワーアンプ3台を使ったシステムとなった。



さあ、どんな音が出るか、ハラハラ・ワクワクだったが、各アンプのボリューム調整に手間取ったものの、その後は「至上のサウンド」が待っていた!

周波数帯域に隙間が無く、音の粒子がびっしりと詰まっている感じを受けた。

グールドの「ピアノ・ソナタ」(モーツァルト)を聴いてみたら、演奏中の彼のハミングが明瞭に聞こえるのにビックリ。



家庭でクラシック音楽を楽しむのなら、もうこれで十分だね~。

いやあ、オークションで売れなくてよかった!

まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」・・、おっと「情けは人のためならず」という言葉もあったなあ。

「人(この場合は機器)に対して情けを掛けておけば,巡り巡って自分に良い報いが返ってくる」という意味だが、「禍福・・」は以前使ったことがあるので今回のタイトルはこれにしようっと~(笑)。



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自作のエンクロージャーと音響効果

2023年05月16日 | オーディオ談義

若いころは「音楽とオーディオ」よりも、それこそ「釣り」の方に熱中したものだった。

当時は「釣り熱」が高じるあまり市販のありふれた「仕掛け」に飽き足らず、独自に工夫なり加工した
「仕掛け」をいろいろ試作した。

「仕掛け」といっても、「浮きの種類」「錘の種類」「釣り針の大きさ」「ハリス(糸)の太さ」などを総合的に勘案したものになる。

で、なぜ試作したかといえば、釣り場の環境は「(防波堤の)竿を振る位置の高さ」から始まって「対象魚種」、「潮の流れ具合」、「風向き具合」「太陽の方向」など千差万別なので、それに応じた「仕掛け」が絶対に必要で、その点、市販のありふれた製品は個別の現場の状況に ”そぐわない” ものばかり・・、もちろん「釣果」の方も工夫しただけあって「GOOD」だったのは言うまでもない。またそういう独自に工夫した「仕掛け」に対する愛着もひとしお~。

まったく同じことがオーディオについても言える。

個人ごとに好きな音楽や好む楽器の音色は違うし、部屋の大きさも違うしで、それぞれの置かれた環境は千差万別で、ありきたりの市販のオーディオ機器は現場にそぐわないものばかり。

その中でも、いの一番に挙げるとなると「箱=エンクロージャー」ではなかろうか。

これ次第で音質が激変するのでオーディオにとって一番大切な代物だと言っても過言ではないと思うが、はたしてメーカー仕様のままが適切なのかどうかは一考を要する・・。

で、我が家の現在の状況に移ると7系統のスピーカーのうち、ユニットごと大幅に改造したのが「ウェストミンスター」、そのほか、まるごと「エンクロージャー」を自作したのが4系統のスピーカーに上る。



左から、「植木鉢」の寸法(4か所のねじ穴)がピタリと合った「スーパー10」(ワーフェデール:赤帯マグネット付き)、その右側の上がグッドマン「TRIAXIOM」(口径30cm)、下が同じくグッドマンの「AXIOM80」(復刻版)、そしてオリジナルの「AXIOM80」。

「釣り」でもお察しのとおり、もともと弄るのが好きなんでしょうかねえ~(笑)。

そもそも「オーディオ」は箱を自作あるいは改造しないと、僭越ながら「オーディオの奥深さ」は分からないと思っている。

ユニットの位相の調整、背圧の逃がし方、定在波の防止、適度な箱鳴りの調整など勉強になる材料がいっぱい~。

たとえば、画像にあるエンクロージャーの板厚はいずれも「1.2~1.5cm」とごく薄めにしている。

市販の製品には見られない薄さで、英国系のユニットはすべてといっていいほどうまく「箱鳴り」をさせることを前提に作られているので、理に適うと思っている。

まあ、自己満足に過ぎないけど「お仕着せ」の市販のスピーカーよりは低予算ながらずっと上をいっていると自負しているが、どうかな・・(笑)。

で、前述した中の「定在波」の防止についてだが、箱の内部を御覧にいれよう。


要所に「卵トレー」を貼り付け、残った隙間には「ティッシュ」を敷き詰めるというもの。

これで信じられないほど「いい音」になりますよ~(笑)。

そこで、ご提案。

懇意にしているご近所のご協力のもと「卵トレー」(厚紙)が溜まっていくばかり~。そろそろ置き場所に困ってきたのでもし御入用の方がおられましたらタダでお譲りします。



ただし、送料だけはご負担くださいな。

オーディオルームの要所に張り付けるのもよし、既存の箱を開けて張り付けるのもよし、将来「箱の自作をしたい」という方もよし。

ちなみに、我が家のオーディオルームではスピーカーの対面をこうしている。



そして、希望者には「おまけ」として次の本を同梱します。



地元の図書館が新築移転するため、蔵書の放出をしており、気軽に引き抜いてきた本だが、一読したところ思わず赤面するような内容で、はたして図書館がこんな本を置いてよかったのか・・。

よろしかったら、どうぞ~(笑)。

希望者は「自己紹介欄」の「メルアド」あてということで~。


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「ポルノ」を笑い飛ばそう

2023年05月14日 | 読書コーナー

「犬が人間を噛んでもニュースにはならないが、人間が犬を噛むとニュースになる」という「言い伝え」があるが、「ポルノ作家がポルノ小説を書いてもニュースにならないが、元東大総長がポルノ小説を書いたらニュースになる」とは、これいかに~(笑)。

そのポルノ小説とは「三島由紀夫賞」を受賞した「伯爵夫人」という作品。

作家は「蓮實 重彦」(はすみ しげひこ)氏(87歳)。1997~2001年にかけて第26代東大総長を務めた仏文学者である。



「本作では二朗(主人公)が伯爵夫人に射精させられたり、“金玉潰しのお龍”や“魔羅切のお仙”が登場したりとポルノ的な場面が頻出します。しかし、彼女たちの口からあふれ出る露骨に猥褻な言葉はカラッとしており、思わず笑ってしまうシーンもたくさんありました」と、書評にあった。

作者の蓮實氏によると「笑劇として読んでいただけるとありがたいです」とのことで、なるほど、こういう学問の権化(ごんげ)みたいな方が書くポルノとなると、陰湿感というよりもカラッと乾いた印象を受けて、眉を顰めるどころか
「ポルノを笑い飛ばす」余裕と心境が分かるような気もするところ(笑)。

という「前置き」のもと、話を展開するきっかけになったのがこのほどたまたま図書館の新刊コーナーで目に入ったこの本。



「性の美学と政治学」という御大層なタイトルが付けられていますねえ、所詮ポルノはポルノでしょうけど~(笑)。

「日活ロマンポルノ」・・・、日本映画界の斜陽により経営難に陥った日活が打開策として1971年から開始した「ポルノ路線」の作品群である。作品総数1100本以上。(90頁)

製作条件は1本あたり平均予算が「750万円」、撮影日数が一週間、10分に1回性的な場面を挿入するというものだった。

とはいえ、こういう条件下でも将来有望な若手監督が輩出され、いくつもの「伝説的な名作」が生まれるのだから映画は監督の力量によるところが大きいともいえる。

ほら「悪いオーケストラは無い、悪い指揮者が居るだけだ」という格言と一緒ですよ、これは~(笑)。

アッ、そうそう、あれは30年以上も前のことだったかなあ・・。

当時はバリバリの現役で「音楽&オーディオ」に割ける時間なんてほとんどなくて、上からも下からも圧力がかかる「中間管理職」として仕事に追われる日々だった。

で、上京の目的だった「〇〇全国会議」が無時済んで帰りの飛行機の時間まで余裕があったので上司に連れられて、とある映画館に入ったところ上映されていたのが「日活のロマンポルノ」だった。

エロティックなシ~ンは、普通の映画にも付きものなのでそれほど驚きもしなかったが、全編これでもかといわんばかりの「剝き出しの性」にはちょっと怯んだが、全体的にはなかなか興味深かった!(笑)

「二本立て」だったが、その内容といえば女性がどんなにひどく裏切られ、凌辱されてもけなげに立ち直り、逞しい生き様で男性にやり返すというパタ~ンが多いような気がした。

高尚な見方からすると、女性が「性の奴隷」から「解放」されて「自立」する映画というのもあながち間違ってはいないかな~。

本書にもあったが、近年「日活ロマンポルノ」に対して若い女性のファンが多いというのも頷けるところ。

これらの映画が意図せぬうちにその後高まった「男女共同参画社会」の呼び声の礎(いしずえ)になったやもしれず、「性の美学と政治学」のタイトルもその辺から来たものだろうか。

本書では「ロマンポルノの女王」とされた「白川和子」(「団地妻昼下がりの情事」)さんの独占インタビューも掲載されているので、機会があればご一読を~。

とはいえ、どういう映画か、一度御覧になるのが一番でしょうよ(笑)。

で、「チャットGPT」に問い合わせてみた。

「日活ロマンポルノが観たい」

すると、次のような文章がすらすらとでてきた。

「申し訳ありませんが、私は適切なコンテンツを提供するために設計されたAIチャットボットですので、わいせつなコンテンツを提供することはできません。また、違法な行為にも関与することはできません。私たちは倫理的および法的観点から、ユーザーに不適切なコンテンツを提供することはできません。何か他にお手伝いできることがあれば、お知らせください。」

たった一言で「わいせつなコンテンツ」と片付けていいものだろうか(笑)。

【追伸】

つい先日ご紹介した西部劇の名作「リバティバランスを射った男」が本日(14日)午後6時半から「BS日テレ」で放映されます。ご興味のある方はご覧ください。



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南スコットランドからの「ウマさん便り」(2023・5・13)

2023年05月13日 | ウマさん便り

スコットランドほろ酔い通信・ウマ便り 

「木野雅之」

もう三十年近く前のこと… 

大阪阿倍野斎場近くの地酒の店、八人で満席の小さなその店に入ると、馴染みの常連、ピアニストの吉山輝がいた。彼には連れがいた。初めて見る顔だった。 

「ウマさん、こちら木野、さっき東京から来たばかり。酒が好きなんで、この店に連れて来たんです」

「やあウマさん、木野です。初めまして。吉山からウマさんのことは聞いてますよ」すごくにこやかなその挨拶に、たちまち好感を持った。 

陽気な酒好きが三人揃うと楽しいね。まあ、ワイワイと随分お酒が進んだ。

かなり盛り上がってきた時、ふと、木野の後ろにヴァイオリンケースらしき物があるのに気が付いた。

「木野さん、おたく、ひょっとしてヴァイオリン弾くの?」

「ええ、弾きますよ」

「じゃあ、ちょっと弾いてよ」

「ええ、いいですよ」 

この時点で僕は、彼がヴァイオリニストどころか、なんと、日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターだとは知らなかった。

これほどの演奏家が、呑み屋で「ちょっと弾いてよ」なんて言われたら気分を悪くするのが普通じゃないか? ところが彼は「いいですよ」とニコニコしている。

近くに、最近、三角屋根の一戸建てのフレンチレストランがオープンし、その店にグランドピアノがあるのを思い出した。

「ねえ、吉山と木野さん、近くにグランドピアノがあるレストランが出来たんやけど、そこへ行こうよ。ちょっと電話してみる…」

で、電話したけど、オーナーの順子さんは

「ウマさん、悪いけど、もうラストオーダーが終わって、お酒しかないわよ」

「お酒しかないって!」

「よっしゃ、行こ行こ!」 

 タクシーを飛ばして、そのレストラン「ゴルドナー・ヒルシュ」へ行った。お客さんは誰もいない。

「順子さん、この二人ミュージシャンやねん。ちょっとピアノを貸して」

やや、迷惑そうな順子さんだったけど

「開店以来、このピアノを弾いた人はいないわよ」と、真新しいピアノの蓋を開けてくれた。 

吉山も木野さんもかなり飲んでたんで大丈夫かいな?と思ったけど、演奏が始まった途端、もうびっくり! えげつないブラームスが始まったんや。

順子さんも「この人たち何?」と目を丸くしている。あと片付けに忙しくしていたウェイターやウェイトレス、それにシェフやコックたちもフロアに出てきて驚きの表情を見せている。その時、木野さんが弾いていたヴァイオリンは、名手ズッカーマンが愛用していた時価七千万円の名器だとは、かなりあとで知った。 

ま、これが、僕と木野雅之との出逢いだったけど、今、思うに、とてもいい出逢いだったと思う。その後、僕のファミリーがスコットランドに移住し、続いて僕も移住したけど、木野が毎年のようにスコットランドにやって来てコンサートで弾いてくれるようになるとは、その時は想像もしなかった… 

彼が現在使用しているヴァイオリンは、二十世紀の巨匠で木野の師匠でもあったルッジェーロ・リッチから譲り受けた1776年クレモナ生まれのロレンツォ・ストリオーニ。約一億円はするんじゃないかなあ。

木野はアラントンに来ると、すぐ、短パンにアロハシャツ、ビーチサンダルの格好でキッチンに来て、僕、キャロラインと、熊本の芋焼酎を呑むのが習わしになっている。そして「木野さん弾いてよ」「ああいいよ」…で、キッチンテーブルで演奏が始まるんです。僕らにしたらとても贅沢なひと時だよね。

ある時、いつもよりニコニコしてキッチンに来た。

「前から欲しかった弓がやっと手に入ったんだ」フランス製の弓だと言う。

「楽器屋さんがディスカウントすると言うんで買ったんだ」

「で、いくらしたの?」「千二百万円」エーッ?! 

彼は、ロンドンのギルドホールでヴァイオリンの研鑽に励み、卒業直後に国際コンクールで優勝するなど何度も賞に輝いた。そして順調にヴァイオリニストの道を歩み、日本フィルのコンサートマスターを経てソロコンサートマスターに就任し、現在に至っている。ヨーロッパはもちろん、世界各地にお弟子さんがいる。

彼は、東京の二子玉川とロンドンに住まいがある。時には、東京からヒースローに着いたあと、ロンドンの自宅には寄らずにスコットランドに来てくれることもあった。

築三百年近いというそのロンドンのアパートのリビングの真ん中には譜面立てがあった。やっぱり音楽家や。リビングのど真ん中に譜面立てなんてすごいなあ。やっぱり日頃から猛練習をしてるんや。で、その譜面立てにあるのは何の楽譜か興味を持ったんやけど、その譜面を見た長女のくれあが言う…

「おとーちゃん、あれ、譜面とちゃうで」

どれどれと見てみると、なんと「週刊ベースボール」や。 

彼、木野が大の野球狂で阪神タイガースの熱烈なファンだと知った。彼は、のちに、タイガースの応援歌「六甲おろし」をレコーディングしている。 

2008年夏、彼がスコットランドに来る機会を捉えて「グローバル・ピースコンサート」と銘打ったコンサートを催した。これがとても好評だったので、翌年に第二回グローバル・ピースコンサートを、地元ダンフリース市最大の会場で、木野はもちろん、多彩な一流ミュージシャンを招いて催した。

3時間に及ぶこの大コンサートは新聞にも大きく取り上げられ、こちらで木野のファンが増えるきっかけとなった。その後、彼は毎年のようにお弟子さんを連れてスコットランドにくるようになったが、スコットランド各地でのコンサートの収益金は、ことごとく被災地に送られている。これは彼の、無私の精神、そして利他的精神の賜物だと思っている。 

木野雅之は、百枚以上のアルバムをリリースしてるけど、彼の「ヴァイオリン名曲集II」と「ブラームス、ヴァイオリンソナタ集」の二枚は僕が解説文を書いた。どちらも12ページに及ぶ長〜い文章だけど、まあ読んでみて。笑っちゃうよ。



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