味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

故に曰く、楽は樂なり。「礼記」

2018-08-28 18:12:29 | ブログ
第3529号 30.08.29(水)

故に曰く、楽は樂なり。君子は其の道を得るを楽しみ、小人は其の欲を得るを楽む。道を以て欲を制すれば則ち楽みて乱れず。欲を以て道を忘るれば、則ち惑ひて楽まず。是の故に君子は情に反りて以て其の志を和げ、樂を廣めて以て其の教を成す。樂行はれて民、方に郷(したが)ふ。以て徳を觀る可し。『礼記』580

 こうしたわけで、古人も「樂は樂(たのしむこと)である」と言った。即ち君子は音楽によって(音楽の表現する)善や美を知って楽しみ、小人は音楽によって(感覚上)の欲求を満たして楽しむ。君子は、善や美によって、(感覚的の)欲求を清らかにするから、音楽を楽しんで乱れないのであるが、小人は欲求に引かれて善も美も忘れるから、音楽を楽しむことができず、これに溺れてしまうのである。つまり君子は人情を好く考察し、音楽を利用して人心を和らげ、音楽の愛好を世に広めて教育の効果を大きくするように、努める。こうして音楽が広く行われ、その結果として民心が正しい方向に進めば、その事によって指導者たる君子の徳化が、好くわかるのである。

 【コメント】我々末端の者は君子ではありませんが、音楽を利用して人心を和らげ、音楽の愛好を世に広める教育の効果を大きくするように努めたいと思います。
 いろいろなことを研究してそれらを応用活用して楽しむことは大事ではありますが、人間社会に定着させるまでは種々の問題が生じると思います。とにかく平和的に進めることが肝要だと思います。

 <音楽にって----民心が正しい方向に進めば、その事によって指導者たる君子の徳化が好くわかる>とありますが、次元内容は異なるのですが、国内の障害者雇用の件について、法務省をはじめ多くの省庁が水増しして報告されていたとのこと、これはよくないと思います。子供たちの教科書にもその事実を書いて欲しいものです。

 例えば国のトップの権力者である総理が細かいと言われる位、正直に、丁寧に取り組むよう指示し、自分も天に誓って誠心誠意務めていれば、構成する人々も右へ倣う筈なのです。何故それが出来ないのでしょうか。元総理の小泉さんがいう通り、安倍さんは答弁の度、ウソが積み重なっていくといいましたが、総理の真似をしているのでしょうか。
 因みに私は、五年前、町内会長就任にあたり、全国で一番働く町内会長になる、そして一円の不正もしない会長になると心に近い、三年間、それはそれは働きました。
 ゴミ収集車がくるときは、その車両の先頭を走り、次の場所まで行き、係の人以上に率先してゴミを積み込んだものです。その時、収集車の人が「何故、会長さんはそこまでするのですか」と言われたものです。

 そして事務作業も全国一の資料を作ったという自負があります。年末の赤い羽根共同募金を市に提出する時、その資料を見た市役所の担当者が、こんな綿密な資料は初めてみました、これは誰が作成したのですか、と聞かれたものです。
 その数年前まで、鹿児島市空手道連盟15年間、鹿児島県空手道連盟20年間事務局長をしてきたのでした。当時中央の全日本空手道連盟に資料を送付したら、こういう念入りな総会資料は初めて見ましたと懇ろな言葉を頂いたものです。
 念入りな資料を作成すると、日々の作業の手抜き・インチキが出来ないからなのです。
 ここでお願いですが、政府関係者も虚偽答弁はしないようお願いしたものです。インチキをしたら天が観ているのです。公の場で答弁出来ない夫人は、公の仕事はさせるべきではありません。

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『善の研究』第15回 21頁
 
 これに反し、この統一が破れた時、即ち他との関係に入った時、意味を生じ判断を生ずるのである。我々に直接に現われ来る純粋経験に対し、すぐ過去の意識が働いて来るので、これが現在意識の一部と結合し、ここに純粋経験の状態が分析せられ破壊せられるようになる。意味とか判断とかいうものはこの不統一の状態である。しかしこの統一、不統一ということも、よく考えて見ると畢竟程度の差である。全然統一せる意識もなければ、全然不統一なる意識もなかろう。凡ての意識は体系的発展である。瞬間的知識であっても種々の対立、変化を含蓄しているように、意味とか判断とかいう如き関係の意識の背後には、この関係を成立せしむる統一的意識がなければならぬ。

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『菜根譚』13

 径路の窄(せま)き処は、一歩を留めて人の行くに与え、滋味の濃やかなる的(もの)は、三分を減じて人の嗜むに譲る。これは是れ世を渉る一の獄安楽の法なり。

 〔訳〕狭い小みちのところでは、まず自分が一歩よけて、相手を先に行かせてやり、またおいしい食べ物は、自分のを三分がたへらして、相手に譲り充分に食べさせてやる。一歩を譲り三分をへらして与えるという、このような心がけこそ、世渡りの一つの極めて安楽な方法である。

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 今日は、荘内から酒が送ってきました。小林 恵様に先程電話でお礼を申上げました。阿曾先生と一緒に送りましたとのことでした。自転車で日本縦断をするだけあって、元気あふれるお声でした。この度は誠に有難うございました。
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