老後の練習

しのび寄るコドクな老後。オヂサンのひとり遊び。

Honda

2010-06-30 16:48:32 | ヒト
パソコンの背景画面に毎日新聞のニッポン決勝T進出!の号外を貼り付けた。遠く、、でもないが、ニッポンを離れて、故郷を思う。こんなキモチは久しぶりだな。
本田サンのコトバがなかなかいい。「これまで批判してくれた人に感謝する」とか、「僕がニッポン人かパラグアイ人でなければ今日の試合は見ていない」とか。世界の注目を集める舞台まではたどりつけなかったという意味。

前回は強豪外国クラブのオファーを受けることを考えてプレーするヤツが一人でもいたら許サン、みたいなコトを言っていたヒトもいるが、結果を見ればニッポン人の大好きな協調性ってのをはき違えて、ただ足を引っ張り合ってただけってこと。ココで名前を売ってより華々しいリーグに出ていこうと考えるのはプロであれば当然のことだ。イギリスの新聞が、ニッポンには野心がなかった、と書いているようだが、岡田さんもジブンにもう少し執念のようなものがあったら、といっているし、本田サン以外はみんなどこかで満足していたんだろう。

大部分のニッポン人に欠けているのはこの「野心」で一般的には悪い意味さえ持っている。「ユニーク」とか、「妥協」とか、ニッポンでは悪い意味でとらえられているコトバで、本当は今のニッポン人に必要なモノがまた一つ見つかった。逆にそういうところを狙ってイキていけば世界で通用するということかな。ユニークで、野心的で、妥協上手。ニッポンのカイシャなんかでは使いにくいニンゲンの代名詞で、まるでジブンのコトのようにも聞こえるが、、正直言って、野心は忘れかけていた。

本田サンがいうようにまだサッカー人生が終わったわけじゃないし、、パラグアイの監督があんなに喜んでいたのがワタシは密かにウレシかったし。

今年前半の芝居

2010-06-27 18:38:09 | 演劇
きのうは夜中にHBOでマイケルの「This is it」をやっていて、ちょうどそれが終るとガーナ‐アメリカ戦かと思っていたら、「Billie Jean」が始まった瞬間に画面がプチっと音を立てて切れて、全部のチャンネルがそのまま朝まで何も映らなかった。よくあるコト。きっと屋上のアンテナに太ももくらいの太いヘビでもからみついているんだろう。でもコレがニッポン戦の始まる直前だったらどうしていたかと、、冷や汗が出る。夜中の1時過ぎに外の路上テレビを見に行くか?とか。で、FIFAのホームページを見たら刻一刻、ほぼ30秒おきに文字で実況中継していて、突然Goal!!とか出て、それなりに面白かった。

ま、それはそれとして、もう6月も終わりなので今年の前半に見た芝居のおさらい。忘れないように。特に順位とかない。点数とか、順位とか興味ないので。サッカーと違って芝居に勝ち負けはない。
2カ月おきくらいに、ニッポンに帰った3~4日くらいの間に、ほぼ毎日芝居を見る。で、6ヶ月で見たのは12本。そのうち見てよかったと思ったのはせいぜい7本。そんなところだ。

まずは「ままごと」の『スイングバイ』。
芝居の世界はおもしろいヒトが次から次に出てくるもんだ。決してもうかるショーバイじゃないのにどうして。それは今までそういう演劇的な表現の主流であったテレビと映画が衰退し始めたからで、それはまたどうしてかというと、大量のニンゲンが同じ情報を一方的に受け取るマスメディアの仕組みそのものがつまらなくなってきたのと、やっぱり視聴率とか観客動員とかというものさしに中身が左右されて自由な創造性がコロされていること、と、インターネットの仮想社会のなかで目の前でニンゲンがナマで演じるコトが別の意味で価値を持ってきたから、かな。はなしの筋には、何が言いたいのよ、って思った部分もあったが表現としては目からウロコ。

次に「阿佐ヶ谷スパイダース」の『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』。
ワタシャこういうわかりにくいのが好き。時間が逆戻りしながら話が進んでいくような感覚。そういう難しい感じのものを目の前で演じることでお客に見せるというのは時間と空間の裂け目に落っこちるような感覚がして非常に刺激的だ。なにもコッチはわざわざ劇場にテレビのメロドラマみたいな臭いはなしを見に行ってるわけじゃないんで。

でもって次は「アル☆カンパニー」の『罪』。
コレは逆にリアルな家族の話。暗くてどうしようもないはなしの展開だがどこかコッケイでもある。家族の崩壊っていうのは演劇的にはおもしろいテーマだと思うがウチのムスコには書けないだろうな。ま、この先どうなるかは誰にもわからないけど。ワタシなら精神病とか、虫捕りマニアとか、会社の上司と部下の仁義なき戦い、みたいな話なら書けると思う。蓬莱サンの芝居は7月に、良き時代の新国立の最後の芝居として『エネミー』を見に行く。あの醜悪な天下りの理事長のために書かれた芝居だ。

あとは「KAKUTA」の『めぐるめく』、芸劇の『農業少女』、Parco劇場の『裏切りの街』、「イキウメ」の『プランクトンの踊り場』もおもしろかった。欲を言えば「KAKUTA」は毒が足りないような気がしたし、『農業少女』はパンツ見せ過ぎだったし、『裏切りの街』は、、コレは単純にもう少し前の席でカラミつくのを見たかった。「イキウメ」は逆に最前列で、イセカヨチャンの悲しげな眼差しにオヂサン的には芝居どころじゃなかった。

というわけで7月に帰って3本見る。こんなのもあるんだけど健康診断のあとでバリウム出すための下剤飲んだ状態で芝居見ると言うのはリスクが高すぎるような気もして考え中。

『Xiu Xiu: The Sent Down Girl』

2010-06-24 15:09:50 | 映画
ハノイの街は中心部が渋谷1個分くらいの広さで外周市街地を入れてもせいぜい山手線の内側くらいだから中心部でシゴトをして生活しているワタシは映画を見に行こうと思えばだいたいドアツードアで10分でイケる。便利。きのうも急に思い立ってオフィスを6時50分にでて7時からのコレを見た。中国の下放政策=上山下郷運動の裏で起きた悲劇、みたいなオハナシ。もちろんつくり話。

時代は文化大革命末期、1970年代後半。都会の高校生くらいの若者を農村に送って思想改造をしようという独裁者の発想で、主人公のあどけない顔したXiu Xiuが集団就職みたいにして地方に送られる。初めは工場だかどこかで働いていたのが何かのきっかけで完全山奥のテントで暮らす熊のような顔をしたオトコのところにひとりで送りだされる。テントと言っても登山のテントのような小さいのではなく12畳くらいの広さはある。そこでそのイタイケなおジョーが熊と暮らすわけで設定としてはあり得ない状況。すぐに食べられちゃうに決まっている。
ところがその熊はニンゲン社会との接触なしでイキてきたからそのおジョーにどう接していいのかわからない。動物的な本能もない。なもんで最初は影でこそこそ着替えなんかをしていたおジョーもだんだん大胆になって行って、思想改造もできてしまっているから熊にジンミンはこうあるべき、みたいに説教をするようになる。

でもって最初の約束で何ヶ月かで帰れるはずだったのがいくら待っても迎えが来なくておジョーはだんだん早くオウチに帰りたいーって泣くようになる。そこに何かを売り歩いているのか、町からケッコウいけてるニーさんが来て、おニーさんが帰れるようにしてあげる、とか言いながら、熊のいない間にコノいたいけなおジョーをホにゃララしてしまう。リンゴ一個で。
おジョーはそのオトコの言ったことを信じて待つがなかなか迎えは来ないでまた別のオトコが来る。で、またリンゴ一個で食べられちゃってあとはずるずるエスカレート。熊がテントにいても夜オトコが来てヤっちゃったりして、で、熊のほうは見て見ぬふり、でもなくて、見ても何言っていいかわからないで終わった後に水汲んでこい、とか言われて馬に乗って川に水を汲みに行く。あり得ない展開。

おジョーはいつの間にかアッチの世界のオンナになってしまった、かと思ったらニンシンしたらしく、熊が町の病院に連れて行ってオロさせるが、町ではもうこのおジョーのコトは有名でみんなに後ろ指さされたり、病院の中でまでオトコが行列作って待ってたり。コレもまたあり得ない。
で、熊は傷ついたおジョーと一緒に山に帰る。回復したおジョーは銃でジブンの足を撃つから熊に病院に連れて行けと言う。それでオウチに帰れると思って。でも撃てないで熊に撃ってくれと頼む。おジョーは家から送りだされたときと同じ真っ赤なスカーフを首に巻く。ソレを見て熊は足ではなく銃を水平に構える。遠くの川や山の風景のなかに銃声が響く。熊はおジョーを横たわらせて、、そのあと2回、銃声がしてオシマイ。

かなり盛り上がった。終わって家までタクシーに乗らず歩いた。余韻がカオに出ているのを道端のバイクタクシーの運チャンとか試合直前の路上テレビに集まるニーさんとかに見られながら。あり得ない展開でアキラカにメロドラマ的ストーリーだというのに、おジョーの最初のあどけない表情と、アッチの世界にイッてしまった後の表情と、、あと、最後に撃たれるときは最初の顔に戻っていたりして、単なるメロドラマとはふた味くらい違う。

監督は「ラストエンペラー」や「ラスト、コーション」に出ていた女優でもあるジョアン・チェン。1999年、アメリカ映画。原題は『天浴』。
2010.6.23 Hanoi Cinemathequeにて

『Me and You and Everyone We Know』

2010-06-22 15:02:27 | 映画
ハノイではこのところ夕方になると道端営業のカフェとか、イヌの丸焼きをツマミに水のようなローカルビールを出すBia Hoiとかが街路樹に薄型テレビを縛り付けてサッカーのパブリックビューイングが始まる。お客はプラスチックの幼稚園椅子に座って、ジブンのクニが出ているわけでもないのにかなり盛り上がって見ている。家にテレビがないヒトがまだたくさんいるからそういうことになるわけで、ニッポンのように家にはひとりひとりにテレビがあるのにカゾクが崩壊していたりとか、都会で暮らすワカモノたちが群衆の中で孤独をまぎらわすために巨大な画面の前に集まるのとはオモムキが異なる。
きのうはシゴトが終わってからそういう歩道の賑わいをよけて通りぬけながら、孤独なニンゲンの、崩壊しそうな神経がギリギリのところで耐えていくようなコノ映画を見に行った。

最初に神経症的なオトコがでてきて、子どもがパソコンに向かってばかりで相手をしてくれないので、子どもの目の前で手にガソリンをかけて火をつける。手はよく燃える。そのオトコはデパートの靴売り場で働いているがカゾクはいてもいないのと同じような状態で、正気と狂気の間のビミョーなところでイキテいる。
作者でもあるMiranda Julyがアーティストの役で出ている。老人向けの車の運転サービスのようなことをしながらコトバと映像でサクヒンを作っている。Mirandaも、それと世話をされる老人も孤独にイキテいる。それぞれのつながりが弱くて、ジブンの外側の世界はイッキに電波が飛び交う宇宙になってしまうような感じ。
で、Mirandaはある日靴売り場でそのオトコと出会う。オトコのほうから近づいてくるのを拒絶したかと思ったら、今度はMirandaのほうから近づくがオトコが激しく拒絶する。それが、何ヶ月か経ってオトコの手のやけどが治って包帯を外した頃、オトコとMirandaは、ガッタイはしないがお互いを理解し合う。

初めからガッタイするような雰囲気の映画ではないのだが、途中で17,8歳のおジョーが二人出てきて、オトコの自閉的なムスコと遊ぶ。おジョーたちが二人でムスコの家に押しかけて、ムスコに文字通りムスコを出すように言って、それでもって交互に、、、でもってどっちが良かった?みたいに聞く。
そのムスコの小さな弟もまたパソコンでどこかの知らないオンナと、意味もわからずシモねたっぽい会話をする。で、オンナのほうはコーフンして今度会いましょうみたいなことになって公園で会うが、そこでもまた弱いながらもニンゲン同士の関係が生まれる。
ガッタイするような映画ではないのにそういう話が初めから最後まで。世話をしていた老人夫婦のツマのほうが知らない間に死んだと知ってMirandaは車を運転しながらフロントガラスにマジックでふあッくと書いて泣く。かなり盛り上がる映画だ。

Miranda Julyは2年前の横浜トリエンナーレでインスタレーションを見た。細長い通路があって、そこを通り抜けるのを邪魔するように文字の書かれた白い板が何枚も突き出ている。「幸」とか。ニンゲンの内面の柔らかくて触られると痛い部分を、爪でひっかくようなサクヒンを作るヒトである。この映画もストーリーのある映画というよりはそういうサクヒンの一部であってニンゲンの孤独がテーマで、サッカーで盛り上がって人類みなトモダチ、みたいな雰囲気になっていても根本的なところではニンゲンは孤独だということを思い知らされる内容。。

2010.6.21 Hanoi Cinematequeにて

『Cleo de 5 a 7』

2010-06-16 12:51:51 | 映画
久々のH.C.。 女性監督特集を先月終わりから来月初めまでやっている。先週までは特に惹かれるモノはなかったのだが、このあと、最近BunkamuraでやっていたCourtney Huntの“FROZEN RIVER”とか、この前、横浜トリエンナーレでインスタレーションを見たMiranda Julyの“ME AND YOU AND EVERYONE WE KNOW”とか、あとはやや古いがJulie Taymor の“FRIDA”とか、Phyllida Lloydの“MAMMA MIA!”なんかもやるので何回か行きそう。とか言っても、ちょこっと知ってるってだけ。

で、コレは日曜の夜に見たフランス人監督のAgnès Valdaの古い映画。コノ人のだけで1週間も使っているくらいの力の入れようなのでどんなもんかと思って見にいった。
話は簡単で、あるビジンの、女優なのかどうか、フランス語に英語の字幕だったので細かな内容はまったく理解できなかったのだが、そのヒトが占い師のところで、あんたは重い病気にかかっている、とか言われて、絶望してもう生きていられないわ、とか思っているところに彫刻家のヌードモデルをやっている友達とか、公園で出会ったオトコとかと話をしているうちに多少希望が見えてきて、最後に医者のところに行ったら、あんた、ビョーキなんかじゃないよ、って言われて、ああよかった、みたいな内容。単純。1962年だし。
そんな話を一部だけカラーの画面とか、時間を追って場面が変わっていくのを強調するような表現とか、当時としては斬新なものだったと思われるし、まあ、あと、主役のオンナのヒトのファッションとか、パリの風景とかもキレイでまあまあおもしろかったデス。

でもって見ていて思ったのは昔のパリと今のハノイの交通渋滞というか、道路の無秩序さがよく似ているってこと。ヒトが道を渡っているのに車が止まろうとしないところとか、横断歩道とか信号とか関係なくヒトが道を渡るところとか。占領されたり植民地化されたりするとモノの考え方とか行動パターンとかもソッチのクニのモノに近づいていくということで、ニッポンも禁タマの裏側までアメリカ化していたのがハトヤマさんが少しだけ方向転換しようとしただけでウ翼もサ翼も大騒ぎして葬り去った。
毎日ワールドカップを見てると、あっちのあの、休み休み木の棒で玉をひっぱたいて四角いマスを走り回るスポーツなんかのどこがおもしろいんだか、と、あらためて思うきょうコノゴロ。。

VTVのビジンすぎるアナウンサー

2010-06-13 14:08:29 | ベトナム
ビジン過ぎる市議会議員とか、ビジン過ぎる運転手兼秘書とか言われても意外とどうってことなかったりするわけで、あれは正確には、地味な顔に派手な化粧と洋服着たオバはんが多い市議会議員としてはビジン過ぎる、とか、あのコワモテのオザワさんの運転手兼秘書としてはビジン過ぎる、というべきところだと思うが、コノ、ベトナムテレビ、略してVTVの、おそらくベトナム軍所属の報道官であろうアナウンサーはアキラカに、ビジンが普通のアナウンサーの中でも美人過ぎるから、文字通り、ビジン過ぎるアナウンサーと言えましョウ。

ベトナム語で何言ってるのかわからなかったが、わが国の産業は勤勉な労働者の努力の結果、日に日にその生産性を高め、いまやセカイのトップクラスに並ばんとしているうう、って、どこかの独裁国家のように語尾を歌い上げるように震わせたりはしないで、かあいく小首をかしげてニコッと笑って次の場面に切り替わるのでありマシタ。。
制服っていいな、って思った日曜の朝。

菅さん

2010-06-06 20:52:23 | ヒト
ワタシが菅さんに出会ったのは中学の頃だから今から35年前くらい。毎朝クニタチ駅の駅前でメガホン持って演説していた。その頃はまだ一市民運動家で落選続きの頃で向こうも20代だったから若さビンビンで演説には迫力があった。ワタシはときどき遅刻するのも気にせず演説に聞き入った。雨の日にはジブンで傘をさして演説していた。そういうことの積み重ねであの辺=東京の西のほうの武蔵野、国分寺、クニタチ辺りでは絶大な人気で一度当選してからはいつもだいたいトップ当選している。

菅さんは最初当選してからは二院クラブに属していた? 記憶があいまいだが、、その後、社民連をつくってだいたいいつも5人くらいの少数勢力で15年くらいコツコツやってきた。それでもまあいつか天下を取ると、ワタシは確信していていまシタヨ。
その後ヒョンなことでさきがけかなんかで厚生大臣になって、官僚が隠していたエイズの資料を暴き出して名前を挙げた。その先はとんとん拍子、と行きたいところだが女性問題とか年金未納とか、政治家としてはどうでもいいことで引きずりおろされてムダな時間を過ごした。ニッポン人がもう少し、そういう本質的でないことに寛容だったらニッポンはココまで落ちぶれなかっただろうに。

それでもついに天下を取った。これからはヤリたい放題やってほしい。アタマの悪い親の七光り議員を追放して、コトなかれ主義の官僚をムチでたたいて、世間をあざむくだけのマスコミの悪を暴いて、大連合でも、消費税アップでも、憲法改正でもなんでもやってほしい。菅さんなら絶対に間違ったことはしないという確信があるから。すべてお任せ、じゃないけど、有り金全部賭けてもいいくらいのキモチ。