大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

鎌倉の大仏が出てきましたが、

2017年04月22日 | 映画
お題「大仏といえば?」に参加中!

『竹の家』でも、鎌倉の大仏が出てきましたが、大仏は英語では、Bib Buddha というのはよく知られていることですね。

                           

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『竹の家』

2017年04月22日 | 映画

森下の眺花亭で、『竹の家』を見ましたが、内容は http://sasurai.biz/ へどうぞ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ペギー葉山はジャズ歌手だった?

2017年04月13日 | 音楽

ペギー葉山が急死されたが、83歳で若いとは、日本の高齢化は凄い。

さて、ペギー葉山と言えば、『南国土佐を後にして』だが、元はジャズ歌手だった。

デビューが、渡辺弘とスター・ダスターズの歌手であるように、彼女はもともとはジャズ・シンガーだった。

その証拠に、ペギー葉山のペギーは、ペギー・リーからきている。

                 

 

当時は、フランク永井、松尾和子も、みなジャズ・シンガーだったが、それは米駐留軍基地での公演が主だったように、日本の音楽文化における米軍基地の意義の大きさを現すものである。

現在は、大手の呼び屋のウドー音楽事務所も、元は米軍基地にミュージシャン等(そこには日本の大神楽のようなものもあった)を売り込んでいた事務所であり、キョウドーなどとは違い、日本国内の呼び屋としては、後発なのだそうである。

ジャズから日本のポピュラー音楽の発展に尽くされた歌手のご冥福をお祈りしたい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

家で見る映画が多くなるなあ 

2017年04月11日 | 映画

週末は雨だったので、家にいてビデオを見た。

『ワイルド・バンチ』で、いつものように非常に良かったが、それについては新しいブログ http://sasurai.biz/ に書いたので、どうぞよろしく。

春の雨なので、季節的に「家で映画を見るのが多くなるなあ」と思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ぐらもくらぶ春祭り」

2017年04月03日 | 映画

昨日行われた「ぐらもくらぶ春祭り」に行き、非常に面白かったが、内容については、恐縮ですが、

http://sasurai.biz/ をご覧ください。

どうぞよろしくお願いいたします。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『祈る人』

2017年04月01日 | 図書館

世に隠れ芦川いづみファンは多いが、私は大学1年の時から隠れではない、公然とした芦川いづみファンである。

原作は田宮虎彦で、脚本は三木克己こと東宝の井手俊郎、監督は抒情派で、元は鳴滝組でもあった滝澤英輔である。

話は芦川の回想でつづられていくが、父の下元勉は、国文学者で真面目で非常に厳格で、高校時代に同級生の沢本忠夫と書斎に入っただけで叱責されてしまう。

大学生の時、下元は心臓病で急死してしまい、母の月丘夢二は、大邸宅を売って永福町の家に代わる。この斡旋をしてくれたのが、カメラ会社社長の金子信夫で、芦川は金子に反感を抱いている。

芦川が、都庁の役人の小高雄二と見合いして、その後ストーカーのように付きまとわれる筋もある。がさつで遠慮のない小高を本能的に嫌っているが、一体芦川はどういう相手を求めているのかは分からない。

戦時中に疎開していた房州の漁師(近藤宏なのが笑える)の妻となった香月美也子、その夫らが海で遭難しかけたり、やはり房州で友達だった高田敏江が、貧乏な工員の杉幸夫と明大前で暮らしているのなども挿入される。

最後、月丘は、自分と下元勉とのことを話す。

もともと月丘は金子と付き合っていたが、親の決めたお見合いで下元と結婚したこと。決して金子との間の子ではないと断言する。

もともと学者の下元の家が大豪邸なので、これはおかしいのでは思っていたが、元は金持ちの家の出だったのだろう。永福町の小さな家に移っても、女中のばあやがいるのだからすごいが、扶助料、つまり遺族年金は8,000円だと言っているのだが。

高校の先輩の医師が研究者の女性と幸せそうな結婚をしたところで、芦川は家を出て、出版社に勤める決意をしたところでエンド。

一体、この映画は何を言っているのだろうか、あえて言えば女性の自立と恋愛結婚の勧めだろうか。

この1959年は、現在の天皇陛下と美智子様がご結婚された直後であり、見合い結婚は不幸の始りと考えられていた時代だからである。

チャンネルNECO

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『バンコクナイツ』

2017年04月01日 | 図書館

1980年代、バンコクの女性の5%は売春婦だと言われた。私は、タイに行ったことはないので、真偽のほどはわからない。

ただ、この3時間もの映画を見ると、それも嘘ではないかなと思えて来る。

バンコクにいる主人公のオザワ(富田克也監督自身が演じている)は、元自衛隊員でカンボジアPKOでこの地にきて、女性に依存したり、いろいろなことをしてその日暮らしの生活を享受しているが、昔の恋人ラックに再会する。

この辺の始りの人間関係は少々わかりにくいが、オザワが先輩に頼まれて、不動産調査でカンボジア、ラオスに行くところから「ロード・ムービー」になっていき、俄然面白くなってくる。

中でも、カンボジアの米軍に爆撃された草原の丘が連なる情景が特に面白い。

ベトナム戦争時、米軍は南ベトナム解放戦線軍を支援する北ベトナムによる軍事的支援ルートを叩くため、カンボジア領内もしばしば爆撃した。

それが丘の元だが、数十年を経て非常に不思議な情景を作り出している。

また、フランス人たちがいて、インドシナ戦争時代からいるとのことで、『地獄の黙示録』のようだが、本当かねと思うが、本当のことらしい。

作品は、長時間だが、決して退屈することないのは、映像と音楽が良いからである。

                 

 

音楽は、タイの伝統音楽であるモーラムで、これは日本で言えば、浪花節や説教節のような語り物である。

私が実際に見たのは、1992年のウォーマッド横浜と連携して渋谷で行われた「東南アジア祭」の時に来た、おじいさんとおばさんのモーラムだったが、原田尊志さんの話では、有名な方だったようだ。

その時感じたのは、男女二人の掛け合いで語られる物語は、われわれには理解できないが、時には猥褻な内容もあると思われる実にユーモラスな音楽だった。

最近でも日本でモーラムの公演があったそうだが、残念ながら私は見ていない。

この映画ゆったりとした感じは、タイの文化を象徴しているように私には感じられた。

題名の「バンコクナイツ」は、NIGHTではなく、NITESと普通東南アジアでは表記されていることに由縁しているとこと。

当分、DVDは出さないとのことなので、ぜひ見に行ってほしいと思う。

映画に行くのは面倒という方は、渋谷のCDショップの「エルスール」にはサウンドトラックのCDもあるので、ご利用を。私は一銭ももらっていないが宣伝しておく。因みに私はもちろん買ってきた。

横浜黄金町・シネマベティ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

井上泰幸展

2017年03月31日 | 図書館

1954年の『ゴジラ』から1987年の『竹取物語』に至るまで、東宝の特撮映画の美術で活躍された井上泰幸氏の展示会が行われているので、海老名市まで行く。

なぜ、海老名で開催されたかといえば、井上氏は1971年に東宝を退社後、海老名市上今泉の自宅に会社を作って活躍されたからだという。

この展示会の情報は、私の海老名に住んでいる姉から聞いたもので、先週に行われたトークショーも行くつもりだったが、ネットで予約しようとしたが上手くできないうちに完売となってしまった。

姉が結婚して住んだ1970年代の海老名は、本当の田舎で、駅の周囲は全部田んぼだった。

久しぶりに行くと大変な賑わいで、駅周辺は高層ビルの乱立で、イオンや駅前にも映画館がある。

展示会は、さすがに井上氏の業績を反映して、東宝特撮映画の全盛時代の美術関係資料が大量に展示されている。

「映画の美術というのは、映画を最初に具体化させるものだ」というのは、同じ東宝の美術の中古智さんの言葉だが、特撮美術は、まさに作品を目に見せるものであり、特撮美術の役割は非常に大きいと言えるだろう。

そして、あたり前だが、スケッチやデザインが非常に上手い。それは当然で、井上氏は日大芸術学部美術科を出た方なのだ。同様に東宝、そして円谷プロで活躍され、ウルトラマンの顔尾を造形した成田亨氏も武蔵野美術大学彫刻科の卒業なのだ。

『ゴジラは円谷英二である』(えにし書房)でも書いたが、東宝にはその他、山下菊二、高野良作などの前衛美術家がいたのである。

井上氏の美術で最高なのは、『ゴジラ対ヘドラ』のヘドラだろう。こんな変な怪獣を考えるのは凄い想像力である。まさに前衛美術家の面目躍如である。

因みに、『ゴジラ対ヘドラ』は東宝の歴代特撮映画で、最低の興行成績だったようだ。私も数年前に見たが、出演者が山内明、麻里圭子、柴俊夫、木村利恵らと地味で、題材が公害なので、まったく意気の上がらない作品だった。

だが、監督の坂野義光氏は、今回の『シン・ゴジラ』にも関わっていたようで、ゴジラ映画への思いれは大きいようだ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下北沢の闇市がでてくる映画は・・・『甘い汗』

2017年03月30日 | 東京

                           

今年の秋にも下北沢駅近くの闇市的商店が撤去されるそうだ。

まあ、時代というべきだが、これが出てくる映画がある。豊田四郎の晩年の傑作『甘い汗』である。

脚本は水木洋子で、10代から家族のために水商売で働いてきた女性京マチ子を描くもので、一種のプロレタリア文学的映画である。

京は、銀座のバーのホステスで、同僚の一人が池内淳子で、彼女は下北沢に住んでいるらしく、闇市の中華料理屋でラーメンを食べるシーンが出てくる。

そのバックでは、商店等を解体する重機が動いていて、店主の若宮大佑らは、

「われわれも、もうやめるつもりだ」と言っている。

この映画は、1964年なので、この頃から再開発は始まっていたわけだ。

京マチ子の娘が桑野みゆきで、女子高生役である。

また、京マチ子が神戸で知り合い、惚れていた男が、佐田啓二で、彼と偶然に出会ってすぐにホテルに行く。

だが、京は、金に窮して自分の情事をテープに録音して売る内職をしていて、佐田との情事でセットするが、いきなり体操の音楽が掛かる。

娘の桑野みゆきが、使うためにテープレコーダーにセットしていたのである。

佐田は驚いて言う、「びっくりしたなあ、ムードもなにもない」

実は、佐田啓二は、ヤクザになっていて、京マチ子はパチンコ屋を巡り、山茶花究と共に騙されてしまう。そのパチンコ屋の店主としてくるのが、市原悦子である。

いつもの悪役の山茶花が善人で、いい人の佐田啓二が悪役というのが笑える。

佐田は、この役が気に入っていたようで、喜んで出たとのことだが、撮影の途中で自動車事故で死んでしまう。中盤で、田舎から出てきた春風亭柳朝一家と船橋ヘルスセンターに行き、桑野みゆきの水着姿と一緒に佐田啓二と京は再会する。だが、この佐田は写真になっているが、彼が死んでしまったので、仕方なく挿入したものだろう。

さらに、彼が住んでいるアパートに押しかけて追い出され、塩を撒かれるが、ここも佐田の姿は後だけで不自然になっているのも、彼が途中で亡くなったためだろう。

その他、この作品は当時千歳船橋にあった東京映画で撮影されたので、井の頭線や小田急線付近の情景が出てくる。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本人が本を買って読むようになったのはつい最近のことだ   映画の中の貸本屋

2017年03月28日 | 図書館

先日、神奈川の県立図書館を考える会の定例会が終わり、いつもの懇親会で林秀明さんと福富洋一郎さんと飲んだ。その時、福富さんが、以前ある自民党の幹部議員に図書館のことについて説明されたそうだ。すると彼は、

「本は買って読むものだ」と言われたそうだ。

だが、日本人が本を買って読むようになったのは、実はつい最近のことなのである。

そもそも、江戸時代に『源氏物語』や『古今集』が本として売られていただろうか。

古代から、紙が貴重で非常に高価だった当時、本は持っている方からお借りして全文を写すものだった。

中には大名のお姫様のように、絵入りの写本を嫁入り道具として持って婚家に行くという例のあったようだが、ごく一部の最上層の人々のことである。

『源氏物語』などは、性教育的な意味もあり、ごく上層の階級では娘の嫁入り道具としたこともあったようだ。

では、普通の都市の庶民はどのようにして文字に接し、本を読んでいたのだろうか。

貸本である。

1959年の川島雄三監督の日活映画『幕末太陽伝』に出てくる。品川遊郭の女郎左幸子のおそめと心中させられてしまう小沢昭一の金蔵は、貸本屋で、様々な本を背負って相模屋にやってくる。滝沢馬琴から柳亭種彦に至る江戸文学は、すべて貸本によって庶民にまで普及したのである。

さて、明治になり、近代化で西洋の製糸業と印刷術が入ってくるが、すぐに貸本が廃れたわけではない。それは、戦後もずっと残っていたことは、1955年の今井正監督の映画『ここに泉あり』にはっきりと出てくる。

高崎の市民オーケストラ(現在の群馬交響楽団)の小林桂樹が名演技を見せるのがマネージャーの井田亀夫である。その非常な貧乏所帯の中で、妻千石規子は、貸本屋をやっているらしく、玄関に「貸本」のお札が掛けてある。

内部は見えないが、たぶんこうした零細な貸本屋は、古本屋と兼業だったはずで、横浜でも磯子の浜マーケットには10年位前までは、貸本と古本の兼業の店があった。

これはみな経済の高度成長以前のことではないかといわれるかもしれないが、1964年の岡本喜八監督の『江分利満氏の優雅な生活』では、東京郊外の団地の住む江分利の息子は、貸本屋でマンガを借りて読んでいる。

さらに、1970年の増村保造監督の大傑作『やくざ絶唱』では、勝新太郎の妹の大谷直子は、文学少女で、学校では図書館から本を借り、先生の川津祐介にも本を借りに行って川津の部屋でセックスしてわざと処女を捨てる。そうすれば異常に執着する勝新も諦めるからだという。さらに、彼女は町の貸本屋でも小説を借りている。

このように、普通の日本人は本を貸本屋や図書館で借りて読んでいたのであり、本は買って読むものなどというのは、真っ赤なウソなのである。

その後、経済の高度成長からバブル経済の中で、多くの日本人も本を買って読むようになった。その結果、1950年代には全国で3,000軒と、現在のコンビニの数くらいにあった貸本屋は、さらに公立図書館の整備などで急速に減り、私が横浜市図書館の担当部長になった2002年ごろには、300軒くらいになっていた。当時、公立図書館、マンガ喫茶、新古書店が、本が売れない三悪、図書館は無料貸本屋だという愚論が蔓延っていた。林望、猪瀬直樹、楡周平らである。

そこで、私は雑誌『出版ニュース』の2002年11月に「貸与権を整備してレンタル・ブックを」を書き、貸与権を本や雑誌も適用させることで、貸本屋の復活を促し、本が売れるようにと提言したのである。

その通り、著作権法が改正されて本や雑誌にも貸与権が適用されて、作者にも利益が行き、利用者にも便益があるようになった。今、TSUTAYAでやっている「レンタル・コミック」はその成果なのである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

やはり、政権交代が必要なのだ

2017年03月26日 | 政治

今回の「森友学園の問題」で、野党、特に民進党議員が、財務省の高級官僚に質問しているのを見ていると、非常に虚しい気分になってくる。

「キャリアたちを嘘つきにしているのは、民主党政権の失敗なんだよ」と。

「森友学園の問題」の一番の、最初の問題である豊中の国有地の払い下げ問題での扱いは、地方とは言え、役所にいた者としては大変におかしいと思う。

だが、キャリア官僚たちを現政権べったりにしたのは、民主党政権の失敗なのである。

問題はいろいろあったが、一番ひどかったのは、昨日、今日議員になったような連中が、

「政治主導、官から政を・・・」を唱えたことである。

小沢一郎のような日本の政治システムのすべてを熟知しているような人間が、政治主導を言うのは良い。だが、国も地方もろくにご存じないような連中が、「官から政を」言うのは非常に滑稽だった。

要は、どのように官僚を使い、彼らの知識・経験を活用するかが重大だったのに、やったことはまさに正反対で、霞が関の反発を招いたのである。

その後の安倍晋三政権の誕生で、当分民主党政権はありえず、当面の2020年まで安倍自民党は続くに違いないと予想しているのだろう。

だから、安倍晋三政権にゴマをするのは、ある意味でキャリア官僚の性向としては当然であり、仕方がないと私は思う。人の一生は一回だけであり、世の中で出世し偉くなりたいと思っている人間が、権力へ近づこうと思うのも仕方ないことである。

参考人で虚偽と思われる証言をした元財務局長は、見事に国税庁長官にご出世されている。

彼は山口県出身だそうで、安倍首相のお力で、今後山口県知事か衆議院議員にして貰うのかもしれない。

こうした高級官僚の腐敗を防ぐには、政権交代しかないのである。

私は別に民進党政権への交代を主張しているわけではない。

公明党中心の連立政権でも良い。要は、適当な時期で政権交代が行われることなのである。

それが健全な民主主義国家というものである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「かくて神風は吹く」だったが

2017年03月25日 | 政治

昨日、行われた森友学園の前籠池理事長の証人喚問は非常に興味深いものだった。

すぐに思い出したのは、「東京裁判」での元陸軍少将の田中隆吉の証言である。

東京裁判で、元陸軍の田中隆吉に対し、主任検事のジョセフ・キーナンは尋問を行い、田中は、東條英機元首相、武藤章元軍務局長らの戦争への責任を証言したのである。

田中自身も、上海事変の謀略へ関わったことも証言した。

キーナンによれば、これはFBI方式と言い、ギャングの中に協力者を得て真実を話させるものだった。

安倍晋三と自民党にとっては、喚問で籠池を黙らせようとした戦略は完全に狂ってしまったようだ。

籠池は言った、国有地について、定借から売却に変わり、土地代も安価になったなったとき、

「神風が吹いたな・・・」と発言した。

戦時中の大映作品に映画『かくて神風は吹く』があり、これは鎌倉時代の蒙古の元寇の時、北条氏から、日蓮に至る日本側が祈祷して祈った結果、台風が来て元軍は退治されてしまう話だ。

これは大映京都作品だったので、当時は特撮はできず、東宝の円谷英二が参加して指揮して製作したもので、大変によくできている。

さて、今回の籠池氏と安倍首相、松井大阪府知事、稲田朋美らとの関係を見ると非常に興味深く、その行動様式を考えると大変に象徴的である。

それは簡単に言えば、政治的日和見主義である。

自民党にしても、日本維新の会についても、日本の保守の政治的行動の基本は、日和見主義であり、つねに調子の良いところに就くということである。

だから、今回の籠池氏も教育勅語の暗唱や安倍晋三万歳を叫んでいた時は大応援していたが、いったんおかしくなると簡単に切り捨て、トカゲの尻尾切りをしてしまうのである。

安倍晋三としては、金はもらっていないのだから(籠池氏は金がなかったので出すどころではなかった)、贈収賄には当たらず問題ないとして、

「もし自分や夫人が国有財産払い下げに関わっていたら、首相どころか、議員も辞める」と大見えを切ってしまったのは大変な計算違いだった。

籠池氏は、大阪の変なおっさんだが、まさに「一寸の虫にも五分の魂」というべきであろう。

首相は偉い人だとしても、末端の人間の心をバカにしてはいけないよ、ということだ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『この国の空』

2017年03月23日 | 映画

それは、荒井晴彦の意図だろうが、それも私は一面的にも思える。

というのも、左翼的立場だった関川秀雄監督の1953年の映画『ひろしま』でも、戦時中の総動員ぶりを挙国一致の民衆の姿として描いていたからである。

父はすでになく、19歳の主人公の二階堂ふみは、母・工藤ゆきと二人暮らしで、町内会事務局に勤めている。そこは当時区役所事務の代行をしていて、疎開地への転出、東京への転入などの事務を扱っている。

隣の家には、銀行員の長谷川博臣がいて、疎開した妻子とは別れ一人で住んでいる。

東京大空襲以後、戦況は次第にひどくなり、5月の横浜空襲の後、焼け出された姉の富田靖子がやってきて同居することになる。この姉と妹との食い物に関する争いが凄くて、時には喜劇的でもある。

戦時下で、どこにも何にも喜びのない二階堂は、次第に長谷川に惹かれていき、母も道徳的には否定しつつ、それが女の幸せと思い、仕方ないかなと思い始めていく。

そして、ついに二人は雨の夜にできてしまう。

その前日、二階堂と長谷川は、大森に買い出しに行った帰り、神社でキスしてしまう。

と、「あんたたちなにやっているの!」の怒声。

「神聖な神社でなんということを!」と言われて二人は離れるが、ここは笑った。

最後、戦争は終わるが、二階堂は呟く、

「戦争は終わったが、ここから私の戦争が始まった」

勿論、疎開していた長谷川の妻子が戻ってきたからである。

本当は、こここそ描いて欲しかったことで、戦後の成瀬巳喜男の作品は、『浮雲』を頂点に戦後の「女性の戦争」を描いている。

私が特に好きなのは、1952年の『稲妻』で、高峰秀子の目で、男にだらしない母の浦辺粂子の子供の三浦光子、村田知英子らを描いた作品で、特に三浦光子の駄目さが凄くて好きである。

「成瀬が描いた戦後の女性に比べれば」と言いたくなるが、現在の日本映画ではこの辺で仕方ないのだろうか。

評価できるのは、二階堂のパンツが下履きと言われた木綿のブカブカなものであることなど、時代考証がきちんとしていること。

田舎に疎開しようとするが、実娘に拒まれて結局東京にいることになる石橋蓮司がさすがに面白い。

日本映画専門チャンネル

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

役作りの有無が劇の出来を決めた 劇団俳小アイルランド近代劇

2017年03月22日 | 演劇

日暮里のDー倉庫という場所で、劇団俳小のアイルランド近代劇の公演が行われた。

アイルランドの近代劇は、大正から昭和初期に日本で非常に人気のあったジャンルで、新劇はもとより新歌舞伎などでも多く上演された。戯曲集も出ていたが、戦後は人気が落ちたためかなくて、今回の劇の翻訳も大正時代の松村みね子のものである。

『谷のかげ』は、J・M・シングのもので、田舎の谷に住んでいる夫婦(勝山了介と吉田恭子)の家に、ある雨の降る夜、風来坊の男(斉藤真)が雨宿りを求めてくる。

近代以前には、どこの国にも、こうした風来坊はいたもので、アメリカのニューシネマではよく出てきたホーボーである。

日本でも民俗学者・宮本常一の著作によれば、「世間師」などと言われて全国を放浪して生きていた人が多くいたとのこと。

彼らは、一種のコミュニュケーター的な存在で、地方各地に様ざまな情報や物品を運んだのであり、村では非常に尊敬されたものなのである。

妻のノラは言う、今まさに夫が死んだところで、用があるからと家を出て行ってしまう。

すると、ベットに寝ていた夫が起きだす。ここは一種のブラック・ユーモアである。

いろいろあるが、かなりの年上で、ケチで性格の悪い夫に大人しく従っていた妻のノラは、風来坊と一緒に家を出て行ってしまう。

ここには、イプセンの『人形の家』のノラの名をもらっているように、女性の権利擁護、自立への志向があるだと見えた。

ベテラン俳優の斎藤と勝山は、それぞれ役になっていて、当然のことだが、劇的対立と展開が明確に見えた。

 

2本目は、グレゴリー夫人作の『満月』である。

満月の夜、港町に様ざまな男女が蝟集して起きる劇である。

日本では月は、古代から季節季節の夜を飾る風物だが、西欧では月は不吉なことの象徴である。そのため英語で月はルナだが、狂気の意味のルナテックは、ここから派生した形容詩である。

劇の柱になっているのは、町一番のインテリとされているハルビー(北郷良)だが、最後彼もただの俗物であることが明らかにされることである。

狂気の男女などが入り乱れるが、厳しく言えば、各若手俳優には、それぞれの戯曲に書かれた役に対する「役作り」がないので、群像劇の姿が見えて来ず、結果として何を言いたいのかが、きわめて不明確になっている。

現在の若手俳優は、「自分の個性」なるものを押し出す演技しかできないので、こうした役柄がきちんと書かれている劇では何もできなくなるのである。

こうした近代劇をやってみると、やはり劇が想定した個々の役へのアプローチがないと、劇が成立しないことがよくわかった。

会場のDー倉庫には、初めて行った。

日暮里駅から徒歩10分というのは仕方ないにしても、まず受付へと二階の階段に上がる。

その後、会場へは、また階段で2回も下に降りるという、「反バリアフリー施設」なのには大いに呆れた。

事実、高齢者のみならず若者も、会場内の急階段では何人も躓いていたのだから。

六本木の俳優座劇場が都内一の「最悪劇場」だが、これに次ぐ最悪劇場にちがいない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「晩節を汚す」そのもの 石原慎太郎の証言

2017年03月21日 | 東京

まず、「脳梗塞で平仮名も忘れ、記憶も不十分だ」と言ったが、本当かねと思う。

同じ脳梗塞を患った者として病院で多くの患者を見て来たが、言語障害が残るのは、右麻痺であり、これは女性に多く、男性のほとんどは左マヒで、言語障害は普通起こらず、記憶障害も少ない。

私もそうだが、普通の男性は左麻痺であり、長嶋茂雄のように右麻痺で、言語障害が残るのは実は非常に珍しいのである。

石原慎太郎が、本当に彼が言うように右麻痺だったとすれば、彼も長嶋茂雄のように、やや乱暴に言えば「女性的」な人間であったことを証していることになるだろう。

やたらに武士だとか、戦場に行くとかなどの勇ましいことを言うのも、彼の本性が本当は違うことを示していると思う。

いずれにしても、石原慎太郎の現在の姿、また「記憶にない」とか「忘れた」とか連発する無責任ぶりは、まさに見苦しいことであり、「晩節を汚す」とは、このことである。

戦後、日本をリードしてきた石原慎太郎、そして裕次郎の石原神話は完全に崩壊したと言えるだろう。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加