大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

『AKIKO』『AKIKOは・・・』

2016年08月25日 | 映画

「あるダンサーの肖像」となずけられたドキュメンタリー2本、モダン・ダンサーのアキコ・カンダを追ったもので、後編は肺がんの末期になった秋子を対象とするもので、監督の羽田澄子得意の高齢者の末期になる。

モダンダンスとは何かと言えば、近代のバレーやダンスが、既成の物語を基礎としたものとすれば、モダンダンスやバレーは、各個人の持つイメージや言葉の表現ということになるだろう。

私は、昔から、ダンス、バレー、踊り、舞踏など言語のない表現にはかなり疑問を持ってきた。言語、つまり台詞があれば中身は分かってしまうが、言葉がなければ、「あれは実はこうだ」と言われれば、「ああ、そうなの」というしかないからである。

その上、一人芝居などは、大抵は演者の一人よがりなものなので、アキコ・カンダも、その名は聞いていたが、一度も見たことがなかった。

前編は、1985年の彼女の『マクダラのマリヤ』公演を中心とするもので、これは言うまでもなく『新約聖書』の娼婦のことで、スペイン語の戯曲『砂に書いた言葉』にもなっている。

台本・演出は戸板康二、音楽は南安夫と一流のスタッフ、アキコの一人舞台のようだが、良く内容は分からない。

                  

 

そして、彼女の来歴が紹介され、7歳からバレーをやってた彼女は、学生時代に来日したマーサ・グラハム公演を見て衝撃を受け、単身渡米して6年間マーサの下で修業する。

来日後、ダンス公演をするが、一方で結婚して一人息子も得るが、息子の養育は母と姉に任せてダンス一筋の道を歩む。

大宮の実家は大きなもので、相当に裕福な家だったのだろうと思う。

前編は、次の公園としてビートルズの曲を基にした作品を作るところで終了。

後編は、まず2010年の『愛のセレナーデ』を青山円形劇場で踊った後、彼女は入院したことから始まる。

肺がんが見付かったのだが、大変なヘビースモーカーだったので、当然というべきだが。

元々痩身だったが、病の性でほとんど骨に皮が少し付いている程度の肉体になっている。最初に思い出したのは、元女優の中島葵で、彼女の恋人の芥正彦が作った写真集を見た時だった。

そこでの中島葵も骨と皮ばかりの、ほとんど骸骨のような体になっていた。

次に、彼女の1960年代以降の公演がビデオで紹介されるが、観世栄夫、米倉斉加年らと共演していることに驚く。そこでは、万葉集や能など、日本的な物語を基にしたダンスが踊られていた。

なかでは、元宝塚で元参議院議員も務めた但馬久美と共演した作品が一番安定してぴったりと嵌っていたのが非常に興味深いことだと思う。

彼女自身も言っているが、秋子はマーサ・グラハムの大きな影響から逃れ自分のダンスを作ることが課題だったはずで、それは上記のような日本的な題材の公演になったと思われる。

だが、後半は再び、マーサ似のイメージ的な作品に戻ったのではないだろうかと私は思う。

そして、極めて重要なことは、1960年代から彼女は、毎月宝塚歌劇団と音楽学校で教えてきたことである。

彼女の死後のお別れ会で、牧美佐緒らが語っているが、秋子のトレーニングは当時は全く日本では存在しない斬新なもので、宝塚のダンスを大きく変えたのだそうだ。

カンダ・アキコは、ダンサー、ダンス作者・振付家、教育者の三つを行ったが、結局ダンサーとしていてよりも、ダンス教育者としての仕事が一番重要だったのではないかと思うのである。

それは非常に重要なことであることは間違いない。

2011年11月、彼女は75歳で亡くなったが、幸福な一生だったと思う。

フィルムセンター小ホール

 

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『恋染め浪人』

2016年08月24日 | 映画

1957年、加藤泰の東映での初監督作品、主演は大友柳太朗で、江戸で医者をやっているが、元は松代藩の藩士だった。

場所は不明の座敷から女(長谷川裕見子)が誘拐され長持ちに入れられて運ばれ、地中に埋められそうになる。

その時、女が生きていることに一人が気付き、暴行目的で長持ちから出したことろに、大友が通りかかり、女を救い出す。

だが、彼女はオランダ渡りの麻薬で眠らされていて、目が覚めると精神がおかしくなっている。

原作は、山手樹一郎で、話は次第に松代藩のお家騒動であることが分かってくる。

そこでは、将軍の落し種が、幕府の政争で藩主になっている。このお飾りの藩主を、側室とその用人が藩を牛耳っており、ついにはお世継ぎに二人の間の子を擁立しようと悪巧みを運んでいる。

いつもは悪家老の薄田研二が善玉の家老で、やや違和感があるが、大友と協力して藩から悪を一掃するというもの。

原作が山手樹一郎なので、明朗時代劇のはずだが、加藤泰の資質ではないので、少し違う感じがする。

後年の加藤泰の特徴のローラングルも、長廻しもなく、ともかく東映での初監督を無難に努めようとしている。

一番驚いたのは、松代に行く途中、急に雨が降り出し大友と長谷川は田舎の一軒家で雨宿りする。すると近くに大きな落雷がして、その衝撃で長谷川の精神が元に戻ってしまうこと。

まるで、精神分裂病の電気ショック療法みたいだった。

電気ショック療法は、1960年代まで日本の精神神経科では行われていたもので、他には脳の一部切除のロボトミー手術などの凄いものもあった。

                                                                    

 

大友柳太朗は、芝居も台詞も下手だが、人の良さが出る役者で、『怪傑黒頭巾』等で人気があり、東映最初のシネマスコープ作品の『鳳城の花嫁』では主役にされた。

理由は、「ドン太郎の大友ならコケても問題ないから」だったそうだが、無事勤めてヒットさせており東映に結構貢献している。

最後、自殺したというのは、本当にまじめな俳優だったからだと思う。

フィルムセンター

 

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ゴジラはなぜ日本を襲うのか

2016年08月22日 | 映画

今年は、映画『ゴジラ』が出てから60年で、新作の『シン・ゴジラ』もいい出来だった。

沖縄出身の脚本家で、円谷プロにもいたことのある上原正三は、次のように書いている。

ゴジラは、ジュラ紀の恐竜がアメリカの水爆実験によって怪獣となったものである。なぜ水爆実験をしたアメリカではなく、日本を襲うのか。

それは、私の考えでは「ゴジラは円谷英二であり、ゴジラこと円谷英二は、日本人に戦争の恐ろしさを知らせるために日本に来た」のである。

円谷英二は、、1939年から東宝に創設された合資会社航空教育資料製作所で、陸海軍から受託して、戦闘機の使用法等の「軍事マニュアル映画」を多数作っていた。

                           

 

もちろん、模型等を利用した特撮で、さらにアニメーションによる解説付きである。

これに東宝の宮島義勇らの優秀なカメラマンが現地で撮影してきた映像を編集して「軍事マニュアル映画」を多数作っており、51本もあったそうだ。

中には、「水平爆撃法」という明らかに真珠湾攻撃を想像させるものもあり、ハワイ奇襲に役立ったことだろう。

だから、1942年に『ハワイマレー沖海戦』ができ、特撮の凄さを称賛されたが、実は逆で、円谷は真珠湾攻撃の予測映画を作っていたのだから、そんなものは容易なことだったのである。

1945年の8月以後、この映画については、フィルム、シナリオ、スチール写真に至るまですべて東宝は焼却してしまった。

そして、東宝の第二撮影所になっていた航空教育資料製作所は、東宝争議以後は、新東宝撮影所になり、今は日大商学部と東京メディアシティになっているのである。

つまり円谷英二ことゴジラは、日本人に戦争を忘れさせず、「もう二度と戦争をするなよ」と警告するために日本に来るのである。

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やはり、ブラジルは素晴らしい

2016年08月22日 | ブラジル

リオデジャネイロ・オリンピックが終わった。

                     

 

オリンピックなんて、ただの運動会じゃないかという意見があるが、それは正しい。多くの人が誤解しているが、国際オリンピック委員会というが、これは国際機関でもなんでもない。

それは、ただの任意団体であり、国連やユネスコなどとは全く異なる団体である。あえて言えば、国際的な学会と言った組織に一番近く、最近の言葉で言えばNPOである。

元は、欧州のスポーツ好きの金持ちのサロンから始まったのだから、当然である。

つい最近まで墨守されていたアマチュアリズムも、金に困らず、ただ好きでスポーツをやっていた貴族たちにとって、スポ―ツ゚で報酬を貰うことは卑しいことで下賤な人間のすることだった。

1912年のストックホルム・オリンピックに日本が最初に参加するためにマラソンの国内競技をやった時、走ることを職業としている人力車夫、郵便配達夫などは除外されたのだから笑える。

『無法松の一生』の富島松五郎は出られないわけだ。

今日の、企業のスポンサーを得ているアマチュア選手は全員出場資格がないことになる。

 

生物学的に見れば、地球上で最も広範な地域に繁殖したのは人類だそうだ。

人類が生まれて約500万年、これは生物としては極めて遅い出現だが、約1万年前には、ほぼ全地球上に広がったのだそうだ。

こうしたスポーツの戦いを見るとすぐに言われるのが、「生存競争」というやつだが、実は人間だけが、同種間の生存競争から逃れたことがその繁栄の第一の原因なのだそうだ。

以前、羽仁進が、アフリカでの話を披露していた。ケニアの動物保護区で、ある時に鹿に病気が流行し、鹿の子供が弱くなったので、ライオンに多数捕獲されて食べられてしまったそうだ。

その後、多くの栄養を得たので、ライオンは多数の子を産んだ。ところが、多数生まれたライオンの子は、体が弱く、今度は鹿を捕らえることができず、再びライオンの数は元に戻ってしまったというのだ。

このように自然の摂理は、各種のバランスをとるようにできている。

こうした生存競争を、強いものだけではなく、弱いもの、劣るものも同様に生きていけるように様々に生きてきたのが人類だというのだ。

このことを我々に教えてくれるのが、オリンピックである。メダルを得た者以外の、その種目をやっている何万人かの人間は全員敗者である。

だが、勝者も敗者も同列だと教えてくれるのがオリンピックなのだと私は思う。

 

だが、4年後、東京で8月にやるオリンピックは平気なのだろうか。

室内競技はともかく、マラソンやトライアスロン等の野外競技では死者が出るに違いない。

2020東京五輪は、

「死者続出で、地球温暖化に警鐘を鳴らし、全世界が地球温暖化に本格的に取組む切っ掛けの五輪」となったと言われるのかもしれない。

そうならないことを祈りつつ。

 

開会前に、本当にできるのか、いろいろ言われたが、無事できた。

本来お祭りなのだから、細かいことは問題ではないのだ。

大いに日本の我々はブラジルの生活を楽しむ素晴らしさ、ある意味で適当ないい加減さ、自然さ、多様性を学んだ方が良いと思うのである。

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『阿片台地・地獄部隊突撃せよ』

2016年08月21日 | 映画

1966年、『男の顔は履歴書』に続き、加藤泰が松竹で撮った2作目で、主演はやはり安藤昇。

昭和18年の北支というタイトルが出て、上官の佐々木孝丸に逆らった安藤が、前線の刑務所というか獄に入れられる。

                 

 

そこは中国人に売る阿片の材料のケシを栽培している台地で、その獄にはいろんなはぐれ者がいる。

松竹版の『兵隊やくざ』ともいえるが、作品としては日活の『黒雲零戦一家』に近い構成だが、安藤には勝新太郎や石原裕次郎のような底抜けの明るさはないので、映像はあまり弾けない。

この乱暴者たちは、高宮啓二、南原宏冶、左朴全、諸角啓二郎、砂塚秀夫らで、個性的なのだが、上手く描き分けられていないので、あまり盛り上がらない。

ともかく雑な感じがしてしまう。私が見た加藤泰作品で、最も雑な作りの映画であり、この次は東映に戻って同じ安藤の主演で『懲役一八年』になってしまう。

唯一おかしかったのが、獄を抜け出した連中が慰安所に来て、秘密なので無音で酒盛りで騒ぐところだった。

最後、逃亡しようとする佐々木孝丸に復讐するため、安藤は得意の窓枠破りで、部屋に飛び込んできて、佐々木をハチの巣にしてしまう。

安藤昇は、芝居は下手だが、非常に迫力があり、男が男に惚れるという人間であることがよくわかる。

フィルムセンター

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『三尺佐吾平』

2016年08月21日 | 映画

前から気になっていて見ていなかったので、『レコード・コレクターズ』を寄付しに行った帰りに見る。

因みに同誌は創刊号から全部横浜市中央図書館にあるが、すべて私が寄贈したもので、ぜひご利用いただきたい。

                                                 

 

1944年7月の東宝映画で、主演はエノケン、高峰秀子で、軽い喜劇だと思っていたら、結構シリアスな話で驚いた。

脚本は三村伸太郎、監督は石田民三で、話は伊達騒動であり、足軽のエノケンが事件に巻き込まれ、下層の者としての意地を通して解決される物語である。

ただ、戦時中なので、足軽のエノケンが、伊達藩の幼君亀千代に尽くす忠臣が賛美されているが、そこは作者たちの当局への心配りだろう。一応時局に応じていますという。

だが、今日見ると、さすがに鳴滝組なので、庶民感情、偉い人への感情がよく出ていると思う。

勿論、当時のことなので、悪の親玉は原田甲斐(清川荘司)であり、対する志村喬や黒川弥太郎らは善玉である。

現在では伊達騒動にも、山本周五郎の『樅の木は残った』以後、様々な解釈があるようで、真相は到底私には分からないが、幕府の思惑など一筋縄では解釈できないもののように思う。

 

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『剣難女難』

2016年08月20日 | 映画

フィルムセンターで加藤泰特集、『剣難女難』は最初の長編劇映画で、京都にあった宝プロの製作、新東宝で公開された。

                      

 

「作家は、処女作にその総てが出ている」と俗に言われているが、加藤のこの作品もそうだった。

というのは、吉川英治原作の剣豪ものは、極めて伝奇小説性が強いもので、「ああ、加藤泰の本質はこういうものだったのだな」と思う。

主人公は黒川弥太郎で、御前試合で兄が破れてしまい、その敵を取れと周囲から言われるが、彼は臆病者で竹刀が苦手で、逃げてばかりしている。

その間に、様々な連中と会い、また旅芸人の女に惚れられたりする。

役者が黒川以外、ほとんど見知らぬ者ばかりなので、見ているのが苦しい。

江戸に出てきて、さる高貴なお方の市川春代に何故か惚れられるところで、ホッとするが、第一部はここまで、次は第二部へという構成。

この前に、理研科学映画で作った『潜水艦』、戦後入った大映で、黒澤明の『羅生門』の予告編も上映される。

この予告編は、昔BSの「予告編特集」で放映されたものと同じだったが、『羅生門』のテーマが人間の分からなさを描いているのはさすがである。

昼は、中村錦之助主演の『風と女と旅烏』を見るが、白塗りなしなど当時は非常にリアルで衝撃的だった作品だが、今見ると当たり前すぎて特に感銘はなし。

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『ビニールの城』

2016年08月18日 | 演劇

1985年に浅草の常盤座で、初演を見て大変に感激し、すぐに「ミュージツクマガジン」の劇評に書いた。

もう、30年以上前かと思うと唖然とする。

客席の95%は、森田君のファンで、30年前には生まれつていなかった連中だろう。彼はそれなりによくやっているとは思うが、石橋蓮司には比べようもない。石橋では、台詞が全部詩だったのだから。

                  

 

最初から、演出は、屋台の物売り、池と水、小人などをだして、客席を挑発する。

私は今更驚きもしないが、若い人は大騒ぎしていた。

話は、腹話術師の森田が、失った人形を探すなかで会う、アパートの隣室の宮沢りえとの悲劇で、彼女は、ビニ本やヌードスタジオのモデルだったのだ。

簡単に言えば、男と女の本質的なすれ違いである。たった、それだけのことをいうために、2時間はある。実に無駄と言うか、贅沢と言うべきか。

宮沢の演技は最高で、多くの者が泣いただろう。比して森田君には、台詞に詩は感じられなかったのは、無理もないだろう。

私としては、営業を無視して、やはり石橋蓮司でやって欲しかったと思う。

彼なら、 孤独な20代の青年を演じられたと思うのであるからだ。

水谷八重子(初代)は、70代で『金色夜叉』の乙女のお宮を演じ、私は見たが、処女に見えたのだから。石橋もできたと思うのだ。

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女性選手、大活躍の意味は

2016年08月18日 | その他

リオネジャネイロ・オリンピックで、柔道に始まり、水泳、卓球、バドミントン、そしてレスリングと日本の女子選手の大活躍が続いている。

大変に素晴らしいのだが、同じ日本人で肉体的基礎条件は同じなのに、男子に比べて女子が大活躍というのは、なにか意味があるのではないか。

かつて1930年代は、日本のみならずアメリカ、フランスでもファッションや風俗事件とうで大いに活躍し、「スキャンダラスな」話題を起こした女性が多数いた。

                   

 

その理由は、欧米でも女性は、参政権を始め、社会、経済、文化などの分野で権利がなく、ファッションや風俗の分野でしか活躍できなかったからだと言われている。

とすれば、現在の女性選手の大活躍は、日本の社会のあらゆる分野での女性の活躍の場がないことの直接的な反映ではないかと思うのである。

女性が本当に活躍できる日本は、いつできるの、安倍晋三様?

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志村喬と笠智衆は同じ人?

2016年08月17日 | 映画

先日、あるインターネットのサイトのコメントで

「志村喬と笠智衆は同じ人に見える」との趣旨が書かれていて驚愕した。

              

 

いくらなんでもと思うが、本当にそう見える若者がいるようだ。

あまりにひどいとは思うが、AKB48やモモイロクローバーZのメンバーの、ほんとんど区別がつかないのと同じだろうと言われると、困るのだが。

しかし、そこには個性に対する根本的な意味の違いがあると思うのだが。

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「ブラック・イズ・ビューティフル」

2016年08月16日 | その他

リオ五輪は、南米初の五輪だが、大西洋岸とカリブ海地域初めての五輪でもある。

そして、ここではっきりと示されているのは、「ブラック・イズ・ビューティフル」だろう。

もちろん、今言われたことではないが、かつてはスローガンだったものが、完全に現実になっている。

昨日のウサイン・ボルトの100メートルは本当にすごかった。

                 

 

最初は、アメリカのガトリンがリードし、あるいはボルトが負けるのではと思われたが、50メートルあたりから加速してきて、簡単に抜いて優勝した。

西アフリカは、短距離、東アフリカは長距離に強いとのことだったが、強いだけではなく美しいと思う。

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『日蓮と蒙古大襲来』

2016年08月16日 | 映画

オリンピックは面白いのだが、テレビ局が押し付けるお涙頂戴のドラマが不快で、本当のドラマを見る。

映画は、1958年に大映が作った大作である。

                     

 

シネマスコープが始まった時、「大画面には偉大な人の物語が相応しい」とのことで、キリストを描いた『聖衣』が作られたように、永田雅一が信仰する日蓮宗の開祖日蓮の生涯を描くもの。

脚本は、八尋不二で、監督は渡辺邦男大先生であり、私はこの渡辺邦男が好きで、一般に非常に評価されるマキノ雅弘と同列、むしろ上ではないかとさえ思っている。

長年の比叡山での修行から日蓮が故郷の千葉に戻り、自分の宗派を開くところから始まる。

彼は、釈迦の教えでは、最後の法華経が一番重要で、他は無意味と、天台・真言をはじめ、浄土教などの既成の宗教を強く批判、排撃する。

鎌倉幕府と癒着している各宗派は、幕府に要請して日蓮を迫害させる。また、幕府批判を辻説法などで繰り返す日蓮を様々に迫害する。

そのクライマックスが、龍ノ口での首切りだが、首切り役人の刀に落雷し、命を逃れる。

役人は、田崎潤で、この撮影では、刀に電気を流したとのことで、田崎は感電してしまい、本当にのたうち廻ったので、渡辺先生は大喜びでOKしたそうだ。

因みに、昔『シャボン玉ホリディ―』で、なべおさみと小松政夫が演じていた「キントト映画」の監督は、この渡辺邦男先生のことであり、彼は撮影中、映画の中に入ってしまい興奮するので有名だったそうだ。

ある映画で、風呂場のシーンがあり、彼は撮影中に次第に興奮して前に出てしまい、「カット!」と叫んだ途端にお湯に落ちてしまったとの話もある。

 長谷川一夫の日蓮は、酒も煙草も女もやらなかった、非常にまじめなこの人によく合っていると思う。

また、脇役も豪華で、北条時宗は市川雷蔵、勝新太郎は日蓮の弟子の一人。途中で子坊主がいい役をやっているので、なぜかと思うと成人して日朗上人になり、林成年が演じる。

渡辺監督は、重要なシーンになると中心人物にトラックアップして劇を盛り上げる。

非常に簡単な方法だが、わかりやすくて上手い演出法だと私思う。変に庶民主義が出てくるマキノ雅弘よりも、そうしたところがない分、渡辺邦男の方が私は好きである。

衛星劇場

 

 

 

 

 

 

 

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万物は流転する

2016年08月15日 | その他

SAMPの年内解散が大騒ぎとなっているようだ。

                                                

ファンの方にはもうしわけないが、この世に変わらないものはない。

生物が生まれてから人間に至るまで、生まれて死ななかったものはない。

秦の始皇帝から、ヒットラー、金日成に至るまで、独裁者が最後に研究させたことは、不老不死だが、成功した者はいない。

世界中のポピュラー音楽のグループで、メンバーが最後まで同じだったというのは極めて難しいことで、私は知らない。

我々が生きている地球も、約50億年前に生まれ、今後約80億年すれば、金星のような灼熱の星になり、そこでは人類や生物は死滅し、地球も滅んでしまうのだそうだ。

ギリシャの哲人曰く  「万物は流転する」

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オリンピック放送

2016年08月14日 | テレビ

リオ・オリンピックがテレビで同時中継されている。

私が記憶しているオリンピックの中継放送は、1956年のメルボルン・オリンピックの放送で、もちろんラジオで、朝早く起きて聴いた記憶がある。

1960年のローマ大会ではテレビ放送があったが、同時中継ではなく、フィルムによるもので2,3日遅れてのものだった。

テレビの同時中継が全くなかったわけではなく、ラジオの短波帯を使っての映像の放送というすごいものがあり、短距離などを見たと思う。

情報量が少ないためか、粗い映像で、なおかつ分解写真のように、ガクガクと映像が動くものだったが、担当者は大変な苦労をされて開発されたのだと思う。

その意味では、1964年の東京大会が全世界的なテレビオリンピックだったはずだが、日本のわれわれには実感のないものだった。

もっとも、テレビ中継は国内でなら、1933年、昭和8年のベルリン大会では、ドイツ国内ではテレビ中継が行われていたというのだから、ドイツの技術力はすごい。

このベルリン大会は、それまで欧米の運動好きのお金持ちのお遊び大会だったオリンピックを国家的行事にしたのは、ベルリン大会である。

聖火リレーも、この時が最初で、そのアテネからベルリンに運んだ聖火のルートは、欧州大戦では逆にベルリンからアテネにナチスドイツが侵攻したという話がある。

また、記録映画を作るようになったのも、この大会からで、レニー・リィーフェンシュタールの『民族の祭典』『美の祭典』は、記録映画の傑作である。

                 

 

ただ、そこには「やらせ」もあり、日本人が銀と銅を取って二つを合わせて「友情のメダル」とした棒高跳びの最後の争いは、翌日の再現である。

ただし、これは当日は争いが遅くまで続き、夜遅くなりライトが不足して撮影できなかったので、翌日に照明器具を再度集めて撮影したもので、日米の応援団が非常に少ない変な映像になっている。

ベルリン大会では、女子平泳ぎの「前畑がんばれ!」が有名で、永井荷風の日記にも、銀座でラジオが叫んでいたことが記述されている。

荷風は、ラジオが大嫌いだったので、やや迷惑気味だが。

この「前畑がんばれ!」は歴史に残る名実況だが、これをそっくり子供が真似したSPレコードがある。

京都のショーチクという会社が出したもので、『こどもオリンピック』と題されているが、岡田則夫さんによれば、こういうのは「あやかりもの」といいレコード界には結構あるのだそうだ。

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ブラジルという国

2016年08月14日 | ブラジル

ブラジルが、リオ・オリンピックで注目されているようだが、ブラジルは非常に興味深い国である。

以前、アメリカ大陸で商売をしていた方に話を聞いたことがあるが、ブラジルはアメリカと似ているというのだ。

それは、アメリカ、カリブ海などの新世界では、人種、民族によって業種が決められていることが多いが、アメリカとブラジルはそれが少ないというのだ。

中南米の国では、金融はユダヤ人、電気器具販売はドイツ、肉食業は東欧など、人種ごとに業種が決められていて、そこに新規参入することが難しいというのだ。

だが、ブラジルとアメリカでは、比較的新規参入が自由で、それが両国の経済的活力の原因の一つではないかというのだ。

                  

 

アメリカと同様に、ブラジルも移民の国で、旧宗主国のポルトガル、さらにスペインはもちろん、ドイツ、イタリア、中東のアラブ諸国からも多くの移民が来ており、日系人も130万人もいるのはご承知のとおりである。

日産のカルロス・ゴーンは、レバノン系のブラジル人で、フランスに留学してルノーに入った。

このように文化的にはブラジルはフランスの影響が強く、映画作家も多くはフランスで映画作りを学んでいて、ブラジル映画はフランス映画的である。

また、音楽ではピエール・バル―が『男と女』で、「サラバ―」を歌ったようにブラジル音楽への尊敬を描いている。

ブラジルの持つ多様性は、この国の活力の元であり、将来も期待できると私は思う。

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