大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

『伊豆の艶歌師』

2016年05月27日 | 映画

フィルムセンターの木下忠司特集、1952年に東映の2本立て攻勢に対抗して松竹でも始められた西河克己監督の中編映画作品の1本目。

           

 

伊東温泉の艶歌師、若い佐田啓二らとボスの清水一郎との対立を描く。驚くのは、芸人宿のようなものがあり、そこに皆が住み、清水からショバ割りされて各自が仕事に行く。

清水は、戦前からの松竹の俳優で小津安二郎作品では、寿司屋の親父役等でよくみられる人だが、ここでは渋い悪役。

もちろん、上がりをピンハネしていて、さらに芸者幾野道子をめぐる対決から、佐田と清水の決闘に至る。

元は、木下恵介用に準備されたものを短縮したものだそうだが、これを見て西河克己は、意外にも松竹的ではないことに気付いた。

ここには、松竹的な軽さ、上手さ、上品さはなく、新旧の対立が主題になっているのは、旧日活的であり、その後西河が日活に移籍し、活躍したのも故のあることだったのだ。

 

もう1本の『素晴らしき招待』は、戦時中に疎開していた木下忠司の原案で、浜名湖奥地の小学生が「海を見たことがない」ことから、山火事を防いでくれた子供たちへのお礼に、山持ちの北龍二が子供たちを弁天島に招待するもの。『クリスマス・キャロル』のような話だが、子役は古賀さと子と設楽幸嗣で、ほかにシリア・ポールも見える。

脚本が野村芳太郎で、監督は杉岡次郎だが、この杉岡氏は、後に野村芳太郎のチーフ助監督を何度か務めた人であり、この辺の人間関係はよく分からない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

大田区にあった映画撮影所

2016年05月26日 | 映画

大田区にあった映画撮影所と言えば松竹蒲田撮影所が有名で、1936年に大船に移転した。

ほぼその位置に戦後は映画街があり、邦画5社のすべての映画館の他、洋画系の館もあった。

その奥には小さな遊園地があり、そこが撮影所の跡地だとのことだった。

               

 

この松竹の他にもう一つ映画撮影所があり、雪ケ谷の三幸映画社だった。戦前から主に漫画映画を作っていたようで、再生フィルムの製作もやっていたらしい。

戦後は、映画全盛時代に撮影所になり、独立プロ用の貸しスタジオとして使われていて、新藤兼人も

「使ったが、録音もできないボロスタジオだった」と書いている。

また、エノケンの映画演劇研究所として使われたこともあるらしいが、それはエノケンの自宅と近かったためのようだ。

その後は、映画の不況の中で撮影所としては営業停止し、1970年代には倉庫になり、現在はトラックターミナルとなっている。

映画も、物流業も英語で言えば、コミュニュケーションの一分野であり、同様だと言えるのかもしれない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『砂漠を渡る太陽』

2016年05月25日 | 映画

月曜日なので空いているだろうと思い、11時半ごろに行くと25番目で、場内は満員になる。

話は昭和20年7月の熱河省の小さい村だが、旅宿となっている村で、そこに正義感の強い日本人医師鶴田浩二がいる。

                

 

村人への医療の他、アヘン患者の治療にも当たっているが、副院長の山茶花究は、治療用のアヘンを横流しして儲けている。

このように結構話は複雑で、一番驚いたのは、中国人軍人として高倉健が出てきて、伊藤雄之助と戦ってすぐに死んでしまうのだが、これがなんと「延安派」、つまり共産軍で、高倉健が共産党員とは!

村で伝染病が流行り、鶴田は村の閉鎖を命じ村人と鋭く対立する。大陸浪人の山村聰、日本の特務機関の山形勲など、様々な勢力が交差するが、ついにソ連が侵攻してくる。

 

山形やその部下の大村文武らが逃亡する中、鶴田浩二は、村に残る。

山村は言う、「君が日本の責任を負うことはないじゃないか」だが、鶴田は、

「でも私は、日本がしたことの責任を取りたいのです」

脚本は池田一郎と小川英の娯楽派だが、監督は佐伯清とまじめな戦中派である。

東映東京作品だが、東映京都は、マキノ映画そして満州映画協会を追われたスタッフ、キャストを受け入れてできた撮影所であり、赤木春江さんもそうである。

その性か、東映にはこの他、『夕日と拳銃』もあり、ヤクザ映画時代にも『大陸流れ者』があった。

満州物は、アングラ劇でもその数は多く、佐藤信の『キネマと探偵』もそうで、唐十郎にもあったはずだが、今思い出せない。

阿佐ヶ谷ラピュタ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『おんな番外地・鎖の牝犬』

2016年05月24日 | 映画

東映で「番外地」と言えば刑務所のことで、これは女性刑務所の話で、女囚は緑魔子、その他同じ房には同居するのは、浦辺粂子、春川ますみ、清河玉枝、原知佐子、城野ゆきら。

             

 

緑は、結婚するとだました男の梅宮辰夫を刺殺し、梅宮と組んでいた男もナイフで刺して懲役8年で入獄。殺人で8年というのは短い刑期だが、初犯はこんなものだろう。

刑期で意外に重いのが窃盗で、私が実際に知ったのでは、知的障碍の若者が店の物を盗んでたしか3年だった。資本主義国日本では、財産に関する刑罰は意外に重いのである。

監督は村山新治で、脚本は舟橋和郎、音楽は先日亡くなれた富田勲。

看守部長が荒木道子、担当さんは中北千枝子とベテラン女優なので、劇が締まる。

浦辺や清川らも演技も非常に上手いもので、芸能大会のシーンで2人は「泥鰌すくい」を踊るがさすがにじょうずで、昔の役者は芸がある。

もう一人、大ベテラン女優がいて、原知佐子の母で、同じ尊属殺人らしい事件で入獄している、同じ元新東宝の五月藤江さん。彼女は1966年に引退したとのことなので、1965年のこの作品は最晩年の映画である。

当然にも原知佐子の緑魔子への同性愛行為があり、懲罰房で彼女が自殺したとき、緑魔子は、復讐を企図し、スリで8犯という若水やえ子と組んで、中北の持つ鍵を盗み脱獄しようとするが、もちろんすぐに捕まる。

尋問の席に出てくる所長は、NHKテレビの『事件記者』の捜査1課長役の高島敏郎、いつも彼は「まだ発表の段階ではありません」だけだが、ここでは緑魔子と台詞のやり取りがある。

最後、流産の危機から命を救われた緑魔子が改心し、自立することを示唆して終わる。

梅宮辰夫がまだ二枚目なのが今見ると非常におかしい。

阿佐ヶ谷ラピュタ

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「東京タワー、おっかさん」

2016年05月23日 | 東京

『東京だョおっ母さん』は、島倉千代子のヒット曲だが、ちょうどそのころできたのが東京タワーである。

         

 

この東京タワーのすぐ脇にあったのが、東京12チャンネル(今のテレビ東京)で、私は大学生の時、運動部や美術部でアルバイトをしていたことがある。

東京12チャンネルは、首都圏最後のVHF局で、この後はUHF局になるとのことで、かなり注目され、全国から放送関係者が入社した。

だが、当時は科学技術館などを運営している日立系の財団が基だったので、経営が不安定で、私が行っている時も、よくストライキをやっていた。日立系だったので、スポンサーがやたらに日立が多かったものである。

美術部では、スタジオのセットの設営の手伝いをしたが、ほとんどがチャチなセットばかりで、立派なのは、唯一『田宮二郎ショー』くらいだった。

彼は大映を辞めた後の、不遇な時のもので、彼が歌い踊るショーで、俳優座大道具出身の美術部の親分は、

「本当にいい男で、歌も踊りも上手いのになぜ活躍できないのかねえ・・・」と嘆いていたが本当で、今彼の映画を見ても本当にカッコいい。

市川雷蔵はすぐに亡くなってしまうが、もし田宮二郎が大映にいれば、それなりの会社の支えになったであろうと思うと非常に残念に思う。

 

当時、東京12チャンネルには人気番組が二つしかなく、「全日本女子プロレス」と「ローラー・ゲーム」だった。

女子プロレスはともかく、「ローラー・ゲーム」は、かなりでっち上げのような企画で、ローラー・ゲーム解説者として宮本さんとい人がいたが、実は解説者でもなんでもなく、彼は12チャンネルのアナウンサーの一人だったのである。

まあテレビなんて、ほとんどがでっち上げみたいなものだから、それもいいだろう。

その後、日本経済新聞社が資本を取得し、テレビ大阪等と全国ネッワークも作り、今や旅と食い物番組などの独自路線で経営改善しているのはすごい。

以前、脳こうそくで長期に入院している時、患者が見ているテレビ番組は、もちろんNHKだが、次は日本テレビで、その次がテレビ東京なのであったのには、本当に驚いたものである。

私が運動部に行った日は、12チャンネル史上最初のプロ野球中継をやった時で、ヤクルト・巨人戦で、私は「サブ」というスタジオで、S・B・Oを担当したのである。

S・B・Oとは、画面の端に出るストライク、ボール、アウトのカウントのことで、小さなモニターを見ながらS・B・Oのボタンを押すのである。

時には、判定のよくわからない審判もいて、フライングして勝手にボタンを押してしまい間違えることもある。

その時は、「間違えました」と言って、画面を消してもらい入れなおすのである。

野球のテレビ中継を見ていると、いつもS・B・O(今はB・S・Oだが)、のことを思ってしまう。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自爆テロ ソ連崩壊 ドローンの始り 『レバノン戦争』

2016年05月22日 | 政治

放送大学の高橋和夫先生の『パレスチナ問題』の7回目は、1982年から始まったレバノン戦争だった。

これは、ヨルダンを追われ、レバノン領内に逃げたパレスチナゲリラたちをせん滅するため、イスラエル軍がレバノンに攻め込み、その結果PLOなどの武装組織は、チュニジアに亡命することなった戦争である。

この間には、レバノン内の親イスラエルのキリスト教右派によるパレスチナ人虐殺などもあり、またシリア軍とイスラエル軍との空戦もあった。

そこで起きたことに一つが、パレスチナ人ゲリラによる米海兵隊宿舎への自爆テロが起きたことで、実は自爆テロが行われたのは、この時が最初だったのだそうだ。

また、シリアとイスラエルの空戦ではソ連製の戦闘機がまったくアメリカのF15の敵ではなかったことで、これは後に来るソ連崩壊の引き金の一つになったとのこと。

さらに、イスラエルはソ連製ミサイル基地を撃滅するために、無人偵察機を開発し、基地攻撃に成功したが、これが現在の民生用にもなるドローンの基になったのだそうだ。

 

今、私がやっているインターネットも元は軍事技術であるように、皮肉にも軍事技術は、いずれは民間用に転用されて革命的な技術の進歩につながるものなのである。

ますます、高橋先生のお話が面白くなってきた。

下は、レバノン出身で、アラブ最高の歌手フェイルーツで、彼女にはレバノンの遺跡バールベックで行われる音楽祭での音楽劇のLPもある。

 

       

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『風』

2016年05月22日 | 映画

サイレント映画の有名作で、主演のリリアン・ギッシュの代表作でもある。

話は、テキサスに来た若くて無垢な女性のリリアンがこうむる数奇な物語で、ところどころはホラー映画ではないかと見えるところもある。

監督はスエーデンのヴィクトル・シェストレムで、相手の男もスエーデンの俳優とのこと。

           

 

今回は、特別に柳下美恵さんのピアノ演奏が付く、大変に素晴らしいもので、やはりサイレント映画は音楽なり、日本的な活弁が付かないと本当の鑑賞はできないとあらためて思う。

活弁は、日本、韓国、タイにしかなかったもので、世界的には音楽の演奏付きで、アメリカの大劇場では大オーケストラによるものだったそうだ。

アメリカでの映画の上映は、映画だけではなく音楽ショーやバラエティーなどがあるショーの一部として行われたが、日本でも、日劇や浅草国際劇場では、映画とショーがセットになって興業が行われていたものである。

リリアン・ギッシュは言うまでもなく美しくてかわいいが、演技も相当なものである。

映画の終了後、シネマベティの下の横浜パラダイス会館で、柳下さんを交えてのお茶会があり、ここではリリアンの研究家、コレクターの宮下啓子さんのトークに圧倒された。

彼女は、リリアンと直接に文通された方で、日本のサイレント時代の資料からアメリカの様々なパンフ、写真など、まことにすごい。

私は知らなかったが、彼女は映画の後、舞台に出て活躍されたのだそうだ。

結局、一生結婚せずに99歳の天寿を全うされたとのこと。

まさにリリアン・ギッシュの一日だった。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『昭和史を読み解く』 鳥居民(草思社文庫)

2016年05月21日 | 政治

先日、桜木町駅に行くと駅の本屋にあったので買った文庫本。

鳥居民は、いわゆる保守派だが、中では孤立している人らしい。私は、孤立した人が好きなので前から注目してきた。

この人の最大の著書は『昭和20年』で、昭和20年だけで、13巻もあり、多くの識者から高い評価を得てきた。

私も、初めの3冊を読んだが、この人の立場がよく分からず、途中で中断した。

これを読んで彼の位置がよくわかった。要は、異端の保守派なのだ。

太平洋戦争の責任を、通常に言われる近衛文麿にではなく、昭和天皇と内大臣木戸幸一にあるとしていることが最大の問題点だろう。

そのもとは、2・26事件の際の処理に遡る。

鳥居によれば、事件の後、いわゆる皇道派を陸軍から追放し、統制派に乗った木戸と昭和天皇は、中国への戦争に突き進み、それが日米戦争にまで行ったのだという。

非常に大胆な説で、にわかには信じがたいが、この皇道派と統制派との対立の中で、天皇と木戸が統制派を支持したのは、明治以降の日本の方向が近代化だったからであり、後ろ向きの皇道派は、彼らの意思に反するものだった。

また、ここには原爆投下について、ルーズベルトの急死でいきなり大統領になった田舎の雑貨屋のトルーマンが、自分を馬鹿にされないために原爆投下を行ったのだと書かれている。

だから、ポツダム宣言をすぐに受諾しておけば、広島、長崎への原爆投下はなかったのではないか、という説も否定している。

いずれにしてもアメリカは、やっと作りあげた原子爆弾をどこかで使い、ソ連や世界への圧力にしたかったことは事実だと思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

映画界の平田オリザか

2016年05月21日 | 映画

友人に誘われたので、シネマベティで、園子音監督の『ひそひそ星』を見る。

日本映画史上、これだけのブスが、裸にもならず、1時間40分も出続けたのは他にないと思う。

見てすぐに思い出したのは、芝居の平田オリザである。

恐ろしくつまらない、知恵のない話をなにか意味があるかのごとき見せて、偉そうにふるまう。

                                          

 

ともかく最初から最後まで実につまらないのである。友人は半分以上寝ていたそうで、終わった後に物語の展開を聞かれた。

聴かれても、容易に言える物語ではなく、宅急便の配達員で、なぜか宇宙船に乗っている鈴木洋子の神楽坂恵が、様々な人にものを届ける。

それだけの話であり、それ以上に何もない。

友人の説では、「神楽坂は結構胸が大きいそうで、それで映画が持っていた」そうだが、ここでは胸の露出も一切ない。

平田オリザ先生にならって、いずれ政治家のブレーンになるのが良いのではないかと思った。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

政府・自民党は一枚岩ではないよ

2016年05月20日 | 図書館

今週、斉藤美奈子が東京新聞のコラムで次のように書いていた。

彼女はなかなか鋭いことを書く人で、実は彼女とは1980年代にある雑誌で同じライターだったことがあるのだが、当時このように有名になるとはおもわなかった。

 

 

われわれも、、昔学生時代は、「政府自民党は・・・」と言って佐藤内閣の不当性等を言ったものだ。

しかし、横浜市に入り、特に市会事務局に勤務して、その考えがまったく変わった。

それは、権力というものは、決して一枚岩ではないということだ。

一枚岩なのは、かつてのスターリン時代のソ連くらいなもので、どこに権力も常に内部に様々な人間集団を抱えており、相互に争っている。

だから、政府自民党は、などという言い方、考え方は大間違いで、政府にしたところで、各省庁はそれぞれの立場があり、考え方があるので、常に闘争しているというのが実態なのだ。

斉藤が言うように、誰か偉い黒幕がすべてを動かすなどということは絶対にありえない。

むしろ、相互の力関係の中で、次々と新しい局面が起きると考えるべきなのである。

どこにも、黒幕などはいないと考えるべきであると思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

副知事、副市長が昇格できるように法改正する必要があるのではないか

2016年05月19日 | 政治

舛添要一都知事の政治資金の使途についての疑惑がさんざ暴露され、法的にはともかく、あまりにも使い方がセコイので、その資質が問題になっている。

          

 

別にどうでもいいが、都知事が回転寿司でお食事というのも随分とスケールの小さな話である。もちろん、石原慎太郎のように、贅沢自慢も論外だが。

舛添要一は、そう簡単にはやめないだろうが、もし万一辞職すると都知事選挙になり、数十億円がかかるという。

民主主義には金が掛かるということの典型だが、法的に上手くすることはできないのだろうか。

 

アメリカの大統領は、任期中に辞職したり、死んだりした場合は、副大統領が昇格し、残存任期間大統領職を務めることができる。

戦時中には、ルーズベルトが死にトルーマンが大統領になり、「俺は大統領だ」と存在感を示すために日本への原爆投下をしたという説もある。

ケネディ大統領が暗殺されて、ジョンソン副大統領が昇格し、彼は次の大統領選で勝利して正式に大統領になった。

共和党でもニクソンがウォーターゲート事件で辞任して、フォードが大統領になった。

言うまでもなく、アメリカの大統領選挙は一大キャンペーンであり、金も時間もかかるので、こうした方法がきちんとできているわけだ。

日本の地方自治制度では、こうしたことは不可能だが、地方自治法を改正して知事、市長が欠けた場合は、副知事、副市長が昇格して首長の任期中業務を行えるようにすればよいのではと思う。

もちろん、議会の特別多数決、定数3/4以上の出席で2/3以上の承認という風にすれば良いのではないかと思う。

憲法はすぐに変える必要はないと思うが、こうした地方自治法の改正などのように、時代による変化に応じた改正は必要だと私は思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『白い肌と黄色い隊長』

2016年05月19日 | 映画

始まる前に、「一部二重焼きのところがあります」との断りのアナウンスがあり、何だろうと思うと、冒頭の日本語のスタッフ、キャストの紹介タイトルの上に英語のそれが重なっている。

だが、そこだけで後の本編には問題なく、これは何かと思う。英語版だとすると、字幕が出ないのは不思議である。

                      

 

題名は、ややエログロ的だが、脚本の猪俣勝人も監督の堀内真直もまじめな人なので、煽情的なものではなかった。

話は、インドネシアのスラウエシ島のカンピリにできたオランダ人女性収容所長として山地こと大木実が任命されてくる。

彼は下士官だが、所長として収容所の本部の担当官杉浦直樹の理解を得て待遇改善に努力し、ついにはオランダ女性たちによる自主管理にさせる。

こんなに柔軟な考えの軍人がいたかと思うが、彼は元はサラリーマンだったようだ。

次第に戦局は悪化し、戦闘員の士気向上のためと上官の山茶花究は、彼女たちを慰安婦にせよと命令する。

島には慰安所があり、中国人娼婦の国景子らがいて、親父の殿山泰二からは、女を増やしてくれと頼まれている。

山茶花に大木は反論し、「貴様は上官の命令に逆らうのか」と詰問されるが、そこに本部の司令官笠智衆が現れて、慰安婦化は阻止される。

その他、かつての同僚水兵の内田良平からは、「白人を抱いているのだろう」と言われるなど、大木は良い目を見ていると思われている。

そして、戦後の戦犯裁判の経過が挿入され、一審で死刑を判決され、それに従容として従うという大木に対し、弁護士信欣三は、

「日本に戦争の責任はあったとしても、ここで裁かれているのはあなただけの罪なのだ」

そして、多くの女性が除名嘆願し、再審が行われて無罪になる。

彼女たちが助命運動に押し掛ける裁判所の外観は、今もある横浜地裁である。

実は、冒頭に絞首刑になるシーンがあり、最後まで大木も有罪になるのかと思っていたら、これは一般論の例示であり、その太った男は、この映画の製作の長島豊次郎というおふざけだった。

音楽は木下忠司で、主題歌のギターは伊部晴美、歌は「オリエンタル・カレー」で有名なトミー・藤山のようだ。

                                                 

フィルムセンター

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

世界遺産前の名台詞

2016年05月18日 | 映画

上野の国立西洋美術館が世界遺産になるそうだ。

ここをバックに、日本映画史上に残る名台詞がはかれている。

それは、中平康監督、吉永小百合、浜田光夫共演の『泥だらけの純情』である。

     

 

そこで待ち合わせしたが、今日はダメと吉永が言い、そして言うのが当時大流行した台詞である。

「やくざってやめられません!」

1963年2月の映画なので、美術館ができて比較的早い時期のことで、映画はいつも新規なものが好きなのである。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『連合艦隊司令長官・山本五十六』

2016年05月17日 | 映画

1968年に、東宝の8・15シリーズ2作目として公開された戦争映画の大作、脚本須崎勝弥、監督丸山誠二、監修として橋本忍らの名もある。

ドイツとの三国同盟締結問題で、米内光正海軍大臣と共に次官として、米英との戦争の恐れがあるとして締結に反対し、陸軍、右翼らの脅迫を受けるところから始まる。

陸軍の少壮将校として、三国同盟早期締結を迫ってくるのが中谷一郎の辻政信で、彼は最後、ガダルカナルでも山本と対面する。

本当かどうか知らないが、陸軍の強硬派を辻政信で、海軍の「反戦派」を山本五十六で代表するのは、この時代の歴史認識で、今ではそうでもないのだが。

山本は、言うまでもなく三船敏郎で、冒頭の川の船の中で逆立ちをして、船頭の辰巳柳太郎と賭けをするところから、最後南方の最前線基地の視察、督励のため行ったところをブーゲンビル島で米軍機の奇襲で撃ち落とされてしまう。

このときは、1943年6月に国葬になり、その後、戦後もずっとなかったのだが、1967年10月に元首相の吉田茂が亡くなった時、国葬が行われ、われわれは非常に驚いたものである。

この映画は、戦後まだ20年で、主演の三船敏郎以下、スタッフ、キャストはほとんどが戦争の経験者で、体験がないのは黒沢年男くらいだろう。全体に戦争はしていけないという考えがあり、また経験者のリアリティがある。

 

なぜ、日本が戦争をしてしまったのか、これは非常に難しい問題だが、その原因の一つは、戦前の軍隊が完全に「官僚化」していたことがあると思う。

私も横浜市という官僚体制にいたので、官僚の習性がよく分かるが、言うまでもなく官僚機構は硬直的であり、行動様式は慎重なものである。

だが、そこに辻政信のような、声の大きい、威勢の良い人間がいると、少なくとも大きな間違いが見えない状況では、その声に引きずられてしまう傾向がある。

辻政信は、戦後も堂々と政治の場で生き、参議院全国区の議員として上位当選していた。

日本人は、本当に何を考えていたのだろうか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「三人の女性と昭和」を6月4日にします

2016年05月16日 | 横浜

6月4日の午後1時から弘明寺の南区大岡地区センターで、横浜の「三人の女性と昭和」をします。

昨年亡くなった女優原節子、昭和を代表する歌手美空ひばり、そして1980年代にパリで活躍したモデルの山口小夜子です。

                             

3人とも、日本を代表すると共に、国際性を持っていた女性でしたが、それは横浜だからこそ育まれたものだと言えます。

 

会場 大岡地区センター 2階会議室

日時 6月4日 土曜日1時から3時

費用 300円

申し込みは大岡地区センター 045−743−2411

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加