指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

小池百合子に同情する

2019年10月31日 | 東京
夕方家に戻ってきてテレビを見ると、五輪のマラソン会場について、IOC,東京都、JOC,政府等が議論しているのが放送されていた。
要は、小池知事には前日に知らせがあり、突然札幌に決めてしまったと怒っていた。
そして、同時通訳があるのに、自分一人で英語、さらに日本語で話していた。
まるで、「私しかできないでしょう」というように。
もちろん、こうした態度が周囲から常に反発されてきたわけだが、今回は小池外しで、事態が進行していたようだ。



昔から、私は小池百合子は嫌いだったが、これには少し同情した。
IOC,JOC、そして森元首相、「ノー・パンしゃぶしゃぶ」で辞任した武藤元大蔵次官らに囲まれて一人孤立しているように見えた。
来年の都知事再選は難しいなあと思う。
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八千草薫と強姦ごっこ

2019年10月31日 | 映画
八千草薫が亡くなり、いろんなことが書かれているが、まずないだろうと思うことを書いておく。



『アニメ・プロデューサー鷺巣政安』には、傑作なことが書かれている。
但馬オサムが、うしおそうじ氏から聞いた話として、映画監督の谷口千吉が90歳くらいの時、
うしお氏は谷口に「なぜそんなにお元気なんですか」と聞いた。
その時、谷口は言った。
「なんたってうちは強姦ごっこだよ!」
隣にいた八千草薫は、なんとも言えない顔をしていたそうだ。


たしかに八千草薫を相手に強姦ごっこをしていれば元気になるにちがいない。
谷口千吉は、最初の妻の水木洋子は別として、若山セツ子、そして八千草薫と、言ってみれば「ロリ・コン」だったと思う。
現在で言えば、浅田美代子、そして森下愛子と結婚した吉田拓郎のような男だったのだろう。

白坂衣志夫の本に書いてあったことだが、晩年でも「水木洋子は、谷口千吉のことが忘れられないんだなあ」と八住利雄に言われていたのだそうだ。
その意味では、谷口千吉は非常にもてる男だったのだろうと推測される。
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『少年H』

2019年10月30日 | 映画
妹尾河童の名を知ったのは、フジテレビで、多くの番組の美術に、その名があったのだ。
その後、デザイナーとして細密な絵と文章、鋭い批評で知られるようになった。



この『少年H』は、彼が神戸市で育った小学校から中学時代のことである。
興味深いのは、洋服屋の彼の父親、そして母が相当に厳しいキリスト教徒であることで、西欧的になろうとする生活態度は特異である。
神戸ナザレン教会で、当初はまだ普通で、多くの信者がいるが、父の仕立服の客である外国人が次第に減ってゆくように、時代は戦争に向かっていく。
この辺の、神戸の外国人社会が垣間見えるのは、面白い。
そこには、ポーランドからシベリア鉄道を経て来日し、神戸から船でアフリカに行き、アフリカ大陸を北上してパレスチナに行くユダヤ人の連中もいる。
もちろん、敵国の宗教であるキリスト教徒の一家への迫害は次第にひどくなり、米国に戻った宣教師が送ってきた絵葉書の「摩天楼」を見せたことから、スパイ容疑で父は特高の調べを受ける。
こうした当時の戦時体制の異常さを子供の目から描いた作品は少なく、それは貴重。
戦争の進行で、父は消防署員に、母は、隣組の班長になり、そのことでなんとか協力を現して迫害を逃れようとする。
Hは言う、「隠れキリシタンみたいだ」
1945年3月の神戸空襲で、町は焼き尽くされる。
家が焼け落ちるとき、道端に倒れて動かない母親を揺り動かして、動いたとき、母はHに言う。
「祈っていた」 これには笑った。

戦後、空襲の中に家から持ち出して焼け焦げになったが、何とか本体が残っていたミシンを使って父は仕立てを始める。
父親役は、水谷豊、母は伊藤蘭。
昔、チャールス・ブロンソンとジル・アイアランドの共演映画が公開される度に、「また夫婦タッグマッチか」との批判があったが、これはそうはひどくない。
監督はいつもはだらだらしている降旗康男だが、これは編年体で、脚本は元劇作家の古沢良太なので、比較的普通に見られる。

日本映画専門チャンネル
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『忍びの者・伊賀屋敷』

2019年10月28日 | 映画
八千草薫が亡くなったので、彼女をしのんでこれを見た。

1965年の夏、高校3年の1学期の期末試験が終わって蓮沼のヒカリ座に見に行った。
本当は、これではなくバーニーガール姿の高田美和の『狸穴町0番地』のポスターに引かれて見に行ったのだが、八千草薫の可愛さに参ったのだ。
この時、24歳だったはずだが、ともかく可愛かった。
今日、あらためて見てみると、さすがに宝塚の出身なので感情表現が的確で上手い。

大映の「忍びの者」シリーズは、ある日社長の永田雅一の夢に「忍者ものをやればあたる」というお告げがあった。
そして、なぜか元左翼独立プロの伊藤武郎に「お前がやれ!」と言われて始まったのだそうだ。
だから、最初は山本薩夫が監督して大ヒットになり、2作目からは大映京都の職人監督たちが手堅い秀作を作った。

ここでは、島原の乱で死んだ霧隠才蔵の息子才介が14年後に江戸で(市川雷蔵の二役)、宿敵松平伊豆守(山形勲)の命を狙っている。
江戸で幕府に反旗を翻そうとしている油井正雪(鈴木瑞穂)、丸橋忠也(今井健二)らと組み、紀州大納言・北竜二を動かして、将軍家光の死去の空白に一旗揚げるが幕府に一網打尽にされる。
八千草は、真田幸村の遺児で、才介と幼馴染で密かに恋仲とされている。
だが、彼女は伊豆守の知略で、甲賀忍者にもされていて、彼女のアクションもあり、また、黒装束の忍者姿も良い。
もちろん、油井正雪らの反乱は失敗し、雷蔵と八千草は共に自由な人間として生きてゆく。

当時、これを見て発見したことは二つあり、一つは八千草が非常に可愛いということ。
もう一つは、監督の森一生は、「こんな娯楽映画を作っているが、本当は相当に反体制的な人ではないか」とのことで、
どちらにも、この映画で私は大ファンになったのである。
事実、森は、京都大学時代は左翼的活動をしていて、その性もあり、当時二流映画会社の新興キネマ京都撮影所に入ったのだ。
彼の作品には、『薄桜記』のような名作時代劇もあるが、『ある殺し屋』『ある殺し屋の鍵』の市川雷蔵の現代劇名作もある。

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『四谷怪談』

2019年10月28日 | 映画
『四谷怪談』と言えば、中川信夫監督のが有名だが、この豊田四郎監督のも、良いと思う。

              

1965年に東京映画で作られたもので、話は鶴屋南北のものと同じである。
ただ、これの特徴としては、伊右衛門(仲代達也)とお岩(岡田茉利子)ではなく、お岩の妹お袖(4池内淳子)と与茂七(平幹二郎)、さらに直助(中村勘三郎)の悲劇の方にも重点が置かれているところだろう。
これは、もちろん松竹から勘三郎という超大物を招いて作られたからに違いない。

特に、池内淳子の演技が非常に良い。
勘三郎をはじめ、仲代、平、さらに三島雅夫の当り役の宅悦らに挟まれて、池内は非常に頑張っているように見える。
また、監督の豊田は、女優に厳しい人だったそうで、ここで池内も豊田にしごかれたのだろうと思う。

ここでさらに良いのは、水谷浩の美術で、四谷という谷底のような土地にある伊右衛門宅等が上手く作られている。
この東京映画と言い、中川信夫の新東宝といい、どちらも小さな撮影所で撮られているのが面白い。
それは、元が芝居だからかもしれない。

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渡辺とも子も、横浜だった

2019年10月27日 | 横浜
昨日は、中区の仲尾台中学コミュニティハウスで、「映画と歌謡曲の舞台・横浜」をやった。
来月11月16日には「歌謡編」をするのだが、昨日は「映画編」だった。

戦前の昭和8年のサイレント映画、小津安二郎の『非常線の女』、15年の『煉瓦女工』
戦後は、24年の『ラッキー百万円娘』から、1973年の『赤い鳥、逃げた?』まで、そして最後は、国立競技場をバックに日活の青春スターの、
『上を向いてあるこう』で締めくくった。

そして終わった後、一人の方が来られて、『上を向いてあるこう』には、吉永小百合、浜田光夫、坂本九、高橋英樹らと共に出ていた渡辺とも子について話してくれた。
「渡辺とも子も、横浜にいたんだよ」と教えてくれた。

     

彼女の経歴は、豊島区生まれとなっているが、「中学時代は、横浜にいたのだ」とのこと。
また、中区の元町プールにはよく行ったとのことで、これは『赤い鳥、逃げた?』で、近くの公衆電話から、桃井かおりの父親も内田朝雄に電話し、誘拐で金を要求するが断られるのである。

同じく横浜の青山ミチもよく野毛山のプールで見かけたとのこと。
「そうだ、横浜の歌手で青山ミチもいたのだ、来月は掛けようと」と思った。
彼女は、所謂混血の歌手で、パンチのある歌い方で、人気があったが、2017年に亡くなられている。
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やはり、巨人は強くなかった

2019年10月24日 | 野球
日本シリーズは、昨日ソフトバンクが勝ち、4勝0敗で日本一になった。
当然という感じだが、やはり巨人は大して強くないことが分かった。

私は、日本シリーズは、最後までやってほしいのだが、今回は巨人なので、ゼロ敗で良いとも思っていた。
巨人は、リーグ優勝したが、クライマックスでも、阪神にやっと勝った程度で、それほど強いとは思えなかった。
もし、ファーストステージで、阪神ではなく、横浜DNAが勝ち、ファイナルステージに出てきていたら、・・・と思えたほどだった。

一昨日の3戦目は見ていなかったが、リリーフに新人投手を出したらしく、ええっと思ったほどだ。
ソフトバンクの選手から見れば「バカにするなよ」と思ったに違いない。
野村元監督によれば「リーグ戦には出しても良いが、日本シリーズには出してはいけない選手がある」とのことで、この新人投手はそうだったと思う。

             

さらに言いたいのは、原辰則監督には、人望がなく、巨人の主力選手は全く働かなったことで、皆白けていたのだと思う。
昔の「1億円事件」は、まだ糸を引いているのだと思う。
あの事件以降、原は巨人の生え抜きではなく、新人や移籍選手を多く使ってなんとかやってきて、今年もそうだったが、それでは日本シリーズでは通用しないことが証明されたわけだ。

今年で引退の阿部は、二軍監督になるとのことで、意外にも早く阿部が一軍の監督になり、原はお払い箱になるのではないかと思えた。
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『最後の語り部たち・チベット・ケサル大王伝』

2019年10月23日 | 映画
シネマジャックで、『最後の語り部たち・チベット・ケサル大王伝』を見る。
中国青海省にいる、語り部たちと、ケサル大王についてのドキュメンタリー。
面白いのは、語り部たちが語り部になったのは、皆ある日に啓示を受け、意識不明になり、目が覚めた時物語が自然に語れるようになったということだ。
これは、天理教の中山ミサから、横浜の大山禰津の神に至る教祖が神のお告げをえたという過程と同じことだ。
要は、アジア的、あるいは前古代的な世界での宗教の生まれる過程ということだろう。
つまり、仏教以前の固有信仰の誕生というべきなのかもしれない。

さて、彼らが語る言葉は、非常に早いのは意外だった。
それは、パキスタンのカッワーリーのようでもあり、タイのモーラムのようでも、また別の男のは、日本の浪曲のようにも聞こえる。
いずれにしても、アジアでの共通した原始的な宗教の生まれる場だろう。
ケサル大王は、騎馬民族らしく、競馬に勝って王になり、北の国との戦いに勝って国を平和に治めるというものだった。

その前に見た『ブルーノート』は平凡な作品だったが、りー・モーガンの『サイドワインダー』とホレス・シルバーの『ソング・ホー・マイ・ファーザー』が2大ヒットだったとは初めて知った。
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『夜を探せ』

2019年10月22日 | 映画
1959年の東宝映画、監督は松林宗恵、主演は鶴田浩二。
船員の鶴田が、波止場で闇取引をすると、銃声が聞こえ、そこに走ると男が銃殺されている。
男は、鶴田に銃弾を渡す。実はそれがこの映画の筋であることは次第に分かってくる。
それは、戦前に満州での探検隊のことで、その一人の千田是也は、大企業の社長になっている。
鶴田は、彼らの秘密を探るため、千田の一人娘白川由美に近づき、次第に二人は恋仲になる。
脚本が池田一朗なので、日活的な感じがあるが、裕次郎、旭とは、鶴田は違うところもある。
それは、やはり年齢の差で、鶴田はやや古い感じがする。
ただ、晩年のヤクザと特攻隊の東映とは違い、一応西欧的なアクションをしている。
鶴田は、もともとは高田浩吉劇団なので、演技は型なのである。

千田是也等の探検団は、実は満州奥地で金を採掘していて、それを基に事業を起こしたわけだ。
どこか、児玉誉士夫らを想起させる。
最後、鶴田は千田の豪邸に行き対決すると、千田は自殺し、白川由美は、鶴田と結ばれる。

これと原作がどのように違うか不明だが、石原慎太郎も、この時期までは、戦前派に不信感を持っていたことが分かる。
「ドント・ビリーブ・オーバー・サアティ」である。

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またしても、感動ありがとうの波

2019年10月21日 | その他
ラクビー・ワールドカップで、昨日は日本が南アフリカに負けたが、この間善戦したことは間違いないだろう。
昨日は、巨人をソフトバンクが破った試合を見ていたが。



そして、今日本列島を被っているのは、「感動をありがとう!」の波である。
だが、冷静に考えてみれば、スポーツ、芸術、芸能等の表現行為は、もともと他人に見てもらうためにやるものである。
中には、「俺は自分の満足だけでやっている」という人もいるかもしれないが。
だから、本来感動を与えるために表現者はやっているのだ。
どこにも感謝する必要はない。
戦前の歌舞伎評論家・岡鬼太郎風に言えば「ご苦労さん」になるだろう。
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映画と歌謡曲の舞台「横浜」をします

2019年10月20日 | 横浜
今月と来月の2回、下のチラシのように、中区山手の仲尾台中学コミュニティハウスで、映像とCDなどを使って話します。
中区の方でなくても参加できますので、お時間のある方はどうぞ。



 10月26日(土) 14時 ~ 15時30  「映 画 編」     戦前の昭和初期の日本大通りから始まります

 11月16日(土) 14時 ~ 15時30  「歌 謡 曲 編」    なんといっても美空ひばりですが、貴重な映像も


 場   所     仲尾台中学コミュニティハウス 中区仲尾台23  ℡ 623-6787

 参 加 費      各回 300円

申し込み      電話か直接来所でお申込みください




           



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乱視が治っていた

2019年10月17日 | その他


昨日は、することがなかったので、眼鏡を作りに行く。
店に着き、記録を調べてもらうと、遠視用は、4年前に作っていた。
老眼の手元用は、9年前とのこと。
まず、視力を調べてもらうと、なんと右目の乱視が治っていたとのこと。
だが、左の視力は落ちていて、近視になったとのこと。

私は、もともと視力が良くて、30代までは、1.2くらいで、映画館に行ってもピントが合っていないのがいつも気になる方だった。
それが、老眼から手元が見にくくなり、眼鏡を作るために検眼してもらうと乱視とのことだった。
左右が違うのは、私が内斜視で、手術したためで、「立体視」はできないのだ。
やはり年なのだろうと思う。
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『怪談牡丹燈篭』

2019年10月17日 | テレビ
昨夜は、なにもなかったので、録画しておいたBSの『怪談牡丹燈篭』を見る。
『牡丹燈篭』というと、「カランコロン」が有名だが、あれはほんの始まりで、実はもっと長い続きがある。
シナリオの鉄則で、二度の偶然は良いが、三度目の偶然は駄目というのがある。
この三遊亭圓朝作の名作には、いろんな偶然が出てくる。
圓朝は、それを因果応報としているが、私はこれは現在風に言えば、「不条理ドラマ」だと思っている。

        

今回のドラマを見て感じたのは、一人一人の人物が自分本位に勝手に生きていることに気付いた。
江戸時代は、身分制社会で、その身分は厳しいものがあったが、逆に言えば、その階層の中では自由に生きていたのだ。
庶民は、権利はほとんどなかったが、義務もなくそれなりに自由な社会だったのだ。
この江戸時代のサスペンスというべき物語の展開が楽しみである。
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『大暴れ東海道』

2019年10月16日 | 映画


1959年の松竹京都作品、主演は高田浩吉で、嵯峨三智子、北上弥太郎、宮城千賀子などが出ている。
浅草の芝居小屋で、宮城が踊っていて、その小屋に姫の富士真奈美が飛び込んでくる。タイトルだと富士は、NHKと出ている。
NHKは、テレビもラジオも専属俳優を持っていたのだ。富士は、小林千登勢、馬淵晴子と並びNHK三人娘と呼ばれていた。

さて、浅草には遠山金四郎の高田がいて、なにをしているのか分からない身分でごろごろしている。
富士は、岡崎藩の姫であり、それを追う悪人連中がいて、それから逃れるために彼女を連れて岡崎に行くので、東海道なのである。
田崎潤とトニー谷の弥次・喜多、大道易者の横山エンタツ、宮城以下の一座の連中、さらに女スリの嵯峨、鼠小僧の北上ら全員が岡崎に向かう。
悪人の頭目は、江戸家老の石黒達也というのがうれしい。
監督は渡辺邦男だが、要は芸達者な者を集めて、その適役の役で演じさせるというやり方なので、極めて面白く見える。
これに、江戸から丹下茶膳の伴淳三郎まで行くのだからすごい。
もっとも、この時期松竹京都の最大で唯一のスターは、高田と伴だったのだから、仕方ないのだが。

岡崎に行くと殿様は、柳谷金語楼で、仮病を装って配下の動きを探っていた。
ラストは、金四郎が「桜の刺青が見えないか!」というが、
石黒は「偽金四郎だ」と否定する。
その時、遠山左衛門の榎本健一が現れて「わしの息子だ!」と言って一件落着。

渡辺邦男は、東宝ストでの「反共の闘士」が有名だが、早稲田大学時代は、建設者同盟で、元は人民主義者なのだ。
事実、助監督だった石井輝男によれば、渡辺は「俺が一番撮りたい映画は、マルクスの『資本論』だよ」と言ったので、びっくりしたとのことだ。
 
衛星劇場
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『寒椿』

2019年10月15日 | 映画
日本映画に遊郭ものは多いが、正直に言って好きではない。
これも感心できなかった作品の一つである。
監督降旗康男、脚本那須真知子、原作は言うまでもなく宮尾登美子。

        

昭和初期、高知の遊郭・陽暉楼での話だが、そこに女たちを斡旋する女衒の西田敏行が主人公。
博奕好きの父親笹野高史に売り飛ばされた娘南野陽子がヒロイン、南野程度で2時間持たせるのは無理だろうと思うとその通りだった。
彼女の貧乳が最大の見せ場なのだから製作者の苦心が分かる。

昭和初期の時代を出すのが大変で、サイドカーの他に、ここでも食堂で蓄音機が出てくるが、手回しの蓄音機。
ここで再三書いているが、風俗施設は、新しいものを喧伝するので、1930年代だったら電蓄だったと思うが。高知は遅れていたのだろうか。
私の知り合いで、高知生まれがいて、高知では、県庁、農協、地元銀行くらいしか就職先がないので、横浜で就職したとのこと。
昭和初期の高知は、こんな大きな遊郭があったほどに産業があったのだろうか、非常に不思議である。

ここでは、元相撲取りの高島政宏との純愛、普通選挙実施での政友会と民政党との争い、地元金融機関の競争等があり、筋は分かりにくい。
西田敏行を好きか、嫌いで、この映画の評価は決まると思う。
サイドカーに乗る西田の顔を笑うか否かだが、私には「サイドカーにブタ」としか見えなかった。

日本映画専門チャンネル
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